38 プレッパータウン(2)
最高だ、ボルタータウンの時よりも敵意と銃口がいっぱい向けられてるときた。
「ワゥン……」
あの犬はびびってるのか、目の前の恐ろしいばあさんを鼻を鳴らして見上げるだけだ。
「質問だ、若いの。お前さんはあのクソカルトのモンかい?」
しかし当の本人はお構いなしに銃口を押し当てて質問してくる。
残念なことにトリガには指が引っ掛かっていた。刺激したら本当にまずい、腰の鞘に「今は喋るな」と指をあててから。
「……違う。このジャンプスーツを見てくれ」
俺はゆっくりと両手を上げながら答えた。
「お前さんの格好なんてどうでもいいさ。お前さんを追いかけてきてたアルテリーの部隊はなんだい?」
「……追いかけてきた? あいつらが?」
「とぼけるんじゃないよ。あの小屋で何かしてたようだが、遠くから偵察のやつがあんたを監視してただろう?」
この言い方からして、あの場所に留まってたのを知ってるみたいだ。
そして最悪なことにつけられていた。つまりアルテリーを連れてきたってことだ。
「……あいつらに追われてたんだ」
そうと分かれば下手な言い訳は逆効果だ、だからクソ正直に言った。
でもタイミング的に最悪だろう、周りの視線が一層厳しくなった。
「追われてた? それにしちゃのんびりしてたじゃないか?」
「本当なんだ! アルゴ神父がやられて……」
「それくらい分かるさ、あいつらが来てるってことはあの神父がくたばったってことだろうよ。で、お前がやったのかい?」
「違う、俺はあの人と一緒に戦って……」
「じゃあそれはなんだい?」
それというのは俺の持ってるこの散弾銃らしい。
周りは「アルゴ神父が死んだ?」と信じられないような反応だ。
「……これは譲り受けた」
「その骨董品はアルゴのやつが一番大切にしてた宝物だよ。そうやすやすと手放すとは思えないがね」
「……死ぬ間際にもらった」
「だったら、あの散弾バカは死に際になんて言ってたんだい」
「勝利があらんことを、と」
答えると、目の前の老人は黙って複雑な表情を浮かべた。
「……そうかい。あいつらしい言い回しだね」
そこでようやくこの謎のばあさんの形がはっきりとわかってきた。
白髪の老人だが背は俺より高くて、使い古した軍用の戦闘服を着ている。
体幹は何かに吊り上げられてるようにまっすぐで、もし本気になればすぐにでも俺を殴り殺せそうなほどに力強いつくりだ
その証拠に顔つきがマジだ、ドッグマンだって逃げ出すぐらい鋭い。
こいつはただの老いた人間じゃない。
ウェイストランドという金床から生まれた、たたき上げの古兵だ。
「次の質問だ、この犬はどうした?」
「連れてきたんだ」
「連れてきた? この子はずっと誰にも懐かなかったっていうのに……」
鋭い目つきの老人はそっと犬の頭に手を伸ばして、撫でた。
犬は待ちわびたように尻尾を振って気持ちよさそうにしてる。
「最後の質問だ。お前さんの名前は? どこから来た?」
「……112だ。ハーバーシェルターから来た」
「変な名前だね。それにあそこは大爆発で吹き飛んだそうじゃないか」
「アルテリーの連中にやられた。俺が最後の一人だ」
「あそこがあんな南のクソ雑魚連中にやられるとは思えないね」
一通り答えると、周りの警戒が緩んだ気がする。
「……おばあちゃん、この人……どうするの?」
隣に立っていた褐色肌の女の子が眠そうな声を上げた。
ただし銃口はまだ急所に向けられている。うかつに動こうものなら最初は腹か胸、次は念入りに脳天ぶち抜きコースだ。
「姉者、こいつは黒だ。やつらが尾行していたのを見ただろう?」
反対側の男が静かににらみつけてきた。
理由さえ見つかればいつでも斧を叩きこんできそうな雰囲気だ。
外套の隙間から見える褐色の筋肉が「お前は素手でも殺せるぞ」と語ってる。
「サンディ、アレク、黙ってな。よくわかったよ、こいつはおそらく……」
目の前の銃口が降ろされた、良かったやっと警戒が――
「あーもしもし皆さん。お取込み中失礼するが、面白いことになったぞ」
両手を下げようと思ったら横から誰かが割り込んで来た。
ジーンズとシャツの気ままな格好にボディアーマーやらを重ねた気楽そうな男だ。
「お客さんが北の道路から南下中だ。いきなり来やがった」
「なんだって? 規模は?」
「ざっと五十名以上、隠れもせず馬鹿正直に突っ込んでる。しかも妙だぜ」
「はん、本当に来やがったのかいあの馬鹿ども。で、妙ってのは?」
「どいつもヴェガスの盗賊どもが使う装備を持ってるんだ。それから装甲車両まで持ち出してきやがった」
「おいおい冗談だろう? まさかあいつら、北部の盗賊と結託したっていうんじゃないんだろうね?」
「ボスが大嫌いなオコジョもあった、ありゃ間違いなくヴェガスの機械フェチが作ったやつだ。つまりそういうことじゃないか?」
「……上等さ。おい、急いで倉庫からアレをもってきな!」
「イエス、マム!」
二人がなにやら話していると、遠くからエンジンの駆動音が聞こえてきた。
音は一つだけじゃない、何重にも重なっている。
とても最悪だ、音の発生源を辿れば今まで俺たちの通ってきた道路の方だ。
「……クソッ! やっぱりこいつ敵じゃねーのか!?」
「どっちだっていい! さっさと殺しちまえよ!」
「いや待て殺すな! 本当にただのシェルター居住者かもしれないだろ!?」
「話し合ってる暇なんてあるの!? 縛ってどっかに捨てとけばいいのよ!」
「いいから戦闘準備だ! あと誰かマークスマンどもに弾配ってこい!」
そうしてる間にも銃口が、矢じりが、敵意が一斉に向けられる。
中には俺なんて眼中にないかのように移動していく人たちもいた。
「……信じてくれ、あいつらの仲間なんかじゃない」
「アレのお友達だろうがそうじゃなかろうが、どうだっていいさ。はっきりしてるのはあんたが連れて来た、そうだろ?」
「おいもういいだろボス!? 今この状況で疑ったってキリがねえよ!」
「――今は私と話してるんだ、口をはさむなクソ虫ども!」
目の前でごちゃごちゃと話が混ざり合っていく中、老人が小銃のボルトを引いた。
「あいつらが仲間じゃないっていうなら証拠はあるんだろうね?」
戦いの準備が進む中、最期の質問だとばかりに問いかけられた。
「証拠は……」
もう駄目だ、差し出せるものがない。
こうしてる間にも前からは銃口が、遠くからは車両の音が。
『あの……っ! この人が言ってること、本当なんです! 信じてください!』
すると物言う短剣が大声を上げた。
『ボルターからアルテリーっていう人たちに追われて、ここまで逃げてきたんです! 絶対にあんなひとたちの仲間なんかじゃありません!』
「おい、なんだその……誰だ!?」
「……た、短剣が喋ったぞ!? どういうことだよ!?」
「……それ、しゃべった、の?」
「どういうことなのだ!? その短剣……いま喋らなかったか!?」
「黙りな! これ以上口を挟んだらぶち殺すよ!」
しかし逆効果だったみたいだ。
余計にごちゃごちゃとした様子は老人の一喝ですぐ収まったが。
「お前さん、ハーバーシェルターの擲弾兵かい?」
鋭い目がジャンプスーツの襟章に向けられた。
「……ああ、最後のな」
俺はポケットからPDAを抜いて、画面を見せた。
「ふん、こんな頼りないコーンフレークが最後の擲弾兵かい」
「コーン……なんだって?」
「新兵って意味さ」
老人はうろたえる男女の中に手を伸ばす。
そのまま誰かが持っていた銃を「よこしな」とひったくると。
「いいかい、新兵。そんなに証拠が欲しけりゃ――」
強い意志のこもった目で俺の顔を覗き込んで、
「自分で掴みな。さあ、立て! 死に損ねたクソ以下のひよっこじゃないことを今ここで証明して見せろ!」
力強い罵声と共にそれを突き出してきた。
折り畳み式の銃床とピストルグリップが取り付けられた銃だ。ずっしり重い湾曲したマガジンが差し込んである。
「――ああ」
あまりの気迫にずっと押されてたが、この老人の下した判断は「戦え」ときた。
正直、甘ったるく「ようこそ歓迎しよう」よりもずっと心に響いた。
この人は俺を見てくれたんだろう。手に力がこもって、与えられた小銃をぎゅっと掴んだ。
「お前たち! お客さんはすぐそこまで来てやがる! プレッパータウンのルールで手厚い歓迎をしてやりな!」
「だそうだ、やっちまうぞおめーら!」
「久々の戦闘だ! たっぷり可愛がってやろうぜ!」
「良かったな、コーンフレーク! チャンスはまだあるみたいだぞ!」
町の人々は荒っぽい口調を受けながら、嬉しそうに備えている。
オーケー、やってやる、あんたのいう通り証拠をつかんで戻ってきてやるよ。
「……やるしかないぞ、腹くくれ」
『う、うん……!』
「ワンッ!」
アルテリーの車両の姿がこっちに向かって近づいてきた。
ケツを蹴り飛ばされた新兵は戦場に飛び込んだ。




