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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
剣と魔法の世界のストレンジャー
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79 近づくストレンジャーズ


「昨日は大変だったね! いちくん連れて行って良かったなー……えへへ♡」


 冒険者栄える集会所の空気に、馴れ馴れしい姿&声色が混じった。

 ソファ座りの人の膝を椅子とみなした誰かさん由来の甘ったるい声だ。

 振り向く顔が緩んだ口元とつやつや二倍の肌を見せつけながら、明るい金髪と黒い二本角をこっちにぐりぐりしてる。


「……ん、でも楽しかった。みんなおつかれさま」

「ニクちゃんもお疲れ様! シズクおかーさんがね、手を貸してくれてありがとうって言ってたよ!」


 隣でべっっっったりしながらダウナーに振舞う愛犬もいた。

 ぐいぐいくっついて普段よりしっとりきれいなわんこの毛並みをアピールしており。


「一人8000メルタも貰っちゃった! またみんなでやろうねー♡」

「報酬もいっぱい貰っておねえちゃん幸せ! またいちくんと一緒に行きたいなー♡」

「楽しかったねー♡ これからもよろしくね、にーちゃん……♡」


 後ろからピナの軽さが圧し掛かってた――知ってるか? ハーピー一体分の重さはハーピー一体分だ!

 背中にしがみつき、肩に顎を乗せる馴れ馴れしさがくすぐったい熱いやかましいと今日も元気で。


「けっこういい臨時収入になりましたね……もしやあにさまは報酬額アップのバフでもついてるんですか? でしたらまたコノハたちに付き合ってもらいましょうか、これで九尾院のお財布事情が分厚くなりますね」

「じゃあにーちゃん九尾院に入れるのどうかなー? シズクおかーさんも喜ぶと思うよ?」

「そんなことしたらあにさまめちゃくちゃ浮きますよ。でもまあいたらいたでとても頼もしいですね、シズクかあさまの母性テロ被害もだいぶ分散できるのでは……」


 じゃあ左はどうだと見てみればソファにゆったり気だるげなコノハが一匹。

 しかしその実、だいぶこっちに傾いいたまましきりに頬をもちもち当ててきて。


「……わたくしたちとの相性も、とってもよろしかったですね。あなたさまがよろしければ、またよろしくお願いいたします……ふふふ……♡」

「それよりツキミねえさま、コノハの隣であにさまのことガン見しないでください。目で人殺せそうですよちょっと怖いです」

「そのようなことはございません……ただこうして、九尾院のみなさまと仲睦まじいお姿をこの胸に刻んでいるだけですので……」


 そんな狸系ロリをワンクッションに、白い兎耳も元気にみょいっと立ってた。

 一見慎ましやかだけど、緩んだ口元とガン見する赤い目に意味を深くされてる。

 左右に身じろごうが、前にゆこうが後ろにひこうが、立つことも許されない状況だ。


「どうしてこうなったん……?」

「むっ、どうしたのいちくん? 大丈夫? おねえちゃんこねこねする?」

「パン屋の奥さんから「いい人間になりたかったら駄々と屁理屈はこねるな、こねていいのはパン生地だけだ」って教わってるから遠慮する」

「おねえちゃんならセーフだよ! ぞんぶんにどうぞ!」

「お前パン生地だったんか……?」


 やけに肌色のいいロリどもの密度の中、俺は身動きが取れないでいた。

 馴れ馴れしさが最大強化された九尾院の連中が今朝からずっとこうである。


『あれ、九尾院の奴らだよな……』

『なんであの子たちに挟まれてるんだイチさん』

『パン屋のおにーさん虚無みたいな顔してるよ、どうしたんだろう』

『今度は何があったんでしょうか、あの人……』


 ラブホで何があったかなんて拷問でもされない限り話すつもりもないが、みっちり集まるちっちゃさはさぞ目立つだろう。


「あー、イチ? 先日料理ギルドから依頼を受けたそうだが……」


 ストレンジャーあらため九尾院のたまり場へタケナカ先輩が声をかけにきた。

 膝上のキャロルにできれば席を外してほしそうな顔だが、梃子でも動かぬ姿勢に諦めがついたようだ。


「はい」

「はいじゃなくてだな……というかお前、少し見ない間に一体どうしたんだ? えらくそいつらに気に入られてるみたいだが」

「あ、タケナカのおじさん! どうしたの? おとうとくんに何かご用かな?」

「おじさんちょっとそいつに用があってな。いや大した話じゃないんだが……」

「生きててごめんなさい」

「いやどうしたいきなり深刻な謝り方して!?」

「これ以上聞いたら入院中の白き教え子たちに今からお見舞いしてくる。俺はマジだぞタケナカ先輩」

「本当に何があったんだお前!? 無理に聞かないから落ち着こうな!?」


 ロリまみれについてはいったん保留したみたいだ、俺の目の前で指先が「あそこだ」とどこかに向いた。


「ギルマスから聞いたぞ。作物研究所で妙な生き物が歩き回ってて、そいつの原因が先日誰かさんのぶちのめしたカルトどもだったとかいう話だ」

「ああ、おかげで迷惑だったよ。ちなみに昨日の依頼についてはどこまで知ってる?」

「庭園で何かぶっ飛ばして解決したところまではな。歩く可燃物が流出せずに済んで、市もお前らの活躍に安心してるみたいだぞ」

「やったねいちくん、おねえちゃんたちでクラングルの平和を守っちゃったみたいだね?」

「ついでにあのクソカルトどもの悪行もまた一つ知らしめてやったぞ」

「それでまあ、料理ギルドのマスターとやらもえらく感謝してるみたいなんだが……」


 次第にだが、坊主頭に微妙なものが浮かんできた。

 段々と狙いが定まる親指をみんなで追いかければ、困った先輩の後ろで――


『さあ、これをどうぞ。クラングルで頑張る若き冒険者に私からのささやかな贈り物ですわ』 

『あ、あの……なんですかこれ……?』

『じゃがいものプランターですわ! 大事に育ててね!』

『じゃがいも……!? いや、俺にこんなもの渡されても困るんですけど!?』

『乾いたらお水をあげるぐらいで大丈夫ですわよ! 無事お芋が実ったらちゃんと収穫してあげてくださいね?』

『ええ……。ハナコ、これどうしよう……?』

『あの、いきなり私たちにこんなもの渡してこないでください。勝手にここでじゃがいも育てたら怒られますよ……?』

『ちゃんとここのギルマスから許可はいただいておりますからセーフ!』


 おっきなプランターを預けられる地味顔冒険者が実にちょうどよく重なった。

 ホンダとハナコがとんがり帽子と銀髪のロリに絡まれてる――気のせいであってほしいけどリム様がいる。


「あっ、リムちゃんいるよ! 昨日ぶりだね!」

「ちょっと待ってくださいなんで料理ギルドマスターが冒険者ギルドに押し掛けてませんか!? しかもじゃがいも押し付けてるんですけどあの人!?」


 たった今気のせい路線は消えた。ピナとコノハにもあの奇行がよく見えてる。

 あたかも当然に居座ってる料理ギルドのお偉いさんがこうも認識できてしまうと。


「タケナカ先輩、その感謝してるやつが向こうにいないか?」

「俺には勝手に芋のプランター置いてる変なガキが見える」

「じゃあリム様だな。なんでいやがるんだあの人」

「暇なのか知らんけどな、いきなりとことこやってきて居座り始めてるからうちのギルマスが困ってる。これがお前を尋ねた理由の一つだ」

「どうにかしろっていう頼みなら無理だ、俺でさえどうにもできないぞあれ」

「お前がそう言うならそうなんだろうな。よそのギルマスが遊びに来るとかここは一体どうなってやがるんだ?」


 けっきょく「あれ」をどうにかしてくれと言わんばかりの顔だった。

 そこらじゅうに触れ回る自由度を見て、タケナカ先輩もついに諦めたようだ。


「あれはさておき、なんか他にも話したいことがありそうだな」

「ああ、この前話した他ギルドからの支援については覚えてるか?」

「あそこに今日も入り浸ってるミナミさんと、ここを作業スペースと勘違いしてるオートマタな奴がそうだろ?」

「つまり覚えてるな。実は昨日、また他のギルドから支援の申し出があってな」


 微妙な顔続きのまま、ここの居心地の良さに浸かった顔ぶれを数えてみた。

 目でついていけばすっかり集会所に馴染んだものがある。

 冒険者にボードを交えて矢の作り方を説明する狩人のおっさん、焼き菓子らしき何かを周りに振舞うオートマタなヒロイン。

 支援というよりは俺たちとただ交流してるだけに見える。


「あんな感じでここの個性を豊かにしてくれるのか?」

「残念だがそうなりそうだ。そのギルドってのは錬金術師のやつらでな」

「あいつらかよ……」

「あいつらなんだよ……」


 向かい側の坊主頭がもっと悩ましい理由が判明した。

 ゴーレム暴走事件に錬金術師の館事件と二度にわたる不名誉な実績が付属してる、かの『錬金術師ギルド』だ。


「錬金術師ギルドって……クラングルにゴーレムを逃したりした、あの悪い人たち……?」

「ボクやキャロルねーちゃん、その人たちのせいで危ない目にあったよね……」

「九尾院と何かと縁がありますよね、悪い意味で。コノハ的に正直いいイメージがないんですけど、大丈夫なんですかタケナカさん」

「わたくしたちとあまりよからぬご縁があるところでございますね……。ピナさまやキャロル姉さまが危険な目にあわれましたから……」


 ここにこうしてあんまりいい印象を抱いてないロリが揃っていれば、タケナカ先輩も「だよなあ」な頷き方だ。


「お前たちの心配はごもっともだ。かくいう俺も一体何しに来やがるんだって心配なんだが、向こうはちゃんとした理由をご持参してくるみたいでな」

「理由だって? どんなんだ? お騒がせしたお詫びですとかいったら怒るぞ」

「その通りなんだよ。向こうが「うちの優秀なやつを送って皆さまにお力添えしますよ」ってメンバーを派遣したそうだ」

「まさにこの前のお詫びに?」

「まさにだ。さぞ印象悪いってのにこうもするんだ、お騒がせして後ろめたいってのは感じるが……本質的な狙いはそこじゃねえだろうな」

「じゃあ「迷惑かけてごめんなさい」はおまけで、ここの賑やかさに価値を見出したような類か」

「わたしひどい目にあったんですけどー……」

「ボクもひどい目にあったんですけどー……」


 あの人騒がせな錬金術師ギルドめ、二度も世間を騒がしておきながら俺たちに関わりにくるのか。

 特にひどい目にあった背後のピナと、膝上の小さい姉と一緒にずももも……と嫌な雰囲気をこれ見よがしに立てるも。


「それがなあ……その派遣されたやつってのが、自分から志願したような変わり者らしい。本人たちの強い希望もあって、歯車仕掛けの都市からわざわざここクラングルにやって来るって話だ」


 話してくれたご本人はそんな「変わり者」が気になってるようだ。

 俺だってたった今気がかりだ、ここに自分から来るなんてどんな顔のやつだ。


「お騒がせしたところに堂々とやってくるなんて変わったやつだな。どんな物好きなんだ? それともマゾ?」

「詳しくは知らんがな、腕の立つ護衛を連れた錬金術師ギルド期待の新人らしいぞ。だったらお前と気が合うんじゃないか?」

「そいつのどこに気を合わせばいいのか教えてくれ。俺からはやばそうな場所から送られてくるやばそうな奴ぐらいしかイメージ浮かばないぞ」

「じゃあ大丈夫だな、やばい奴には同等のものをぶつけるに限る」

「ああそういうこと、信用してくれてどうもありがとうこの先輩」


 そして誰かさんはその物好き極まりない奴にあてがうに都合が良さそうだ。

 「その時はわんこもいるぞ」と隣のニクを撫でてやると。


「……い、いちクン……? ヒロインの子たちがいっぱい集まってるけど、何があったの……?」

「おー、なんかロリどもいっぱいっすねえ。何してるんすかイチ様ぁ」 


 急に背後から二人分の声が伝わってきた。

 おっとり声とによっとした調子に気を取られると、そこにミコとロアベアだ。

 すっかり定着したうさぎパーカーと見慣れたメイド服の組み合わせは、なんというかこの場で見るには珍しいのだが。


「あ、どうもこんにちは……」

「あっミセリコルデのミコさん……と知らないメイドさん! こんにちは、この子のおねえちゃんのキャロルだよ!」

「お、お姉ちゃん……? いちクン、アレク君みたいになってるよ……」

「どうもっす~♡ うちはリーゼル様のとこで働いてるメイドのロアベアっすよ」


 膝上の金髪サキュバスと一緒に(気まずく)ご挨拶した。

 それだけならまあいいだろう。仲良しな姉と弟という体で映ってるかもしれない。


「ん、ミコさまにロアベアさまだ。二人が一緒なの、久々かも」

「ミセリコルデのおねーさんだ! メイドさんもこんにちは! ピナだよ!」

「あのクランのマスターさんですか。それにメイドさんも……あにさま、ずいぶん顔が広いんですね? シノビのコノハです、お見知りおきを」

「こんにちは……わたくしは九尾院所属のツキミと申します。よろしくお願いいたします」

「ちっちゃいヒロインが揃うと可愛らしいっすね~♡ ていうか見事に女の子はべらせてるっすねえイチ様ぁ、なんすかこれ」


 メイドの言う通りにみっちりな九尾院のロリどもがいるわけだ。

 きっと妙な距離感に気づいたんだろう。ミコがじーっとこっちを見てる。

 いや、周囲の艶色の良さに段々感づいてるような気がする。


「昨日こいつらと一緒に料理ギルドからの依頼を片づけた。リム様から聞かなかった?」

「あ、この子たちがそうなんすね。油でぬるぬるになりながらも迅速に対処してくれたってリム様大喜びっすよ」

「もう少しでクラングルを自走する可燃物が練り歩いてたところだったぞ」

「イチ様っていつも変なのと巡り合うんすねえ。ところでそっちの和風ボレアス様みたいな方はどちらさまっすか」

「ボレアスの奴じゃないぞ、タケナカ先輩だ」


 訝しむミコの視線を受けながらだが、俺はロアベアの好奇心にタケナカ先輩までを案内した。

 言われてみれば確かにブルヘッドあたりで共にしたスカベンジャーが重なるが、あくまで髪型だけだ。


「誰と勘違いしてるか知らんが俺はタケナカだ。お前は確か……あの妙な地下で見たリーゼル様お付きのメイド系ヒロインか?」

「そっすねえ、今日はリム様の護衛兼私用で来たんすよ。ほらほらー」


 そんな()()()()()()()もそばにいる中、急にメイドが胸元からじゃらっと何かを取り出す。

 ぶら下がった『タグ』――じゃなく、それに割と似ている首飾りだ。

 新米の等級を示す黄色い宝石付きの『シート』だった。

 ということは、まさかこいつも冒険者になったのか?


「……おいロアベア、それってシートだよな?」

「ロアベアさま、まさかぼくたちと同じ冒険者になったの?」


 俺たちも『カッパー』等級を持ち上げれば、ロアベアはニヨっと得意げで。


「この度リーゼル様からの命で、イチ様たちのお力になるようにと今日から冒険者になったっす~♡」

「お前が? メイドなのに?」

「どっちかっていうとイチ様たちのご様子を間近に報告する目的が強いっすねえ。これでメイド兼冒険者っすようち」

「マジかよ……あとプレッパーズも忘れるなよ」

「そうだったっす! じゃあメイド兼プレッパーズ兼冒険者っすね!」


 まさか、が大当たりだ。こいつも同業者になってしまった。

 いきなりのメイド兼プレッパーズ兼冒険者から隣に立つミコを見れば。


「わたしもびっくりしちゃったよ……。ここに来たらロアベアさんがいて、ちょうど手続きを終えてきたところだったんだ」

「これでミコ様たちの後輩っすねえ」

「で、でもいいのかな……? リーゼル様のところで働いてるのに、冒険者になっちゃうなんて大丈夫なの……?」

「リーゼル様が「どうせお主いつも暇じゃろ行ってこんか」って命じてきたっす。これからはメイド業の傍ら冒険者ロアベアとして名を馳せていくっすよ」

「そんな理由で!? いいの本当に!?」


 リーゼル様に雑に許可されてここまで来たみたいだ。

 とうとうメイドと冒険者を兼ねる存在にタケナカ先輩が「また変なの増えてるぞ」と言いたげだが。


「――これで私がお出かけするときも安心ですわね!」

「それとリム様の面倒見ろとかも言われてるっすよ、あとでお買い物付き合ってくるっす」

「ロアベアちゃんがいるといろいろ助かりますわ! 後でおやつおごってあげますわね、新しいお菓子のお店ができてて気になってましたの!」

「よっしゃ~」


 なんかリム様も入り込んできて密度が増えた。


「……イチ、どうしてここに料理ギルドマスターに加えてメイドがいやがるんだ? お前か? お前が招いたのか?」

「否定できません」

「最近思うんだが、お前は毎日毎日奇妙なもんを招いてる気がしてたまらないぞ。良くも悪くもな」

「半年以上前からこうだからもうあきらめてくれ。ちなみにこいつは一緒にウェイストランドを旅した仲間だ」

「イチ様は元々こうなんで仕方ないっすよタケナカ様ぁ」

「くそっ、これからもまだ増えるみたいに言いやがってお前らは。皮肉で言うが今度は何連れてくるのか楽しみになってきたぞ」


 さすがの俺の先輩も増えた情報量にとても悩ましい様子だ。

 どんどん色が濃くなってく集会所の行きつく先なんて誰にも分からないが。


「リムちゃんだ! また会えて嬉しいな!」

「まあ、またお会いしましたわねキャロルちゃん! しばらくここに入り浸りますからご心配なく!」


 リム様は昨日ぶりのキャロルに親し気に歩いていった――いやまて入り浸るってなんだお前。 


「おいこれからもお邪魔するみたいにいい出したぞこの芋」

「待ってりむサマ!? ここ冒険者ギルドだからね!?」

「ん、ここにくればいつでもリムさまにあえるんだ。嬉しいかも」

「確かにうちらが集まるにはちょうどいいっすねえ、あひひひっ♡」

「うちのギルマスが頭抱える理由が分かったかお前ら。こうして侵食されてるんだぞ料理ギルドに」

「あら、侵食だなんて失礼ですわねあなた! じゃがいものプランターを置いただけですわ!」


 きっと部屋の隅っこにある生育途中のじゃがいもは「これからお邪魔します」という証拠なんだろう。

 もしくは「迷惑料」か。既にミナミさんが律儀にじょうろで潤いを与えてる。

 こうして芋の根が回ってるし、料理ギルドに支配される日もそう遠くないはずだ。


「リムちゃんといつでも会えるんだ! またボクたちと一緒にパフェ食べようねー♡」


 ところがだ、それより深刻な発言がピナの口から元気に出てきた。

 パフェ――そんな何気ない一言が出てくれば途端にミコが「パフェ?」と真顔だ。

 ロアベアも「あっ」みたいに感づいてる。まずい、もう真相一歩手前だ。


「うふふ……ピナちゃんもあのお店が気に入っちゃいましたのね♡ あんないいお宿があるなんて料理ギルドも安泰ですのー♡ オーナーのレイゼイちゃんも皆さまのおかげでおいしい果物が安定して手に入るって喜んでおられましたわ~♡」


 いやたった今真相投げ込まれた! リム様の馬鹿野郎!!

 すると『シュガリ』に心当たりがあるミコがこっちを見てきた。真顔のまま。


「もしかしてラブホいったんすかイチ様ぁ」

「……ん!?」


 思わず目をそらせば――ロアベアァァァァァァァッァァ!

 どこにオブラートに包まず言う馬鹿がいるんだこのダメイド!

 恐らくこの世界で最も威力のある爆弾を投下したその直後、集会所の空気がしんっ……と静まり。


『……ラブホ?』

『ラブ……えっ?』

『今なんて……ん゛ん゛!?』

『絶対ここで聞かないような言葉を今耳にしたんですけど……!?』


 妙に目立つ集まりが災いして、視線がめっちゃこっちにきた。

 タケナカ先輩は情報過多で「!?」だし、遠くでサイトウが地下スーパー産のコーラを「ぶふっ!」と噴き出してるし、運悪く近くにいた軍曹がこの世の心理を知った猫みたいな顔だ。

 負の三連コンボにおそるおそるミコを伺えば、にっっこり♡と静かな笑顔で。


「あっ油でぬるぬるだったのでお風呂を貸して頂いただけですからね!? かっ勘違いなさらず!?」


 いや流石にコノハが咄嗟にフォローしてくれた! 逆効果な気もするけどな!

 どうであれラブホ行きが裏付けられた瞬間でもあった。

 でもミコが笑顔のままかくっと首をかしげてる――怖い。


「わたくしたちの依頼先の近辺に『ポテトフィリド』の被害を受けられたところがございまして、油まみれなのを見かねたそちらのオーナー様のご厚意でお風呂をお借りいただいたのです……」


 ナイスだツキミ! 穏やかな言葉遣いが情報を補ってくれた。

 丁重な説明に周囲も「なんだ」とほっとしてるようだが、どちらにせよこのメンバーで世話になったことは紛れもない事実だろう。

 つまりごめんミコだ。どう許してもらおう。


「ん……お風呂気持ちよかった」

「すごく楽しかったねー♡ メイドさんの格好させてもらったりしたよ!」

「パフェも美味しかったね! みんなで着替えて楽しかったなー♡」


 ニクのダウナーな物言いも、キャロルとピナの無邪気な説明も混じれば『シュガリ』の全体図がみんなの頭に浮かぶはずだ。

 そしてストレンジャーがロリども連れて行ったってこともな。

 するとミコが笑顔で近づいてきた。ニクが耳も尻尾もびくっと立てるほどに。


「シュガリは素晴らしいところでしたわ~♡ さすがは私の料理ギルドメンバーが経営してるお店ですの! 今度ミコちゃんもイっちゃんとご一緒にいかがかしら~?」


 余計な被害を広げるんじゃないこの芋がァ!!!!!

 リム様の(おそらく真心こめた)善意で俺たちが巻き添えだ。

 ざわめきが広がる真っ只中、ミコは笑顔のままこっちに近づいて。


「……ふーん、どんなお店なんだろうねーいちクン♡ わたしも行ってみたいなー♡」


 大急ぎで離れたニクに代わってぽふっと隣に腰かけてきた。

 それだけならまだしも、べっっったりくっつきながらも右腕を持ってかれた。 

 人間がかなうわけない腕力だった。もっちり柔らかい胸の向こうで、闇よりも深き笑みがある。


「……さ――さて、新米向けに何かいい依頼がないか調べるか! ちょっとボードまで行ってくるぞ!」


 すごく気まずくなったか、あるいはクソ恐ろしくなったか、タケナカ先輩がそそくさ離脱した。

 心なしか最後に見えた顔が「死ぬなよ」と送ってるような気がする。


「はっ!? もしかしてミコさん、いったことあるむぐっ」

「ふふっ♡ お姉さんとご一緒する? 今度ロアベアさんも連れていってみよっか、いちクン♡」


 何かに気づいた膝上のキャロルが優しく手で続きを塞がれてしまった。

 もれなく巻き添えを食らったロアベアなんて「わ~お」と衝撃を受けてる。

 九尾院の面々もミコの優しい迫力に何かしら危機を感じてるらしい、集会所の空気が恐ろしいものになってた。


 くいくい。


 恐らく命をかけた謝罪が必要だと感じてると、急に服を引っ張られた。

 気づけばキャロルを「しーっ」とさせたついでに乗り出したミコが、すっ……と首元まで顔を近づけてきて。


(いちクン? これでもう、みんなに隠さずに済むね? ふふっ…………♡)


 ちゅむっ……♡

 艶めかしい声をそっと伝えて、ねっとりした動きで人の首筋を食んできた。

 一口食べていくようなくすぐったさが離れると、そこにはどこまでも色のこもった妖しい目つきだ。

 俺はとんでもない何かを目覚めさせてしまったんだ。


「イチくん、ミコさんとそういう関係だったんか……!?」

「ミコねーちゃんなんか目がすっごいよ!?」

「あにさま最低です、そんな無節操な方だったんですね」

「お二人は、とても親しい仲だったのですね……流石あなたさまです、うふふ♡」

「ミコさま怖い……」

「イチ様ぁ、ミコ様なんかスイッチ入ってるっすよ」

「ミコちゃんの目がイっちゃんよりすごいことになってますわ!? うさぎっぽいくせして肉食獣だったんかワレ!?」

「――ふふっ♡ 今度みんなでシュガリに行く?」

「落ち着いてくれミコ! 俺が悪かったから!」

「一時的狂気に陥られてるっすよ、ていうかこの面子で依頼帰りにラブホいくとかすごいっすね」


 ミコの本気に、集会所は封印されていた古き偉大な神様を軽はずみで起こしてしまったかのような空気だ。

 後程とんでもない埋め合わせをしなくちゃならないのは当たり前として。


 ――がららららら……!


 俺たちの間にそんな異音が挟まってくる。

 それは大型トラックの走行音だった。

 集会所の誰もが思わず注意するような、この世界にあるまじき音なのは間違いない。


「……待て、この音は……トラックか?」


 つい身体が動いた。キャロルがぴょいっとどいたのをきっかけに音の元を辿る。


「ねえ、これって車の音だよね? それも何両も来てるみたいな……」


 ミコもすっかり切り替わってた。突然の文明的なそれに違和感を覚えてる。

 そこにエンジンの音すらはっきりすれば、ブレーキを効かせた強い音も届く。

 一、二、三……三台だ、そのうちの一つは履帯の重みがある。


「ご主人、排気ガスのにおいがする」

「戦車みたいな音もするっすねえ……ファンタジー路線じゃないっすよ皆さま」

「この音は車の音ですわね……? リーゼルお姉さまが「クラングルにそういうのは入れるな」って言っておられてましたけれども……?」


 ニクからリム様までもそういうのだ。間違いなく外に何かが来てる。

 冒険者ギルドがざわめくのも仕方ない、現代的な駆動音に負けないほど「あーだこーだ」と声が行き交うが。


「――おい、イチ! ちょっとこっちにこい!?」

「イチ! ドワーフの奴らが来たんだがなんだありゃ!? 変な乗り物乗って来やがったぞあいつら!?」


 タケナカ先輩とギルマスが慌ただしく人混みをかき分けてくるのもすぐだった。

 『ドワーフ』だなんて言葉がようやく混じれば、ウェイストランドを知る俺たちは「もしや」と顔を見合わせて。


「……そうか、そういうことか!?」

「も、もしかしてドワーフの人達って……」

()()()のことだ! 行くぞミコ!」


 おかげで外にいる連中の顔がだいぶイメージできた。

 知るメンバーで外へ駆けだせば、機械騒ぎを聞きつけた人々が最初に見えて。


「――おお! イチ! 元気にしとったか!?」

「見ろ! イチが来たぜ! やっぱあいつ元気じゃねーか良かった!」

「待たせたのお! クソジジイどものおでましじゃぞ!」


 そんな人たちをはるかに追い越す金属的な姿が何両も停まってた。

 改造されたトラックに、それがけん引する荷物でいっぱいのトレーラー。

 かつてスティングで俺が仕留めたあの戦車もあって、ずいぶん懐かしく感じる『ハックソウ』もご一緒だ。

 この世界でも変わらないどころか一層逞しくなった数々が、見知ったドワーフの爺さんたちと頼もしくしており。


「ストレンジャー! また会ったな畜生! 俺はいったい何時まで戦車長やらされてんだ!?」

「よお、生きてたかいストレンジャー! こっちは楽しくやってたところだ、この()()()()()()な世界にも慣れてきた頃だがそっちはどうだ?」


 きれいな身なりの世紀末世界の人間たちだっていた。

 スティングからいまだに戦車に乗せられている誰かに、市場で見た弾薬商人もハックソウの荷台から手を振ってる。

 移住希望者の顔ぶれも「ストレンジャーだ」だの「また会ったな!」だのと良く覚えてくれてるようだ。


「ドワーフの爺さんたちか! ()()()だな!?」

「そう、誰かさんの作ってくれた道で悠々自適に帰ったジジイどもじゃよ。クラングルで大暴れしとるとか面白いうわさを聞いてワクワクしとったわ!」

「また会えて嬉しいぜ! みろよ、こっちに戻ってからパワーアップしてやった!」

「クラングルもだいぶ変わったようじゃのお、それでちゃんと150年モノの酒はキープしとるんじゃろうな?」

「ここの地下で一店舗分の在庫が150年プラス数日分熟成してあるぞ。誰も手は付けてないから安心してくれ」

「よっしゃ! 今夜は酒飲み放題じゃな!」

「でかしたぜ。ウェイストランドの古い酒は一体どうして妙にうめえんだよな……」

「後でつまみ買いに行くぞ野郎ども。クラングルはうまい飯がいっぱいじゃよ」


 人混みを渡って近づけば、確かに向こうの世界で感じた声と姿があった。

 九尾院より小柄な身体に筋肉と髭を蓄えた、見知った爺さんたちだ。

 ドワーフサイズに仕立てたリグやホルスターを着けてるあたりが特に『帰還組』を表現してる。


「スティングの戦い以来だな! あんたのおかげで死ぬまで戦車長だ!」

「俺たちゃドワーフの里で世話になってたんだがな、こうしてクラングルが今熱いって聞いてついてきた次第だ。また会えて嬉しい限りさストレンジャー」

「なんだか長い縁になりそうだな。改めて『ストレンジャー』だ、よろしく」

「そういや自己紹介してなかったな、ディセンバーだ! あの日からずっと戦車に乗せられてるぞ!」

「こっちはヘキサミンだ。ひょっとして弾薬でお困りじゃないか?」

「そろそろ困ってたところだ。ようこそクラングルへ」


 スティングからはるばるやってきた戦車と、ハックソウからの弾薬商人にも握った拳をぶつけた。

 ドワーフや人間混じりのあわせて二十名ほどは、周囲の珍しがるような目も気にせずこうして親し気だ。


「おーおー珍しがってるのう、これだからやめられんわドワーフってのは」

「おい、魔女リーリムにあの首無しメイドもいるぞ! お前らもいたんだな――いやなんで冒険者ギルドにいんだよ」

「あら、お久しぶりです~♡ でも車で入ってくるなってリーゼルお姉さまが言ってましたわよー!」

「あの時のお爺ちゃんたちじゃないっすか、派手な登場っすね皆さまぁ」

「市と国から許可貰っとるから平気じゃよ! そっちに連絡いっとらんのか!?」

「いや急な話じゃったし、わしらの方が先についちゃったんじゃね? やっぱすげえわ車」

「ん……? イチ、お前さんの隣におるでっけーのはもしかして……」


 こうやって知る者同士で盛り上がってると、爺ちゃんの一人が俺の隣に気づいた。

 他の奴らもちょうど「短剣」が抜けた相棒に目がいっていて。


「ああ、こいつがミコだ。元の姿に戻ったぞ!」

「こ、こんにちは……! み、ミセリコルデです! お久しぶりです!」


 俺はすかさず、肩にぶら下がってない相棒を寄せて紹介した。

 するとまあ、どいつもこいつも目を丸くした後、短剣だった姿と比べて驚いた様子だ。


「おお、こいつちゃんと元の姿に戻っておったか!」

「やっと戻れたんだな!? 良かったじゃねえか嬢ちゃん!」

「良かったのお、お前さんの肩にずうっとおったあいつがこうも立派に……」

「この声……まさかあの、あんたが持ってた喋る短剣か!?」

「おいおい、ずいぶんとまあ美人じゃないか? そんなやつとずっと旅をしてたのかストレンジャー、そりゃツキが回ってくるわけだよ」

「私を覚えてますかお嬢さん!? あの時キッドタウンで助けてもらった者ですよ! いやあお美しい!」


 こいつの事情を良く知ってくる奴らがわいわい集まってきた。

 ギルマスが遠目で「どうなってんだ」と説明を求めてるが、「ご覧の通りだ」と両手で答えてやった。


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[良い点] ロリ集団とラブホに突入してから3日間更新が止まっている間、ストレンジャーの身にナニがあったのか(すっとぼけ)
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