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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
魔法の姫とファンタジー世界暮らしの余所者たち
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20 これからどうする? とりあえず飲め


 あれからドワーフたちの手を借りながら水道を組んだ。

 こちとら「とりあえず伸ばせばいいんだろ?」な体たらくだが、下水の役目から必要性まで丁重に教わりながらである。

 ついでにフランメリアに水道が備わってる理由もここで判明した――未来の俺、つまり『アバタール』の功績だ。

 きっと元の世界の衛生環境が恋しくなったんだろう、ドワーフに無理言って上下水道を作らせたらしいぞ。


 まずアサイラムにあわせた図面を頼りに配水、下水用パイプを巡らせる。

 お次はライフシステムにそれを繋げて、川へとパイプを伸ばして、処理水が放流される仕組みができた。


 そして建築システムのテストがてら水を使う設備を増やしてみた。

 宿泊施設の中に水道やらはもちろん、増築してできた空きにシャワールームを設けることになった。

 ドワーフ&幼馴染に「防水云々」を散々説かれつつ、床や天井にびっしりタイルを貼らされた――これがないとカビ生えるってさ。

 シャワーを壁に取り付けて仕切りもちゃんと隔てて、男女別(ただし比率7:3ほど)に分けて完成……とはいかなかった。


 となると熱いお湯を効率的に運ぶ必要がある。

 なので建物周りに【温水用タンク】を建てた。

 無人兵器の頭上に落とせばぺしゃんこにできそうなほどの四角形で、こいつがライフシステムよりも熱々のお湯を高効率で供給する……らしい。

 ライフシステムに接続、そしたら配管、排水パイプもつなげてやっと完成だ。

 寝床のお隣に簡単な食堂も作って、流し台やらも設置してもっと文明的にした。


 ところがここで一つ知るべきことがあった。

 それは【P-DIY・ライフシステム】の耐久値だ。

 稼働するとゲームのシステムに則って徐々に消耗して、定期的に修理をしないといけないらしい。

 タカアキが言うには「仕事をさせた分だけ疲れる」仕様だとか。

 もっともPDAから管理可能で、修理も【資源】を使ってすぐだ。まだ遠隔で直せるだけ楽だろう。


 ……この時点でやっと理解したが、くっっっっっっそ面倒だこれ!

 G.U.E.S.Tは世紀末サバイバルどころかこんな拠点運営要素にも力を注いでたらしいけど、おかげで大変な目にあってるんだぞ?

 外で働く冒険者を尻目に楽できると思ったら大間違いだ、土地の持ち主の大変さがよーく伝わってる。


 まあ苦労してる暇なんてない、いよいよ浄化の魔女レージェス様の出番である。

 水回りの要所に浄化の魔法とやらをかけてもらった。

 仕組みはともかくシャワーからシンクまで排水がきれいな水に変換されるらしい。

 これでライフシステムの機能を一つ使わずに済むから運用コストも抑えられる。

 ちなみに水をここに還元する考えもあったが、フランメリアの環境を考えて川にお返しだ。


「……おいタカアキ、あのゲームってプレイヤーにこんなクソ面倒なことさせようとしてたのか?」


 じゃりっ。

 画面越しに映る地面を掘って、そこを横切る太い排水管をむき出しにした。

 あれこれ作ったせいで半年分は溜まった資源ゲージがほぼ空なのがむなしい。


「しょうがねえだろ、だって通称【世紀末欲張りセット】だぜ?」

「その欲張りで苦労してるのが見えないか? どんなゲームだったんだマジで」

「そりゃあなあ、拠点要素も入れたからご自由に、ロボットバトルもあるからご自由に、マイカーづくりもできるからご自由に、何をしようが自由ってのがセールスポイントだ。PCの性能が発展した今どきだからこそできる贅沢なゲームなのさ」

「何でもできるせいでたった今資源が底つきかけてる」

「悪い知らせもあるぞ。ライフシステムとかそういう設備は資源を使ってアップグレードできる」

「ああ最高だ、これ以上使い道があるなんて嬉しいね。どんだけ土地の持ち主に負担かけさせるつもりだ?」

「なあに、解体すりゃ全部戻るしまた分解やらしまくればいい話さ。今度は【建材】ってのを集めねえとな、コンクリ系の便利な建築にはあれが欠かせねえ――ってことでレージェス様、出番です」


 今日一日で増えまくりな忙しさに文句も出るが、レージェス様に幼馴染を通して一仕事頼んだ。

 排水用パイプ脇までがらんと階段を伸ばすと、いろいろ大きな身体がのしのし取り掛かってくれて。


「なんだか不思議な気分ね。【魔力壊し】を持ってるあなたがまるで魔法を使えてるみたいで、お姉ちゃんは今とっても親近感を感じてるわ」

「俺も魔法でも使ってる気分だよ……まーたお姉ちゃんが増えたな」

「くすっ……魔女の姉妹はみんなあなたのお姉ちゃんみたいなものよ?」

「最近はそこに一人追加だ、どう見ても子供なのに頑なに俺の姉だって主張する奴と知り合った」

「この頃のフランメリアには面白い子がいるものね」

「もう慣れたよ」


 かきかき。そんな感じでパイプの表面に何かを書き込んだ。

 場所にして宿泊設備からの排水のくだりだ。

 これで完璧に処理されて、下水管に流されたのち川へお帰りである。


「……これで細かいゴミも跡形もなく浄化されるわ。念には念を入れて川まで続く配水管まで作用するようになってるから、設備を増やしても大丈夫なはずよ」

「何から何まで助かるよレージェス様。ところでさんざんやってもらってこんなこと言うのはどうかと思うけど、ここらの機械やらに直接魔法かけたらそのまま浄化できない?」

「私の魔法に興味を持ってくれて嬉しいわ。でも複雑な構造には効果が薄いのよ、それに安全かつ確実に浄化するには段階を踏まないといけないし」

「浄化の魔法ってなんでもできるわけじゃないのか」

「こう見えてコントロールがとっても大変よ。下手に欲張ったら大切な機械が溶けちゃったり、流し台に落とした大切な食器がお水になっちゃうけどいいかしら?」

「経験と親切さに基づいて配慮してくれてるみたいだな、ありがとう」

「昔、台所に魔法を効かせすぎてリーリムお姉さまのじゃがいもをお水にしちゃったわね……あの時の死を目の当たりにしたフレイラビットみたいな絶望顔は忘れないわ」


 魔女様がばるんばるん戻ってきた。階段を【解体】して完了。

 仕上げにメニューから埋め立てを実行、四角い穴が土で綺麗に埋まった。

 手元の図面を見るにこれで最後か。中々立派な生活基盤ができたと思う。


「……よし、これで今日から水に困る人生とは程遠くなったな」


 そこで建設画面を閉じた。

 見渡せば機能性が満ちてきたアサイラムがある。


 気づけばあれからこんな感じで配管のために拠点を彷徨ってた。

 建物の設備に浄化の言葉を刻んでもらい、さらに地面を掘りだして排水パイプにも一文句追加だ。

 これで大きなものから小さなものまで順に追って溶かしてく仕組みだ。


「あっという間にここまで快適になるとはのう……クラングルほどとは言わんが、これでここらで活動しやすくなったろうな」

「よくやったぞお主ら、急ごしらえにしちゃ中々なもんじゃ。イチ、お前さんのいう【資源】とやらは大丈夫か?」

「俺たちだってこんな短時間でここまではできねえだろうな……出かけた連中が帰ってきたらどんな顔するか楽しみだ」


 手伝ってくれたスパタ爺さんたちもひとまず満足そうだ。

 拠点を作るなんて初めてだし、資源ゲージがここまで貧相になるのも初めてだ――「もう空」とPDAを見せた。


「……ハウジングシステムってただただ便利だと思ったけどそうでもないみたいだな、疲れるし資源もやたら使わされたぞ」

「マウスとキーボードとモニタを使ってやるのとはわけが違うからなぁ……でもこれで使い勝手は分かったんじゃねえの?」

「ああ、親切なドワーフと魔女様に感謝だ。ボスがこんなことやってるって知ったら溜息混じりで驚かれるだろうな」


 それから幼馴染と並んでアサイラムの景観をざっと確かめた。

 拠点範囲の広がった土地にけっこう立派な佇まいが何件も並んでた。

 水とお湯が使い放題の宿泊施設と大人数用の食堂すらあるほどだ。

 ハウジングテーブルのある貧相な小屋のお隣では、初めて作った二階建てが使い道もなく鎮座してる……これが今の拠点だ。


「くすっ……これでこの土地も私の手が回ったわ。それで、これからどうするの?」


 俺もひとまず満足してると、ばいんっと頬に柔らか重いものがぶつかった。

 レージェス様のクソデカな胸のことだ。まあ、彼女の言う通り次はどうするか。


「ここまでお前さんが頑張ったってことは、お次はここの安全を確実にすることじゃよ。イチ、理由は分かるな?」


 気づけばスパタ爺さんが監視塔を見上げてた。

 つられてみればベレー帽エルフが暇そうに目を見張らせてるが、周りの木々に見通しが悪そうだ。


「今思いつくのは白き民ぐらいだな。前に身元不明の足跡があったことはまだ忘れちゃいないぞ」

「そうなんじゃよなあ。冒険者どもに周辺の調査させとるわけじゃけど、ここらは人里から離れすぎとるしほぼ未開の土地じゃ。なのに足跡があるとくりゃどんな人種か想像つかんか?」

「白いお肌の方々」

「そゆことよ。おそらくじゃけどこの土地狙っとった白き民かもしれん」


 そう、白き民の脅威がどこかにあるかもしれない。

 そもそも都市から遠く外れたここを防具つきの足で散歩するやつは限られてる。

 つまりあの謎の足跡は引越し候補を見つけた白き民かもしれない。


「つーことはよ、俺たち勝手に人様が狙ってた土地を奪ったわけになんね? あいつら横から失礼されたらちゃんと怒るタイプ?」


 タカアキのへらへらした顔から心配ごとも伝わってきた。

 もしその考え通りなら白き民からいい土地を分捕ったことになる。


「わしらじゃって何十年と過ごしてもあのよー分からんバケモンの心なんて知る由なしじゃ。ま、人に近い動き方するってこたー勝手にかすめ取られたら腹も立てるじゃろうな」

「空いた土地陣取るなら奪われたもん取り返すのも当たり前じゃぞあいつら。ならばすることは一つ、あいつらがやすやす奪還できんようどっしり構えるだけよ」

「それにアサイラムの周りにまだ転移物やらがあるかもしれねえしな。クラングルまでの距離感掴む傍らでお前ら冒険者にここらの調査やらしてもらって、ここの防御を充実させればあいつらも近寄れねえさ」


 フランメリアご在住のドワーフ三人組が口にするには、白き民は成果を横取りされたら恨む人種みたいだ。

 そのおまけに「あの通りじゃぞ」とステーションの方を示された。

 ニクが【スティレット対物擲弾発射器】入りの箱を軽々運んでる、殺る気だ。


「……白き民はその数で勝てないと思った場所には来ない性質なの。だからドワーフどもの言っていることは正しいわ、ここを賑やかにすればあきらめがついて自ずと避けていくはずよ」


 ぼゆん。そんな感触を叩きつけながらもレージェス様も言ってる。

 邪魔なおっぱいを弾き飛ばしつつだが、この世界の事情が理解できた。


「てことは、ここでそいつらがお諦めになるまでふんぞり返ってればいいのか?」

「なるほどなー、でもその路線で行くなら周りに白き民お住いの物件があってもおかしくねえぞ。ただの開拓物語ってわけじゃなさそうじゃねえか」


 幼馴染とも考えが重なったばかりだ。

 この拠点は今、白き民からフランメリアを守る大層な役目を果たしてるわけだ。

 二人で考えを物申せば向こうは「まさに」といういい顔で。


「大体、こーやって各ギルドの支援やら大量の物資やらが届いとる時点で察しがつくじゃろ? ただまあ、わしらもここまで話がデカくなるとは思わんかったわ」


 と、またスパタ爺さんがステーションの方を見た。

 お人形姫とメカクレメイドが冷蔵庫を運んでる、たぶんスーパーのやつだ。


「あっ、ドワーフのお爺さん! 冷蔵庫送られてきましたけど、これどこに運びましょうかー?」

「た、食べ物もいっぱい届いてました……すごい量です……!」

「おお、後ろの奴らめ律儀に送ってきおったか。あっちに食堂建っとるからカウンターの向こうに置いといてくれんか? 手の空いてるやつにも食糧運んでもらうかの」

「はーい、お届けしちゃいますね? ふふふ、お引越ししてるみたいでちょっと楽しいかも?」

「だんなさま、いつのまにこんなにいっぱい建てたんですね……すごいです」

「リーリムのやつが飯作ってくれるそうじゃから楽しみにしとくんじゃぞ。ありがとなお前さんら、あとでお小遣い上げちゃうぞ」


 お小遣いを約束された二人はけっこう力強く運んでいった。

 家電に食べ物まで送られるってことは、この一日4000メルタの依頼は簡単に終わるものじゃなさそうだ。


「マジでやりがいがありそうだな。三日三晩で終わらせるつもりがないのがなんとなく分かる」

「わしらが本気出して取り組もうとしたら、市やら各ギルドやらから思ったより手厚い支援が飛んで来たんじゃよな……今朝なんて商業ギルドが地下の維持にかかる費用を負担するだの申してきたんじゃぞ?」

「俺たちの想像以上に期待されてたと?」

「そりゃあ地下トンネルで開拓しがいのある未開の土地と繋がってんじゃぞ? おかげで気が付きゃわしらもう逃げ場なしよ、仲良くここら一帯にクラングルとのつながりを作ってやろうじゃないの」

「またあんたらと一蓮托生か、まだまだ長い縁になりそうだな俺たち」

「わはは、ストレンジャーとドワーフがいりゃどうにかなるじゃろ?」

「スティングみたいにか。ところであの冷蔵庫はリム様の指示か?」

「いや、わしらの計らいじゃ。一仕事した後は冷たい酒に限るじゃろ?」

「ああそういうこと。ジンジャーエールはある?」

「ロアベアに川で冷やしてもらっとる、そろそろいい具合じゃろうなあ」


 なんてこった、俺たちはとんでもない責任を押し付けられてたらしい。

 タカアキの顔色をうかがえば「おもしれえ」とばかりだ、前向きな奴め。


「ねえそこの先輩たち、食糧もってきたよ。これ全部食堂に運べばいいよね?」

「お肉にお野菜に果物までこんなにいっぱい……ところでオリスさん、もしかして肉体労働を避けるために見張りに志願したのではないでしょうか?」

「ワタシもそう思ってたガ、現状適切なのはあいつぐらいダ。ところでメカの旦那様とやラ、後でシャワー借りるゾ」

「食料はとりあえず全部食堂に運んでくれ。シャワーはご自由にどうぞ、水道代は気にしなくていいからな」

「家電もあるとか至れり尽くせりだねえ。たぶんハウジングから電力同期させりゃ使えるはずだぜ、やってみろよ」

「酒は食堂じゃなくそこの倉庫に入れといてくれんかの、割らんようにな?」


 木箱を抱えた猫やら鬼やら魚やらの新入りもてくてくやってきた。

 『ストーン』等級ばかりの待機組が荷物運びに精を出してるようだ、様変わりした拠点にまた驚いてる。


「――少し見ぬうちにご立派になっておられますわ! それに私が注文した食堂も出来上がってますの、さっそくお料理してもいいかしら!?」


 そして食堂と冷蔵庫と食材が揃えば西からリム様がお帰りだ。

 持参した籠いっぱいに青いハーブやら、食べられそうなキノコを満載である。


「レージェス様のおかげで助かったよ、食堂も万全だ。そろそろ昼飯か」


 さっそく食堂を使ってくれそうだ。

 さっきから胸がやかましい魔女様の功績を込めて「どうぞ」と案内した。


「私がやったわ、リーリムお姉さま。後で私の権利を主張しないといけないわね……」

「ふふふ、よくやりましたわねレージェスちゃん。レインロッドがいっぱい生えてましたの、貴女の大好きなパイ焼いちゃいますわよ!」

「レインロッドのパイを作ってくれるの……? すごく嬉しいわ、私もお手伝いしないと」


 レージェス様は『レインロッドのパイ』につられてようやく離れていった。

 リム様のおかげでやっと解放だ、というかあの青いハーブをおやつにするつもりなんだろうか。


「俺たちが今すべきことは後方支援ってことか。となると新入りこき使うってのもコミュニケーション的にあれだな、ちょっと手伝ってくるぜ」

「ついでにリム様がじゃがいもまみれにしないか見張ってくれ」

「見張ったとこでもう避けられねえだろ。ってことで爺ちゃん、お小遣い後でちょうだい♡」


 タカアキも「小遣い頂戴するか」と手伝いに行ってしまった。

 このままだと食堂からいい香りがするのは時間の問題だが、対してこっちは資源切れで建造不可能だ。


「こうして見て分かるのは昼飯作ってパイ焼けるぐらい整ってるってことだな」

「それだけ整ったって証拠じゃよ。んで、他に何か建築できないかの?」

「こっちはちょうど使えるもん使い切ってもう何もできない状態だ」

「その資源とやら、どっかで補充できないもんか考えないといかんな……すまんの、負担をかけさせて」

「これくらいやる覚悟で来たんだから謝るなよ、それにわざわざジンジャーエールも用意してくれたんだろ? そういや偵察してる連中からなんか報告ある?」


 このままみんなが働く後ろでぼーっとするのも嫌な話だ。

 せめて何か変化はないかと爺さんたちに尋ねることにした。


「そろそろ何かしら伝わってきてもいい頃合いじゃのう。任せた奴らには何か妙なもん見つけたらうかつに手を出すなって伝えてあるからな、心配はいらんぞ」

「クラングルまで道のり探してるやつからは?」

「川沿い走ってたら橋が見つかったそうじゃぞ、街道の繋がりも見えたらしい」

「手ごたえありか。見つかった後はどうするおつもりで?」

「場所がはっきりしたらまずは市に報告、わしらはわしらでトラックでも運ぼうかと思っとるよ。道のりが明らかにならんと危険じゃし、貴重な燃料が無駄になるからのう」

「また忙しくなるわけか。でも燃料なんてこの世界なら簡単に作れないか?」

「そりゃ作り方ぐらい学んだわけじゃが、そーなると石油探しから精製所作りまでけっこうコストがかかるもんでな……それに作れたとしてもエンジンに最適化せんといかんし……」

「口で言うのは簡単だったか、ご苦労なさってるようで」

「代用品を作ることも考えたんじゃがなあ、でもお前さん考えてみ? そりゃちょっと頑張れば作れるじゃろうが、馬鹿みたいに減ってくのにちまちま生産してちゃ追いつかんのよ。けっこー難儀しとる」

「こうして考えてみるとあっちの世界は銃弾と燃料だけは豊かだったみたいだな」

「大量に持ち込んだ分でやりくりしとるが、実はそろそろヤバい感じじゃよ」


 ……結果、分かったことはこれから届く報告次第ってことだ。

 それから燃料が足りないってさ、クラフトアシストでそういう類が作れないかと確認するも該当なしだ。

 ということは、お互い課題がまだ山積みらしい。

 「やることに事欠かないな?」と見合わせた顔に冗談が浮かぶぐらいは。


「せっかくクリューサがいるんだしあいつに聞けばいいんじゃないか?」

「それもそうじゃな、ちょうどあの医者と護衛もこっちに来るようじゃし」

「あの二人がか?」

「仕事柄ここを見過ごせんとさ。ま、それまでわしらは手持ちの資材で防御を固めるとするかの」

「あいつら大変だなぁ。こっちはできることなしだ、俺も大好きな肉体労働してくるよ」


 ひとまずの方針はこうだ、お互い知らせがあるまでひと汗かくことだ。

 一度爺さんたちと別れた。運ばれてくる物資をせっせと運ぶとしようか。


「イチ様ぁ、おじい様がたぁ、お飲み物がよーく冷えてるっすよ。うちのエナジードリンクもきんきんっすねえ……あひひひっ♡」


 ……が、そんなタイミングでロアベアが戻ってきた。

 川側のゲートを通って籠いっぱいの飲み物をニヨニヨ運んでる。

 もちろんジンジャーエールも。ずいっと籠ごと突き出されてきた。


「おっと、その前に冷えた一杯じゃな。フランメリアの川で冷やしたもんじゃからさぞうまいぞ?」

「イチ様の好きなやつもひんやりっすよ」

「でかした。俺も付き合おうか? 酒飲めないけどな」

「なあに、付き合ってくれる気持ちが嬉しいもんじゃよ。三人でお先に楽しもうじゃないの」


 まずは冷たい一杯を飲み干した――ひんやりして甘辛くて妙にうまかった。


 

 肉体労働をこなすうちに、やがて食堂からうまそうな匂いが立ち込めた。


【本日のお昼ご飯-ウェイストランド風ポーク 旅人風ライス、ポテトクリームスープ、ハッシュドブラウン(じゃがいも揚げ焼き)、レインロッドパイですわ~】


 誰の仕業やら、香り立つ建物の前にそんなメニューボードが立ってた。

 タカアキは昼飯づくりをお手伝いしてるらしい。

 ニクも肉の香りにつられたのか尻尾をふりふりしながら食堂に入ったきりだ――今日の昼飯がうまい証拠だ。


「……またじゃがいもダブってないか?」


 一方、こっちはやることもなくなってメニュー上で重複するじゃがいも料理を訝しむことぐらいである。

 特に知らせもなく、ここの待機組も悪い意味で「あそび」になりそうだ。


「おうイチ、暇そうなところに知らせじゃぞ。外の連中の何組かが少し離れたとこで妙なもん見つけたそうじゃ」


 食堂にお邪魔するか、ぐらい考えた先にスパタ爺さんがやってきた。

 四方の要所に土嚢を積んでいい汗をかいた感じだが、空中をくいくいしてスクリーンショットでも送ろうとしてる。


「良い知らせと悪い知らせどっちになりそうだ?」

「あんまりこういうこと言いたくないんじゃが、こりゃ後者かのう」


 曰く、あんまりよろしくないらしい。

 案の定送られてきた画像を受け取れば、そこに数枚の光景があった。


「……良かったなスパタ爺さん、俺もそう思ってるから間違いなく悪い方だぞ」

「大事なのは中身じゃろ。もしかしたら何もおらんかもしれんぞ?」

「でも考えるべきは何かいるかも、だろうな……」


 それらは間違いなくアサイラム外側の様子なんだろう。

 草原やら、小さな丘の上やら、森のそばやらに妙なものが映ってた。

 例えば一枚。木々の間で【ボーンズ&ハンブル書店】と看板を掲げる建物。

 例えばもう一枚。緑に覆われて幻想的な『廃村』としかいいようのない場所。

 例えば更にもう一枚。花畑鮮やかな場所に現れる旅客機。航空事故を添えて。


「色々あるのう。地形の起伏やら、人里から離れちまってる点も考慮すりゃ中々遠目にはつかんじゃろうな、よく見つけたなあいつらめ」

「これで分かったな、転移物は他にあるみたいだ。この村っぽいのはフランメリア産?」

「たぶんこっちのじゃね? いざ村作ったらうまくいかず捨てちまった、とかよくあったもんじゃからなあ……」

「そして航空事故現場がそのままお越し下さったみたいだぞ」

「これわし知っとる、飛行機ってやつじゃ。こんな立派なくせして鳥とか僅かな不調で容易く落ちるそうじゃな」

「派手に真っ二つになってるな。いい落ち方しなかったみたいだ」

「じゃなあ……わし、ちょっとこれ見にいきたい」


 二人であれこれ吟味すれば、周辺が気がかりだらけなのがよく分かった。

 特に現代的なものはスパタ爺さんの興味を引きまくりだ、今にも出かけてしまいそうである。

 問題はこれらに敵がいた場合だ、白き民とかな。


「……見に行くっていうなら俺もだな。どうせ暇だし、ここの脅威になりそうなのがいないか少しでも調べたいだろ?」


 脇腹の『白殺し』を抜いてシリンダを確かめた。

 45-70が三発きっちり。スコープ越しに狙えば白き民だろうが3匹殺せる。


「わしもぶっちゃけ単純労働が飽きたところでのう。よかったらお爺ちゃんと外の空気でも吸いに行かん?」


 スパタ爺さんもでっかいリボルバーで同じ仕草だ、散歩に行きたがってる。

 アサイラム周辺を足で探ってみようという気持ちが重なってしまったようだ。

 それなら一度冒険者を集めて話し合うべきだろうな。楽しみだ。


「じゃあ行くか、責任もって転移物の面倒見に行かないと」

「よっしゃ、わしらも冒険じゃ。調査に向かわせた連中には一度戻るように言ってあるからの、ここに集まり次第周辺の探索についていろいろ決めんとな」

「タイミング的に昼飯の後か、ちょうど食後の運動になりそうだな」

「リーリムのやつのうまい飯をここで食えるとはのう、いい景気づけになりそうじゃ。まあ、ちと芋が多すぎる気がするが」

「さっき揚げ物の音したよな、肉料理のお供もじゃがいもだぞこれ」

「スタートから芋まみれじゃなあ……ま、料理ギルドマスターが手掛けとるご馳走じゃ、うまけりゃ文句は言えんさ」

「お二人ともどうしたんですか? なんだか楽しそうに話してますけどー?」


 献立の前でそうしていると、寝床からリスティアナがてくてくやってきた。

 俺たちの話に感づいてるようだ。芋多めラインナップに「おいしそうですね」とにっこりしつつ。


「今報告があった。このあたりに調べがいのある場所があるってさ」

「んで、気になる場所あったからわしもいくぜって話とったのよ」

「周囲を調べに行くんですね? でしたらお二人とも、このリスティアナを連れて行きませんか? お役に立ちますよー?」

「全員戻って来たらそれについて一度話し合うつもりだ、タケナカ先輩もいるしな」

「うむ、誰が残って誰が向かうか決めとかんとまずいからの――言っとくがイチ、わしは絶対行くからな? 良いな?」

「分かってるよ、飛行機だろ?」


 すっかりやるのスパタ爺さんは「話し合ってくる」と、他のドワーフのところへいってしまった。

 どうせ資源なしで擲弾兵兼パン屋兼置物になってるんだ、腕利きのエンジニアつきで探索に勤しんだ方がよっぽど有意義だろう。


「ふふふっ♡ またあなたと冒険できちゃうんですねー? なんだか得しちゃった気分です♪」

「そりゃ冒険者だからな、動いてないと駄目みたいだ。それに後ろでふんぞり返るより現場に行って暴れて来いってボスに教育されてる」

「ボス……? って、もしかしてイチ君のお師匠さんみたいな人ですか?」

「おっかないって形容詞がつくけどな。まさかあの人も、こんな得体のしれない力で土地一つ好き放題にいじってるとは思ってもないだろうな……」


 嬉しそうなリスティアナに『タグ』を見せると「?」を浮かべてまじまじだ。

 ともあれこれで探索に行く理由ができたし、ニクやタカアキに伝えておくか。

 そう思った矢先だ。カラメルブロンドの髪色と機械らしい歯車をした女の子がどこからひょっこり現れ。


「やあ、キュイトだよ。はなしはきかせてもらった、きみたちもぼうけんにゆくのならこの『エナジーバー』をくれてやろう」


 冒険者の営みに居座る料理人が鞄の中身をごそごそ押し付けにきた。

 つるっとした厚みを感じる紙に覆われた――拳銃の弾倉ほどの何かだ。

 表面には丁重な手書きで『エナジーバーチョコ味』と気さくな説明がある。


「なんだこれ? エナジーバー?」

「これって……おやつですか? そういえばキュイトちゃん、さっきからみんなにこれ配ってましたよね?」


 意外とずっしりした触り心地だ。キュイトはそれに得意げ半分な顔で。


「おやつではないぞ、これはぼうけんしゃにたむけるとくべつなたべものだドールのおなごよ。このいらいにびんじょうして「ぼくのかんがえたけいこうしょく」のじっちしけんにきたのさ」


 どうしてここにいるのかというあたりまで丁重に説明が入った。

 俺たちのために作った携行食で、これはけっしておやつではないそうだ。


「なるほど、つまりお前はいい試食相手が欲しかったみたいだな」

「私たち冒険者のためのご飯……! なんだか趣がありますね☆」

「わかってくれたか、きみたちよ。これはろうをぬったかみにつつんであるよ、ぼうすいにそなえもばんたんさ。いざというときのエネルギーほきゅうにがぶっといきたまえ、ついでだしきみのわんこやマフィアくんやメイドさんにも配っておこう」

「仕事を選べない職業柄に配慮してくれたのか、それはどうもありがとう」

「ちなみに、しさくひんの「とうふ」をくわえたエナジーバーはくそまずだった。ししょくしたものたちのとうときぎせいをふまえて、ナッツだとかほしたナツメだとか、オーツむぎもぶっこんだおいしいチョコバーさ」


 渋い思い出も交えて(モニター扱いした上で)特製エナジーバーをくれた。

 軽いが食べ応えはありそうだ。ポケットに大事にしまっておこう。

 けれどもリスティアナが包みを「じーっ」としてる、少しそそられたらしい。


「健康と味に気を使ってくれたのか? そう言われるとうまそうだ」

「もちろんさ、みなみとかいうおろかなおっさんかりうどふぜいが「美味しすぎたら緊急時でもないのに食べちゃう人いるんじゃないんですか?」だとかほざいてきたが、わたしのつくったエナジーバーはそんなじこかんりもできぬおろかもののいのちをすくうぎりはない、ぎせいとなりたまえ」

「このチョコバーはずいぶん過激な思想をお持ちだな。作ったやつの心意気を良く感じるよ」

「わたしはこれをつくりだすのにストレスフルだったものさ。とくにあのいもめ、わたしのりきさくをおやつあつかいしおって」

「リム様となんかあったのか」

「いっぽんくれてやったら「いいおやつですわね!」ってまんめんのえがおでおほめくれやがったのさ、あのいもめ」

「食べた後の感想は「おやつ」って単語をNGに決めておいた方がいいな」


 聞くにこのエナジーバーの誕生までいろいろ苦労したご様子だ。

 ぐぬぬ、とその当時を悔しそうに思い返してるようだが――不幸なことにお姫様がもぐもぐしだしてる。


「――これ、すごくおいしいですね☆ 口にくっつかないふんわりしっとりとした自然な甘さに、ナッツの歯ごたえとチョコの風味が渾然一体になって元気が出るお味です!」


 破った包みから突き出るチョコ色のおや――エナジーバーが実に美味しそうだ。

 いや何食ってんだこいつ。もうキュイトの顔が「カラアゲにレモンぶっかける輩」を扱うそれだ。


「さっそく試食されてないか? 食レポ付きだ」

「いや待ちたまえふざけないでおくれよ君。それはだね、おやつ感覚でパクっといっちゃアレじゃないのだよそれ作るのにどれだけの思いを込めたか分かるかいこのおっぱいが無駄に豊かな人形のおなご風情がぶち殺すぞ」

「えっ、ご、ごめんなさい……でもエナジーバーって、お腹が空いた時に食べるんですよね……?」

「あの芋が今頃食堂でいもいもしてる頃合いじゃないか、お昼ご飯できるまで辛抱したまえよさては君頭もお人形か??? いいかいイチ君、わたしはこのおなごみたいな所業は許さんからね、しかるべき時に食したまえ」

「あーうん、体力消耗した時においしくいただくとする。リスティアナ、とりあえず失礼だから食べるのやめなさい」

「でもすごく美味しいですよこれ! 毎日食べたいぐらいです、ということでもう一本ください!」

「しかも笑顔で完食しおってからにこのデカ乳陽キャめ。ふん、さっきもいったが然るべき時に食えぬ輩にやるエナジーバーはないさ、大人しくそこの男子に分けてもらうがいい」


 生産者の顔はふわふわ声もガチ目にしてブチギレだ。

 オートマタッ娘はむすっと不機嫌に次の獲物を探しにいくつもりだが。


「HONK!」


 そこにぺたぺた広場を闊歩する白い生命体が一羽だ。

 リボンを首に巻いてご機嫌なガチョウ――リム様の使い魔がいらっしゃる。

 放し飼いされて自由を得た矢先、俺たちになんとも物欲しそうなご様子だ。


「あっ、なんでしょうこの鳥さん? 食堂の方からから来たみたいですけど……?」

「脱走した食材じゃないぞ、リム様の使い魔だ。ついでにいうとエナジーバーが欲しいそうだ」


 お人形系ヒロインからオートマタまで一瞥すると、どうもつぶらな瞳は紙包みがお目当てだ。

 程なくしてがぁっ、と媚びるような鳴き声がエナジーバーを要求した。

 だが誰かさんのせいで不機嫌なやつは抱えたチョコ味一山をとても嫌そうに抱え。


「なんだいこのふてぶてしいがちょうめ。これはだね、どうぶつのおやつじゃないのだよ。そこらのくさかじせいしてるくだものでもくっていたまえ」

「HONK!」

「こんなものをたべたらきみのたどるうんめいは、かんこうへんからのフォアグラまっしぐらふかひさ。いのちがおしくばやめたまえよ。しっしっ」


 ガチョウに対する健康被害について言い聞かせたようだ。

 アイペスはしぶしぶ戻っていった――フォアグラはごめんらしい。

 そしてエナジーバー配り魔は「おやつじゃないからね」と念押しをして、食堂へぷんすか歩み消えてしまった。


「……みんな戻ってくる頃だし俺たちも昼飯づくり手伝うか。つまみ食いもできるぞ」


 ……そろそろいいか。

 見えなくなったキュイトをいいことに、ぺりっと包みを開いて一口かじった。

 自然な甘さとふっくらした食べ応えが確かにうまい、体力ゲージが回復するようなお味だ。


「あー! 食べちゃダメって言ってたのにいいんですかー?」

「味見だからセーフだ。どうかチクらないでくれよ」


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[気になる点] 「これくらいやる覚悟で来たんだから謝るなよ、それにジンジャーエールも用意してくれたんだろ? とにかく性格上【何もするのはなしだ】、偵察してる連中からなんか報告あるか?」 表現が気にな…
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