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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
剣と魔法の世界のストレンジャー
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68 クラングルの地下に世紀末は走る(3)

次から思いっきりふざけますのでご了承ください


「ご覧ください白き主よ、これぞ悪魔の生みし悪しき精霊の姿なのです。かの者たちに奪われた力、今こそあるべき場所へ導いて見せましょう」

「白き我らが神よ、真なる姿へ遡る時が来たのです! 偽りの妖精を捧げよ!」

「妖精の生き血をその身に還すのだ!」


 白装束たちの身勝手な熱狂が段々と身近に感じてきた。

 通路に詰まった特大級のテュマーと迷惑そうに立つ白き民、そこへ都合よく設定を乗せられた『儀式』は絶好調だ。

 良く冴えた黒目のご老人が「ああしろこうしろ」と仕切り、せわしく従う周りが食器を胸に掲げ。


「ああ、神よ、あなたさまの元へ流れるべき血を今ここに……そして裏切りの堕天使を処し、この世に福音があらんことを……!」

『んん……!? んーーーっ……!?』


 誰かが()()を取り出した頃合いになった。

 ちょうどあの橙色の髪を伸ばした妖精のぎちぎちに縛られた姿だ。

 籠に吊るされるその子は、口から足先、羽すらもしまい込まれて窮屈に悶えてる。

 じゃあそれを絞って見せましょうとワイングラスが掲げられ――


「白き神がお戻りになられるぞ! 乾杯!」

「我々に乾杯!」


 その手法が嫌な形で実践させられる寸前、俺たちは飲み物を掲げて割り込む。

 二人でぷしゅっと炭酸の音を奏でればいい妨げになったみたいだ。

 崇拝対象から教え子たちまでもが振り向き、二十センチほどのヒロインを手にしたやつも呆気にとられ。


「お……おい、なんだ貴様ら! 飲んどる場合か!? 儀式の最中なのだぞ!?」

「か、乾杯……? 今はそれどころじゃないだろう!? 今まさに偽りの精霊の力を絞ろうという時にいったい何をしているのだ!?」


 雰囲気を崩された偉そうな奴と妖精持ちの二人なんてご立腹だ。

 だけどお構いなしに冷たい飲み物をあおった――ワオ、甘辛いお味!

 ぴたりと止まった白いやつらの前で丸々一本ごくごく飲み干してみせて。


「……おぉぅ、やっぱ冷たいジンジャーエールは喉に来るな」

「うっふ……すっげえ冷えてると喉に来るわこれ。ジンジャーエールはともかくコーラってこっちの世界で作れっかなあ」

「なっ……何を呑気にしている!? 我らが主の前だぞ!? それを……」


 いい頃合いだろう、幼馴染と同時にペットボトルを放り投げた。

 近づかれた挙句、ゴミを不法投棄されて「まさか」と相手の顔つきが変わるも。


「ああ、そいつがお戻りになるのを手伝いに来たぞ」

「つまりお別れの乾杯ってこった。お邪魔するぜお前ら」


 ここぞとばかりに白い衣を引きちぎるように脱いだ。 

 パン屋を示す【キラー・ベーカリー】が浮かべば、背に括り付けた短槍を抜いて。


「――戻るっつってもあの世の方だけどなァ!」


 「し、侵入しゃ」と言いよどむ姿の前で得物を投げ放った!

 狙いは驚き一杯のご老人? それとも生き血絞りに精を出そうとするやつ? いいや、もっと大事なものさ。

 望まぬ教え子に囲まれ戸惑うご神体、すなわち『白き民』のご尊顔だ。


「……Stultaj-Homoj! VI――」


 おかげでそいつがぐっさりと途絶えた。

 面白みもない真っ白な顔に一メートル少しがぶち当たれば、槍の重みに負けてぐらりと仰け反り倒れた。。

 慌てて周りが「我が神よ!」と受け止めるも、消滅まで間もなくで。


「あ、あ、あ、あ――わ、我が主ぃ……!? 我が、我が……き、きさま」


 一瞬で今日までの出来事がぶち壊しにされたリーダー格は当然ながらキレた。


「――どうも堕天使の使いです! 儀式の邪魔しにきました!」


 ところがわなわな震える様子にタカアキが脱いだ衣をけしかけ、文字通り真っ白に染めてやると。


「きっ、貴様らもしや冒険者っ!? 皆のもの、奴ら我々の」

「っっっせえええええええええええええええいっ!」


 ぐるっと半身を回して、妖精を手にしてた男に後ろ蹴りをプレゼントだ。

 その名も金的ともいう。幼馴染の卑劣な一撃に「ぐほぉ!?」と膝をついた。

 そうして揺らいだお手元から妖精さんの姿が離れる――キャッチした。


『く、くそおおおおおおおおおっ!? 何をしてるお前たち!? 悪魔の使いどもがきておるぞ! 早く――』

「妖精さん確保! ずらかるぞタカアキ!」

「よっしゃ、んじゃお邪魔しましたー!」


 これにて怪しげな儀式はお開きだ、くるっと翻って店奥めがけて全力疾走!

 ついでにタカアキがクソジジイを足蹴にしてきた、後ろから「おっぼ!?」と派手に転ぶのを感じた。


「師、師が……! ど、どうすれば……!?」

「ば、馬鹿! 追いかけろ! 師よ、大丈夫ですか!?」

「あああああああああ!? 我が神! 我が神がぁぁぁ!?」

「白き神よ! ああ、なんという……! よくも我々の神を殺めたな、悪魔どもめぇぇぇ!?」

『なっなにを騒いでる馬鹿者どもが! 早く奴らを追いかけんか! くそっ、くそおおおおおおおおおお!』


 大騒ぎだ、儀式の方向性は『悪魔の使いを殺せ!』という感じになったらしい。

 エプロン姿二つで逃げ出せば、向こうは十秒ほどのハンデで追いかけっこ開始だ。

 沢山の足音に『死ね』『殺す』『神の裁きを』と重なって賑やか極まりない。


「はははははははははは! うまくいったな! あいつらブチギレだぞ!」

「ひゃっはぁぁぁッ! これでもう儀式できねえなぁお前らァ!?」

「今頃お前らの神様はあの世だバーーカ! もしかしたら地獄かもなぁ!?」

「帰りたがってたから帰してやったぜばーーーか! 今なら死ねば追いかけられるんじゃねーの!?」

『待てえええええええええええええッ! よくもっ、よくも我々の神をっ! 許さんぞ悪魔の使いどもがァァァッ!?』


 これで目論見通りだ、スーパーの陳列棚をすり抜けながらハイタッチ。

 崇める神がこうして目の前でくたばればせっかくのイベントは台無し、しぼりたて妖精もこしらえる必要もなくなるだろう。

 効果は抜群なご様子で、聖なる罵詈雑言がわいわい追いかけてくる始末である。


「んんー!? んん……!? んむぅぅ……!」

 

 二人で戦前の買い物風景をすりぬけると、胸元で妖精さんがじたばたし始める。

 乱暴に縛られて苦しそうだ、ひとまず「後でな」と一言つけ。


『神に背きし者たちを逃がすなぁぁッ! 兄弟たちよ、やつらの骸を聖なる十字に括り付けるのだッ!』


 必死に追いかけてくる必死なご老人の声に走るペースを強めた。

 陳列された商品をがしゃがしゃ台無しにして渡れば、金属扉に隔てられた道を発見。

 ところが――


*がしゅっ*


 俺たちのそばで、朝食向けコーナーのシリアルな光景に何かが刺さった。

 オーガニックを謳う果物入りの品に太い矢がおまけだ、いやそれどころかあちこちに矢が立つ。


「に……逃がすなあああああああああ……! 撃て! 撃てえええええ!」


 さっきの金的被害者の誰かさんがそう叫べば、ますます投射物が増す。

 弦の音が幾つにも連なって、ガロンジャグ入りの牛乳が白濁を散らしマヨネーズの瓶が砕かれの滅茶苦茶具合だ。

 「良く狙え!」という指示が背中を追いかけてるのが余計分かった、下手だが。


「う、うおおおおおおおおおお……っ!? あいつら殺意だけはガチだなおい!?」

「走れ走れ走れ! 止まったら身体に飾り増えんぞ――」


 追いかけてくる殺意から出口を求めてると、急に陳列棚のどこかが砕ける。

 次の瞬間、隣に真っ赤な何かが散るのを感じた。

 まさかと目を向ければ――なんてこった、タカアキがサングラスを抑えていて。


「あっ……ああああああああああああああああああああ……っ!?」


 人生で初めて聞くようなあいつの悲鳴が響いた。

 まさかやられたのか!? 畜生、人の幼馴染に何しやがるクソ野郎ども。

 それでもタカアキは止まらない、必死にもがきながら前に進み続けて。


「タカアキ!? くそっ! やられたのか!?」


 そんな様子に手を貸そうとするも、後ろで「逃がすか!」と気合が届いた。

 振り向かずに山積みの缶詰めを崩した、見覚えのある牛くんたちが散って「ぎゃあっ」と転倒事故が伝わるも。


「ち、ちげえよクソが! ただのソースだ!?」

「なんだって!?」

「サルサ・ソースだ! 畜生よりにもよってピリ辛なやつだ! 俺のことメキシコ料理みてえにしやがって!」

「ただのソースかよ!」

「そういやお前トルティーヤ好きだったな……おおうしみるぅぅ……」


 同時にタカアキが無事なのも分かった。ただのピリ辛ソースまみれらしい。

 言われてみればスパイシーな香りが漂ってるだけだ、心配させやがって。

 不幸な形で真っ赤になった幼馴染と商品満ち足りる店内を抜ければ。


「通路だ! 入るぞ!」


 ついた、目と鼻の先に銀色のスイングドアだ。

 二人で蹴って押し入れば、バックヤードの通路がだいぶ遠くまであった。

 健在な照明が道中幾つかの部屋と、扉一つも見当たらない突き当りを示してて。


「……陽の光を浴びれるのはどのあたりだと思う!?」

「あれみろあれ! それっぽい通路あんぞ!」


 サルサ・ソースから立ち直ったタカアキが元気に「あれだ」と指を向けた。

 ひたすらまっすぐな先、その曲がり角めがけて【スタッフ用通路】が案内中だ。

 そうこうしてる間に後ろからは「追い詰めたぞ!」と声がする。

 こじ開けられた扉から信者が押し寄せてる――また矢が飛んでくる前に逃げ道にありつこうとするも。


「……なんの騒ぎだ!? まさか冒険者どもが……!?」

「お、おい……あの格好、同志じゃないぞ!?」

「あーやっべ……」

「わーおタイミングわっる……ふざけんなァ!?」


 運の悪さが今日も仇になった、逃げる先から別の一団が駆けつけてくる。


『同志よ! そいつを逃がすな! 我らが神を殺めた者だぞ!』

『そいつらは冒険者だ! 生きて帰すなァァァ!』


 後ろ遠くのお友達を見れば、そいつらもすぐ理解が及んだみたいだ

 何人かが反射的にクロスボウを持ち上げる。まずい、挟み撃ちだ。

 押し通ろうという考えは手元で丸くなる妖精さんを思ってかき消された、かといって止まれば捕まる、どうする――


「……こっちだ! 入れ!」


 迫る追手に立ちふさがる矢じり、究極の二択を前にしたその瞬間だ。

 タカアキが腕を引いてきた、切羽詰まった声で道中のスライドドアを導いてる。

 【商品貯蔵庫】だそうだ。押し入ればびゅっと背を矢がかする肌触りがして。


『うっ、撃つな! 我々に当たったらどうするつもりだ貴様らは!?』

『も、申し訳ございません師よ! 今の奴らは……』

『我らを妨げる冒険者どもだ! 何としても息の根を止めろ!』


 扉越しにそんなリーダー格のご老人とのやり取りが届いてきた。

 目の前には無駄に広い空間が、まだ手付かずの商品をたくさん抱えているようだ。

 逆に言えばもう逃げ場がないということなのだが。


「数十人ぐらいいるっていうのは大当たりだ。やっぱり各地にここの出入り口があるみてえだぜ」


 そこにタカアキが鍵をかければ、いよいよ俺たちは追い詰められたことになる。

 錠一つの隔たりにがんがん殴打が響くが、扉の厚さも暴力の前に頼りなく揺れた。


「……じゃあどうする? このままじゃ聖なる力数十人分でぶち破られるぞ」

『奴らここに隠れおったぞ! 早く扉を壊せ!』

『誰か槌を持ってこい! 悪魔どもはこの中だ!』


 まさに向こうも聖なるごり押しに取り掛かったようだ。

 罵詈雑言を共に、鈍くて重い何かがやかましく叩きつけられる。

 こう眺める間にもへこみが浮かんで、鍵の構造からめきっと嫌な音もするが。


「んんんーーー! んーーー!」

「ん-! ん-!」


 更に妙な音も追加だ、部屋の奥から詰まった声が唸りを効かせる。

 破壊音をバックに身構えれば、在庫に混じって人の形が二つほど転がっており。


「んーーーー! ん!? んんー!」

「んむー! んんん!」

「……待て、俺たちよりお先にやってるやつらがいるぞ」

「ああ、こういう時に見かけたくなかった類のやつだな。なんだこいつら」


 先客がいることにやっと気づいた。

 二人して白い髪をした青年ほどの誰かさんが拘束プレイに興じてた。

 共通点はどっちも鋭い目と強く尖った表情で、口に猿ぐつわを噛まされてる点だ。

 背の高い方はタケナカ先輩以上の厳つさを、低い方は眼鏡で賢さをブーストしたようなやつで。


「おい、こうして捕まってるってことはあいつらが嫌うような人種か?」


 こんな状況だが仕方がなく口を自由にしてやると、ぷはっと苦しい息遣いの後。


「……助けが来てくれたぜお兄ちゃん!」

「やりましたねユキノ! 我々助かるかもしれませんよ!」


 二人は前向きな表情で見つめ合ってた。

 無駄に言い声だ。デカい方が弟、小さい方が兄と証明してる。

 『ユキノ』という名が出てしまえば、この二人はまさに行方不明者だ。


「……なあ、もしかしてお前らユキノ&ユキネってやつ? そんな感じするんだけど」


 思い当たる節を共通していたタカアキも気づいたらしい。

 そう呼びかければ二人は『兄弟です』とばかりに等しくうなずいて。


「そうだぜ、ユキノだ! 助けに来てくれたのかあんたら!?」

「自分がユキネですよ! ああよかった、ずっとこのまま置物扱いされてるのかと……まあちょっと後ろ騒がしいんですけど」

「ちなみに弟です、こっちの眼鏡が俺のお兄ちゃんな」

「自分が兄ですよ。良く勘違いされますがお間違えの無いよう」


 仲の良い兄弟は自己紹介してくれた、これで失踪事件の謎が解けた。

 これで考えがだいたい当たってたことが証明された、なんてオチだ。


「じゃあ行方不明なやつらとの関係性はちゃんとあったわけだな、嫌な予想ばっか的中しやがって」

「良かったじゃん無駄にならなくて。いやまあその結果がこの状況なんだがな」


 がしゃんがしゃん。

 そんな音がそばから聞こえなければ、きっと俺たちは見事に事件を解決したことになったかもしれない。

 しかし目の前の二人は芋虫みたいにくねくねしつつ。


「誰か知らねえけどよ、気を付けろ兄さんたち。あいつら変な儀式するとか企んでやがったんだ!」

「あの人たちはやばいですよ! 妖精さんを捕まえて何か怪し気なことを――って、その手に持っておられる子はもしかして」


 今更感いっぱいな情報を遅れて提供してくれた。

 まあ、とっくに儀式を潰して妖精さんを助けた後である。


「いいニュースか悪いニュースかはお前らに委ねるけど儀式台無しにしてきたところだ」

「んで崇拝対象もぶち殺してこっちまで逃げてきたんだ。そしたらご覧の通りブチギレだぜ」


 なので怯えるよう採算を持ち上げて、倉庫の物品と化してた二人にそう伝えた。

 こんなお知らせに、まして扉がこじ開ける努力を施されてるのを見れば白髪兄弟はまた見つめ合い。


「これノープランで突撃して逃げ延びてきたパターンだお兄ちゃん、どうしよう俺たち終わりかも」

「いい人生でしたね……来世はネコでいっぱいの島で生まれ変われることを願いましょう」

「生まれ変わるならノルウェージャンフォレストキャットがいいぜ」

「いやいや、熱い日とか死んじゃいますよ弟よ。元気なベンガルあたりがいいです」


 ……勝手に来世について語り合ってる。

 なんなら転生先に猫を選んでるが、とにかくご存命なことには違いない。

 少し周囲を見渡して何かないか探った――あるのは食い物ぐらいだ。


「おい、状況が状況だから手短に聞くぞ。ここに来るまでの経緯が知りたい」


 質問がてらPDAから【クラフトアシスト】を立ち上げた。

 まともな道具もなくて作れるのはナイフモドキぐらいだ。

 まあないよりはマシか。クラフトするとからんと完成間近の刃物が落ちた。


「……この間、にゃんこの撮影してたら勝手に人の家の物置に入っちまったんだ。その子追いかけたら変な階段があってさ」

「……ええ、いきなり現代的な構造があってびっくりでしたよ。こんなでっかい地下鉄みたいなのがあって、そしたらあの白い人たちに捕まっちゃいまして」

「いつも演説してるあいつらだよ。ここが知られたらまずいって理由でここに閉じ込めやがってさ」

「そこの妖精さんも捕まえて「儀式」だとか「生贄」だとか言ってたんです。その後我々も処分するとか耳にしたんですが」

「あー良く分かった、つまり兄弟そろって不運な形で巻き込まれたんだな」


 そっと妖精系ヒロインを置いて【簡易ナイフ】の柄に布を巻いた。

 武器にするにも頼りない刃物だが、まずはきつく縛られた女の子を優先だ。


「ユキノとユキネか、ノーデンさんがあんたらを心配してて探しにきた」

「白いにゃんこもお前らがいなくて心配してたぜ?」


 足から背まで自由を奪う紐に刃先を入れた。

 ざくざく切りつつ噂の兄弟にそう伝えれば、タカアキの補足もあって明るい顔だ。


「お兄ちゃん、ノーデンさん心配しててくれてたみてえだぜ……」

「ヌコも我々がいなくて寂しかったようですね、これは生きねば」


 勝手に希望を見出してた、この様子なら当分ご存命のはずだ。

 切れ味の悪さで慎重に小さな身体を覆う紐をちょん切れば、閉じこもった手足も羽もやっと広がり。


「――ぷぁっ……た、たすかりましたー……!」

「で、どっかの妖精さんにお友達を探してくれと頼まれたわけだ。お前がレフレクか?」


 妖精サイズの口止めも外すと、橙色の髪が心地よさそうにはらりと震えた。

 すると、ようやくの自由にぱあっと明るい顔を振舞って。


「……はいっ! レフレクですっ!」


 まだちょっとだけぐすぐすしながら手に引っ付いてきた。

 健気に振舞う姿にはきつく縛られた痕がくっきり残ってる、可愛そうに。


「大丈夫そうだな。お前そっくりなやつらが心配してたぞ」

「レフレクのことは大丈夫です、妖精さん頑丈ですから!」

「そりゃよかった。あいつらひでえことしやがって」

「あのあのっ……助けてくれてありがとうございます、人間さん。レフレクはこの御恩を一生忘れませんよ」

「そりゃどういたしまして、問題は助けられたかどうか怪しい具合だけどな」


 手のひらに妖精がふんわり乗ってきた。しばらく椅子代わりになってやろう。

 失踪者三名とご対面したところでタカアキにナイフを手渡して。


「それでユキノとユキネ、お前らどっから入ってきた? かなり重要な質問だ」

「東の居住区近の路地裏だぜ。クラングル唯一のクッキー専門店の裏にしばらく使われてない物置があってよ」

「そうだ、そのお店の人もここの信者みたいですよ! 夫婦揃ってカルトやってますよあれは!」

「重要な情報だな。オーケー、冒険者突っ込ませてやる」

「ワーオ、クッキー専門店が信者だって? 今日からその店閉業だな」


 猫好き兄弟に自由を与えてもらいつつ、こうして情報を聞き出した。

 これでクラングルから店が一つ潰れるの間違いないとして、まさか通りに親しんだ店がグルだったなんてな。

 さっそくPDAからメッセージ機能を立ち上げ。


【手短に伝える。東の居住区のクッキー専門店が黒だ、物置に地下への階段があるから閉じる前に急げ。店に衛兵ぶっこんで廃業させてやれ】


 などと素早く送った、これでよし。

 今頃地上じゃ冒険者の顔ぶれが大騒ぎに違いない。


*ガシャン!*


 が、扉の方からとてもよろしくない音が鳴り響く。

 びくっとしたレフレクを引っ込めれば、スライドドアの鍵が妙な形に歪んでた。


『逃げられると思うなよぉ……!? 早く鍵を壊せ! 血祭りにあげてくれる!』

『もう少しです、師よ! 皆のもの、クロスボウを構えろ!』


 たぶん、かなりの数がわいわいがやがやしてる――武器つきで。

 さてどうする、こっちの手元にあるのはPDAと頼りないナイフが一本。


「……た、助かったけどよ……どうすんだよ、俺たち!?」

「ありがとうございます、ですがこれはまずいですね。いわゆる我々大ピンチというやつじゃないですか……」

「に、人間さん……? どうするんです? あの怖い人たち、いっぱい来てます……!」


 そして助けたばかりの人間二人に、しがみつく妖精がちょこんともう一人。

 あって間もない俺たちが一致団結したとして、完全武装の連中にどうにかやり込める隙はなさそうだ。

 それでもやるしかないか。せめてリーダー格をぶっ潰せば――


「……タカアキ、ここに何か武器はないのか? 出来ればリーチがあるやつだ」


 急いで作った頼りないナイフ以外に「何か」を求めた。

 んなもんあれば助かる話なのだが、意外なことにタカアキは「おっ」と嬉しそうで。


「いやあ、あったっていえばあったけどさぁ……」


 なぜかすぐに落ち込んでしまった、一瞬見えた希望に絶望したようなものだ。

 何があったと気にしてみれば、部屋の隅に置かれた冷凍ケースを漁ってた。

 なんだっていい、この際凍った魚だろうがなんだろうが使ってやる。


「なんだ、言ってみろ」

「まず先に言わせてもらうけどな、G.U.E.S.Tにユニーク武器ってのがあるんだよ。すげえ効果があったり特別強かったりする武器のことだ」

「そのユニークな何かがちょうどあったのか?」

「実は他のゲームのコラボで変わった投擲武器が実装されててな……その、怒らないで真面目に受け取ってくれねえか」

「怒ってる暇もないぞ、もったいぶらないでくれ」


 しかしサングラス顔はこんな状況にも関わらず険しい。

 説明できない何かがあるらしいが、怒らないから見せてごらんとばかりに促すと。


「……冷凍ブリトーだ」


 ……段ボールをずいっと引っこ抜いてきた。

 封の開いた中身からは分厚い氷をまとった何かが見えて。


【HY-RICS! 具沢山デリシャス・ブリトー!】


 と、カラフルな包装が完成品の包み焼きを紹介してた。

 チキン&チェダー、ビーンズ&ライス、スパイシー・ビーフ、ベジタリアン、ポーク&グリーンチリ。

 そんなひどく氷漬けにされた食い物を「武器だ」と真面目な顔が訴えてる。


「タカアキ、冗談は止せって言葉を投げかけるか本気で悩んでる」

「いや、DLCで追加された武器なんだよ……俺すげえ使ってたから思い入れがあるんだ」

「じゃあ次の言葉はブリトーで戦えか!?」

「冷凍ブリトーだよ!」

「食い物で戦えっていうんだな!? ふざけやがってお前はいつも!」

「いやよく見ろよ! どう見ても普通のブリトーじゃねえだろ!? こんなに氷漬けだもの!」

「じゃあお前はその冷えたカッチカチのブリトーでも投げろってか!?」

「ああそうだよ! ブリトーしかねえ!」


 こんな状況じゃなかったら半日ぐらいは問いかけてやりたかった。

 敵が押し寄せて助けがいつくるか分からないこの状況、まさか口から「ブリトーぶん投げろ」だぞ?

 試しに持ってみると――いやかなり重い、投げ斧よりもエグい質量だ。

 なんなら段ボール箱には注意書きもあって。


【このHY-RICSブリトーは危険すぎる! 再三注意するが高いところに絶対置くな、重みで落ちてきてこの前従業員が意識不明の重体になったんだからな! 店長より】


 と、その危険性も十分説明されてた。実体験込みで。

 ……やるしかないのか、今これで。


『もう少しだ! 待っておれよ悪魔どもぉ~?』

『同志たちよ! 突入するぞ! 我らが神の無念を晴らすのだ!』


 そうこうしてる間にも、がしゃーんと扉の構造上大事な部分が弾けてしまった。

 威勢のいいご老人の『悪魔が』とか『よくも』とかくだらない調子が聞こえる。


「何やってんだよあんたら!? あいつらもう来てんだぞ!?」

「あのー……何してるんですかお二人とも、洒落にならない状況まで迫ってますけど……!」


 見た目が中々に強そうな兄弟なんて部屋の隅っこでがたがたしてる。

 お手元の妖精もふるふる怯えてるのだ、もうなりふり構ってる場合じゃない。


「……おい、ちょっと妖精さん頼む」


 決めた、レフレクを指で抱っこして白髪兄弟へ向けた。

 不安そうな上目遣いに「大丈夫だ」と促すと、二人の手招きにぱたぱた羽ばたいた。


「本気でやるんだな?」

「ああ、ご馳走してやろうぜ」


 こうなったらもう仕方がない、広げた段ボールを部屋のど真ん中に蹴った。

 二人で冷凍ブリトーを掴んだ――冷凍食品らしからぬ重さに、殺人的な氷がまとわりついてる。

 その直後だ、とうとう扉が派手な音を立ててどこか具合を損ねて。


「――よくも我々の聖なる儀式を妨げてくれたな! 死ぬがよい!」


 誰かが開けづらそうな機能性になった出入口をかき分けてきた。

 妖精生絞りを作ろうとしていたあのおっさんだ。

 鍵をぶち壊したばかりの戦槌を横構えに踏み込んでくるも。


「――レディ?」

「――レディ!」


 その顔面に向けてぶん投げた――冷凍ブリトーを!

 食べ物と思えぬ重みがすっ飛べば、思いのほか殺意まじりな軌道を作り。


「貴様らを殺すのはなしだ! その四肢を潰して供物ぎゃぁっ!?」


 ごしゃっ。

 遠くでも分かるほどの嫌な音が聞こえた。

 そいつは血をほとばしらせながら派手に転んで、せっかくの得物もろとも動かなくなってしまった。

冷凍ブリトーで戦うゲームを御存じな人がいたら私は喜ぶ

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