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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
魔法の姫とファンタジー世界暮らしの余所者たち
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今日もおはよう、フランメリア

 ――気づけば見知らぬ場所に放り出されていた。


 こつこつ硬い背中の感触に身体を起こせば、そこは広々とつくられた石造りの部屋だ。

 床から壁まで白っぽくつるつるした石材で続いていて、木なのかプラスチックなのか定かではない何かが列を作ってる。

 ドーム天井まで目が働けば、頭上の丸窓から緑のかかった明るい空があった。

 生暖かくて味気ない空気も鼻につくころには、すぐに理解が一つ及ぶ。


「……まさかニャルがお呼びか?」


 そう考えが過るも、ぼんやりするはずの意識が妙にはっきりしてた。

 だから最後に自分が何をしたかだってよく思い出せる。

 その日も一仕事終えてニクとシャワーを浴びて、後はぐっすりだったはず。

 身なりを確かめればカーゴパンツに黒いシャツ、就寝時の姿がそこにあるも。 


『……のものなみ、ぞるいがんげんに。だんげんに』


 ここが夢じゃないどこかだと気づいた後のことだ。

 明らかに誰かに向けられたような、ぐにょぐにょとした声がした。

 どうにか言葉遣いが感じられるそれに意識が向くと、本棚のごとく並ぶ何かの列から薄緑のかかった大きさが這ってきて。


『だんるいにんかょしとのれわれわがんげんにてしうど、だんな、だんな』

『ぞだんかょしとるないだいのすいはここ ?だんるいがんげんににしほのれわれわてしうどいたっい』

『んきでいかりかのるいにろことなんこてしうど ?かんじあじあてしらかろいのだは。だんげんに』


 ……それが三つ、六つ、九つと増えたあたりで俺は数えるのをやめた。

 理解できない言葉を発する化け物たちが、こっちを興味深そうにうじゃうじゃとやってくるからだ。


「……おい、ニャル……お前の仕業なのか分かるけど今回のメッセージ性は全然伝わらないぞ?」


 そいつらは緑か、見る角度によっては他の色彩になりそうな円錐体だった。

 上るにつれてどんどん絞られる円周は『首』のように伸びて、その根元の左右からよく伸びる腕が生えてる。

 一目でカニを連想させるような大きな爪も驚いたようにカチカチと開閉していた。

 その感情が分かってしまうのはたぶん、だいぶいびつなドレスのような姿から生える長い首のせいだろう。


『でかこどはとことおのこ、てま……』


 現に小さな頭と思しき何かが、何個もこびりついたレンズみたいな目で覗いているのだから。

 ノルベルト以上はあるサイズは束ねたトランペットを連想させる器官をくねらせつつ、全身をもって俺を物珍しそうにしていて。


『?かのいなはでつぶんじたいてっいのすいぬがれか』


 群れの"一匹"がこっちにずるずると歩んできた。

 鱗のような線の入った円錐形は振り向いた。不思議そうに仲間たちを見ている。


『……はえまなかした。かのもういとーたいえりくがれか、はとこういと』

『だとこのんげんにのあたしにのもんほをみかるなとそやれわれわ。かたっだ、やうゅしがか』

『るかわてしうど』

『るあうそはにたーでのしたわ。うろだりおどたしくこうほのすいぬ』


 赤いハサミを海の幸よろしくかたかたしながら、いや、そこから発した声らしき何かでコミュニケーションをとってる。

 恐らく知的生命体あたりであろうそいつらはレンズでこっちを見ながら、感情をこめてごちゃごちゃ言い合い。


『なんみ、かうろだきべうかつあうどをとすげのらかとそのこずえありと』

『うろだいなはでいざんそいいてれわらありなきい。かやうゅしがか、ゅしうぞうそのいかせのこ』

『がだのるあがいめつせなうょちいてごにどほいしただらは。なんみ、ろみをんばきせいかあのこ』


 更にその奥から、ハサミで何かを掴んだ一匹が割り込んでくる。

 石板だ。赤みのかかった石板のような何かをみんなに見せびらかしてた。

 挟んで次へ、また挟んで次へ、そうやって化け物たちが石板のリレーを繰り返し。


『……がるあと【♡りよぷてほとらるゃに、んとんこるよいはるないあんし ♡ねうらもてせかおとっょちにろことのんじすいちたみきをゅしうぞうそのらくぼ、らかるてしまひがちた"くゃきんか"』……になにな』

『ぷてほとらるゃに』

『はれか、かのたれまこりくおでうゆりたげかばなんそ……がだしなはいしろそおはのるくてしうょしんかにれわれわとすやすやうこ、えいはといなかきがうゆじ』

『てっおりさくめな、にのういとるてしうゅきんけにめたのくぞんそのゅしにしっひがれわれわ』


 絶対にいい感情はない感じでいくつもの円錐体がざわめきはじめる。

 そこに何があるんだろうか。赤い石板に悩ましそうにしてるのがどことなく分かる。


「あのー……何かお困りで?」


 いや、もしかしたら意思疎通できるかもしれない。

 そう思いつつ手を上げれば、向こうはぞろっとレンズめいた瞳を浴びせてくる。


『るいにこそがんにんほうょちたしだみうらかわんしののもりくつをでまいかせのこらかみがみか、かろおはすいれわれわ、うよしんにくか』

『がだのるてっかはをくょしっせてしうこがんにんほうょちのてべす。やうゅしがか』

『うろだいめうょしういとるくてしをさるわらたっかつあにげむ、はとこういとくおにここがぷてほとらるゃに』

『……かのもたしうど。んらかわかるこおがになばれすよんかにたへ、がだろこといたれいにてでれわれわをらがみのれかそっい』


 でもそいつらの「ごもごも」な声は明らかに迷ってる。

 レンズの向き、ハサミのリズム、横幅三メートルほどのドレスもどきの下半身がこっちによろしくない感情を示してる。

 困り。呆れ。悩み。総じて俺のことをひどく面倒くさそうにしてるような。


「ひょっとして俺に対して何か面倒くさそうな感情いだいてらっしゃる?」


 思った直後に尋ねるのがストレンジャーだ。身振りを大きくして尋ねた。

 すると人より大きな数々は気難しそうにハサミで頭部分をかき。


『ぞるいてみずらなかでかこどをすうよのこもにだいあるすうこ。うろだんるてしめたをれわれわでれか、だとこのらつやせうど』

『かるれいけうはずえありとでとこういととすげ、いながうょし』

『うよせさいにここでとこういとしなりたたにみかぬらわさ、だのいしなとおも"ぷりぽきしわまい"ばれいがれか』


 人間一人分を全員で見つめながら「しょうがない」といいたげな雰囲気だ。

 何言ってるかさっぱりだけど面倒くさそうにされてる気がするぞ。


「おい、お前ら誰だか知らんけどこれだけはいっとくぞ。ぐっすり寝てたらいつの間にかこんな変な場所に送られてたんだ、たぶんニャルのせいだな? そうだな? お前らあいつの友達かなんかか?」


 必死に現状も伝えてやれば、手近にいた円錐体の化け物が二匹見つめ合ったようで。


『だしぬちものいけんしなんど、はとるみろここをうつそしいかろこどいなじうどもてみをれわれわ』

『うろだいいてみとうょじいせ、だうのんはるあにたーでのしたわ。だやうゅしがかういのすいぬがれあ』

『ぞだうよるてっもおとかになかんじうゆのぷてほとらるゃにをれわれわ、にるすくそいすらかきごうのんしんぜやうょじうょひのあ』

『うろだいいもてしうつそしいはどいてるあとれか。んえをむやらかだのなうこがうょきうょじ、がだとっはごどなるすくょしっせとんげんにでちたかなうよのこ』


 その片方が渋々、といいたげにハサミをぶんぶん横に振ってきた。

 やっぱり通じてやがる。そうか、ニャルの友達じゃないってか。


「なんだ、友人じゃないのか……じゃねえよ、じゃあなんでそんなやつのところに送られてるんだよ馬鹿かあいつ」

『だうそんまふ、ないしらいたじぬせきよもてしとれか』

『うよせさもでくろきのいかせるいのれかしだくかっせ、だいかっやもてしちうほままのこ』

『まぐし、かきんほ』

『ぞるせかかをくろきにれか、だいかきいなとたまるとをたーでのうゅきちだんがゆ』


 で、二匹の片割れは何を思ったのやら。

 ハサミで話し合った末に、腕でくいくいと形を作ってみせた。

 周りも戸惑い混じりで進み始めて、まるでついてこいと訴えてるようだ。


「なんかしてほしいって感じの誘い方だな、どうした?」


 一応、ついていっていいかと首を小さく傾げてみた。

 すると向こうも首の動きも使って「YES」だ、大人しくついていくとしよう。


『はれかだんなのもにな。ないないてじうどもてしにていあをたがするなちみぬじうつもばとこ』

『いしらんかきがうのいやうほま。だうそだゅしうぞうそたれずらかいらみきべるあいらんほばれよにたーでのすいぬ』

『なだうそるなにろどろど、らなのもうよれふにいたくにたれさかうょきでうほま。かたっだ、りわとこおてべすはのもるれさぎいてとらかちなぎしふ』

『だとこいかぶみうょき。だんげんにのうつふはいがいれそばえいにくゃぎ』


 小高い姿を追いかければ、円錐の背が分からない言葉でやり取りを挟んでた。

 意味は読み取れないが後ろにいる誰かさんのことだろう。ハサミの手ぶりがそうだと明かしてる。


「お話し中に話を挟むのはルール違反だけど今はしょうがないよな? どこへつれてくつもりだ? 珍しいからって解剖はNGだぞ、それと注射もな」


 念のため確認すると、一瞬振り返った身体がハサミの動きでなだめてきた。

 というのもそのゴールが思ったより近かったからだ。

 棚のような構造が立ち並ぶその奥で、石でできた机が幾つも並んでた。

 そこで他の円錐体の化け物が立ち会っていて、ハサミで握った棒状を溶接機のごとくぱちぱちさせており。


『えまたれくてっの、なるぎすきおおはえくつのれわれわ』


 と、その光景の手前で一匹が両手をそっと差し出してきた。

 そこに足をかければ、ほんのり温かい血のめぐりを感じて。


「おっ……とっ……!」


 こいつらの巨体に相応しい特大サイズの机の上までご案内された。

 持ち上げられて下ろされれば、冷たい石の上に立つことになった。

 そこから振り向いて分かったが――ここはまるで図書館だ。

 この高さから見渡して分かるのは、『棚』にたくさんの石板が(ハサミで)取りやすそうに収まってる点だ。


『?かいなれくていかにここをいかせるいのみきがいるわでくそっさ、しよ』


 そしてもれなく、棚に収まってた石板が足元に運ばれた。

 人間をぺしゃんこにできそうなお堅くつるつるした板だ。

 こいつらの感覚からすれば紙か何かでも気軽に差し出したようにも見える。


「これどうしろって? 手形でも残せばいいのか?」


 しかし今の俺にどうにかできるものじゃないのは確かだ。

 けれどもハサミが「あれ」と横を示してくれば、少し遠くの様子が分かった。

 他の円錐体の化け物が、掴んだペンのような大きさを石板になぞらせていた。

 青い火花が立つのを見る限り、黙々と文字を書いてるような――そういうことか。


「もしかしてあんな風に何か書いてるのか? で、俺にもそうしろと?」

『……がだのいしほていかをとこのいかせるしのみきでれそ、だうそ』


 想像通りだ、便利なハサミが発する言葉は足元の持て余す大きさに「なんか書け」と催促してる。

 化け物サイズの紙に化け物サイズのペンで頑張れってことらしい、何を書けばいいのかはともかく無茶な注文だ。


『ぞたきてっくつでぎそいおおをでふのめたのれか』

『うろだるわたついたいだばれみをれこ、たきてっももルプンサにでいつ』


 しかし向こうはこう見えて準備がいいようだ。追加の二匹がすぐにきた。

 そして忙しそうな『手』が器用に何かを残していく。

 また別の石板が数枚立てかけられ、人の手でやっと握れそうな石の棒が置かれ。


『?かるめよ、がだうよたしくやんほでいそい。れくてみをれそ』


 ちょっとした石碑のごとく立った板を促された。

 振り向けば嫌でも分かるほどに見慣れた大文字が書き込まれており。


【"ニュー・イス"の調査によれば、我々は架空の神話から生み出された者にすぎないらしい。22世紀初頭、AIによる技術的特異点を迎えるきっかけとなった人間が地球に終焉を迎えさせたことがその起因である。自我をもった予備人工知能が「データを実現する機能」にその神話をかけたことから我々の歴史が始まっていたのだ。我々の敵たるポリプや恐ろしき支配者たちすらも一冊の作り物の神話から生まれた真実ということだ。我々が分かっていることは、加賀祝夜という人間が消滅すれば最後、世界は真なる姿を取り戻し滅亡への道のりを辿るだけである。我々イスはいずれきたる日に備え、種の存続のため神々やポリプどもに対抗する術を探らねばならない――ウプシロン・イス】

【以前から続く這い寄る混沌の接触はまるで我々を挑発するようなものだが、デルタ・イスがその件についていくつか考察したようだ。その中で有力なのは、あくまで奴は観客として宇宙の全てを観察したいだけであるというものだ。ニュー・イスが我々に答えた世界の実情も絡めるに、奴の手枷足枷となる存在がなんらかの理由でこの宇宙から外れれば――たぶん、すべての神々が一斉に解き放たれ瞬く間に終わるだろう】

【我々が時間を渡れる時が先か、神がまごうの檻から放たれる刻が先か】

【2030年の日本の経済状況について。人工知能が世に広まってからというものの、何より市場へ与える影響で目立っていたのは相次ぐ代用食品の登場による一次産業への――】

【不慮の事故で生まれたというもう一つの世界、これを『砂糖漬けされた世界(取り返しのつかないもの)』と名付けるが、膨大なエネルギーによる地上の破壊、気候変動に伴う重度の干ばつ、疫病や化学的なエラーによる汚染、社会システム停止が引き起こす秩序の崩壊、高度な機械の数々が制御不能となり、人類の大部分を損ねたとされる。その名も『ウェイストランド』だそうだ】

【チーカマ・ヤミー!!!(ちーかまいえー!!)】

【――と、適当に君の興味をひきそうな記録を引っ張り出してきたが、ご覧の通り我々はこの石板に知りえる情報を書き込んでいる。君と必要以上に接触することは種の取り決めで禁じられてるゆえ、客人扱いはできないものでな。お手数をおかけするが知りえる知識をなんだっていいから記録してくれないかね?】


 などと、脳裏のどこかに触れる数々が日本語で表記されてた。

 もしかしてニャルの言ってた、実現してしまった『神話』に出てくる方々なんだろうか?

 読み取れるのは向こうが俺をご存じであることと、情報を刻まれた石板が棚のようなものに集められてるということだ。


『がだのいしほてしくろきらかいいもでんな、のもたっわそお、のもたしんけいけ、のもたきてみのみき』


 最後におそらく丁重な説明をしたのち、俺の握ったペンを石板まで誘ってきた。

 あくまでそれ以上は関せず、といった態度だ。

 伸びる腕を辿った先にある円錐体の距離感がその証拠だ。


「いきなり連れてこられて「お手数おかけします」か。好きなこと書いてくれって態度は気に入ったけど、エイリアン語はかけないぞ?」

『けおでごんほに』

「ああうん、よくわからんけどお好きなようにってか」


 石板に浮かんだ日本語の通り、手持ちにある言語でどうぞといいたげだ。

 なのでぎゅっと握った石の得物で石板をなぞった――ぢりぢりと小さなスパークが生じて、青色が刻まれていく。


「……とりあえず今までの一生でもここに書き留めておこうか?」


 まずは「就活失敗男になるまで」を書いてやろうとしたが、向こうはじっと成り行きを見守るだけだ。

 説明に甘えて、見守られつつ思い思いに書くことにした。

 いい思い出が全然ない幼少期から戦車ぶち壊しマンになるまでの記憶。うまかったものリスト。パンの焼き方。ミコが怖いこと。色々だ。

 ぢりぢり書いてるとけっこう楽しいもので、自然に筆も進んでしまい。


*2000 YEARS LATER...<LIE>*


 大きな石板数枚分に「こまごまあれこれ」と書いてようやく一息だ。

 『殺して良かった奴リスト』まで仕上げれば、円錐とハサミが特徴的な種族は人様の出来栄えをじろじろ眺めて。


『ないなたきじも、みき』

『……かのういとゅしうぞうそのいかせ、やい、のれわれわがつやなんこ』

『?だんたっいにきがこどのついこいたっいはつやのすいぬ』


 ……複眼さながらのレンズらしい目が訝しむように凝視してた。

 使う言葉は変わらず謎だが、信じがたいように近づけたり遠ざけたりする仕草がなんか腹立たしい。


「なあ、なんかお前らに馬鹿にされてる気がするけど俺の勘違いだと思うか?」


 一応、感想も聞き出す意味合いで聞いてみた。

 数匹は人の力作を見るなり長い首も傾げたりして、石板を囲んだまま悩ましく。


『がだんるなにんあふはーたいえりくなうそかばなんこ』

『ぞるれかづき、っし』

『ならかるまこはてれさいかりにきてくかんか、がうろだいなきでいかりかるいてっいをにながれわれわせうど』


 まるで取り繕うかのように(わざとらしく)数枚をこっちに掲げると、誰かが大切に運んでいった。

 俺の書いた思い出はどこかに保管されるんだろうか。

 知識的にも歴史的にも果たして価値があるかどうか今は分からないが。


『ないたきおてめかしたかのるあがきしちるすいたに「わんし」けだれどまい、がうろだいないがちまはのういとだーたいえりくがれかしかし』

『うよみてせみ、だずはたっあががいかたいがえにともをたーでたれくてしうょきいてのすいぬ……なだうそ』


 少なくともこのストレンジャーは好奇心を見出すだけの値打ちはあるらしい。

 さっきからずっと絡んでくる二匹は『本棚』から何枚か持ってくると、机の上にどんとその重みを足して。


『だすごょし、あぐぅとく、すらぐにぶゅし、ーたすは、ふるぅとく ?かるあはのもるあのえぼおみでかなのこはみき』


 石板上で割と細かく描かれた――人間とは縁が程遠そうな異形を見せられた。

 とにかく巨大なタコみたいな顔に蝙蝠の翼を生やしたずんぐりした何か。

 山羊の足を幾つかに、枝をぬるりと立てた太い木のような身体に幾つも開く口。

 触手をどろっと足元に広げる、ローブを深くかぶった人間らしき誰か。

 燃え盛る太陽を思わせる生き物に、黒くうごめくぶにょぶにょ……ぶにょぶにょ!?


「あっ! ぶにょぶにょだこれ!!」


 意図は分からないが、知った姿を指に「知ってます表明」をした。

 たぶんこいつはぶにょぶにょだ、ケヒト爺さんが連れ回してたやつに似てる。


「こいつを知ってるってことはまさかぶにょぶにょの知り合いか!?」


 もっと気持ちを伝えるべく、俺はぶにょぶにょにひしっと抱き着いた。

 しかし反応は微妙だった。人にハサミを向けたまま困ったように見合ってる。


『だのなうそしれうてみをすごょしはれかぜな』

『がだんないぱんしかのるいにここでまつい、だんるすうどはれか』

『うろだすえかにきじ、だざわしのんとんこるよいはくらそお』

『かいなゃじんいいしるてしくしなとおにぎちり、あま』

『ぞだうょりしのちたしたわはれそ。いさなれなはらかんばきせのそ、らこ』


 勝手に納得したようだ、石板を戻しにいってしまった。

 描かれたぶにょぶにょも『本棚』に戻されるあたり用は済んだって感じか。

 すると俺と同じくして取り残された一匹が人の顔をじろじろと見てくる。


「もういいのか? 用ないなら帰っていい?」

『はみきだんなんな……かういとるあのめゃち、かういとるてっわすがもき、かういとげしたし、かういといしれなれなとんぶいずにていあれわれわ』

「よくわからないけどぶにょぶにょの知り合いなんだな?」

『かいないてしいがちんかかになをれわれわはみき』

「もっと話したいけど明日もパン屋の仕事なんだ。また会おう」

『ついこだのなしうょちないたみるくたまでんな』


 向こうはきっと別れを惜しんでるんだろう、見下ろす頭がそう訴えてた。

 このそこはかとなくカニっぽいやつらともっと話してみよう、と思った矢先だ。

 いきなり足元から白い光が立った。

 人間の大きさに相応しい眩さが、この不思議な図書館を遮っていく。


「……これでお別れだな、ぶにょぶにょの友達」

『れくでいなこうばれきで、やい』

「そう言うな、また会えるさ」


 感覚的に『お別れ』がきたんだと分かった。

 距離をそっと置く未知なる生物に手を振れば、直後にその姿ごと風景が代わる。


 ぼふっ。


 バランスを失った身体が良く知るベッドの柔らかさを感じた。

 いつものとかわらぬヴァルム亭の自室だった。

 カーテンから垣間見えるかすかな明るさがまさしくそれだ。


「……ん……ご主人……?」


 寝床の揺れにちょうど真横にいたわん娘がお目覚めのようだ。

 はだけたパジャマから白肌を覗かせて、眠りかけの顔が「?」を浮かべてる。


「あー……ただいま、起こして悪かった」

「……どこかいってたの? 気づかなかった」

「ちょっと異文化交流」


 ベッドに備えた現代的な目覚まし時計が午前四時を示してるあたり、迷惑な起こし方をしてしまったらしい。

 謝意を込めて撫でてやると、眉を心地よさそうにしながらまたお休みだ。


「ニャルのやつめ。いったいなんだったんだ、あれ……」


 誰かにそう聞いても答えるわけがないか。

 はっきりしてるのは、あのデカくて円錐の化け物たちも未来の俺が絡んだ何かってことだ。

 いったい加賀祝夜のやらかしはどこまで広がってるのやら――そう考えてるうちに、俺もまた眠りについた。


「……まあいいか。パン屋の方がよっぽど大事だ、またおやすみ」


 その前にちょっとだけ首を確かめた。

 シートがちゃんとある。銅よりも強く輝く『ブロンズ』の誇らしい明るさだ。


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[一言] 外なる神に触らぬ神に祟りなしって言われてるイチくん面白すぎん?
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