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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
剣と魔法の世界のストレンジャー
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65 要するに組織ぐるみの承認欲求クソ集団


 中央広場の憩いの場に際立つ様子はない。

 遠整備が届いた芝地の緑具合に、敷石づくりの歩道に沿う人々の姿、見晴らしの良さには陽気さが際立ってる。


「白き民を崇めてるなら、わたしたちはあの人たちにとって好ましくないよね? それなのにクラングルで「冒険者は間違ってる」なんて堂々と言っちゃうなんて、ちょっとおかしいと思うよ……やってることも、考えてることも」


 ここにそろそろ嫌悪感が湧いた訝しみ方を始めるおっとり声が一つ。

 見ればベンチを共にする相棒がそこらの風景にサンドイッチを重ねていた。

 せっかくの味もカルトのせいで無しかもしれない。


「カルトっていうのはマジで頭おかしいやつが上に立って、みんなで一丸となって仲良くおかしくなるようなもんだぞ。しかも自分たちが一つにまとまってるって思い込めば思い込むほど声もやることも、周りのことなんて眼中にないんだよ」


 俺だってそうだ、相棒と同じ目線でサンドイッチをかじった。

 塩なしパンの噛み応えに甘さのある野菜とチーズがしっとり馴染んで、食感から味まで無理なく混ざってる――つまりうまい。


「じゃあ、白き教え子の人たちはそれだけ統率が取れてるのかな……?」

「どうやったのかはともかく、こうして街の目をこぞって搔い潜るんだからよくできてるだろうな。でも俺が気にしてるのはそこじゃない」

「うん。どうして信者の人たちをそこまでまとめられるか、なんだよね」

「そういうこと。ボスから下っ端までそこまで突き動かす共通の理由だ、崇めるものが絶対どっかにある」


 せっかくの昼飯なのに、どうして俺たちはこんな話をしてるのやら。

 タカアキとニクに飲み物を買いに行かせて、こうして広場の様子を伺ってる。

 こうして出てきた会話は、あいつらを繋ぐものはなんだって話だ。


「白狼教会の時はこうだったよね。白狼様がいて、後ろにはライヒランドがついていて、それでみんな動いてたから」

「あれは戦時下のどさくさに紛れて好き放題やれたからって理由もでかいな。神になれるから大丈夫、みたいなとんでも理論も相まって派手にやってらっしゃったけど」

「……そんな理由であそこまでするなんて、やっぱりおかしいよね」

「ミコ、思うに白狼協会はカルトの極まったやつのいい例だぞ。上に立つやつが偉くてそいつには絶対服従、批判は内から外からも許さず都合のいいことだけを集める、下っ端からは人生を奪ってたった一人に意識をかき集める、つまり絵にかいたようなやつ」

「そんなのが全部詰まってたんだね、あれって……」

「まあおかげで大事なことが学べた。崇高な教えも榴弾砲の前には無力だったみたいだ」

「ねえいちクン、あのあと義勇兵の人達とかにしばらく距離置かれてたの知ってる……?」

「ヒドラとコルダイトのおっさんがだいぶ脚色して言いふらしてくれたまで知ってるぞ。怒り狂ったストレンジャーが教祖をその手でミンチにしたとかアレンジしてくれようがあいつらの自由だけどな、そんなの本気で信じるなって話だよ」


 白いドッグマンを巡る教えは、スティングの混乱を遺憾なく活用したはた迷惑な連中だったな。

 でも今度は、今のところ得体のしれないことだらけのお気持ち表明系カルトだ。

 ならばそこまで声も態度もデカくなれる理由が知りたい。


「はーい横から失礼っと。まあなんだ? カルトってのはその極まり加減で目も耳も塞がるようになるのさ。住民のクレームどころか白き民で稼いでる俺たちのことも見えなくなるなら、相当の何かがバックにあると思った方がいいぜ」


 考えてるとすぐ後ろから幼馴染の声がまざってきた。


「その物言いは俺たちの会話にいつの間に混じってたみたいだな、どこからだ」

「教祖ミンチしたってマジ?」

「あ、おかえりなさい……ってそれって全部聞いてたことだよね……!?」

「ああ丸ごとだな、趣味悪いぞ馬鹿野郎。何買ってきた?」

「お兄さんのセンスで全部生搾りオレンジジュースになりました」

「ジンジャーエールは?」

「あるわけねーだろ、飲みたきゃ自作するしかねえ」

「あれって自分で作れるんか……?」


 俺たちの会話にどっぷり触れてるような物言いだ。

 両手には歯車仕掛けマークの付いた茶色い紙コップが二つあって。


「ごしゅじん、ミコさま、こんなのあった」


 同じく向こうからニクもきた、ただし小さな口ではむっと何か食んでる。

 飲み物より先にそれを受け取れば目に映るのは。


【我らが主は世の哀れな者たちへ慈悲を持つ。しかし遅し、偽りの精霊が蔓延る世を救う手立ては*浄化*のみである。神が力を取り戻すその時、この街に災いと破壊がもたらされるだろう。神は我ら教え子たちだけが許された*聖域*を用意してくださった――】


 まーた貼り紙だ、主張がどんどんデカくなってる。

 今度は壁に覆われた都市の下、棺の置かれた地下室のような広々さが神々しい白い人間を奉ってる。

 こんなもんでストーリーを作るんじゃねえよ馬鹿野郎、と思った。


「"世に終わりが来るから入信どうぞ"じゃなくて"間もなく世は終わるからお前らは死ぬ"か。いい趣味してるな。で、何考えてこんなの貼りやがった?」

「偽りの精霊ってなんだろう、もしかしてわたしたちのことだったり……?」

「貼り紙のイラストのバリエーション豊富すぎんだろ、暇なのかよあいつら」

「他にもいっぱい貼ってあったし、やっぱり匂いは消されてたよ。何がしたいんだろう……?」


 厚い紙でできた容器を受け取ると、話題に反して爽やかな香りがした。

 新鮮さ溢れるオレンジの黄色さがなみなみだ。

 カップには【クラングル市指定のゴミ処理装置に入れてね】とある。

 四人でベンチを占領すれば、膝上に捨てた紙へと「屋台のお姉さんに聞いたんだけどよ」と続いて。


「どうもあいつら冒険者稼業をしておられるヒロインの嬢ちゃんたちがお嫌いらしいぜ。演説の内容に女の姿をした化け物とか、悪魔のよこした魔物たちとかばちくそ誹謗中傷混ぜてたとさ。ひでえこといいやがる」


 幼馴染の嫌そうな顔がせっかくのオレンジジュースをあおり出す。

 こうして伝わった俺たちも等しく嫌な気持ちだ。


「なにそれ、わたしたちが悪魔のよこした魔物って……? そんな言い方、ちょっとひどいと思うよ」


 魔物呼ばわりされたミコなんて明らかにむすっとしてる。


「ちょっとどころか立派な名誉棄損だな。元の世界なら大炎上不可避だ」

「ん……あの人たち、どうしてここまで言うんだろう?」

「どーせ白き民を駆除してるからそういう理由じゃねーか? どうもその謳い文句にはヒロインのことを『偽りの精霊』だとかで表現するきらいがあるみてえだぞ」

「新しい罵倒の仕方を生み出してくれたらしいな」

「やっぱりわたしたちのことだったんだ……」

「こういうのはな、外敵に向けてそれらしい不名誉な名前を共有して連帯感を高めるのも狙いだぜ。まあ逆に言えばこいつらクラングルの全方向に中指立ててるってことになるけどね」


 膝に乗せた胡散臭さを見るに、タカアキの呆れたお言葉通りにあいつらは敵だらけらしい。

 この街のあらゆる場所どころか国や世界にまで喧嘩を売るような挑戦的な態度である。

 その度胸だけは買ってやりたい、んで代金は鉛玉で支払ってやる。


「クラングルで敵作りまくるとかこいつらもしかして自殺志望者?」

「だったら次のアクションは集団自殺とかじゃねえの?」

「そりゃ助かるな。でもこういう手合いが「はいさよなら」で潔く死ぬ連中に思えるか、タカアキ」

「いいや、思わねえな。薄っぺらい言葉を毎日発信して、そのくせ命根性汚らしい生き方で、いざ追い詰められれば気弱に振舞い、ちらちら機嫌を伺いながら逆襲の機会をうかがう――って感じのクソが寄り集まった何か」

「要は承認欲求クソモンスターだな、カルト大の」

「おめでとう、俺たちの大嫌いなタイプの一つだ」

「なら乾杯だ、滅んじまえんなもん」

「俺たちのカルト人生に乾杯――ところでさっき、教祖ミンチしたくだり語ってたけど何があったかお兄さん知りたい」

「騒いでるカルトの奴らの本拠地に潜入して内側から滅茶苦茶にした」

「うわこいつとうとうカルト憎しが極まったみてえだな。こうして生きてるってことは閉業なさったか」

「ついでに最後はダチと先輩の手を借りて教祖様を楽園に届けてやった」

「わおすげえ、どうやって届けた?」

「105㎜榴弾砲直当てした」

「五体不満足でお届けされたろうな、気の毒に」

「その時いろいろあってニクがこんな姿になったんだ。俺の知り合いたちが大慌てだったよ」

「……ふ、二人とも……? ちょっと話が怖いよー……?」

「でも作戦大成功、うまくいってよかった」

「んな経験すりゃそう肝も据わるわ。その調子で次もどうだ」

「だったら二人で潰すか?」

「いいね、俺とお前で仲良くやっちまうか」


 小動物みたいにもくもく食べるミコの隣で、元の世界を絡めて乾杯だ。

 肴はトマト味に似込まれた内蔵がたっぷり挟まれたサンドイッチだ。

 とろとろしてるし、ソースでふやけたパンがうまい。


「ただまあ、そうだな……一方的に言うだけ言って、何言いたいか分からないくせに妙に強気なのが怪しい。普通こういうのはあれこれ文句をつけてから勧誘なりするもんだろ?」


 すぐ平らげてしまった、オレンジジュースで甘酸っぱく口直ししつつ向こうを見る。

 昼を過ぎてもなお街の穏やかさを感じる人たちがいた。

 あんなカルトなんてどうでも良さそうな顔ばかりだ。


「それにしちゃうまくやってるんだよな。内外の批判もうまくブロックしてるみたいだし、全体主義ゴリ押しでこの街すり抜けてやがる」

「聞き耳持たず、っていうか俺には言い逃げしてるように感じる」

「っていうと?」

「どうせすぐにそんなのどうでもよくなるから、言うだけ言ったらいい気分のままさようなら……みたいなやつだ」

「だったら集団自殺してみんな幸せENDぐらいしかねーじゃねーかそれ」

「まあそうなんだよな。当の本人たちが本気で一方的に世界の終わりを信じて騒いでるだけ、それもその後のことはノープラン。そんな具合じゃないかって思ってる」

「でも死ぬ死ぬ詐欺するような人柄だぞ、ありゃ。そう言うのは絶対死なねえ」

「じゃあそのしぶとさをもって何をしようとしてるのか、だな。魔王でも召喚するとかそういう一大イベントじゃないよな?」

「そんなご立派な連中に見えるかよ?」

「そろそろただの暇な連中に見えてる」


 そんなものがどこかにある手前、こうしていくら話そうが答えは出てこない。

 しかも当の本人たちはこういう時に限っていない、まったく嫌な連中だ。


「……あ、そうだ。実はさっき、クラングルに『地下』はないか調べてほしいってセアリさんたちに頼んだの。そういうところに隠れてるんじゃないかなって思って……」


 するとミコがそう切り出してきた。

 ミセリコルディアの奴らに隠れ場所になりそうなものを探させてたらしい。

 数十の信者がいたとして、匿えるような場所がそうやすやあってほしくないが。


「調べてくれたのか? どうだった?」

「市の人達に聞き込んでくれたみたいなんだけど、記録を見てもそんな大規模なものは作られてないんだって。壁の中じゃせいぜい、民家とか店舗が保有してる小規模な地下室だけらしいけど……?」

「……つまり巨大なシェルターとかの路線はなしか」

「んなもんあるわけねーだろ、ウェイストランドじゃあるまいし」

「あっ、それから下水道とかの路線も気にかけたんだけど……やっぱりそれもありえなさそうだよ。その入り口も目立つところに置いてあるから、こっそり入れるようなものじゃないみたい」


 隠された地下っていう俺の考えは大外れか。

 ミコたちのおかげでだいぶ絞れただけよしとしよう。

 そうなるとますます、ご本人たちの素振りから判断するしかなくなってきた。


【――白き神々からのメッセージを伝える! この街、この国、この世はじきに終焉を迎えるのだ! 懺悔の暇は与えぬと浄化の刻を間近にしている! 偽りの妖精たちが持つその生き血を捧げし時、真の力を取り戻した彼のものは慈悲をもって諸君らを正しく導くであろう!】


 ついにきたか。待ちに待ったありがたいお言葉が迫る。

 中年男性ほどの音質を追えば、白い衣の野郎が北西側で声を広げてる。

 当然営みを邪魔された方々は避けるが――チャンスだ、立ち上がった。


「……出やがったらしい。よしいいこと考えた、ちょっと帽子貸してくれニク」

「あれが例の人達……? ど、どうするの、いちクン……?」

「噂したら出たな。それでこれから何するつもりだ、まさか殴り込む系?」

「ん、どうするのご主人」


 ニクに「貸して」と犬系な帽子を拝借した。

 それから手で合図して、燃やせるゴミを【分解】しながら歩きだす。


【神はかの日に諸君らの不信に悲しみを覚えていた! だがその悲しみはやがて怒りに変わった! 見よ! この醜い世の中を! 浅薄な者たちよ! 悪魔が呼びかけた異形たちに世を奪われ、あまつさえ奴らの使いである彼女たちは白き神を打ち倒さんとしているではないか!】


 段々とその説教の内容が濃く感じてくる。

 服を軽く整えて、帽子を深く被った――わん娘のいい匂い。

 周りには「なんだこいつ」と距離を置くのが大体だ、そこにそっと混じる。


*ぴこん*


 着信音を感じた。画面に食いつけば『ミナミ』とあって。


『こちら時計塔で待機中のミナミです。北西で説教中のところにお近づきのようですが、あまり無茶な真似はなさらぬよう』


 このあたりは狩人の監視下にあるみたいだ。

 それに多分他の冒険者たちもいるはず。それならこうしておこう。


『妖精の子がいるなら上空から偵察させてくれ。ちょっと接触してみるから行方を追いかけたい』


 と送った、何も物理的手段に訴えるやり方じゃない。

 まだ残っているサンドイッチの紙袋を抱えて、そっと教えに近づけば。


【偽りの神を信じる者たちよ、白き民こそが真なる神なのだ! そしその教え子たちこそが真なる民なのだ! 白き者たちはこの恵まれし地で真の人間として生き、そして真の神として生きるはずだったのだ! 諸君らにもはやその罪を償う時など残されてはおらぬ!】


 白髪交じりの元気なおっさんが仰々しいポーズで気持ちを表現してた。

 目はイってる。薬と酒とは無縁、通称自分に酔ってるタイプの人種だ。

 でも声は本気だ。日頃の不満を晴らすような、もっといえば「謝ってももう遅い」を体現したような得意げさがあって。


『やるんだな? 俺たちも少し離れたベンチで座ってる、実力行使は我慢しろ』


 タケナカ先輩の着信も心配そうにそうやってきた、監視が行き渡ってる。

 こんな場所でやかましい説教は気が滅入るが、ともあれ様子を見た。


 ――ところが、まったく話の意図が掴めない。


 いざ立ち会って、黙って聞いてればこうだ。

 白き民えらいしすごい、我々それに従ってるからえらいしすごい。

 魔物だらけのこの世は悪魔に侵略されている。

 それを受け入れた人類はみんな悪いやつだから間もなく滅びる。

 数十分をどぶに捨てて無を得るような気分だ、何の意味もないのだこれは。


「……何が言いたいんだろうなあいつ」

「さあ、なんでしょうね……?」

「きっと気の触れた方なんじゃないかな、そっとしてあげよう」


 あんまりな内容に、ちらちらと伺っていたエルフ系な市民数名が離れていく。

 そんな憐れみ方に「ふん」と憐れみ返していて。


「――ふう。本当に哀れなのはお前たちのくせに……」


 一仕事終えて、あるいは普段のうっ憤でも消せたのかすっきりした様子だ。

 そいつはそのままさも当然のように、かつ堂々と去ろうとするも。


「どうも、お疲れ様です。なんかすごい叫んでましたけど何言ってるかさっぱりでした」


 こっちだって堂々だ。紙袋を突き出しながら近寄った。

 すると向こうは当然警戒モードである、なんだこいつと身構えるも。


「なんだ君は。その言い方は私を馬鹿にしにきたのか?」

「ああいや失礼、ちょっと遅めのお昼ご飯食べに来たらなんかやってたんで気になっちゃって。良かったらこれ食べます?」


 帽子の下に気さくさを作って(装うともいう)そっと包みを一つ渡した。

 健康に気を使った野菜グリルとチーズ入りの断面を突き付けると、向こうは少し訝しんだ。


「おい、私がここで何を説いていたか分かってるか?」

「いえ全然。でもなんかストレス発散ぐらいには見えました」

「君も何一つ分かっちゃいないのか。もしや私が、気を晴らすためにこのようなことをしてやってると思うのか?」

「なんかこう……人生に不満を感じてるようなものは感じました。ただ興味はありますね、そこらへんにいる魔物っぽい女の子たちがこうわんさかいるのも、世にそれなりの事情があってこうなったんじゃないか……とか考えが捗ったぐらいには」


 そこでさらに腕を使って「あれ」とか表現した。 

 ちょうどそこに変装した数名が重なった。

 ぱっと見て公園で語り合ってるような男二人にネコマタ一人――シナダカップルとタケナカ先輩だ。


「……尋ねるが、君は旅人という人種か?」


 そう案内すれば、向こうの疑問はこっちを向く。

 嘘はつかない方がいいだろうな、包みをすすめながら頷いた。


「まあそっすね、賑やかだっていうから最近クラングルにきました。でもいざ来てみればこれですよ、人間と動物のキメラみたいなのがうじゃうじゃ、飯はうまいけど居心地ちょっと悪くて」


 犬系の帽子を「馴染めるように形から」と表現もした。

 すると信者はますます疑わしい顔をして、けれども興味もあるような様子で。


「ほう。君はああいう『魔物』が嫌いなのか?」


 単調に、かつ期待を込めた感じで尋ねてきた。


「魔界から侵略しにきたバケモン見てる気分ですよ。もっとこう、清楚で髪が長くておっとりしたお姉さんが好みなんですよね……分かります?」


 なのでそう答えておいた。

 相手は若干の不信感はそのままだが頷いて。


「そうか、君はそう見えるのだな? ではもう一つお尋ねするが、こうして私は皆に警鐘を鳴らしていたわけだが……どう見えたかね?」


 だいぶ話が通りそうな様子で次なる質問だ――知るかボケ。


「なんかそろそろやばいなって思いました」

「……いや、うん、君のその考えは間違っちゃいないがな」

「まあでもこんな俺でも人生はあるんですよね。それが突然終わったらちょっと嫌だなと」

「では、世に終わりが訪れると信じられるか?」

「マジなら信じたくないですね。それに死にたくもないです」


 次々答えておけば、白い格好の奴は「ふむ」と小さく納得してる。

 それから軽くこっちを視線でこまごま調べれば、そっと手を伸ばしてきて。


「君はああやって自堕落に魔物たちと暮らすものと違って、幾分話が通じそうだな。それに正直なお方だ」


 「グリル野菜サンドです」と付け足すと、差し入れを受け取ってくれた。


「こんなところでああいうのが嫌いって言ったら嫌な顔されますからね、おおっぴらに言えないだけですよ」

「なるほどな、君は確かにそういう強い意思が宿った目をしている。だが残念ながら世が終わるのは事実だぞ」

「どういうことです?」

「師はこの秘密を同志以外に言うなと触れている、どうせ明日には終わるのだ。こうして巡り合えた君に話してやろう」


 気になる情報を惜しみなく漏らした――師に同志に明日には終わるって?

 こいつらの思想はともかく面白そうな話題だ。白い格好が人目を避けるように「ついてこい」と歩いて。


「まず先に話しておこうか。君は白き民を知ってるな? この国が生まれて程なくして、現世に降り立った古き神々のことだ」


 広場すれすれにあるベンチまでこぎつくと、お隣に誘われた。

 顔はまるで話したかったと言わんばかりだ、貰ったサンドイッチにがっつきながらだが。


「ある程度は学んでます。ここの人達が住み着きだしてから現れたんでしたっけ?」

「どこで知ったのかも知りたいかな」

「一応こう見えて学生です。フランメリアのことを学ぼうと思って」

「ふむ、失礼なことを申すがそう見えて勤勉なのだな。こうして食べ物を分け与える律儀さもある――けれども残念だ、君みたいな者がいるというのに」

「生涯学び続けようという気概で来たんですが、その言い方だとそれも無駄になりそうですね。何があったんですか?」


 俺もご一緒した、解された鳥の丸焼き入りのサンドイッチだ。

 「肉の方がよかった?」と見せるも、これでいいと向こうは首を縦に振って。


「堕天使だ。クラングルの奥深くに堕天使様が突然いらっしゃったのだ」


 緊張感混じりの笑顔でそう答えた。

 話の流れにあわせた冗談って感じじゃなさそうだ。


「あー、ここにですか? こんな魔物だらけの場所に?」

「それだけではない、我々が終末を乗り切るための聖域も共にやってきたのだ」

「二つ一緒に? そりゃなんていうかこう、お得ですね」

「そう、そうなのだ。そこは食べ物に恵まれ、外界に通じる広き道が作られ、まさに楽園というようなものだ。それが堕天使様と共に表れてな……」

「なるほど。神とその居場所が同時に現れればお召星以外の何物でもないと」

「その通りだ。我々のみじめで無様なあの頃がようやく覆されるのだ」

「ついでに何かあったみたいですね。ああ、いや、気に障るようなことなら無理に言わなくてもいいんですけど……なんかあったんで?」


 話せば話すほど向こうはどんどん口の動きを良くしてる気がする。

 話したかったような、ずっと我慢してたような、そんな具合で語り出して。


「いいか君、そもそも白き教え子たちがどんなものかご存じかね?」

「まあそうですね……こうして大きな声で世に伝えなくちゃいけないほど、大事な何かに気づいていたとか……?」

「その通りだ少年、我々は十年も前からこの世のおかしさに気づいていた。アバタールという人間が魔物を引き連れてこの地に居座ったそうだが、神はそれをお許しにならなかったのだ」

「まるで侵略ですねそりゃ」

「その通りだ! 思うに奴は魔王だ、神に逆らいし者たちだ! ああなんとおいたわしい……! あの白く神々しいお姿を見たことはあるか? あの美しさこそが本来あるべき人類のお姿なのだよ!」

「なるほど、だからせめてその格好をして敬意を払ってると」

「なのにクラングルの連中め、我々のことを皆で鼻で笑いおって! あの時憐れむように見下ろされた時、我ら一同どれほどの屈辱を味わったことか!」


 すごいやつだ、少し突いたらどんどん話しやがった。

 次第に周りの目も気にせず立ち上がり、手ぶり身振りで気持ちを表現してる――落ち着けおっちゃん。


「あー、ちょっと落ち着きません? 食べながら喋るのはお行儀悪いですよ」

「落ち着けるかッ! あの「憐れんでやるか」みたいなこの街の連中の目を一度たりとも忘れたか! 大体なんだ、ノルテレイヤなどと偽りの神を信じおって! あんなものがいるせいでこの地は行く末を間違ったのだ!」

「まあ白き民の皆様からすれば迷惑極まりない話で」

「だが我らが師の預言がこうして叶ったのだ。十年後のこの地にて、白き民の起こす奇跡が起こると!」

「なるほど、それがさっきの堕天使様云々と?」

「そうだ、信じ続けてきた甲斐が今ここに。あの試練はきっと白き神がおあたえくださった最後の機なのだ。我が信仰を今に見ているがいい、人を真似する醜い者たちめ――」


 もはや隠す気ゼロだ、大げさな身の動きでそう語ると「はっ」と息を殺して。


「……いや、話し過ぎたな」


 大人しく耳を傾けてやってたストレンジャーに気まずそうな顔を向けてきた。

 なんなら次に「忘れてくれ」とでも言いそうだが。


「いいえ、誰にも話しませんから安心してください。お話ありがとうございます、もしこれが最後ならこうして他人の価値観についてよく学べる機会になりましたから」


 色々問い詰めたい気持ちを抑えてそうお返しした。

 今見せた弱みに付け込もいいけど、この手の人間は信頼してもらった方が良く漏らしてくれるタイプだ。

 そうなれば相手は「そうか」とまた悩み。


「君のような素質のある人間も本当であれば聖域に匿いたいぐらいだが、我々の掟は決して破れんものだ。申し訳ないが最後の時間を謳歌してくれたまえ」


 なんともまあ、ひどい形の別れの挨拶を告げてきた。

 タイムリミットがあるっていうのか? それくらいは尋ねておくか。


「ほんとに終わりの刻が迫ってるなら、一体どれほど猶予があるんですかね?」

「明日の昼までだ」

「眠ってる間には終わらなさそうですね」

「神が真の力を取り戻すその時が来れば、瞬く間に世は終わるぞ。それまで悔いのない時を過ごすといい」

「そうします――ということは、これが最後の説教だったんですね」

「もっと早く君と出会いたかったものだ。ではさらばだ、もう会うことはないだろう。うまいサンドイッチをありがとう」


 明日の昼には世界が滅びるそうだ――んなわけあるか。

 しかし向こうは勝手に名残惜しそうに去っていった。

 それでいて、なんだか背中には得意げなものを背負いつつだが。


『追跡開始』


 頃合いだ、ミナミさんにメッセージを送って歩き出す。

 広場周りの人混みに紛れていくのを目と足で追う。

 道中タケナカ先輩から『頼んだぞ』と合図も受けて、白い姿を追いかけると。


「……ちっ、気づかれたか?」


 その途中だった、広場を超えた先にクラングルの賑わいにぶち当たった。 

 日用品やらの雑多な店構えが並んで、人の通りが狭苦しい北西エリアだ。

 そこに入ったならいい、でも駆けつけた先には脱ぎ捨てられた白い衣である。

 地面に忘れられたそれに人々が足を避けてる――どこだ?


「冒険者の兄さん、そっちだ。そいつの持ち主なら路地裏に向かったぞ」


 親切な街の誰かが指先つきで教えにきた、少し進んだ先の横道か。

 白き抜け殻を拾って、見えない姿を辿れば。


「ご主人、さっきの人は……!」


 ニクが早足で追いついてきた。

 頼れる嗅覚に押し付けて足並みをそろえる。


「地味に腹立つことして消えやがった。追えるか?」

「……だめ、匂いが消されてる」

「だよなあ、わざわざ残すほど馬鹿じゃないのは分かった」


 ところが対策済みだったか、確かに衣からは強烈な爽やかさを感じる。

 これに揮発性の毒やら仕込まない配慮があるのには感謝してやろう。

 白布を担いで路地の裏に踏み込めば――


「おいおい……どうなってんだここ」

「入り組んでる……それに、いろいろな匂いがする……?」

「こういうところに迷わず飛び込める奴は限られてるだろうな」


 そこは甘い香りの漂う深い路地の作りだった。

 寄せ集められた建物が所狭しで、道や階段があれやこれやと枝分かれしてる。

 このつくりに飛び込めるってことは街に慣れたやつか、とにかく追いかけた。


「……人間さん! 見失っちゃった……!」

「ご、ごめんなさい! ここ、屋根が多すぎて全然見えないよー……!」


 慣れないクラングルの奥行きをひたすらなぞれば、そんな声を頭上に感じた。

 金髪の妖精さんだ、他にもわらわらとカラフルに降りてくるが、それは『失敗』を意味してるようなもんである。


「なるほど魔物対策はばっちりってか? くそ、うまく逃げやがって」


 だから諦めた、でも逃げる場所を掴めたのはでかいだろう。

 けっきょくこの場に残ったのは律儀に追いかけた俺たちぐらいである。


「ん……ねえご主人、これって……?」


 そんな傍ら、ニクが路地の隅っこに見出したらしい。

 手がかりでもあったのかと向ける顔に期待が働くのは当たり前だが。


「……なんだこりゃ、なんでこんなもんがあるんだ?」


 思わずそうお尋ねするが、たぶん返答できる奴はいないだろう。

 そこにはだいぶ変色した紙が乱雑に丸められており。


【カリフォルニアの新交通システム計画は滞りなく進行しており、さっそく市内各地にその第一号が完成した。提案者のアーロン・タスク社長の名を冠して"アーロン・ロード"と名付けられたそれは明後日に開通を控えているが、提携したスーパーマーケット側の問題により――】


 という文面が、潰れた写真と一緒に収められてた。

 間違いなくウェイストランドの雰囲気だ、もっとも気にしてる場合じゃない。


「いちクン! さっきの人は――」

「その様子だと見失ったらしいな、良く分かってんじゃないの畜生め」

「逃がしちまったか……! あの野郎、俺たちのことよっぽど気にかけてるみてえだな」


 そこにそろそろ、とミコやらタケナカ先輩たちが追いかけてきた。

 こうして揃いも揃ったわけだが、もはや追いかけるべき姿はどこにもあらず。


「逃げられたよ。でも重要なことを聞き出せたぞ、明日の昼にはなんか起きるってさ」


 お手上げだ、とばかりに丸めた紙を投げ渡した。

 坊主頭の先輩がキャッチ――良くわからないニュースの一面に顔が難しそうだ。


「あいつの言ってた事なら俺たちも耳にしたぞ。あんな馬鹿みたいに大声でしゃべるんだから聞くには困らねえよ」

「そりゃ説明する手間も省いてくれたようで。どうする? 世界の滅亡まで楽しく過ごすか?」


 言い逃げしたやつに代わって「じゃあ終末どう過ごす」と手ぶりで尋ねた。

 みんな「んなわけあるか」な顔だ、つまり嘘なんだろうさ。


 こうして見事に追うもの逃してしまったが――実際のところは問題なかった。

 何故ならその翌日、世界の終わりなんてないまま昼を迎えたからだ。


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