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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
剣と魔法の世界のストレンジャー
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70 アーロン・アンダーグラウンド・システム

 ミコに送ったメッセージは冒険者ギルドに余すことなく伝わってた。

 そこに東部のクッキー専門店で地下への足掛かりまで見つかれば、ギルマスは都市を揺るがす一大事と思ったようだ。

 そして俺の予想も大当たりである。

 いつぞや言った儀式だのなんだのが当たって、衛兵たちも駆けつける大騒ぎだ。


 が、納品したアホに続いて行方不明者も連れてこられれば、みんなの意気込みも無駄に終わったわけだ。

 ブリトーをご馳走されて神が見えてる信者たちも根こそぎ捕まったらしい。

 街中に逃げた連中ももれなく狩人の目ざとさにやられ、遠慮のなくなった衛兵によって晴れて総逮捕である。


 何を企んでたのかご本人たちに笑顔で尋ねれば、待ってたのはこんなオチだ。


 あいつらは白き民のミステリアスさに惹かれただけの変な連中だった。

 当初は『プロジェクト』などと大げさな言い回しで白き民と和解する目論見があったらしいが、最初の活動で見事に致命的失敗。

 さっき背中を痛めた教祖様はその時の嘲笑を未だ根に持ってたらしい。

 その際苦し紛れに(適当に)放った預言がこうだ。

 『十年後のクラングルに災いが訪れる』と。


 そしてすぐ失速するも、細々と信ずる神を崇めていると転機が訪れる。

 言わずもがなあの階段のことだ、ある日突然と信者の住まい現れたそうだ。

 中を覗けば飲み食いに困らない巨大な空間、そして奥には得体のしれない化け物がいらっしゃるわけだ。


 そこへまたも偶然が重なる、ちょうど偽りの預言を放った十年後だったのだ。

 何をトチ狂ったのか教祖様は『白き神の聖域』と好意的に受け取った。

 この経験で勢いを取り戻せば熱も入ったみたいで、あの地下空間で信者はまた増えた。


 そうやって自分たちだけの秘密の場所を手にすれば、お次は『儀式』だ。

 白き民を優遇した思想があのクソデカテュマーを汚れし神の使いと仮定した。

 本当に十年後に現れてしまって大興奮な教祖様は本気でこう思ったらしい。

 「白き神に力を取り戻して頂いて、堕天使を浄化してもらう」

 つまりテュマーを神様に物理的に断罪してもらうという考えだ。


 あろうことはそいつは本気でやりやがった。

 まずその行動力で郊外から『神』を捕まえてクラングルに運び込んだ。

 そこに「あいつらに顔がないのは世に蔓延る魔物が奪った」という持論も働いた。

 特に蔓延るヒロインたちは「偽りの妖精」と忌まわしく見ていたようだ。

 よって神から力を奪った妖精を文字通りに捕まえたのである、こうして失踪事件が一つ出来上がりだ。


 さて、こんな馬鹿みたいな流れに想定外が起こってしまった。

 東区でユキノとユキネという兄弟に地下への入り口がばれた件だ。

 儀式を控えた手前じゃ当然まずい、よって地下スーパーの倉庫にぶち込まれた。

 悪いことは続く。自分たちの神が思い通りに動いてくれず手こずった。

 冒険者にも感づかれてひどく焦りだしたそんな時、落ちたりんごをきっかけに誰かさんがやってきて――



「…………口やかましいだけの薄っぺらい連中だったことには違いねえが、そいつらをこんだけ騒がせるほどのモンに違いねえだろうな。いつの間にこんな得体の知れねえ遺跡ができてるなんて信じられねえぞ」


 事情聴取と尋問が終わった今、この「突如現れた謎の地下空間」を厳ついミノタウロスが見回していた。

 我らがギルマスはクラングルらしからぬ現代の具合に戸惑ってる。

 血とブリトーと乱れた商品棚にも居心地が悪そうだ。


「最近馬鹿どもが騒がしいと思ったらなんじゃこれは。こんなもん作れと誰かに頼んだ覚えはないんじゃがな……」


 その隣、とんがり帽子をかぶった銀髪な女の子も唖然さが隠しきれてない。

 実際ギザギザの歯が「なんじゃこれ」と訝しみを込めてる――リーゼル様だ。


「これどう見てもイチ様の仕業っすよねえ……あっ、エナドリいっぱいあるっす~!」


 それからお供のメイドたち、中でもドリンクコーナーにつられるダメイドもいて。


「何事かと思ったらこんなものがあったのね……夢でも見てるみたいよ。良く作られた地下室だけれども、まさかドワーフの方たちが作ったのかしら?」

「おお、近代的やなあ。クラングルってこうゆう建物あったんかあ? ぐちゃぐちゃやけどお洒落やわあ」


 店の下に地下ができてしまったパン屋の奥さんと先輩も集まりに混じっており。


「いやはや……よもやクラングルにこんなものが転移しておられるとは。やはりウェイストランドはすごいですなあ、フランメリアの技術力をはるかに追い越す造りではないですか」

「し、知らぬ間に都市の下でこんなものが作られてるとは……!? 一体どうなっているのですか? これほど大きな地下空間を作れる技術など、いくらドワーフでも……いやなんというか驚きですよ……」

「ドワーフでもまだ無理でしょうなあ。というか、彼らに任せたらどれほどの費用になるのやら」

「クラングルの財が大変なことになるかと……いやいや、好意的に見るならば巨額の費用が浮いたようにも思えますがね」


 率いた冒険者たちと呆気にとられるギルマスの隣で、緑髪エルフと片眼鏡つきのオークが興味津々で。


「不審な建物からお芋を接収しますの! いきますわよメリノちゃん!」

「えっちょっどうなってんのこれ? なにこの超近代的なの? MGOってファンタジーのガワかぶってその実こういうゲームだったん?」

「あっはっは! これはすごいねえ! 何から何までファンタジーじゃないよ! 逆にファンタジーさ!」


 そんな俺たちをよそ目に、リム様がメイドを駆り出してお買い物をしてた。

 ショッピングカートをがらがらしながらポテトチップスを根こそぎ略奪中だ。あれは悪霊の類であるからまあいいとして。


「……俺たちの足元にこんなもんがあるわ、そこでおかしな連中が何かやってるわ、この前からの疑問の答えが全部ここに詰まってやがるぞ。これがウェイストランドってやつか」


 地下スーパーにいろいろ集まる中、タケナカ先輩がこっちに聞かせるようにしてた。

 その言葉通りにこの場を転移させたのは俺だし、そこに変なのを導いたのも俺だ。


「いちクン、こんなものまで転移してたんだね……? ウェイストランドらしい光景がクラングルの地下にできちゃってるよ……」

「イチ、あんまりこのようなことは言いたくないんだが。貴様のせいで世界観がぶち壊されてる気がするぞ」

「海外のスーパーってこんな感じなんだねー、牛乳とかプラスチックボトルで売ってるんだ……いや待って賞味期限フリーってなに?」

「クラングルに地下スーパーができてますねえ……セアリさんびっくりですけど、ちょっとこういうのわくわくしちゃいます。あっドッグフード」


 事情が良く分かるミセリコルディアの四人なんていろいろだ。

 ミコは「どうしよう」な感じで見渡してるし、エルはじっとり見てくるし、フランとセアリは店内物色中で。


「ひゃっはー! みらいのしょくじだぁ! いいしりょうがいっぱいあるぞぉ!」

「はっそうですわ! 料理ギルドの知識の蓄積になるのは間違いありませんの! 有用そうな食品は持ち帰って研究しますわよ!」


 便乗してきたオートマトンなヒロインも全品100%オフのお買い物中だ。この国の食事事情はきっと未来まで先駆けるはず。

 そんな様子はやがて、お隣のギルマスの「はぁ」というため息に変わり。


「……イチ、この手の建物が持ってこられた理由は察してるがな。そこにあの頭のおかしいやつらが居座ったとなると、今回の事件の原因はお前にあると思うんだが」


 後処理の面倒くささが浮かぶ顔で見てきた。とても嫌そうに。

 アキも「そうですなあ」と呑気に関わってきたせいで。


「――真にごめんなさい」

「だがまあ、ある意味この妙な建物のおかげであいつらの本性を暴けたことにはなるか。こんなものに聖域と定義づけるような脳みそで良かったな」

「よいではないですか、仮にイチ殿が原因だとしてもご本人が成敗してしまいましたし。それにほら、飢渇の魔女殿もはしゃいでおられるじゃないですか」

「だからってとっ捕まえたアホを納品所にぶち込むんじゃねえよ、どうしてお前はこう、毎回毎回おかしなことばっかするんだか……」


 150年モノの店内の中で、それはもう切実な思いで謝罪した。

 謝ったってここは消えないし、頭のおかしいお気持ち表明クソ野郎どもによる拉致事件は俺に残るのだが。


「くひひ♪ 別に儂は構わんぞ、バサルトよ。異国のものがタダで手に入ったと思えば、この退屈者だらけのクラングルにも良き刺激にはならんか?」


 眠気も覚めたリーゼル様がてくてく店内を物色し始めた。

 冒険者から「あれが魔女様?」「リーゼル様初めて見た」と飛び交うが、ギザ歯なロリは向こうを見てた。


「リーゼル様、あんたはこんな突然やってきた得体のしれねえもんをこのままほっとけってのか?」

「唐突に現れた"この世ならざる遺跡"など、むしろ箔がつくじゃろう? 良い観光名所にでもしてやればよい」

「あのなあ……こいつを都市の一部として見なせってことか? なんの冗談だ?」

「それに前々からクラングル市に大きな地下道を作るとかいっとったろう? では手間が省けたではないか?」


 どうやら剣と魔法世界に相応しくない地下の大きさに少し関心してるみたいだ。


「リーゼル様ぁ、エナドリいっぱいっす~♡」


 ちょうどそこに缶入りの紙箱を抱っこする首ありメイドが重なった。

 【スワッター! エナジードリンク】の絵にニヨニヨ嬉しそうだ。

 雇い主はクマのある目で「なんじゃあいつ」とこっちに言いたげだが。


「あっイチ様ぁ、勝手に貰っていっていいっすよねこれ」

「なにやってんだロアベア」

「中毒性のあるブツを接収中っす!」

「なるほど、いいのかリーゼル様」

「所有者は不明じゃから構わんじゃろ。好きにするがよい」

「よっしゃ~。よかったら後でちょっとわけてあげるっすよリーゼル様」

「雇い主のことをなんじゃと思っとるこの馬鹿メイド」


 無礼なメイドさん(正式名はロアベア)がエナドリいっぱい笑顔いっぱいな様子に頭が痛そうである。

 いつもこんな感じらしい。雇い主も大変みたいだ。


「いや、だがなリーゼル様。俺が心配してるのはこんなもんが現れて、クラングルは大丈夫かっていうもんなんだが」


 そんなことよりもとギルマスが気にかけてきた。

 俺だってこの唐突な地下施設がこの世にどう影響を及ぼすが気がかりだ。

 今は現代の店構えに喜ぶ顔があるだけだけれども、都市のつくりに悪い横槍を入れてしまうか心配である。


「そんなに気がかりかの、バサルト。儂からすればこのクラングルと人知れず勝手に馴染んでるように見えるぞ。」

「確かにオチは「馬鹿が不法占拠してた」程度だったけどな、気にかけてんのは地下にこんなのができて地盤がどうこう、住民への影響がどうだのの話じゃねえ。俺が何がいいてえか分かるか?」

「くひひ。ここが壁の外に通じてるかもしれん、ということか?」

「その通りだ、奥にはトンネルが続いてんだぞ? もし壁の外に通じてたら一大事だ、向こうからカルトども以上に変なのが入り込んでくる可能性だってありえる」



 ギルマスがいうこの通りだ、あの【EVカート】が導く道のりもある。

 俺が見たのは南北へひたすら続くトンネルだ。

 場所的に考えるに、あれはもしかしたら壁の向こうへ通じてるんじゃ?

 ところがそんな考えにリーゼル様は歯をギザっと笑ませて。


「ならば捨てるにせよ生かすにせよ、この地下を儂らのものにしてしまえばよいだけのことよ。通じる先もいただいてしまえばよいではないか、なあアキよ?」


 そばにいたアキと、商業ギルドらしい装いのオークに割り込んだようだ。

 お互いの見識を交えてた二人は振り向いてくると。


「ええ、あなた様の言う通り単純ですとも。ならばドワーフたちに掛け合うのがよろしいかと、あちらの旅でこういう類への見識も深まっておりますし」

「都市の地盤やらへの影響は彼らや魔女の方々がいればどうとでもなるでしょう。いえ私としてはですね、実質タダで巨大な地下道を手に入れたようなものだと思っておりますよ」

「ですなあ、いわば建設にかかる資金がそのまま浮いたようなものですし……」

「おまけにフランメリアにはまだない技術があるように見受けられます、ひょっとしてこれは宝の山では……」

「ええ、壁の外側に通じてるかもしれないのが厄介ですが、これは中々利益が……」

「商業ギルドとしては見逃せないものですよ、ここは。ドワーフたちへのいい交渉材料になるところまで今頭が回っております」

「彼らはこういうのには速攻で食いつくでしょうなあ」

「突然現れた遺跡というのも、都市の観光地として中々おいしいものかと……」


 エルフもオークもウェイストランドの風景に好意的な眼差しだ。

 無料で生まれた地下空間に都市の利益を見出してる。それからここに眠る未知の技術にも。


「くひひ。ここに問題があるとなれば、まさしく冒険者どもの出番じゃろ? なあバサルトよ?」


 ここからもお前らの出番だ、とリーゼル様が口をギザっとさせてる。

 冒険者の仕事の選べなさに拍車をかけられてギルマスも「面倒」が顔に出ている中。


「……まあ、あれ見てそれ言ってるならちょっと正気疑うけどな」


 話が少しまとまったところで、背にしていた突撃銃に手をかけた。

 俺たちがこぞって立ち尽くす店内から遠くを見れば、あの広場が良く見える。

 問題はそこであの黒い塊――テュマーの変異型がうぞうぞ元気にしてる点だ。

 俺の視線につられた沢山の誰かが、向こう見えるガチのバケモンにどよめいてる。


「イチ、あれもウェイストランドとやらからの輸入品とかいわねえよな? 過去一番でグロテスクなもんがいやがるんだが」

「あ、あの……さっきからずっと気になってたあれ、もしかして生きてらっしゃいます?」

「イチ先輩、あれ知り合いとかいいませんよね……気持ち悪い」


 あの黒さに目が向かったタケナカ先輩は磨き上げられたしかめっ面だ。

 その後ろでホンダとハナコの地味顔コンビも、あまりの気味の悪さをびくびく伺ってるほどで。


「ねえ、あれって前にミス・ドーナツで見たテュマーだよね? 詰まっちゃってるけど……」


 旅路の中で覚えができたミコに至っては悪い意味で懐かしんでた。

 黒いぶよぶよとの嬉しくない再開に、桃色髪が映える白肌が青ざめてる。


「タカアキが言うには共食いしたりして変異したテュマーだとさ」

「……うわあ」

「俺だってうわあだよ。どこまでも同族食うやつと縁があるらしい」

「じゃあ、あの時の大きなテュマーって……そういうことだよね、うん」

「ちょっと待て貴様ら、向こうの世界であんなものと会ったのか……?」

「あれって一応生き物なんだね……MGOの未実装の化け物かと思っちゃったよ団長、絶対いてほしくないけど」

「なんてもの持ち込んでるんですかいち君は……ていうあの、あれ放置しても大丈夫なんですか?」

「だからこうして武器持ってきたんだよ、流石にライフルグレネードぶち込めば吹っ飛ぶだろ」


 ジャンプスーツの背に小銃擲弾があることを確認しつつ、そっと広場へ向かった。

 するとみんなの足取りも自然とそうなったみたいだ。

 集まった顔ぶれであの黒い塊に近づいていき。


『メーデー……メーデー……接近は許可しない、繰り返す、接近は許可しない。非感染者には武力行使も厭いません、六番レジへどうぞ、六番レジへ……』


 いよいよあのグロテスクな図体を間近に感じると、ほとんどが「うわあ」な顔だ。

 路上の汚物特大サイズでも見たような表情が次々立ち止まる。もちろん俺も。

 通路を塞ぐ手足の生えた肉塊にみんな腰が引けてるが、リーゼル様はただ邪魔そうに眺めるだけで。


「イチよ、あの儂の妹が作ったような趣味悪いのは何じゃ」

「テュマーっていう……ゾンビみたいなもんだ。身体に電子機器って言うのを埋め込んでるやつだけが生ける屍になる、んであれがゾンビ極まった感じ」

「くひひひ、あちらの世界とやらでも死にぞこないはおるらしいのう?」

「そうだな、良い死に損ないと悪い死にぞこないとあんな感じの死にぞこないの三種類が揃ってた。共通点は頭をぶち抜けば死ぬってことだ」


 なんだったら杖を片手にてくてくと不用心に接近していった。


「テュマーってこうなるんすねえ……あんまり近づいちゃダメっすよリーゼル様、くっそ汚いっす」

「リーゼル様ストップストップ、あんま近づいちゃ危ないから。なんか触れたら呪われそうな負のオーラ感じるからやめとき?」

「ああっといけないよ魔女様、こんな醜いものは見て分かる通りに危険をはらんでいるものさ。私たちに任せなよ?」


 さすがにまずいと思ったのかロアベアや他のメイドも寄り添うも、不健康さのあるロリ顔はそっと見上げて。


「まあひたすらに不幸なやつらじゃな。フランメリアは生易しい場所ではないぞ?」


 まるでテュマーの塊に言い聞かせるように語ったその途端だ。


「でかいだけで身動き取れねえとなるとなおさら気の毒だがな。せめて一思いに楽にしてやらぁ」

「こんな形にまで身を歪めるとは、テュマーの生態には驚かされますなあ。しかしクラングルに来てしまったのが運の尽きですぞ」


 俺たちからミノタウロス一つ分の巨体が飛び出ていく。

 ついでに何やら大きな鞘を抱えたアキも一緒だ、縦長一メートルほどの入れ物から柄が生えてた。

 まさにそれにご入用なギルマスが引き抜けば、鞘通りのリーチを持つ幅広な両刃が出てきて。


「――イチ、こいつはやっちまっていいんだな?」


 そんな武器を引くように構えるなり、妙に頼もしい背中が問いかけてくる。

 獣人の強さを知ってるからこそ分かる強さがあった、仕留めるつもりだ。


「おい、ギルマスが剣抜いたぞ。まさかやるのか?」

「いやいや……無理じゃないですかね、あんな大きな化け物ですよ?」

「どうだろうね……あの人実は強かったりするんじゃない?」

「戦えるんだ、うちのギルマス……」


 ここに集った冒険者たちも興味深くしてる。


「――だってさ、周りが疑わしいから示すにはいい機会じゃないか?」


 続きをどうぞ促すとギルマスは「ふん」と得意げに笑った、そんな時だ。


「えっなになに、まさかあれやっちゃうのギルマス?」


 空気を読まない幼馴染が、湯気を立てる紙皿と一緒に雰囲気をぶち壊しにきた。

 どこかであっためたブリトーがスパイシーな香りを漂わせてた。

 おかげでミノタウロスの背筋が「はぁ」と露骨に呆れを伝えてから。


「いい頃合いだ、お前たちに教えてやる。どんなに得体のしれない敵だろうが――」


 人間では絶対に持て余す剣の面積ごと、半身に捻りを入れる。

 まるで話の合間に挟むような気軽さで構えを絞ると、右から左にかけて切り込む軌道で踏んで。


「こんな時みたいに俺たち冒険者は即時に対応できる能力が求められる、それを忘れるな――ッ!」


 まっすぐとした太刀筋を始めた。

 身体のデカさから想像できない勢いがびゅぉっと斜めに斬り下ろす。

 ただそれだけなのに、一振りが終わると蠢くテュマーの塊がひくっと締まり。


『警告、ミュータントを検知、警告、危険因子と認識。直ちに救援を、直ちに六番レジへどどどどどどどどどどどどどどっ』


 ……黒い大きさがぼとりと崩れた。

 不潔な体液をまき散らしながら、生えた手足ごと胴を両断してしまった。

 トイレへの道のりを150年分詰まらせてた巨体がべっとり落ちる――即死だ。


「おいおい、剣で倒しちゃったよこの人」

「わーお、変異したテュマーを一発とかバケモンかようちのギルマス」

「バケモンっていうかミノタウロスだろ」

「じゃあバケモンだな。やるねえ」


 タカアキとつい唖然としてしまった。いやどうなってんだ一振りだぞ?

 ミコも「すごい……!?」と驚いてるし、冒険者たちも好意的なざわめきだ。


「……ははっ、すげえな。あんなでかいのをワンパンかよ……!?」


 タケナカ先輩なんていかつい顔が輝くほど感極まってる。


「バサルト殿はこれでもそれなりの地位でやっておられましたからなあ」

「これでもってなんだ馬鹿野郎、俺はまだまだ現役だぞ」

「お見事です。で、斬りごたえはいかがでしたか?」

「魔獣の方がまだ強えだろうよ。見かけはひでえが大したことはねえ」


 ギルドの長らしい振る舞いを見せると、得物を返して涼しい顔ごと翻り。


「いいか、今回の『白き教え子たち』の件は丸く収まった。こともあろうにそこのパン狂いが暴れてくれたおかげであいつらは全滅、あまりものも狩人と衛兵が全部とっ捕まえた。何かあると疑った奴のカンは正しかったわけだ」


 面倒ごとだけが残った地下スーパーの様子ごと俺たちを見てきた。

 その光景で「料理本ですわ~」と変な声が混じれば呆れこそ一瞬見えたが。


「行方不明者三名も無事見つかってこの妙な場所への足掛かりも割り出せたが、次の問題はここそのものだ。どこに通じてるか分からないトンネルが幾つもある以上、壁の外へ通じてる可能性があるとなれば見過ごせないもんだ」

「あの信者の方々からお伺いになったところ、彼らもどこに通じているのさっぱりなようでしてなあ。まあ分かってたらここから白き民を運んでたでしょうな? さてそうとなると、外へ通じるこの地下スーパーがどこまで安全か調べ尽くさないといけないわけでして……」


 そんな言葉にアキも何かを手に立ち並んでいった。

 ここのパンフレットだ、ウェイストランド基準で【アーロン・タスク・交通システム】の道筋が説明してある。


「そこで急遽ドワーフの方々に支援を要請することにいたしました。彼らであればこのような場所はいわばお手の物、ここに用いられてる技術的にも都合がいいでしょうな。つまりこの場の調査が近々行われるというわけですが……」

「というわけでお前たちに依頼が市から来ると思え。ひとまずはここを保全することと、あいつらが来てからの調査、他には引き続き街の警備やら必要なことが増えてくだろう。また忙しくなるだろうが――」

「我々商業ギルドとしてもこのような場所にはとても興味があります故、冒険者の皆様にご協力していただけると幸いです。市も支払うものに糸目をつけないはずでしょう。それと今回の件で問題解決に関わっていただいた皆様には報酬を与えるとのことです」


 片眼鏡なオークもメルタ絡みに付け足したところで、銀髪ギザ歯な魔女がちょこちょこ前に出て。


「くひひ……♡ 久々に面白いことになってきたのう? あの馬鹿どもが騒がしくしたところ、ぐうの音もいわせぬほどに動いてくれて感謝しておるぞ? その調子でこの街を害する者に冒険者らしさを分からせてやれ、よいな?」


 クマ混じりの顔にご機嫌さを浮かべて、集まった面々にそう広めた。

 冒険者たちの返事は躊躇い混じりのうなずきだ。


「……さて、儂は帰るとしよう。良き知らせがあるまで我が家でだらだらさせてもらうからの。ここにあるものはお主らに好きにするとよい」


 こうしてリーゼル様はギザっと笑って、メイドを連れて屋敷へお帰りになるらしい。


「果報は寝て待てってやつっすねえ、でも寝すぎると逆にお体に毒っすよリーゼル様。あんまぐっすりしすぎると、うちの知り合いのお医者様みたいになっちゃうっすよ?」

「あ、もう帰るんだうちら。ていうかリーゼル様、なんかリム様が駄々こねしてるんだけどどうするんすかあれ」

「ここに地下フライドポテト専門店を作りますのー! 市内各地からアクセスできる揚げたてじゃがいもが食べれる店とか素晴らしいですわきっと!」

「あっはっは、今日もリム様は可愛らしいね! じゃあねイチ様! またいつでも屋敷においでよ、リーゼル様も喜ぶからね!」

「近頃やかましいぞお主ら、儂に喧嘩売っとんのか」


 残ったのはお褒めの言葉とギザ歯の魔女の小さなため息だった。

 今後はこの地下スーパーに絡んだ依頼が巡ってくるだろう。

 まあ、今は無事に問題が解決したと思おう。


「……シェルターの次は地下スーパーか。お次はなんだ? 空母か? 都市丸ごと一つか?」


 周囲がこの空間に対してあれこれ言い合うのを横目に、広場の上を見た。

 壁の電子広告が【EVトンネルの状況:不明】とエラーを訴えてる。

 これ以上にやばいものがフランメリアにどこかにあるんじゃないか、と不安がよぎるのも仕方ないが。


「こうして一仕事片づけたんだ、今は悪いことを考えるのはなしだぜイチ。妖精さんもあの兄弟も助けたし、うまいブリトーも食えるんだからな」


 タカアキが相変わらず両手にしてる紙皿をずいっと突きつけてきた。

 刺激的に香る包み焼きの断面からメキシカンな赤色が見える――温めたブリトーだ。


「……た、タカアキ君? そのブリトーってもしかして」


 ミコの不安通りだろう、投擲武器になるブリトーだ。

 ちなみにまずそうな冷凍ブリトーはいまだ血まみれの床の上でカッチカチのまま放置されてる。


「温めたブリトーだ。ミコちゃんもいかが? いやお見舞いしたやつじゃねえから心配するな。ちなみにこいつは俺の大好きなプルドポーク&チーズな」


 周りは「何やってるんだこの人」といいたげだけど、幼馴染のサングラス顔はうまそうにがぶっといった。

 つられて俺も熱々のブリトーを掴んで一口。

 甘くてぴりっと辛い牛肉とチーズのまろやかさ、うまい!


「確かにうまいなこれ!!」

「だろ? 回復アイテムだからな一応」

「……おいお前ら、信者どもを血祭りにあげたそのままの手で何食ってやがるんだ。しかも周りを見ろ、この惨状でうまそうにするとか品性を疑うぞ」

「温めたブリトーだ、ギルマスも食べる?」

「ヴィーガン用もあるぞ。温める?」


 周囲に引かれつつ(ミコにすら数歩置かれて)熱々のブリトーにありつくと、ギルマスに渋い顔をされた。

 しまいに表情が背けられてしまった、けっきょく二人だけでブリトーを頂くと。


「イチ君大変です! ニクちゃんがドッグフード食べようとしてます!」


 商品棚の向こうで、球体関節人形系のお姫様から告発が飛んで来た

 陽気な声とはらっと踊る水色の髪ですぐリスティアナだと分かるも、そばで大事に缶詰を抱えるわん娘がいた。


「ん……! これぼくの……!」

「お腹壊しちゃいますよー? お肉ご馳走してあげますからやめませんか?」


 ペット用品から強奪したドッグフードをじゅるりしながら死守してる。

 良く見るとその後ろではいろいろな冒険者が「好きにするとよい」の通り、店の中を遠慮気味に漁っていて。


「……ところでギルマス、ここにあるものは貰ってもいいよな」

「得体のしれないもんばっかだが、まあいいんじゃないか? ただしドワーフどもが来るまで店を派手に壊したり妙な機械をいじるのはなしだ、いいな?」

「オーケー、わきまえてる。それじゃ遠慮なく」


 ギルマスに一応断りを入れて、こっちも全品100%OFFにあやかることにした。


「そういうわけでみんな、好きなものがあったら持ってくといいぞ。早い者勝ちだ」


 ブリトーを食べながらドリンクコーナーに一直線だ。

 実にありがたいことにジンジャーエールが山ほどある、ここはまるで宝庫だ。 


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