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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
剣と魔法の世界のストレンジャー
433/580

24 二人で楽しむクラングル

 ミコと二人でどこかへ行きたい。

 そんな気持ちが湧いたのは確かだ。

 あいつの寂しさがこっちまで移ったんだろう――だから二人で「どこかいこう」という話はすぐまとまった。


 宿に帰るなり【どこ行く?】【何する?】とかやり取りすればもう夜だ。

 ミコはこの広いクラングルを色々と歩き回ってみたいと言ってた。

 そうやって話がどんどん盛り上がって、その日はぐっすりだった。


 ちなみにパン屋のことは引き続き新米仲間に任せた。

 するとスカーレット先輩からこんな一文が届いた。


 【奥さんがなあ、お互い満足してから帰ってきなさいゆってたでえ】


 というものだ、ありがとう奥さん。

 お金はゴーレム事件のおかげでけっこう余裕で、時間もお互いたっぷりある。

 寝る前に「どうか穏やかな一日を」ぐらいは祈っておこう。



 翌日、街中の時計塔が午前十時前ほどを示すころだ。

 今日はタカアキにニクを任せて、クラングルの街並みにじっと紛れてた。

 都市の南に位置した広場だった。店構えにいろいろと囲まれて人の行き来もそこそこにある。


【ミコ、ちょっと早いけどウンディーネ広場についたぞ】


 周りの様子を覚えながらメッセージを送るとすぐに通知が返されて。


【あっ、もうついたんだ? わたしもそろそろつくから待っててね?】


 だそうだ。あいつが来るのを待つとしよう。

 ここはウンディーネ広場、主要な通りから少しずれた場所にある憩いの場だ。

 目印は石造りの美女が上品な姿を振舞う噴水が一つ。その周りに主張の激しい看板があり。


【魔女の使い魔には生易しい気持ちで餌をあげないでください】

【この噴水は偉大なる魔女リーゼル様の妹、浄化の魔女レージェス様の作った"あらゆる汚れを綺麗な水にかえる"魔法が込められてます。アンデッド系のお方はたちまち綺麗な水にされてしまうので気を付けてください】

【フランメリアの生活水を浄化する技術は浄化の魔女レージェスが生み出したものであり私が保有する唯一無二のものです。無断でパクった者は魔女の名にかけてぶっ殺します。不浄な存在絶対ぶっ殺す系女子、レージェスちゃんより】

【ここにジャガイモのプランターを置かないでください】


 ……などと好き放題に注意書きがあった。

 リーゼル様は妹いっぱいっていうのは知ってたけど、この怪文書を見る限りよっぽど奇抜なのがまだいるんだろう。

 しかしそんな雰囲気ぶち壊しな表現力も。


「にゃ~」


 噴水の縁でゆったりとくつろぐ猫たちで更に台無しだ。

 白、黒、灰色まで、艶色の良い毛皮の持ち主どもが興味津々に寄ってくる。


「お前らも待ち合わせか、にゃんこ」


 構ってやることにした。手を近づければ白い猫がやってきて。


「にゃあ~」


 品定めするように見上げた挙句、ひと鳴きしてすたすた去ってしまった。

 可愛げのない奴め。もっとノリのいい猫はいないかと吟味するも。


【ついたよ。もしかして噴水の近くでにゃんことにらめっこしてるのって、いちクンだったりする?】


 座った黒白猫と見つめ合ったところでずいぶんタイムリーな言葉がかかった。

 振り向けばいた、小さな通りからそれらしいのが手を振りつつの小走りだ。


「……やっぱりいちクンだ。もう来てたんだね?」


 ミコがいつものふんわりとした声と一緒に近づいてきた。

 薄桃色の長い髪をさらっとさせつつ、顔が合うなりとても嬉しそうな笑みを向けてくれてた。

 しかしその格好は何があったんだろうか。

 自分と同じほどのあの背丈は白色のパーカーとスカート、おまけに眼鏡で顔立ちが変わってるイメチェンぶりで。


「暇をつぶせる相手がいたからちょうどよかったな。楽しみだったよ」

「ふふっ、わたしもすごく楽しみだったよ? ところでその格好はどうしたの?」

「今俺も同じこと言うつもりだった。どうしたんだそれ」


 先日さんざんいじられたむっちり具合を押し込んだ相棒の姿はともかく、こっちも人のことは言えなかったか。

 指摘された通り、今はフード付きの灰色のジャケットを着こんでるところだ。

 ズボンも変えて灰色主体の慣れない色彩にはどうも違和感を感じるが。


「えっと……ミセリコルディアだって分かると注目されちゃうし、みんなが用意してくれたの。眼鏡は伊達だからね?」


 するとミコがフードを被り出す。

 眼鏡でだいぶ知能ステータスが上がったような顔が白く包まれれば、そこから兎の耳がひょこっと立った。

 ずいぶん背の高い兎だと思う。


「実は俺もだ、タカアキが『お前目立つからこれ着ろ』って押し付けられた」


 こっちも負けじと頭部分をすっぽり被ればあら不思議。 

 狼を模した耳が生えるのだ――狼耳フードだ、犬じゃない。

 タカアキの気遣いから生まれたファッションである。


「……お互い動物になっちゃってるね?」

「奇しくもな。そっちは兎か」

「いちクンはわんこかな? でも似合ってるよ?」

「狼だとさ。正直違いが分からないけど」

「わたしにはわんこに見えるな~……?」

「あろうことかこれ渡した本人すらわんこだっていうんだぞ? ニクが喜んでたしもうそれでいいやってなったけど」

「じゃあいちクンはわんこで、わたしはうさぎさんだね?」

「なんて組み合わせだ。そっちも似合ってるぞ」


 まあ、その親切心のおかげで相棒はくすくす楽しそうだった。

 だいぶイメージは変わってるものの、おっとり顔はいつもの可愛らしさだ。

 奇しくもお互い動物を模したおかげで、なんだか俺たちは一体感を感じる。


「……じゃあ、いこっか? ふふっ、すごく楽しみだったんだからね?」


 猫たちに見守られつつ、ミコはそっと手を伸ばしてきた。

 手に取った。暖かくて柔らかい掌がくすぐったさそうに絡んでくる。


「よーし、まずは市場か?」

「うん、行ってみたかったお店がいっぱいあったんだ。あ、それからね? 本屋にも寄りたいなーって」

「本屋か。電子書籍じゃない紙の奴が売ってるんだよな?」

「そういえば元の世界だとそういうのが主流だったらしいね?」

「そうだな、そっちの方がかさばらないし手軽だからな。っていうか本売ってるんだなこの世界」

「MGOの生産スキルには本とかを作れるスキルがあるの。一部の人はそれで本を書き上げてお金を稼いでる人もいるんだよ」

「へー、スキルで作れるのか。俺もやれるかな?」

「けっこう難しい、って友達が言ってたよ。でも黒井ウィルっていう人がすごいんだ、サバイバルガイドとか、フランメリアについての本とか、あと漫画とかいっぱい書いてて……」

「漫画まであるのかよ……」


 ――相棒と繋がったままクラングルを楽しむことにした。



 最初は適当にぶらつくつもりだったけど、途中でスイッチが入ってしまった。

 気づいた時には目につく気がかりなものを二人で一生懸命に追いかけてた。

 あの店はなんだとか、なんか美味しそうなのが売ってるとか、街の様子がよく見えるとかでどこまでも盛り上がった。


 おかげで分かったよ、クラングルはどこまでも賑やかでいいところだ。

 パン屋を取り巻く人柄も、冒険者ギルドの目まぐるしい顔ぶれも、落ち着ける宿の雰囲気も、ここが混沌とした場所だからこそ表現できるに違いない。


「……ふふっ、楽しいなあ?」


 その良さときたらこうして隣でミコが笑顔になるぐらいだ。

 昼も過ぎて少し遅めの食事を共にして、ふにゃっと身体も顔も緩んでる。


「俺も。正直昨日は行き当たりばったりであんなこと送ったけど、こうして実際歩いてみるとすごく楽しいな」 


 俺たちは街のどこかをしばらく歩いた。

 奥に進めば冒険者ギルドへ、どこかで曲がれば市場へ、そんな具合の大通りだ。

 そこらには今日もお勤め中の人間ヒロイン問わない冒険者の皆様がいる。


「もー、いきなり送られてきてびっくりしちゃったんだからね?」

「いきなりすぎたかなってすぐ後悔したよ。でもすぐ返事きたからこっちだってびっくりだぞ?」

「だって寂しかったんだもん」

「そしたら俺も寂しくなった」

「……そっか、じゃあ一緒だね?」


 そんな中を妙に甘ったるいミコの声を受けながら歩いた。

 眼鏡で無理矢理きりっとさせた表情はすっかり口元いっぱいに緩んでる。

 ついでにだゆんっと重くて張った何かが肘上に触れて、ジトっと視線も感じた。


「ねえいちクン?」

「なんだ」

「最近、いろいろな女の子と知り合ってるらしいね?」


 しかしどうしたことか、なんか声のトーンが少し重くなってきた。

 いや、なんならミコは器用に指で目の前をなぞり。


【画像を受信しました……】


 そんな通知が届いた。ミコの足取りも鈍って二人で立ち止まってしまう。

 通りから外れた路地のつくりの前だ。ちょうど人気のない場所なのだが。


「……最近こんなスクリーンショットが出回ってるんだけど、いろいろな女の子と仲良くしてるなーって」


 それは送られたものを確かめるチャンスなんだろう。

 PDAを開けば――なんてこった。

 例えばそう、マフィア姿とわん娘と水色髪のお姫様を連れた俺の背中がある。

 今にもゴーレムの群れをかき分けようとする寸前の場面だ、誰だ撮ったやつ。


「よく撮れてるな。で、俺たちが必死こいて戦ってる姿を撮ったやつはどこのどいつだ? "いい画を撮れましたで賞"でも表彰してやる」


 次は金髪ロリをおんぶして、ロリどもに囲まれつつ賑やかに帰る誰かの構図だ。

 軍曹ロリと向き合う姿や、四人で仲良く焼肉へダッシュする場面だってある――いや撮りすぎだ馬鹿!


「先日の依頼の件もいちクンが大活躍だって聞いたよ? わたしたちヒロインの間で話題になってるぐらいだよ、とっても強いプレイヤーさんがいるとか……」

「ワオ、豊作だな。問題は別に美少女との出会いじゃなくて、ただ金が欲しかっただけなんだ」

「うん、別にね? あなたが女の子目当てで身を張る人じゃない人も分かってるし、そういう感情よりも大事なものがあるってこともわたしは知ってるけど」


 撮影犯が流通させてくれたそんな写真に――ミコは明らかに曇ってる。

 悲しいような怒ってるような、人はそれを嫉妬というかもしれない。


「相棒がいるのに置いてけぼりで頑張るなんて、ちょっと不公平だと思うなー?」


 今ここにきてようやくむすっとしてた。

 掴んだ人様の腕も強めに握って、ニクほどのじとっとした目でこっちを見てる。


「ほんとに悪かったと思う」

「……もうわたしなんかに興味なくなったのかなーって思っちゃった」

「ずっと気にしてた」

「……しかもすごい数のヒロインの子たちと戦ってるし」

「あれはたまたまそうなっただけだ。ロリだらけにしたやつがいたんだよ」

「……でも、いちクンが助けに来てくれた時はすごく嬉しかった」

「あの時はお前がやられそうなの見てけっこう頭に来てたからな。あんなもん解き放ってくれた犯人の一人にいい奴お見舞いしてやった」

「うん、捕まえた錬金術師の人を殴っちゃったとかも聞いたよ」

「ガキだけじゃなく人の相棒に危険な目見せてくれたお礼も兼ねてる」


 むすっ。

 そんな感じでありながらも、ミコは頭をぐりぐりしてきた。


「わたし、すごく寂しかったんだからね? 責任取って欲しいなあ? ごはんも食べられないぐらい思い悩んじゃった時もあったし、一晩中泣いちゃってみんなに心配されちゃった時だってあったし……」


 わざわざウサギ耳のフードをかぶってまでぐりぐり延長してきた。

 次第に頬も膨らんで腕を引かれた。このままだとどこかに連れてかれそうだ。


「そう言われて今とっても良心が痛んでます」

「でもね。また会えた時にすごく嬉しそうな顔してたもんね、いちクン」

「……まさか顔に出てたか?」

「出てたよー? ああよかった、やっぱりいちクンなんだなーって安心しちゃった」


 本当に申し訳ない。せめてそう表現しようと向き合った。

 相変わらずむすーっとしていた顔がやっとふわっとした笑みに変わり。


「じゃあ、これでちゃんと仲直りしよーね? ふふっ♡」


 うさぎパーカーな相棒はがばっと両手を開いてくる。

 突き出される胸の形がけっこうな大きさをどんっと揺らしてくるが、意外とある体格の良さが捕まえる気満々の構えである。

 でも受け入れるしかなかった。一応、周囲をきょろっと確かめてから。


「……こんなところで、とかいったら怒る?」

「怒っちゃいます」

「わ……分かった。いくぞ? 行くからな?」


 こっちも胸板を突き出して、恐る恐るな感じで抱き着きにいった。

 ところが向こうの方が一手早い。待ってましたと言わんばかりに寄ってくる。


 ぐにゅう。


 見た目通りの質量が胸にかぶさってきた。やわっこいし温かい。

 パーカーの布地をゆうに貫通する肉量をこれでもかと当てて、肩に小さな顎の形がごっと乗っかってきた。


「はい、ぎゅーっ……♡ ……いちクンの身体、抱きがいがあって気持ちいいなぁ……♡」


 そして背中に腕を回されてがっちりホールドだ。

 背筋が人目を気にしてうずく一方で、妙に荒い息遣いが耳元にこそばゆい。


「あの……もういいですか……!?」


 いくら変装気味な格好とはいえ、街中でやるのは正直恥ずかしい。

 思わずみじろいでしまった。重い柔らかさがだゆんだゆん胸元を転がるが、耳元に「くすっ♡」と生暖かい微笑みが触れて。


「……あっ、そうだ。いちクンってパフェとか好き?」


 ねっとりした抱擁がようやく離れた。

 まだ熱のこもった視線だけど、食い気の話に移してくれたみたいだ。

 パフェだってさ。そんなものもあるのかフランメリア。


「甘いものは大好きだぞ」

「……そっか。えっとね、このあたりにパフェが食べれる場所があるんだけど、良かったら行かない?」

「マジかよ! どんな店?」

「うん。パフェが数百種類ぐらい選べて、しかも食べ放題なの」

「数百……? いやなにそれすごく面白そう! 行く!」


 ふわっとした笑顔が言うには、どうやら種類豊富でしかも食べ放題ときた。

 パン屋で出す話題のためにも是非行ってみたい。好奇心全開で食いつくも。


「……うんっっ♡♡ じゃあ案内してあげるね?」


 くすっとしたミコが手を差してきた。

 というか、きゅっと握られたままの少し早い足取りで導かれていく。

 向かう先は通りから時折除く路地の一つ、さほど大きくない道の形だ。


「変わったところにあるんだな。クラングルの飲食店は大体人通りのいい場所にでかでか構えてるのに」


 連れてかれるように進めば、次第に見える光景は変わってくる。

 クランの居住区や宿のある区域とはだいぶかけ離れた場所だった。

 静かな通りがあって、昼下がりの様子にはぽつぽつ雑多な店がある程度だ。


「そうだね……隠れた名店、みたいな感じかな?」


 相棒の手にぎゅっと握りしめられたまま奥へ奥へと招かれる。

 とても食事ができるような雰囲気じゃなくなってきた。

 背の高い建物に視界を阻まれ、人の通りが乏しい場所までやってくると。


「……ついたよいちクン。ここがそのお店だよ」


 ミコはお目当ての場所で立ち止まった。いまだに人の手を引きつつだが。


「これが? なんかこう……イメージとだいぶ違うんだけど大丈夫?」


 一緒にそれを見上げた――立派な建物が横に広く立ってる。

 通りな静けさには溶け込むものの、何かこう表現できない特別な雰囲気がした。

 格式の高い白い壁が柵に囲われて、門をくぐった先でお洒落な入り口が「どうぞ」と来るもの拒まずでいた。

 そして大きな看板が気取らない文字で【シュガリ】と控えめに告げてる。


「うん。()()もしてあるから大丈夫だよ、行こっか?」


 ところがミコは間違いないと言い表すかのように迷いなき足取りだ。

 まあこういう店もあるんだろう、ファンタジー世界だし。

 パフェを求めて俺も続いた。相変わらず手を握られながらだが。


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