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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
魔法の姫とファンタジー世界暮らしの余所者たち
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26 墜落理由-罰が当たった


 地べたを駆け上がるとやっとお目当ての墜落現場とご対面だ。

 あるべき世から遠ざけられた150年前の機体が、両翼からちょうど後ろを跳ね飛ばされた状態で放置されていた。


 ――その大きさはまさに剣と魔法の世にあらざるものだった。


 『ツチグモ』よりも太くて奥行きのある胴。

 旅客機ならではの大きく広い翼と、そこに壊れたまま残る巨大なエンジン。

 錆び混じりの白い背丈はノルベルトの背伸びでも叶わないほどだ。


「……これが空飛ぶなんぞ信じられんのう。竜でもなけりゃ魔法を使ってるわけでもないのに、よくもまあこんな鉄の塊みたいなのが空高く舞い上がるもんじゃわ……」


 そんなものに一番乗りでたどり着いたスパタ爺さんは大喜びだ。

 スクリーンショット機能やタブレットを駆使して外観を舐め回していた。

 時々「素材から翼の形状までよく考えとんな……」と感心するあたり、ドワーフの癖がいい感じに刺激されてるみたいだ。


「それもただ飛ぶだけじゃなくて人もたくさん乗せて飛ぶんだぞ? まあ今はフランメリアで棺桶になってるけど」

「こんだけの重みごとどうやって羽ばたいとるんじゃ、この両翼についたエンジンだけでまかなっとるのか? タイヤもあるっつーことはこいつで地上を走って十分な速度を得たのち、空に向かって……いやいやマジかガチで飛ぶつもりで作られとるぞこれ」

「気に入ったか?」

「実に気に入ったぞ。見事にぶっ壊れてただの鉄くずになっとるのが悔しいところじゃが……学ぶとこは山ほどあるわ、こりゃすごい」


 そして俺も同じくだ。

 転移の影響が皮肉にも旅客機のデカさと触れ合う機会を設けてくれた。

 あまりに皮肉が効きすぎて飛行機後部の断面が見えるほどだ――ワーオ、貨物室と客室が丸見え。


「お爺ちゃんすっかり飛行機に釘付けだなオイ。おチビちゃんたちが周り探ったけど敵らしいもんはゼロだとさ、良かったネ!」


 操縦席を見上げているとタカアキが戻ってきた。土産話は「異常なし」だ。


「おかえり。こういう場所だからてっきりゾンビ化した乗客でも乗ってるのかと思ってた」

「どんな背景でこうなったかはともかくだ、マジでそんな感じでテュマーいらっしゃったら一体何人相手にしないといけないと思ってんだお前」

「さあな、まだ数えてないからさっぱりだ」

「これくらいじゃ400以上は軽く超えてるぜ? ご搭乗のお客様がそんだけテュマーになったらどれくらいヤバいか分かるよな?」

「ヤバいですね」

「そう、ヤバいですね。お兄さん場所が場所だからてっきりメーデーかと思って身構えてたけど、ご覧の通り社会見学するぐらいには安全だぜ」

「メーデーね、確かに最期は助けを求めてたかもな」

「航空事故とテュマーの共通点は「やべー時はメーデー」だ。とにかく異常はないからごゆっくりどうぞ」


 正直こんな大層なものがあるとなればテュマーもつきものだと思ってた。

 ところがここは平和だ。不穏な事故現場なくせして脅威が全くないのである。


「客だけでもそんだけ乗せれるんか、この旅客機とやら……魔法なき世界っつーのはつくづく驚かされるわ。これほどのもんを日常的に飛ばしておったとかマジか……」


 そうと分かればスパタ爺さんも一層物思いを深めてる。

 外回りも存分に検めてそろそろ中を調べる頃合いだ、好きにさせておこう。


「……ご主人、中に骨がいっぱいだった」


 したっ。

 まる見えの内部構造へ近づくとわん娘が降りてきた。今日は白だ。

 中身は犬の興味をそそらない方の骨だらけだそうだ。つまり――


「報告、白骨遺体が我々を待ち構えている。さながら墓場のごとし」

「ご、ご遺体がいっぱいです……!? レフレク怖いです!」


 したっ。

 続いて降りてきたその2と3、オリスとレフレクの報告そのままだ。

 運が良いのか悪いのかテュマーになり損ねた人種が乗客分いるらしい。


「骨だらけだそうだ。ってことは安全だな、行ってみるか」


 なら大丈夫か――さっきのエルダーほどの高さがある機内の断面に向かった。

 面白いことに、錆びで色づく金属製の骨組みが二つの層を作ってる。

 上には良く知る客席が見えるし、下では貨物用スペースにコンテナが【CARGO】と一文字つけてねじ込まれてた。


「下は貨物室みてえだ。なんかいろいろ入ってるし、いいもんあるかもな」

「客席の下ってこうなってたのか……こんな形で飛行機の中身が見れるなんて思わなかった」

「俺も。お前の転移のおかげで飛行機の内部構造が見れてるわけだ」

「座席に座った白骨死体の皆様もセットでな。誰か一緒に来るか?」


 タカアキも続いた。俺たちは荷物を降ろして客室によじ登った。

 青空に遮られ骨で彩られたどんより空間が待ち構えていた。

 モニタつきの座席には生前を濃く表現する人骨が腰をかけてる。テュマーじゃないのが唯一の救いだ。


「わしもいくぞ、どれどれどーなっとんの?」

「いい感じに共同墓地になってる。タカアキ、スパタ爺さん引っ張るぞ」

「第一声は「うわあ」だと思うぜ、文句言うなよ」

「わしらドワーフは死体なんざ見慣れとるわ、はよ引っ張ってくれんかの」


 スパタ爺さんを引き上げると感嘆の「おお」からのドン引きな「うわあ」だ。


「確かにこりゃ災難じゃったのう。さっきまでわし飛行機すげえって思ったけど、思いのほか地獄絵図じゃこれ」


 そりゃこんな墜落の仕方をすれば当たり前かもしれない。

 振り返れば内観を「プレス」された機体後部がこっちを待ってる。

 無事なもう半分は衝撃で弾け飛んだ座席と、下敷きになったご遺体が奇妙な芸術を描いたままだ。


「うちもいくっす~♡ ってわ~お……黒魔術の現場っすかこれ」


 しゅたっ、と後ろでロアベアも軽やかに飛んできたみたいだ。


「失敗した方のって説明がつく方のな。一応気を付けろよ、まだ油断はできないぞ」

「なんかいるんすかここ」

「たぶん俺の苦手なやつ」

「イチ様の苦手なものっていうとお化けと女王様しか思いつかないっすねえ」

「どっちにもいえるのは「おっかない」だ、気抜かないで調べるぞ。ちょっと見てくるから外の方頼んだ!」


 ニヨつく顔は外観相応の惨状に好奇心旺盛だ。杖で骨をつんつんするな。

 ニクやリスティアナに一声かけて、自動拳銃を手に構造を辿ったが。


「……なあ、ここほんとにお化けとかでない?」


 少し進んですぐ後悔した。ご遺体が並んでらっしゃった。

 先ほどより一段階上のクラスだけあって死に様も少しはマシらしい。

 ドアで仕切られた座席にまだ乗客が閉じ込められていて、今なおプライベートをしっかりと守られていたからだ。

 幅広モニタつきの席で首が取れているやつとかがそうだろう。まるでさっきまで映画でも見ていたようにくつろいでる。


「なんか全座席がそれぞれのお墓みたいっすね。おおむね皆さま席の上にきれいな形で収まっておられるっすよ」

「ロアベア、俺が心配してるのはその皆様がふと立ち上がらないかどうかだ」

「だったら大丈夫じゃないっすか~、エルドリーチ様みたいなもんすよそれ」

「こいつら全員にあいつみたいな愛嬌があることを祈ろう」

「あっ座席がへし折れてるっすよイチ様、お掃除お願いするっす」


 メイドをそばにもっと進んだ。

 道中横倒れの座席を【分解】した、金属やら電子部品やらになった。

 埃で灰色に染まった通路や階段を進めば、その狭さに立ち込める薄暗さがなんとまあ不気味だ。


『中はこうなっとるのか、座席の質も客層によって区分されとるようじゃな……おもしれー! でもこうもくたばっちまえば平等なもんよ」

『航空機ってのは空を飛べるだけ相応の何かがあるってことだよ。操縦しかり整備しかり、少しのミスが大惨事を招いて即墜落だぜ?』

『あーなんかブルヘッドに寄った時見たぞ、そういう「ドキュメンタリー」ってやつ。単純なハード面でのミスもそうじゃが、操縦手のコンディションであの世へ直行できるとかちと怖くね?』

『ひでえ事例ならたくさん知ってるぜ。例えば……機長が同乗してた息子に操縦桿握らせたら、自動操縦ってやつがたまたま外れて地面に急降下したり』

『うわあなにそれ想像以上にひどい。しょうもなさすぎるじゃろ……』

『トイレ行った機長を病んだ副操縦士が締めだしてそのまま山に突っ込んだり』

『おい、意図的に突っ込んだんかそれ……いたたまれない気持ちになるの』

『航空機を誘導するやつがドラッグ依存症の娘さん死んだショック引きずったまま復職して、指示ミスって旅客機同士衝突させたり』

『お前さんらは常日頃空飛ぶ棺桶にでも乗ってたんか? なんと恐ろしい話じゃ』

『俺が知る最後の思い出は全自動化された航空機だ。人間よりもっといいやつが勝手に安全にお安く目的地まで運んでくれたぜ――ああ、もちろんテュマーの心配はないからな』


 すぐ後ろでは機内を物色しながらの二人の会話がよーく聞こえる。

 障害物を資源に変えつつ進むと、再びの階段がとうとう見えた。


「……見事なまでコックピットだな、こんな形で目にするなんて思わなかった」


 複雑極まりない人生は俺を計器とモニタだらけの特別席まで導いたらしい。

 埃とひび割れでなおさら読み解きづらくなったそこには、まだ執念で操縦桿を握るやつも一緒だ。


「お~? まだ職務に忠実な方がおられるっすよ皆様ぁ、最後まであきらめなかったか、それか……」

「何が起きたか分からないまま、か。この場合どっちが幸せなんだろうな」

「答えは目の前みたいっすよ、窓をご覧くださいっす」


 何があったかはご一緒したロアベアの指先がヒントのようだ。

 そこでフロントガラスが機首の一部ごとぶち破られて、新鮮味のある空気と光の通り道になってた。


「ここが飛行機のコントロールを取る場所じゃな……なんてこったい、上も下も機器まみれじゃぞ!? もしやこれ全部使い方覚えんといかんのか……!?」

「よっぽど好きなやつじゃないと低空飛行する棺桶になっちまうだろうさ。いや、それよりなんだその……窓のデカい穴はよ」


 ……幼馴染とドワーフのやかましさも混じって余計に狭くなってしまった。


「ここから不法侵入者がいたみたいだな、またの名を事故現場だ」

「いや、おま……イチ、航空機のガラスって言っとくけどすっげえ頑丈だからな? 分厚い強化ガラスだぞ?」


 でも冷静に痕跡を見つめれば答えなんてすぐだ。

 分厚いガラスが斜めから何かにぶち抜かれてる。

 突入した何かはたぶん、操縦席の二人の間を抜けたはずだ。


「それすらお貫きになったお方がここにおられるっすよ、なんすかこれ」


 犯人探しもあっという間だ、ロアベアが部屋の隅で何かを突いてる。

 空気抵抗をぶち抜くために丸く尖ったボディに、重量感のあるダクトファン二つと尾翼がくっついた何かだ。


「こいつが犯人か? なんていうか……ドローンみたいだな」

「そっすねえ……しかもこれ、なんか武器積んでないっすか?」

「どう見ても無人で飛んでるような奴じゃのう……突入口の状態から見るに見事に操縦席めがけて「ばーどすとらいく」しとるな」


 こいつは周囲をぶち壊しながらここの飾りになったみたいだ。

 真っ黒な装甲はひどくひしゃげてるが、飛行中の航空機を叩き落とすには十分な働きをしたはずだ。

 胴回りのすぐ下にはいかにもな銃身が旋回式構造を持って攻撃的にしてる、つまり戦闘用である。


「なんてこった、()()()()()()か。」


 遅れて確かめたサングラス姿が「マジかよ」と驚いてるとなれば、こいつはただものじゃない。


「名前を知ってるぐらいの仲はあるらしいな。知り合いか?」

「こりゃG.U.E.S.Tに出てくる戦前の無人兵器だ、人類の友達じゃねえ」

「俺たちの敵って意味での無人兵器か、こっちでお会いしたくなかったな」

「そうだな、ゲーム的にいい思い出もねえ。ブラックプレートで充電しながら延々動いて、空からしつこくレーザーライフルぶっ放してくる厄介なやつだからな。空も飛べるわ滞空できるわで小回り効かせて殺しにかかってくるぞ」

「お前のその嫌そうな顔からして嫌われ者なのは分かってきた」

「ユーザーが「こいついなけりゃゲームは神」っていうほどの厄介者だぜ?」

「そう言われる理由も頷けるな。何せこいつの戦果は数百人ってところだ」

「だろうな、掌握されたところをカミカゼしやがったみたいだ」


 ここにある無人兵器こと『ジャーチェル』が墜落の原因らしい。 

 どうにかタイニーエルフ一体分は乗せられそうな姿だが、こんなものが旅客機程の高度までたどりついたそうだ。


「職務中にいきなり突っ込んできたんすね、パイロットの皆さまお気の毒っす。でもこれどうやって飛行中の機体に追いついたんすかね」

「おかげで揃いも揃ってひでえ死に方しおって……ひでえ話じゃ。多分じゃけど、事前に飛んでくる方向に待ち構えて体当たりするぐらいのいや~な使い方ぐらいはわきまえとるんじゃねーの?」

「なるほどー、確かに来るの分かってるなら待ってればいいだけっす。いやらしい使われ方してるすねえ、あひひひっ♡」

「こいつもこいつで頑丈なもんじゃのう。お互いどんだけの速度出しとったか知らんが、この『ジャーチェル』とやら中々原型を保っとるぞ。ブラックプレート使われとるし持ち帰って部品取り決定じゃな」

「直せばまた飛ぶんすかねえ」


 その不名誉な衝突事故の原因もロアベアとスパタ爺さんからすれば戦利品か。


「……つーことでこれ、お持ち帰りしちゃっていいかの?」


 すっごい物欲しそうにみてくる髭面が既にロープを取り出すぐらいには。

 太い指が示すに機体前面の破れた窓から落とすそうだ。お帰りもあちらです。


「別にいいぞ。もし再起動してもぶち壊すぐらいの面倒は見てくれよ」

「こういうのはお爺ちゃんが頼りだ、ご自由に。見た感じぶら下げてる武器は無事だな、再利用のしがいがあるんじゃないか?」

「よっしゃ! 他のドワーフどもに見せて自慢したろ! ロアベアの、結ぶのちょいと手伝え」

「収穫あってよかったすねえ、うちにお任せっす~♡」


 タカアキと視線を交えた結果は「どうぞ」だ。

 ドワーフとメイドが撃墜犯をロープでふんじばって高度な緊縛プレイに興じ始めた。

 すぐに傍らで無人兵器が機外へ追いやられて、ロアベアが「キャッチしてくるっす!」と出て行ったようだ。


「他は目ぼしいものなしって感じか?」

「こんなに真っ二つじゃフライトレコーダーも絶望的だろうな、あるのは悲惨なドローンストライクの現場だ」

「フライト……なんだそれ?」

「簡単にいえばくたばる直前のデータが入ったやつだ。コックピット内の会話とかも記録されてて、事故原因の究明に手がかりになるのさ」

「事故の原因はお縄についてるだろ、そこで卑猥に縛られてるのが見えない?」

「死ぬ間際の声が聴けちゃうぞ!」

「今夜は安眠したいからパスだ。他に何もないなら……ん?」


 タカアキの悪趣味さはほっとくとして、何かないかと目星が効いた。

 座席の右側だ。そこで苦し気に座る人骨がタブレットを抱えてる。


「どした? 死後の念でも見つけたか?」

「場合によっちゃそうかもな。タブレットがあった、それで――」


 手に取るとカルシウムがぺきっと折れたが、戦前の電子機器に表示が浮かぶ。


【ハッキング可能!】


 今日もPDAが悪さを働こうとしてた。

 もちろん【YES】だ。ロックが解除されるとデータを拾ったらしく。


【――本社からの指示はどうなってやがる? カルテルの奴らにもっと武器を送れってさ、メキシコ政府が口うるさくしてるってのによくもまあ悪びれもしない職場だ。俺たちもそうだが、こんなもんを流してくれる我が国の銃器メーカーも地に落ちたもんだな、武器が売れれば争いは広がる、そうなりゃまた銃も弾も売れる、悪者が得をするとはこのことか。積み込みハッチからすぐ横、コックピットの真下に隠しておけよ】

【クソ顧客からのご注文リスト。エグゾアーマー用外装バッテリー四つ、M2重機関銃と弾薬500発、五十口径の対物小銃四挺(何と戦う気だ?)、CEOから王様への親愛の印(エングレーブつき散弾銃)、C41"シンリンオオカミ"と338ラプアマグナム弾五十発(カナダからの豪華な贈り物だ!) マイ・タイニー・ポニーの人形(ボスご所望のフェムボーイ魔改造モデル、オエー)……】


 と、戦前のひどいメールやメモが画面にあった。

 文面からしてろくでもないフライトだ。ブラックな実情に俺たちは苦く笑った。


「タカアキ、これ見てどう思う? 率直な感想頼む」

「それ見てすぐお兄さんの中でここが訳あり物件になったぞ。今どんな言葉が浮かんでるか分かる?」

「漢字二文字でいいか? 密輸」

「ご名答。スパタ爺さん、それ降ろしたら貨物室いくぞ」

「おう、ばっちり耳にしとるぞ。やっぱ訳ありじゃったか、ただの悲惨な事故じゃないとは向こうらしいの」


 ちょうど事故現場からがこん、と無人兵器が下ろされた瞬間だったか。

 見聞きしてたスパタ爺さんに拾った【ログ】を見せれば、強い顔も呆れるほどだ。

 ついでに目につくゴミを資源に変えて切断面まで帰ってくると。


「おかえりなさーい! どうでした? 何か目ぼしいものとかありましたか~?」

「ん、おかえり。異常なし?」

「お、おかえりなさいませ……だんなさま、お手伝いすることはありませんか?」


 開放感抜群の客席を超えて見下ろすあたりで人形姫の手ぶりがお迎えだ。

 周りでニクがぼうっと草原の景色と匂いを感じていたり、メカがじっとこっちを待っていたりと暇そうだ。


「幽霊は出なかったけどそれよりひどいのがあっただけだ」

「リスティアナちゃんにも伝わるように配慮するならあの屋敷みてえなもんだ、ただの悲しい墜落現場じゃねえぞこりゃ」

「これな、密輸品積んどるそうじゃぞ。客の尻の下でなんつーもん運んどるんじゃか……」

「密輸品ですか!? こ、これってもしかして悪の飛行機でしたか!?」

「悪の飛行機ってなんだよ。まあ中身次第でその表現通りになるか」


 お出迎えに向けて三人でどしどし降りれば、次に振り返るは貨物スペースだ。

 そこでは下部の角が斜めに切り取られたコンテナが奥まで詰まっていた。


「で、なんかあるのは分かったけどよ? じゃあこれからどうやって奥まで調べるんだって話だ、お荷物ぎっしりだぞ」


 おかげでタカアキの物色しようという試みはすぐ無意味になった。

 開ける方法も見つからなければ、そもそも機体の下半分が貨物ごといびつに潰れてるのだ。


「しかもぶっ潰れてるな。引っ張り出せそうな形してないぞ」

「見事に詰まってやがる、こっからじゃ開けられねえぞこれ……いや、こういうときは機体の横とかに貨物用のドアがあるはずだ。そっちでどうだ?」


 引っ張るなんて無理だ、それなら「カーゴドアがあるはず」と幼馴染のアイデアで機体横に向かうも。


「事故のおかげでセキュリティ万全だ。開かないような潰れ方してる」

「こんな着陸の仕方決めてりゃな……胴体ごとぐっちゃぐちゃじゃねえか」

「これじゃ中にある貨物も悲惨なことになってそうじゃのう。後日解体用の道具でも持って出直すか?」


 そこで確かにそれらしきものがあった、間違いなくそれだろう。

 うつ伏せになった機体の側面にいかにも貨物用なドアが潰されつつあった。

 自動車を横向きに一台放り込めそうな幅が圧力に屈して行く手を塞いでる。


「無人兵器は無事に着陸したっすよ~……って、揃いも揃って貨物用の扉をご覧になってどうしたんすか皆様ぁ?」


 悩ましいところdロアベアも来た。すぐ「これ」を示せば理解したらしい。

 ドアがデカすぎるのだ。戦車よりも厄介な金属板が泥棒を妨げてる。


「いけないものが入ってるらしいけどご覧の有様だ。この無駄にデカいドアどうしようって悩んでた」

「潰れたまま中途半端に開いてるっすねえ……大きさ相応の勢いと質量をぶつけてこじ開けるのはどうっすか?」

「ちょうど今頭の中でエグゾか爆薬かって選択肢が浮かんでた。どの道手持ちの装備じゃ無理だろうな、それかお前が斬って開けるか?」

「いやあ、ちょっとうちでも無理っすねえ……」


 見上げるスパタ爺さんも「ありゃ根元から潰れとるのう」とあきらめてるんだ、どうにもならない。

 それに安全だってことも分かった、これでいいかと諦めもついてくるが。


「ふむふむ……なるほど、この大きな扉が邪魔なんですね?」


 眺める仕草までご一緒してくれたリスティアナがなぜか得物を抜いた。

 俺の目に狂いがなかったら、明るく朗らか得意げに構えてるような――


「おい、リスティアナ。お前もしかして――」

「おっ、やるかリスティアナちゃん? やっちゃうんか?」

「はいっ、お困りのようでしたらやっちゃいますよ~? 皆さん下がって下さいね、すっごいのいきますから!」


 なんてこった、アレをやる気か!

 あいつはタカアキの期待するようなニヤニヤに応えるべく、ご自慢の大剣にマナの色を溜め始めた。

 踏み込んだ足はもう完全に必殺の一撃をぶち込む証拠だ、全員退避。


「おい、リスティアナの嬢ちゃんどうしたんじゃ? まさかあの子たたっ斬るつもりか?」

「お~? なんかすごいの来そうっすね、なんすかなんすか」

「全員正解だ、俺たちもこじ開けられる前に下がれ」


 リスティアナのヤバさから引っ張れば、刀身が青色鮮やかに染まった。

 遠巻きに「もしかして」と見守る新米たちも混ざる中、あいつは力を込めて。


「いっきますよー……! 私の必殺! 【ルーセント・ブレイド】!」


 横に一閃した。

 旅客機の貨物用ドアが豪快にぶった切られた。

 次の瞬間には、がごんっ……と錆び色混じりの機体カラーが転がってきた。

 風通しが良くなって中身がやっと見えた、ぎゅうぎゅう詰めのコンテナが150年ほど窒息してる。


「人類の英知もお前のぶっ飛び具合には勝てなかったみたいだ。開けてくれてありがとうお姫様」

「貨物ごとやっちまうとは豪快だね。久々に元気な技名聞けてお兄さん嬉しいよ、これからも困難が立ちふさがったらそいつでこじ開けておくれ」

「今のって噂の【スペシャルスキル】なんすかね? すごい威力っす、うちも使いたいっす!」

「ほんとにたたっ斬りおったわ! 大した奴じゃなお前さん、戦車ぶっ壊せそうな見事な一撃じゃったぞ!」

「今の謎の衝撃音はもしやリスティアナ先輩のスペシャルスキル? いったい何をしているのか説明を求む」

「えへへー、どういたしましてー♪ 驚かせちゃってごめんなさい、イチ君たちがお困りなようなのでこじ開けてました!」


 見回り中のロリどもが破壊音にざわついてるが、お目当てを探ることにした。

 ようやく見えた貨物室の中は見るだけで窮屈だ。衝撃で歪んで逃げ場を失ったコンテナがひしめき合ってる。


【分解可能!】


 ただし触れるとそんなお知らせがでるわけだが。


「報告。触れるとコンテナに分解可能のお知らせが出てきた」

「分解できるのかよ。つーことは中身は無事じゃないのかもな、何入ってるか知らんけど」

「もしかしてあの妙な力で消せるんかの? じゃが中身気になるしのう……まあ、お前さんの判断に任せるぞ。どうせこの様子じゃ荷とやらも台無しじゃ、有効に使ったれ」

「じゃあとりあえず必要な分だけ消す。えーと、確か密輸品は機首側の方か?」


 中身はたぶんゴミだろう。貨物を次々と【分解】した。

 何が入ってるのやら、歪んだ箱を消せば資源があれこれ流れ込んでくる。

 空っぽだった資源ゲージを埋めながらも機首側まで探るとやがて突き当りだ。


「積み込みハッチからすぐ横だったよな? 壁しかないぞこれ」


 が、待ってたのは金属感で固められた白い壁が一つ。

 リベットで止められた床や天井をどうなぞっても、密輸品の隠し場所とやらは見当たらないのだが。


「……ご主人、そこから火薬のにおいがする」


 グッドボーイ。ニクが鼻をすんすんさせつつ現れた。

 犬の手先に目が従うと、うっすら壁色が違う場所がある。

 「まさかな」と触れてみると【ハッキング可能!】だ。そういうことか。


「ああそういうこと。ニク、お前は空港で働いたほうがいいと思うぞ」

「ん、どういうこと?」

「優秀ってことだ、グッドボーイ」

「おっ? 見つけたらしいぜお爺ちゃん、さっそく見せてみ」

「マジであったんかい。やれやれ、客と一緒に何運んどったのか見せてもらおうじゃないの」


 もちろん解除。少し間を置いて、がぢっと取っ手らしきものがせり出てきた。

 机の引き出しを抜くように取れば、けっこうな横幅の収納スペースが現れて。


「……タカアキ、ウェイストランド人が物騒になったは戦前の奴らがこんな体たらくだったからじゃないのか?」

「うっっわ……人の心養う余裕もなかったんじゃねえの。どこで何させるつもりでこんなん密輸してやがったんだ?」

「えらく物騒なもんぶち込んどるな!? じゃがこの構造とブツの位置的に、叩きつけられた衝撃もろに喰らってほぼ台無しって具合じゃぞ勿体ねえ」


 野郎三人で覗けばいろいろな意味でひどかった。

 厳重保管されたエグゾのバッテリー、分解された重機関銃と弾薬箱、ケースごとぶっ壊れた小火器もろもろに――立派なものが生えた紫色の馬のぬいぐるみ。

 後ろめたい品は歪んだり錆びたりと救いようがないし、唯一無事なのは色あせた手書きの書き置きぐらいで。


【楽しんでくれアミーゴ。私の小さなポニーちゃんの方は穴もこしらえた特注品だ、ローションを忘れるなよ】


 と、密輸品にメッセージ性を付け足してる。

 中でも異彩を(紫に)(逞しく)放つのは、物騒なブツにまじるお馬さんだ。

 少女向けしそうな愛くるしさの下で150年勃ちっぱなしだ――何がとは言わないが。


「ついでに呪いの品の密輸もやってたみたいだぞ。なんだこの呪物」

「すごく……大きいな、いやどう見てもアレじゃねえか。悪いけどケモナーはここにいねえぞ」

「なんじゃそのご立派な呪い人形は。戦前の連中め、鉄と火薬の力に飽き足らずまじないも使っておったのか」

「……これ、オスなの? おっきい……」

「やめろニク、感心するな」

「積み荷の物騒さもそうだけどこの異色極まりないブツはなんだよ……教育に悪いからリスティアナちゃんとロリどもには絶対に見せるなよ、速やかに消せイチ」

「わし思うんじゃけど、こんなん密輸しとるから罰当たったんじゃねーの」


 女性陣に見えないように背中で壁を作りつつ分解だ、世に平穏があらんことを。


「何か見つかりましたか~?」

「盛り上がってるっすねえ、何か面白いもの見つかったっすか皆様」


 ブツを囲んでると、リスティアナとロアベアも収穫のほどを伺いにきた。

 俺たちはなんとも微妙な顔を浮かべて「これ」と示すのがいっぱいだ。

 保管場所はたとえもう一度墜落しようが大丈夫そうに振舞ってるが、雑に放り込まれた物品の数々は別である。


「いい骨董品が見付かった。あるいはジャンク品っていうべきかもな」

「年代物の密輸品だぜ。お兄さん博物館に飾ったらどうかなって考えてたよ」


 その一例を見せた。錆びてひん曲がった組み立て前バラバラの小銃。

 タカアキも歳を食い過ぎて腐食した五十口径の銃身を見せれば総じてゴミだ。

 このがっかり具合が伝わったのか「そうですかー」とリスティアナも残念そうだ。


「どこで放置されてたもんか知らんが、これほとんど使えんの……」

「ドワーフの目からしても再利用は難しい感じ?」

「うーむ、リストアップするとじゃな。捨てたもんじゃないのは五十口径の銃身周りが一つ、エグゾ用バッテリー二つ、あとは弾薬ぐらいじゃ。他はお前さんに任せるぞ」

「使い物になるのは弾薬ぐらいか。分かった、他は全部分解する」

「後ろのコンテナもやっちまっていいぞ。どーせこれじゃ取り出すのも一苦労じゃ、全部消して風通しよくしといてくれ」

「じゃあコンテナ貰い。その代わり()()()()は爺さんにくれてやるよ」

「わはは! 言ってくれるな! なら今日からこの旅客機はドワーフ族のもんじゃ、流石に修理なんてできんから解体して資材にすんぞ」


 その点、スパタ爺さんは大収穫って感じか。

 拾い物の無人兵器にまだ無事な密輸品に、このはぎ取りがいのある航空機一機もあれば髭面に満面の笑みだ。


「これで墜落現場はクリアだな。そこのチビエルフどもは10000メルタ儲けたってことになるな」


 俺は使えそうな物を手に取りながら周囲を見直した。

 新米人外冒険者が慣れない土地ながらもしっかり働いてくれてる。

 このままもっと北まで行っていいかもしれないが、他の同業者と周辺の情報を共有してからの方がよさそうだ。

 今日で二つも怪しい場所を制圧した。これだけでも十分としよう。


「順調に調査してますね、私たち! 次はどうしましょう? このままもっと奥まで行ってみますか?」

「それは俺も思ったけど、今日はもう十分成果を出せたからいいんじゃないか? これ以上進んでも後ろとのつながりが途切れるし、仮にうまくいって戦利品やら増えても帰りに困るだけだ。要するにアサイラムまで帰るって提案だな」


 調子はいいが「だからこそ」だ、拠点と離れすぎていいことはない。

 なのでここで切り上げるのはいかが? とオリスを伺えば。


「ふむ。我々はまだまだ行ける、けれども調子に乗って痛い目を見るのはごめん被りたい。後日完璧な調子で出稼ぐべく、今日のところは引き上げたい」


 チビエ……タイニーエルフな彼女は見上げながら同意だ。

 取り巻く周囲も順調に稼げて気分が良さそうだけど、表情にうっすら疲れがこびりついてる。

 よし、引き上げよう。なにも知らない土地を無理に手探りしなくたっていい。


「オーケー、じゃあ一旦アサイラムまで戻るぞ。不慣れな土地で下手に冒険するのは危険だし、お前らも充分稼いだみたいでキリがいいんじゃないか?」


 周囲に集まってきた面々に今一度確かめた。みんな等しくうなずいてる。

 俺は百発入りの弾薬箱を掴みながら帰りの支度を始めた。



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