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47 リアリティ

 いわれたとおりに話した。

 自分たちがこの世界の人間ではないこと、気づいたらこの世界にいたこと。

 元の世界について、本来いるべき世界での生い立ち、なんだって教えた。


 もちろん、あることについては話さないようにしていた。

 けれども真実を追い求める老人の目に勝つことはできなかった。


 だからというか、つい、ついに話してしまった。

 物いう短剣は謎の転移事件で本物の肉体を得た人工知能だということ。

 この世界がG.U.E.S.Tという名前のサバイバルシミュレーターであること。


 そして俺は死んでも死ねない、主人公に当たる存在なのだと。


「……なるほどね。で、あんたら気は確かなのかい?」


 ところが老人はたいして驚いちゃいなかった。

 というか、人生最大の頭痛に見舞われたような苦しい表情をしている。

 いや、むしろこれくらいのほうが良い。変に信じられるよりは。


「とっくの昔におかしくなってると思う」

『……おかしいと思うかもしれないけれども、本当なんです』

「つまりなんだい、このかわいい短剣のお嬢さんはどっかのゲームの中の人工知能で、そこの新兵(コーンフレーク)はこの世界は実はゲームであんたが主人公だった、っていうのかい?」


 あきれ果てた視線を向けられた、されどけっして驚いちゃいない。

 むしろぶっ飛んだ話をぺらぺら喋ったおバカな擲弾兵を憐れんでるようだ。

 しばらく気まずい時間を共に過ごしていると、


「……そうさね、ちょっと昔の話をしようか」


 相手が空になったトレイをボンネットに置いた。


「私がシド・レンジャーズっていう組織にいたころの話なんだが、エンジニアっていう同僚がいた。皮肉屋でそれはもう最高の性格をしたクソ野郎さ。今じゃ元カレだがね」


 ポケットから手作り感あふれる煙草を出して、咥えた。


「そいつは頭がいいんだがいい感じにネジがぶっ飛んでたよ。あるとき、基地内で飲んでた時にこの世界は仮想現実なんだとか変な主張をしてね。あんまりにもふざけたこと言うもんでつい半殺しにしちまったけど……」


 大きな空薬莢を加工して作ったようなライターで火を灯す。

 年老いた兵士はたいしてうまくなさそうにタバコを吸うと、


「もしあんたのいってることが本当なら、悔しいが昔のあの馬鹿な主張は正しかったってことになるわけだ。ただね――」


 重い煙を吐きながら空に視線を向け始めた。

 俺も見上げた。青い空と太陽が不毛な大地をこの世界に閉じ込めている。


「……ただ?」


 視線を元に戻すと、はっきり見えてしまった。


「150年前の最終戦争も、息子がくたばったのも、こうしてあんたらに巡り合えたのも、全部プログラム上で仕組まれたイベントだったっていうのかい?」


 この世のすべてに対して呆れてものも言えなくなったような顔があった。

 ため息かどうかも分からない呼吸がタバコの煙を空へと押し出している。 

 無責任にも、そんな様子にどう返せばいいか分からなかった。


「……冗談さ。誰があんたらのいうことなんて信じるかい」

「……そうだよな」

『無理に信じてくれとはいいません……』


 しばらく言葉が詰まってしまう。

 疲れたような顔つきの老人から煙草をすすめられた。

 「吸わないんで」と首や手を振って返すと「つまらないやつだね」と鼻で笑われた。


「……おい、主人公。ゲームだっていう証拠、何かあるんだろ?」


 沈黙の後、タバコを咥えた鋭い目つきの老兵が尋ねてくる。

 迷うことなくジーンズのポケットから――PDAを取り出した。

 レベルアップ通知を無視してクラフトシステムを立ち上げる。


「これなんだけど……」

「なんだい、そいつは……シェルター居住者に配られてるPDAじゃないか。それがどうしたっていうんだい?」


 まずはトレイの乗っているボンネットの前に立つ。


「今やってみせる、ちょっとみててくれ」


 初めてだが、これしかない。

 製作リストにある『即席ナイフ』を選んでクラフトアシストを開始。

 画面に『クラフト中』と表示、こんっと音を立ててボンネット上に何かが落ちる。

 そこら辺の鉄くずを叩きまくってどうにか作ったような、ひどく雑なナイフだ。


「……なんだい、いまのは」


 今度は『シングルショットガン』というのがあったのでクラフト。

 ごろんと荒いつくりの木製パーツと細いパイプ、バネやボルトがむき出しの機関部といったさまざまなパーツが転がる。

 錆びだらけの機関部を骨組みにねじり込んで、銃身をヒンジで接続。

 銃身と木材を針金でがっちり補強して、銃本体を金属ピンで固定して完成。


「見たか? こういうことなんだよ」

「おいおい……どうなってんだい?」


 完成品を見せると相手は驚いていた。

 しわだらけだが無骨な手が伸ばされて、頼りない作りの銃を掴む。

 しばらくそれを眺めると仕組みを理解したみたいだ。


「……見た目は最悪だが、使えないことはないね。こいつは」

 

 彼女の手が銃身を折ると、確かに散弾銃として機能しそうな銃身がある。

 胸のポケットから散弾を引き抜いてそこに詰め込むとぴったり入った。

 銃身右側にあるボルトを引くと発射完了、トリガに指をかけて――


「よく分かったよ。あんたらがクソ面倒くさい存在だってことがよーく分かった」


 撃たないまま散弾を取り出して、手作り散弾銃を突き返される。

 その銃を『分解』してこの世になかったことにした。

 相手の顔をうかがうと世界一面倒くさい存在を見るような目つきだった。


「とりあえず言いたいことがあるんだけど、いいかい?」

「なんだ?」

「……確かに私は『可能な限り』といったが誰がここまで包み隠せず馬鹿正直に言えっていったんだい、おかげで70過ぎたのに修羅場にぶち込まれた気分だよ馬鹿者!」

「いてっ」


 空になったトレイでべこん、と頭を叩かれた。それも優しく。


「いいかい、良く聞きな。とりあえずあんたらの話したことはそれなりに信じてやる。でもこのことは不用意に誰かに話すんじゃないよ。ましてそのわけのわからない手品みたいなのもだ」


 俺の目が正しければ、どうしようもない馬鹿を見て呆れ果てた老人がいた。


「ミコ、お前もだよ!」

『わ、わたしですか!?』

「確かにその魔法とかいうのでうちらも死ぬほど助かったがね、次からは軽々と人前で使うんじゃないよ! あんたらはこのウェイストランドがなんなのか分かってるのかい!? そんな便利な力があったら何を招くかぐらいわかるだろう!?」

『ごっ……ごめんなさい』


 物いう短剣も叩かれた。その代わり指先でかなり優しく。


「……はぁ、今年は災難だらけになりそうだね。よりによってこんないつ爆発するか分からない爆弾みたいなのがうちに来るなんて……」

「……なんだかすみません……」『……なんだかすみません……』

「こんな時にハモらせるな馬鹿者! いいかい、あんたらはこの世界を何も知らなさすぎる! そんなんで良く生き残ってこれたね!?」


 ごつごつとした乾いた手がまた伸ばされた。

 叩かれるんじゃないかと身構えていると……首に指先がかさっと触れた。

 正確に言えば、矢でぶち抜かれたときに作られた喉元の傷跡だ。


「……馬鹿かい、お前さんは」


 なぜか『感覚』が彼女の顔に悲しむような、憐れむような何かを感じ取った。

 そういえば、俺の身体は傷だらけだった。普通の人間だったら何度あの世に叩き込まれてるんだろうか。


「……返す言葉がないよ。でも、もうこの世界がゲームだなんて思ってない。確かにここで必死に生きてるんだ、一人の人間として」

「……そうかい、ならそれでいい」


 首の傷を手で隠した。

 続く言葉に迷っていると、


「お前さん、この世界がどうなってんのか分かってるかい?」


 馬鹿みたいな話を最後まで聞いてくれた老人が正面に立つ。そして問われた。

 対して俺が返せる言葉は何もないに等しい。


「いや、崩壊した世界ぐらいしか分からない」

「そうだろうね。あんたは何も知らなさすぎる。いうならば白紙同然だ」


 もう一度空を見上げた。

 いい天気だ、真っ白な雲の間から海が広がっているようだ。

 この世界を偽物と認めることはできない、なぜならそんなことをしてしまえば、今ここにいる自分すら否定することになるからだ。


「その通りだと思う。俺は……なんにも知らない、今までの人生だってぼんやり生きてただけだ。本当に、返す言葉がない」


 視線を降ろして、彼女にぶちまけた。

 本人は両手を後ろに組んで堂々とした姿でこっちを見下ろしている。


「いいかい、あんたがさっきうっかり話してしまった馬鹿みたいな話はなかったことにしよう。だがそれにしたって弱すぎるんだ、何もかもね」


 強い目がこっちに向けられた。


「――新兵、私を見るんだ。そして良く聞け」


 ただ怖いだけの目を向けて向き合う。

 誰よりも強い意志のこもった瞳だ。見てるだけで意識が吸い込まれそうだ。


「鍛えてやる。二度とぼんやり生きられないぐらいに、何もかも徹底的にね」


 完璧なほど正しい姿勢で見つめてくるベテラン軍人の姿があった。

 言葉に噓偽りはなかった、なぜなら今まで見たことがなかったぐらいの強い意志や決意のこもった目をしていたからだ。


「……俺を?」

「ああ、ウェイストランドで一番強い人間にしてやる。嫌だっていうなら構わないが」

「俺、ここに迷惑かけたんだぞ? それなのにそんな、世話になるわけには……」

「あんたをそのまま行かせたら他所でもっと迷惑かけるだろう? それを防ぐためさ、別にあんたに情けをかけてるとかそういうのじゃないから勘違いはするんじゃないよ」


 人生の中でそんな風に俺を見てくれる人間なんていなかった。

 大げさかもしれないけれども、ようやく人として認められたような気がする。


「……でも」


 けれども、思わず他人の顔をうかがってしまった。

 物言う短剣の鞘にそっと触れた。

 できることなら、こいつを早く元の世界に帰してあげたい。


『……ねえ、いちサン』


 そう考えているとミセリコルデの声が届く。


『わたしも一緒に強くなりたい。こんな姿だからって何もかもあきらめてたけど、まだ自分にも何かできるんだってやっと分かったの』


 いつものおどおどした調子の声じゃなく、はっきりそう告げられた。


『だから。もしわたしのこと気にしてるなら、大丈夫だよ。いちサンが決めて?』


 ……決まりだ、やるべきことができた。


「……ありがとう」

『ううん、こっちこそありがとう。なんにもできなくて、ごめんね』

「決まったみたいだね?」


 俺は目に力を込めて相手を見た。

 この世の誰よりも頼もしい、自信にあふれた小さな笑みがそこにある。


「ああ、決まった」

「言っとくが私の訓練は半端なくきついよ。血反吐どころか大怪我するぐらいにはね。まあ死にやしないだろうが……」

「覚悟の上だ」


 どこまでも徹底的にやってやる。

 こんな馬鹿で不死身の擲弾兵を信頼してくれたこの人に、感謝を示すために。


「よろしい。いっとくがやっぱり駄目でした、なんて口にできないぐらいやるからね。殴る蹴るは当たり前ぐらいに覚悟しときな!」

「……分かった」

「分かったじゃない。はい、だ!」

「はい!」

「私のことは今日からボスって呼びな! 訓練は明日から始めるよ、それまで腹くくっておきなクソ野郎!」

「分かりました、ボス!」


 こうしてプレッパータウンにとどまることになった。

 不安だとかそういうものは感じなかった。今のところは、だが。


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