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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
剣と魔法の世界のストレンジャー
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28 KILLER-BAKERY

 今日も冒険者ギルド支部へ赴く、そんな時のことだ。


「よお、探したぜ兄ちゃん」

「おーっと待ちな、俺たちお前に用があるんだ」

「どこいくつもりだぁ? ちょっと来いよ、なあ」


 冒険者が行き交う通りの光景で、明らかに浮いてる連中が俺を招いてきた。

 態度相応に軽い身なりの三人が周囲の興味を色々な意味で引いてるところだ。

 「お前彼女とか寝取るの得意だろ」みたいな言葉が似合う金髪茶髪黒髪とガラの悪さ三つが手でくいくいしてる。


「……俺に御用があるタイプの人種みたいだな?」


 俺は乗ってやった。

 周囲の日本人から人外美少女までもが、途端にざわざわと注目してくる。

 なんならギルド内からタケナカ先輩が「まさかお前」と駆けつけたようだが。


「おう、お前に大事な用があるんだよ俺たちは」

「その前に出すもん出してもらおうじゃん」

「分かってるよなぁ? こいつがあるんだぜぇ?」


 三人はがさっと紙袋を二つ突き出してくる。

 ニヤニヤとした顔は俺とニクを「さあどうする」とばかりに構えていて――


「じゃあこれ代金ね。わざわざ持ってきてくれてどうも」

「ん、もうできたんだ。4000メルタでいい?」


 言われた通りに財布から紙幣を抜いた、ニクと一緒にあわせて8000メルタ。

 丁重に整えて渡すと厳つい男たちは喜んで受け取ってくれた。


「――頼まれてたエプロンと頭巾だ。試しに付けてみろよ」

「これマジで力作だからな、絶対気に入るっしょって思いながら頑張った」

「注文通り作ってやったぜぇ? 感謝しろよなぁ? まいどぉ」


 代金にご満悦な三人組はそれはもう丁重に紙袋を引き渡してきた。

 さっそく中を覗けば――タンカラーのエプロンがしっかりと収まってた。

 開こうものなら身体に動きやすく重なる具合の絶妙なサイズだ。

 弾倉や手榴弾をぶっこめそうな角ばったポケットが幾つもあって、肩にかける部分もずれないように密着感があり。


「……キラー・ベーカリーだ!」


 そして胸元には分かりやすく、死角で囲まれた上に白文字でこう描かれてる。

 【KILLER-BAKERY】

 望んだ言葉がえらく攻撃的な様子で、ただならぬエプロンの箔をつけてた。

 あ、それと頭巾も。擲弾兵を示す手榴弾とシャベルのマークつきだ。


「ん、ぴったりで動きやすい」


 ニクもわん娘ボディにぴったりなエプロンをさっそく身に着けてる。

 注文通りこだわりを入れてくれたみたいだ、動きやすいし気分が引き締まる。


「で、どうよ。なんか動きづらかったりしねえか? デザインに気になるところとかない?」


 エプロンを確かめてると厳つい黒髪の男がちょっと心配そうにしてきた。

 ここにいるのは生産スキルの【裁縫】とかいうのを上げてるやつらだ。

 見た目はアレだが転移者向けに服だの装飾品だのを作ってる小さなクランで、オーダーメイドもやってくれる。


 そんな噂を耳にして、財布がまだ重たいうちに押し掛けてエプロンを注文した。

 『エプロン作って』と。事前に考えてたデザインも押し付けて作らせたのだ。

 採寸だのコンセプトだのをさんざん積み上げた結果、こうして無事に完成だ。


「ぴったりだ。俺の注文通りにポケットもいっぱい作られてるし、腕を大きく動かしてもどこの妨げにもならない。それにお洒落だ」

「頭巾も耳と合わせやすくて気持ちいい」

「それに気が引き締まる。まさに戦うパン屋さんなだ」


 俺はわん娘と一緒にパン屋の姿を振舞った、これすごくいいと。

 するとおっかない顔の三人組はだいぶ安堵したらしく。


「気に入ってくれたか?」

「ああ、すげえ気に入った、この攻撃力を感じる文字の主張が特に」

「俺もそこに気合入れて作ったんだ! エプロンに負けないぐらいのインパクトをどうやって出すかすっげえ悩んだもの!」

「戦うパン屋なんておもしれー注文だったから気合入れちまった」

「お前のこと知ってるぜぇ、あのデストロイヤーとか言われてるやつだろぉ? その名に恥じねえ気持ちを込めて作ったんだからなぁ俺たちは」


 売り手も買い手も納得できるような取引が成立した。

 向こうは前金で4000、たった今8000の計12000メルタを受け取り幸せに。

 こっちも想像通りの『キラー・ベーカリー』でとても幸せに。

 おかげで向こうはいい笑み揃いだ、手を出すとみんな握手に応じてくれた。


「毎度あり。最近は俺たちみてえに元の世界のデザインの装備品だのなんだのを売り込む奴が増えたからよ、前みたいに稼げなくなってきててな」

「なんか今クラングルのパン屋がすっごい競い合ってるし、店を象徴するものっていう売り込みでなんかこう、オーダーメイドのエプロンでも売り込めばいいんじゃないの?」

「そうか……最近賑わってるって耳にしたしな、そういう飲食店向けの「うちの店」をアピールする商品を考えてみるか」

「いいじゃんそれ、俺たちもこれを機に商売の範囲を広げてみんのどう?」

「じゃあなぁ、破れたりしたら修理してやるから気軽に言えよぉ?」


 程なくしてエプロンを売ってくれた男たちは嬉し気な足取りで去っていった。

 周りの奴らは「なにこれ」という顔だ。エプロンを見せて威嚇して追い払った。


「……おいなんだ今の」


 近くで取引現場を見てたタケナカ先輩がそろそろ死ぬほどに呆れてた。

 なので胸の【KILLER-BAKERY】を突き出した。ついてきた先輩たちどころか、周りのいろいろな同業者が呆れてる気がする。


「生産スキルとかいうので服作ってるっていう奴探して捕まえてエプロン発注したんだ。どう?」

「ん、ご主人とおそろい。どう?」


 新しい二つ名をニクと一緒に更に知らしめた、タケナカ先輩は頭が痛そうだ。


「まずは、うん、なんでお前はエプロンを作らせてるんだ」

「なんかキラー・ベーカリーとか言われてるらしいし、カッコいいなって思って……」

「本当に作らせたんだなそうか。じゃあ次はどうして冒険者ギルドの前を受け渡し場所に指定した?」

「向こうの住んでる地域との兼ね合い考えたらここがちょうどよかったし」

「俺たちはなんか変なのに絡まれて大騒ぎしでかさないか心配だったんだがな」

「心配してくれてるのか……?」

「ああ心配だお前の将来がな。とりあえず言わせてもらうがなんでお前カッパーにもなってパン屋のエプロンオーダーメイドで作らせてるんだ」

「これで正真正銘キラー・ベーカリーだぞタケナカ先輩」

「そのために作らせたの!? おい誰だこいつにそんな二つ名くれてやったの!?」


 俺はものすごく得意げに周囲にエプロンの文字を見せびらかした。

 「またあいつか」「イチさんか」「いつものパン屋か」ぐらいの言葉を感じた。

 そのついでにギルドから出てくるキリガヤを見つけた、さっそく見せびらかす。


「キリガヤ見てくれ! エプロン作ってもらった! どう!?」

「おお! カッコいいエプロンだな! 気合が入ってていいと思うぞ!」

「奮発してオーダーメイドの買ったんだ。今から仕事か?」

「ああ、引っ越しするから荷物を運んでほしいとのことでな。行って来る!」


 あいつの目から見てもパン屋に相応しい装いだそうだ。

 仕事へ向かう同僚に「いってらっしゃい」と手を振った。


「……イチ、まずお前は自分がどれほど周りに影響を与えてるか知っとけ」


 見送りが終わるとタケナカ先輩は依頼ボードまで早足でずんずん向かった。

 「こい」と手招きも伴ってる。ニクと一緒に渋々ついていけば。


「あっ、パン屋のお兄ちゃんいる」

「イチさんだー……ってなにあのエプロン!?」

「キラー・ベーカリーって書いてるわよ……」

「おい見ろ、あの人がきたけどいや待てエプロンどうした!?」

「キラー・ベーカリー気に入っちゃってるよあいつ!? やりやがった!」

「異例の速さで昇格したやつってあいつのか――いやなんだあのエプロン」

(バターたっぷりあんぱんください……)

「なんかギルマスがすっごい頭抱えてる……」


 きっとこのエプロンの力に違いない、周囲の注目がいっぱい集まってくる。

 なのでドヤ顔と親指で【KILLER-BAKERY】を示した。ますますざわめいた。


「いいか? お前がパン屋に対する情熱を注いだ結果、いろいろなパン屋からの依頼が来てるんだ! 先月あたりは2か3ほどあれば十分だったパン屋が今じゃ20も30もだぞ!?」


 そして入り口の横、壁を飾る依頼書にストレスまみれの表情と指が向いた。

 今日も色々な仕事が回されるほどクラングルは賑わってるみたいだ。

 市内各地のパン屋の名前がよく見られて、冒険者を欲しがってるように見える。


「そうか、みんないっぱいパン食べるようになったんだな……」


 きっとパンの需要が増したんだろう、そう思って依頼書横の壁を物色。

 空きスペースに【ジャガイモ入りハーブフォカッチャ200メルタ】の広告だ。


「違う! 多忙によるものじゃねえ! あとなんでお前またパン屋の広告貼ろうとしてんだ!」

「本日はハーブの効いたジャガイモ入りフォカッチャ新発売です」

「口頭で説明しなくていいからな!? そうじゃなくてだな、冒険者を雇えば宣伝になるだとかそんな理由で依頼書出すパン屋が増えてんの!」

「誰だこいつの教育したやつ……」

「都市のパン消費量が前年より跳ねあがってるってのは絶対こいつせいだな」

「パン屋絡みの仕事奪ったおかげで料理ギルドが俺たちのこと目の敵にしてるって話だぞ」

「そのうちここでパン売り始めないか心配なんだが」

「冒険者ギルドもパン屋と縁ができたみたいだな。じゃあちょっとエプロン見せに行くついでにパン屋で働いてくるわ、行ってきます先輩ども」

「あいつエプロン着た挙句にそのまま職場直行しやがった! くそっ! 最近変な奴増えすぎじゃねえのか!?」

「こうしてタケナカや俺たちが出世できたのはあいつのおかげなんだろうけどさあ……なんだこの、釈然としない感じは」

「言うこと聞いてくれるだけまだいいだろ。もう俺は諦めたよ」


 今日も先輩どもの言葉を受けながらもパン屋へ向かった。

 【KILLER-BAKERY】の名をその胸に――!



 焼き上げたパンを売って、足りなくなったら追加で焼き上げ、また売って、そうやってパン屋の一日がまた終わる頃。


「――ということがあって強いパン屋をイメージしたエプロン作りました」


 俺は店内の掃除をいったん止めて、店のみんなに胸元の文字を見せびらかした。

 【KILLER-BEKARY】という白文字に奥さんは関心しており。


「今のあなたを良く表現している証だと思うわ。お仕事も捗ってたわね」

「かっこいいエプロンやなあ、イチ君もニク君も似合っとるでえ」

「だろ? 気が引き締まるよ」

「ん、やる気が出る」


 スライムな先輩もゆるく褒めてくれてる。わん娘と共に得意げにした。

 陳列棚は空っぽで、外の看板が【品切れにつき閉店】とお知らせしてる頃だ。

 足りないこともなく、持て余すこともなく、今日も客足を見極めて適切な量を焼いて売った。


「それにしても良かったわ、あの子と無事仲直りできたみたいで。その様子だとちゃんとお互いに納得のゆくような話がついたみたいね?」


 床をさっさと掃いてると、カウンター側に奥さんの穏やかな顔があった。

 こうしてパン屋で立ってられるのもこの人の気づかいのおかげだ。

 そこから蘇るのはクランハウスに押し掛けたこと、リム様の料理でうれし泣きしたこと、寂しそうなのを気にかけてメッセージを送ったこと、そして翌日デートへ出かけて――


「……そうだな、まあ、納得した」


 ラブホの面影が蘇ったところで果たして適切な答えを得られたのか悩んだ。

 確かに距離感は近づいた。メッセージ機能を介して頻繁にやり取りしてる。

 朝起きればおはようだし、寝る前はおやすみ、けれどもその合間にスクリーンショットが送られてくるのだ。


 それが「今日こんなの食べた」「こんなの見つけた」「なんか面白い」とかそういうカテゴリーのものならいいさ。

 俺に向けられるのは何だと思う? 例えば今朝の一枚を抜粋するとしようか。


【おはよういちクン、もう起きた? 今朝はなんだかすごく気持ちよく起きちゃったから……おすそ分けです♡】


 などというねっとりした文章と共に自撮り画像が送られてきた。

 それも白い上着をめくって下乳まる見えで、ほどけかけた紐パンをちらっと映してとろ顔寝起き姿である。

 昨日なんて寝る前に下着姿に目隠しスタイルだ、PDAが侵食されてる。


「あら、なんだか腑に落ちないような感じがするけれど大丈夫なの?」

「イチ君、今思いっきり顔そらしとったでえ、今度はどしたん?」

「いや……仲直りはできたし、もうあんなことはないと思うけど……うん」

「なによもう、話しちゃいなさいたのし……心配してるのよ?」

「今楽しみとか言いかけなかった?」

「気のせいよ。ほら早く白状しなさい」

「うちもみこさんとどうなったか気になるわあ、言うてみい」

「……重い」

「確かにあの子、男殺しボディしてるけれど体重のことじゃなさそうね」

「男殺しボディってなんだ奥さん……!?」

「分かったでえ、愛が重いってやつやろお?」

「そう、愛が重いってね。そういうことかしら?」


 奥さんどもに誘導されてミコのべったり具合について白状する羽目になった。

 そうだよ、その通りだよ。力なくうなずいてせめてもの深刻さを語った。


「なんかこう……デートしてから距離感がヤバいんだ。あれからもっと笑顔になってくれるのは俺も嬉しいんだけど、タガ外れたみたいにめっちゃぐいぐい来て怖い」


 えっちなミコの恐ろしさを伝えつつ……わん娘の頬をもちもちした。

 これくらいやばい、とたっぷり捏ねてやると「んへー♡」と気持ちよさそうだ。


「んへへ……♡ もちもちされるの好き……♡」

「怖がることはないわよ。だってただ愛情深いだけなんだから」

「愛情深い?」

「そういうのは彼氏にとことん一途で過剰なまでに尽くしてくれるタイプの子なのよ。でもね、あなたがだいぶ距離感を置いて「お預け」させちゃったら深すぎる愛情は行き場を失ってそれはそれは苦しいと思うわ。寂しいし辛いし、その分だけあなたを求めちゃうのも当たり前じゃない?」

「うん、確かに身勝手に離れたのは俺の責任だけどさ……」

「それがことさら大好きな人だったらもっと深刻よ。ぽっかり空いた穴を埋めようと一生懸命なの、だから怖がらず受け止めてあげなさい。もしあなたが求められたらそのたびに心を交えて安心させてあげるのよ、そうすればちゃんと落ち着くから」

「……分かった」

「もちろんベッドの上でも」

「奥さんここパン屋だからそういうのやめて!!!!」

「みこさん、いちくんにでろでろなんやなあ」

「でろでろってなんだスカーレット先輩………!?」


 出てきた答えは「落ち着くまで相手しろ」だとさ。

 奥さんには「ベッドの上でもストレンジャー」を敢行しろとの無茶ぶりだし、ゆるふわスライムの口からはでろでろ言われてる。


「私はよく知ってるわ。ああいうおっとりして健気で、包容力もあって献身的な女の子はその反動で好きな人を求める力もとんでもないものだって。つまりあなたは彼女の人生一回分の愛情をことごとく受ける義務があるのよ、こっちからも腹くくって愛すのよ」

「あんまこんなこと言いたくないけど一度腹くくったら死にかけた」

「大丈夫よ、愛情深い子は引き際もわきまえてるから。腹上死はぎりぎり避けれると思いなさい」

「愛って戦いなんやなあ、イチ君死んじゃだめやでえ」

「なんで俺、いつの間に命がけになってんだ……?」


 結論から言うと、思考がだいぶピンクに染まったミコとうまく付き合わないといけないらしい。

 そうなるまでほっといた責任を身体で払えってことなんだろうか。

 ともあれ奥さんたちは無事にミコと仲直りしたことにとても安心してるわけだが。


 がらん。


 店の片づけをちょうど終えるタイミングで扉がそっと開いた。

 経験からして店じまいからの来客はだいたい何かの前触れだ。


「――おねえちゃんだよっ!」


 するとずいぶん可愛らしい声が飛び込んできた。

 白色寄りの金髪が明るくて、そこから黒い角を生やした女の子だ。

 リム様ほどの身体つきに青白のワンピースをかぶせて、悪魔みたいな尻尾を親しくふりふりしてる。

 ちんまりしたドヤ顔のお客様のご来店だ。弟でも見るような目をしてる。


「――チェンジで」


 ばたん。

 なのでドアを閉じた、さようならお姉ちゃん。

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