25 もう助からなかったゾ♡な航空
魔獣エーテルブルーイン。ドワーフ感覚でいえばクマ公。
雑食性の大食らいで、大きく裂けた口はちょうどそれを体現してる。
食ったものは魔力に変換して蓄え、死ねば自分の骨身も溶かし皮だけ残して消えるという意地汚い生物だそうだ。
誰が言ったかこの『エクストリーム森のくまさん』は、この国の自然環境に貢献しないクソ害獣として知られてた。
スパタ爺さんいわく――何でも食う図々しさで他の食い扶持を無遠慮に減らすわ、生態系に害しか及ぼさないとのこと。
こんなしょうもないバケモンだがまだ救いはある。
死んで散った魔力は土地の豊かさに多少は貢献し、抜け殻を落とすことだ。
気味悪いことこの上ないが黒い角は武器や薬になるし、308口径でやっと貫ける皮はいい防具の材料だ。
そいつらの縄張り意識の強さは白き民も難儀する。仲良くやれない程度には。
MGOの生みの親め、お前は何を思ってあんな汚い森のくまさんを登場させた?
その毛皮はそれなりの価値と一緒にユーモラスな形で巡ってきた――皮だけに。
一体あたり低く見積もっても2000メルタ以上はあるそうで、エルダー級の硬さとなれば等身の分だけ跳ね上がるとか。
分け前はボスの分も含めて等しく分配、売るなり防具にするなりの選択は帰ってからだ。
やがてアサイラムに待機してた冒険者とドワーフたちが駆けつけてくれた。
それもわざわざ急ごしらえの荷車まで持参して、あの図体そのまんまの毛皮を運んでくれるらしい。
とはいえ楽じゃないだろう、縦横数倍以上は健やかに育った【エルダー】なんて言うまでもない重さだ。
後方の連中には申し訳ないが創意工夫を願って(そして手間賃も約束もして)ぶん投げた――ついでにスイカも。
【さっきずっと遠くから爆発音が聞こえたぞ。お前の仕業か?】
【タケナカ先輩、ちょうどデカいのいたから吹っ飛ばしたぞ。そっちまで届いたらしいな?】
【やっぱりか、ホンダとハナコがどうせお前だろうなって感じで話してたぞ】
【俺のことなんだと思ってんだあいつらめ】
【このあたりで騒がしくするのはお前しかいねえだろ。なんかあったか?】
【廃村いったら魔獣ってやつの群れと親玉がいたからぶっ倒した。戦利品手に入れたから後方の奴らに運んでもらってる】
【なるほどな、そういえばお前魔獣を見たのは初めてか?】
【クラングル籠りなもんでな。そっちは?】
【かくいう俺もクラングルあたりで働くことが多かったがな、ああいうのは人里から離れるような仕事をすると急に身近に感じるぞ。エーテルブルーインとかな】
【まさにそいつと遭遇したばっかだ。なんだあれ、5.56㎜が効かなかったぞ?】
【なんてこった、あいつがいたってのか。規模は?】
草地を歩きつつ、そんなメッセージのやり取りに何を送るか迷った。
ぺしゃんこになった熊さんと親玉の前で「イエイ」の一コマ。
【これくらい】と送ればしばらくの悩みを感じるような間の後。
【冗談だろ、なんだこの……異様にデカいやつは? それになんて数だ、どっからこんな湧いてきやがったんだか……】
メッセージ機能越しに顔でも悩ませてそうなタケナカ先輩の返信が届いた。
エーテルブルーインは知ってても【エルダー】はまだだったか、拠点に戻ったらびっくりすること間違いなしだ。
【エルダーだとさ、ヒロインが言うにはフィールドボスらしい】
【フィールドボスね、んなもん実際に居たらさぞ厄介だろうよ。で、そのヤバそうなのをぶっ飛ばしたんだな?】
【流石にロケットランチャー五人分はお腹いっぱいだったみたいだぞ。ご遺体はどうにかアサイラムに運んでくれるってさ】
【お前らを行かせて良かったと思ってる。こっちはたった今廃牧場を制圧したところだ、ちょうどお前らの東側だな】
【廃牧場、なんか嫌な響きだ。牛のモンスターでもいたか?】
【嫌な響きだと思うなら間違っちゃいないぞ、心霊スポットみたいな上に白き民が居座ってやがった】
【それ実質心霊スポットじゃないのか?】
【ああ、ホンダの奴が納屋の扉を開けたらあいつらが飛び出てきたからな。それもナイト級のやつだ】
【気の毒に。全員無事か?】
【目立った被害者は一人ぐらいだ。ホンダが失禁した】
【ワオ。その件で落ち込んでたら名誉の負傷についてフォローしてやったほうがいいか?】
【そりゃ助かるが変な真似したら俺とハナコが待ってるからな、覚悟しろよ】
向こうからも【北東側の廃牧場】と一声添えられた画像が送られてきた。
草原の上で小さな山と控えめな森をそばにした素朴な並びがあった。
柵で広く取られた土地に家屋なり小屋なり建っていて、もし人がいればのどかだったかもしれない。
ただし二枚目からは地獄だ、どんよりな廃屋の様子に人と家畜の骨が転がった退廃的な演出だ。
「……ご主人、さっきから誰と連絡してるの?」
さぞホラーだな、と思い浮かべてるとニクが気になったようだ。
「タケナカ先輩から報告だよ、北東の廃牧場を制圧したそうだ。思いのほかホラースポットでやばかったご様子で」
足を止めないままPDAの画面を込めて周りに説明した。
廃村はもう見えないが、一休みしたリスティアナたちは元気に行軍中だ。
「廃牧場っていうことは……タケナカさんたちは私たちの東側あたりにいるみたいですね? 何かあったんですか?」
「扉を開けたらナイト級が飛び出てきたらしい。つまり白き民物件だ」
「それはヤバそーです……! そんなところに白き民がいたなんて、皆さん大丈夫なんでしょうか?」
「誰とは言わないけど犠牲者は一人、被害は素晴らしい第一印象のおかげで軽く漏らした程度だ。優しくフォローしてやってくれ、誰とは言わないけど」
「お、おもらししちゃったんですねー…………誰でしょうか? もしかしてホンダ君とか……?」
「お前はホンダのことなんだと思ってんだ――ごめんホンダ、速攻バレた」
ついでに向こうの被害状況も暴かれてしまったけど俺は悪くない。
ごめんホンダ。そう思いつつ周辺地図を頼りに北を目指していると。
「……エルダーを倒したのはあなた達、なのに我々もそのおこぼれを頂戴するのはいささか気が引ける。本当にいいの?」
ひょこひょこ追いつく小さなエルフがベレー帽ごと見上げてきた。
淡々と喋る丸い口はさっきの戦利品のことを気にしてるらしい。
「あっ、それ私も気になってました! いいんですか? 私も分け前いただいちゃって……」
リスティアナもエルダーの価値にあやかることに気が引けてる感じだ。
「あれ倒したのイチ先輩方だしね……わたしたち雑魚しか相手してなかったし」
「エルダーの皮となれば価値は跳ね上がりますからね。なのに取り巻きだけを倒していたこちらもあやかれるというのは、やはり受け取りづらいと言いますか……」
「どうであれワタシはお金がもらえるのは嬉しいゾ、臨時収入にしては額が大きくなるだろうナ。まあ買い手がいればだガ」
「レフレクも貰っちゃっていいんでしょうかー……?」
「あ、あたしは別にいりませんっ! お、お屋敷でけっこう頂いてるので……!」
後ろの皆さまもそうみたいだ。
トゥール、ホオズキ、メーア、レフレク、メカのあわせてロリ六人が予期せぬ利益に困ってる。
とはいえあれはただのアクシデントだ。急に飛び込んできたバケモンがちょっとした当たりくじだったんだぞ?
今は『大当たり』より周辺の情報が先だ。なにより一番活躍したのは間違いなくこの名もなきロリパーティだろう。
「俺には価値はさっぱりだし、そもそもあの汚い森のくまさん相手に奮戦したのはお前らだろ。だったらこれくらいがちょうどいいんじゃないか?」
「すごい名前が生まれちゃいましたね☆ じゃあ貰っちゃいますね? その分あなたのお力になりますので!」
「汚い森のくまさん……なんというクソネーム。いい得て妙」
「汚い森のくまさん。すごい呼び名だね……」
「き、汚い森のくまさん……? なんて渾名を着けてるんですかイチ先輩……」
「おにーさん、あんなの熊さんじゃないです……」
「だんなさま、あれって設定上では熊じゃなかったりします……!」
ざわつくヒロインたちから「これでいいよな?」とスティレット発射犯どもの顔をだいたい伺えば。
「ん、ぼくは別にいいよ。みんなで勝ったんだから」
「そうだなあ、お嬢さんがたいなかったらやばかったかもしれねえだろ? だったら平等だ、それにあんなデカい獲物は俺たちだけじゃ扱いきれねえし?」
「うちはお屋敷で食うにも寝るにも遊ぶにも困ってないんで~……新入りの皆様の明るい未来のためにどうぞっす。だからメカちゃんもしっかり貰うんすよ」
「その調子でわしらの仕事楽にしてくれりゃ十分よ。それに稼いだ金はギルドにある工房で使ってくれりゃよい、強い得物が欲しくなったらわしらに一仕事させろよ」
「――だってさ。総じて「良く働いてくれました」ってことだ、その代わり俺の冒険に付き合ってくれ」
ウェイストランド染まりな面々からすれば「どうぞどうぞ」だ。
それだけいうと、オリスのやつはじいっと見上げたまま。
「分かった。であれば報酬として頂く、それでいい?」
「にっ」と、まだまだ付き合ってくれるように口元を微笑ませた。
それでいい。なにせちょうど遠くで違和感の輪郭が立ってたからだ。
はるか北側の丘の高さに崩れた旅客機の形が乗っかってる――あれか。
「ああ、期待してる。ちっちゃいエルフなのにあのクマぶち抜くんだからな」
「ちっちゃいエルフではない、私は【タイニーエルフ】という種族」
「タイニー……なんだって?」
「タイニーエルフ、いつまでたっても小さな小さなエルフの変異種。こんな見た目でも二十歳を超えた設定」
「成長期のポテンシャルに恵まれてないのはよく分かった、気の毒に」
「おお何たる無礼な先輩。私とて好きでロリコン向けの存在になったわけではない」
「そんな種族考えて実装したやつが気に食わなさそうな顔だな」
「せめておっぱいだけは大きくしてほしかった、このままでは一生ふがいないロリぷにボディ」
「文句は本人に伝えとくよ」
誰が生み出したか、このタイニーエルフとやらは身体の勝手に困ってそうだ。
これで未来の俺の罪状がまた一つ増えたか――双眼鏡を手に向こうを眺めた。
「……見えたな、あれが墜落した旅客機だ」
報告通りの存在感が確かにあった、少し見上げた先に旅客機が居座ってる。
錆混じりの白い機体はかなり不格好な形でべったりと伏せてた。
「おーおー……あれが飛行機ってやつかの? なんつーか鳥みたいな形じゃのう、真っ二つに折れとるけど……」
その概要と言えば、横で同じく見つめるスパタ爺さんの口ぶりそのままだ。
遠目にもけっこう大きなそれが、どうにか翼を保ったままうつ伏せになってた。
が、エンジンも外れて折れかけた飛行部分の後ろはまさに真っ二つだ。
ちょうどエコノミークラスあたりがきれいに分離してる――事故という形式で。
「あちゃー……後ろのお客様ごと尾翼が離婚してやがる。どんな落ち方すりゃああなるんだよ」
タカアキもサングラスで濾された双眼鏡を覗いてた。
その口ぶりをなぞるならまさにそうなのだ、あれは。
上半分だけになった機体の後ろで、不運にも切り離されたもう半分が横向きに中身を晒してた。
頑張れば二つを引っ張り合わせて直せそうにも見えなくはないが、今やそこにあるのは墜落した実績だけだ。
「見ろロアベア、首ちょんぱじゃないけど胴体ちょんぱだぞ。何か感じるものはないか?」
「うちだったらもっときれいに真っ二つにするっすねえ、あひひひっ♡」
「そうか、飛行機ぶった斬る機会があったら頼むぞ」
「ご期待に応えられるよう励むっす。わ~お、あれじゃお客様全滅っすね」
生首を持ってきたロアベアにも見せてやった。頑張って旅客機を切断するほどの剣豪にでもなってくれ。
オリスたちにも回せば「あれが飛行機、世界観ぶち壊し」という感想だ。
「……テュマーはいなさそう。いるなら外側で守りを固めててもおかしくない」
「おおお……? あれが飛行機ってやつですね☆ あんな文明的なものがみられるなんて、ちょっとワクワクしちゃいます――まあ、事故現場なんですけども……」
ニクもジトっとその様子を確かめてたらしい。
リスティアナに渡った双眼鏡にも敵は映ってないそうだ。
「確かにテュマーがいたら周辺に何かしら痕跡があるだろうしな。どうする? このまま行くか?」
もっと見た、戦前の航空機はあいかわらず大自然に飲まれながら鎮座してる。
目で分かる情報はもうないか、そう分かればスパタ爺さんが駆け足で。
「そりゃあ行くに決まっとるじゃろ! 向こうでも見られなかったもんがあるんじゃぞ、見せてもらおうじゃないの「ひこうき」とやらを!」
ドワーフの短足がパワフルに飛行機を追い求めてしまった。
そうだな、特に『はよいくぞお前さんら!』と嬉しそうな声がそうだ。
「爺さんの意思を尊重して今からあそこに向かうぞ、今から墜落現場鑑賞だ」
「よもや初めて見る航空機が事故現場とは。この印象は我が人生に良からぬ影響を与えると思われる」
「俺だって久々に見る飛行機があんな変な落ち方したやつだぞ。あれ見てまた乗りたいなんて思わないね」
大はしゃぎする後ろ姿にベレー帽エルフと「仕方ない」と見合った。行くか。
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