22 クランハウスのお客様
今度は後ろめたくない形でミセリコルディアの面々と向かい合っていた。
ここはたった四人に対して広い間取りだが、温かく清潔な空気がこもってる。
「まあ、さっきの騒がしい連中が貴様らの知り合いだというなら別にそれでいいんだが……。改めて名乗るぞ、私はリザードの『エルヴィーネ』だ」
栗色の髪をした女の子が抜けきれない呆れを添えて名乗ってくれた。
エルヴィーネ。ミコに「エル」とか言われてるヒロインだ。
すらっと豊満な美人がそこにいたとして、その前腕と膝下をトカゲの造形に変えて尻尾を生やせば出来上がるはず。
「こっちも改めてよろしくだ、エルさん」
「さん付けはいらないぞ。他の者たちみたいに気軽にエルとでも呼んでくれ」
「分かった、エル。知ってるとは思うけど俺はイチ、パン屋の下っ端だ」
「……あれから何があったんだ貴様は。なぜパン屋を名乗ってるんだ」
「大変だけど楽しいぞ」
「ミコ、どうしてこいつは冒険者なのにパン屋になってるのか理解できん」
「いちクンがパン屋さんの格好してて、わたしもびっくりしちゃったよ……」
「いや、そういうのは料理ギルドの仕事だと思うんだが私は……」
「料理ギルドの人間がどんどん引き抜かれてくから冒険者雇ってるんだってさ、最近は俺以外のやつもどんどん勤めに行ってるぞ」
そんなトカゲ系美女の爬虫類な瞳はこっちを見て訝しんでる。
なのでまた「パン屋です」とドヤ顔アピールした。一層悩ましい顔だ。
「最初はおっかない人だと思ってたんですが、ただのぶっ飛んだ面白い人でセアリさん安心しましたよ ――あっ話題のクロワッサンサンドがこんなにも。でかしたいち君今後自由に来てください」
こんなやり取りの中、気にせず向こうで紙袋をがさごさする奴が一人。
鮮やかな青を蓄えた短髪の女の子、セアリを自称する犬っぽいやつだ。
ニクさながら人と犬が混じった肉球つきの手足もあれば、耳と尻尾もある。
「セアリ。立ちながら紙袋を漁るな、はしたないぞ」
「セアリさんは今パンの発掘作業中なんです、お気になさらず」
「せめて話してるときにがさごそ音を立てるなと言ってるんだ私は」
「エルさんがもっと大きな声で話せば解決ですよ。甘いものがいっぱいで嬉しいですね」
「あんまりがさごそするなよ、崩れやすいのも入ってるからな」
「セアリさんの器用さをなめてもらっては困る――お肉入ったやつとか入ってないんですかこれ」
「こら貴様! 品格が疑われるような振る舞いはやめろといってるだろう!?」
そんなおおか……犬娘はエルにあれこれ言われつつだが、しっとりした美声だ。
がさごそ紙袋を漁って尻尾がご機嫌に揺れてる。なんだかニクみたいだ。
傍らで爬虫類と犬の争いが勃発してるものの、続いて赤髪なお姉さんが手ぶりでアピールを振りまき。
「二人がやかましくてごめんねーいち君。改めてようこそ、ドラゴン系ヒロインのフランチェスカ団長だよー? フランって呼んでね~♡」
ミコの長身とべったりしつつ、感情豊かな猫なで声で親しくしてきた。
背もデカければ他も色々デカい、四肢も翼も尻尾もドラゴンなヒロインだ。
「おい! セアリはともかく私もやかましいとはどういうことだ貴様!」
「えーだって朝から騒がしいじゃんエルー」
「貴様らが部屋の掃除はしないわぐうたらしてるわでたるんでるからだ!」
「心外ですねフランさん、セアリさんがこんな隠れセンシティブと同列と言いたいのですか」
「誰が隠れセンシティブだ!? いつもいつもミコに家事を丸投げして自分でもみっともないと思わないのか!?」
「今日の出張サービスはエルなんだーって思いながら団長一任しちゃったよ!」
「誰が家事代行か! 本当にいい加減にしろ貴様ら! 大体食器すらも自分で片付けようとしない体たらくでみっともないと思わないのか!?」
「セアリさんは強い分生活能力は排してあるんです。でもご心配なく、誰かに補ってもらいますので」
「団長もそういうのはやっぱり大事だと思うんだよね。でも面倒くさいです!」
「いつ誰が来ても恥ずかしくないように身だしなみを整えろとクランのルールに設けたはずだろう貴様ら!?」
……ミコ以外とっても騒がしく、いや、愉快にやってるらしい。
人外3名集まるとやかましいが、そばでミコは困り顔でくすっとしてる。
「……ふふっ。もう知ってると思うけどミセリコルディアのマスター、ミセリコルデだよ?」
わいわいした様子の合間でミコはおっとり自己紹介してきた。
おかげでこのクランにあった堅苦しいイメージがだいぶ変わったのは言うまでもない、特にミコ以外。
「なんだかクランマスターがご苦労されてそうな感じだな」
「ううん、いつも通りだから大丈夫だよ」
「いつもこうなんか……」
「ん、賑やかで楽しそう……」
三人が乱闘するのを尻目に、ミコは俺たちを見てほっとした表情だ。
俺だってそうだ、ここから昨日の態度に一言謝ろうって気持ちだったが。
「ミコ、その……」
「あ、うん。どうしたのかな?」
「昨日は悪かった」
「気にしなくていいよ、だってこうしてすぐに来てくれたもん?」
実にあっさりと、それも裏表のない柔らかい笑みが返ってくるときた。
探る場所が見当たらない純粋さにますます良心に響いたのは言うまでもない。
「実はあの後さ、奥さんとか先輩とか、常連の爺ちゃんに説教されたんだ」
「奥さん……ってパン屋の奥さん……?」
「そう、いつも優しい人だけど厳しく言われてな。反省したよ」
「そうだったんだ。でも、こうしてわたしに会いに来てくれたよね? だからすごく嬉しい」
「もうあんな気持ちにはさせないつもりだ、すまない」
「もー、そんなに思いつめちゃだめだよ? わたし……あなたのこと、誰よりも知ってるつもりなんだからね? だからこれでおしまいっ!」
「いや、でもミコ」
「ふふっ、いちクンがいい人に恵まれて良かった。でも、今度からちゃんと連絡とかしてね?」
「……了解、相棒」
けれども短剣の姿じゃない本物のミコは強かだ、笑顔で許してくれた。
相棒は「お茶淹れてくるね?」と嬉しそうな足取りでキッチンに行った。
「……ミコの奴も変わったな。あんなに気持ちを伝えるようになるなんて」
「あれもう完全にメスの顔ですよね……なにしたんですかいち君は」
「やめなよセアリ。ていうかイチ君さあ、そんな顔してどんなこと言うかと思ったらくっっっそ真面目で丁重に向き合うんだね……団長びっくり!」
「おい貴様ら失礼だろ」
ご本人がその場から離れた途端、残った面々は急にひそひそし始めた。
顔に対する指摘は多めに見てやるが、それよりミコの変りように驚いてる。
一体俺と会う前はどんな人物だったのか、そりゃもう気になるが。
「ミコさま、前はどんな感じだったの?」
ストレンジャーの疑問より早く、ニクという意外な方向から質問がいった。
三人とも一瞬「どんな感じか」と悩んだようだが。
「そうだな。私たちの後ろにずっと隠れていて、例えば人と話すときはクランの誰かを介さないといけないほどにおどおどしてたんだが」
エルはどんだけ苦労してたか、と言わんばかりに思い返してるし。
「男の人が苦手でしたねえ。お買い物とか行くときはもう誰かと一緒じゃないと歩けないぐらいの要介護系ヒロインでした」
セアリなんてそんな苦労した時期に世話を焼いてたとばかりに微妙で。
「でもすっっっっごく寂しがり屋なのは変わってないよね。ひとりにしたら半日で即死してそうなのは相変わらずで団長ちょっと安心したみたいな」
団長を自称するやつに至っては奇妙な生態系についてうんうん頷いてる。
が、向こうのキッチンで楽しそうに一仕事してる姿にそんな面影はゼロだ。
「……そんなにすごかったのか、あいつ」
「ん……? ミコさま、そんな風には見えないよ……?」
「風に吹かれればどこかに連れ去られてしまいそうな奴だったぞ、ミコは」
「けっこう身長もあるのに小動物さながらのオーラ放ってましたよね」
「わかる、短剣の精霊っていうかでっかいうさぎだよねあれ――ところでイチ君、いまさら聞くけどそっちのべったりしてるヒロインの子はどしたの?」
信じられない話だが、次第に赤くて陽気なお姉さんの目線はニクを捉えた。
彼女たちの次の好奇心は、隣でべったりしてるダウナー顔に向かった。
「そういえば前からずっと気になっていたんだが、その物静かなワーウルフ……いや、犬の精霊は何者だ?」
「セアリさんの同類かと思ったんですけど雰囲気が違いますからね。精霊のヒロインなんて珍しいです」
「うん、団長かなーり気になってた。しかもなんか距離感異様に近いし」
「……ぼくのこと?」
でも美少女三人の視線にうちのわん娘は動じない、マイペースだ。
ぎゅっとこっちにすがったまま、可愛らしく(犬らしく)首をかしげて。
「犬の精霊のニクだよ。お薬を飲んでこんな姿になった」
「……向こうの世界ですっごいいろいろあって、なんかこうなった」
「いや、どういうことだ……? なんだその説明になってない説明は」
「説明が雑過ぎませんかいくらなんでも」
「ざっくりしすぎだねー、いやもっと話すことあるでしょ? こう他にも」
究極にシンプルな説明をしてくれたので俺も加わった――なんか失敗した。
「こいつはただのジャーマンシェパードだったけど、なんか精霊にする薬があってそれ飲んだらしくてこんな姿に」
「精霊にする薬とはどういうことだ……? そんなものがあったのか?」
「情報量多すぎますよいち君たち……」
「犬がうちらみたいになったんか……!? でも可愛いよね、セアリより可愛げあって団長好きだよ」
「は? 喧嘩売っておられますフランさん?」
情報量の多さからし諦めた、ひとまず「かわいいわん娘」だと撫でてやった。
尻尾もぱたぱた、耳も気持ちよく伏せて嬉しそうだが。
「ちなみにこいつ男だぞ」
「んへへ……♡」
大事な部分だけは伝えておくことにした。具体的にはスカートの中。
白黒になった格好の下は立派な男の子だ、だけど向こうは目に見えて混乱して。
「……ん? 男だと?」
「今なんていいましたいち君」
「男……え? 男……? どゆこと?」
「男だぞ」
「ん、オスだけど?」
ジトっとする顔に並んで男だともう一押しした。
そのせいで宇宙の真理に気づいてしまった猫みたいな顔が三人分揃った。
「いや、待て……こいつのどこか男だというんだ? どう見ても私たちと同じヒロインにしか見えないんだが」
「あーもう説明めんどいオラッスカートの中見て解決だッ!」
「あっ……♡ ご、ご主人……だめっ、ここでめくっちゃ……っ♡♡」
「おいこらっ! スカートをめくろうとしてるんじゃない馬鹿者!?」
「ちょっ何してるんですかこの人!?」
「どういうことなのキミたち!?」
もう面倒くさいのでスカートめくって説明しようと思ったが。
「――いちクンやめなさい」
お茶を運んできたミコの笑顔がそこにあったのでそっとやめておいた。
「誠にごめんなさい」
「あのねいちクン、前々から言おうと思ってたんだけどね? どうしてニクちゃんのスカートをめくったりしようとするの? それって変態さんのすることだからね?」
「男同士だしいいかなって信じてた」
「良くないからね!? ちっちゃい子にそんなことしたら駄目だよ!?」
「ん、ぼく大人だから大丈夫だけど……」
「ニクちゃんはニクちゃんでどうしてまんざらでもない様子なの!?」
「もう同意してるんだしいいんじゃ……」
「ダメだよ」
「すいませんでした」
「ごめんなさい」
滅茶苦茶怒られた。なぜかニクも一緒に。
耳をぺたんとする愛犬と仲良く反省する羽目になった。
相棒は怖い笑顔で念押ししてからお茶菓子を取りに行ったようだが。
「……あいつも変わったな、ここまではっきりと物申すようになるとは」
「いち君もいち君でなんでくっっそ律儀に反省してるんですか」
「君さあ、巷じゃ鬼神の化身とか言われてるのに思いっきりミコのお尻に敷かれてなーい?」
「ご主人、ミコさまに強く言われると逆らえないよね」
「あいつの方が強いからな、俺もまだまだだ」
元の姿の相棒はもっと強くなったみたいだ。誇らしくてつい笑った。
◇
「……それでね、最近は私たちヒロインの間でいちクンが話題になってるんだ」
「そうだったな。いや、実際あの騒ぎの時に召集された冒険者を差し置いて何体も破壊していたらしいが……私たちですら苦労するような相手だったからな、あれは」
「しかも悪徳錬金術師のお屋敷へ殴り込んだらしいですけれど、いち君あのクソデカゴーレムに乗っかって撃破したらしいですね。その時のスクショ出回ってますよ」
「一人でやっつけちゃうとかほんとに人間なのキミ? っていうか二体も倒してるよねあれ」
「あの時はパン屋の仕事かと思って必死に頑張ってた」
「パン屋のすることじゃないと思うよ……!?」
「パン屋から離れろいい加減に!? そんな理由であんなものを当然のように破壊するな!」
「パン屋とか言い出してて冗談かと思ったらほんとにお勤めしててセアリさんびっくりでしたよ」
「ヒロインの間じゃキラーベーカリーとか言われてるらしーよイチ君。ていうかクラングルのパン屋が繁盛してるのって絶対君のせいだよね? なんかやたらと最近パン屋の依頼増えてるもの」
「キラー・ベーカリーか……いいなそれ」
「なんで嬉しそうなのいちクン!?」
「おい嬉々として受け入れようとするな!? それでいいのか貴様!?」
「なんなんですかこのパン狂い。パン屋の呪いでも患っておられるんですか?」
「団長こういう男の人見るの初めてだよ……キャラ濃すぎて草生えちゃう」
いろいろ話した。最近のこと、パン屋のこと、それから冒険者のことだ。
おかげで楽しく話せたけど、俺が陰で『キラー・ベーカリー』と名を授かってたのは驚きだ。
殺意に満ちたパン屋――いいじゃないか。俺にぴったりだ。
「――今度キラー・ベーカリーって刻んだエプロンどっかに作ってもらおう」
「待っていちクン!? 本当に作っちゃう勢いで言わないで!?」
「おいミコ、こいつは大丈夫なのか……? 思いのほか思考が常人から逸脱してるんだが」
「すっごい純真無垢な笑顔で言ってるんですけどこの人」
「ねえ、キミが勤めてるパン屋ってどんな場所なの? 人が死んだりする職場じゃない?」
「仕事初日で入店してきたゴーレムの脳天叩き潰したぞ」
「あのパン屋どんなお店だったの!? っていうか中で飾ってたあの羽ってゴーレムのだよね!?」
「奥さんが飾り欲しかったからってみんなで運んで張り付けたんだ。まだ一枚あるぞ」
「欲しいなら持ってくかみたいな顔して言うんじゃない! 貴様の職場が心配になってきたぞ!?」
「セアリさんなんだか安心しました、いち君ヤバい人かと思ったら別の方向性でヤバい人でしたから」
「ヒロインの間でサイコパン屋とか名前も挙がってたぐらいだよね……団長笑っちゃったマジで」
「サイコ・ベーカリーか……そいつもいいな」
「だからなんで嬉しそうにしてるの!? まさかそれもエプロンにするつもりなの!?」
こうして話して分かったけれども、俺もパン屋として名が広まってるらしい。
相変わらず等級はストーン、間もなく昇格を控える身だけど上々だと思う。
それに二つ名が二つもあるときた。クルースニク・ベーカリーを飾るなら『キラー・ベーカリー』と『サイコ・ベーカリー』どっちだ?
「貴様は相当の手練れと聞いたが、うん、なぜだかその理由が分かった気がするぞ。なんというかタガが外れてるというか……」
エルはこっちを見て悩ましそうだ。きっとパン屋の強さに気づいたに違いない。
「ああ、パン屋のおかげだな」
「パン屋から離れろ貴様は!? ミコ! こいつは本当に安全なんだろうな!?」
「……う、うん……大丈夫だと思います。たぶん……」
「自信をもっていってくれ頼むから……!」
「なんかエルって苦労してそうだな、クランじゃそういうポジションなのか?」
「貴様のせいでもあるからな!? 情報量をこれ以上増やそうとするな頼むから!」
今朝からの様子と言い、このリザード系女子は相当苦労しておられるようだ。
苦労したやつといえば――そういえばクリューサはどうしてるんだ? 相変わらず食いしん坊に引きずり回されてるんだろうか。
「……俺なんてまだまださ。パン屋も見習いなら冒険者もストーン、しかもこの世界はまだ知らないことばっかだ」
一方で俺もこの世の中に引きずられてる身だ。
そばでべったりなニクを撫でてやった。反対側でミコも「ふふっ」と耳の感触を確かめてる。
「わたし、いちクンが元気で何よりだよ。お友達も沢山できたみたいだし……良かった」
「んへー……♡」
「元気と勢いだけが取り柄だからな、俺って。遠回りだけどフランメリアのことをもっと知ってみようと思うんだ」
「この人派手に暮らしてると思ったんですけど、律儀に手堅く暮らしてるんですねえむしゃむしゃ」
「……セアリさん、食べながら喋るのはお行儀悪いよ?」
「おいしいからだいじょうぶですよミコさん」
「どこが大丈夫なの!?」
もう一度、わん娘をしっかり撫でまわして立ち上がった。
クロワッサンサンドをがつがつしてる狼系ヒロインの食い意地を過って、広いリビングの形をなぞり。
「実はつい最近まで幼馴染に宿代ずっと払わせててな。最近やっと自分で払えた」
なんともまあ情けないことを白状しながら窓際を見つけた。
ガラス越しの明るい晴れ空がファンタジー世界の都市をきれいに着飾ってる。
「そ、そうだったんだ……? でも、ちゃんと自分の力で稼いで暮らせるようになったのは偉いと思うよ?」
「それが当たり前なんだろうけどな。こうなるまでけっこう苦労したよ」
「あれほど強いのだから稼ぐアテなどいくらでもあると思うんだがな。貴様も色々と苦労していたみたいだな」
「それヒロイン基準の話ですよエルさん。プレイヤーの皆さんはとりあえず食べるのには困ってませんけど、もっと稼ぐとなると大変なんですよ?」
「冒険者なのにパン屋って聞いてびっくりしちゃったけど、案外悪くないのかもねー……団長はそう思います」
振り向いて、くつろぐヒロインたちに「まあ楽しくやってるさ」と顔で表現した。
ミコが微笑んでくれたのを確かめてからまた外を見た――
「……こっちから来ても色々な人と縁ができたからさ、しばらくの目標ができたよ」
クランハウスが立ち並ぶ居住区の様子があった。
余裕を作る石畳の隔たりにあやかった建物が丁重な感覚で並んでた。
そこに見えるのは様々だ。
庭でくつろぐ猫みたいな女の子、ベランダから太陽を味わう植物系な女の子、木にぶら下げた的に弓を引く長耳の女の子――ヒロインしかいねえや。
「目標って、どんなのかな?」
そこへミコがそっと横に入ってきた。
差し込む光を一緒に浴びると、相棒は気持ちよさそうにふにゃっとして。
「世話になったやつらに恩返しだ。ストレンジャーらしくな」
そんな彼女の長耳に俺はいつも通りにそう告げた。
もらった恩は誰かに回そう。どこかでそうしたように依然変わらずに。
「ふふっ。いちクンもあの時からずっと変わってないんだね?」
「色々な人に「恩は回してくれ」って言われたからな。こっちでもそうするさ」
それを聞いたせいなのか、ミコは嬉しそうだった。
なんならくっついてきた。太陽で温まった体温が伝わって心地よかった。
「……これからも大変だろうけど、俺頑張るよ。それにいい人がいっぱいいるんだ、その人のためにできることを探して行こうと思う」
温かい相棒と一緒に、俺はこの広い世界をじっくりと眺める。
少し遠くの風景だ。そこで黒白のメイドが歩いているのを感じ取った。
ふらふらした緑髪の足取りは楽し気で、大きな荷物を抱えてるようだ。
『――オラッ!! 孕めッ!!』
そして聞こえてくる。なんだか懐かしいあのフレーズが。
気のせいだと思って忘れようと思った。
石畳の道なりから外れれば、どこかのクランハウスが畑を小さく構えていた。
緑で彩られたそこは小さな女の子たちの手によるお世話を受けてるみたいだが。
『リム様ぁ、ここ人様の庭園っすよ。いいんすかそんなことして』
『お近づきの印のじゃがいもをどうぞ! 孕めッ! オラァッ!』
『なっなんなのこの子!? じゃがいも叩きつけてるわよ!?』
『ぎゃー!! 私のハーブ畑がー!』
『なんかお芋植えてるー!?』
人外たちの営みにすごい気合を込めて何かを叩きつけるロリがいた。
黒いとんがり帽子をみょんみょんさせつつ、色白肌で銀髪なお子様が畑に一手間加えてるようだ。
より詳しく言うならそこらに狂気と芋をまき散らしてる。
『飢渇の魔女からお芋をプレゼントですわ! 高級お芋孕めオラァッ!』
『そこぼくのにんじん畑―!!!』
しゃーっ。
カーテンをそっと閉じた。
まだ芋の音がするが目にしてはいけない怪異か何かと思って早々に引っ込んだ。
「やべえぞミコ、カギかけるんだ今すぐにだ」
「――何してるのあの人!?」
「芋だ! くそっひでえ登場の仕方しやがったぞあの野郎!!」
「ん、リムさまの匂いがする……!」
「おい何事だ!?」
「なんか今、外から孕めオラとか聞こえませんでした?」
「芋とか聞こえたけど気のせいだよね、まさか……」
さすがミセリコルディアだ、他三名も嫌な予感を募らせたらしい。
そういえば芋押し付けられたって話だったなお前ら――悪霊を断るべく慌ててドアへ向かえば。
『開けなさいッ! 出張料理人ですわ!』
『ミコ様ぁ、イチ様ぁ、お邪魔するっすよー、お開けになって下さいっす』
あんまり喜べない二人組が来てしまった……!
どうしよう。ばんばん叩かれる扉からじゃがいもの邪神が押し入ろうとしてる。
「……リーリム様の存在をすっかり忘れていた……!」
みんなの顔を伺えば、全力で頭を抱えるエルがいた。
どんな目にあったんだこいつ。よし、お前に代わって俺がどうにかしてやる。
「よし俺に任せろ!」
「任せろって何する気なのいちクン!?」
「とうとう来ちゃいましたねあの人……どうしましょう」
「じゃがいも押し付ける気満々だよねこの声、相変わらずで団長安心したけど」
「二人とも来てくれたんだ。ご主人、入れてあげよう?」
がたん。
後ろから聞こえる不安な声を背に、俺は堂々と扉を開けた。
そこにいたのはやっぱりリム様だ。真ん丸の目をした小さなロリが、尻尾をくねくねさせて見上げていて。
「イっちゃん! イっちゃんですわ!! お久しぶりですの、会いたかったですわ~♡」
「あひひひっ、リム様戻ってこられましたよイチ様ぁ、あとここに来てるって聞いたんでお邪魔しにきたっすよ~♡」
ついでにロアベアも一緒だ、いろいろデカいメイドがニヨニヨお淑やかにいた。
そんな二人を見て俺は――
「チェンジだオラァ!!」
ばたん。
気合を込めて閉じた。鍵も閉めたしこれでもう悪霊は入って来れないはずだ。
「何してるのいちクン!?」
「いや勢いを込めて何をしてるんだ貴様!? 開けると見せかけて閉めるな!!」
「なんなんですかこの人」
「魔女様にチェンジとか言う人、団長初めて見たよ……」
『開けろッ! じゃがいも警察だッ!』
『あひひひっ、クランハウスの合鍵なら持ってるっすよ皆さま。お邪魔するっすー』
「おい!! 卑怯だぞお前ら!?」
「なんでそんなの持ってるのロアベアさん!?」
だが卑怯なやつらめ、がちゃっと鍵が開けられてしまった。
さも当然のごとく押しかけて来たリム様に、エルが「なんでいつも……」とうっすら愚痴をこぼしてた。
◇




