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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
魔法の姫とファンタジー世界暮らしの余所者たち
503/580

9 ここ上がるフランメリア、アサイラム


 電子公告一つ分の画面にとある様子が流れてた。

 定点カメラが見渡すかつてのサクラメント・ステーションだ。

 生ける屍があふれる前の光景で、軍人たちが羊のようにひしめき合っていた。


『何が起きてるんだ!? この前俺たちが観賞したゾンビ映画みてえになってんぞ!?』

『くそくそくそくそ! 撃っちまった、ガキを撃っちまった!? そんなつもりじゃなかったんだ許してくれ……!』

『被害状況はどうなってる!?』

『見て分からないのか!? 小隊長はたった今くたばった、メンバーも半数しかいない、もう終わりだ俺たち!』

『無線通信手はどこいった!? 他の部隊はどうなってんだ!?』

『それより早く防御を固めるぞ、地上はもうそろそろ限界だ! 弾薬の残りも確認して残ってるやつに行き渡らせろ!』


 状況は目まぐるしかった、歩道橋の先から資材を運んで陣地をこしらえてる。


『軍曹、メンテナンスエリアにエグゾ用の充電ステーションを設営しました。我々はツイてますね、ここなら電力は使い放題だ』


 そんな視点に覚えのある姿も現れる。

 広告用モニタの真下にある通路からエグゾたちが戻ってきたのだ。


『よくやった伍長、この馬鹿げた地下交通システムとやらも隅には悪くないものだな』


 軍曹と呼ばれた誰かは安心した仕草だ、やっとヘルメットを脱ぐ暇ができたように見える。


『ええ。法もクソもない強引さには今でも呆れますが、おかげで命拾いしてますからね』

『カリフォルニアの環境と引き換えに得たものは俺たちの命か。今だけは感謝してやるさ、アーロンのクソ野郎め』

『小隊長はどうなりましたか、軍曹?』

『残念だがそこにいるぞ。あのゾンビモドキはどんな顎の力してるんだ? 首が骨ごと食いちぎられてるんだぞ?』

『あれはゾンビにしちゃおかしすぎます。化け物って一言で表すのは簡単でしょうが、銃も車も使って組織的に攻撃しているんですよ?』

『市警の連中が撃ってきやがったのもゾンビのお友達になったからか?』

『おそらくは。さっき交戦した際に気づいたんですが、あいつらみんな目が青くなってましたよ』

『あのLEDみたいな瞳か。どうもおかしくなってる奴はあんな不気味な眼差しをしてるらしいな』

『今後は目が青く輝いていたら躊躇わずに撃つべきでしょうね』

『だがな伍長、あれがゾンビだっていうならどういう理屈でああなったんだ? ウィルスにでも感染したのか? それとも何かに寄生されてるのか? 俺には噛まれてないやつも突然あんな風になったように見えたぞ、ゾンビ映画程度の知識でこんなことを言うのも申し訳ないがな』

『それかとうとう地獄が満員になったか、でしょうか』

『そうか、最近ろくでもないやつがくたばり続けてそろそろ満員だろうさ』


 『軍曹』と『伍長』は落ち着いた手振り身振りでやり取りを続ける。

 軍隊らしい色彩を施されたエグゾも一息ついたらしい。

 武器を降ろして緊張がほぐれてきた仲間たちとコミュニケーションを取り出すも。


『おい、階段の方からエグゾの足音が聞こえないか……!』


 一人がそう言った。だが流石軍人、誰もが得物を素早く持ち上げる。

 歩兵とエグゾの共同体が向かうのはあの歩道橋の先だ。


『……伍長、機甲歩兵小隊のエグゾは何機だった?』

『三機です。さっきメイソンの奴が奴らに飲み込まれたのを覚えてますか?』

『今しがたそいつについて考えてたところだ。どう思う?』

『残酷かもしれませんが運よく生きて帰ってきた、なんて都合よく考えない方がいいでしょうね』

『だろうな。全員離れろ、グレネードランチャーに対エグゾ弾を装填しろ!』


 押し込められた軍人たちは上官の判断に嫌な顔の合わせ方だ。

 それでも命令は絶対だ、定点カメラの中で兵士たちは歩道橋上を狙った。


『メイソン、お前か!? 返事をしろ!』


 と、誰かが擲弾発射機付きの小銃の向きへ質問を投げかけた。

 ここの映像が拾い上げた音質はずん、ずん、とあのエグゾのリズムを感じ取ってる。


『せっ、せっ、せっ、せっ、せかんど・わーにんぐ! せかんど・わーにんぐ! こんにちはあなた方もロボトミー手術はいかがでしょうかあなた方の生存は違反です!!!』


 そいつらの不安は見事に的中した。

 返り血だらけの軍用スタイルの外骨格が映ったからだ。

 通路からご挨拶を決めたそれが電子音声を響かせるも、戦前の軍人たちは本当に容赦なしだ。

 クソやかましい火器の集中射撃がそいつをじたばた暴れさせ、『グレネード!』と指示のもと40㎜が装甲で爆ぜる。

 いいとどめを食らったエグゾは派手に仰け反り、視界の外へとご退場だ。


『ち、畜生! 今の声はメイソンだぞ!?』

『あいつまさかゾンビになったのか……!?』

『間違いないぞ、あの趣味悪いテディベア張り付けたエグゾはメイソンの奴のだ……!』

『ぐ――軍曹!? またエグゾがこっちに来てます! いや、この音は……』


 喜ばしくない戦果に兵士たちがどよめくも、そいつらに休む間はなかった。

 誰かが後ずさりしながらも気づいたその通りのものだ。

 銃身が二つもある機銃を腰だめにした『Security』な巨体で。


『こんにちはサクラメント・セキュリティ社です。本日よりサクラメント・ステーションに配属されました、公共の場での違法建築および違法な密会および違法な銃器所持は認めらえておりません、速やかにこの世からご退場ください死ねや』


 銃身に晴れやかな電子的ボイスを乗せて、兵士たちの前に堂々と姿を見せていた。

 直後、どこからか人の形が雪崩みたいに押し寄せてきた――テュマーの群れだ。


『アレフ! アレフ! アレフ! アレフ!』

『肉はどこだ! 肉を出せ! 肉と脳みそ膵臓でもいいアアアアアア!』

『二人乗りの自転車がせいぜいだ二人乗りがせいぜいだ二人で十分だ!』

『肉ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!』


 さっきまで市民としてまかり通っていたような様々な身なりが、画面を青と黒に染めていく。

 激しい銃声と悲鳴と電子音声がごちゃ混ぜになるのも当然だ。

 だが、それだけならまだしも――


『き、来やがった! きやがががががががアブノーマルはお好きですか、非感染者を検知保護します』

『軍曹! ここを放棄しましょう! このままじゃ全めアップグレード完了しました! ただいまより皆様の死刑執行人です! 死ね!』


 この押し寄せるテュマーの『ホード』がきっかけに変わったように、兵士たちも次々化けてしまう。

 最初は兵士の何人かが、続いてエグゾすらも仲間に銃を向け、軍曹と呼ばれた男は退きながらも自分に拳銃を――



「こんなところで揃いも揃って不名誉な戦死か。これでどうしてこんな場所に軍人さんがいたのか分かったな」


 画面に流れたひどい終わり方が【タコスはいかが!】と元の広告に戻った。

 そのまままそこらのご遺体を気にかければ、気の毒な死に様がいっぱいだ。


「……うわあ、すげえ後味悪いモン記録されとったぞ。なんつー大惨事じゃ、可愛そうな連中め」

「ゾンビパニックモノの様式美をなぞった出来栄えだったなあ。つーことはここでうじゃうじゃしてたのは市民に軍人か? こんなとこで150年も生かされるなんていやだねえ」

「皆さま二階級特進されたんすね~? 軍人さんたちインプラントでもしてたんすか?」


 戦前鑑賞をご一緒したスパタ爺さんやタカアキやロアベアも後味が悪そうだ。

 ここの管理室にあった端末に映像が残ってたので再生してみれば、今回もまたご覧の有様である。


「…………こんなやつが蔓延って人を襲うような文化もありゃ、そりゃ世の中の倫理観もだいぶ欠落するだろうな。俺は今後何があろうがウェイストランドにだけは絶対行きたくねえ」


 タケナカ先輩なんて腰かけた土嚢の上でげんなりだ。

 厳つい顔色からして人間そっくりの手ごたえに気持ちが悪そうである。


「今日ばかりは槍使っててマジで良かったと思う。いや元人間がどうこうとか冒険者の身分で言うつもりないけどよ、攻撃した時のレスポンスが生々しいんだよな……悪い意味で」

「ひでえこというがこいつが人の感触ってやつだ、シナダ」

「あーそうだな言われてみればそうだ。今度同じことするときは突くたびに転移前に世話になった嫌いな上司の顔思い出すか」

「こういう時に前向きなのは俺たちが冒険者に染まった証拠だろうな、俺だって後味がこうなのに報酬のボーナス額の方が先に浮かんでる」


 シナダ先輩もだった、新しい槍にこびりついた返り血を丁重に落としてる。


「……俺はもう割り切ってますよ。元人間だろうがやるべきことはいつもと変わらないと思ってます」

「大した根性してやがるなサイトウ、俺は仕事を選べない身分上仕方ねえと頑張って思い込んでるところだ」

「変なこと言ってしまうかもしれませんけど、撃った感触は白き民とそんなに変わりませんからね」

「本当に変なこと言ってる気がするぞ」

「なんていえばいいのか。矢が当たった時の手ごたえがあれとそっくりでした、だからさほど抵抗がなかったというか」

「お前は矢で射貫く分感じないものはあるかもしれねえが、剣でぶったぎる手触りはあんな白いのとは全く違うぞ。なにが、どう、とまでは言うつもりはねえけどな」


 それに比べてサイトウは、()()()から矢を引っこ抜くほど冷静だ。

 俺も寄せられたご遺体から数本抜いて手渡せば、そこでようやく前髪隠れの表情にけっこうな疲れが見えた。


「……どうか安らかに眠ってくれ。お前たちのことは忘れんからな」


 周りがこまごま調べる中、キリガヤはあいつらしい形でテュマーに祈ってた。

 その隣で「おっ弾いっぱい持っとんなこいつ」とお宝探しに勤しむドワーフたちとの対比はひどいと思う。


「お前のそういう律儀さ大好きだよ」

「ああ。冒険者としてやる以上、これくらいの覚悟は心掛けていたからな」

「俺のせいで余計な覚悟をさせてしまって申し訳ない気分だ」

「そんなことはないぞ。お前が連れてきたとしても、テュマーは150年……だったか? ウィルスとやらに囚われてそれほどの年月を生かされ続けていたんだろう、この人たちにこうしてようやく休むチャンスがめぐって来たと俺は思ってるぞ」


 くたばったテュマーへのご挨拶に付き添えば、まさか高校生とは思えない物言いだ。

 冗談かと思ったが顔はマジだ。まっすぐと憐れんでる。


「人生をしぶとく生き抜いてこうしてフランメリアまで来たわけだが、テュマー相手にそんな考えをもって弔おうとする者が目の前にいるとはな。お前たち旅人は俺にはない価値観を持ってるやつが多くて興味深いものだ」


 驚いたのは何も俺だけじゃない、クリューサも呆れ混じりで関わってる。

 まあ、そういいながらも死体から使えそうなものを物色しながらだが。


「クリューサ先生、望まぬまま生かされるなんて辛いことだろう? 身勝手だし異国の土地は嫌かもしれないが、彼らには成仏してほしいと思ったんだ」

「変わったやつだな、キリガヤとやら。お前のような若い男がそうも案じてくれるなんてテュマーどもも生まれて初めてだろうさ」

「そういいつつそいつらの持ち物漁るなよ、台無しだぞクリューサ」

「俺は仕留め損ねたやつがいないか触診してるだけだ」

「ついでにお代もいただいてないか?」


 キリガヤは熱血熱心、クリューサは相変わらずだがミコもちょこちょこやってきた。

 目の前の死屍累々とさっきの映像に微妙な顔色だ。水筒を渡してやった。


「ねえ、今の映像って……あの図書館の出来事があった時と同じ頃だったのかな?」

「多分な。こっちは軍が出動するレベルの大事になってたんだろうけど」

「手に負えないほどのテュマーに追われてたってことは、どこか大きな都市と繋がってたかもしれないね……」

「もしそうならよかったかもしれないぞ。地下じゃなく都市そのものがこっちに転移なんてしてたらどうなると思う?」

「……う、うわあ……」

「うわあだよまったく」


 この転移現象が幸なのか不幸なのか二人で嫌な考えがたっぷり浮かんだ。

 得体のしれない地下通路が人知れず足元を通るならともかく、こんなものを抱える都市そのものが転移したら?

 突然荒廃した文明がフランメリアに現れ、もれなくテュマーだの無人兵器だのが付いてきてお得だったかもしれない。


「それならそれでわしら大喜びじゃぞ、むしろそうしてほしかったわ」

「おう、きっと都市丸ごとドワーフ族のもんにして発展させとるよ」

「みんな『フランメリアの奇跡の再来』とか喜んで、徳を積めるダンジョンかなんかとして押しかけて来ると思うぜ。いやいいかもな、都市が丸ごとこっちに来るなんてよ……」

「そう言われると懐かしいわい、いろいろ突然現れたあの頃が……なんか白き民も復活しとるし、あれまた起こるんじゃないかのう」


 しれっと話に加わったドワーフ族のセンスによれば歓迎だそうだ。

 この人たちなら本気で都市一つを頂いて魔改造を施すはずだ。例え剣と魔法の世界の理をめちゃくちゃにしても。

 なおさら「地下で良かった」と気持ちが相棒に重なると。


「こいつらは白き民と比べると手ごたえはそれほどだが、こんなものまで持ち出されると厄介極まりないな」


 エルが映像のイメージが乗った軍人テュマーたちを嫌そうにしていた。

 その隣で積み上がったそいつらの武器と、そこらに残ったエグゾの佇まいが実に厄介そうだ。


「おまけにウィルスに耐性のない無人兵器があるとそいつと仲良しになって連れ回すからもっと厄介だぞ。あの時のデザート・ハウンドは覚えてるか?」

「あんなのは絶対にごめんだからな……? しかしあいつらめ、あの乱戦で仲間に当たることも厭わず撃ってくるとは……」

「腕前の方は今のところは白き民の方がお上手ってところだ。怪我は?」

「足に食らったがクリューサ先生のおかげで平気だ。よもやファンタジー世界なのに銃で撃たれてしまうなんてな」

「それも俺のせいだ、悪かった」

「気にするなと言ってるだろう。私たちヒロインはこれくらいでやられるほど弱くはないぞ」

「でもセアリさんびっくりですよ、あのロボットみたいなの乗ってでっかい銃ばばばばばって撃ってくるんですから。なんでもありじゃないですかテュマーって……」

「敵がロボット乗ってくるし、撃ちまくってくるし、めっちゃ湧いてくるし……団長びっくりすぎて疲れてます。ねえ、ウェイストランドっていつもこうなの……?」

「いつもこうだったよね、わたしたちって……」

「銃声と爆発と悲鳴が隣り合わせの日常だ。おかげでこっちに来てからよく眠れる」


 セアリとフランもテュマーの生態に驚いちゃいるが、これでミセリコルディア揃って元気なことが分かった。

 にしても元人間を斬って殴って貫いても平気なのは流石ヒロインと言うべきか。


「わしら帰還組もなあ、帰路の途中で遭遇したときはもうびっくりよ。死体が戦車乗り回しとったんじゃぞ?」

「向こうのゾンビは器用なもんじゃよなあ、白き民ほどじゃねえけども」

「よくわからねえからぶっ飛ばしちまったけどな。他のフランメリア人も遠慮なくぶち殺してたぜ」

「いいかストレンジャー? 俺がテュマーがいかに危険かを教えたら、この爺さんども遠慮なく体当たりするわ戦車砲ぶっ放すわで大変だったんだぞ……」

「おい、爺さんたち大移動ついでにテュマー蹴散らしてきたのか?」

「そうじゃよイチ、でっかい廃墟に差し掛かった時とか暇つぶしに狩るやつおったぞ」

「お主も狩っとったじゃろがい、まあスティレットの威力テストにうってつけじゃったわ、あんなん歩く兵器試験場よ」

「そういやスカベンジャーどもがやたらとドワーフに親切だったな。居残り組のモンの功績だろうが、あいつら今頃何してんだろうなあ」

「あんたも相当な数をやっつけてきたようだが、俺たち後続組もアリゾナの生態系にちょっかいをかけるほど好き放題やってきたぞ。今頃故郷が滅んでないか心配なぐらいだ」

「律儀に俺を追いかけてきたってことはディアンジェロの件も知ってるか?」

「いやあ、あれはちょっと流石のわしらも引いたわ……」

「保安官のやつがえらく興奮気味に話してくれたぞ。おかげで人生で初めて酒がまずくなったわい」

「キモすぎて食欲失せたぜ。フランメリアでもいねえよあんなん」

「あんたが仕留めた戦車は今や観光スポットだ。ひどい話を聞かされたもんだよ」

「ミコ、フランメリア人も引くレベルらしいぞあのド変態」

「そ、そうなんだ……? うう……忘れかけてたのに思い出しちゃった……」

「俺もディアンジェロ思い出した」


 降車したドワーフたちもすっかり落ち着いた様子だ。

 あれから長々付き合わされてるディセンバーの苦労話からして、フランメリアのお人柄はテュマーと相性が良かったみたいだな。

 ただしディアンジェロの件についてはこぞって苦笑いだ、あの野郎め。


「みんな、トンネルの続きを調べてきたぞ。コンクリートに塞がれて行き止まりだ」

「敵はいなかったよ。クラングル側と同じみたい」


 今度はちょうどよくクラウディアとニクも帰ってきた頃だ。


「偵察お疲れさん二人とも、ってことはここはクリアか」

「南に二本伸びてたがどちらも中途半端な距離で途絶えてるぞ。これ以上の脅威が潜む余地もないだろう――それとサンドイッチはもっと具だくさんがいいぞ」

「聞いたかみんな、サンドイッチの感想言えるぐらい安全になったらしい」


 サンドイッチを抱えてもぐもぐしてるやつの報告からして安全らしい。


「ってことは、残るはあそこっすよねえ。どこに繋がってるんすかね?」


 となると俺たちの気がかりは首狩りメイドがによっと見る方向だ。

 みんなの視線が続けば、ごろごろしてる一個分隊ほどの生首が歩道橋から先までを案内してた。

 クソサイコメイドのせいで全員ドン引きだ。なんてことしやがるこの馬鹿。

 何してんだコラと脇腹をどついた、反応は「おうふっ♡」だ。


「俺には生首転がってるせいでちょうど地獄への入り口にしか見えないぞ」

「ちゃんと持ち主の皆さまは冥土へ送ったっすよ」

「ああそうか、そりゃ安らぐだろうな。お前あれで何の悪魔召喚するつもりだ?」

「ろ、ロアベアさん……? あの、そういうの初めて見る人もいるからもうちょっと遠慮してほしいんだけど……!?」


 見れば冒険者の皆様の顔色がマナ寄りの青白さだ。気持ち悪がってる。

 そりゃそうか、俺たちには見慣れた光景だけどこいつらには――


「おい、そこのメイド頭おかしいんじゃないのか……? 首斬り落としてなんて顔してるんだ、畜生」


 タケナカ先輩は吐き気がこみ上げた嫌な顔だ。

 ついでに俺の品性も巻き添えで疑われてる気がする。


「ロアベア、貴様はどうかしてるぞ。生首をそこら中に転がしてどうしてこうも平然としてられるんだ……」

「苦しめずにずばっと介錯したんで大丈夫っすよエル様ぁ」

「さっくり楽にくたばったみたいだしいいだろ、俺たちはもう慣れてる」

「……慣れたくないけど慣れちゃったよね」

「ロアベアさま、今日もいっぱい狩ってる」

「エル、そいつにまともな感性を求めるな。そのような所業を毎日見せられたせいで、お前たちヒロインが潜在的なサイコか何かと思っているぞ」

「あれからしばらく経ったが見事な腕前だなロアベア! やはりこういう手合いはお前に任せるのが一番だ!」

「いや、そういう問題じゃなくてだな……ミコもミコで平気な顔なんだが、貴様らどういう旅をしてきたんだ……?」


 大多数が引いてるし、ミコのお仲間も遅れてじわじわきてるみたいだ。

 こうして嫌そ~~なエルの顔もそうだが、フランの表情が特に険しい。

 なんならセアリに心配されて背中をなでなでされてるものの、次第にドラゴン系女子の顔が「う゛っ……」と上り詰めて。


「ちょっ、フランさん大丈夫ですか!? ヒロインがしちゃいけない顔に……あっだめですこれ限界迎えて……」

「……ご゛め゛ん゛、行゛って゛来゛る゛……」

「ふ、フランさん!? しっかりして!? ちょ、ちょっとごめんなさい行ってくるねわたしたち!?」


 エグゾが出てきた通路へ緊急避難してしまった。

 エルが「おい貴様」とキレそうなのも仕方ない、ミコも「大丈夫!?」と追いかけていったようだ。


「患者さんのところにいかなくていいのか、クリューサ?」

「優秀なヒーラーが同行したから大丈夫だろう。それよりドワーフども、ここの調査は済んだのか?」


 クリューサの判断としてはお医者様の出る幕じゃないとさ。

 きっと通路奥でひどいことになってるミセリコルディアはともかく、重要なのはここの安否だ。


「発着場をコントロールする制御室があったんじゃが無事だったぞ、これで【サクラメント・ステーション】はわしらの掌中に収まった訳じゃ」

「奥にエグゾを収める台もあったぞ、ありゃ戦前の奴らが残したんじゃろうなあ。敵もおらんし地下交通システムもわしらのもんじゃ、よくやったお主ら」

「後は階段がどこに繋がってるか調べるぐらいだ。帰りの心配ならすんなよ、レールいじって「お帰りはあちら」だ、行くぞディセンバー」

「よくやったなあんたら、俺はそろそろ外の新鮮な空気を吸いたい気分だよ……」

「あっそうそう、エグゾは回収して修理しとくからな。それより地上の偵察じゃ、ゆくぞお前さんら」


 ドワーフ曰くサクラメント・ステーションは完全に我が物になったそうだ。

 残るはやっぱりあの階段の先、何処かもわからない地上である。


「帰りの心配はなくなったな。問題はここが地上のどこに通じてるかだけど」


 俺は散らばったドロップ品を避けつつ、歩道橋が作る道のりを見上げた。

 ここを渡ればいよいよフランメリアのどこかだ。

 よし行くか。手持ちの装備に弾を込め直して生首だらけの階段を進んだ。


「さっそく見てくる。他についてくるやつは?」

「全員でってのはなしじゃぞ、一応用心して小分けして対応できるようにしとけ。さっき向こうからテュマーわんさか来たの忘れんようにな」

「いよいよここの正体見たりか、わくわくするね。ついてくぜ」

「……正直、見に行くのも恐ろしいが確かめないわけにもいかねえからな。俺も行く、シナダたちは後輩どもと一緒に待機してくれ」

「うちもいくっす~♡」

「ん、ぼくも」

「おう、気を付けろよ。地上にテュマーのおかわりがいましたとかやめてくれよ?」


 ついてくるメンバーも自然と決まった。

 ドワーフに幼馴染に坊主頭にメイドとわん娘と妙な顔ぶれだ。

 シナダ先輩たちに後ろを任せて登れば、すぐそこでエグゾの残骸が待ち構えてた。


「三機目のエグゾか。さっき映像に出てきたメイソンってやつらしいな」


 その細かなところに気づいたのはタケナカ先輩だった。

 錆びだらけの軍用のそれは装甲を叩き割られたまま仰向けにくたばってる。


「ああ、さっきテディベアどうこういってたしな。こいつじゃないか?」

「本人も一緒みてえだぞ。こんな外骨格ごとゾンビになるとか冗談じゃねえ」

「そうだな、いい死に方ができなかったような顔だ」

「しつこいようだが俺たちもこうはならねえよな?」

「体内に電子機器埋め込んでなきゃセーフだ。タケナカ先輩は?」

「こっちの世界に来てからいたって健康だ、禁煙に成功するぐらいにな」


 腰にテディベアを飾った妙なスタイルだ、中には戦死者がおひとり様である。

 キリガヤじゃないが俺なりにご冥福を祈っておいた。どうか休んでくれ。 


「軍人すらテュマーになるなんて嫌な話だ。しかもこんな外骨格の中でか」

「なっちまった理由を付け足しておくとだな、あの世界の軍人は大体がインプラントを体内に宿してるからさ。確か軍の作戦行動に便利なやつを脳に注入してるとかそういう背景だったか」


 タカアキによれば軍人は全員テュマーの資格をお持ちだったか。

 一国の戦力がウィルス一つでことごとく敵に回るなんて実に嫌な話だ。


「脳にかよ。だったらテュマー化もさぞ捗るだろうな」

「軍隊がほぼゾンビに転職したっておかしくないぜ。ひでえ世界だまったく」


 そこから――クラングルにあった地下通路と同じ色彩が続いてた。

 幾つかテュマーが転がったままなのを除けば特に滞りはない。


「戦前の軍人さんたちは奮闘してらっしゃったんすねえ、けっこうご遺体がごろごろしてるっすよ」

「曲がりなりにも専門の訓練を受けた連中だろ? やられっぱなしじゃないのは確かだ、まあテュマーの方が上だったらしいけど」

「国の軍隊がゾンビになって襲い掛かるとか終わってるっすよねえ、ウェイストランドがおかしくなる理由に納得っす~」


 好奇心いっぱいのメイドが仕込み杖で死んだふりを探ってる。

 俺だって突撃銃の銃剣をあちこちに進むが、今のところは死体だけだ。


「大方、戦前の市民どもって感じかの。そこらで暮らしとったようなのがこうもうじゃうじゃ転がっとると、よほど混乱しておったんじゃろうな」

「子供から大人まで、無職からお偉いさんまで皆等しくテュマーってか」

「分け隔てなくバケモンに変えおってからに、恐ろしいことしよるわ」


 スパタ爺さんも「弾もっとらんかの」と元警察のテュマーを漁り出してる。

 時折の物色も込めて(タケナカ先輩の嫌そうな顔を添えて)もっと踏み込めば、ついに自然な光をどこか感じて。


「……植物のにおいがする」


 ニクの鼻が当たった。地上への繋がりが間違いなくある。

 そろりと進めば階段があって、そこから健康的な光がほんのり差し込んでいた。


「マジでフランメリアのどっかに繋がってたか。気を付けろ、嫌なお出迎えがあるかもしれないぞ」


 今までの出来事を振り返れば必ずしもいい知らせには見えない。

 この先にテュマーがいるかもしれないし、また別の転移物でもあるかもしれない。

 もちろんそんなの承知の上だが、突撃銃の銃口と共に現代の段差を上っていく。


「おーおー、青空が見えてらっしゃるぞ。良かったな、階段上ったら異世界だったとかそういうオチじゃなさそうだぜ」


 タカアキも散弾銃をお供に付き添ってくれた。

 確かにそうだ、ニクの言うような強い草木の香りがする。

 「あってたまるかんなもん」と小言を交えて抜け出せば、ヘルメットのバイザー越しに緑を感じて。


「…………なんだここ、森の中か?」


 あったのは森の深みのど真ん中といった具合だ。

 生い茂る草や立ち並ぶ木々、そんな自然の緑色が周囲に広がっていた。


「見事にどっかの森の中じゃなぁ……それに何じゃこの音、遠くで川のせせらぎが聞こえとるんじゃが」

「自然って感じっすねえ。フランメリアのどっかなのは間違いないっすよお爺ちゃん」

「トンネルの曲がりも含めて考えるにクラングルから南東よりかのう。どこに繋がっとるか調べんとな」


 てっきり敵の襲撃を身構えてたが、スパタ爺さんが安心するほどの余地があった。

 ロアベアも「冒険って感じっす!」とはしゃいでなんだか平和に見える。


「……ただのフランメリアの健全な様子ってわけじゃなさそうだぞ、ちょっとあそこを見てくれねえか」


 すんすん匂いを感じるわん娘と見回っているとタケナカ先輩が不安がってた。

 俺たちもこぞって「あそこ」が目に付いてしまう。


「あー……ひょっとしてあちらの?」

「ん、あれって……向こうの建物?」

「ああ、あちらのだな。見間違えと思ったがお前にも見えるってこたーマジなんだろう」

「なんかあるっすねえ……ウェイストランドのものみたいっすよ皆様」

「あちゃー、なんか転移してるなあ……なんだありゃ、どっかの住宅街の一部か?」

「派手にぶっ壊されとるぞありゃ。間違いなく向こうのもんみたいじゃが……」


 無理もない、向く先で確かに何かがあったからだ。

 舗装された道が緑の豊かさをぶち抜きながら取り残されてる。


「……そうだろうな。地上の建物もおまけでついてきた感たっぷりだぞあれ」


 例えばだ。ちょっと格式のある住宅地があったとしよう。

 都市部近くで一戸建てが次々と並び、それなりに裕福じゃないと立ち寄れないような場所があるとする。

 それを街路ごと切り抜き、ついでに地下交通システムも一緒くたにしたものを緑の大地に覆いかぶせたようなものだ。

 奥行き数十メートルぐらいの住宅地が場違いな雰囲気を漂わせていた。


「ありゃたぶん、どっかのストリートの入り口なんだろうな……街の景観の一部がそのまんま置かれてやんの」

「お~、唐突な現代建築っす。でもなんかぼろぼろすぎないっすかあれ」

「わーお! こんなとこにも転移しとったか! よっしゃ! さっそく見に行くぞお前さんら!」


 なるほど、どっかの森にどっかの街中が混ざってるみたいだな。

 幼馴染とメイドとドワーフの好奇心が手放しで調べにいったようだが。


「……ご主人、あれ」


 なぜかニクがジャーマンシェパードの耳をぴんと立てていた。

 しかし犬の手は槍を握っちゃいない、警戒心よりも好奇心が生きてる。


()()か。こんなところで懐かしい顔ぶれだな」

「……イチ、あのでけえロボットはなんだ? まさかあれもウェイストランドのものだとか言わねえよな」

「そのまさかだ。あれはウォーカーっていう……まあ兵器だ」

「んなもんまであるのか……日本人大喜びだな、シナダに見せてやりてえ」


 タケナカ先輩と一緒に目がついてしまった。

 焼け焦げた住宅街の外回りに錆びだらけの逆関節の巨体が鎮座していた。

 フランメリアの緑のありどころになって天然の迷彩を施された【牛鬼】だ。

 大昔に何があったのやら、屑鉄としての価値を高めるほどにボロボロのまま守り神のごとく残ってる。


「す、すげー! ウォーカーだ! 牛鬼いるぞ爺ちゃん!」

「牛鬼っすねえ……こんなところでお会いするなんて思わなかったっす」

「ウォーカーおるんじゃけど!? くそっ、これじゃ修理しても使えんのう……しかし立派な姿よ、この世界に馴染どんどるようじゃないの」


 「ウォーカーかっこいい!」と騒ぎ立てるやつらを追いかけると、ふと信号に手書きの文字を感じた。

 きっとそいつは戦後の奴らが手心を込めたに違いない。

 錆びだらけの看板にここに対する言葉がでかでか残されていて。


【俺たちの"アサイラム"へよう『ここは終わりだ、テュマーのクソ野郎』】


 と、街の案内に苦し紛れの気持ちが表現されてた。

 ずかずか踏み込んできた俺たちを出迎える奴らは誰一人いない。

 強いて言うなら、一世紀ほど放置された無残な牛鬼ぐらいか。



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