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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
剣と魔法の世界のストレンジャー
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56 やっぱり大好きなメイドさん(2)


「……ここに来るのは二度目か」

「ん、いつみても大きいね……リーゼルさまのお屋敷」


 今まさに、クラングルの支配者と呼ばれる魔女の土地が目の前にある。

 オーバーライド状態のウォーカーが駆け抜けられそうな門を通れば、花壇の流れが屋敷までの道のりを作ってた。


『イっちゃんが来ると聞いて俄然やる気が出ましたわ今日からここに立派なお芋のお花を咲かせて差し上げます孕めオラァッ!!!』


 ぱしん。

 そして不幸にも、芋を叩きつける怪奇な音が重なった。

 花壇の一角に根菜類を孕ませるとんがり帽子が確かにいた。取り巻くメイドどもがざわざわしてる。


『……リーリム様さぁ、姉ちゃんに怒られちまうぞ? イモだけは植えるなって言われてたじゃん、あたし知らねー』

『この方がおっしゃるには芋ではなく花がメインだからセーフ、だそうですよ。もう諦めましょう、あの手この手でお芋植えようとするんですから』

『なんでこの人隙あらばじゃがいも農家になんの? てかあそこに殺人パン屋いんだけど? なんなん、このタイミング』

『お花が咲いたらお芋を食べて証拠隠滅するからセーフですの!!』


 その中で以前「チェンジ」で怒らせた顔ぶれは、とうとう芋の化身もろとも俺に気づいたようだ。

 ちょうどあの羊っぽい『シープ』とかいう種族の子と目があった。

 名前はメリノ。膝下は羊の蹄さながら、きらっと艶出すサイドテール気味な黒髪に角がくるっと生えた素行悪めのメイドさんだ。


「――あ、どうもお仕事お疲れ様です頑張ってください」


 きっとそういう仕事なんだろう、一礼してからしれっとスルーを目論んだ。


「は? あたしらがじゃがいも植えるようなメイドに見えんのか? やんのかコラ、お前も一緒に芋植え作業やらせてやろうか?」

「なんなんですかその私たちをお芋の精霊とみなしてるような顔は、そうですか真面目にお芋植えてるように見えましたかようこそお客様」

「え、なんでリム様の奇行にこの人動じてないん? ものすごく自然体に受け入れて通り過ぎようとしてんだけどこのパン屋のおにーさん」

「すいません遊びに来ました勘弁してください」


 ダメだった、鬼っぽい巨体やら白毛蜘蛛やら羊系に行く手を阻まれた。

 今日も悪い意味でメイドさんにやいのやいの囲まれれば、当然リム様もふらふらやってきて。


「来てくれたのですねイっちゃんニクちゃん! お待ちしてましたわ~♡」

「相変わらず芋叩きつけてて安心したよリム様。あんまり勝手に種付けしちゃだめだぞ」

「リムさまだ。遊びに来たよ」


 もちっとした顔いっぱいに笑んで飛びついてきた。受け止めてやった。


「ふふふ……♡ イっちゃんのことはちゃんとお耳に届いてますからね? パン屋で働ているとか、ミコちゃんたちと活躍したとか、冒険者としてこの街に名が行き渡ってることもしっかりと! イっちゃん成長しててお母さん嬉しいですわ~♡」

「よく存じてるようで。でもな、もっとびっくりすることもしたぞ?」

「あら、今度は何したんですの~?」

「パン屋の奥さんに認められてパン焼くようになったんだ。まだ店に出せるレベルじゃないけどな」

「イっちゃんがパンを……!? 信じられませんわ、一体ここにきて間もなく何があったんですの!?」

「そういう反応見たかったんだよ。すごいだろ~?」

「すごいですわ~♡ よしよし、ご褒美にじゃがいもを」

「じゃがいもはいいです……」

「おいもいらないんか……?」


 かと思ったらいきなり頬ずりだ、銀色髪のさらさら感じがくすぐったい。

 背中を小突いてストップをかければ、どやっと嬉しそうな笑顔が間近だ。


「……ロアベアの言う通り、こいつマジでリーリム様と仲いいみてえだな。あの傍若無人さを止めやがった」


 その後ろで角の生えた巨体系ヒロインが驚いてた。

 どうもリム様に苦労してたような物言いだ。

 「いる?」と抱っこしたリム様をすすめたが全力で断られた。


「まあな。後はじゃがいも回収業者にお任せあれだ」

「流石は私たちに開口一番チェンジだとかぬかしただけありますね。では後はその方をよろしくお願いしますイチ様」

「あのリム様が大人しくなるとか何者なんイチ様。え、ていうかママってなに? そういうプレイ環境下だった?」

「ふふふ♡ もちろんそういうプレイもしてむぐぅ」

「じゃあお邪魔します」


 アラクネ系メイドの辛辣さと羊な女の子の疑いの視線にリム様の不埒な言葉が混ざりかけたが、口を押えて突破した。

 芋から解放されたメイドから離れれば、抱えたリム様もぴょんと地について。


「イっちゃんがきたのならさっそくおもてなししなければなりませんわね! 待っててね! 美味しいお芋料理を作って差し上げますから!」

「待ってくれリム様、別にじゃがいも食べに来たわけじゃないんだ」

「今日は海岸地方でしかとれないすっごいレアなじゃがいも持ってきましたの! パーフェクトな一品を作りますわ!」

「おい待て! おい、おいっ!! 待てこの芋ォ!!!」


 いや逃げられた。「ひゃっはー」いいながら屋敷の中へ飛んで入っていく。

 代わりにすぐそこの庭園の生垣ががさがさっと揺れて。


「――HONK!」


 首にリボンを巻いた白い鳥が羽を広げてご挨拶しにきた。

 人はそれをガチョウというし、魔女の使い魔という。

 手で挨拶を返すとまたひと鳴きしてからリム様を追いかけていったようだ。

 ニクと「相変わらずだな」と進もうとすれば。


 ――ぶょん。


 【ショート・コーリング】に似たマナの働く音を急に感じた。

 玄関まであとわずかというところだ、なんだと立ち止れば、そこにはいつの間に白黒の巨体が塞いでいて。


「ごきげんよう、イチ様、ニク様。お待ちしておりました――あの日のあなたの所業もろとも私をお忘れとは言いませんよね?」


 こうして見上げても、なんならどの角度から見ても不機嫌そうな黒髪ショートの美顔がじっと見下ろしてきた。

 いつの間にか現れたクソデカメイドが、どどんと胸を突き出してご挨拶だ。

 確か『クロナ』だったか。


「あの時は誠にごめんなさい」

「よろしい、良く覚えられおられますね。リーゼル様とロアベアがお待ちですよ、ご案内いたしますのでどうぞこちらへ」


 総チェンジ事件をまだ根にもってるらしい、また謝って案内してもらった。

 二メートルをゆうに越す背を頼れば、玄関の間取りに人外気味な白黒姿が行き交ってるところだ。


『あ、イチ様きた』『イチ様だ、いらっしゃーい』『いらっしゃいじゃないでしょう、ようこそイチ様』『チェンジとか言ったらだめだかんね、おこだよー』


 ヒロインらしい風貌はなんというか、メイドらしからぬ様子で手を振ったり笑顔を向けてきたりと気軽な挨拶なのだが。


「……いきなり現れたけど……さっきのは魔法か何かなの?」


 お仕事中のそばを通り抜け、階段を上がればそんな疑問がニクっぽく上がる。


「そういえばショート・コーリングみたいな音がしたよな。そういう魔法でも使ったのか?」


 俺も気になる質問だ、あの突然のクソデカメイドはどういう仕組みなんだ?


「いいえ、魔法ではございません。私たち『スレンダー』族は特別な能力があるのです」

「……ん? 特別な能力って?」

「魔法じゃないのか? ぶよんって音したのに?」

「目に見える一定の範囲内であればですが、そこへ転移することができるのです。例えばそう――」


 目の前で揺れる尻が……じゃなくクロナがまさに今、ふっと消えてしまった。

 前触れのない消失に思わず見渡すも、見つけるのはさほど苦労せずに済んだ。


「このようにですね。いくつか制約がありますけれども、意識しただけで()()に移動することができるのです」


 いた。二階の通路の手前だ。

 淡々な言葉でこっちを待ってる。なるほど、瞬間移動ができるってことか。


「テレポートができる種族か。便利そうだな」 

「事前に申し上げておきますが、私はこの能力をフランメリアの国益を損ねるような行為に用いないことを硬く誓っておりますのでご安心を」

「ああいや、別に悪いことし放題って意味は含んでないぞ」

「その気になればいくらでもそのようなことはできるでしょうね。まあ私にはその必要性がございませんので」

「生活には不満なしってのが良く感じる」

「はい、テレポートし放題、屋敷のお仕事はホワイト、お給料も良くて人生勝ち組です。けれども欲求にはいささか不満がございます。頼めばなんでもしてくれそうないじりがいのある殿方がいればいいのですが」

「おいなんだいきなり欲求不満とか言いやがって」


 道案内役のデカいメイドは足を遅めつつ奥へ奥へと連れて行ってくれた。

 ゆさゆさ揺れる尻の面積を追いかければ、途中にあった談話室へまっしぐらだ。

 どうぞ、とクロナに促されて踏み込むと――


「……おぉ、来たか……っ」


 ギザ歯の銀髪ロリが気持ちよさそうな痛そうな、微妙な面持ちでそこにいた。

 椅子に座った魔女らしいひらっとした姿は、まあ確かにそこにあったさ。

 問題はその後ろ、背後に付き添う首ありメイドが両手で一手間加えていて。


「あっ、いらっしゃいっす~♡ 待ってたっすよイチ様ぁ」


 もっとそのキャラクター性に踏み込むならロアベアというやつだが、そいつが館の主の肩をよく揉んでる。

 ニヨっとした顔はそれはもう楽しそうだけれども、魔女の首元を抑える指はぐっぐっとプロさながらに指圧中だ。


「くひひ、お主の働きぶりはよーく耳に届いておるぞ? その甲斐あってあの面白みのなかった冒険者ギルドもだいぶ――おぁぁぁぁ……」


 さっそくリーゼル様が歯のギザギザ加減を強調してにやっとしたものの、いい一撃が挟まったらしい。

 首と肩の間を押し込むような指使いにすっごい声出して悶えてるようだ。

 かと思えば握った手のひらでぐりぐりと首横を転がり解していく。

 言いかけたことも忘れて「ふぅ……」と目も細くなるのもしゃーない。


「……ロアベア、どうしてお前がクビにされないかよくわかった気がする」

「あひひひっ♡ リーゼル様を満足させられるのはうちだけっすからねえ? ニク君もいらっしゃいっす、相変わらずイチ様にべったりっすね」

「ん、お邪魔してるよロアベアさま。……リーゼルさま、きもちよさそう?」


 メイドの肩揉み加減にリーゼル様は「おぉぅ」と悶えてる。

 しかしどんだけ凝ってるんだろう、指が沈むたびに電撃を食らったようにびくびくしてる。


「お取込み中みたいだな。ここは「どうぞごゆっくり」って外で待ってた方がいいやつ?」

「あ、大丈夫っすよ。この人いっつも無人兵器の装甲みたいになってるっすけど、少し解せばすぐ柔らかくなるんで」

「おい、儂の代わりに答えてどうする……おおぉぉ……!?」


 リーゼル様はそれでも「少し待て」と手を出すも、今度は背筋を押されてじんわり感じ入ってる。

 こうして呑気にマッサージされながら応じてくれるってことはだ、向こうが求めてるのは世間話あたりか。


「まあ、うん、お疲れみたいだなリーゼル様。こっちはうまくやってるよ、パン屋で働いたり同郷の奴らと一緒に大暴れしたりさ」

「くひひ♪ そうかそうか、お主が冒険者ギルドの馬鹿どもをひどく懲らしめたと聞いた時は噴飯ものだった……ふが゛……っ!?」


 こっちもそれなりに今を話した、すると返事は「ごきごき」という音だ。

 犯人はメイド、犯行は上に組んだ両腕ごと半身を捻ってのバキバキ行為。

 お話の最中にとんだ異音が混ざってしまった。ロアベアは雇い主の銀髪の上でにやにやしてる。


「私もあなたのご活躍は耳にしました。プレイヤーの皆さまが勢いづくきっかけとなったのでしょうね、知人も冒険者ギルドの雰囲気が良き変わり方をしたと口にしておられましたよ」


 そこに厳しい口調ながらもでっかいメイドの声が挟まってきた。

 でも目につけば、ソファにどっしり陣取り「どうぞ」と自分の太ももを叩いてた。

 なんなら「おいで」と両腕を広げた謎の受け入れ方で、そこに座れとばかりだ。


「白き民の案件か。確かに俺もあれ以来みんな変わったって思ってるよ」

「あなた方が変わったのが多くを占めるとは思いますが、そこにはヒロインとの距離が縮まったという理由もあるでしょう。ところでどうぞ、お座りください」

「いきなり客より先座って乗れってどういうことだこのメイド」


 ギルドが変わった、というかクラングルが変わったようにクロナは言ってる。

 そうかもな。今じゃ人間ばっかだった集会所にはヒロインたちもよく来てるし。

 ということで座った、大きく構えるメイドに腰を落とすと、衣装に浮かぶ柔らかさが尻に背にずっしりきた。

 続いてどっしり重たい何かも頭の上に。見上げると乳肉が人に影を作ってる。


「ふむ、抱き心地が良い……しっくりきますね、あなたは……♡」


 それから長い片腕がシートベルトのごとく人の腹をホールドしてきた。

 隣にじとっと座ったニクにもその手が伸びて、犬の毛並みを確かめればでっかいメイドもご満悦だ――なんだこれ。


「んへへ……♡ 耳の間好き……♡」

「誘われたからってほんとにクロナ先輩に座っちゃうんすかイチ様、相変わらずまっすぐな生き方しておられるっすね」

「いやだって座れいうから座んないと駄目かなって」

「……人が話しとる時にいったい何やっとんじゃ、おぬしら……うおおおぉぉぉ……目に来る……!?」

「ここは眼精疲労のツボっすねえ、後頭部もガチガチっすよリーゼル様ぁ」


 メイドの巨体に埋もれながらだが、俺はリーゼル様を見た。

 なんというか客観的に目にされたらさぞ変な光景だと思う。

 誰かさんは巨大なメイドに胸を乗せられホールドされ、隣では犬ッ娘が撫で落とされ、向こうじゃ偉い魔女が目をぎゅっとして悶絶だぞ?


「――待たせたねイチ様! ここに美しいワーウルフはどうだい!?」


 ばたーん。

 更におかしな光景追加だ、白い毛並みのワーウルフ系メイドが輝かしい笑みで混入してくる。

 なんだお前は。メイドの膝上で「NO」を手で伝えるも、ご本人はてくてく隣に座りにきた。


「なあリーゼル様、ここってみんなこういう勤務態度なの?」

「……儂がこうしてこやつに真昼間に揉まれておるなら大体分からんか?」

「お疲れのようだね? 大丈夫、この私が癒しに来てあげたよ。どうだい、存分にこの毛並みを撫でてみるなんていい気分転換になるだろう?」

「ラフォーレ、今はお取込み中ですよ。後にしなさい」

「皆さま、イチ様のこと楽しみだったみたいっすねえ? あひひひひ……♡」

「よくわかった、ご苦労なさってるようで」

「分かってくれたか……おおう……、背骨の境目が効く……!」

「背筋も凝ってるっす~、ちょっと伸ばして整えるっすよ」


 なんて有様だ。隣では白毛の美少女がきらきら、頭上で巨胸がゆさゆさ、目の前で魔女がゴキゴキと談話室がひどい使われ方をしてる。


『リーゼルお姉さま! お昼はじゃがいものニョッキとクネーデルどっちがいいかしら!?』


 いやまた変なのが増えた。扉の向こうから芋の呼び声が。

 マッサージ中のギザ歯の魔女もこれには嫌そうだ、俺の想像以上に苦労が多いらしい。


「それからリム様もか」

「正直、あやつはあちらの世に留まってくれた方が良かったろう――おいリーリム! もう芋はやめろといっとるじゃろう馬鹿者!?」

『分かりましたわ! 今日はイっちゃんもいますしウェイストランドのお料理にしますの! バーベキューチキンバーガー、付け合わせはぽてとで!』

「けっきょく芋じゃねーか」

「あのざまじゃ。隙あらば芋を食卓にねじ込んでくる、やめろといっても必ず仕込ませてきおる」


 具体的に言うとあの人のおかげで屋敷の食事事情は芋に染まってるみたいだ。

 炭水化物には困らない生活にこうして頭も身体もガチガチか、気の毒に。


「でもリム様のじゃがいも料理は毎日食べても飽きないっすよねえぇ」

「気が付けば私たちも毎食必ず口にしていますしね。違和感を感じさせないほどに完成した料理技術が生かされてるのでしょう」

「栄養的にもちゃんと考えて料理を出してくれるのがいいところだよね? さすがは料理ギルドのマスターさ、ところでこの手を撫でて見ないかい? 気持ちいいよ?」


 周りから好意的な言葉が出るぐらいに受け入れられてるんだから流石はリム様か。

 それからラフォーレが得意げに狼の手を差し伸べてきた――ニクとは違う超さらさらな毛並み。


「……そうか、リム様も元気だったんだな」


 あの人は今日も周りを引っ掻き回してるようだが、いやだからこそ安心した。

 料理を振舞う先がストレンジャーズから屋敷を取り巻く面々に向けられてるけど、こうして喜ばれてるんだからいい話だ。


「あの人、お屋敷についてからずーっとイチ様のこと気にかけてたっすよ。あちらで活躍したって聞くたびにいっつも喜んでたっす」

「というかあの馬鹿者、お主のことをあれこれメイドどもに話しておったぞ……あ~……首の生え際にしみる……!」

「ここは頭の疲れに効くツボっすよ、首の筋肉に疲れが溜まってるっすね」


 このクラングルの街並みが見える屋敷から、ずっと俺のことを思っててくれたみたいだ。

 勢い余って『ストレンジャー』のどこまでを話したかのが心配だが。


「ロアベアやリーリム様から貴方のお話はよく耳にしました。なんでも、強大な敵をなぎ倒しながらここまでやってきた鬼神のような殿方で、過酷な旅路を歩んできたとか」

「たびたびその首に命がかけられたものの、そのたびに降りかかる火の粉を払い立ちふさがる者たちから我が道を勝ち取った――とも聞いたね。まるで本に描かれる英雄じゃないか、美しい!」

「よく話してくれたみたいだな。ところでイグレス王国って単語は耳にしたか?」

「ええ、同盟国の王女様と旅を共にしたそうですね。国際問題です」

「夜に可愛がられたこともね……ふふふっ♡ 愛いやつだね、君は……♡」

「畜生あのじゃがいもの化身め! 話し過ぎって言うんだよそれは!?」


 勢い余ったどころの騒ぎじゃなかった。

 デカいメイドと白毛のメイドに嫌なものまで伝わってしまってる。

 どれくらいかって? 後ろのおっきいのが胸を乗せてきて、隣の狼系の奴がすりすり太ももを撫でてくるぐらいだ。


「いやあ、実際そういう話に興味ありまくりっすからねえうちら……あひひ♡」


 きっとその行為に加担したであろうロアベアもによっとしてる。

 この様子だと旅の間のあれやこれやも全て伝わってるんだろうか。。

 なんだったらリーゼル様もからかうようにニヤニヤしていて。


「くひひ……♡ 皆が鼻息荒く、面白がってそのような話を耳にしようとするのは実に愉快じゃったなぁ?」

「みんな興味津々ってどうなってんだこのクソ職場!?」

「儂の屋敷は『ヒロイン』とかいう強き者を道楽で集めたようなもんじゃが、いかんせんこうも女だらけじゃと外の刺激も欲しくなったようでな」

「見てたなら止めてくれよリーゼル様」

「次にお主が来たときどうなるのか気になっての。今日は面白いことになりそうじゃなあ♡」


 畜生、この人もハメやがったな。

 あれこれ噂されたストレンジャーがのこのこやってきたらどうなるか楽しみだったらしい。

 実際なんか距離感が近い。クロナは人を乗せたままゆさゆさ揺れてくるし、隣でさらつやな手がやたらと濃厚接触中だ。


「……一応言わせてくれ、別に俺はそういう気があってきたんじゃないんだ。手土産もってきたぐらいだし」


 しかし俺にはパンがある。

 ぎゅっと腕を絡まれながらだが、下ろしたバックパックに「あれだ」と向く。

 ニクが取りに行けば、ずぼっと大き目な紙袋を引きずり出すわけで。


「なんじゃそれは」

「クルースニク・ベーカリーのパンだ。先輩の作った軽食系とか甘いのがいっぱい入ってる、良かったらどうぞ」

「ん、片手間でつまめるのとかお菓子とか入ってる」

「くひひ、毎日こうもしれっと芋が混ざる食事じゃったからな。そのような手土産は好ましいぞ」

「リム様にはたまには芋やめとけって俺から言っとくよ」

「おー、あのパン屋のやつっすねえ。あの時食べたのおいしかったっすよ、中々あそこまで買いに行けないのが辛いところっす」

「おや、パンですか。あのメリノがおいしいといってた……」

「たまには屋敷の外の味も悪くないね、私も後でいただくよ?」


 思った以上にこの場は盛り上がってる、まさかリーゼル様にも喜ばれるとは。

 どうせいっぱいるし、ヒロインめっちゃ食うしと4000メルタほど派手に使った甲斐はあったと思う。

 何せお目当てはロアベアのマッサージだ、あれが受けれるなら倍払ったっていい。


「はーい、リーゼル様ぁ、ちょっとリラックスするっすよ」


 魔女様をじっくり解した緑髪メイドはまさに仕上げ、という場面だ。

 なすがままというか言われるがままというか、ロアベアの大きな胸にずぶっと銀髪を預ければ。


*バキバキバキッ*


 果たしてリーゼル様の幼い見た目が出していいのか、ものすごい音がした。

 身体の中を滞る何かをへし折ったようなものだ。

 良い角度に曲がった首がそうだと物語ってる。首をひねられた魔女も「おおぅ」とすごい声で切羽詰まってるが。


*べきべきべきっ*


 反対側にもう一発だ、深く傾げた首から鈍い響きがそりゃもう盛大に。


「これで施術完了っすよ、お疲れ様っす~」

「……すごい音したけど大丈夫なのか、死んでない?」

「骨が折れたような音……すごい」

「今日もすごい音が鳴りましたね。それだけお疲れのご様子なようで」

「君のマッサージ技術もどんどん上がっていくね、流石みんなの身体で試しているだけはあると思うよ」


 メイドたちに見守られながらも、一仕事受けたギザ歯の魔女は心地よさそうだ。

 まるで満足したような振る舞いだ。肩の力も抜けてすっきりしてる。


「うむ……悪くなかった、お主にはボーナスでもくれてやろう……」


 すっかり緊張が解けた身体は椅子の上でうとうと安らかだ。

 そのままこの世じゃないどこかに彷徨いそうなぐらいだが、一息つくとそっと目を閉じて。


「…………来てくれて嬉しいぞ。屋敷は好きにするがよい、あの芋馬鹿の飯を食うなり泊まるなり、お主の勝手じゃ」


 そうすやすやと残して――


「し、死んでる……」

「まだご存命っすよイチ様」

「死んでいませんからね、お休みになられただけです」

「まるで死んだように眠っているね。この人は半日は寝るのが日課なんだよ、お仕事も一杯ある分そうでもしないと持たないらしいのさ」


 死んで……じゃねえ、眠ってしまった。

 ニクも「大丈夫?」とてくてく近づいたらしいが、すぐに寝息が聞こえたからこの世をまどろんでるんだろう。


「リーゼル様、お休みになられるならベッドの上で安らいでください。また背を悪くしますよ」


 すると背中のメイドが「では」と立ち上がり始めた。

 どけてやればぐっすりし始めた屋敷の主を捕まえに行ったようだ。

 ラフォーレもすぐ扉をあければ、クロナはくぐるように眠れる子を届けに行った――ぶょん、と転移音を響かせて。


「……この流れで「俺にもやって」っていうのはちょっと言いづらいな」


 ロアベアは一仕事終えてすっきりしてるけど、そこにマッサージをお願いするのはなんだか厚かましいと思う。

 ところが向こうは「にやぁ」と笑って。


「あひひひっ♡ お気遣いどうもっす、でも今回はうちだけじゃないんすよねえ?」

「――今日は私もおもてなしさ!」


 そんなによっとした顔に、きらきら白毛なワーウルフがそそくさと隣に混じったのだ。

 自慢の白艶毛を持ち上げるそれっぽい仕草は、どうにもマッサージと混ぜるにはちょっと無理があるが。


「……まあそーゆーことで、なんかあんたのマッサージ手伝うことになったんだわ。よろしく」


 黒毛な羊系ヒロインもがちゃっと扉をどけてダウナーに加わってきた。

 どういうことだメリノ。しかし三人はストレンジャーの凝った身体をどうにかしてやる、という気概をこうして見せてる。


 

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[気になる点] 「なんなんですかその私たちをお芋の精霊とみなしてるような顔は、そうですか真面目にお芋【植えてように】見えましたかようこそお客様」
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