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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
魔法の姫とファンタジー世界暮らしの余所者たち
509/580

15 調べよ育てよアサイラム


 お呼びとあれば駆けつける、それがストレンジャーだ。

 ジャンプスーツに着替えて装備を整えて「いってきます」だ。


「お呼びってことは手ぶらでどうぞって意味じゃないだろうな。準備はいいか?」

「準備万端。いこ、ご主人」

「部屋にある弾のストックも減ってきたな。そろそろ爺ちゃんたちに頼むか」

「ばっちりですよー♪ ふふふっ、四人でお出かけするのって久々ですねー?」

「お前の言ってた後輩たちとやらはどうするんだ?」

「さっき『準備ができ次第向かいますから先に行ってください』っていってたので、私たちで下見です!」

「現地集合だな。あとでEVカートの使い方教えとくからそいつらにも伝えとけ」


 親父さんたちに見送られるとへんてこな集まりが出来上がってた。

 世紀末世界からの擲弾兵、ジト顔でご機嫌に尻尾を振る美少女(男)、リグを重ねたマフィア姿に青白ドレスの戦うお姫様ときた。


「……今日も見事に世界観が滅茶苦茶だな、俺たち」

「まあ見ようによっちゃお姫様を守るボディガード三名ってことになんねーか?」

「お前のせいでリスティアナがマフィアのお嬢みたいだぞ」

「えっへへー♡ お嬢ってなんだかいい響きですねー♪」

「喜んでらっしゃるぞ、いいんじゃねえか?」

「ん、ボディガードっていい響きだね」

「ニク、お前もそれでいいのか……じゃあボディガード三名とお嬢出発だ」


 こんな組み合わせに見知ったご近所の方々は「おはよう」と手を振ってきた。

 冒険者らしく適当に返しつつ進めば、間もなく職場が見えて。


『増築完了じゃぞ、奥さん。ついでにスパタの奴に言われてところどころ補修してやったからの、これでもう新築同然よ』

『作業してる時にいろいろご馳走してくれてなんだか申し訳ないな、奥さま。ま、これからも末永く繁盛してくれ』

『まあ、私の店がいつにもなく素敵ね! ずうっと大きくしてみたいって思ってたのがようやく叶って嬉しいわ、それに昨日建てたみたいにとっても綺麗じゃない。いつ見てもドワーフのお爺ちゃんたちのお手並みは美しいわねえ』


 クルースニク・ベーカリーの新しい姿にちょうど立ち会ってしまった。

 細長ハウスはきれいさっぱり消滅して、代わりに屋根付きの入り口が地下まで案内しているようだ。

 赤レンガ造りのパン屋の風貌は空いた分の土地まで一回り大きく育ってた。

 横幅が一目で分かるほどに広いし、今までの親しみ深い雰囲気はそのままだ。


「見ろよあれ、俺たちの職場が進化してるぞ」

「前より大きくなってるね。奥さんがとってもうれしそう」

「あのコストも情熱もケチったような家が消えてちょうどいい景観になってんなあ……その点考えてリフォームしたみてえだぞ、やるな爺ちゃんたち」

「わー……! 私たちのクルースニク・ベーカリーがパワーアップしちゃってます! これでパンをいっぱい売れちゃいますねー♪」


 ふくよかになったそこに通りかかると向こうはこっちに気づいたようだ。

 帰還組のドワーフたちと奥さんだ。一仕事しにいく俺たちに関心してる。


「おっと、お前さんらか。スパタの奴から話は聞いとるぞ、首を長くしとるから行ってやっとくれ」

「今日はせっかく休んでたみたいだが、こうして急に呼んでしまって悪いな。アサイラムで手伝ってほしいとのことだ」

「あらイチ君たち、今から冒険って感じね? こっちはやっと工事が終わったところよ、これでお店の経営も捗るわ」

「出勤前におはよう皆さん。店の雰囲気をそのまま良くしたような見た目だな、あのクソ物件も消えて視覚的に優しい感じだ」

「厨房も広くなってるんだ……お爺ちゃんたち、すごい」

「我らが奥さんがえらく上機嫌だぜ。よくまあこんな短期間でここまでやるもんだよ、元の世界だってこんなに早くねーよ」

「少し見ない間に立派な佇まいに……! おはようございます、奥さん。これからちょっとトンネルの向こうへ行ってきますねー?」

「こんなにいいお店にしてもらったんだから頑張っちゃうわ。ちょうどお爺ちゃんたちから地下のことを教えてもらったところよ、向こうに何があるかまだ分からないんだから気を付けなさいね?」

「ああ、気を付けるよ。ちょっと一仕事してくる」


 こんな身なりを見て三人仲良く「いってらっしゃい」だ。


『気をつけてなぁ、うちも店が広くなった分気を引き締めるでぇ』


 店のガラス越しに赤いスライムボディがにゅるっと手を振ってるのも伝わった。

 開店に向けて新米冒険者たちが店内に棚を運んでるそうだ、隣の階段まで「いってきます」で見送られた。


「パン屋の心配はいらなさそうだな、新米たちがやってくれてるし」

「にしてもパン屋の隣に階段ねえ。うまくここの建物にデザイン合わせてるみてえだけど、やっぱ慣れ親しんだ光景に地下への入り口があるなんてまだ違和感あるよなぁ……」

「俺たちはともかく市民の皆様からすればそうでもないみたいだぞ」


 いざ降りてみればファンタジー世界らしからぬ様子だ。

 本来の機能を取り戻した発着場が再稼働していて、電子的に照らされた広場でEVカートが客を待ってる。

 急ごしらえの基地も撤去されてすっかり小奇麗だが。


【ようこそ、クラングルの皆さま!】


 書き換えられた電子広告はそうやって挨拶を振りまいてた。

 今やまんまと興味を引かれた市民たちが地下に迷い込んでおり。


「おや、イチ。今日はパン屋勤めじゃなく冒険者らしい格好よのう、例の謎多き土地へこれから赴くといった感じか?」


 突き当りの広告を眺める誰かがまさに見知った仲だ。

 濃い白髪不相応に元気そうなライオス爺ちゃんだった。

 見聞を深めようと異世界の技術を静かに眺めてたらしい。


「よおライオス爺ちゃん、ご名答だ。地下探検中だった?」

「ん、おはようお爺ちゃん。これから向こうへ行ってくる」

「ドワーフから手伝ってくれとのお達しさ。地下見学をごゆっくりどうぞ」

「おはようございます、ライオスお爺ちゃん。なんだか楽しそうですねー?」

「都市の地下に突如現れた謎の遺跡なんぞそそられるだろう? ここ最近は暇なとき、こうしていろいろ調べとるよ」

「一通り見た感想はいかが?」

「ドワーフどもからもいろいろと話を聞いたんだが、魔法もないくせによく発達しておるなあとか思っとったよ。なるほど魔法がなくとも人類はここまで快適に過ごせるものか、これこそ『魔法なき世界』の織りなす形なのだろうなあ……もう一つの世界をしみじみ感じるよ」

「色々考えさせられてるな。良かったらトンネルの向こうまでどう?」

「そういうのはあちらの全体図がもっとはっきりと浮かんでからでよい。せいぜいこのクソジジイが楽して物見にゆけるように安全にしておくれ」

「まさに今からそうするところだ。行ってきます」


 パン屋の常連さんはよく考えさせられる題材に満足そうだ。

 やがて「気をつけてな」と一声かけてまた物思いにふけってしまった、どうぞごゆるりと楽しんでくれ。


「30kmもこいつがあればすぐか。今日もよろしく」


 さて、目の前にあるのは太い台に立たされた端末だ 

 斜め上に傾く薄型のモニタが青文字で案内を示してる。

 操作は簡単だ、電子マネーで5ドル支払えば勝手に向こうへ運んでくれる。

 もっとも爺さんたちの仕業で都合よくされて料金はタダ、よって触れるだけだ。


【EVカート・スタンバイ。ようこそお客様、どうぞご乗車ください】


 指先一つで待機中のカートがレールを沿って来てくれた。

 ご丁重な人工音声が分厚いガラスを開けて、最大八人の乗り心地を披露してる――こいつに乗れば30kmもすぐだ。


「これがあの乗り物なんですね? 私、乗るの初めてです……!」

「画面に触れて呼び出せばすぐだからな。本当だったら5ドル必要らしいけど爺さんたちが弄繰り回して子供から大人までフリーだ」


 初めて目にするリスティアナはわくわくしてる。お先にどうぞと譲った。


「へへ、使うたびに5ドル得してるらしいな?」


 球体関節なお姫様がひょこっと座れば、タカアキも楽しそうにタダ乗りだ。


「果たしてメルタ換算で幾らなんだろうな」

「さあ? まあ爺ちゃんたちがいじってくれたおかげでこうして毎日乗り放題だ、何から何までやってもらってなんか悪い気分だな」

「で、こうして出かけるのはその恩を返すためだ」

「そしてお前の土地の面倒を見に行くのもある、と。今日も色々教えてやっからちょっといじってみようぜ」

「お前の家でも作ってやろうか?」

「名前もつけてくれよ、タカアキハウスだ」

「クソネーム極まりないな、住む前から事故物件だ」


 俺もニクをぴったり連れて座れば、運転席のない車両が静かに閉じた。

 足回りも同様に静かだ。発電機の「ごうごう」が消えた地下をすっと走り出す。

 先日の戦車カートよりもずっと早く加速していけば、足元からぐっ……と時速200km分の速さを感じた。


「……わっ!? お、思ったより速いです!? なるほど、確かにこれならあっという間についちゃいますね!」

「俺も最初はびっくりしたよ。ぼーっとしてるだけで向こうまですぐ着くぞ」

「やっぱりこういうのって便利ですねー♪ 私たちヒロインってお空を飛べたり早く走れたりする子ならともかく、みんな長距離の移動には苦労してますからー……」

「確かこっちじゃ馬がせいぜい、それも乗りこなせる奴なんてそういないって感じだったか?」

「はい、背中に乗るだけでもけっこう大変ですし……毎日お世話もしなくちゃいけないからお手軽とはいえないんですよね……あっ、でも私お馬さんは好きですよ? 可愛いですし!」

「奇遇だな、俺も馬は好きだ」

「ふふふー、じゃあ私と一緒ですねー♪」

「ああ、馬は俺にとっちゃ戦友だ。戦車も仕留めたいい思い出があるぞ」

「へー、戦車を……ん? えっ、戦車……!?」

「……イチ、お前は馬になんて思い出を重ねてやがるんだ。そういや馬乗って戦車ぶっ倒したとかみんな口揃えて言ってたから冗談でもないだろうな」

「ピアシングスロウで操縦手ぶち抜いてハッチからお届け物してきた」

「ん、ぼくの槍で仕留めてもらったよ」

「そりゃあんな楽しそうに話すわけだよ、生身で戦車に勝ったのかよお前は」

「お、お馬さんで戦車……!?」


 文明の出力のおかげで、適当に話してるうちに到着だ。 

 EVカートの勢いに身をゆだねること少し、ゆるやかなブレーキが発着場の風景に重なっていき。


【ご利用ありがとうございました、足元にお気を付けください。アーロン交通システムのサービスにご満足していただけましたら、好意的なレビューおよび☆5の評価を是非お願いします……】


 車体が客に高評価を求めながらするりと停まった。

 ただでこんなに早く送ってくれるんだからベタ褒めしてやりたいぐらいだ。

 四人で降りればカートは歩道橋の下をくぐって、レールに沿って然るべき場所に落ち着きにいった。


「レビューお願いしますだってさ、どうだった?」

「車とは違う感触でドキドキしちゃいました……速いですね☆」

「☆5で今のセリフ投稿してやるといいぞ。ようこそサクラメント・ステーションへ」


 乗り心地といえば人形のお姫様も大満足だ、無邪気ににっこりしてる。

 俺たちはかつてテュマーが山ほどいたステーションを進んだ。

 バリケードは【解体】したし、死体も片づけられてさっぱりしてる。アクセントは弾痕と血痕だが。


「おっ、来やがったな」

「よう来たのイチ、そこの人形みてえな女の子はどうした? まーた女と交友深めとんのか」


 そこには作業中のドワーフたちもいた。

 こまごまとした工具で立ちっぱなしのエグゾを弄繰り回してたようで、手を止めるなり俺の交友関係について物申してる。


「男と交友深める機会にも恵まれればいい塩梅なんだけどな、今度誰か紹介してくれないか?」

「野郎なら若いのが一人きとるぞ、依頼受けた冒険者じゃ」

「つっても恋人もちじゃけどな、おめーの知り合いじゃよ」

「恋人ありの野郎なんてそんな知らないぞ、シナダ先輩か?」

「腹立たしいぐらい背の高い野郎とちっちぇえ姉ちゃんだよ、なんだっけな名前」

「ヤグチとアオか、あいつら来てくれたんだな。それじゃお仕事頑張ってくれ」

「おう。それとエグゾの修理しとるけど、じきに一台分使えるようになんぞ。楽しみにしとれよ」

「だってさタカアキ、今度乗り方教えてやろうか?」

「お前らみんな大好きだ、よろしく。見てろよ、タカアキ号乗りこなしてやる」

「クソネーム付けるな馬鹿野郎。爺さんども、これうちの宿の親父さんからの差し入れな」

「おっ、悪いな。しかしヴァルム亭の親父がいきなりわしらに差し入れか?」

「これ遠回しに店見てくれってことじゃろな、しょうがねえ今度顔出したるか」

「ドワーフの皆様が察しがいいようで、良かったら見てやってくれ」


 こうして挨拶がてら二つ分かった、冒険者暮らしの大学生カップルがいて、エグゾの修理が捗ってるらしい。

 ついでに差し入れもどうぞ。バスケット入りの酒とつまみの詰め合わせ、ドワーフの恩恵にあずかろうとする魂胆混じりだ。


「イチ君って本当にお友達がいっぱいなんですねー?」

「老若男女問わずって感じでな。これも訓練とパン屋の賜物だ」

「ふふふ、街の人達もあなたのこと、よーく知ってくれてますもんね♪ ところで、あのドワーフのお爺ちゃんたちがいじってる鎧はなんなんでしょうか? なんだかロボットみたいでしたけども……?」


 リスティアナは「ロボット……?」とエグゾを不思議がってたみたいだ、とてとて追いかけてきた。

 どうも遠ざかる爺さんたちと外骨格をちらっと気にかけてる。

 デザート・ハウンドの一件があったせいだろう。大丈夫だと身振りを込めた。


「あれはエグゾアーマーだ。ドワーフ的な表現でいうなら機械で動く鎧ってところだな」

「おう、デザート・ハウンドみたいに襲い掛かってこねえから心配いらねえぜ」

「言われてみれば、確かに鎧って感じの見た目ですね……もしかして、私も着れちゃいますか?」

「どうだろうなタカアキ」

「実はエグゾって【運転】スキル使うんだよな、つまりそういうこった」

「だめだってさ」

「まあ姫のお守りは騎士の役目っていうだろ? リスティアナちゃんはどうかそのままでいておくれ」

「だったらまずお前はマフィア姿から脱却したらどうだ」

「実はこれ以外に着る服ねーんだわ」


 まあ、そのエグゾに乗れないと分かるとちょっとしょんぼりだ。まさか【運転】スキルが必要だったか。

 「そうですかー……」と残念がるお姫様と段を踏めば、外の温かさを感じた。


「そしてここが【アサイラム】だ。周りに伝わってる通り、俺のハウジング・システムで好き放題やれちゃう場所なわけだけど……」


 登り切った先は晴れ空だ。

 周囲の木々はさっぱり切られ、舗装された道が来客差を案内してる。

 そこらでは別のドワーフたちがブラックプレートの調子を見てたり、地形を記録していたりと忙しそうだ。


「わわっ、ここがアサイラムですか……! 未開の地って聞いてましたけど思ってたよりも開発が進んでるみたいですね? あんなところに立派な建物が建ってますし!」


 リスティアナがどんなイメージを持ってたかはさておき驚くのも納得だ。

 俺が作った木造建築の数々は外装が整えられてそこそこの住まいになってる。


「……あんな立派なお家だったっけ? 壁とか屋根お洒落になってない?」

「いやあ、俺の記憶にあるのはもうちょっと大雑把な感じだったな……爺ちゃんたちがさっそくリフォームしてくれたみてえだ。いやまて倉庫とか小屋とかも手加えられてんぞ暇人か?」

「新築なのに?」

「新築なのにな、やっぱ本職は勝てねえみてえだ」


 見間違いじゃなさそうだ、二階建ての窓からスパタ爺さんが手を振ってる。


「……ご主人、あれ」

「どうしたニク、なんかいたか?」


 するとくいくい。そんな感じで服を引っ張られる。

 ニクの指から「あれ」を探れば、牛鬼のシルエットの傍らが柵で囲われて。


『――まさかこんないじりがいのある土地があるとは思いませんでしたのさっそく私の足跡を残すべくここにお芋畑をこしらえますわオラッふわふわ食感のじゃがいも孕めッ!!!』


 すぱーん。

 悪夢のような所業がいい音を奏でていた。つまりなんかいた。

 とんがり帽子の銀髪ロリが耕された土に気合を込めた一擲を放ってる。


「ああ、あれか――じゃねえよ、未開の土地がさっそく呪われてるぞ」

「良かったじゃん、ここの食糧問題がさっそく解決してるぞ」

「いやなんでいるんだよあの芋。しかもなんか畑勝手に作ってないか」

「爺さんたち言いくるめて柵も作ってもらった感じがするぜ。ここも芋畑としての一歩を踏んでるみてえだ」

「あっ……あそこにいるのってもしかして、料理ギルドのマスターさんじゃないですか? すごい人が来ちゃってますよ! もしかして支援にきてくれたんでしょうか……?」

「どっかのギルマスだしすごい人が勝手に芋植えに来てるのは確かだな。くそっ、俺の人生芋まみれだ」


 リスティアナが純粋に信じる先では、また『孕めオラァッ!』と小ぶりの種イモを叩きつけるリム様がいる。

 見なかったことにしよう。スルーして立派な住まいへ向かおうとした。


「――まあ、イっちゃん! お邪魔してますわ~♡」


 駄目だ目ざとくぺたぺた駆け寄ってきた。ひと汗かいて爽やかな感じだ。

 抱っこを求められたので受け止めてやった。肩越しに【リム様の芋畑】という看板が見えた。 


「んもーまーた勝手に芋植えてる……」

「リムさまだ。来てくれたの?」

「ようリム様、なんでここにおるん? 芋テロ?」

「ここの開発をすると耳にしましたので我が料理ギルドも支援することを決定しましたの! まずは偉大なる一歩、じゃがいもですわ!」

「そりゃどうも、俺には芋の侵略にしか見えないぞ」


 そっと手放すと芋植えたての畑にドヤ顔だ。

 ついでに後ろのリスティアナに気づいたようだ、深くない面識をもって「あら?」と対面した。


「あっ、こ、こんにちはー……? 初めましてリーリム様。私、イチ君たちと同じ宿で暮らしているリスティアナっていいます」

「イっちゃんのお友達ですわね! 私は飢渇の魔女リーリム、皆さまのよく知るじゃがいも大好き系料理ギルドマスターですわ!」

「そんなすごい方が来ているなんてびっくりです! よろしくお願いしますねー?」

「うふふ、私のことは気軽にリムちゃんって呼んでね? じゃがいもたべる?」


 俺との関係性を知るなりじゃがいもをプレゼントだ――しかも茹でて冷めたやつ。

 何やってんだこいつ。お人形系ヒロインはそりゃ困惑してる。


「じゃ、じゃがいも……ですか?」

「おい突然芋渡してるんじゃないよ。ごめんリスティアナ、この人の奇行はそんな真剣に向き合わないでくれ、頭おかしくなって死ぬぞ」

「大丈夫ですわ、今朝茹でたやつですの!」

「冷えてぼそぼそになったやつじゃねーか馬鹿野郎」


 リスティアナの戸惑いに芋がつけ込まれた、今日も世界は芋に侵されてる。

 ところで何も芋の支配をもくろみに来たわけじゃないらしい。

 何せ牛鬼の足元から、白肌と歯車仕掛けの関節を持つカラメル・ブロンドの髪色が追いかけてきて。


「やあ、キュイトだよ。たまにはフィールドワークもいいものだね」


 集会所に居座ってる料理系ヒロイン、オートマタのキュイトがいたからだ。

 野外向けの衣装に着替えて大きなリュックも背負って何かをするつもりだ。


「キュイトか、お前も芋?」

「こうしてあうなり、わたしにむけていもだとかいうきがいはゆるしてやろう。ギルドのいちいんとして、ぼうけんしゃをしえんしにきたしだいさ」

「今日はキュイトちゃんを連れて【アサイラム】にいる皆さまをご支援しにきましたの! 長丁場になりそうですから料理ギルドとしてできることを成しに来ただけですわ! ということでお芋の方に帰らせていただきます」

「自走して毒と油まき散らす奴だけは勘弁してくれよ」

「今日植えてるのは煮ても焼いても揚げてもおいしい万能お芋ですわ~」


 二人の得意げな顔からしてただの芋テロじゃなさそうだ。

 まあ、遠目に見てるドワーフたちが「なんでおるんじゃ」という顔だが。


「あ、イチ君だ。もしかして依頼できたのかな?」

「ほんとだ、イチ君たちだ……おはよう、みんなもあの張り紙見てきた感じ?」


 こんな芋騒ぎにつられてやってくる奴らがまた二人増えた。

 日本人らしい黒髪と長い背丈の男に、レッドブラウンのゆるい髪型でちっこい女――ヤグチとアオか。

 場数を語る使い込んだ防具は【ブロンズ】の飾りで彩られてる。


「依頼っつーか善意できた。ここのクソ面倒な事情は承知の上か?」

「め、面倒っていうか……うん、あらましについてはちゃんとドワーフさんたちから聞いたよ、なんでも好きにいじれるとか。それで俺たち来たんだ」

「ちょっと早くきちゃったみたいだから、こうやって二人で見て回ってたところだよ。思ったより近代的でヤグチと一緒に驚いてたよ、あのロボットとかね……」


 べったりな大学生カップルはそろそろ驚き疲れてる頃だ。

 ただし『オラッ孕めッ!』と芋でオラつく背景には言葉が詰まってる、ごめん。


「だったら俺からの説明はいらないな、アサイラムへようこそ二人とも」

「ところでずっと気になってたんだけど、あの人何してるのかな……」

「私たちが来る前から畑耕したりしてるんだけど、あれいつも集会所に来てるギルマスさんだよね……?」

「気を付けろ、たぶん魔女の呪いの儀式だ」


 「儀式!?」と驚く大学生カップルはさておき、アサイラムを見渡した。

 なるほど、どうもあれから拠点の防御も勝手に手を加えてくれたらしい。

 フェンス周りが補強されたり、監視塔も機能性がドワーフらしく補われてる。

 それに北側のゲートを見れば――道路の途切れから履帯の跡が続いてた、ハックソウの痕か?


「……いやあ、楽しいっすねえEVカートって。あっという間に到着っす~♡」


 この土地の変化を数えてると安心感のあるニヨニヨ声も追ってきた。

 振り返ればその通りだ、ロアベアが鞄と仕込み杖を手にてくてく歩いてる。


「あ、あのっ……こんにちは……?」


 でもどういうことだ、そのそばに小さなメイドがくっついてた。

 ふてぶてしいロアベアよりもずっと初々しく、澄んだ水色のショートヘアで目元を隠した子供だ。

 おどおど強めの声もなんだか覚えがある――いつぞやクソ先輩どもにいじめられてた様子が重なるような。


「お待たせしましたー、レフレク到着ですっ!」


 続けて橙色が少し眩いいつぞやの妖精さんもふよふよ漂ってきた。

 それをきっかけに、獣だの魚だのと特徴それぞれなちっこいヒロインもちょこちょこ揃っていく。


「あっ、みんな来ましたよ! イチ君、この子たちが私の言っていた後輩さんたちですよー!」

「なんだこいつら、なんか知らないメイドがいるし子沢山だぞ」

「ん……みんなストーンみたい、新入りの人達だね」

「ロリだらけじゃねーか、なんだこの集まり」


 リスティアナの紹介はまさにそのロリどもに当てはまるんだろう。

 レフレクが「おにーさんです!」と親しげなのはいいとして、初々しいメイドはもしかして――


「なあロアベア。お前がいて安心したけどさ、その……ちっこいメイドどしたん?」


 肩に妖精さん一匹分を着陸させつつ、この謎多きメイドについて尋ねた。

 するとあいつは水色髪の小さな同僚を手で紹介するなり。


「こちらはリーゼル様がお目をつけてお雇いになった新しいメイドさん、その名もメカちゃんっすよ。イチ様なら面識あるんじゃないんすかねぇ?」


 やっぱり思った通りの人柄だと教えてくれた、あの時の一つ目ッ娘だ!

 タカアキが「あの時のかよ!」と驚くほどで、そんなちびメイドはロアベアの後ろにこそこそしつつ。


「あ、あのっ、えっと、あ、あたし、リーゼルさまのお屋敷で働かせていただいてるメイドの『メカ』です。よ、よろしくお願いします――()()()()()


 誰かに向けて「だんなさま」だとさ、そうかそうか。

 ……聞き間違いか? 距離を置くロリたちに「俺~?」と指をさしてみた。

 返ってきたのは訝しむような頷きだった――どういうことだロアベア。

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