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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
剣と魔法の世界のストレンジャー
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64 見失う、白き教え子たち

 白き教え子たちの不審な行動とそれにまつわる情報をまとめるとこうだ。


・十年ほど前に白き民を崇めだした集団である

・しかし当初は相手にされなかった。イキって間もなく消沈して消滅。

・かと思えば白き民の活動が盛んになると急に復活、それもやけにうるさい。

・強引な勧誘だの特定の商法を執り行ってるわけじゃない。

・ただやかましいだけだが日に日に声がデカくなる。みんな迷惑。

・各地で教えを説いた後はどこかへ急に消えてしまい行方は掴めず。

・馬車を借りて他の都市からの荷と偽って何かを持ち込んだかもしれない。

・酒場で信者とおぼしき人物が世界の終わりに向けて乾杯してた。

・深夜に街を移動しているところが目撃された。

・説教が行われるエリアはクラングル南区のある通りを避けて行われてる。

・このタイミングで行方の掴めない行方不明者が三名出ている。

・総じて人の職場によからぬ雰囲気を付与してくれたクソ野郎である。


 と、名前は白いくせに色合いが灰色に触れてる連中だった。

 他の冒険者仲間も情報を仕入れたようだが、どれも似たり寄ったりで。

 「南区では教えを説かない」「突然姿を消す」「間もなく世は終わるという」

 こんな報告をまとめて食らったギルマスは一体どんな顔をしたのか心配だ。


 そしてしばらくしないうち、次の指示がきた。

 都市の南側を調査しろ。白き教え子たちを監視して追跡しろ。行方不明者に関する情報を探れ。

 それらを踏まえて、ただいまのギルマスの考えはこうらしい。

 白い連中だけのみぞ知る隠された道があって、人目に付かないところで何かを始めようとしている、と。


 この手の話が元の世界で出てくればただの陰謀論だが、ここはフランメリアだ。

 そいつらが魔術の使い手ですさまじい何かを呼び出そうと準備してるとか、都市を害する何かを企んでるとか、しゃれにならない付加価値になる。


 しかし一度に情報をこれだけ仕入れて「じゃあすぐに実力行使してください」とならないのもこの世界である。

 向こうは冒険者に警戒心を張らせて巧妙に隠れてしまうからだ。

 下手な刺激は避けて少しずつ裏を取れ、という方針を求められた。


 行方不明者との関係性や何らかの企てがまだはっきりしない以上、いっそう気取られないように調べろ――だとさ。

 要は感づかれないよう細心の注意を払ってまたもどかしくやれってことだ。

 それでも要注意団体に指定されたのは確かだ。街の意識も次第に向こうに対する不信感に代わるだろうが。


「……正直とっ捕まえて身体にお尋ねすりゃ早いんじゃないか? まあそれやったら感づかれるのも時間の問題になるし、中途半端にやると尋問されたのをいいことにぎゃーぎゃー騒ぎそうだからな」

「いちクン、発想がウェイストランドだよ……それに、わたしたち冒険者がそんなことをしたって広まったら印象が悪くなるかもしれないし」

「俺もそうしてーけどなー、それやっちまったら最後、俺たちは金次第で拷問から何までするプロフェッショナルみたいに扱われるんだぞ。何はともあれ世間の顔を伺いながらやんなきゃいけねえのが辛いところだ」


 一度解散、という体で俺たちはまた市内に散っていた。

 幼馴染と相棒二人の組み合わせのまま、今はヴァルム亭のある通りに足を運んでる。


「……あの人たちの匂い、消されてるね。しっかり対策されてると思う」


 ここにきてまた一つ嫌な事実が明かされてた。 

 張り紙を拝借して「鼻でお尋ね」しようとしたところ、まったく分からないというのだ。

 それならと別行動中のセアリや他のワーウルフにも嗅がせたが、みんな顔(というか鼻)を揃えて。


『匂いがしない』


 だそうだ。

 そこで浮かんだのはニクの言う通りだ。嗅覚的に対策されていたら?


「じゃあなんだ、匂いも隠して思いっきり冒険者たち相手するつもりで貼ってたのかあいつら?」


 ニクがすんすんしてた紙を受け取れば、あのイラストからは独特の匂いがした。

 鼻の奥がすーっと開くような刺激臭だ。

 取り扱われ方から毒じゃないだろうが、妙にいい香りなのが腹が立つ。


「そうとしか思えないよね……わたしたちの動きもしっかり見ていたなら、ワーウルフの子とか匂いに敏感な子もいっぱいるって知ってるだろうし」

「冒険者は白き民スレイヤーだぜ? お兄さん的にはあんなのと身も心も寄せてるなら、俺たちも憎しって感じでやってるのは当たり前だと思う」

「白き民たちも嬉しいだろうな、こうして味方してくれる奴いるんだから泣いて喜ぶんじゃないのか」

「あの顔からして信者と冒険者の区別どころか感謝の涙すら無縁だろうがな。まあわんこの鼻はもうアテにできねえよ、地道に探すしかねえ」


 嫌に爽やかな紙を回してると、次第にいつもの通りが見えてきた。

 我が宿の面構えと、その向こうで安心感を振りまく『クルースニク・ベーカリー』の看板がちゃんとある。


「……で、俺たちお住いの地域に戻ってきたわけだけど。親父さんもこのあたりでも出てきたとか言ってたよな


 一説ではこのあたりでも夜な夜な出るらしい。

 ということは、白き教え子たちはここと何らかの縁がある。

 しかし俺たちにはどう頑張っても()()()()()()しか見えない。

 そこそこ人が行き交って、程よい飲食店の数が心地よい程度に明るくしてる。


「……ここって大人しい場所でいいなあって思ったんだけど、あんなことを知っちゃったら見る目が変わっちゃうよね」


 ここにミコの訝しむ目が挟まってしまえば、そんな風景もすぐ台無しだ。

 俺たちの暮らしが不穏さに脅かされてる。よくもやってくれたな白いクソどもめ。


「でもさあ、聞き込みしたってそれらしい情報が全くねえんだよな。もう調べ尽くした後だぜここ」

「ん、いっぱい聞いたけど「白い格好の人が夜に出歩いていた」ぐらいしか聞いてないよね」

「そうそう、しかも説教やらをしないエリアだってことも裏付けられちまったわけだよ。間違いくここに何かがあるんだろうけどなあ」


 幼馴染と愛犬も「何か」を探してるが、疑問はそこらを通り抜けるだけだ。

 異変を探すのが大変なほどゆったり平和な南区の日常が流れてる。

 時刻を知れば午後の二時だ、精を出し過ぎて昼食もおろそかにしてた。


「とりあえず昼飯でも食わないか? 俺たちが一般人ならそうすると思うぞ」

「……そういえばわたしたち、ずっと集中しててご飯食べるタイミング忘れてたよね」

「もうこんな時間かよ……まあ、捗った証拠ってことだ。自分たちへのご褒美にうまいもんでも食おうぜ」

「……そういえばお腹すいた。お肉が食べたい」


 食事というには微妙な頃だけど、忘れてた空腹も一緒に思い出してしまった。

 みんなもそうだとばかりに腹を気にしてるのだから、俺たちはよっぽど熱中してたんだろう。

 さてじゃあどこで食うか? ヴァルム亭なら手ごろに食えるし、この辺りはちょっとした店がいろいろあるものの。


「……よし、サンドイッチはどうだ」


 でもここはパン屋がある場所だ。ここぞとばかりにニヤっとした。

 三人とも「まさか作るのか」と言いたそうになったものの、狙いは違う。

 パン屋のある面からそっと右へなぞったところで、やや距離感を置いた小さな店先がある。


「あれって、お惣菜のお店だよね……?」


 俺の視線に気づくとは流石ミコだと思う。

 おっとりした顔先には『ベスパクチナ』という名前の看板があるはず。

 この通りでこじんまりとやってる惣菜店だ。

 簡単なものから少し手の込んだものまで好きな量をお手軽に頼めるし、ご近所で買ったパンを突きだせばサンドイッチを作ってもらえる。


「あそこはクルースニク・ベーカリーと仲がいい場所だ。うちの店のパン持ち込めばサンドイッチ作ってくれるぞ」

「そ、そんなシステムだったんだ……!? でも、持ち込んだパンでサンドイッチって面白いかも……?」

「イチ、お前奥さんに腕試しって言われて自作したパン持ってったら「まだまだだな」って追い返されてなかったか?」

「同じくして「精進して出直せ」って言われたぞ。今日は店のやつ買って持ち込むから大丈夫だ」

「いちクン、どんどんパン屋さんに向かって行ってるね……」

「でもうちの親父さんは鼻が高いって言ってたぜ、ここらが栄えてる理由は大体こいつにあるからな」

「よーし、ちょっと塩なしパン買いに行くか。この時間ならまだ残ってるだろ」


 ……ちなみに俺の作ったパンの出来具合を確かめる場所でもある。

 ドヤ顔で自作した塩なしパンを持ち込んだらやんわり断られた。

 あの時の呆れた表情が物語るに、まだまだ店の味には遠いってことらしい。

 ということでさっそくクルースニク・ベーカリーに駆けつけて。


「へい奥さん、塩なしパンまだ売ってる?」

「お、お邪魔します……わっ、いい匂いだなあ……」

「よー、俺たちのご帰還だぜ奥さん。まったく今日は大変だ」

「ん、奥さん。お仕事の途中だけど買いにきたよ」


 がらんと開けた先へ押しかければ、大体売れ尽くした感じの品揃えだ。

 総菜系、菓子系は全滅、あるのは塩なしパンを含める常食用が幾つかで。


「あらいらっしゃいみんな、今日は可愛い売り子がいるからいっぱい売れたわよ。色々な人が来てくれるから飽きないわねえ」

「あ、こんにちはイチ先輩。ここって楽しいですねー」

「こんにちは先輩の皆さん、お疲れ様です」

「やあ皆さま、売れ行きは好調ですのでご安心ください。もう商品は根こそぎ売れてしまいましたが」


 カウンターの向こうでは面白い顔ぶれだ。天使モドキに狐耳に球体関節の可愛さが三つ揃ってる。

 タケナカ先輩につられてやってきた子たちか。エプロン姿にやられたお客さんはいっぱい買ったに違いない。


「よおきたなあ、その子たちから聞いたんやけど、あの白いおじさんたちのこと調べてるってほんまかあ?」


 それから赤いスライムな先輩もにょろっと出てきた、仕込みに入ってる。


「どうもスカーレット先輩、その休憩がてらパン買いに来たぞ」

「大変そやなあ、もうほとんど残ってなくてごめんなあ」

「俺の目当てはサンドイッチ用のパンだ、ちょうどいいタイミングだろ?」

「だったら全部持っていきなさいな、どうせお隣のお惣菜屋にいくんでしょ?」


 しかしさすがは奥さんだ、ここに来た理由を見抜いてたらしい。

 カウンターの売り子三名は「お総菜?」と首をかしげてるが、お言葉に甘えて塩なしパンをもらうとしよう。


「じゃあもらおうかな、もう仕込みだろ?」

「他の余りはまかないにしちゃうわ。お仕事頑張ってね?」

「ああ、いいニュースを持ち帰れるように頑張るよ」

「なんだか胡散臭いことになってるみたいじゃない。このあたりの人達はあなたのためなら何でも教えるって言ってたわ、困ったら尋ねるのよ」

「そうするよ、ありがとう」


 ふくよかな奥さんは笑顔で塩なしパンの大きな形を持ってきた。三つも。

 ちょっと多すぎる気もするが、この人の笑みには逆らわないのがストレンジャーだ。


「い、いいんですか……こんなに貰っちゃって?」

「おおう、奥さん大胆だね。俺が思うにイチがここで勤めて良かったことは、こういう気のいい人とお会いできたことだな」

「奥さま、ありがとう。お肉いっぱい挟んで食べたい」

「私のお店は冒険者ご用達よ、今じゃあなたたちなんて実の家族みたいに思ってるんだから遠慮しないで持ってきなさい」

「ちなみにそこの新入り三名、この近所の総菜屋さんは店のパンを持ち込んでサンドイッチにしてもらえるぞ。今度試してみろ」


 こうしてただでパンをもらった。紙袋いっぱいに伝わる小麦のどっしり感。

 ついでに売り子三名にアドバイスを勝手に足すと、「がんばってなあ」とスカーレット先輩の声に送られたが。


「そうだ奥さん、白き教え子たちについてこうして調べてるわけだけど、このあたりで何か違和感とかないか? いつもとは違う人が出歩いてるとか」


 もう聞き尽くされた後だろうが、一応はそう尋ねておいた。

 しかし向こうは売り子三名もろとも「うーん」という感じで悩ましく。


「私もそれが気になって気をつけてたんだけどねえ、それらしいのが全く感じ取れないのよ。というか、そんなの分かったらすぐに知らせてるぐらいよ」

「イケダさんにも聞いたんやけど、なんもわからへんいっとったでえ」

「あの、私たちも調べたんですけど……」

「前に白い格好の人が深夜に歩いてた、程度の情報しかありませんでした……」

「このあたりで教えを説かないということだけは確定しています。引き続き何か分かりましたらメッセージでお伝えしますので」

「そうか。何か変なことがあったらすぐ知らせてくれ、速攻で駆けつけるから」


 店の顔ぶれはどれも心当たらずって感じか。

 「どうも」と一声残して店を離れることにした。


『せや、今日はいっぱいおるしタルトタタンつくろうなあ。りんごりんごー』


 スカーレット先輩のふにゃふにゃ声は相変わらずだけど、ここらの裏に不穏なものが隠れてるとなるとやっぱり心配だ。

 そうやって塩なしパンを抱えて向かうはおとなりのお惣菜屋で。


「――おう、なんかさっきお前が見えたから来るかなと思ったんだが、案の定パン抱えてきたな」


 優しい木造りの扉を開けば、四人で入れば窮屈な店の中だ。

 カウンターのガラス越しに白皿の数々が料理を抱えて、その更に奥でオークの獣らしさが一体。


「ご名答、グレディウスさん。遅めの昼飯になったんだ」

「袋に入ってるのは塩なしパンか、奥さんの作った方のな」

「んでお隣にいるのがパン屋のいつものとミセリコルディアのマスターだ」

「こりゃまた大層なお方がきてくれたな、ようこそミセリコルデの嬢ちゃん。大したことない総菜屋だが見てってくれ」


 チャールトン少佐よりも幾分ふとましい巨体が、相応のエプロンを着て構えているという中々な光景だった。

 お総菜屋『ベスパクチナ』の店主、グレディウスさんだ。

 パン屋を意識して濃い目の味付けの料理をこまごま扱う老舗の一つで、今じゃこうして知り合った仲である。


「こんにちは、おいしそうなお料理がいっぱいですね……!」

「どうもうちの幼馴染がお世話になってます、いろいろあんなあ……」

「生ハムにサラミに豚肉……じゅるり」

「おい、お前のところの犬の精霊はたまには野菜食わせてるんだろうな? 肉ばっか食わせると栄養偏るぞお前」

「連帯責任で一緒に食ってるよ、心配しないでくれ」

「ほー、じゃあ今朝は何食ったんだ?」

「生サラミと玉ねぎのピクルス挟んだサンドイッチ」

「酢漬けだけで野菜食ったつもりか! ダメだな、朝はトマトを食うぐらいしとけ、昼は緑色の野菜を大目に取るんだ、それが健康の秘訣だぞ」

「じゃあ昼過ぎは?」

「野菜のグリルが一番だ。ドライトマトにナスにキノコにパプリカが入ってんぞ」


 まあ、来るたびに野菜に関してあれこれいわれるのが難点だ。

 ガラスの向こうにはスライスされた生ハムや肉料理、内臓の煮込み、ごちゃ混ぜ色とりどりな焼き野菜やらがある。


「……それとトマトのピクルスに、ズッキーニのステーキだ。俺に任せてくれればお安く野菜サンドを作ってやるぞ」

「肉は?」「お肉は?」

「二人同時に肉いいやがってこいつらめ。今日は生ハムと豚の香草焼き、それから内臓煮込みに……チキンの丸焼きもまだ残ってるぞ」

「じゃあこれ全部サンドイッチにしてくれ。野菜サンドと内臓煮込み挟んだ奴を四つ、他は肉多めのやつで。予算はせっかくだし4000メルタで」

「そのパン全部食うつもりか? まあわかった、野菜は必ず入れるからな」

「ああ、今日から健康に気を付ける」

「いいや今からだ。待ってろ、俺のセンスでうまいやつ作ってやる」


 いろいろ吟味した末、ケースの向こうで佇むよりどりみどりを注文した。

 オークの太い腕が皿の上からひょいひょい料理を取っていく。

 野菜がオリーブオイルで焼かれたものや、トマト味に煮込まれた内臓やらだ。


「……すごいですね、これ。全部店主サンが作ったんですか?」


 大分売れてるとはいえまだ色のある数々にミコの目も釘付けだ。

 そんな様子に向こうは「よこせ」と分捕ったパンをさっそく切っていて。


「おう、毎日必ず売り切れるからな、このあたりじゃ。買ってくれる奴がいるなら自然と腕も振るいたくなるもんだろ?」

「そうだったんですね……この、トリッパってなんでしょう?」

「牛の内臓をじっくり煮込んだ奴だよ。濃い味だからパンに合うし、柔らかくて口当たりがいいぞ。今からこいつを挟んでやる――おっと、食えないもんはあるか?」

「あ、大丈夫です。ふふっ、どれもおいしそうですね?」


 ミセリコルディアのマスターに少し得意げだ。豚らしい鼻が鳴るほどに。

 パンが食べやすいサイズになれば生ハムや野菜を添えたり、煮込み料理を挟んだり、焼き野菜が乗ったりと様々で。


「このあたりも旅人が作った料理が並び始めてるのによく売れてるよなって思うよ。最近ご近所も珍しがってるじゃん?」


 サンドイッチの行く末を見守ってると、暇そうにしてたタカアキがお仕事の姿に馴れ馴れしくした。

 確かにこの頃、ここじゃ日本人が作った料理が流行ってる。

 おかげで市民の皆様は俺たちの持ち込んだ異国の味に興味津々みたいだ。


「それがうまくできてるのさ、黒い眼鏡の兄さん。確かにあの「ニホンのアジ」ってのか? ああいうのが受けがいいのは分かるし、俺も食ったがうまかったよ」

「ここの自慢の商品よりも?」

「負けちゃいないさ、でも面白いことにな、そう言うのを作る旅人ってやつらもまたこっちの味に貪欲なもんさ」

「あー……そういうこと」


 だが逆もしかりだ。日本人だって異国の味が嬉しいわけだ。

 元の世界の人工食材だらけの食糧事情を含めれば、本物の食材で作る本物の味をいつでも楽しめるんだから天国に等しい。


「あいつらみんなクラングルの老舗でいちいち喜んでるような人種だぞ? うちの店だって「イタリアみたい」とかわけわからんこといいながらうまそうにしてたし、旅人どももいっぱい通ってくれて大助かりさ。ここに来る前は一体何食ってやがったんだかね」


 こうしてオークの店主が店の売れ行きに安心するほど、俺たちの食文化交流はよくできてる。

 向こうが元の世界の料理に喜べば、こっちもこの世界の料理に舌鼓を打つ。いい持ちつ持たれつだ。


「俺としてはこっちの世界の飯の方が嬉しいな、何食っても口に合うし」


 世紀末世界の事情も絡む今だと、常日頃うまい飯が食えるなんてずるい話だ。


「イチ、お前みたいな食い物に感謝できるやつはいつどこだって信用できる人間だ。その気持ちを忘れないようにしとくといい、いい人間の証になるぞ」


 カウンターの向こう側で、サンドイッチが紙包みにされて完成したらしい。

 一人三つのノルマは課せられるほどの量だ、断面が野菜の色で鮮やかである。


「4000メルタだな。喜べみんな、今日は俺のおごりだ」

「あ……い、いいの……? じゃあ、ご馳走になるね?」

「他人の金で食うサンドイッチは格別だろうな、ごちになります」

「ん、お肉いっぱい……ご主人大好き」


 三人が財布を取り出すのを見て率先して払った。冒険者稼業のおかげでこれくらいの余裕がある。


「犬の嬢ちゃんが物欲しそうにするから鳥の丸焼きはサービスだ、カットして入れてやったからな」

「そりゃどうも、ところで「白き教え子」についてとか聞いたらどう答える?」

「このあたりの情報伝達は早いぞ。そういうと思って仕入れといた」


 紙袋に包みを詰められつつだけど、店主は「待ってた」とばかりのニヤ顔だ。

 口元から見える白い牙からして耳寄りな情報があるらしい。


「マジかよ。どんな具合だ?」

「ここらに昔信者だった奴が住んでたのを思い出したんだ。今じゃどうかわからんが、ほんの一時期この辺で騒いでたやつがいてな」

「ここでかよ」

「ああ、確か、そうだったな、十年ぐらい前か? この通りで白き民のすばらしさについていきなり説き始めたやつがいたのさ」

「十年ほどか。設立当時と重なるな」

「まあみんな無視さ。誰も耳を傾けないとなると、そいつはそれはもう悔しそうに去っていってな」


 そう話されて次第に、獣らしい目が壁の隔てをじっと見た。

 みんなで追いかければその裏にクルースニク・ベーカリーがあるわけだが。


「その帰る先はな、なんとお前の勤め先のお隣だ。確か今は空き家だったな?」


 まーたとんでもないカミングアウトがきた。 

 そう言われて思い出すが、店のお隣には民家がぽつんとあった。

 遠目にも微妙なつくりの物件が小さな家として表現中だ、ただし空き家で。


「嫌な知らせありがとう、知りたくなかった情報だ」

「……パン屋さんのお隣だったの……!?」

「わーお、だんだんやべえ事実に近づいてる気がする」

「……あそこって、空き家だったよね?」


 うんざりした気持ちがこみあげるのもしょうがないだろう。

 人の生活圏に隠れる何かに嫌な顔を見せれば、店主はカウンターから出てきて。


「あそこはごらんのとおりクソ物件中のクソ物件だ、貧乏人が買うようなひどいもんだってことは確かだが、そんなお家にとぼとぼ帰っていってたな」


 エプロン姿のまま、ずいっとこっちへやってくる。

 仕事をほっぽりだして「こいよ」と誘われれば外の通りまで連れていかれ。


「ほらそこだ、あれが変なやつの我が家さ。まあ、あんな家のナリだからいまだに欲しがる奴もいないんだが」


 こうして改めて、本当にそんな物言い通りの家を実感できた。

 穏やかな街並みにどうにか背を伸ばす、頼りない一軒家がぽつんと一つ。

 もし暮らすなら狭苦しさでストレスフルな毎日を送れそうな、なんなら宿借りた方が絶対いい物件があった。


「……あれってパン屋の物置かなんかかと思ってたぜ、お兄さん」


 タカアキすらそう言う始末だ。

 お隣と見比べると「パン屋の物置」が妥当だろう。

 生活スペースに困りそうな薄っぺらい構造は、住まうにも気が滅入りそうだ。


「市もあの微妙さには参ってるみたいでな。無駄な建物とはいえ下手に撤去すりゃ、通りの景観にぽっかり変な穴が開いちまうし。なんだったら街の雰囲気を醸し出す味の一つとして取り残されてるぐらいはあるぞ」

「んな配慮しないでさっさと取り壊せって思うよ俺は」

「寝床と職場の近くにこんな珍スポあるとか笑うわ」

「た、確かに微妙ですね……」

「あそこ、空き家だったんだね。ぼくもなんなのかなと思ってたけど」


 みんなの視線も添えて見るに、確かに微妙だ。

 か細い建物を壊したところで今の景観が損なわれるだろうし、空いたところで何を建てるか頭を抱える場所だ。


「誰か入ったりはしてないよな?」

「鍵がかかったままだって聞いたぞ。窓もご覧の通り不便な場所にあるもんだから、そりゃ空き巣対策もばっちりだろうな」

「家主がいなくなるのも頷けると思う。で、そいつは今どこにいるんだ?」

「さあなあ、説教初日で派手にコケたせいでそれっきりだとさ。教えを説きに家捨てて出て行ったとかそんな感じだったか」


 そして持ち主は不在、それも永遠にか。

 だけど怪しい。もっといえばこの状況でお隣にしたくない物件NO1なのだが。


「勝手に探るのはやめとけよ、あれでも市が管理してる。手つかずのまま置物と化してるけどな」

「だったら少し探ってもいいんじゃないか?」

「探ったところで何にもないぞ、嘘だと思うなら窓から覗いてみろ」


 店主は「じゃあな」とお別れだ、残されたのは俺たちとサンドイッチで。


「……まさか、ここに手がかりがあるとか?」


 そこにミコの好奇心すらそう向いた今、流石に見逃せなかった。

 こそこそ向かえば寂れた細長い家だ――見栄を張るような窓の高さが虚しい。


「いやーそう言われると怪しいよなあ、中には何があんだ……!?」


 そう怪しい佇みに、タカアキが道行く人たちを気にせずぴょんぴょんした。

 目立つからやめろという言葉は不要だ、というのも本人はすん……と戻ってきて。


「……なんにもねえわこれ。家具すらない引っ越し前の家みたいな感じだ」

「何もなかったのかよ」

「な、なにもないんだ……!? 中、どうなってるのかな……」


 つまらなさそうな様子で感想を述べられた、ならばとわん娘を抱っこして。


「こういう時はわん娘の出番だ、見てくれ」

「ん゛ッ……♡ ま、任せて……っ♡」

「おい馬鹿なにやってんだよお前」

「いちクン、手つきがいやらしいよ!? ここいっぱい人がいるからね!?」


 腰あたりをいやらしく抱っこして持ち上げた――肉感的なオス!

 ところが犬の尻尾はつまらなさそうにぱたっと揺れて。


「……ほんとに何もない。それに、変わった匂いもしないよ」


 ダウナーな調子でそう言うのだ、やっぱり何もないみたいだ。

 目にも鼻にもつかない場所らしいが……本当に関係ないんだろうか?


「実はここに秘密の地下室があるとかしない?」

「仮に向こうが数十人もいたら、それだけの数を入れられるほど大きな場所があるのかな……?」

「んなもんあったら目立つだろ。信者の方々がひっきりなしにここに来ると思うぜ」

「それだったら、匂いが残ってると思う」

「……だよなあ」


 一つ考えたのは、実はここに数十人規模のメンバーを収容するほどの何かが隠されてるという可能性だ。

 まあそんなあったら気づくだろう、この通りじゃ絶対目立つ。


「気になるけど今はいいか。とりあえず演説してるやつでも探しにいくか?」


 朝からずっと疑問だらけだが、ともあれいい加減に昼飯にするか。

 焼かれたズッキーニやドライトマト、それからチーズの挟まった野菜味のあるサンドイッチを手に取った。

 一口かじると――野菜が効いた健康的なお味。



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