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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
魔法の姫とファンタジー世界暮らしの余所者たち
496/580

2 どうかあなたにこの世界のことを。


 衛兵が見守る門を出て、クラングル市を高く隔てる白い壁を歩いてなぞる。

 馬車の停留所やらが見えるだろうが、壁沿いを辿れば舗装された道に触れる。

 するとしばらくしないうちにドワーフの作った簡単な駐車場につくだろう。

 壁のすぐ外に戦車やらトラックやらが置かれた物騒な土地があるっていうのはどうかと思うが。


「――よっしゃ、五十メートル先の標的から始めようぜ」


 世界観を台無しにする景観はまだ続く。その近くに射撃場が設けられていた。

 広々とした大地に罰当たりにも標的を並べて、屋根付きシューティング・テーブルまである用意の良さだ。

 椅子に座って的を探ると、隣で双眼鏡を覗くタカアキが「あれ」と指した。


「……待ってろ、ちょっと照準合わせる」


 慌てず手元の得物に一手間加えた、まず指元の丸い撃鉄をがちりと起こす。

 三発の45-70弾でずっしりと重くなった回転式拳銃、その名も『白殺し』だ。

 近距離用スコープが乗ったせいで殴れば頭をカチ割れそうな重みがある。


*Click*


 積んだ土嚢に銃を預けつつ、遠く見える風景に調節機能をなぞった。

 緑の上に立ち並ぶ五十メートル間隔の人型にピントが合った。

 何度かスコープをこまごまいじってまっすぐな狙いを作る。


「五十メートルだな。一番手前で剣掲げてるでかい奴を狙う」

「オーケー、あいつがお前の犠牲者だな」

「撃つ前に聞くけどあれは誰をモチーフにしてるんだ?」

「どう見ても白き民だろ、遠慮しなくていいと思うぜ」


 獲物を捕まえた。ドワーフの意匠で作られた二メートルほどの標的だ。

 狙いが正しければ、そこに人型に似せた何かが兜と木の剣で勇ましくしてる。


「さあて、ウェイストランドの英雄殿のお手並み拝見だな? 見てろよ冒険者の諸君、きっと驚くぜ」


 十字線に脳天を収めた直後、誰かの無茶ぶりが飛ぶ。

 横で期待する弾帯だらけの男のせいだ、ハードル上げやがってヘキサミンめ。


「ヘキサミン、俺が調節したばっかのこいつでいきなり当てれると思うか?」

「あんたならできるさ。それに爺さんどもと賭けてるんだ、あんたが初弾でヘッドショット決めれば2000メルタ貰える話になってる」

「近距離とはいえ記念すべき第一発目、それも適当に引っ張ってきたスコープでいきなり綺麗に決めたらわしらちょっと引くぞ。ちなみにお前さんが頭以外のどっかに当てたら酒奢ってもらう寸法だからの、無理せんでいいぞ」

「今から外すって選択肢はないのか?」

「良かったなストレンジャー、あんたが外すに賭けた奴はゼロだ」

「むしろ当ててくれんと作った甲斐がないからの、やっちまえ」


 ドワーフの爺さんの期待も混じってなおさら外すわけにはいかなくなった。

 トリガの曲線に這わせた指に力を込めた。ふっ、と息を整える。

 忘れるな、45-70弾だ。十字型の狙いを兜の頂にあわせて――


*BAAAAM!*


 撃った。腕が跳ね上がるほどの反動を抑え込んだ。

 散弾銃よりやかましい銃声がびりびり身に沁みれば、向こうで人型が揺らぐ。


「ひゃっ……!?」

「くっ……なんて銃声だ……!? おい、そんなものを撃って大丈夫なのか貴様」

「……でも当たりましたね、兜がずれてますよあれ」

「けっこう離れてるのによく当てるねー……流石イチ君、期待通りだね」


 そばでミセリコルディアの面々が聴覚的に難儀するほどのやかましさだ。

 撃鉄を起こしてまた狙うと、標的のデザインがだいぶ損なわれてるようだ。


「どうじゃ? どこ当たった?」

「ハッハァ! 見たか爺さん、ありゃ即死だぜ!」

「おめでとうイチ、ありゃもうおしゃべりもできねえな」

「思ったより弾が落ちるな、顎のあたりが吹っ飛んでるけどヘッドショット判定でいいのか?」

「うーわマジで当ておったぞこいつ、口が崩れとる」

「即死判定だろ、もうちょい上を狙えば完璧じゃないか? 45-70の弾道は山なりだ、そいつを意識しろよ」

「本物の白き民だったら十分くたばるレベルだ、お兄さんお前の殺し屋みてえな才能が怖いよ」


 賭け事に興じる二人やタカアキの言葉もあってオチはすぐ理解できた。

 白き民に似せたゴム製ダミーが兜の中でずたずただ。痛いじゃすまないだろう。


「じゃあ今度は百メートルのところとかどうっすかねえ」


 トリガに指がいこうとするとそばから注文が飛んで来た。

 ブリムの上からイヤーマフを被ったメイドの生首だ。首無しボディが手にする双眼鏡で遠くを見てる。

 照準器で辿った風景の中にいた、五十刻みの二段目に白いターゲットだ。


「……いけるか?」


 簡単に調節してあわせた。それでも遠く感じる頭部を収める。

 委託した銃身で少し辿って、むき出しの脳天に重ねて、撃つ。

 ずばっと爆ぜるような銃声から立ち直ると、揺れる照準の中で()()が震えた。


「お~、命中っすよイチ様。派手に吹っ飛んでるっす」

「……おいおい、そうも簡単に当てるかよ。実戦だったらもう二匹は仕留めてるだろうな」


 その結果はご一緒していたタケナカ先輩の言葉通りだった。


「ご主人、頭に当たったよ」


 ニクの双眼鏡の真似をすれば、そこでヒトモドキが頭部の機能性を損ねてた。

 測距機能からして百メートルほどで絶命だ、ご愁傷様。


「2000メルタは確定だな。そんなぶっ飛んだ銃でよく当てやがるぜ、いいもん見せてもらったよ」

「わしらの作った作品をこうもやすやす使いこなしてくれると職人冥利につきるわ。よし、今度は立って撃ってみんか?」

「ああ、なんとなくクセが分かってきたよ。こうだな?」


 ご機嫌な『帰還組』の期待を受けて今度は立ち上がった。

 両手で支えようものならけっこうな重さだ。

 銃身を預ける場所を失った今、もはや頼れるのは自分の体幹と筋力だ。


「……呼吸の癖が思いっきり伝わってくるな、これ」

「拳銃にスコープなんて乗せれば後はあんたのお人柄と腕次第だ。落ち着いて狙え、いいタイミングで息を止めて筋肉を硬く締まらせろ」

「こういうのは構え方がそのまま命中精度に繋がるからのう。ほんとは着脱可能な銃床とか作ろうと思ったんじゃが、もしやお前さんなら大丈夫か?」


 自分の息遣いに狙いがふらふら揺れる。

 撃鉄を起こした。頭が崩れた白モドキをどうにか震えの中に閉じ込めた。

 アドバイス通りに一呼吸、鋭く吸って、ゆっくり吐いて、喉奥を閉じる。

 微動だにしないそいつの首元に十字がじっと重なった――トリガを絞る。


*BAAAM!*


 本日三発目の45-70弾にぐっ……!と銃が持ち上がった。

 土嚢に預けた時と反動の伝わりが全然違う、頼もしいぐらいのキックだ。 

 スコープ込みの重みが皮肉にも反動を削いでくれてるのが救いか。


「やったなストレンジャー、ターゲットのハートを掴んでやがる。気の毒な話だがあれで二度くたばったな」

「うわあ……やりおったこいつ。ずいぶん簡単に使いこなしてくれるわ、流石はボスの弟子じゃな」


 被害状況はそばで人を賭けごとにする二人が表現してくれた。

 遠くを覗けば胸に大穴だ、あれが本物なら死ぬ機会を二度も与えられてる。


「ボスだったら俺がちまちま狙ってる間に三発命中させてるだろうな。オーケー、もう三発だ」

「お前のお師匠どんなやつだよ、お兄さん気になる。あっ次俺も撃っていい?」

「一生かなわない人物だ。いいけど反動に気を付けろよ」

「確かに涼しいお顔でぶっ放してそうっすねえ、あのお方なら……うちも撃ちたいっす~♡」

「あの人なら200mぐらい余裕かもな。弾くれ」


 ロアベアから45-70弾の差し入れだ、トリガ・ガードを引いて銃身を折る。

 むき出しになったシリンダごと『白殺し』を振って空薬莢を落とした。

 被甲済みの弾を一、二、三と順に詰めて装填完了、じゃぎっと元に戻す。


「ちなみにストレンジャー、そいつは俺の作った45-70のフルメタルジャケット弾さ。ドワーフの爺さんの配慮で弾芯はフランメリア産の特別な金属だ、あんたの良心リストに【鉛による環境汚染】は加えなくていいからな」

「お前のお手製か。いつもぶっ放してた弾と手ごたえがそんなに変わらないな」

「長年弾薬づくりで飯食ってたのは伊達じゃないってことさ。今後あんた相手にそういう商売ができれば幸いだ」

「なるほど、試し撃ちっていうのはそういう目的もあったか」

「そういうこった、俺の試供品の良さを存分に味わってくれ」


 この『試し撃ち』を持ち掛けてきたヘキサミンは俺の挙動が楽しそうだ。

 スティングから続く縁は今じゃ冒険者ギルドの作業室で銃弾を作ってるらしい。

 タカアキの部屋に弾薬の貯蓄はあれど、手に入りづらい種類もあるとなれば助かる話だ――今回はそのお試しである。


「しかしまあ、いつの間にこんな場所を作ってくれたんだか。いきなりすぎてびっくりしたぞ」


 緑の大地の上に作られた射撃場にまたスコープを向けた。

 ここはドワーフたちがわざわざ俺のために作ってくれた場所だった。

 ストレンジャーの腕が鈍らないようにという好意があるそうだ、もちろん市からの許可も抜かりなし。


「いやね? 駐車スペース作るついで、せっかくじゃしお前さんの腕を振るえる場所でも用意してやろうと思ってな」

「ついででこれかよ」

「凝り過ぎた結果がこれじゃよ。もっと長くしようと考えたんじゃが、どーせこの世界なら五百メートルも離れて戦うようなシチュエーションないじゃろ?」

「その半分がちょうどいいな。こそこそ狙撃するのがあわない性格も災いしてる」

「とかいいつつ離れた相手に必ず当てるのは大したもんじゃよ」

「そういう風に教わってきたからな」


 ドワーフとの会話を傍らに構えた、照準設定はそのままに狙う。

 さっきの1.5倍の距離感がそこにあった。

 『感覚』ステータスを生かして、頭一つと半分ほどに十字を持ち上げ。


*BAAAAM!*


 撃った。タカアキの「お見事」報告でヒット確定だ。

 反動も狙いの癖も少し馴染んだ。今度は近距離に設定して片手で構える。

 続いて五十メートル地点の黒塗りの標的、たぶんテュマーもどきか。


「あんな距離に当てやがったなあ。顔に大命中だおめでとう」

「そりゃどうも。なんだか気に入ってきたなこいつ、最初は無駄にでかくて重いだけだと思ったけど手に馴染む」


 さっきの距離感に比べれば照準のハードルも楽だ、撃鉄をたたき起こす。

 まっすぐ伸ばした腕で頭を捉えて――照準線が溶け込む瞬間に撃つ。

 斜め下からすくわれる感触に脇腹あたりが跳ねるが、スコープで確かめれば。


「……ストレンジャー、あんた今片手で当てやがったな。確かに頭に当てれば喜ばしいが、誰がここまでしろって言ったもんかな」

「わっはっは! やりおったぞこいつ! そうかそうか、わしらの武器なんざ片手間で十分か!」


 人間とドワーフの反応からヘッドショットだ、これで『メーデー』は封じた。

 次の標的に迷うもその半分、二十五メートルほどの相手が目に付き。


「爺さんたちの作り方がいいおかげだ。そこらの銃だったら手からすっとんでる」

「そりゃあ、その銃は部品を一つ一つ作った特別な品じゃからな。向こうの技術をわしらなりの意匠でアレンジした、またとない優れものよ」

「メルタいくらかかってるか聞かない方がいい?」

「わはは、出世払いでよいぞ?」

「また出世払いか、じゃあお言葉に甘えて」


 構え直すと同時にちょっと好奇心が働いてしまった。

 そのまま照準器の力を借りてもいいだろうけど、こいつの性能を信じるならこれくらいいけるはずだ。

 両手で保持しつつも斜めに構えて、銃身だけをそこへ感覚的に向けた――


*BAAAAM!*


 撃った、反動を飲み込む先、白い体躯の胸元にヒット。

 いつぞや教わった【クイックファイア】だ、これにはドワーフもいい髭面だ。


「どうだ? 一発も外さなかったぞ」

「んなもん扱えるのわしらぐらいしかおらんと思ったが、お前さんはよう当てるわ! よかろうヘキサミン、2000メルタ気前よくくれてやらあ!」

「こうもやすやす使いこなすと逆に気味が悪いぐらいだな、テュマーから北の大企業まであんたのことを恐れた理由が身に染みたぜ。ありがとよストレンジャー」


 爺さんもヘキサミンも大満足の結果らしい。今だけは得意げにしてやった。

 撃ちたがってるやつらに「気を付けろよ」と得物を押し付けると。


「で、ミコ。お前を連れてきた理由は分かるよな?」


 ぎこちなく弾を込め始める幼馴染から、ご一緒してる相棒に切り替えた。

 ミコを心配するエルだのセアリだのフランだのがセットのいわゆる『ミセリコルディア』フルメンバーだ。


「う、うん……わたしも銃が使えるかなって、今から確かめるんだよね?」

「確かミコは『ウェイストランド』のスキルがあると言っていたが、それで銃が撃てるかどうかというのを調べるそうだな。私としてはあんまり危ないことはしてほしくないんだが」

「ミコさんが銃を撃つなんて考えたことなかったですよセアリさん。何撃つんですか? マシンガンですか? ロケットランチャーですか?」

「うちのふわとろ系ヒロインが物騒なもの使っちゃうのかー……うちらのミコをどうするつもりなのさイチ君、銃火器系女子に染めちゃう気なんか?」

「お前らが俺のことどう思ってるか知らないけどな、別にフルアーマーミコを作ろうとしてるわけじゃないぞ。ただいい機会だしスキルが働くかどうか調べたいだけだ」

「フルアーマーミコ……!?」


 こんな面々になったのは何も難しい話じゃない、テストだ。

 転移の影響でミコのスキル画面に【小火器】だの【重火器】だのが付け足されてる今、こっちの世界の住人が銃を扱えるかどうか確認したいわけで。


「ご主人、ミコさま、持ってきたよ」


 さっそくニクが実験に使う道具をとてとて運んできてくれた。

 木製銃床から銃身まで素直なまっすぐさのある小銃だった。

 トリガ・ガード近くには22口径の弾倉が刺さってる。強さ控えめの弾だ。


「こいつは22口径のライフルだ。反動も少ないしこいつなら撃ちやすいだろうと思って、今朝タカアキの部屋から引っ張ってきたわけだけど……」


 何もミコに「今日からお前銃使え」と押し付けるわけじゃない。

 弾倉を抜いて弾をちゃこちゃこ詰めて、元に戻して溝に引っかかるチャージングハンドルを開放。

 これで発射準備完了、トリガを引けば弾切れまでのお付き合いだ。


「タケナカ先輩、ちょっと撃ってみてくれ」


 と、ミコに手渡す前にやることがある。タケナカ先輩に回した。

 ドワーフに連れ回された挙句に「どうぞ」と銃を勧められてげんなりだ。


「お前らの話じゃ然るべきスキルがないと撃てないって話だったな。【小火器】だの持っちゃいない俺が撃ったところで――」


 けれども意外だ、タケナカ先輩は割と様になった動きで銃を抱えた。

 そばで45-70のやかましい銃声が響く中、近い標的に狙いを置いたようだが。


*かちっ*


 やっぱり不発だ。「スキルがないとさ」と言いたげな顔の通りである。


「ご覧の有様だ、相変わらずスキルがどうこう出てくるだけだ」

「分かった、じゃあ次はお前らだ。良かったら試してくれ」


 それならと同行してきたミセリコルディアにも現代火器を試させる。

 ところがトカゲ系女子の手がおそるおそるにそれらしく構えたところで。


「……私も撃てんな。スキルがないと駄目なようだ」


 エルも銃の感触に戸惑いながらもそう口にしてる。

 念のためワーウルフにドラゴンな女子の手にまで22口径のそれが渡るも。


「撃てませんねえ……セアリさん正直ちょっと撃ってみたかったんですけどやっぱりだめですか、残念です」

「団長も撃てませーん、銃ってどんな感じなのか気になってたんだけどなー」


 全員駄目だ、やっぱりスキルの制限があるみたいだ。

 そんな様子を間近にしていたヘキサミンもドワーフも不思議そうなもので。


「そうだ、ずっと気になってたんだがどうなってるんだ? この世界にいるモンスターな姉ちゃんどもだとか、旅人の連中は銃が使えないみたいなんだが……」

「わしもタケナカだのそこらの奴だのに試し撃ちさせようとしたことあったんじゃけどね? なんだか撃てないのよみんな、どーいうこったこりゃ」

「そいつについてはいろいろ考えたよ、たぶんこいつが答えだ」


 けれどもその説明はこいつで片が付く。

 射撃場に不釣り合いな可愛らしいおっとり姿――ミコに渡った小銃がそうだ。


「ミコ、ちょっと構えてみてくれ」


 さっそく手近な場所に向けてみるように促した。

 距離にして二十五メートルの近距離用ターゲット、テュマーテイスト。


「こ、こうかな? これでいい……?」

 

 まあ、いきなり初めて持つ銃を「構えろ」なんて言われても困る話か。

 それなりの背丈がぎくしゃく得物を抱えて、そのままトリガを絞れば明後日の方向へ向かいそうな調子だ。


「大丈夫だ、リラックスしろ。肩へ引くようにゆったり持って、銃口を視線と人差し指を向ける感じで構えるんだ」

「う、うん……! き、緊張しちゃうなあ……?」

「俺だって緊張してる。正直なところお前にこういうの使わせたくないからな」

「うちはいいんすかイチ様ぁ」

「お前は……どうぞご自由に」

「じゃあこのでっかい銃撃つっすよ! 撃ってみたいっす~♡」

「撃つなら誰かに見てもらえ、頼んだタカアキ」

「気を付けろよロアベアちゃん、この銃マジできついぜ……なんてもん軽々使いこなしてんだよお前は」


 ロアベアがでっかい銃ではしゃぐのはさておき狙いを整えさせた。

 ミコの背中越しに肩から腕までを整えさせると、ひとまずは構えは正せたはず。


「よし。とりあえずこのまま撃ってみろ」

「……い、いくよ……?」


 狙いも一緒に定めつつ、相棒のトリガさばきを待つと――


*pam!*


 小口径の乾いた音が響いた。

 銃床から伝わる反動に身体がガチガチだが弾は問題なく出た。


「撃てちゃった……やっぱりウェイストランドから戻ってきた影響、なのかな?」

「ワーオ、おめでとうミコちゃん。ヘッドショットだ」

「へ、へっどしょっと……!?」


 タカアキが言うには脳天ぶち抜きのおまけつきだ。

 見ればテュマーほどのやつに小さな穴が空いてる。相棒は意外と上手らしい。

 そこへずばっとあの銃声。ダメイドの狙いが腹部にヒット、ミコの腕前に重なった。


「あー、お見事。ボスが見たら喜びそう――おい、横から撃つな行儀悪いぞ」

「この銃きついっすねえ……ミコ様ぁ、初ヘッドショットおめでとうっす」

「当たっちゃったんだ……そ、そういうつもりはなかったんだけど……?」

「……ミコが銃を撃った挙句、見事に標的に当ててるんだが。私は何を見せられてるんだ?」

「転移の影響で撃てるのは間違いなしですね。いや、セアリさんたちのリーダーがしれっとヘッドショットきめてるとか恐ろしいんですけど」

「実はミコってスナイパーだった? いいよ、そういう路線も団長嫌いじゃないよ」

「わたしもびっくりだよー……」


 ミコの仲間もびっくりするような結果だ。

 せっかくだしもっと撃つか? と伺えばちょっと乗り気になったみたいだ。

 ぎこちなく一つずつ狙って、ぱん、ぱん、と割と的確な感覚で当てていく。

 遅いっちゃ遅いが外しちゃいない――そうか、ボスと一緒に学んだ仲だよな。


「ワーオ、すっごい。一発も外してないぞお前」

「ん、全弾命中……! ミコさますごい」

「やるっすねえミコ様、流石ミセリコルディアの顔だけあるっす」

「よ、喜んでいいのかなこれって……!?」


 ニクとメイドの拍手もあって、けっきょく見事に撃ち切ったミコの腕前は相当なものだと証明されてしまった。


「なんとなくでそこまで扱えちまうのは流石ヒロインっていったところだが、こうして使えるってわけはそれなりの理由があるんだよな?」


 そんな割と恐ろしい射撃力はさておき、タケナカ先輩の疑問が続いた。

 こうしてヒロインが撃てるってことは、銃に纏わるこの問題には絶対に【スキル】が関わってる。


「どうもウェイストランドに転移した影響らしい。ミコとロアベアがこうして使えるのも向こうのスキルが足されたからだ」

「ま、要するにウェイストランドに足を踏み入れた奴の()()ってことだな。向こうの世界に行ったことがあるなら銃使用許可証が配られるようなもんさ――ちなみに俺は訳あり中の訳ありだからお気になさらず」


 タカアキの複雑な幼馴染事情からも説明が飛べばこれではっきりだ。

 ウェイストランドに行かない限りプレイヤーもヒロインも火薬の恩恵にあやかれないことが分かったが。


「なんじゃそれ、つまりせっかく銃だのなんだのあっても向こうに行ったやつしか使えんって話か?」

「そういうこと。俺たち旅人やヒロインが使えない理由はそれが原因だ」

「うーむ。実を言うとじゃな? わしらドワーフ族も似たような感じでな、あっちに行ったことのないような輩は銃とか使えんのよ。手榴弾とかもな」


 大口径の銃声混じりの中で爺さんがそんなことを言いだしたのだ。

 近代文明の強みにあやかれないやつの特徴がなんとなく分かってきた。


「ってことはなんだ、こっちのやつらも俺たちと同じ症状なのか?」

「そうだったんだ……もしかして、フランメリアの人達も同じなのかな……?」

「機械とかは普通に使えちゃうわけじゃがな? 銃だの車だの使わせようとすると何一つ動かんのよ、気味悪くて呪いかなんかかと思ったもんねわしら」

「俺も銃を使える奴が広まれば商売時かなと期待してたんだがな、どういうわけかそうもいかないやつがいっぱいなんだ。もちろんあれこれ爺さんどもと試したよ、でもあんたの言う通りさ」


 帰還組二人の反応は実に悩ましそうだ。

 ということは、ウェイストランドに両足を突っ込まないと近代兵器の恩恵にはあやかれないセーフティつきか。


「……俺としてはその方がいいと思うがな。ここにいる奴らが皆等しく銃だの砲だの扱えたらどうなっちまうよ? 今頃フランメリアは最悪の情勢を迎えてただろうよ」


 いや、だからこそタケナカ先輩の言う通りかもしれない。

 指先の匙加減次第で容易く死をもたらす得物が各地に散らばってる以上、うかつに使えない条件があって正解だ。


「現代火器が渡ったらろくでもないことしでかしそうなやつらが確かにいたしな。誰かさんにパンツ脱がされたかわいそうなやつらとか」

「お前だろうが馬鹿野郎。あんなやつらの手に銃だの渡っちまったら治安の崩壊とまでは言わねえが、大事件が起こっちまってもおかしくねえぞ」

「撃ち合いが日常茶飯事なフランメリアの出来上がりだったかもしれねーぜ、怖いねえ」

「今は気軽に使えないこの状態を喜んだ方がいいだろうな、うん」


 いつぞやクソ冒険者どもを相手にした幼馴染と先輩を交えた三人で、ろくでもない想像がこいも働くほどだ。

 調子に乗った馬鹿が軽はずみに拳銃を突きつける社会があったかもしれない。

 そうなるとこの【セーフティ】は正解だ。あってくれてありがとう謎の力よ。

 下手したらやばかったんじゃないか? とみんなでどんより考えていると。


「その通りっすねえ、お手軽に火力を振舞えたらご馳走する相手が欲しくなっちゃうっすもんね。あひひひっ♡」


 ぱん、ぱん、と5.7mmの銃声を響かせるメイドさんがおっかない物言いだ。

 大口径に飽きて自前の【NEO-LUGER】を使ってる、当たったら嫌な場所に命中。


「うん……わたしもこの仕様でよかったと思うよ。みんな向こうの武器とか使えちゃったら、この世界ぜったいめちゃくちゃになってたと思うし」

「物騒なものを扱える輩が限られてて正解だろうな……恐ろしい話だ」

「良かったですね、使えるのが良心のある人たちだけで……フランメリアが瞬く間に銃社会とかセアリさん嫌ですよ死んでしまいます」

「そういうのが出回ったらまず間違いなく便利さよりトラブルの方が先に浮かび上がるだろうしねー、どうかこのままのフランメリアでお願いします」


 ミセリコルディア四人揃ってこういうんだ、下手すりゃ俺のせいで文明の危機を迎えてたかもしれない。


「まあよくわからんが、こっちの世界の連中は何らかの理由で火薬のパワーにあやかれないんだな。そりゃ自分の仕事柄残念な話だが、向こうみたいに簡単に銃口が向いてこないだけでありがたいもんだ」

「俺も最初は射線を気にしないで済む暮らしに驚いてたな」

「ウェイストランドと違って安心して枕に頭を預けられるんだ、こっちに来てから毎日快眠さ。今朝だって早起きして朝のコーヒーを一杯だ、優雅だろ?」

「よく眠れてる顔してるな。こっちはたまに変な夢でたたき起こされてる」


 そんな複雑さにヘキサミンが深々頷いた。

 その仕草がクーラーボックスを漁ればいい感じに冷えた瓶を掴んだようだ。


「あれから移住した俺たちもそれなりに平和な暮らしを堪能してるんだ、こんな緑でいっぱいの世界に向こうの世界の流儀を押し付ける野暮な真似はしたかないさ。的当てゲームの景品をどうぞ、ストレンジャー」


 スティング・シティの頃よりずっと充実してそうなそいつが景品をくれた。

 その名もジンジャーエール、冷たい瓶のやつだ。

 あの時の弾薬商人は肌色も格好もフランメリアなりにきれいだけど、俺の好物はずっと忘れないらしい。


「頑張った甲斐があったな、2000メルタは何に使うんだ?」

「旅人どもが良く口にしてる『ワショク』ってやつを食ってみようと思ってな。なんでも幻のジャパンの食事らしいな?」

「もし箸が使えないなら店員さんに言うといいぞ、たいていの店はその点配慮してくれてる」

「ローマではローマ人のようにという言葉を知ってるか? じゃあフランメリアではフランメリア人のようにだ、こっちの暮らしを尊重するよ」


 俺もこいつもこの世界に慣れたみたいだな。瓶を開けて乾杯。

 きりっと喉に染みるような甘辛さ。射撃が上手で良かった理由の一つだ。

 これで的当てもそろそろお開き、というところで。


「ああ、そうじゃった。お前さんらに報告したいことがあったんじゃが……」


 ドワーフの爺さんからお知らせだ、どうしたんだと全員の顔が向かえば。


「例の地下空間の状態がよーやく分かったぞ、構造やら機能やら判明したからあとはわしらのお手のもんよ。残すはトンネルの奥を調査するだけじゃ」


 にかっと気分も良さそうにタブレットの画面を見せてきた。

 地下交通システムの小難しい図解が俺たちに分かりづらそうにしてる。


「じゃあよーやく探索か?」

「うむ、よーやくじゃな。そうするにあたって【アーロン地下交通システム】についていろいろ説明せんといかんからな。今から付き合ってくれんか?」


 どうやらやっとあの気がかりだった場所の勝手がわかったらしい。

 じゃあ行こう。他に「どうする」と様子を伺えば、みんな肯定的だ。


「待ってたよ。何が分かったんだ?」

「ずっと遠くにもう一つステーションがあるようでな、おそらく向こうに転移したブツがあるぞこりゃ。つまりクラングルに下から侵入できちゃうルートができちゃったことにもなるのう」

「あのデカい壁の防犯性能も俺のせいで台無しってことか」

「幸いなことに外いきのトンネルは南だけじゃよ。北に延びてるやつはレールも途切れて壁で塞がっとることが分かった、たぶん元から作りかけだったんじゃろうなあ」

「注意するのは南だけなのが幸いだな」

「ありゃテュマーおるぞ絶対、そろそろお主らに頼る時が来るだろうよ」

「そりゃいるだろうな、あんなのがいたわけだし……」

「やっぱりいるんですね、テュマー……」

「そのあたりが複雑でな。つながっとる先が相当危険かもしれんからわしらも慎重なもんじゃ」


 薬莢を片づけて【地下交通システム】へ案内されることにした。

 舗装された歩きやすさをぞろぞろ踏めば、ふとドワーフの小さな背が振り返り。


「あ、そうそう。もいっこ大事なお知らせもあるんじゃけどいいかの?」

「どしたん? 地下トンネルより深刻なやつがあったのか?」

「いやね、なんかわしら、あれから空中に手をやると変なもんが浮かんでな。ステータスだのスキルだの、なんか画面出てくるんじゃけどこれ何か分かるかの?」

「実は俺もなんだよな。こっちに来てからゲームのウィンドウみたいなやつが急に浮かぶようになってな、いろいろ数値は表記されてるわ人の、個人情報もプライバシー尊重せず書いてあるわで気味が悪くてしょうがないんだが、一体こりゃなんなんだ?」


 ……付き添いのウェイストランド人と一緒に、かなりとんでもない話が出てきた。

 ここ最近一番の驚きにスパイシーな炭酸飲料を吹き出してしまった。鼻から。


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