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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
剣と魔法の世界のストレンジャー
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55 やっぱり大好きなメイドさん(1)


 冒険者の集まりがまた一つ前に進んだ頃。

 よそのギルドが勤め先を試金石にしようが暇つぶしのアテにしようがどうぞご自由にだが、結果として活気づく理由になった。


 集会所は元の世に後ろ髪を引かれる人種の拠り所だったのは言うまでもない。

 だけど今じゃすっかり、冒険者の多彩な顔ぶれをお目にかかれる場所だ。

 ミコやら自称姉やらが足を運ぶようになったからだと思う、俺たちはしれっと混じるヒロインたちを受け入れている。

 そこに「携行食作るから試食して」「野外活動教えるから壁の外へ行く」だとか言い出す奴もいて刺激が増えた。


 先輩たちは「まさかこうなるとは」って感じだけど、居心地がよさそうだった。

 誰かさんの予想通り最近は『白き民』の案件が増えつつあるが、俺たち人類は華やかではないけれど着実に進んでる。

 それに今じゃ手を貸してくれるヒロインも増えてるのだ。うまくやれてるさ。


「…………ねむい」


 一方で俺はどうしたって? 休日に目が覚めたら午前十時のミニ寝坊だ。

 夜間警備の依頼でちょっと体内時計が狂ったのが悪い。

 あれから数日、どうも疲れが取れないのだ。

 中途半端に目が覚めて口から眠気が出るほどだるい。


「……ん、おはよ。まだ眠いの?」


 枕を通じて見える宿の天井に、ひょこっとダウナー顔が混じった。

 わんこパーカーを着た可愛い男の娘だ。長い付き合いの我が愛犬ともいう。

 ご主人より早起きしたのかジト目はよくこっちを見てる、撫でてやった。


「このまま寝たい気分。おはようグッドボーイ」

「んへー……♡ 眠いなら寝てもいいと思う、付き合うけど……?」

「そうもいかないだろ、ちゃんと身体動かさないと明日に響く」


 わん娘は二度寝をすすめてきたがやめといた。

 ちゃんと起きて飯食わないと余計にこじれるだけだ。

 何処でも戦場たりえる世紀末世界だと「寝れるときに寝て食える時に食う」で成り立ってたが、平和なこっちじゃそうもいかない。

 まあ、俺もだいぶ気が抜けてしまったわけか――もうひと撫でして起きた。


「もう十時過ぎか……ニク、朝飯はどうした?」

「リスティアナさまたちと一緒に食べたよ」

「そうか、お先にやってたか。何食べた?」

「宿の朝ごはん。パンと目玉焼きとベーコンとソーセージとハム、おいしかった……」

「肉ばっかじゃねーか、野菜も食べろってリム様言ってただろ」


 愛犬は一足先にお腹を満たしてたみたいだ。

 わんこの黒い毛並みと肉球がPDAにスクショを送ってきた。

 ヴァルム亭のカウンターに大皿があって、トースト二枚、卵に肉いっぱい、申し訳程度のトマト数切れがカロリーを盛ってる。

 うまそうだけど眠気の前にはどうもそそらない。


「……おいタカアキ、いるか?」


 そしてニクの尻尾を背に部屋から出て、すぐお隣に押し掛けた。

 控えめに扉を叩けば奥からどたどた足音が追いかけてきて。


「おうおはよう、俺の部屋に押し掛けた理由を当ててやろうか?」


 扉が開くなりサングラスとフェドーラ帽のアウトロー気取りがにっこりだ。

 ただし両手は後ろに隠してのクイズだが、たぶんそこで目当てのものが良く冷えてるはずだ。


「おはようタカアキ、当ててみてくれ」

「冷たいのが欲しいんだろ?」

「正解だ、眠気覚ましが欲しい」


 幼馴染は今も昔も150年先もよくわかってくれてる。

 さぞ冷たさそうな瓶を「これだな」と差し出してくれた――冷蔵庫でよく冷えたジンジャーエールだ。


「こんなにだらだら起きるなんて元の世界みたいになってきたなイチ、お兄さん今朝七時起きだったのによ」

「この世界に馴染んできたって言ってくれ。生活リズムならちゃんと戻すさ」

「眠そうに言いやがって。まあでも仕事はしてるしパンも焼ける、そんな人間になってんだから大成長さ」

「ああ、この前作ったサンドイッチは好評だったぞ」

「あの日すげえ嬉しそうに帰ってきたもんなお前。でも今度からは味付けは自分でやるんだぞ」

「任せっぱなしは悪いからな。じゃあ運動がてら市場でも見に行くか……」

「まずは顔洗って目冷ましてこいよ、飯もちゃんと食え」


 タカアキはついでに「単眼美少女見てく?」と室内の机を促してきた。

 遠目にはマイクロなビキニを着せられたスレンダーな一つ目美少女が見える。

 丁重に断って去った。瓶をあけて一口煽れば――ワオ! 甘くて辛い!


「……やっぱ眠い時はこいつだなおっふ喉に来た……」


 喉奥まで冷える冷たさだ。ぶるっと震えて思わずむせた。

 「大丈夫?」とニクに背中を労わられつつ、階段を下りた先の光景は。


「やっと起きたかお前さん、休みだからって寝すぎじゃないのか? おはよう」

「あら、おはようイチさん。なんだか眠そうな顔してるけど大丈夫かしら?」


 ヴァルム亭の店主とその娘さんのご挨拶だ。

 あとの顔ぶれはこまごまとしたここの利用客が「おはよう」と迎えてるぐらいか、俺もすっかり馴染んだな。


「おはよう皆さん、言い訳させてもらうとたぶんこの前の夜間警備の仕事せい」


 瓶を飲み干し【分解】しつつ、いつものカウンター席に落ちついた。

 今日も店は繁盛してる。親父さんも娘さんもゆったり暇そうだ。


「この間のあれか。冒険者と狩人が結託していい働きぶりだったと噂されとるが」

「イチさんもミセリコルディアの皆さんと活躍したって聞いたわよ? なんでもタキシード姿の不審者を捕まえたってね」

「え? ああ……いや、別に捕まえた訳じゃ……」

「謙遜するな、お前さんらのおかげでクラングル市民は安心しとるんだぞ」

「それにミコさんたちと共に活躍した冒険者がいるってここもだいぶ名が通ってるもの、ここの救世主よ」

「というかこの通りも【キラー・ベーカリー】がいるとかで信頼における場所だそうだぞ」

「ええ、ご近所の人達は儲かってるみたいよ? クルースニク・ベーカリーさんもね」

「……そういうつもりじゃなかったのに」


 なんだか勘違いされてるけど、タキシードと仮面のおっさんは元気だろうか。

 しかし最近はストレンジャーのおかげでここというか、この通りもだいぶ賑やかだそうだ。


「で、なんか腹に入れておくか?」

「ああ、なんかあったかいのある?」

「今朝作ったえんどう豆のベーコン添えなら余っとるが」

「そいつくれ。あとキープしといた俺のパンも」

「あいよ――わしが一番驚いてるのはお前がこうして逞しいのもそうなんだが、その傍らでパンを焼いとることだ」

「パン焼ける冒険者ってカッコよくね?」

「こっちがまだお前さんぐらいの頃はそんなの当たり前だったからな? 昔の冒険者は自炊ができて一人前と呼ばれたぐらいだ」

「じゃあ今度は俺がそうなるさ」

「だったらそのついでにうちの店の下ごしらえでも手伝うといい」

「それもそうだな、よろしく頼むよ。あとあのザクロジュースよろしく」

「おいおい、あれ頼むのか。あんな苦そうにしてたのに」

「こういう時に効きそうだろ?」


 オーダーが入った、豆とベーコン、そして塩なしパンだ。

 とうとうこの宿に自分のパンをキープさせる客が出て親父さんは悩ましそうにしてたが、今じゃこうして受け入れられてる。


「ほんとイチさんは面白いわね? 楽しそうに冒険者をやってる人って周りから言われてるのよ?」


 しばらくしないうち、娘さんがあのクソ苦い鮮やかな飲み物を持ってきた。

 ご一緒にされた情報は初耳だが、誰の目線がそうモノを言うのか。


「実際楽しいぞ、最近は冒険者ギルドすっごい賑やかだもの」

「それも知ってる。他のギルドが支援するようになったってほんと?」

「ああ、今のところ狩人ギルドと料理人ギルドが……まあ、支援っていっていいのか分からんけど来てくれてる」

「きっとよそもクラングルの冒険者が今熱いって気づいたんでしょうねぇ」

「狩人はともかく料理人の奴は完全に趣味でおいでやがったぞ。そういえばリスティアナは?」 


 寝床まで職場の話が届くあたり、ここが「冒険者の宿」だったのは間違いなさそうだな。

 こうして宿の娘さんですらこうして話してるのだから――グラスをあおった。

 甘酸っぱさが脳に響く、と思いきやクッソ苦い畜生ふざけんな作ったやつ。


「……にがーい」

「リスティアナさん? 今日はあそこで働いてるわよ?」


 顔中を苦くしてると、そういえば見かけない知り合いの所在が指で案内された。

 少し離れたところに『クルースニク・ベーカリー』の店先がある。

 目が覚めれば速攻で職場にたどり着く素晴らしい環境だ。

 そこに見慣れた蒼髪の女性が立ってた――いつものドレス風の冒険者衣装にエプロンを重ねる人形系ヒロインだ。 


「今日はリスティアナか」

「お友達のホンダ君とハナコちゃんも一緒よ。朝から張り切ってるのが良く見えて微笑ましいわね」

「あいつらもすっかりうちの一員だな……」


 まだ微妙に残る一杯を手に、ちょっと顔を見せることにした。

 ニクも連れて宿からがらっと身を出せば、向こうで箒を握った元気な顔立ちがこっちに気づき。


『――あっ! おはよーございますっ! イチ君お寝坊さんですかー?』


 自慢の髪をポニーテールにまとめたリスティアナが手を振ってきた。

 掃除中らしい、手を止めてとってもにこやかに挨拶してる。


「まさにお寝坊だ! 奥さんによろしく!」

『はーい! お店のことは私に任せてくださいねー♪』

「ついでにホンダとハナコも頼んだ! 最近ハナコ辛辣だけど!」


 うまく店に馴染んでるみたいだ、安心して「任せた」と手を振り返す。

 するとパン屋から眼鏡顔が『誰が辛辣ですか』といいたげに現れる――逃げろ!


『ハッ、ハナコ落ち着いて! あの人冗談言ってるだけだから!!』

『あのサイコパン屋めっ! 私たちのこと勝手にパン屋の店員として紹介してたことを後悔させてやるっ!』

『わわっ!? ハナコちゃんが怒ってます!? お、落ち着きましょうねー!?』

「……まったく。お前さんがきてからというものの、この通りはいまだかつてない程活気に満ち溢れとるぞ」


 後味が地獄みたいなジュースを飲み干しながら戻れば、親父さんが湯気立つ皿を置いて待ってくれてた。

 煮込まれた豆にベーコンが混ざった一品だ。

 バターが乗せられたせいで俺には『豆とベーコンのバター添え』に見える。


「パン屋もあるしな」

「そのパン屋をああも繁盛させたのは誰だったかな」

「俺ー?」

「自覚があるならお前さんのせいだろうが」


 あとそれから、親父さんの笑顔も追加だ。

 一口食べると――まあ、うん、そうだな、見た目通りの味だった。

 塩なしパンも一緒に食べればそこに『それとパン』みたいな繋がりができた。


「でも一つ心配なこともあるのよねえ。ほら、最近このあたりでも出てきた『白き民』を崇める変な人たちのことなんだけど……」


 娘さんの心配も混ざってきたのである。

 あの噂に聞く変な連中のことだ、前回の依頼でも良く関わってたようだが。


「あれ、なんなんだろう。どうして白き民を崇拝してるの?」


 ニクが最初にきょとんとしてた。

 飼い主だってそうだ、あんなの崇めるぐらいならまだドッグマンの方が理解できる。


「夜間警備の時にも捕まったらしいな、あれ。ああいうのは前からいたのか親父さん?」


 ちょっと気になった。わん娘に「食べる?」と豆とパンをすすめつつ、良く知ってそうな人に聞いてみた。


「実を言うとな、けっこう前からいたぞ。確か十年ほど前にはクラングルでひっそりとやってたような気がするんだが」


 ところがどうだ、本当に良く存じてる感じである。

 ニクが「肉が欲しい」ともぐもぐしてるのをよそに、こっちは「マジかよ」が顔に浮かんだ。


「思った以上に歴史があってびっくりしてるぞ、どういうことなんだ?」

「逆に言えば十年も前からさほどたいしたことのない集まりだったんだがな。それがどうしてか、ここ最近になってああも活動を強めてきたようでな」

「このタイミングでか」

「ああ、わしもなんだか胡散臭いとおもっとるぞ。そんなのが今になってこの街で布教だの勧誘を始めるようになったんだからな」

「うーわ……マジで胡散くせー」

「そう言うのが嫌いって顔しとるなお前さん」

「そう言うのは嫌いだしぶちのめしてきた顔だ」

「わしもどことなくそう思ってきた」


 十年ぐらい熟成されたそれが今になって活発になったってことか。

 実に胡散臭い。カルトぶち壊しを二度経験した身からすれば、絶対にこれは何かやらかすって感じだ。


「……変なやつらか、ギルドの連中に話しといたほうがいいかもな」


 考えはこうだ、白き民を相手取り始めた冒険者とは相性が悪そうだ。

 その連中は何かをしでかしそうだし、それに関わる機会もまた増えそうだ――となれば、注意を促すべきだろうな。


「その変な人たちなんだけどね、最近この通りにも夜な夜な出るって言うのよ」

「ああ、お隣の総菜屋がいっとったな……白い格好をしたやつがうろついていたとか、まったく何考えとるのか」

「おいおい、すぐそこでかよ」

「何をしてるのか分からなくて気味が悪いわ。イチさん、何かあったらやっつけてくれる?」

「イチに頼むんじゃないそんなこと。半分殺されてしまうぞ」

「もう半分はキープしといてやるよ。全員ムショ送りでいいか?」

「ぼくもてつだうよ。そういうの好きじゃないし」

「頼もしい人が二人もいるとやっぱり安心できるわね、お父さん」

「冒険者の宿のいいところはこういうところだろうな」


 そして娘さんからは何かあったらやっちまえ、だ。オーケー任せてくれ。


*ぴこん*


 そんな時だ。豆とパンをまあまあ楽しんでると通知が横入りしてきた。

 誰からだろう。PDAを立ち上げれば【ロアベア】とあって。


【イチ様ぁ、暇してるならお屋敷に来てほしいっす~♡ メイドさんもリム様もお待ちしてるっすよ~♡】


 によによした緑髪の女性が銀髪な女の子を抱っこした一枚が添えられてた。

 俺が思うに朝から暇そうなロアベアと、その胸の大きさ頭に乗せられたドヤ顔リム様のツーショットに見える。

 撮影者はクロナ、あのでっかいメイドさんだ。なにやってんだあの人。


「ん、誰からきたの?」

「ロアベアだ、うちにこないかってさ」


 ニクにも見せた、相変わらずの二人に興味深そうだ。

 ほんとならタカアキやリスティアナを連れて行ってやりたいし、なんならミコも連れて行きたいがどうも時間があわない。

 なんなら旅の相棒は今朝起きるなり。


【おはよういちクン、今から朝ごはん作ります。またお互いに時間が取れたら一緒に遊ぼうね? お納めください♡】


 と、鏡の前でとった自撮り画像を送ってたらしい。

 被写体は裸エプロン(とニーソ)の桃色髪のお姉さんだ。恥じらう顔の隣ではにやにやしてる赤い竜のお姉さんが同じ格好をしてる。

 どうしろっていうんだ、俺に。


【フラン混じってるぞ、なんか嫌なことあったのかあいつ?】


 とりあえずそう送り返しておくとして。

 ていうかロアベアか。そう考えるとあのによっとした顔に身体が反応する。

 疲れてた時にマッサージしてもらった時は格別だった――いや、そんな理由で押しかけたら失礼か?


【……マッサージしてほしい】


 なのでこう送った。切実な願いを込めて。

 まあやってくれるだろと思ってたらすぐに返信されて。


【うちもマッサージしたかったっす~♡ じゃあ待ってるっすよ、リーゼル様も調子どうだって伺いたかったみたいっす!】


 だそうだ。分かったよロアベア、今行く。


「よし、ちょっと出かけてくるよ。ご馳走様親父さん」

「おや、急だな。どっか行くのか?」

「疲れを取ってくる。支度するぞニク」

「ん、おさんぽ」


 皿を下げてから立ち上がった、せっかくだしリーゼル様にも会いに行くか。

 でも「マッサージしろオラッ!」と押し掛けるのもあれだ。パンでも手土産にしておこう。


『オーケー、そっち行く。ちょっとリム様が恋しくなったからな』

『よっしゃ~♡ 流石イチ様、ノリいいっすね』


 返事を返してから支度をしに部屋へ戻った。

 久々に見るアイツはどんな調子で出迎えてくれるのやら?



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