30 九尾院
青白のワンピースとくねくねしてる尻尾を追いかけることしばらく。
ご機嫌な自称おねえちゃんを追いかけた先はクランハウス用の居住区だった。
――そもそもクランハウスってどんなん、と先輩どもに質問したことがある。
いわくクランのリーダーが所持できるすごく便利なお家、だそうだ。
冒険者なり料理人なり、何かしらのギルドに所属している誰かがある目的を掲げて結成するのがクラン。
最低四名、所属ギルドの混成も可、ある程度の実績がある者が揃って申請、そして諸々の審査が通って形になるそうだ。
そこから結成後の方針を掲げ、貢献ぶりが評価され、その具合に応じて恩恵が与えられる。
要するに「フランメリアのためにいいことしたら飴あげる」である。
まさしくそれを体現するのが『クランハウス』だ。
この世に蔓延る魔女様のご機嫌をとれば気前よくくれてやるらしい。
クランの活躍ぶりで増改築、建て替えまで全て市と魔女どもが負担してくれる。
しかしこの世界の実情はこうだ、そんな恩恵にあやかれるほど活躍できるのは人外なヒロインたちだけなのだ。
「――こちらです。あれがわたくしたちの活動拠点である『九尾院』でございます」
だいぶ通りを渡った頃、小さな白いローブ姿がくるっと振り返る。
ニクほどに変化量の少ない顔と、そっと撫でるような声が示すには――
「まさかこれがお前らのクランハウスなのか? なんていうか……」
「おー……」
ぴんと立つツキミのうさぎ耳越しに大きな建物の構えがあった。
それはお隣のわん娘と一緒にこうして呆気にとられるほどだ。
ミコたちの拠点を何倍も大きくしたような屋敷と、相応の土地の広さだった。
つまりそれだけクランとしての力を示すわけだが、何より目立っていたのは。
「すごいでしょ? シズクおかあさんがね、九尾院のみんなと一緒に和風の住まいに建て替えたんだよ!」
ふふん、と得意げそうにするおねえちゃんの言う通りなのだ。
和風だ。ささやかな庭園があって、瓦屋根で白塗りの建物がどこか懐かしい。
あちこちにぶら下がる提灯なんてまるでお祭りみたいだ。
「すげえ、祭りにきた気分だ。屋台でも開けばもっと賑わいそうだな」
キャロルのドヤ顔通りに関心するしかなかった。なにこれすごい。
それに日本を思い出すにはいい光景だ。日本人の心に刺さるだろう。
「あっ、でもね? あくまで既存のクランハウスに手を加えただけだから本物の和風じゃないの。ほんとはみんなでもっとそれっぽくしたかったんだけど、手に入らない飾りとか家具とかが多くて……」
「それでもここまでやれるなんて大したもんだと思うぞ。撮影していい?」
「うん、おねえちゃんと一緒に写ろっか! ツキミちゃんスクショよろしくね!」
お土産にこの観光スポットを撮影しようとするとぐいぐい引っ張られる。
腕にしがみつく金髪ロリ、反対側でべったり「ぴーす」してるわん娘、間に挟まれ「これすげえ」な表情が揃うと。
「……では撮影させていただきますね。いきますよ……?」
「イエイ!」「いえーい!」「いえい」
いいなりの頼みに応じてくれたウサギッ娘が宙をひっかいて――撮影完了。
さぞいいのがとれたはずだ、どうもと撮影者に一礼すると。
「……本当にその人連れてきたんですね、キャロルねえさま」
庭の方からやる気のなさそうな声が送られてきた。
呆れさえ混じってそうだが、落ち着きのありすぎてウィスパー加減が強まってるこの感じはどこか覚えがある。
いた、近くの赤色揃いの傘と縁台に狸耳な少女がごろっと寝転がってた。
「コノハちゃん見て見て! わたしの弟くん連れてきたよ!」
そんなぐでっとした姿に「弟です」とキャロルに紹介させられた。
キモノ風の軽装で装った狸耳のロリが怠惰にくつろぐ最中だったはずが、唐突な家族の増え方に「は?」な顔だ。
「あ、どうも。なんか弟にされてましたパン屋見習いです」
「ええ……なんでその人のおねえちゃんになってるんですか、説明を求めます」
「だってみんなのおねえちゃんだから!」
「答えになっていませんよ。こんにちはあにさま、『バケダヌキ』のコノハです、よろしくです」
俺たち姉弟に何を思ったのやら、横倒れにぐでっとしたまま挨拶してきた。
というかあにさまってなんだ。また家族が増えるのか?
「バケダヌキってなんだ?」
「なんかこー、タヌキなんです。こうしてたぬたぬしてます」
「そうか……ところであにさまってなに?」
「年上は敬うのがコノハの流儀なのです。こうして並んでみるとキャロルねえさまはただのロリですね、これはもう妹と兄なのでは?」
コノハとか言う子は確かに前でたぬたぬしてる。怠けるという意味で。
犬猫とも違うふっくらした尻尾をたしたししていいくつろぎ具合だ。
「――おねえちゃんだよ?」
なおキャロルは人の腕をひしっとしつつ、頑なに姉を主張してる
「いい加減言わせてもらうけど年齢的に無理があると思う」
「ふふん、いちくんにいいこと教えてあげるね? ヒロインはみんな二十歳なの!」
見た目を指摘するもない胸張ってどやっと偉そうに主張してきた。
ミコもこいつも等しく二十歳なのか、それなら事実を突きつけてやろう。
「キャロル、俺からもいいこと教えてやるよ。今年で二十一だ、つまり俺が年上」
なんであれ俺の方が一つ上なのだ、こっちも得意げに返してやると。
「――おねえちゃんだよ!!」
弾けるような勢いと元気で姉の押し売りが返ってきた、もうだめだ。
「んもーおねえちゃんごり押してくるこの子……」
「ごめんなさいあにさま、その人姉になってマウント取ろうとするロリなのです」
「……ん、じゃあぼくもおとうと?」
引っ付く姉をそろそろ引き剥がそうとしてると――ニクがきょとんとしてた。
もちろんだと言わんばかりにキャロルは胸を張るも。
「おとうと……?」
すぐに違和感に気づいたらしい。次には「妹でしょ!」とか言いそうだが。
「ちなみにこいつは俺の相棒のニクだ。男だぞ」
「ぼくはニク、よろしくね。オスだよ」
後々のために可愛らしい男の子であることを伝えておいた。
「えっ男……!? 男の子……? この子が……?」
「えっ、男の……? どういうことなんですかあにさま。男の娘のヒロインとか聞いたことないんですけどもしかしてステルス実装されてた……?」
じとっとした美少女顔に自称姉はだいぶ戸惑ったみたいだ、タヌキ耳も。
「ちょっといろいろあったんだ。こんなかわいい見た目してるけど立派な男の子だぞ」
「うそだー! こんなかわいい女の子が男の子のわけないでしょ! ちょっと確かめるねニクちゃん!」
「いやほんとだって! 嘘だと思うならほら!!」
「あんっ……♡ ふ、太もも掴んじゃ……あっあっ……♡」
「なにしてるんですか二人とも」
論より証拠だ、二人でわん娘のスカートをめくった。白だった。
やる気なく呆れるコノハと、じっと澄まして見守るツキミの前で姉弟揃っての性別チェックをしてると――
「にーちゃんだ! にーちゃんがいる!」
夕暮れ間近の空からとっても元気な声が降ってきた。
声を辿れば和風のお屋敷の瓦の上、そこでちょこんと佇む茶色い鳥が一羽。
元気そうな短い茶髪に短パン、脇もお腹も見える身軽な女の子がばさっと羽ばたいてる。
「ピナリア! また会ったな!」
「ピナだよー! にーちゃんきてたんだね、よーこそ九尾院へ!」
ピナリア、もといピナだ。ハーピーらしい小さな体で降りてきた。
人間7と鳥3を混ぜた姿はかしっと着地、翼を広げてとことこやってくる。
抱っこしろとばかりに迫られたのでそうした、軽くてふわふわ。
「うへへー♡ また会えて嬉しいなー♡ 遊びにきたの? ボクと遊ぶ?」
「三歩以上歩いたのにちゃんと俺のこと覚えててくれたか。お呼ばれしたから来てやったぞ」
「あにさま、言っときますけどピナねえさまは鳥頭じゃありませんからね」
「ハーピーに鳥頭とかいうのは差別だよ! めっ!」
「誠にごめんなさい」
記憶力が心配だったがしっかり覚えてくれてるし、人懐っこい上目遣いだ。
おかげでまたロリまみれだ、あの時の依頼よりは幾分マシだが。
「……なになに? 男の人が来てるけど……?」
「パン屋のお兄さんだ……」
「デストロイヤーのお兄ちゃんがいる……!」
更に追加だ、クランハウスから人外な可愛い顔ぶれがひょこっと見てる。
猫に狼、植物にスライム、多種多様な――ロリしかいねえ。
思わず「まーーーーたロリか」と失礼な形でため息が漏れるも。
「あらあら……来てくれたのね? あなたがいちくんかしらー?」
そこへ大人びた柔らかい調子の声がだいぶ場違いに混じった。
するとぎゅっと抱き着いてた鳥ッ娘も離れてキャロルも駆けて、遅れてウサギも狸もそこへ向かうほどで。
「この人だよ! ボクたち助けてくれた人!」
「シズクおかあさん! 弟くん来たよー!」
「シズクおかあさま、この人です。なんだかキャロルねえさまの弟にされてますけど」
「ただいま連れてまいりました。こちらの殿方がそうなのですが……」
「ふふふ、ずいぶん大きな弟くんができちゃったわね? あなたが九尾院の子たちを助けてくれたのね?」
小さな子供たちをまとった誰かがゆるりと近づいてきた。
上品な赤色の髪を大人しく下ろした、とても穏やかで背の高い女性だ。
着物めいた着こなしに静かな赤色を浮かべて、しとやかな狐の耳と尻尾を柔らかく揺らす美女がいた。
元気なロリどもとは違う大人びた表情はこっちをとろんと見てる。
「……あー、どうも。イチです、弟にされてます」
「こんにちは、ニクだよ。お邪魔してます」
キャロルより百倍ほど穏やかで母性のある様子に流石の俺もたじたじだ。
そいつはクランハウスの子供たちを背にゆっくり近づくと。
「……くふふ♡ どんな方なのかなあって思ったけれど、こんなに元気で優しそうな子なのね? イチ君って呼んでいいかしら?」
おっとりとまどろむ目でくすっと笑って手を伸ばしてきた。
さわっと髪に指先が触れた。そのままかき上げてさわさわくすぐってくる。
そのせいもあって目の前の人柄がよく分かった。
いろいろデカい、着物越しの背丈も、そこに浮かぶ上や下やも――というか、開いた胸元が谷間を重く表現してる。
「どうぞご自由に。なんかご招待されたんでお邪魔してます」
「私の大切な子たちを助けてくれてありがとうね? こうして来てくれて先生とっておも嬉しいわ」
「あいにく子供を見捨てるような教育されてないもんで。ええと……」
「私はクランマスターのシズクよ。このクランで身寄りのないヒロインたちと一緒に暮らしてるの、良かったら中にいらっしゃい? おもてなししてあげるからね?」
こっちの調子が狂うぐらい優しくにっこりしたまま引かれた。
慕われる様子やこうも感じる包容力はまさに「お母さん」という感じだ。
特定の人、特に毒親絡みの思い出があるなら複雑極まりない――うん俺のこと。
「……じゃあ、お邪魔します」
「くふふ♡ 緊張してるのかしら? 大丈夫よ、怖くないですからねー? 先生のことは好きに呼んでね? お母さんでもいいわよ?」
嬉しそうに揺れる狐の尻尾のせいで「それでは」断りづらいのは確かだ。
甘ったるくてご機嫌な声に引っ張られ、ついでにロリにも囲まれ和風建築の中へ案内された。
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