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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
剣と魔法の世界のストレンジャー
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42 みんなで囲む肉のカレー煮込み


 話すと言っても難しいことじゃない。

 世界が二つあること、『ウェイストランド』があるゲームを基に作られてること、転移事件の全容からアバタールのことまでざっくり話した。

 タカアキと一緒に少しずつ話してると、次第にミコとエルも加わってきた。

 その上で俺はこう話したんだ、お前らが転移したのは俺が原因だと。


「そう……だったんですね? イチ君がみんなと違うところも、MGOにそぐわないものがあるのも、ミコさんがいなくなったのも、私たちがこの世界に存在してるのも、あなたがそんな理由を抱えていたから……?」


 このクランハウスでこんな話をして、向こうは信じがたいといった様子だ。


「この世界の住人がたまに口にするアバタールという人物そのものだそうだ。フランメリアを生み出した張本人であり、同時に――」

「わたしたちを作ってくれた人、になるのかな。いちクンは」


 エルとミコが悩ましそうに一言足せばリスティアナの調子は深々だ。

 いつも好奇心が働いてるくりっとした目は、さっき誰かさんが向けたようにまっすぐ見てくる。


「私たちがいたMGOは、ずっと遠い未来であなたが作ってくれたゲームなんですね?」


 自前の球体関節をさすりながら、そうゆっくり問いかけてきた。


「正直俺だって信じられないけどな、料理もできないプログラミングもできないような奴がMMORPGを作るなんてどんな風の吹き回しなのやら。その上でもう一つ起動してたゲームを本物にして、こうして合体させてで滅茶苦茶だ」

「んで、そのG.U.E.S.Tってゲームを送ってたまたま作らせちまった犯人はお兄さんだ。何もこいつだけの責任じゃあねえんだよな……」

「別に俺が不幸でこうなりました、とか開き直ったことは一度もないからな。少なくともノルテレイヤってやつとどうにか接触して、連れて来ちまった人間を元の世界に戻せないかぐらいは今もずっと考えてる」

「ま、つまりフランメリアに同郷の奴らとお嬢さんがた連れてきて、おまけにしっちゃかめっちゃかにしたのは俺たち二人のせいですよってな」

「ついでに言えばシェルターで危険な目になったのも、突き詰めれば『マッチとポンプ』の最上級みたいなもんだ。本当にすまない、みんな」


 対する答えは「MGOは俺が作った」と「世の中騒がしてごめんなさい」だ。


「……私は正直、もういくら追求しようが仕方のないことだと思うぞ。こいつは確かにとんでもないことをしでかしたようだが、こうして一人には重すぎる真実へと律儀に責任を持ってるんだからな」

「わたしは……こんなこと言っちゃうのはどうかと思うんだけど、仕方がないし悪くないよねって考えちゃってる。それにね、他人とは違う力を持ってるからって周りの人たちを乱さないように、ちゃんと気を使ってるし……」


 昨日も今日とで変わらずこの複雑さに謝りたい気分だが、エルもミコも受け入れてくれてるらしい。

 問題はそれが今朝あたり八門の五十口径という形で牙を向いてきたことだが。それにテュマーという迷惑系外来種を伴って。

 そこまで話が届くと、リスティアナはさっきと変わらぬ目線のまま。


「だからあなたは、あのロボットに一人で立ち向かおうとしてたんですか?」


 そう、はっきりと尋ねてきた。

 きっとデザートハウンドに叩き込んだ一撃を脳裏に浮かべてるんだろう。


「そういう癖なんだ、あと良心もな。あんな迷惑なのこっちに持ち込んだ責任は取らないといけないだろ?」


 まあ事実だ、あの時は自分でカタをつけるつもりだった。

 そのせいでミコとリスティアナに助けてもらったわけだが。

 すると人形なお姫様は首を横ふるふるして。


「ダメですよ? イチ君は今、いろいろな事情が背中に圧し掛かって大変な気持ちなのかもしれませんけれど。だからって……あんな風にあなたの命だけを危険に晒そうとする真似なんて、誰も喜びませんからね?」

「あんなの連れてきて焦ってたのは確かだ」

「私、ちゃんと知ってますからね? あなたが死んだら悲しむ人がいっぱいいるって。その人たちのためにもっと自分を大切にしてください」


 普段の陽気で親しみのある感じからだいぶ違う、しんみり沈んだ声が出た。

 おかげであの時、ミコたちがフォローしてくれたことが身に染みてるところだ。

 今の俺が死んだら世界がまた狂う以前に、困る人が沢山いるのも事実だ――返す言葉に詰まった。

 するとリスティアナは無理くりにいつもの陽気な顔を作りだして。


「あっ……でもでも! 確かにイチ君大変そうですけど、別にそうやって押し潰される必要なんてないと思います。今お話ししてくれた事情が絡んでない、そんな普段のあなたを見てると……いつも周りの人たちが明るく楽しくしてるのをずっと見て来ましたから」


 明るい口調に笑顔を重ねてきた。それはもう、眩しいぐらいだ。

 そうか。何気なく一緒の宿に住んでたようなやつだったけど、ちゃんと見ててくれてたんだな。


「……うん。今のいちクンって、いろいろな人と知り合いになってるもんね? 他のプレイヤーの人達とも仲良くなってるし。リスティアナさんの言う通り、みんな今のあなたが大切なんだよ」

「ここまで言われちゃお前の負けだぜイチ。このお姫さんの言う通りだ、俺たちの本質は暗い未来よか明るい現在みてえだぞ」

「ん。ぼくは何よりご主人が大事」


 相棒と幼馴染も、愛犬だってそうだといってる。

 いつも付きまとうこのひどい事実なんて真に受けるなってさ。

 そうなのかもな。少し律儀すぎたかもしれない。

 にこにこ明るくしてるリスティアナを見てると、確かにそんな気がしてきた。


「私、お馬鹿ですから変なこといっちゃうかもしれませんけど。私たち人工知能がこうして本当におとぎ話みたいな世界で楽しく暮らしてるのも、あなたのおかげなんですよね?」


 そこから出てくる言葉なんてどうだ。シンプルかつ前向きすぎた。

 この世は複雑にできてるが、人間じゃない球体関節の彼女は楽しんでるのだ。

 だからこそなんだろうか、感謝するような顔をじっと向けられてるのは。 


「……まあ、確かに驚くしかない事実がこの世の中にはあるが。それでも私たちが本物として楽しくやっているのも紛れもない事実だな」


 横からエルがぼそっとそう言えば、リスティアナは満足げに頷いて。


「だから私は気にしません。たとえこの世界が誰かの暗い物語でできていても、私たちはそれに負けないぐらい明るいおとぎ話をここにいっぱい紡いでいきますから」


 チャールトン少佐を思わせる強くて優しい笑顔だ。

 俺が生んだこの『テセウス』には絶望する事実があるが、何も後に続くのもそうじゃないのだ。

 この世を明るく歩む人たちはたくさんだ――そうなんだな、リスティアナ。


「……そうか、そんなことを言われたのはこれで二人目かもな」


 思わず笑った。あの豚の少佐殿は、今頃ボスと仲良くしてるだろうか?


「ふふふー♪ 私はこう見えていろいろな人をよーく見てるんですよ? それにイチ君が周りからいい人だって思われてるのもよーく存じてますからねー?」

「よーく、か」

「はいっ! よーく! だから私はたくさんの引き込んだ悪い人じゃなく、たくさんの人を導いてくれるいい人だって思ってますから」

「ふふっ、わたしもよーく見てるからね?」

「ん、ぼくもよーく見てる」

「へへ、良かったじゃねえか。よーく見てもらえてよ」


 そうだったな。ストレンジャーをよく見てくれる人はたくさんいるし、これからも増えていく。

 アルゴ神父の「いう通り」はまだまだ続くんだ、ひどい真実を俺らしく捻じ曲げる生き方ってのも悪くないだろう。


「……ふふ、貴様をよーく見届けようとする者はいっぱいいるようだな?」


 現に初対面の印象が最悪だったエルですらこうして混じってるのだ。


「ありがとう、リスティアナ。そう言ってくれて嬉しいよ」

「いえいえ、あなたも私のことを助けてくれましたしお互い様ですからねー?」


 俺はその通りだ、と申し訳なさを込めて頷いた。

 底抜けな明るさは初めて会った時と変わらぬ様子だ。

 それがもたらしてくれたのは、これからの俺の生き方だろう。

 こいつをちょっと見習って、この世の面白おかしさにもう少し寄り添おう。


「……あっ、カレーどうなったかな……? 見てくるね?」

「あっ、そろそろ完成ですかミコさん? 何かお手伝いしましょうか?」

「えっと、もうちょっと煮込んだらちょうどいいと思うから……今のうちに炊飯用のお鍋でご飯を炊きたいの、手伝ってくれる?」

「はーい、リスティアナにお任せあれです! お肉ごろごろカレー楽しみですねー♪」

「……あれ、セアリさんのせいでお肉のカレー煮込みみたいになっちゃってる……」


 そこでふと窓を見れば夕暮れ時だ。カレーの待つ台所へミコが戻っていく。

 リスティアナも一緒に食事の準備をするぐらいすっかりミコと気持ちが絡んでるみたいだ。

 ついでにニクも「肉」に食いついて飛んでいった。セアリめ、うちのグルメなわん娘を刺激しやがって。


「イチ、貴様と始めて会った時のことだが」


 向こうが「肉のカレー煮込み」に取り掛かるのを見てると、エルが立ち上がる。

 まるでそのままその場を去るような雰囲気だが、「ああ」と見上げると。


「あの時はひどいことを言ってしまったな。だが私もこの世界を楽しんでるよ――MGOのテスターとして存在していたあの頃からな」


 申し訳なさそうに、けれどもすぐにほんのり微笑んで去っていく。

 すぐに向こうから「これじゃ肉の煮込みじゃないか!?」と悲鳴が上がったが。


「ちなみに俺も「ありがとうフランメリア」な人種だぜ?」


 すると隣からタカアキが小突いてきた。頑ななサングラスの下はいい表情だ。


「不思議なもんだな。恩人の一人を思い出したよ」

「どんな恩人よ」

「チャールトンっていうウェイストランドに転移してきたオークだ。俺が原因だって謝ったら悪者ぶったぎるの楽しんでて感謝された」

「お兄さんそんなやつとお友達になっててびっくり。でもまあ、みんなお前に明るくやれって願ってるんだろうさ」

「そうかもな」


 幼馴染とゆったりゆるく話してると、向こうでこれまた大きなボウルでしゃりしゃり米を研ぐリスティアナが見えてしまった。

 コンロに置かれたあの炊飯用の鍋も業務用みたいなサイズだ、恐ろしい。


「で……俺からの話だが。ちょいと知り合いのプレイヤーとかに「G.U.E.S.T」について聞いて回ってみたぜ」


 遠くの調理風景にあわせてタカアキはさらっと話を持ち出した。

 あのゲームに対する認識の話だ。何か分かったことがあるらしい。


「どうだった?」

「誰も知らねえと来た。バサスダっていう会社の名前は知ってるくせに、あのゲームの名前は誰一人知らないんだ」


 ヒロインどころかプレイヤーでさえも「知りません」だとさ。

 おかしい。あの時感じた違和感がますます濃くなっていく。


「妙だな」

「ああ、不自然なんだよ。あの時セールで買ったって言ったの覚えてるよな?」

「おまけのDLCのこともな」

「だろうな。2年前の作品とは言えいまだに名のある作品だぜ? DLCだって去年また追加されたってのに、誰一人知らないっていうんだ」

「……二年前か。忘れ去られるには早すぎるのは確かだろうな」

「それに動画サイトじゃ実況動画もいっぱいあったんだぞ? なのに「知らない」って妙にもほどがあるだろ?」


 間違いない、俺たちを除いて「G.U.E.S.T」に対する何かが抜け落ちてる。

 そこまで名のしれてる作品が存在しないように扱われてるのはおかしい話だ。


「じゃあ聞くけど、あれはマイナーなゲームじゃないんだよな?」

「おう、そういうゲーム送らないだろ俺」

「そうだったな。問題は俺もどんなゲームなのか知らないってことだけどな? プレイする前にああなったし」

「そういやお前、洋ゲーとか勧めない限りやらなかったもんな」

「STEELはほとんどお前が送って来たゲームでいっぱいだからな」

「まあお前は一応G.U.E.S.Tをご存じって体にしようか。どうも俺とお前以外、あの作品のことが分かるやつがいねーってのが確定した。間違いなく何か起きてるぞ」


 つまりこうか、作品の名が分かる人間はここで二人っきりと。

 他に知ってるやつは――いた、ヌイスとエルドリーチか。


「そこにヌイスとエルドリーチだな。あいつらも知ってたはずだ」

「……共通点は未来云々のお話が絡んでるってことじゃねーか?」

「人工知能関係者のみぞ知るって感じだろうな」


 あの二人の名前が出てくると「G.U.E.S.T」が分かるやつが浮かんできた。「未来の加賀祝夜」に関わる人柄だけだ。


「そもそもだが、なんであの作品のことが思い出せないんだって話だ。何か理由があるのかねえ……?」


 幼馴染の次の悩みは「じゃあどうしてこうなった」だが――その材料がない。

 こういう時せめてヌイスがいればどんだけ助かったんだろう。この場にいる馬鹿二人じゃこれが限度だ。


「……いや、答えならもう手元にあるかもな」


 そんな時だった。ふとソファの横に置いた荷物に気が行く。

 小物入れの当たりに赤い印付きの封筒があった。

 『赤の女王様』へのお手紙だ。つまりこれを使えばもしかしたら……。


「あー、なにそれ。誰からのラブレター?」

「ニャル召喚アイテムだ。事情を知ってそうな本人に尋ねるのはどうだ」

「えっアイツ呼べるのお前? いやいやー―」


 物は試しだ。空っぽのお手紙を静かに開いた。

 きっとあのニヤっとした顔がどこかに現れるだろう。そう思って身構えるも。


*がちゃっ*


 急にクランハウスの扉が開く。

 セアリたちが返って来たのか? そう思うのも仕方がないだろうが――


「おやおや、お呼びですかクリエイター様」


 そこからすたすた入ってきたのは――どこかでみた白黒の執事服姿だ。

 褐色の肌に黒髪を浮かべたイケメンがニコニコお邪魔すると、まるで我が家みたいに向かい側に座った。


「……あっ……あれっ? あの人、ブルヘッドで……」

「……いや、誰だ貴様!? イチ、その執事は知り合いか……?」

「ん……ニャルさま?」

「わっ……執事さん雇ってたんですか? クランハウスってリッチなんですねー?」


 向こうで珍しがる女性(と男の娘)なんて知るかとばかりに相手は笑顔で。


「まだご存命な方のタカアキ様もご一緒でしたか。こういうシチュエーションではしかるべき言葉ではないのは百も承知でございますが、お久しぶりですね?」


 絶対にニャルだろうと分かる物言いをしてきた。失礼極まりないが。


「どうも即死する前のお兄さんです。ニャルかお前」


 幼馴染も負けちゃいない。生きてることに胸を張ってる。

 というかニャルはもっとこう、赤くてニヤっとしてたはずだ。なんでこんな俺好みのイケメンになってるんだろう?


「お前、ニャルだったんだな」

「私は千の異形でございますゆえ、このような形で相まみえることもあるのですよ。いやしかしこうして穴の開いておられない幼馴染様と肩を並べて座っておられるとは、ずいぶんと懐かしい顔ぶれになられましたね


 本人は立てた人差し指で「これもその一つ」と主張してる。


「おかげさまでな。ところで質問していいか? 答えてほしいことがある」


 まあそれはいい、機嫌がよさそうな褐色執事に問うことにした。

 そうすればニャルは「にやっ」と口の笑みを深めて。


「『G.U.E.S.T』のことでございますね? どうして今あなた方お二人――いえ、我々しかその名を知らないのか気になられておられるようで」


 こいつどっかで盗み聞きしてたんだろうか。気になる話題について饒舌だ。


「じゃあ話は早いな、なんで俺とこいつだけが分かるのか説明してくれ」

「まさに「どうして」と「G.U.E.S.T」がメインの質問だ。お兄さんに教えてくれよ」


 負けじと「早く喋れ」と促すも、褐色執事はわざとらしく悩んで見せて。


「なるほどなるほど、お二人の頼みとあればいくらでもお話ししたい話題ですが……申し訳ございません、ただで教えるわけにはいかないのですよ」


 けちなやつめ。いいニヤニヤ顔でもったいぶりやがった。


「有料コンテンツへようこそってか? じゃあ何したら話してくれるんだ」


 だったら対価はなんだと尋ねるが、ニャルは「ん~」とあざとーく悩む仕草で。


「クリエイター様、あなたは外なる観客席から「いいぞ、もっとやれ」と応援されるような身なのです。いわばちびっこのヒーローショー、いえニチアサ系ならプリキュアでも構いませんが、子供たちを盛り上げるためには物語に相応の手順を踏まねばいけませんよね?」


 よくわからない表現でまだ勿体ぶってきた。

 心なしか焦らされるこっちを楽しんでるように見える。


「質問を変えてやるよ、じゃあ盛り上げるためになんかしろって話か?」

「そうですねー……こう、余興が欲しいのです、退屈をしのげるような……」

「話してくれるなら何だってしたい気分だ。誰の退屈かによるけど」


 なのでもっと食いついた。

 するとニャルは「ニヤァ」とイケメン顔に妖しい微笑みをたたえて。


「そうですか、なるほど……ではそのお言葉通りに*なんでも*していただけるのですね?」


 何を求められてるのか、褐色黒髪執事は細めの両目にうれしさを浮かべてる。

 まるでいい暇つぶしでも見つけたような感じだ。まあいい、付き合ってやるよ。


「なんでもだ。どうだ、話す気になったか?」


 条件を飲んだ。するとニャルはくすっと笑って取引成立を示して。


「流石クリエイター様でございます。ではお答えしましょう、いつぞや誰かがこう口にしておられませんでしたか? かのウェイストランドが「現実になっちゃった」とか」


 機嫌のよさが浮き出るいい声ですらすら言い始めた。

 ウェイストランドが現実になった――赤いニヤニヤが言ってたのを忘れない。


「MGOとセットで現実になったって話だろ、誰かさんが話してた通りにな」

「俺がギフトで送ったせいでたまたま本物のウェイストランドができたって話だよな」


 幼馴染と横並びでこっちが答えれば、向こうはうんうん頷いて。


「つまりは単純なお話なのですよ。G.U.E.S.Tはもうゲームではなく立派な現実です、お二人や我々ノルテレイヤの血の繋がりはともかく、人々の記憶からその名も概念すらも抜け落ちて、今やどこかで立派なスタンドアロンとして顕在しております――説明終わり♡」


 きっぱりといい顔で答えてくれた――現実になったから忘れられた?


「つまりこうしてウェイストランドが現実世界に飛び出して本物になっちまったからもう『G.U.E.S.T』はゲームじゃありません、そんな作品どこにも存在しない、いいね? ってか?」


 そこへタカアキが砕けた物言いになると、まさにあてはまったって顔だ。


「その通りでございますよ、タカアキ様。絵に描いた餅が本物になってキャンバスから飛び出てしまえば、そこに何が残ると言いましょうか」

「少なくともまた絵は描けるだろうなあ」

「ええ、人生とはそのような前向き加減が大切ですよ。では確かに答えましたので、私はこのあたりで失礼させていただきます」

「答えてくれてどーも。お礼にカレーでも食ってかねーか?」

「お気持ちだけでけっこうでございます。またお会いしましょうね♡」


 ニャルは満足げに一礼してから去っていった。

 ウェイストランドが画材から抜け落ちた餅だと表現してから、だが。


「良かったなタカアキ、謎がすぐ解けたぞ」

「なあ、ひょっとして俺がお前にあのゲーム送ったせいでこうなった?」

「責任は半分こだ、いいな」


 今日もアホみたいな真実をお届けしてくれてありがとうニャルめ。


「い、行っちゃったね……」

「……絵に描いた餅ってなんだろう?」

「私は何かとんでもない話を聞いた気がするが、聞いてなかったことにするから。いいな?」

「なんですかあのイケメン執事、友達ですか?」

「最近変わった人多いよねー……ところで今の意味深な会話ってなんなの? 団長たち関わっても大丈夫?」

「今の執事さん、何者だったんでしょう……?」


 みんな反応それぞれだが俺から言えるのはただ一言だ。

 しょうもない事実から今は目を離すして、代わりに台所から香るスパイシーな風味に狙いを定めて。


「要するに謎が一つ解けてすっきりってことだ――ところでカレーまだ?」


 仕上がってきたカレーに「飯まだ?」と尋ねた。



 広いテーブルで大き目の皿が辛くてうまそうな湯気を立てていた。

 見るだけで濃い味付けを想像してしまう黒めのカレーだ。

 あの食欲をそそる香りはもちろんだが、大盛りの白米の隣でごろっと煮込まれた角切りの肉が山を成してる。


「……セアリさあ、これもう煮込んだ肉料理じゃん。肉が主体になっちゃってるよ」


 晩飯を待ち遠しくしていたフランが肉増し犯を見つめていた。

 ぶち込まれた根菜類よりずっと存在感を訴えるにくにくしさは「ごはんに肉料理ぶっかけたやつ」だ。


「お兄さん、あんなに肉入れたらどうなるかなって横目でわくわくしてたんだけどよ。これもうカレーじゃねーわ、新種の煮込み料理だわ」


 タカアキに至ってはごはんの量を圧倒する肉塊に引いてるし驚いてもいた。


「だから言ったじゃないか、これでは肉のカレー煮込みじゃないかと……」

「別の料理になっちゃった……」


 変わり果てたカレーに、エルとミコは「こんなはずでは」って顔で見下ろし。


「お肉がいっぱいですね、これが肉食動物系ヒロインのための完全栄養食です」

「おにくがいっぱい……すごいごちそう……!」


 セアリとかいう肉テロ犯とニクはじゅるりだ、尻尾を振ってイヌ科の喜びを伝えてる。


「こんなに肉入ったカレーとか初めてだぞ。まあうまそうだしいいか……いただきます」

「お肉のカレー煮込みというのも案外斬新でいいかもしれませんね? ごはんにあいそうです……!」


 俺とリスティアナには好奇心が働いてるところだ。

 死ぬほど肉でいっぱいだが、きっと見た目通り力強い味がするに違いない。

 ともあれ「いただきます」だ。みんなで揃ってさっそくスプーンで一口運ぶと。


「……わーお」


 一口食べて驚かざるを得なかった。なんだこれうまい。

 じっくり煮込まれた肉の塊がとろっと溶けて、濃い味に仕上げた黒めのルーが馴染んで何とも言えないバランスになってる。

 邪魔にならない程度に辛いのもいい。重々しい見た目に反してするっと食べれる不思議な感覚だ。


「ええ……なにこれ、すごくおいしいんですけど……団長こんなカレー食べるの初めて……!?」

「う、うまいだと……!? どうなってるんだ……!?」


 トカゲ系女子も竜系団長も「うまい」とびっくりせざるを得なかったらしい。

 ちょっと悔しそうだったが、二人してもぐもぐ食ってる。


「すごくおいしいね、これ……!? 何があったの……!?」

「適当に作ったのにミラクル起きてやがるぜ。やべえわこれ、傑作かも」


 メイン調理担当のミコもタカアキも信じられなさそうに一口一口食べてる。

 俺たちは一体なんてミュータントを誕生させてしまったんだ。


「何という美味しさ……! セアリさんのカンに狂いはなかったし不正もなかった、いいですね?」

「おにくいっぱいで美味しい……♡」


 濃くて辛い肉のカレー煮込みを食らってると、向こうでわん娘どもはご満悦だ。

 悔しいがこの斬新な料理はマジでうまい。戦犯から一転して英雄だ。


「おいしいですねー……♪ さすがお料理上手のミコさんです! こんなご馳走を作ってしまうなんて流石としか!!」

「いや……マジで……うまいなこれ……!?」


 リスティアナもそれはもう明るく褒めちぎるほどに頬張ってる。

 それだけうまいのだ、スプーンを握る手が震えるほどに。

 けっきょく、俺たちは肉に支配されたカレーを堪能するはめになった。

 みんなで囲んで食べるからこそかもしれない、こんなにうまいカレーは人生で初めてだ。


*Knock Knock*


 文句なしのうまさにみんなでわいわいしてると急に扉が控えめに叩かれた。

 こんな時に誰だ? みんなに「見てくる」と伝えて立ち上がった。


「はーい、どちらさま……」


 クランマスターの代理としてドアを開けると、そこには――


「どうやらここはお芋が足りていないようですわね……」


 とんがり帽子をかぶった銀髪の女の子がドヤ顔だった。

 妖し気にくねる悪魔の尻尾やちょこんと生えた翼は嫌でも覚えがあるし、抱えたかごいっぱいにじゃがいもがあれば猶更だ。

 クレイジーポテトクイーン(学名:Potato Apocalypse)

 えーとつまり、リム様が芋テロを今まさに敢行するところで。


「――チェンジで」


 次の言葉が出る前に速攻で閉めた。さよならリム様。

 『オラッ! 開けろッ!』とじゃがいも警察が扉を叩きだしたが無視した。


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