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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
剣と魔法の世界のストレンジャー
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54 またしても黙示録の後のパスタ


 素敵な出会い二つと別れてから、一晩越しの依頼は特に問題なく終わった。


 仕事の終わりごろには詰所が昼間より騒がしかったのは言うまでもない。

 そこには想像以上にいらっしゃった逮捕者という現実が良く絡んでた。

 たった一晩で商業ギルドの倉庫に忍び込んだ泥棒を捕まえただとか、各地にはびこる不審な人物を抑えただとか、そんなものだ。


『思ってた以上にひどい』


 運ばれる罪深いやつの数々に、市の職員はそう頭を抱えてた気がする。

 明日にも衛兵の待遇を向上させる。信頼のおける外部の人間を衛兵として雇用したい。こういった依頼をまた頼む。こんな具合で長々語ってた。


 結果として冒険者、狩人、衛兵が共同した警備はそこそこ効果があったんだろう。

 ただしエンカウントした変態の所業で正気が削れた奴が多数だ。

 他の場所はすごかったらしい――夜の街に興奮を見出した全裸のカップルがいたとか、目についたやつに片っ端からスカートの中を見せつける清楚なヒロインがいたとか。

 おかげで依頼参加者は嫌な思い出を忘れようと死んだように眠れたらしい。


 タケナカ先輩たちは「もう二度と受けねえ」といってたし、ミセリコルディアも丸一日じっくり心を休めたそうだ。

 ストレンジャー? 仮眠とったらパン屋に直行していつでも元気です。


「――空がきれいだな」


 そんなこんなで俺は集会所の窓際にいた。

 少しきれいになった昼時のクラングルは――青く晴れ渡ってる。


「……お前、まだ一昨日の変態に引きずられてないか」


 近くでステータス画面をいじる坊主頭が何か言ってきたけど無視した。

 別に青空の星々を共にした友を見出してるわけじゃない、けっして、ぜったいに。


「寂しくなんてないさ……」

「引きずってる答え方じゃねーか!? いいか、こちとらホンダもハナコもメンタルやられてんだぞ!?」

「あれからなんかエンカウントしたんか先輩」

「大いにな畜生が。夜な夜な手書きの卑猥な絵を見せてくる妖精のヒロインが出やがった、あんなちっこいガキがんなことするとか世も末すぎんだろ……」

「変態じゃないかそれ」

「お前と触れ合った奴よかマシだ。やめなさいっつったら大人しく帰ったからな……」


 タケナカ率いるチームは何かと接触したようだ、ここにいない地味コンビは何を見せられたんだろう?

 というか、あの仕事が応えたのか集会所のあちこちに疲労困憊が見える。


「……わたし、また頼まれたら断ろうと思います……」


 すぐ隣ではげんなりしたミコの顔つきが一つだ。

 先日の疲れをまだ引きずってて、バランスを欠いた体内時計で眠そうにしてる。


「なあイチ、あのミコさんがこうまで言ってんだ。今だから口にするがありゃ割に合わない仕事だ、ここの主要メンバー四人がお休みしてやがるんだぞ?」

「あれからエルさんとセアリさんは家でぐったりしてるよ……」

「でもよくやってくれたって全員に1000ずつ追加で配ってくれただろ? 衛兵の人達にもボーナスだっていってたし、円満に達成したんじゃないか?」

「金の問題じゃねえ、この街が思った以上にやべえってようやく気付いたんだよ俺たちは。つーかなんだ、タキシード姿で卑猥な知識振りまく変人って……」

「あの人は俺に大事なことを教えてくれたんだ」

「そのろくでもねえことご教授してくれやがったやつを足止めして逮捕させたことは褒めてやるよ」

「聞いた話なんだけどあの変態さん、どういうわけか昨晩釈放されたらしいです……」

「マジかよすげえ!」

「関心してる場合じゃねえだろ馬鹿野郎が。あれ解き放ったってのかここのお偉いさんは」


 スライムの神秘性を教えてくれたあの人は無事だったか、良かった。

 あのミコたちもこう気力を欠いてるんだから大変な仕事だったのは確かだ。

 一応俺たちには「不審者逮捕に協力した」という実績あってか数千メルタほどの追加報酬があった。

 ただしセアリが『こんな汚いお金嫌です』とか言ってた気がする。


「その割に会わない仕事は果たして街の力になれたのかってのが気になるところだな。あんだけやったんだから、少しは治安に貢献できてるよな?」


 正直金より、衛兵が大変そうなこの都市に冒険者がどう作用したか気がかりだ。

 眠そうなミコに水筒を差し出した。すると冷たそうにくぴくぴ飲みはじめて。


「……でも、今朝買い物にいったら市場の人達が安心してたよ? 通りがかった衛兵さんたちにもこれどうぞ、ってお菓子とか果物とか差し出されてたし」


 少し目が覚めたような感じで返してくれた。

 目に見えた結果があったか、よっぽど住民のストレスになってたのかもしれない。


「反応が早くね? もう感謝されるとかどんだけ迷惑してたんだよ」

「大々的にやったんだから広まるのも早えだろうさ。俺も他の奴から聞いたんだが、いい印象が広まってるみてえだぞ? 冒険者や狩人のお手柄だってな」

「そうだったんですね……? じゃあ、わたしたちは不審な人たちへの抑止力になれたのかな?」

「こうして街の連中と距離が縮まったみてえだからな。向こうの思惑通りになってるってことだが、ここの顔ぶれの評価もだいぶ変わってくんじゃねえのか?」


 こうしていまだげんなりな先輩が言うように、俺たちが市民の力になる人種だって訴えも伝わったようだ。

 これで箔はついたってわけか。俺もきりっと冷たい一口を飲んだ。


「割に合ったかどうかはともかく、これでまた一つここの印象も良くなるってことだな。よかったよかった」

「……また変な人出てきたら行かないといけないのかな、わたしたち」

「何度でも言ってやるが俺はもう受けたくねえ」


 今の集会所を確かめると、活気づいた空気がよく広まっている。


『お手っ!』

『ん、おて』

『セアリよりわんこだねー……ジャンプ!』

『ぴょん』

『ぐっどぼーい! うちのケツのデカい子と交換して欲しいや団長……』

『ご主人がいるからだめ』

『忠犬じゃんニクちゃん……えらい!』

『ふふん』


 近くで元気な赤髪赤翼赤尻尾なお姉さんが黒系ダウナー犬ッ娘と遊んでた。

 ミセリコルディアのメンバーが混じろうが、あたりの人間はそろそろ気にしなくなってる頃だ。


「でも、街の人達の力になれたならいいことだよね? 最近は急に増えてきた冒険者にちょっと警戒心があったし、良かったかも?」

「いいイメージが作れたからうちのギルマスも満足してるんじゃないか?」

「ギルマスは変人だらけの現状を耳にしてこの街の未来を憂いてやがったぞ。でだ、話をぶったぎって悪いがお前らにちょいといい知らせがある」

「いい知らせ?」「いい知らせ?」

「重ねんでいいからな、二人とも……」


 ミコと一緒に戯れる図を見てると、タケナカ先輩から「いい知らせ」ときた。

 思わず声も重なったが、本人は今日も騒がしい様子に視線を送って。


「あれからここ冒険者ギルド支部に各ギルドから支援が入るようになってな。俺たちの仕事に手を貸してくれる人員が今日から派遣されるらしいぞ」


 そういいつつも「例えば」とボードの近くを指した。

 二人分の興味がそっとそこにいけば、向こうにさえない中年の狩人姿がなぜかいた。

 ミナミさんだ。前髪全隠れのサイトウに何かを手振り込みで説明してる。


「あれってミナミさんだよな? なんでいるんだ?」

「狩人のミナミさん……ですよね? 何か教えてるみたいだけど……?」

「見ての通りだ。例えば狩人ギルドからは獲物の解体の手ほどきやら、野外活動技術を指導してくれる人員が来てくれるって話でな。そしたら知ってるやつが来てくれたってわけだ」


 ところがタケナカ先輩は「あれがまさにそう」と言わんばかりだ。

 知ってる顔で何よりだけど、そんな事情が働いてるなんて思わなかった。


「だからいるのか。でもずいぶんいきなりじゃないか?」

「わたしも今初めて聞いたんですけど……他ギルドから協力が入るなんて」

「ちょうどあの錬金術師の館事件ぐらいからそういう話が持ち上がってたらしくてな? ご覧の通り街も冒険者ギルドも活発だ、そうなりゃいろいろとチャンスが見えてこないか?」


 そこにはそう口にするとおりのチャンスがあるらしいが。

 しかし厳ついお顔は今日も面倒くさそうだ、俺たちはなんとなく察した。


「チャンスね。その言い方と表情からして原材料はただの善意ってわけじゃなさそうだ」

「……もしかして、他のギルドもここの活発さにあやかりたいのかな?」

「二人ともお敏いことで、流石だな。確かに俺たちを支援してくれるのは善意だろうが打算なしなわけがねえ。向こうにとっても実地試験にはいい場所だろうし、何かしら参入するには心地よさそうだろ?」

「能力を生かせる場所がこうしてできたわけか」

「確かにそうだよね……ここ、前よりずっと盛況してるし」


 なるほど、大きな動きを見出して「乗るしかない」って動き出したか。

 タケナカ先輩は「あの人は半分遊びに来てるがな」とミナミさんを付け足したが。


「そのいい例があそこにもいるぞ。料理ギルドからだ」

「……料理ギルドだって?」

「りょ、料理ギルド……がですか?」


 次に向かったのは部屋のもっと隅っこ、まだ手が入れられてない区画の有様だ。

 そこに『料理ギルド』なんて言葉が入って一瞬だけ芋がよぎるも。


『やあきみたち、おじゃましてるよ』


 なんかいた。機械っぽい女の子がちょこんと座る姿だ。

 カラメル色のブロンドを控えめに伸ばす誰かがにへっと不器用に笑んでる。

 制服めいた服の白さが料理人らしく清潔に目立つけど、垣間見える肘や膝には大きな歯車がぐるぐる働いてる――まるでロボットだ。


「……オートマタの子だ」


 すぐにミコがそういった。つまりヒロインってことである。


「なんだあのロボットガール」

「ろ、ロボットじゃないからね……? あれはオートマタっていて、あんな風に身体の一部が歯車仕掛けになってる種族だよ」


 そう教えられて振り返れば人型の機械と何かと縁のある人生だ。

 向こうは無機質な白い腕で『ちょっときたまえよ』と手招いてる。

 あれがオートマタか、リスティアナを機械っぽく染めた感じがする。


「あれがオートマタっていうのか。それでそのメカメカしいのが一体どんなご用件なんだ?」

「あの子、料理ギルドから派遣されたのかな……? こっちにおいでおいでしてるよ?」

「まさにそうだ、冒険者向きの食糧を開発してえとさ」

「糧食だって?」

「まあ支援というより彼女が『インスピレーションのために協力しろ』だなんて理由で押しかけてきたみてえだが」

「なんて理由だ、じゃああれは遊びに来たって認識でいいのか?」

『なにじろじろとながめているんだい。きたまえよ』


 そんな事情で居座る彼女のゆるいお誘いに、坊主頭は「また変なのが増えた」とでも文句が出かけてる。

 機械らしいお堅い指先でちょいちょいしてくるので俺たちは渋々席を立った。


「はじめましてだねしょくん、わたしはオートマタの「キュイト」さ。ちなみにこうみえて耳はいい、きみたちのきぐするとおりわたしはどうらくできている」


 すると、人とは質感の違う肌色がにまっと笑顔で出迎えてくれた。

 しかも遊びにきたと得意げに堂々としてる、つまり変なやつだ。


「おい、こいつ今道楽っつったぞ」

「は、はじめまして、キュイトさん……?」

「その人が料理ギルドから派遣されたやつだ。なんでも俺たちの稼業に関わる食事を作りたいとのことなんだが」

「きみたちのことはぞんじているさ、殺人パン屋のいちくんに、かのミセリコルディアのおさに、『隊長斬り』のたけなかくんか。いや、なかなかいいつらがまえをしてるねきみたち」


 向こうはこっちのことを良く分かってるらしい、そうだパン屋だ。

 でもタケナカ先輩だけは違う、なんだかカッコいい二つ名があるみたいだが。


「パン屋で名が通ってるのか……! ていうかなんだ、隊長斬りって」

「いちクン、パン屋で覚えられちゃってるね……。でも隊長斬りって……?」

「しらんのか、たけなかくんは『キャプテン』をたたききったそうじゃないか。そのこうせきはわれら料理ギルドまでとどいているさ」

「んな大層な名前つけてくれたのはどいつだ」

「一応言っとくと俺じゃないぞ」

「しいていうなら、せけんだろうねえ」

「やったなタケナカ先輩、ずいぶん遠くまで響いてるみたいだ」

「それが変なもん招かなきゃいいんだがな……」

「ここにきて飯作るとか言ってるやつみたいに?」

「こら、失礼だよいちクン」

「おい、それはわたしのことかねパン屋のわかぞうめ」


 そうか、白き民の偉いやつをぶっ倒した実績も遠く届いてたか。

 どう受け取ればいいのやら、という先輩に『キュイト』はかたかた指を立てて。


「さてしょくん、さっそくだがこれをどうにかしてくれるかい」


 席の傍らまでそっとなぞってきた。

 突然どうにかしろと頼まれたのはすぐそこにあった。

 何やらストレンジャー的に覚えのある箱形が無造作に置かれており。


「なあ、どうにかしろってその……軍用ケースのことか?」

「……これ、ウェイストランドのものだよね?」

「ずいぶんとまあ近代的なもんがあるな。どういうこったこりゃ」


 三人三様に見てしまえば、そこに軍事規格のケースがぽつんとあった。

 電子的な錠が今なお明るく閉ざしたままで、注意書きはこう訴える。

 【軍、政府関係者以外の接触を禁ずる】【湿気や〇度の環境を避けて保管せよ】

 だそうだ、表面には分かりやすく【レーション】だとかが記載されてる。


「わたしはね、いわゆるぼうけんしゃのしょくんのための『携行食』をつくりたいのだよ。アクティブにうごくきみたちをささえるたべものとか、なんかかっこよくね? そんなもくろみさ……ふふふ」


 そこに何を見出したのか機械系ガールはふんすふんすしてた。

 周りの連中もつられてきたらしい、文明的な入れ物に興味が働いてる。


「その目論見がそこのケースとどう関係するかまでご教授願っても? 軍用糧食が入ってるみたいだけどな、それ」

「まさにそうなのだよ、いちくん。まじもののM()R()E()がはいってるそうじゃないか、しりょうとしてはじゅうぶんだろう?」

「……も、もしかしてそれ、食べてみたいとか……?」

「例のウェイストランドってとこからきた物資みてえだが……軍用糧食だって? そんなもんまであるのか、向こうは」


 近くで鎮座する軍用のそれに、向こうは「まさに」って感じの頷きだ。


「これはね、わたしがぼうけんしてたらみつけたものさ。さっこんのこのよのじょうせいをかえりみるに、ここには『軍用食』がはいってるそうじゃないか。であれば、しごとのためにたべるしかないだろう?」


 饒舌に語ってきた。経緯はともかく中にあるもの食ってみたいだそうだ。

 リム様ほどでも抱っこすれば持ち運べるほどのそれは、誰かが開けてくれるのを150年少し待ち遠しくしてる。


「で、それを資料に俺たちになんか作ってくれると?」

「うむ、せいかいだぞいちくん。ということできみ、あけたまえよ。なんかいけそうなきがするし」

「もろもろすっとばして親切心で言っとくけど軍用の食事はまずいぞ」

「わたしはほかのしたのこえたのとはかくがちがうのだよ。すいもあまいもかんでわける、いわば料理ギルドのきたいのほしさ」

「リム様も変わったやつに期待してるみたいだな」

「かのじょからははなしは何かときいてるよ、じつのむすこのようにかわいがっていたとかね」

「ご存じみたいで何よりです。分かった、ちょっと待ってろ」

「知ってるんだ、りむサマのこと……」

「……待て、その話だと料理ギルドのマスターと知り合いってことにならねえかお前」

「そろそろここにいるみんなに芋が配られる頃だろうな。こいつにドッグフードが入ってないことを祈ってくれ」


 「はやくしたまえ」と箱をこんこんしてるので開けてやることにした。

 さっそくハッキングシステムを立ち上げれば、簡単なロックだったのかすぐ完了だ。

 カチっと音を立てて電子的な画面に解錠されたサインが浮かんだ。


「おお、ひらいた……! さあ、ほんものの()()()()とごたいめんだー」


 機械娘はうきうき嬉しそうに開けた――すると軍事的な色のパックが山積みだ。

 周りもなんだなんだと見に来れば、ミコやタケナカ先輩もそっと中を覗くものの。


「……うーわ……マジかよ……」


 俺だけは違う、絶対に違う、喜べる要素がなかった。

 脳にこびりつく軍事色のパックには間違いなく軍用食を示す言葉がある。

 『スパゲッティ(ミートソース)』と。久しぶりだなクソ野郎が。


「い、いちクン……? すごく嫌そうな顔してるけど、もしかして」

「親切心もう一つ追加、死にたくなかったらそれ食うのはやめといたほうがいいぞ」

「……本当にMREじゃねえか。いや、だがスパゲッティって……」


 ミコは心配してるし、タケナカ先輩はうっすら怪しんでる、お前らの不安は大正解だよ畜生。


「何もかも最悪なクソまずいパスタだ」

「おいイチ、もしかしてお前食ったことあるのか?」

「まずすぎて寝込むような味だ、これ食うぐらいなら草の根掘りだして齧った方がマシ」

「なにをおおげさなことをいうのだね。わたしはおーとまたのキュイトさ、いろものだろうがあじわってやろうじゃあないか」


 今確かに言ったからな、やめとけって。

 にも拘わらず機械系な顔はわくわくしつつ開封してるんだ、なら止めはしない。

 人の親切心むなしく、けっこう重たいそれはびりっと軽々破かれてしまい。


「なんたるこうけいだ……これぞまさしく、げんだいのぐんたいがしょくしたというあの『糧食』ではないか。これだよ、これ」


 何がこれだ。そんな俺の気持ちもいざしらず、テーブルに品々が広がった。

 忌まわしきメインディッシュのパック、クラッカーやチーズスプレッド入りの袋、おやつのチョコケーキにプレッツェルもあるぞ。

 さて、その中に特大級の地雷があることに彼女は気づいてるんだろうか?


「……そこのでっかいやつがメインだ、食べる時は同封してある先割れスプーンで食う」


 キュイトは一つ一つを丁重にスクリーンショットを撮ってるみたいだ、相当期待してるように見える。

 できれば「やめとけ」を念入りに伝えようと思ったが駄目だ、これはもう地獄を見ないと止まらない。


「ふむ、えいようかてきにはびみょうだな。このそなえつけのビタミンいりのグミがそれをものがたってる。このちーずすぷれっどとあるのはなんだね」

「チーズスプレッドはクラッカーにつけるやつだ。塗ったらもう一枚で挟んで食うのがいい」

「あじけなさをちーずでおぎなおうとしているようだな。ではさっそく、パスタのほうをたしかめておこうじゃないか」

「あーまて、そいつあける前にちょっと心構えをだな」


 あれこれ吟味して、そいつはとうとう禁断の『アレ』に手をつけてしまう。

 ひったくって止めようとしたが遅かった、スパゲッティのパックがとうとう開く。


「……うわなにこれキッッモ」


 ……ゆるい声の調子にガチ目のものをひねり出しつつ、そっと閉じたようだ。

 こいつの目が正常ならきっと地獄を目の当たりにしたはずだ。

 けれども一度は見間違えたかと思ったらしい、すぐにもう一度開くも。


「――おいきみなんだいこれは。まるで地獄のような所業が執り行われてるじゃあないか、ふざけてるのかこの食べ物は」

「だから言ったのに……」


 だるだるとした言葉遣いが急にしゃきっとするほどいい刺激をもらったらしい。

 まさにこの世の終わりみたいな麺料理を見たせいだ。おめでとう、そいつは俺が通った道だ。


「そいつは俺が切羽詰まってた時に食べて死ぬ思いした最悪の一品だ。命名権が俺にあるなら「パスタアポカリプス」って登録しようと思ってた」

「うっうわあ……!? な、なにこれ……スパゲッティなの……!?」

「うっっわ…………おい、これ食うとかなんの冗談だ……?」


 ぶんどって周りに見せた。ミコも先輩もすげえ気持ち悪がってる。

 同僚たちにも見せると「うわあ」極まりない顔だ。

 千切れた太麺にどうにか体を成すソースとひき肉が――これ作ったやつは死ね。


「きみ、もしかしてこのいぎょうのむくろみたいなのをほおばったのかい……?」

「ああ、最悪だ。口の中で千切れた麺がどろっと溶けるし、味も最悪だ。リム様食ったら発狂するぞ。そいつ作ったやつを殺したい奴リストの上位にまだぶっこんでる」


 今言えるのはそいつを食べるなって話だ。

 嫌な顔浮かべてこうして訴えるも、向こうは何を思ったのか。


「そうか、であればわたしもいまからどうしだぞ。きみのそのいきかたを、わたしはむげにせんさ」


 ――ずぼっとすくい上げやがった。

 正気かお前、いやおかしいな。あのヤバイ見た目を持ち上げて、グロテスクな赤みを地獄から解き放ってしまった。


「……最後にもう一度だけ言わせてくれ。その気持ちは嬉しいけど一口食ったら最後、寿命が半減すると思え」

「わたしは料理ギルドのめいよあるひとりだ、みとどけたまえよ」

「じゃあ返事はこうだ。どうか後で文句言わないでくれ、ご武運を」

「あ、あの……食べない方がいいと思います……」

「正気なのか!? つーか待て、それいつの糧食だ!? 賞味期限は大丈夫なんだろうな!?」


 そして食った。小さな口でぱくっと奥まで。

 案の定というかすぐに味は顔に浮かんだ。

 機械らしさのある顔が吐きそうなぐらいぎゅっとしぼむ。

 咀嚼すらできないそれを拷問でも受けたような有様で飲み込めば。


「マッッッッッッッッッッッズ!!!! なにこれふざけてるのかい、この世の麺料理に対する冒とく的な行為じゃあないか!? お口の中が地獄じゃあないか!」

「マジで食ったよこいつ……」

「た、食べちゃった!? だ、大丈夫ですか……?」

「……料理ギルドのやつがこうもいうんだ、味も地獄そのものだろうな。くそっ、しばらく麺料理食えなさそうだ」

「味も栄養価も抜群の最低さだと俺が保証してやるよ。だからいったのに……」


 まーたすごい勢いで喋り出した。ブチギレ気味になるのも仕方ない話だ。

 ミコもタケナカ先輩も見ただけで吐きそうな顔で、なんなら横で興味を示したミナミさんもしかめっ面である。


「なんというか、これはひどい。たべたしゅんかんくちのなかでとけるし、あじもざつだ。からだにわるいことがひとくちでわかるぞ」


 食レポありがとう。気持ち悪さは集会所いっぱいに伝わった。

 さすがにこれ以上は諦めたらしい、受け取ると『分解』とでた――消えろボケが。

 だけどまだ十パックほど眠ってるし、他には小箱も【徴収済み食糧】と突っ込まれていて。


【現場で食えるメシがクソみたいなMREしかないと兵士からクレームがあった、上の連中はせめてものたしってことで民間企業から徴収したこいつで我慢してくれとさ。テュマーに続いてこの食糧事情だ、俺たちはもうおしまいだ】


 と、殴り書きと共に【クリティカル・エナジーバー!】なる包みが山積みだ。


「口直しもあるみたいだぞ、こいつならいけるんじゃないか?」


 パッケージは棒状のスナックを絵で表現してる、たぶんおいしいおやつだ。

 閉口したままのキュイトはそこから強めに一本ぶんどると。


「――おお、なんたるおあじ。くそまずりょうりのあとにくうと、ひとしおなものだな」


 速攻でぱくついた、中身はチョコ味の効いたコンパクトなエナジーの塊だ。

 よほど気に入ったか、それともその前が相応に最悪だったのか二本も平らげると。


「……うむ、たしかにさいあくだった。だが、このエナジーバーはかくべつだ。こっちをさんこうにしたほうがよいのかもしれん」


 MREより有意義さを見出したらしい、気分はもうすっかりエナジーバー寄りだ。

 なんなら「後はどうぞ」と軍事色のパックをこっちに横流すぐらいには。


「まあ、うん、お前が何作ろうが勝手だけど、どうか俺たちにこんなもん食わせないでくれよ。いいな?」

「わたしだってこんなものをたにんにすすめるほどひねくれてはいないさ、料理ギルドはよきものをつくるばしょだ」

「ならよかった、で、このクソマズい飯はどうする?」

「じごくのそこにでもふういんしておいてくれたまえ。わたしはもう、このエナジーバーにしかめがゆかんよ。ごきょうりょくありがとうだ、いちくん」


 一口でお役御免だとさ、戦前の奴らの馬鹿野郎どもめ。

 彼女はごっそりエナジーバーをひったくると、またスクリーンショットを取ったりノートに何か書くなりして仕事に移ってしまった。

 あとは大漁の不良在庫を「お好きにどうぞ」だってさ。


「……おい、誰か記念でもってかないか? 今なら全品100%オフだぞみんな」


 一応周りに聞いてみた、携帯できる地獄はいかがですか?

 みんな首を全力で横に振るんだから受け入れ先は見当たらなかった。

 この世界の食事事情からしてこいつはゴミだ――ばたんと箱を閉じて封印した。


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