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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
剣と魔法の世界のストレンジャー
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78 ちっちゃい子たちがやってきたぞ!

 ――こんな形で『シュガリ』へまた来るとは思わんかった。

 ぬるぬるになった俺たちはリム様の強制力のもと、店側の配慮もあって裏口から入店させてもらった。

 思いっきり面識のある店員はオリーブオイル和えにされた上に続々入ってくるロリどもを見て、一体どんな心境だったんだろう。


 ここで分かったことがあった、オーナーの名前は『レイゼイ』というらしい。

 態度と口角の匙加減次第で「他人の意中の人奪いそう」に感じる見た目とは裏腹に、けっこうカッコいい名前だ。

 レイゼンさんはお隣に見える心配事を爆破されてよっぽど嬉しかったんだろう、気前よくラビホのサービスを提供してくれた――連絡先も。


「……オーケー、これでやっとカロリーオフだな」


 こうして風呂場までありつけた今、熱いお湯を被りながら我が身を確かめた。

 全身を薄い膜に覆われたような油っぽさがすっかり抜けてる。

 ぬるつく不愉快さはもうないが、余韻が残って肌がいやにうるおってる気がする。


「はふ……さっぱり……♡」


 ご一緒してた黒髪ショートなわん娘もシャワーの心地よさに耳がぺったりだ。

 油のせいで人間的な肌はしっとり際立ち、手足や尻尾の毛並みは前より艶やか。

 ダウナー顔もシャンプーの白泡いっぱいに緩んでる。撫でてやった。


「あの依頼、受けておいて正解だったかもな……ふたを開ければウェイストランド案件だぞ?」

「ん……ぼくもそう思う。それに白き教え子たちも絡んでたし」

「あいつら招いた責任も少しは取れたはず……うりうり」

「あっ……♡ んへへ……♡ 洗ってくれるの……?」

「ロアベアの真似だ」


 こんな案件に付き合ってくれた犬の相棒にせめてものお返しだ。

 くるっと前を向かせて泡まじりの髪を指でわしゃわしゃ揉んだ。

 水分まじりの柔らかい毛先をつるっとなぞって、頭を少し強めになぞっていく。


「……んん……♡ ご主人、これ気持ちいい……♡」


 気持ちよかったんだろう、犬の尻尾がぺちぺち揺れてる。

 今度は人間の持ち得る指十本分でもっと泡立てながら頭皮に指を滑らせた。


「そういえばさ、ニク。犬だったころからこの辺が好きだったよな?」

「……うん。ご主人がずっと触ってくれたから……んへ……♡」


 いつも忙しく動くジャーマンシェパードの黒耳の間をきゅっと押して、指の腹で揉むようにくしゃくしゃさせると。


「ぉ……♡ ぞくぞく、しちゃう……っ♡」


 白い背筋がぴん、と反っていく。

 下向きに注意しなければ男だと絶対分からな身体つきがゆるりと落ち着き始める。

 ニクが犬の肉球と毛並みで物欲しそうに触ってきた――ぐしぐし優しくかき分けた。


「……ここは?」


 それからちょっとの悪戯心も働いた。

 犬の耳の織りなす三角の根元をきゅっ、と優しく持ち上げると。


「……んおっ……♡ そこ、だめ……♡ み、耳……弱いから……♡」


 指先のぺこっとした感触と同時に、胸元で相棒の身体がひくっと跳ねた。

 手を振り払うように向い顔に赤面混じりのジト目だ。お詫びにまた髪をなぞってやった。

 今度は早めにしゃこしゃことかき回す。後頭部から耳裏まで泡を広げて解して。


「よし、こんなもんか?」

「んっ、あ……♡ ふぅ……♡ そこ、気持ち、いい……♡」


 心地よさそうな息遣いが出てきたところで、黒髪いっぱいにお湯をかけた。

 ニクがふるふるっと一際心地よさそうに背を伸ばしてる――黒髪がはっきりしたところで、くたっと頭も預けられ。


「……んへへ……♡ やっぱりご主人が一番……♡」


 次第に甘ったるい声も出してじとっと見つめてきた。

 振り向いてる顔はふにゃっとしてるし、ゆるく開いた口からの八重歯がずいぶん可愛らしい。

 なのでからかうことにした。泡の残った手で頬をもちもち揉んだ。


「俺もこうしてわん娘撫でてるときが幸せだ。よしよし」

「あっあっ……♡ 前より、揉むの上手……♡」


 パン屋で培った技術も交えてたっぷり捏ねれば、うちのわん娘も液状化寸前だ。

 まあ溶けて排水溝に流されるのはごめんだ。程よく切り上げて、二人一緒にお湯を浴びれば。


「……それにしても、まさかここが料理ギルド絡みだったなんてな……」


 愛犬と一緒に清らかになったところで、暖かに待つジャグジーへまっすぐだ。

 以前目にした時と違わない迫力だ、踏み込めばちょうどいい温度を感じる。


「ねえご主人。ここ、前に来たことある……?」


 カップル用の幅広さに腰を落ち着かせてると愛犬もついてきた。

 元通りになったじと顔はぺったりくっつきながらも前歴を探ってる。

 勘の鋭さはミコと来たときの件を疑うような具合だ――分かったよ白状するよ。


「…………ミコと来ました」


 俺は嘘偽りなくあの時の(ひどい目に会った)一時を手短に答えた。

 するとニクはじとぉ、と目を強めて。


「ふうん。ここってもしかして、そういうところなの?」


 中性的なダウナー声を伴いながらぴとっと頭を押し付けてくる。

 なんならここの用途も感づいてる頃合いだ。頷いて正解を示した。


「よくわかったなその通りだよごめんなさい」

「ん、だって廊下歩いてたらそんなにおいがしたから」

「犬の強みが生きたみたいだな、ご名答」

「……シたんだ?」

「……しました」

「ふうん……」

「誠にごめんなさい」


 じとぉ。

 ちょうど横側で、美少女(男)が頬に不機嫌を蓄えてる。

 そのうちぐりっとすり寄ってきて、まるで存在感をこすりつけるようにしてくると。


「別にぼくはいいけど、その分可愛がってね……?」


 ん、とこっちに口をすぼめてきた。

 普段のクールさからは想像できない可愛らしさが、薄いピンクの形をメスさながらにアピールしてる。

 完全にこの『シュガリ』の趣を理解してる様子だ。このオスガキ……!


「……なんでこんなわんこになったんだろうな、お前」

「ぼくの好きなこと、全部分かってくれてるから……んっ♡」


 次第に口が小さくにやついてきたので、顎をくいっと寄せて唇をいただいた。

 男とは思えないぐらい柔らかい。向き合った顔がとろっと目を細めるのが間近に見えて。


「……ちゅぅ……♡ ん、む……♡ ぢゅる……♡」

「んん……っ♡♡ お……♡ ちゅううう……っ♡ んにゅっ……♡」


 たまたま舌先も絡んで、ニクらしい柔らかさと体温が流れ込んでくる……。

 舌裏をぬるっと撫で合ったり、八重歯の尖りを舐め上げると、後ろで尻尾がびたびた揺れて。


「……んぢゅぅるるる……♡ あふっ……♡ これ、すごい……♡ メスにされそう……♡ ご主人、もしかしてそう言う気分?」

「……ん゛……っ♡ 実はそういう気分」


 温かみのある舌がぬるりと抜けていった。

 他の人には絶対に見せないであろういやらしい表情が、引きながらの糸にオス犬らしくない色気を浮かべてる。

 ……いやでも無料で使わせてもらって勝手にこんなことしていいんだろうか。


*ぴこん*


 くつろぎが深まってきたわん娘とジャグジー漬けになってると、通知が届く。

 誰だ。恐る恐るで左腕を覗けば、意外にも送り主は【レイゼイ】という名前で。


【イチさん、いまお隣の農作物研究所からこんな申し出があったの。なんでも持て余すぐらいの果物が生えてるから、余剰で良ければ今後うちのお店で使ってくださいって! メロンこんなに貰っちゃった!】


 あの見た目からは想像しがたい文面、それも画像つきで現状を知らせてくれた。

 恐らくここの厨房の思しき場所で、調理台の銀色を箱詰め果物が陣取ってた。

 特に栽培室にあった甘そうなメロンが数え切れないほどごろごろしてる。

 それからバックでメロンを抱っこするリム様と店員たちも。笑顔が絶えない職場らしい。


【すごいメロンの数だな。どうしたんだ】

【リーリム様がお詫びしたいっていうから別に大丈夫って答えたんだけど、そしたらせめてお店の利益になることぐらいはさせてもらいますって言われちゃって……】

【なるほど、それでフルーツまみれなお隣から以後おすそわけってことか】

【あそこって果物も作ってたんだね、どんな場所なのかずっと気になってたよ】

【栽培室でいろいろ植物を育ててたぞ。果物が地面じゃなく頭上で栽培されてぶら下がってた、もちろんそのメロンもな】

【なにそれ素敵! このメロンすごく甘くてジューシーだよ、言ってくれればメロンパフェをお届けするね】

【何から何まで悪いなオーナー】

【ううん、いいんだよ。イチさんのおかげで物事がいい方向に向かってるんだから。洗濯物は今乾燥室で乾かしてるところだよ、お店の子たちに着替えを届けさせておくからね。ごゆっくり】


 シュガリのオーナー、もといレイゼイさんはメッセージ機能を介せばすごく喋るみたいだ。

 メロンでよっぽどご機嫌なのか返信も早いし文面も明るい、人の好さも混ざれば聖人かなんかに見えてくる。


「ん、誰からきたの?」

「レイゼイさん、今着替えがくるそうだ。それとメロンパフェをどうぞだって」

「めろんぱふぇってなに?」

「アイスとかクリームの入った甘くて冷たいお菓子だ。メロン入り」

「おいしそう……!」

「元の世界じゃ絶対食えないものばっかだな、この世界……」


 わん娘もこれからくるであろうパフェにじゅるりしてる。

 ここまで至れり尽くせりだと油まみれになってまで頑張った甲斐もあったな。

 二人でもう少しお湯加減を楽しんでると、またぴこんとして。


【こんにちはー、こちらホテル・シュガリでとびきり秀でてる店員アンスリムです! 当店のサービスはいかがですか? 何かありましたら何なりとお申し付けくださいね。お連れの九尾院の子たちも大変ご満足しておられますよー】


 ミコの友達、サキュバスの【アンスリム】からのメッセージだった。

 前に(不本意な形で)お世話になったやつだ。君が送り付けたスクショのことは二度と忘れない。


【評価機能があったら満点ぶっこんでやってるところだ】

【そういってもらえれば我々もオーナーも泣くほど嬉しいですね! お客様の装備はきれいに洗浄して乾かしておりますので安心してくださいね! あっ銃とかは流石に怖くて触れませんのでどうかご了承を……】

【武器とかそういうのは自分でやるから大丈夫だ、ご親切にありがとう】

【なんだか歴戦の戦士って感じですねーイチさん。そうそうお部屋のボックスにお着換え入れておきましたのでどうぞ!】

【そりゃどうも……おい、開いたら中に女装セットとかいうのはやめろよ】

【あっミコちゃの男装プレイ気に入ってましたひょっとして?】

【やめろ! なんてものを思い出させるんだ!】

【イチさんメスっぽかったですねー! それはそうと店長がメロンいっぱいもらってニコニコしてますよ、私たちもメロン食べれて幸せです。我々一同あなたに感謝しておりますので、どうかごゆっくりおくつろぎください】

【別にそういうつもりできたわけじゃないってことは分かってくれ】

【当店は別に構いませんよ!】

【何をだ!?】


 文章から察するに、俺たちの衣類は無事清められて乾燥中らしい。

 ここまでもてなしてもらってなんだか申し訳ない気分だ。後で感謝の気持ちでもくれてやろう、メルタという形で。

 それにしても九尾院の奴らはどうしてるんだろうか……聞いてみるか。


【そうだ、あのロリどもどうしてる】

【ロリども元気ですよー、今あなたのお部屋の隣で五人仲良くやってます】

【一人増えてない? 俺に見えないやつでもいたか?】

【お芋の魔女リーリム様が参戦しました】

【何やってんだあの芋】

【みんなでいろいろ楽しんでますよ、うちのお店の衣装に着替えてコスプレ楽しんでます】

【そりゃ何より……おい待て、あのサイズに合う衣装があるのかここ?】

【当店は妖精さんから巨女サイズまで取り揃えておりますのでご安心ください】

【前から気になってたんだけど妖精ってなんだ、いやまさか……】

【妖精さんはすっごい柔軟性があるしやわっこいし強靭なんですよ】

【なんの情報だ!?】


 良かった、リム様混在のままお隣で楽しくやってるらしい。

 しかしロリサイズの衣装が置いてあるラブホって何だろう。その上妖精さんサイズってなおさら何だろう。

 ひょっとしてここヤバイ店じゃないのか? そんな一抹の不安がよぎるも。


【そもそもですけど、別にそういうことをしないお客様はいらっしゃいますからね? 普通にお料理楽しんだり、当店自慢のパフェを食べに来たり、わいわいやるために遊びに来る子たちだっているんですから!】


 以前ミコから聞いたような話をされたな、そういえば「ラブ」要素抜きでくる客もいたとかなんとか。

 その証拠とばかりに画像が送られてきた――が。

 ……獣だったり高身長だったりのメイドの白黒が部屋を彩ってるし、先頭は生首抱えた緑髪メイドだ。ロアベアァ!


【ちょっと待てこれどういう状況だ知ってる人いるー!?】

【メイドどもの女子会です】

【ラブホで!?】

【そういう使われ方なんて今時珍しくありませんよ。ちなみにこのロアベアさんっていう人は「下見」とか言ってましたねえ……ふふふ♡】

【また連れてこられたらごめんなさい】

【ミコちゃと3Pしそうな謝り方ですね】

【畜生俺が何をしたんだ】

【あの子、太ももも重ければ愛も重たい子ですからね。ロアベアさんもいたらムキになってすごいことになると思いますよ】


 オーケー分かった、たぶん次ここに来る時俺はとうとう死ぬ。

 画面の様子を共にしたニクがなにか悟ってくれたんだろう、犬の手でぽんぽん撫でてきた。撫で返した。


【ここって遺言を然るべき場所に届けてくれるサービスはあるか?】

【スクリーンショットとご一緒でよろしいですか?】

【さぞ不名誉になるだろうな。くそっ、どうなってんだ俺の人生】

【まあまあ、当店からサービスのパフェをお届けしますのでどうぞ召し上がって下さいね。ちなみに店長が「他に食べたいパフェあったらどんどん頼んでね」だそうですよ!】

【ありがとう、俺レイゼイさん大好きだよ】

【私たちもです! 今から特製メロンパフェをお持ちしますねー】


 そうやってやり取りを見守ってると、どうもこれから自慢のパフェがくるらしい。

 この店のパフェはこの人生で今後何があろうと忘れないうまさだ、そう考えると食欲が湧くもので。


「パフェくるってさ、食べないか?」

「たべる」


 飼い主愛犬二つ揃ってパフェを求めて湯上りだ。

 バスタオルで身体を乾かしながら浴室を出れば、ミコとの宿泊で刻まれたあの部屋が目に入るが。


「おっと……着替えか。着るか」


 壁にある受け取り用の空間に何か入ってた。丁重に折りたたまれた服が二着。

 ちょうど成人男性一人分の和装がある。説明文つきのプレートが『和装男子物用(受け)』だそうだ。

 もう一つは――


「……ん、チア……?」


 ちょうど「なにこれ?」と首をかしげるニクに当てはまるサイズだった。

 妙に短いスカートと、肌色露出が激しくなりそうな上着、そしてなんかこう「応援するとき振るやつ」も付属してる。

 もっといえば応援する奴の格好だ。チアコス送りやがった。


「なんてもん送って来やがったここの店員め」

「……面白そう。着てみるね」


 しかしニクは興味津々だ。遠慮なくそのひらひらした服を着ていく。

 するとどうだろう。むっちりした下半身は応援しようものなら暴露不可避、白い肌が脇もお腹も丸出しである。

 「お前何応援するんだよ」という格好は愛犬を立派な女の子へ変え。


「おー……?」

「なんの遠慮なく着るお前が怖いよご主人は……」


 露出度高めのダウナーチアガールが誕生した。ちょっと楽しそうだ。

 わんこの毛並みの黒さが浮き出る手は応援グッズをうっすらぽんぽんしてる。


「……どう、似合う?」


 ニクが初めて着る格好に浮ついた様子で動き始める。持ち上がったスカートが――危ない。

 実情を知らなければ小さな女の子にきわどいチアコスを着せてるだけだが、知ってしまえば男である。似合ってるけども。


「正直かわいい」

「……ん♡ じゃあしばらくこの格好でいる」


 己の姿に満足したのかスカートから現れた尻尾はとてもぱたぱたしてる。

 こっちも和装をしゅるっと着込んだ、ゆったりしてるようで身体のラインを浮かべる造りに性的な意図を感じる。


「……ちなみにこっちはどうだ?」

「セクシー」

「セクシー……!?」


 チアガール(男)にセクシーと言われる始末だ、この衣装はだめかもしれない。

 かわいい&セクシー同士確かめ合ってると、ごとん、とかすかな音を後ろで感じた。

 もしやと壁を調べれば、そこにひんやり冷気を放つ器が二つあって。


「ワーオ……」「わーお……」


 愛犬と一緒に驚かざるを得ない代物が詰まってた。

 底からてっぺんまでひたすらにメロンづくしなパフェだ。

 メロンゼリー、クリーム、すりつぶしたメロン、アイス、またメロンと赤青二色の鮮やかさが不思議な甘い香りを広げてる。

 カットメロンの飾りが多すぎて、間もなく「メロン盛り合わせ」になりそうだ。作ったやつ絶対ウキウキしてただろうなと思う。


「……うまそうだな、これ」

「……ん、おいしそう」


 ほんとうにタダでもらっていいのかこれ。

 そう目を交わした後、俺たちは躊躇なくスプーンを突っ込んだ。

 一口食べれば――とろけるような甘さがうまい、が。パフェがメロンに負けてる。


*ぴこん*


 二人で仕事上がりのパフェをもぐもぐ貪ってるとまたメッセージだ。

 あっという間にメロンづくしを終わらせれば、左腕に【キャロル】とあって。


【おねえちゃんだよ!!!】

 

 ……ものすごく不穏なメッセージが送られてきた。

 何気なく解き放ったような言葉じゃない。まるである種の死刑宣告みたいなノリだ。 

 まさかと思って扉に身構えた瞬間だ。


 ――がちゃっ。


 マジで開いてしまった。

 不安極まりない心境でその先を目にすれば。


「お待たせいちくん! おねえちゃんメイドだよ!!」


 第一声も見た目も想像通りやばいのがきた。

 頭に飾りを乗せた明るい金髪をはらっとさせて、キャロルがドヤ顔でメイドを押し付けにきてる。

 屋敷を思い出させる仕事着がずいぶんソード・オフされた裾をもって「メイドだ」と訴えてる。

 白手袋と白ニーソで潔白さを主張するも、黒い角と尻尾がいい感じに相殺してるようだ。


「わーおねえちゃんでメイドだー……じゃねえよなんで来るんだよクソが!!」

「ふふん、いいこと教えてあげるね? メイドとおねえちゃんはね、ご主人さましかり弟君しかり誰かがいないと成り立たないんだよ? つまり弟君兼ご主人さまだね!」

「役職兼ねすぎだ馬鹿!」

『こんにちはーおねえちゃんメイド確かにお届けしましたー♡ ごゆっくりー』

「何をゆっくりすればいいんだ……!?」


 侵入されてしまった。後ろではサキュバスの店員さんがにやにやしてるが。


「えっへへー♡ にーちゃんみてみてー! ハーピーチアだよ!」


 ばさばさっと乾いた羽音が飛び込んできた――ピナだ。

 茶色い元気ッ娘が八重歯をちらつかせながら見せるのは、ニクと色違いの2Pカラーみたいな白いチアコスだ。

 肌を健康的に丸出しにしつつ、爪先持ちの応援するアレをがさがさしてる。チアがだぶってやがった。


「うわあああああああああああああああチアガール二匹もいるうううううう!」

「あっニクもボクと同じなんだー!」

「ん、同じだ」

「じゃあ一緒ににーちゃん応援しよっかー♡ がんばれ♡ がんばれ♡」

「……がんばれ、がんばれ……こうすればいいの?」

「何を応援してるんだよお前らは!!」


 部屋の中がパフェどころじゃない地獄絵図だが、悪夢は長く続くのがお約束だ。

 そばで急にぽんぽん応援しだす二名に囲まれてると、今度はこそっと注意深く白い兎の耳が浮かんで。


「……ばっ……バニーでございます……♡ い、いかがでしょうか……? ぴょ、ぴょんっ……♡」


 みょいっと現れた2つの耳もろとも、白い髪の下に真っ赤な顔を表現するツキミがヤケ気味に入ってきた。

 天然モノのうさぎ要素を生かしたバニースーツだ、脇やら背筋やら見え見えな衣装に死ぬほど恥ずかしそうにしてる。

 極めつけはうさぎっぽい仕草と恥辱で引きつった表情だ。とりあえずなんで俺の部屋にきた?


「おいバニーも来ちゃったよ! 俺の部屋をコスプレ会場にするつもりか!?」

「こ、このような衣装が好きだと教わりましたので……?」

「誰に!? まさかここの店員か!? 守秘義務ぶん投げやがったなあいつら!?」


 部屋の情報量がまずいがこれくらいで終わるはずがない、どうせそうだ。

 めっちゃ恥じらうツキミがそそそ、と近づいてくる矢先で。


「あっ――あにさま……? こ、こんな格好させられてコノハもうお嫁にいけません……! なんですかこのそろそろ触手にやられそうなひらひらした格好は下着も角度えぐいし……!? せ、責任とってください……っ♡」


 狸耳生やした茶黒いショートヘアーが恥ずかしさ全開で入ってきた。

 もれなく犠牲者になったコノハだった、普段の忍者的な素行を損なわないような赤白の和装を着込んでる。

 ただし脇腹は深くまる見えで、スカートも非常識なレベルで短いという衣服の存在感について考えられる作品と化してた。


「待ってくれコノハ! どうして俺が責を問われるんだ!?」

「……に、ニクちゃんにもそんな格好させて……!? やっぱりそういう変態さんだったんですね!?」

「違うんだ! 店の善意によるものだ!」

「このコノハにこんな格好させたってことは罪深いことですからね……!? あにさまのへんたい……♡」

「あっなんかちょっと覚えあるぞこのノリ!」


 こうしてロリ四人が割と最悪な構図で揃ってしまったわけだが。


「――そして私が九尾院の新メンバーですわ! よろしくね♡」


 開いた扉の先、リム様が堂々たる入場を果たそうとぽてぽてやってきた。

 ドヤ顔いっぱいの色っぽい視線だが、下を見れば肉付きのよさを「ないも同然」な水着が機能性の限界に挑んでた。

 マイクロビキニがどうにか尊厳を保ってる――お前はなんなんだよ!


「チェンジで」


 ばたん。

 なので閉めた。これで世は平穏だ。


「ご主人、またチェンジ言ってる……」

「こらっ! 閉じちゃだめでしょいちくん! 開けなさい!」

「リムちゃん追い出されちゃった! ひどいよにーちゃん!」

「あ、あのような水着があったのですね……なんと過激なのでしょう、ドキドキいたします……♡」

「いやチェンジってなんですかあにさま!?」

「うるせえッ! ふざけやがってどいつもこいつも! もう怒ったぞ俺はこんなすこぶるやべー場所出て行くぞ! 毎回毎回俺のことをもてあそびあがってこのクソ世界めウェイストランドにリスポーンしてやる!」


 がちゃっ。

 こんなヤバイ場所から出てってやると気概を見せたが、また扉が開いた。

 どうせリム様が「オラッ開けろッ」とか言いながら押し入ってくると思ったが違った。


「今ですわ! イっちゃんを取り押さえてくださいまし!」

「受付のぼくをこき使うとか言い度胸じゃないかリーリム様、まあ面白いことになりそうだし手伝おうとしよう」

「料理ギルドマスターの権限って便利ですねー、お邪魔しますー」

「メイドさんだけでは飽き足らず……! いいでしょう、全種族コンプ目指しましょうねイチさん!」


 料理ギルドマスターの名において連れてこられたサキュバス店員軍団だ。

 リム様のさながらサキュバスの長みたいな風格のもとで、制服姿が火力オーバーの具合でぞろぞろ押し掛けてきて。


「うふふ……♡ イっちゃんも着替えてすっかりやる気ですのね?♡ こういう店だったなんて思いませんでしたけれども、せっかくですし思い出作りましょうねー……♡」


 スイッチの入ったマイクロビキニ姿が尻尾をくねくねさせながら迫ってくる。

 左右からは種族的なシンパシーを感じ取る皆さまがずんずん迫り、間もなく壁際まで追い詰められ。


「あっ、あっ……く、来るな! おい何するつもりだ!? いやらしいことするのか!? おい馬鹿やめうわあああああああああああああああああああ!」


 ――捕まりました。


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