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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
剣と魔法の世界のストレンジャー
454/580

45 白き民に向けてのパン屋さん、栗粉のお菓子を作る


 タケナカ先輩から「俺たち向けの案件」について聞かされた。


 なんでも遠い郊外の森に白き民がいたとか言う話だ。

 発見者はクラングルの『狩人ギルド』という連中である。

 読んで字のごとくこの国の危険生物を相手取るのはもちろん、自然保護や土地の調査やらを仕事としてるらしい。

 ただし「仕事が地味」「華やかじゃない」だとかいう理由で人が少なく、組合員は各地で広く浅くひっそりとやってるとか。

 通称『不人気』だが、それでもこの国の自然環境を支えてるのは間違いない。


 そんな方々が近郊の森を調査中、白い人型を見つけたらしい。

 そこに数十年ほど放置されていた砦に住まいを構えていたとのことだ。

 分かる情報は「数は十にも満たず軽装だった」「拠点を構えていた」「何匹か巡回を始めていた」という感じだった。

 薬草がよく育つ森なので排除してほしい、これが向こうの頼みだ。

 

 近頃になって白き民が元気にやってるという話は本当だったか。

 報酬は仮に十人参加したところで一人あたり3000ほどと微妙だけど、そこにタケナカ先輩はうってつけを感じたらしい。

 実戦を経験するまたとない機会だ、説明が終わると参加者が集まった。


 決行は明後日の早朝、あくまで今回は旅人の『白き民慣れ』が目的だ。

 ヒロインたちの強さに頼らず人間の底力を知らしめるのが大切だそうだ。

 狩人ギルドからも視察と支援を兼ねた人員が来るらしい、実力を見てもらうチャンスってわけか。


「……そういうことがあって、今度白き民を狩る依頼が入ったんだ」


 今日も売れ行き好調なパン屋の厨房で俺はせっせと床を掃いていた。

 床いっぱいの小麦粉を流せば、コンロに向かい合ってた奥さんが戻ってくる。


「あなたもようやく白き民に関わるようになったのね、一人前って感じだわ」


 取っ手つきの容器から黒くて香ばしい一杯をこぽこぽ注いでくれた。

 歯車印の主張が激しい直火式のコーヒーメーカーだった、奥さんのお気に入りだ。


「実は最近になるまでその名前すら全然耳にしてなかったんだよな……」 

「そりゃそうよ、クラングルは外の世界とこうして大きな壁と深く隔てられてるもの。ずっと前は相当な数が好き放題に跋扈してたのよねえ」

「あんなのがうじゃうじゃしてたとか冗談だろ……?」

「昔は未開の地に住み着いて拠点を構えたり、そこから各地に渡って徐々に迫ってきたり、その上人里までやってきていきなり襲って来る……なんてあったわねえ。白き民との戦いは日常的だったわ、長らく争って沢山駆逐して、ようやく落ち着いたのよ。今のフランメリアが()()ってわけ」

「今まさにがその厄介なやつらが戻ってきてると。どうなってんだマジで」

「たぶん賑やかになったから向こうもまた勢いづいてるんじゃないかしら?」

「それじゃ俺たちのせいでご迷惑かけてるってことにならないか」

「そんなことないわよ? むしろ堂々と来てくれてぶちのめしがいがあるじゃない? 敵ははっきり見えてた方が安心するでしょ?」

「まあ確かにそうだけどさ……俺たちが来てからこうなってんだろ?」

「フランメリアの民は前向きよ。奴らが騒ぐってことはこの国にまた火がともった証拠だし、その騒ぎでまた経済も動く、そして――」

「倒せば土地が豊かになる、だったか」

「正解よ、えらい」


 ちょうどそうやって話してると掃除が終わった。ご褒美は熱々の一杯だ。

 しかし聞けば聞くほど妙な国だと思う、特に白き民との関係性のあたりが。

 かつてあいつらはアホみたいにいたがかなりの数がぶちのめされて、かと思えば旅人が来てからはや半年以上経ってまた急に活発に湧きだしたらしい。

 「この国が元気な証拠」なら聞こえはいいが、やっぱり俺たちが関係してるかもしれない。


「こっちも白き民って最近知ったんですよね……私たちを襲う危険な怪物だって聞いたんですけど、そんなものがいるなんて気づいたのは先日になってやっとですよ?」


 そしてその変化は厨房で腰をかけてた日本人男性にも伝わってるほどだ。

 コーヒーをご一緒するイケダさんの冴えない顔は3割増しで生き生きだ。


「俺だって最近知ったばっかだよ。確かにイケダさんの言う通りの奴がいたんだからシャレにならなかったぞ」

「……まさにお会いしちゃったんですね」

「ミセリコルディアの奴らとドンパチやってきた」

「戦ったんですか……!?」

「普通の人間が戦ったら死ぬ場所に困らなさそうだったよ。あいつらでさえけっこう危なかったらしいし」

「それをこうして生き延びてきたのはすごいと思いますよ……ちなみに、実際どんな見た目でした?」

「そうだな、白っていうか青白い」

「青白い……? 白なのにですか?」

「そう、白き民なのに。おかげで筋肉の量が良く浮き出ててがっしりしてるんだ。そのくせ顔がなくて変な言葉を喋る」

「夜道で会いたくないですね、それ」

「それがイケダさんぐらいの身長だったり、二メートルぐらあったり、子供の身長ほどの奴もいてな。で、そいつら全員武器持って襲ってくる」

「……あの、MGOってホラゲーでしたっけ? 違いますよね?」

「しかもきびきび殺しにかかってくるからもれなくホラーアクションゲームだ。マジでやべえ」


 興味津々な様子も「こんなん」と手ぶり込みで話せば苦い顔だ。ブラックコーヒーのせいじゃなさそうだが。


「そんなおっかないのと戦ってよお帰ってきたなあ、流石イチ君やあ」


 イケダさんに怖い話を語ってると赤いスライムがぬるっとカップを掴んだ。

 スカーレット先輩は今日もふにゃふにゃしてるが、白き民をたっぷり見た後はだいぶ目の保養になる。


「まあ、あの時は頼れるヒロインがいたのがデカい」

「ミコさんと一緒にいったんやなあ、どやったあ?」

「あんな数相手に四人で連携が取れてたよ。有名なクランなだけあるな」

「あの名高い人たちやもんなあ。でもそれについてく君もすごいと思うでえ」

「俺はあいつらの強さにあやかってただけだ。もし一人で挑んだらパン屋に出勤して無かったぞ、永遠にな」

「そりゃ困るわあ。ていうか、イチ君がそこまで考えるほどの白き民ってなんやろなあ」

「最近みんなそればっか考えてるみたいだ。なあ、ほんとにMGOにそれっぽいやつがいなかったのか?」

「おらんかったなあ、だいたいそんなおっかないの世界観にあわへんやろお?」

「せやなあ」

「あはは、うちの口調うつってるでえ。砂糖とミルク取ってくれへん?」

「角砂糖三つにミルク多めだったっけ、どうぞ」


 コーヒーの味変を甘く手伝うとスライムの先輩は美味しそうに飲み始めた。

 が、ゆるい言葉遣いにはやっぱりMGOにいた何かじゃないという証言がある。

 いっそニャルに聞いてしまうのもありか?


「……でも見た目だけは人間みたいだった」


 そこへニクが一口すすってそう言うもんだから、余計に気味が悪かった。


「そうだな、雑味を抜いた人間みたいにきびきびしてたよな」

「ほ、ホラー物はちょっとご遠慮ねがいたいですね……うん……」

「確かフランメリアができてから姿を見せたいうてたなあ、もともと住んでおられた方ちゃうんかあ?」


 スカーレット先輩はほんわか受け止めてるが、イケダさんはそろそろ夜トイレにいけなくなりそうだ。

 ちなみにわん娘は渋い顔だ、苦かったらしい。


「そうなのよね、あれはこの地に色んな人たちが住み始めてから急に現れ始めたらしいの。ある日突然、白いヒトモドキが剣を携えて鎧を着こんで人里に()()()()よ? 最初はたくさんの人が「原住民かな?」って思ったらしいけれど、徹底的に意思疎通ができないところとか、妙な生態もあってすぐ否定されるようになったわ」


 そんな俺たちに奥さんがせっせと何かを運んできた。

 泡だて器と黄色味のかかった粉がいっぱいのボウルだ。


「第一印象から最悪なのは仕方ないな。あいつら揃いも揃って武器を交える以外のコミュニケーションは持ち合わせてなかったみたいだ。おかげでひどい初対面だったよ」

「魔法も使ってきたよね。ご主人には効かなかったけど」

「そう、魔法も。どいつもこいつも頭の中に戦うことしかないような動きで不気味さマシマシだ、立ち振る舞いが戦闘向けに最適化されてるっていうかさ」

「原住民っていうかまるで機械ですね……」

「仲良くお話できんキリングマシーンなんやろか? こわいなあ……」

「そりゃあ、最初は対話を試みようとあの手この手を尽くしたわ。でもどうアプローチしようと何一つ通じないし、出会った次の日に群れをなして攻め込んできたりとさんざんよ。それはもう容赦なくね」

「奥さんが嫌な顔して語るってことは、第一印象はよっぽどだったんだろうな」

「最初はあいつらがこの土地を守っている程度の考えがよぎったけども、かといって元々住んでいた感じでもなかったの。いきなりどこからか現れて殺しにかかってくるだけよ。断言するけどあれは絶対に元々住んでた類じゃないわ、お化けよお化け」


 奥さんからよく出てくる言葉の数々は白き民の異常性を物語ってる。

 国ができてから現れた正体不明の化け物か、幽霊じゃないことを願いたい。


「……もしかしてここの人達って、そんなのとずっと戦ってたのか?」

「ええ、三十年ほど前までずっとね。フランメリアの人達が武芸に長けている理由の一つは白き民という存在がそばにいたからよ、この国の姿を形作ったとも言ってもいいかもね?」

「納得したよ。それが最近になってまた浮上してきたってことは、なんだか嫌な予感がするけどな」

「そうでもないわ、あいつらって武器や防具を身に着けてるじゃない?」

「ああ、あんなに気味悪いくせしてけっこういいの持ってた。持ち帰ったらそこそこ売れた」

「皮肉だけれども、白き民がどこからか持ってくる品はいい資源になるの。言ってみれば剣だの鎧だの、質のいい金属を運んできてくれることにもなるでしょ?」

「そこにマナをもたらしてくれるって話も足せば本当に皮肉だな。もしかしてフランメリアってそいつらの落とし物で成り立ってる?」

「倒せば金属をいっぱい落としてくれるのよ? しかも鉄じゃなく鋼そのものが手に入るんだから美味しすぎる話よ。国を挙げての討伐は持て余すほどの金属資源をもたらしたの、それこそ『ドワーフがもう鉱山に潜らなくていい』って言われるぐらいにね。まあ、このおかげで我が国の鉱業がだいぶ廃れちゃったんだけど……」

「倒せば平和になるし土地は豊かになるし金属は手に入ると。そりゃ国も本腰入れるだろうな、この世界考えたやつは頭おかしいんじゃないか?」

「ん……倒せば倒すほど国が儲かる、のかな?」

「そもそも鋼でできた武具っていうのはよその国じゃまだまだ超高級品なのよ。それをぽんぽん落とすんだからずるいわよ」

「ゴールドラッシュならぬスチールラッシュですか……いや、なんかもう色々ぶっ飛んでますね。襲って来る化け物で資源賄うとか流石はファンタジーといいますか」

「ほええ……いいことづくめやなあ、チートやチート」


 しかし相変わらず皮肉だらけだ、突然現れた白き民で国は栄えたらしい。

 俺たちがコーヒー片手に聞くにはぶっ飛んだ話だけど、ここがいい意味でおかしい理由はよく分かった。

 武器を持って突然現れる化け物をネギ持参したカモのごとく扱う国民性の方がよっぽどだ。


「だからまた白き民が活発になってもみんな明るい顔してるわけか」

「そうねえ、それに私たちってお祭りごとが好きな国民性なのよね。ほら、外に出れないほどの台風が来るとわくわくしちゃうでしょ? それとあんまり変わらないわよ」

「どこに刺激を感じてるんだよこの国の人達」

「ぼく、ちょっと分かるかも……」

「災害に興奮しちゃうあれと果たして重ねていいんでしょうか、一応由々しき事態だと思うんですけど」

「うちもわかるでえ、適度な刺激ってやつやなあ」

「白き民はしばらく影を潜めてたそうだけども、みんな平和にちょっと飽きちゃってるわね。フランメリア人は戦いありきなんだから」


 こうしてパン屋の奥さんが元気ってことは、再び浮上したっていう白き民も大したことない証拠なのかもしれない。

 窓の外なんて相変わらずの日常だ。

 暇そうなヴァルム亭が見えるし、道行く人たちはのどかなひと時の中だ。


「でもあいつらは油断ならない相手よ。人間と同じ感覚で相手取っていいものじゃないと思うわ、戦いの振る舞いも、持ち前の膂力も私たちとだいぶ違うからね」


 白き民をよく知った口ぶりはパン屋が放っていい言葉なんだろうか。


「奥さんよくご存じのようで、コーヒーのお代わりもらっていい?」

「おかわりは自分でしてね? かなり昔のことなんだけど、ここから遠い場所で要塞が白き民に丸ごと一つ落とされたことがあってね」

「要塞が丸ごと持ってかれるとかとんでもない話されてる気がする」

「実際とんでもなかったわよ。というのもね、奪還しようにも妙に防御が硬かったの。なんでだと思う?」

「そりゃ要塞っていう素敵な物件に立てこもってるからじゃないのか?」

「それもあるんだけどね、どこから持ってきたか知らないけど、あいつらは本来そこにはなかった装備やらを使ってきたの。投石機やバリスタ、しまいには大砲もよ? 勝手に要塞を強化して陣取ったわけよ」

「ほんとにどっから持ってきたんだよおい」

「まったくよ。しかも包囲してるっていうのにどこからか増援が現れて、半年は膠着したわね」

「今度はいつの間にか増えてるって? 妙な話だな」

「最後は魔女様たちの力も借りてどうにか奪還よ。でもほんとに妙なの、武器やらを作った形跡もなければ、どこから増援が来たのかも不明、三十年経った今でも永遠の謎。気味悪いわねえ」

「俺もあいつらの気味の悪さをまだ引きずってるよ。どうなってんだあいつら」

「白き民って、どうやって増えてるんだろう……」

「怖い系の話はどうかご勘弁してほしいですねえ……」

「謎だらけやなあ、白い人たち。ほんとにお化けちゃうのお?」


 奥さんはボウルに何かの粉を注ぐが、まだまだ俺たちに驚くような話を聞かせようとするつもりだ。

 黄色い粉で山を作りながら「実はね」と一言始めると。


「あいつらも相当なものだけど、もっと不思議なのはやっぱりこのフランメリアの大地そのものよ。これを聞いたらあなたたちびっくりして眠れなくなるわよ?」

「話す前に聞くけど怖い話じゃない? 今夜トイレいけなくなるやつ?」

「えっなんですかなんですか、なんかすごい秘密でもあるんですか?」

「信じられないと思うけど、昔はフランメリアの各地で見知らぬ建物がいきなり現れたりしたのよ。空に大きな島が浮かんでたり、街の隣に突然魔獣蔓延るダンジョンが建ってて大騒ぎになったり、なんなら廃墟そのものが現れたりもしたわね。それも一度じゃないわ、数え切れないほどよ!」


 引き出されたのは本当に驚くしかない情報だ。いきなり何かが現れるだって?

 イケダさんと「俺たちからかわれてる?」と目線を交わしたが、奥さんはいたって真剣だし信じてほしそうな様子だ。


「なあ奥さん、それマジでいってる? 俺たちでもちょっと信じがたいぞ」

「なにそれこわい。えっ? ほんとなんですか? 突然出てきていいものじゃないですよねそれって」

「ほんとに不思議。どうやってできたんだろう?」

「ほえぇ、見知らぬ場所ができるとかちょっと信じられへんなあ」

「ほんとよほんと! なんなら私も立ち会ったことがあるんだから! 昔ね、たまたま立ち寄った村で一晩過ごしたら翌朝とんでもないことになってたのよ? なんと村より大きな街がすぐ隣にできてたの! あの時はもう村中大騒ぎで、みんな三日三晩寝付けなかったわね……」


 朝起きたら村の隣に所有者不明の街ができてましたとかなんの冗談だ。けっこうホラーチックな気がする。

 でも奥さんは当事者として熱っぽく語ってる。竈よりもずっとホットに。


「ええ……知らぬ間に街できてるってそれはそれで怖いだろ……」

「うわーファンタジーだなあ……しかも思いっきり目撃してたんですね、そりゃびっくりですよ」

「朝起きたら街ができてたら、たしかに驚いちゃうかも」

「なんやそれえ、すごいやんかあ……今もその街ってあるん?」

「ほら、びっくりしたでしょ!? 村の人達は半年ぐらいかけてそこに引っ越したんだけども、今じゃ都市と都市の間を繋げる立派な街として健在よ? クラングルからずっと東へ向かうと【トラヴァーナ】っていう場所があるから、もし立ち寄ることがあればそこの人達に聞いてみなさいな」


 ただでさえおしゃべりな奥さんが一段と舌を動かすんだから本当だろう。

 それにぶっとんだ話だったけど白き民よりはずっと健全だ。とはいえ――


「あれ? そういえばですけど、この前まで見知らぬ建物とかがいきなり現れてる……とかそういうのが巷を騒がせてませんでした? もしかして今も続いてたりするんでしょうかね?」

「せやなあ、えらく近代的なもんがいきなり現れとったわあ……でもでも、すっかりでてこなくなっとるそうやでえ」


 イケダさんとスカーレット先輩はそれに近いものをよく知ってるみたいだ。

 そう、奥さんが目にした『いきなり何か現れちゃう現象』は奇しくもストレンジャーの死による転移そっくりだ。

 まさかアバタールも死んでも蘇って、そのたびに何か世界に異変をもたらしてる……なんてわけじゃないよな?


「そうらしいわね、へんてこな建造物ができてるとかだったかしら? でもそれって私の言ってるのとはまた違うわよ、ライオスお爺ちゃんだってそういってたんだから」


 が、意外にも奥さんはその路線をきっぱりと否定してる。

 ついでに「お茶請けよ」と馬鹿でかい紙包みの板チョコもでてきた。5.56㎜弾を防ぎそうなほど分厚い!


「なんていうかその……奥さんが今まで見てきたやつと、最近いろいろな場所に出てきた変なやつは違うって分かるのか? なんでそう言い切れるんだ?」

「シトリア人の美的センスを舐めちゃいけないわよイチ君。昔からこの国で起きていた現象はね、ご親切にもその土地柄に合ったものが出てくるのよ?」

「なんだよそれ……誰かが景観に配慮してくれてたってことか?」

「そうねえ、たとえば海に近い場所だったら知らぬ間に立派な灯台が建って、森だったら豊かな湖が現れて、山だったら鉱山が入り口と坑道つきで出来上がってるのよ。まるであなたの言うように景観に配慮してくれてるものばっかりね、そういう法則があるの」

「つまりフランメリアにとことん都合のいいものばっか出てきたんだな」

「私たちが豊かなのもそのおかげよ。でもね、最近のやつはそういうのに配慮してないみたいじゃない? しかもここの土地と引き換えに現れてるんだから、私の知るものとは絶対に別物よ。なんか押しつけがましいもの」

「そうか。犯人見つけたら奥さんの代わりに文句言っといてやろうか?」

「それなら『持ち味を生かしなさい』って叱っておきなさい。だいたいこっちは何も取らず無償でその土地をアップグレードしてくれるのよ? タダよ、タダ。この国らしい懐の広さじゃない」

「つまり最近起きたあれはまた別物ですか、ややこしいですねえ。いやしかし、資源手に入る場所がぽんと現れるなんてとんだ棚ぼたなことで……フランメリアってやっぱり面白いです」

「ほんまややこいなあ……おしつけがましいのは迷惑なだけやろがあ、そうゆうのはあかんでえ」

「ん……確かに雰囲気壊すものばっかりだった」

「あーうん、ちゃんとそいつにみんなの意見伝えとくよ……」

「まあ、フランメリア特有の現象もそれはそれで大変だったけどね。スケルトンだらけの城が現れた時とか、近隣の町が巻き込まれてちょっとした戦争状態になったもの」


 ややこしくて誠にごめんなさい、と当事者らしく謝ろうとしたがやめた。

 俺が起こした転移とはまた別の不思議な出来事があったってわけか。本当にこの国は驚くことばかりだ。

 奥さんはひとしきり話すとチョコを*ぼきぼき*音を立てて割ってくれたが、なんだか断面がざらざらと粗い。

 ひとかけら頂くとガリっと歯ごたえ、口で溶けずにカカオの香りと砂糖の味が舌触りざらざらに広がる――意外とおいしい。


「奥さん、昔からこの国で起きてたっていう『なんかでてくるイベント』はいつからいつまで続いてたんだ?」


 このざらざらチョコはコーヒーと合う。謎現象についてもうちょっと聞くことにした。

 すると「水を粉と同じぐらい」とカップを任された。いっぱいに溜めてボウルに注ぐ。


「ここの開拓が始まった時からよく見る現象だったそうよ。私がずーーっと前にこの国に移り住む前からよ?」

「例のアバタールとやらがここに落ち着いてからってことか」

「ついでに白き民が現れたのと同じ頃合いだったわね。まあ、あいつらが原住民じゃないっていう証拠にはなったんじゃないかしら」

「そうか……ちなみに、その現象はアバタールの死後も続いてた?」

「彼の死後もしばらく続いてたわ。えーと、さっき話した白き民の大規模討伐があった翌々年だったかしら? その頃までずっとよ」

「三十年ほど前か」

「そう。白き民の脅威が薄まるにつれて段々と見なくなったの。そういえば国の勢いが急に衰えたのもその頃だったわねえ……」


 未来の俺がこの地に居ついてから始まった現象ってことか。

 突然現れる謎の場所と神出鬼没の白き民なんてこの国は変なのに恵まれてるようだが、問題はどっちも俺が絡んでいそうな気がするところだ。

 まあそれはとにかく奥さんは『混ぜてね』とボウルをニクに任せた。


「イチ君、白き民のことがよっぽど気になってるみたいね」

「職業柄そうなってるみたいだ。まだ引きずってる」

「あんな敵意しかない化け物を見たらそりゃ忘れられないわよねえ。でもこれからあなたたち冒険者はあいつらと刃を交える続けることになるでしょうね」

「こういうもんだって覚悟してるから別にいいさ。"冒険者は仕事を選べない"だったか」

「そう、名が上がるほどにね。でもこう覚えておけば少しは気は楽になるわ、あれは私たちが取り入る余地のない純粋な敵よ。罪悪感なんていらないから戦って勝ちなさい」

「パン屋の奥さんから出る言葉にしちゃ頼もしすぎるな」

「あいつらとは相容れない確固たる証拠はもうとっくの昔に出てるもの。だからこの国は討伐を推奨してるのよ」

「絶対仲良くできない理由があるのか、友達に聞かせたいから教えてくれ」

「女神様の像よ」

「女神様?」

「きっといきなり現れたんでしょうけど、フランメリアの各地に立派な像があってね? その名もノルテレイヤ様よ。ルーツもいまだに分からないけど、あの穏やかな顔はこの大地を見守る女神様なんだって伝えられてるわ」


 そこでまさかのあの名前だ。

 ノルテレイヤ、奥さんの口からあいつが出てくるなんて思いもしなかった。


「あの機械仕掛けの羽が生えた子のことか」

「そう、私たちはフランメリアまで導いてくれた女神さまって勝手に信じてるけどね。知ってた?」

「……ああ、よく知ってる。まあ親しい仲だよ」

「彼女と仲良しなんていいことね。でもみんな勝手にそう信じてるだけよ。私たちに微笑んでくれる気さくな女神様程度ってところかしら」

「確かにそんな感じはするな、頬の柔らかさのあたりとか」

「もしかしてああいうのが好み? そういえば貴方のミコちゃんもそういう感じだったわねえ」

「そうだな、俺好みかも。で、白き民とどうかかわってるんだ?」


 いや、まさかあいつの像が立ってたなんてびっくりだ。

 ってことは、未来の俺(アバタール)は女神さまのお導きでフランメリアにきたのか?

 でもうれしいと思ったのは「気さくな女神」程度に受け入れられてることだ。


(そうか、お前はずっと見てくれてたんだな)


 こんなところで聞くと思わなかった彼女の話題に食い入ると、奥さんはニクのボウルを覗いて。


「白き民がそのノルテレイヤ様の像をぶち壊してたのよ。考えてみなさい? もし彼らがすでに文明を築いていたのなら、そんなシンボルにもなりえるものを自分たちで打ち壊すと思うかしら? そこからいろいろ考えて、白き民はけっして先住していた民じゃないって判断がされたわけね」


 混ざり合った生地の具合を確かめつつだけど、さらっとひどい話が出てきた。

 こともあろうにノルテレイヤの像をぶち壊してたってさ。覚えておいてやろう。


「あいつらがノルテレイヤの像をぶち壊したのか?」

「イチ君、ちょっと顔が怖いわよ。確かに綺麗な女の子を傷つけるのは私の祖国でも極刑レベルの大罪だけれどもね?」

「ごめん、元からだ。でもそいつで元々お住まいだったやつらじゃないのがはっきりしたんだな」

「あいつらの調査が進んで、何一つ文化を持たないことが判明したのも大きいわね。私たちは土地を切り拓いて住まいを作って、畑を耕して家畜を飼って、そういう営みで成り立ってるでしょ?」

「そして俺たちはパンを仕込んで売り上げてるな」

「ええ、今日もパン屋を楽しくやってるわね。でもあいつらはただ戦力を整えて人を襲うだけ、それ以上のことはしないしできない――それが白き民よ」


 奥さんは白き民のライフスタイルについて気味悪そうに話をつけてくれた。

 あの白い身体つきにそんな背景が付きまとって、ますます気味の悪い感じだ。


「……やっぱり白き民っておかしい。まるで前と後ろに進むしか選択肢がないみたい、普通の生き物と生き方が全然違う」


 ニクがそう気にしてしまうほどである。

 肉球つきの手はいい感じに混ざり終えたようだ、ボウルに茶色い生地がどろっとしてる。


「国中の賢い人たちがいくら頭をひねっても真実にたどり着けないんだからむず痒いわよね。しかも最近じゃ「神の使い」とかいって崇めるおかしな宗教ができてるし、困ったものよ」

「ワーオ、おまけにカルトつきか。ますます嫌いになってきた」

「本当に皮肉だけれど、あいつらで国は栄えたんだから複雑よね……はいこれ」


 迷惑極まりない話まであるようだが、奥さんはボウルをパスしてきた。

 チョコミルクみたいな色のとろっとした何かだ。

 かすかに甘い香りがする――なんだろうこれと思ってるとにっこりされて。


「そういうわけでイチ君、そろそろパン生地と付き合う頃がきたわよ。だいぶ仕事に馴染んでくれたし、パン焼いてみたくない?」


 だそうだ。とてもじゃないがこれはパンの材料には見えない。


「おお、イチ君やっと本格的に仕事できるんやなあ、これでほんとにパン屋さんやわあ」

「やってみたいなとは思ってたよ。ところでずっと気になってたんだけどこれなーに?」

「これは私の故郷のおやつよ。ネッチっていうお菓子の生地」

「ネッチ?」

「栗を挽いて作った粉を溶かして専用の鉄板で薄く焼き上げるの。イグレス王国のパンケーキみたいな感じね」


 関係性はともかく正体は栗だそうだ。

 栗といえばハリネズミのようなイメージがあるけど、挽いて小麦粉みたいにできるなんて初耳だ。


「栗、ですか? 小麦粉じゃなくて?」


 イケダさんも知らない食べ物らしい、興味津々に覗いてきた。


「私の生まれ育った場所はそういう食文化なの。栗で作ったポレンタに栗で作ったケーキ、そしてこの栗で作った薄焼きの生地がよく食べられててね」

「なんだかイタリアみたいだな……」

「イタリア?」

「ああ、私たちの故郷にそういうところがありましてね」

「私の故郷とちょっと語感が似てるわね、シトリアっていう国よ」

「ほんとに名前がそっくりですね。どんな国なんですか?」

「伊達男と美女がいっぱい、お母さんが強いアットホームな国ってところかしら。ちなみにイグレス王国っていう国とはフランメリアを介して同盟関係ね――ヴィキーちゃん元気かしら」

「イタリアみたいだなほんとに……!?」


 二人の話を聞くに奥さんの故郷の食べ物らしい。

 シトリアとか言う国の食文化ってわけか。俺の苦手な国名が絡んでるのは都合よくスルーしよう。


「お~、そんなお菓子あるんやなあ……うちも栗は好きやでえ、甘くておいしいし」

「スカーレットちゃんが私の故郷に来たらきっと気に入るわ、それにイケメンのお兄さんにモテモテになるでしょうね」

「いってみたいわあ。でもシトリアのおにいさんってスライムでもいけるんかあ?」

「女性だったら誰にも優しいから大丈夫。ちょっとマザコン多いけどね」


 スカーレット先輩も溶けた栗粉を介してどんな国か興味がわいたらしい。

 だけどこれをどうしろっていうんだろう、そう困ってると。


「まずは簡単なものから焼いてみましょう? ついでにみんなのおやつにするから、料理の責任感っていうのを持ってもらうからね?」


 にっこりいい笑顔で答えをくれた――こいつを焼けというのだ。

 すぐに蘇ったのはザクザクしたパンケーキだ、思い当たる節がありそうなニクがなぜかこっちを見てる。


「……お、俺にできるかな……?」

「どうしたの、そんなビビっちゃって」

「いや、前にパンケーキ作ったことあるんだけど……なんかこう、クッキーになった」

「ん、ざくざくしてたね」

「それはおかしいわねえ、油入れ過ぎたのかしら」

「パンケーキがクッキーに……? 何があったんですか一体」

「クッキーになっちゃうとか不思議やなあ。どうしたん?」

「自分を信じられなかったんだと思う……」


 今のうちに不安をぶちまけておくが、みんな「クッキー?」と謎めいてる。


「心配はいらないわ。ネッチは栗の粉を少しとろっとした生地に仕上げて、ついでに塩を少し入れておけばすぐよ」

「塩はなんで入れるんだ? しょっぱいおやつだった?」

「主に味にコントラストをつけるためよ。ほのかな栗の甘味にいい感じに働いてくれるから」

「へー」


 しかし奥さんの笑顔を見てるとやれそうになるのが不思議だ。

 泡だて器で少し混ぜると、水分多めで確かにとろっとしてる。

 が、続いて薄いフライパンのようなものが突き出されて。


「これがネッチに使う鉄板ね。取っ手が長くて平たいでしょ?」


 そういって見せられたのは平たい丸型の鉄板で、長めの取っ手がついていいリーチになった調理器具だ。

 それも二つ分。それぞれ表面に油が馴染んで使い込まれた感じがある。


「これで焼くのか。なんかフライパンみたいだ」

「これがなかったらフライパンでもいいわよ。油をしっかり馴染ませたやつを使うようにね?」


 そして厨房のあたりまで「おいで」と招かれた。

 金属製のつまみが伸びたスチームパンク味のある調理器具だった。

 もちろん動力は魔法、つまり俺がいじろうが一生火も出てくれない置物だ。 

 ミキサーやら何やらを使おうとしたら見事にぴたっと停まったこともあって、掃除の時以外触らないのが我がルール。


「そういえばあなた、魔法が効かない体質らしいわね?」

「そう、生地混ぜてるときに急停止させるぐらいに」

「もし魔導コンロが使えなくても大丈夫よ、これは元々炭火でかざして焼く料理だし。待ってなさい、今点けてあげるわ」


 でも奥さんは理解してくれてる。

 代わりに導かれたのは店の裏口、その先でひっそりしてる小さなかまどだ。

 さっそく木炭を放り込むと近づけた指先から火花が――魔法か。


「わざわざ悪いな奥さん、手間かけさせて」

「手間がかかる従業員は嫌いじゃないわ。それにそもそも、私はネッチはここで焼かないといけないって誓ってるからね」

「こだわりがあるのか」

「ええ、もちろん。まずは熱した鉄板にラードを塗るのが肝心よ」

「ラード? バターとかじゃなく?」

「ラードよ。生地に溶かして入れてもいいけど、私は断然こっち。そしたらそこに二つとも乗せてね?」


 しかるべきやり方で炭火を煽ればあっという間にかまどが熱くなった。

 言われた通りにフライパンもどきを置けば、すぐ熱々に仕上がったようだ。

 するとへらを使って二つの表面に白い油を塗って潤ったわけだが。


「お、置いたぞ……?」

「次はここに生地を落としてね、お玉に軽く一杯分ほど」


 油の効いたそこへ生地を垂らせ、だそうだ。

 不安だけど同じ日本人やスライム娘、あと愛犬の顔を心配してから垂らした。

 茶色が強い生地が落ちれば、じゅわっと甘くて香ばしい香りが広がった。

 薄めのホットケーキみたいなのが焼きあがるが、奥さんの手はもう片方の鉄板を持ち上げ。


「そしたらこうやって油の効いた面を押し付けるだけよ、ぎゅっとね」

 

 熱されたそれで焼きかけの生地をぎゅっと挟んでしまった。

 不幸にも二枚に潰された生地が断末魔を上げるも、栗っぽい香りの湯気が漏れてしおれていく。

 そして一分ほどだ――開くとそこに『栗色』なクレープもどきができてた。


「これがネッチか……なんか好きな匂いだ。栗って感じがする」

「……ん、おいしそう。ほんのり甘い匂い」

「栗のクレープという感じですね。こういうの大好きです」

「出来上がりね。スカーレットちゃん、これにリコッタチーズを乗せてくるっと巻いておいてね」

「おお~、クレープみたいでうまそうやなあ。他にトッピングはせんでええの?」

「これって素朴な甘みを楽しむ食べ物なのよ。物足りないならナッツを一緒に挟んだりベリー系のジャムも混ぜたり、後からはちみつをかけるとおいしいわ」

「じゃあナッツ入りもつくっとくでえ」


 スカーレット先輩に完成品を持ってかれて――「さあ次」と奥さんは笑顔だ。

 今度は一人でやってみることにした。

 鉄板にラードを塗って馴染ませ、程よく温まったら鉄板に生地を落とす。

 ぽったり落ちたそれが焼きあがる前にもう一枚で挟んで……しばらくして開けば完成、ネッチだ。


「で、できました……」

「おー……焼けてるね」

「やるじゃない。いい感じにできてるわよ」

「私も何か手伝いますね、焼けたやつもっていきましょうか?」

「そうね、じゃあどんどん焼かせるからお願いしてもいい?」


 なんだかおもしろくなってきた。ニクに生地入れを任せて再挑戦だ。

 鉄板をまた用意して落として閉じる、焼けたらつまんで皿に移す。

 繰り返せばボウルは空だ、厨房では二人が楽しそうにやってるのが聞こえる。


「……なんか面白いな」


 おかげさまでなんだか少し自信がついた。

 奥さんはかまどの火を止めながら関心した様子で。


「リズムよく作ってたわね。次からはその気持ちを覚えて仕事に取り掛かるように、いい?」


 すっかり親しみ深い笑みを向けてきた。

 俺がパン屋として一歩進んだことを喜んでくれてそうだ、俺だって嬉しい。


「今の気持ちを忘れないようにするよ」

「そう、その気概でちゃんと帰ってくるのよ。冒険者は等級が上がるほど命を危険に晒すお仕事なんだからね」

「ああ。死なないようにうまくやるさ」


 もちろんだ奥さん。鉄板を片付けに戻ればいつもの職場の風景が賑やかだ。


「味見したけど確かに素朴な味がいいですね……下手に味を足すより元々を生かした方が深みがあるというか」

「栗の粉ってこんな味なんやなあ。ほのかな甘さにリコッタチーズの味が邪魔せんでええなあ、これ」

「甘さを控えたホイップクリームとかも合いそうじゃないですか?」

「せやなあ……うち、チョコソースとかトッピングしたいわあ」


 ……一足先に味わったんだからそりゃ二人も楽し気だろう。

 『栗のクレープ』は白いチーズくるっと包んで、筒状になったところをカットされていた。

 それが大皿に何個も盛り付けられ食べ放題とばかりだ。

 実際、スカーレット先輩とイケダさんはもう食らってる。


「……いつのまにこんなに焼いたのか、俺」

「そりゃあいっぱい食べるでしょうし、これくらいでいいでしょ? 栗の粉は口当たりもいいからぺろっといけちゃうわよ?」

「あ、すみません先に頂いてて……でも本当に美味しいですよこれ、シンプルな味にとても奥行きがあって」

「奥さんの故郷ってこんなおいしいの作ってるんやなあ、うちこれ好きやでえ」

「シチリア人の魂のおやつよ、みんないっぱい食べなさい?」


 しかしそれが自分の焼いたものなら嬉しい反応だ。

 奥さんもぱくっと一口いただいたようだ、美味しそうにうなずいてる。


「おめでとうイチ君。合格よ、今後も精進するように」

「分かりました、今後ともよろしくお願いします店長。で、お味は?」

「とっても美味しいわ、いい思い出として忘れないでおくわ」


 是非パン屋として頑張れだってさ、笑って返した。

 俺もわん娘もさっそく食うことにした。

 まだほんのり温かいネッチを頬張ると、甘すぎない生地にはちみつが続いて、チーズの濃さがふわっと広がった――うまいなこれ!


「うまいなこれ……」

「……甘くておいしい」


 間違いなくうまい、ニクももぐもぐしながら目が真ん丸だ。

 どうして二人が先に食ってしまうかよくわかった、こいつは冷めてしまったブラックコーヒーが合う。


「本当だったら栗粉は食べられる時期が短いし、長持ちしない食べ物なんだけど。でもフランメリアだったらいつでも手に入るから簡単なおやつが欲しい時はおすすめするわ」


 奥さんもそういいつつどんどん食ってる。

 そうだ、何個か持ち帰ってお土産にしよう。親父さんたちやタカアキたちを驚かせてやろう。


「ふふふ、どうしたのかしら? なんだか笑ってるわよ」

「自信がついたからな。いい思い出だ」

「なら良かった、お仕事頑張ってきなさいよ?」


 出来上がったネッチは十個ほど包んで持って帰ることにした。

 パン屋をやって良かった理由がまた増えた。

 この気持ちを終わらせないためにも、冒険者として死なないように頑張ろう。


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