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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
剣と魔法の世界のストレンジャー
440/580

31 ママですよ~

「九尾院へようこそ♡ 我が家だと思ってくつろいでもいいですからね~♡」


 ゆらりと揺れる赤い狐の尻尾に招かれれば、そこは驚かざるを得ない光景だ。

 シズク先生の母性たっぷり、やさしさどばどばな笑顔の後ろで――


「……クラングルに来て驚いたものリストにまた一つ追加だ。なんでこんなところに旅館があるんだ?」

「おー……?」


 どういうことか旅館さながらの居心地が広まってた。

 わん娘と和式の玄関をすぐ抜けた先に見えたのはちょっとしたロビーだ。

 温かく照らされた白色茶色の間取りに和風の家具があしらわれている。


「シズク先生……? そのプレイヤーさんはどうしたんですか?」

「……あれって冒険者ギルドで悪い人やっつけた人だよね」

「パン屋の人だー、いらっしゃーい」

「くふふ♪ このお兄さんはね、キャロルちゃんたちを助けてくれた人なの。みんな仲良くしてあげてねー?」


 そんな環境で思い思いに過ごす人外美少女たちがいた。

 テーブル席でくつろいだり、踊り場で暇そうにしたり、空気が柔らかい。

 温泉街さながらの憩いの雰囲気が満ちてる――ほんとに旅館か何かだ。


「――お姉ちゃんだよ!」

「またキャロルさんが発作起こしてる……」

「その人のお姉ちゃんはちょっと無理あるんじゃないかな……」


 そしてどうしてこの金髪ロリは断固として俺の姉だと言い張るんだろうか。

 ひしっと抱き着いてきたが、ストレンジャーに対して周囲の反応は芳しくない。


「あ、どうもクルースニク・ベーカリーのお兄さんです……」

「ん、ニクだよ。お邪魔します」


 とりあえず勢ぞろいな人外系な子たちに挨拶した――

 くそっ未来の俺め! お前のせいでこの世界の男女比率おかしくなってんぞ!


「そして私がお姉ちゃんだよー♡」


 そこにまたキャロルがどやっと俺たちの関係性を改ざんしてきた。

 もういいそこまでだ下がれ。抱っこして後方に運んだ。


「なんていうか……うん、すごい場所だな。観光旅行しに来た気分だ」


 「にゃー」とかいう自称姉をどこかに運んでから、さっそく靴を脱いだ。

 日本人らしく踏み込めばそこはもはや宿泊施設さながらの有様だ。


「女の子ばっかりで驚いちゃったかしら? ここはね、ひとりで困っているヒロインの子たちをおもてなしできるように作った場所なの」


 シズク先生はミコの数倍おっとりとした様子で先を案内してくれた。

 そういえば「身寄りのないヒロインたちと暮らしてる」とか言ってたな?

 あの発言と目の前のありようを重ねるに、確かにそうかもしれない。


「俺には99%子供で残り1%が大人って感じに見える。あってる?」

「……ん、確かに小さな子ばっかりな気がする?」


 和やかな女の子たちに目が行けば「うん」と困ったような顔をされて。


「あの転移事件以来、まだこの世界の様子に馴染めなかったり、AIだったころと違う環境に困ってたり……そんなヒロインたちがいっぱいいるのは知ってるかしら?」


 本当に悩ましそうにそう答えてくれた。

 人間の上位互換的な存在のヒロインがそう苦労してるなんて意外だが。


 いや、それもそうか。

 確かにヒロインは全員等しく二十歳、人間よりお強いわけだが、けっきょく根幹にあるのは女の子だ。

 あいつらだってこの状況を楽しむやつもいればまだ馴染めないやつもいる。


「そうだったのか。ヒロインって言うのは俺たちより逞しい奴らだなっていつも関心してたんだけどな」


 和風な光景に散らばるヒロインたちを確かめてると、やっぱり子供だ。


 例えば二本角を生やすちんまりした鬼の子――ノルベルト元気かな。

 自分より大きな弓を黙々と手入れにかける子供なエルフ。

 空中をふわふわ漂う「幽霊」としか言えない透明感のある女の子。怖い。

 そういった豊かな個性はどいつもこいつも人間より強いが、こうしてシズク先生のもとに集まってるってことは――そうなんだろうな。


「ええ、そうよ。確かに昔みたいに振舞える子はいっぱいいるけれども、こうしてプレイヤーの人達やこの世界の人たちと隣り合わせの今……やっぱり隔たりを感じてうまく生活できない子たちもいっぱいいるの」


 そういった子供たちを背に、シズク先生は優しい声だった。

 俺の中じゃヒロイン=人間よりずっとうまくやってます、なんてイメージだったが今日でおしまいだ。

 いくら強いと言えども、人じゃない見てくれには俺たちと同じ苦労があったのか。


 が、もしその苦労の原因がなんだと言われたら――まあ結果的には俺だ。

 ミコを無理矢理世紀末世界へ連れていったこともそうだが、人工知能たちに人外の身体を与えて苦悩させてしまったのも加賀祝夜のせいだ。

 この考えを持ったら最後、この『九尾院』の子たちの境遇だってそうだろう。


「……じゃあ、ここにいる子たちはみんなそうなのか?」


 周りを確かめてるとふんわり手招きされた。

 和風の模様にあわせたソファとテーブルが和洋折衷にお話の場を設けてる。

 招かれるままに俺たちは腰を掛けると。


「ここはそんな子たちと一緒に、この世界で明るく暮らしていければな~って気持ちを込めた場所なの。くふふ、だから心配しなくても大丈夫よー?」


 シズク先生は周りの子たちににっこりした。

 そんな笑顔からこのクランハウスの生い立ちに至るまでこの業が絡むなんてひどい話だ。


「私たちもシズクおかーさまを支えていますからね。こう見えてもキャロルねえさま率いるこのパーティーはクラン随一の戦力なので……」


 横からてくてく和装系の姿――コノハが混じった。

 狸耳をゆさゆさしつつ向かうのは赤い狐の保護者のもとだ。

 そしてごろっとだらしなく寝転がった。着物に浮かぶ太ももに行きついた。


「くふふ♡ 先生もね、最初は孤児院みたいなイメージでやっていこうかなって思ったんだけど……設立当時からこの子たちが依頼をこなしてくれるおかげでお互い支え合いながらクランを経営してるの。よしよし……♪」

「持ちつ持たれつですよ、シズクおかーさま。うぇへへ……♪」

「九尾院の子たちがみんな頑張ってくれたおかげで、こんな立派な住まいになったのよ? ちなみに、この和風のデザインはコノハちゃんと一緒に考えたりしたの。とっても素敵でしょう?」

「どーも、内装担当のコノハちゃんです」


 どうも二人が言うように、ここは見た目相応に逞しくやってる場所らしい。

 一つ確実なのは、膝枕に埋まってさぞ心地よさそうなタヌキ系女子がいるほど余裕に満ちてるところだ。


「ああ、気に入った。クランの良さが形に出てて納得だ」

「くふふ♡ 気に入ってくれて先生嬉しいわ? それにね、あなたが身を張ってわたしの大事な子たちを二度も助けてくれて本当に感謝してるの」


 そんなクランマスターは安堵した笑顔だ。コノハを撫でる手つきも穏やかだった。

 気づくと俺の隣にピナがてくてく座り込んできて。


「にーちゃんたちに助けてもらいました!」


 ばさっと翼を広げてドヤ顔だ。手羽先が顔にかかってくすぐったい。


「いや、この鳥ッ娘を助けてくれたのは俺じゃない。実際はリスティアナっていうドールのヒロインで、俺は仕事中通りかかってゴーレムぶっ壊し回っただけだ」

「でも棍棒で殴り壊すとかヒロインでも簡単じゃないですよあにさま、どうなってるんですか」

「とりあえず頭ぶっ壊せば大体は倒せるって信条があるからな」

「そんな理由で次々破壊したんですか……?」

「にーちゃんすごかった! 一人で何体も倒してたんだよ!」

「これがパン屋の力だ。おいこら羽ばさばさするのやめなさい」


 鳥のヒロインをばさばさ相手取ってると、シズク先生はくすっと笑った。


「キャロルちゃんもね、あなたに助けてもらったことにすごく喜んでたのよ? あれからずうっとイチ君のことに夢中になってて……」


 そのきれいな顔立ちがそっと横を向いた。

 視線で追えばその本人が座ってた。人様のわん娘をわしゃわしゃしてる。


「つまり私がきみのおねえちゃんだよ!」

「んん……耳の間おねがい……♡」

「耳の間だね! おねえちゃんに任せろー!」

「お~~~~……♡」


 などと意味不明な発言をドヤ顔でしてきた。

 何を思い詰めて何食ったらそうなったんだろう。


「ところで一ついいか、なんでこいつ俺の姉を自称するんだ? もしかして最近はそういう挨拶が流行ってる?」

「くふふ♡ その子なりの愛情表現よ? ずいぶん大きな弟君ができちゃったみたいね?」

「勝手に家族関係を増やすやり方だな。いやまあいいけどさ……」

「おねえちゃんも膝枕してあげるね? おいでおいで~」


 シズク先生が言うに彼女なりの精一杯の親しみを込めた何からしい。

 そんな自称姉は隣で太ももをぺちぺちしてる。顔も「膝枕!」って感じだ。

 まあほっとくとしよう。お誘いを断ると黒い角でぐりぐりされた、地味に痛い。


「おねえちゃんの膝枕いやなんか……?」

「おいこら角ぐりぐりするのやめなさい」

「あらあら、二人とももう仲良しね? 仲のいいお兄ちゃんと妹みたいねー♡」

「妹じゃないよ、おねえちゃんだよ!」


 優しい笑顔の眼前、自分を姉と思い込んでるやつと格闘してると。


「キャロル様、それ以上はいけませんよ。迷惑しておられますのでどうかお止めください」


 じっとそばに立っていたツキミが止めに入ってくれた。

 おかげでぴたっと止まった、それはもう不満そうな顔で。


「本当にありがとうね、イチ君。危ない目に会ってまで助けてくれて先生とっても嬉しいの。それでね? そんなあなたにお礼がしたいのだけど……?」


 自称姉に抑止力が行き渡るとそういってシズク先生がふんわり笑んだ。

 お礼と言われてもしっくりはこない、何せこっちは仕事でぶっ倒しただけだ。


「別に俺はお礼が欲しくて助けた訳じゃないよ。ただあんたの子供たちに手をかけるいけすかない芸術品を全身全霊でぶちのめしただけだ」

「ついでに錬金術師の人にいい一撃おみまいしてましたよね、あにさま」

「あれマジですっきりした」

「コノハは忘れませんよ、あの時すごくいい顔で焼肉食べに行ったの……」

「悪い奴の顔面ぶん殴って食べに行く焼肉はうまいか? 答えはイエスだ」

「もっとすごくいい顔で言わないでください、サイコですか」

「レバーおいしかった!」

「キャロルねえさま、この人弟にして大丈夫なのか心配です」

「おねえちゃんがいるから大丈夫だよ!」

「答えになってませんよ……」


 太ももに横たわるコノハは締めのパンチからの焼肉直行を見届けてたらしい。

 そう、恩着せがましく「おう感謝しろ」じゃなく本能の行くまま生きてるのさ。


「だから「礼なんてそんな~」だ、その代わりそこのお姉ちゃんやらとは今後とも適当に仲良くやれたらなと思ってるよ」

「ん、今後ともよろしく」


 よって俺はわん娘と仲良くそう伝えた。

 今ある自分の人柄が伝われば、シズク先生は果たしてそれが嬉しかったのか。


「くふふ♡ イチ君はとってもいい子なのね? 良かったあ、あなたみたいな子と縁が結べて……♡」


 耳は機嫌がいい犬のごとく、尻尾も嬉しそうに揺れて微笑んでくれた。


「――おねえちゃんの弟君だと認めてくれた?」

「チェンジで」

「替えのお姉ちゃんいるんか……!?」

「姉のチェンジってなんですかあにさま」


 便乗して変なのが首を突っ込んできたがお前じゃねえとやんわり押し返した。


「どうかこれからも子供たちと仲良くしてあげてね、イチ君。良かったらいつでも遊びに来てくれてもいいですからね? お部屋もまだ余裕があるし、お泊りしに来たっていいのよ?」 


 唯一の大人びた姿は周りに「いいかしらー?」と伺いながらそういってきた。

 周りのは「いいよー」とか「いつでもきてね!」とか肯定的だ、いつかここが本当に宿泊施設になるほどに。


「分かった、寝る場所に困ったらお邪魔させてもらうよ」

「くふふ……♡ それから、もし必要だったら私たちに連絡してちょうだい。先生が力になってあげるわ?」


 それから宙を引っ搔いて――【シズク】とフレンド登録申請が届いた。


「おねえちゃんにもいつでも連絡してね! 呼ばれたら飛んで行ってあげる!」

「ボクも! にーちゃん今度一緒に遊ぼう?」

「わたくしからもお願いします。フレンド申請を送らせていただきましたので、ご確認を……」

「暇なときいろいろ送りますけどそれでいいならよろしくです、あにさま」


 続けざまにぽんぽん通知が浮かぶ。

 【キャロル】【ピナリア】【ツキミ】【コノハ】と一気に増えた。

 やがてニクにもその名も及べば、フレンドリストはあっという間に賑やかだ。


「連絡先どうも。困ったときは俺を呼んでくれ」

「よろしくねみんな。ご主人と一緒に駆けつけるから」


 こんなにヒロインの友達が増えたのはこの世界に馴染めた証拠なんだろう。

 すっかり親しみのある顔つきになった面々に「よろしくな」と表情を送ると。


「実は先生、プレイヤーさんとフレンドになるのは初めてなの。ちょっとどきどきしちゃうけど、よろしくねー?」


 シズク先生がじぃっ、と見つめながら口元を緩めてきた。

 猫のような形を収めた黄色い瞳はなかねっと……じっくりこちらを眺めてる。

 ふんわり柔らかい態度だけど、これみよがしにぎゅっと抱き寄せる胸の大きさに果たして意味はあるんだろうか?


「それなら心配しないでくれ、俺の幼馴染みたいに変な文書送ってこないなら何送ろうが自由だ。適当に話したい時とか気楽に送ってくれ」


 まあいいか! どうぞご自由にとPDA付きの左腕をアピールした。


「あらあら♡ そう言ってくれるとすごく助かるわ。遠慮なく遊びにきてね?」

「ああ、和風な感じが恋しくなったらお邪魔させてもらうよ」

「それと先生のことはいつでも「お母さん」って呼んでくれてもいいからね? くふふ……♡」


 かと思えば、猫なで系の声で人のママになろうと持ち掛けられた。

 目はマジだ。初めて会ってから絶えない笑顔が段々妖しさをまといつつある。


「……いやあ、初対面の人をお母さん呼ばわりはちょっと」

「別にいいのよー? あなたみたいな逞しい子のお母さんになれるなら、先生とっても嬉しいなあ♡」

「あの、シズク先生?」

「うふふ……♡」


 ――なんか怖い。

 さっきまでの様子はどこへ彷徨った。視線が熱っぽくまとわりついてくる。

 今チェンジって言ったらどうなるんだろう。いや怖いからやめておこう。 


「……じゃあ、そろそろ帰るんで」


 居座れば居座るほど笑みが深まっていく気がする。

 外の夕方を見るなり撤退のタイミングだ、出ていくことにした。


「あら、もう帰っちゃうのかしら? せっかくだし一緒にお夕飯でもどうかなーって思ってたのだけれど……?」

「流石にそこまで世話になれないし、また今度ってことで」

「あらあら、いいのよ別に? お背中を流してあげるし、添い寝だってしてあげるね? おいでおいで♡」

「いや……そういうのはちょっとまだ早いかなって」

「くふふ……♡ あなたのお母さんですよー♡」

「勝手にお母さんになってる……!?」


 畜生、まともなやつかと思ったら違った!

 尻尾を妖しくゆらめかせながらシズク先生が追いかけてきた、ここは罠だ!


「シズクおかあさんがまたお母さんモードに入っちゃった……!」

「大丈夫だよにーちゃん! みんなのお母さんになりたがってるだけだから!」

「シズクおかーさまは気に入った子を見るとママになろうとするんです、早く逃げた方がいいですよあにさま」

「わたくしたちもいつのまにか娘にされていた身でございます……」


 もっとひどいことにキャロルからツキミまで口をそろえてそう言ってやがった。

 くそっ! まともなやつだと信じてた俺が馬鹿だった!


「くふふ♡ 怖くないですよー♡ あなたも家族になりましょうねー……♡」

「ママになろうとするってなんだ!? 行くぞニク、やべえぞ家族にされちまう!」

「シズクさま、ぼくたちのお母さんなの……?」

「あんな押しつけがましいお母さんやだ!!」


 コノハのアドバイスを全力で生かして逃げた。

 靴も踏んづけるようにはいて全力疾走だ、振り返ってはいけない。

 命からがら逃げつつ思った――ヒロインって濃い奴しかいないんだろうか。


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