20 相棒との気まずい再会
最近、俺は冒険者=ランク上がれば高い金が楽に貰える程度に思ってた。
当たり前のことだがリスクも増える。それもバケモンの強さ基準で。
タケナカ先輩の言う「プレイヤーの肩身が狭い」のも本当によくわかった。
そもそもヒロインは俺たち人間よりずっと膂力もあれば頑丈だ。
殺意に満ちたゴーレム相手に「疲れた」「お腹すいた」で済んでるんだぞ?
更に変な必殺技まで使えるんだから完全に人類の上位互換かなんかだ。
あの馬鹿みたいな仕事の報酬はきっちり二万メルタ支払われた。
それも一万メルタの追加であわせて三万だ。
パン屋の仕事を凝縮したような額だが、だからって納得は行かない。
あの日費やした労力やら弾薬を振り返れば果たして適切かどうか怪しい額だ。
しかも実質、ヒロインの力にすがったようなもんである。
ロリだらけの居心地の悪さと、馬鹿みたいな事件が立て続けに起きる街の内情には実に参った。
大体なんなんだ、あの人畜無害からほど遠いゴーレムとかいうのは。
あんなわけわからんやつと「毎日戦えますか?」なんて聞かれたら、首を横にぶんぶんしてからお家帰る。
つまり安泰の人生を送るならパン屋が一番いいことが証明された。
「……よし、今日もパン屋だ」
宿の自室、俺は鏡をじっくり眺めた。
ファクトリー製のカーゴパンツと上着はこのごろよく身体に馴染んでる。
都市の暮らしじゃ実戦向けのジャンプスーツよりもこの身軽さの方いい。
「今日もお仕事……」
反射面にニクもにゅっと割り込んできた。
まだ眠そうなジト顔もすっかりフランメリア慣れしたようだ。
黒いショートパンツやら白い上着やら、それから犬の耳にあわせた平帽子をくいくいしてる。
臨時収入で潤ったわん娘な財布から生まれた新しい格好だ。
「ん……どう、ご主人。似合う?」
二人で身だしなみを確かめてると、白黒な相棒が犬っぽく首を傾げた。
「似合ってる」と撫でてやった。にへっと笑んで尻尾をぱたぱた振ってる。
そうだ荷物も忘れずに。仕事着が入った鞄も抱えていざ外へ。
「おはようイチさん、朝からやる気いっぱいね?」
いつもの宿の様子まで降りると赤毛のエプロン姿と鉢合わせた。
宿の娘さんだ。俺たちが目に付くなりこっちの気概を察してくれたらしい。
「おはよう娘さん。今日もパン屋だ」
「おはよ、今日もパン屋だよ」
「私ってお父さんのお店を手伝って大分経つけど、朝の挨拶にパン屋って単語が混じるようなお客様は初めてよ、うん……」
「だめなんか……?」
「いやだめっていうかね?」
「朝からなにいっとるんだお前さんは……」
パン屋をアピールしてるとカウンターから呆れいっぱいの視線がきた。
頭頂部が怪しい赤毛のおっさん、もとい宿の親父さんだ。
クラングルの静かな通りにある宿屋『ヴァルム亭』の店主で、こっちに来てからだいぶ世話になってる。
「この前の仕事がクソすぎてパン屋の良さが身に染みたんだ」
「……あのお仕事、すごく疲れた」
「あの錬金術師ギルドから窃盗団が出たっていう話だろう? しかも嫌がらせのつもりか知らんが敷地にしこたまゴーレム埋めとったとか聞いたんだが」
「捕まった時の最後の嫌がらせってことで隠してたらしいよ」
「馬鹿だなあ、そんなことしたら逆に罪が重くなるだろうに」
「しかも屋敷の奥に犯人の一人が頑なに残ってて、そいつが情報吐いたおかげで街に潜伏してたお仲間も全員捕まったらしいぞ」
「なんでまたそうなったのやら。果敢に最後の抵抗でもしとったのか?」
「実際は金が惜しくて少しでも多く集めようと意地が働いてただけだ」
「なんてひどい話だ。まあそれほど儲かっとったんだろうなあ……」
「やっぱり人間って金が絡むとなんでもやるんだな……怖い怖い」
俺は『錬金術師の館云々』を思い返しながら席についた。
全貌はこうだ。実はまだ屋敷に犯人の一人が残ってた。
隠した金品を前にもたついてたら置いてけぼりをくらったらしい。
最後はあのデカくて悪趣味極まりない奴を起こして籠城するに至った。
ちなみに敷地にあんなの埋めまくったのはそいつだ、よって殴って正解だった。
「聞いた話だが、あの敷地はゴーレム畑みたいになってたそうだな? 今頃穴ぼこで使い物にならなくなってるだとか」
「あのデカいのが土地の地面ぐっちゃぐちゃに掘り返したせいで余計に罪状重くなったってさ」
「いやな、わしもなんか怪しいと思っとったぞ前々から。このご時世妙に儲かってるところとか、たかだか家を守るゴーレムごときでそうやすやすと財を築けるもんかなとか」
「だったら親父さんの予想は大当たりだな。どうなってんだフランメリア」
「これほど当たって嬉しくない予想はないぞ。ところで何か頼むか?」
「朝飯なら近所で適当に済ませてくるよ。それよりなんか飲み物ない?」
「歯車仕掛けの都市直送のザクロジュースがあるぞ。最近酒を頼まんやつばっかだから試しに買ってみたんだがどうだ? 一杯100メルタだ」
「じゃあそれ二人分」
とにかく、もうあんな仕事はごめんだ。
約束通りちゃんとパン屋以外の仕事はした。今日からまたパン屋だ。
親父さんに朝の一杯を頼むと、俺はふと店の雰囲気が気になった。
「……前より人いるよな、やっぱ」
そういえばこの『ヴァルム亭』の利用者が増えてる気がする。
前は実質三人で貸し切ったような具合だったのに今じゃそこそこだ。
プレイヤーかヒロインか、そんな顔ぶれがテーブル席をだいぶ埋めてる。
「イチさんのおかげよ。最近はうちのお部屋を取る人が増えてるの」
ニクと一緒に内装を見張ってると娘さんが仕事合間にニコニコしてきた。
俺のおかげだってさ。いつこの店の宣伝をしたかって話だが。
「俺が~?」
念のため周囲の客に尋ねてみた。微妙な顔をされた。
「お前さんのおかげというかせいというか、うちもちょっとは賑わってるぞ」
ちょっとは賑やかなそこを見てると親父さんがすぐに戻ってきた。
グラスに濃い赤紫の液体がたぷたぷしてる。ちなみにザクロの味は知らん。
「俺のおかげってどういうことだ親父さん。なんか悪いことした覚えはないぞ」
「曰く、うちの宿屋は「ゴーレムを殴り壊し」「不良冒険者数人を倒して追放させ」「悪徳錬金術師を捕らえた」素晴らしい新入りを生み出したそうだぞ。おかげさまでこうして内にも外にも注目されとるんだから客足が増えたんだが」
この話の仔細を聞くついでに一口飲んだ。
鉄分に似た爽やかな香りに、甘酸っぱさが――いや苦いなオイ。
甘酸っぱさの後がかなり苦い。ニクも苦しそうに目が覚めるほどだ。
でも飲んだ。身体にいいものと信じて二人仲良くぐいっとグラスをあけた。
「……そうか、苦い」
「……にがい」
「おいどうした二人とも、苦しそうな顔して」
なんとも繁盛の理由はくだらないらしい。
この街の出来事に付き合わされた結果が客寄せになったんだとさ。
「親父さん、味見してないだろ……?」
問題はこのザクロジュースの苦さの前にはどうでもいいってことだ。
「まずかったのか?」
「苦いぞこれ」
「すごくにがい……」
「じゃあなんで飲み干したんだお前さんたち」
「もったいないの精神が生きてる。いやちょっと味見してくれマジで」
顔色で苦さとつらさを訴えると、親父さんは渋々と(こっちの方が渋いが)味見しにいったようだ。
鮮やかさがゆらめく一杯を手に戻ってくると訝し気に飲むわけだが。
「……苦いなこれ」
まるで今日初めて知ったような顔でつぶやいていた。毒見させられた気分だ。
「なんだよそのたった今「苦いなこれ」って気づいたような顔」
「すまん、瓶がお洒落だからこの店でよく映えるかと思ったんだが」
「注文されたら苦いけど大丈夫かって聞いといたほうがいいぞ。あっだめだこれ苦さがけっこう残る……」
「……にがい……!」
「正直すまんかった。待ってろ、お詫びにあの柑橘系のジュースでも持ってきてやろう」
「わあい……」
「わーい……」
「致命傷じゃないかお前さんたち……うん、頼むんじゃなかったこんなもの」
親父さんは申し訳なさそうに店の奥へ戻っていった。
ただし「飲んでいいぞ」と娘さんにグラスを残してだが。
「なんだかこうして見てると、お父さんも仕事熱心になったわね?」
苦そうにする俺たちに娘さんはくすくすしてた。
あろうことか苦い一杯を楽に飲み干した、しかも涼しい顔して平気そうだ。
「確かに初めて見た時よりも貫禄がある感じはする」
「昔はああじゃなかったのよ。フランメリアが落ち着いちゃってから客入りも悪くなって、だいぶゆるくやってたんだけどまた気が引き締まってるみたい」
「俺のおかげで、か。ところで娘さんそれ苦くないの?」
「そう? おいしいわよ? それにタダで飲めるんだからね?」
「たくましいことで。毒見役が二人いてよかったな」
どうも俺はいい感じにこの寝床に恩を返せてるみたいだ。
「そりゃあ、うちの部屋を取るのが増えとるからな。稼ぎ時と思って気合入れなきゃいかんだろう」
グラスを片づけてもらうと、親父さんが相変わらず申し訳なさそうに戻った。
手土産に二人分のグラスが出てきたー―あの時の柑橘系の香りがする。
俺たちは奪うように飲んだ。甘酸っぱさが強く感じるけど口の中がすくわれた。
「へー、繁盛してるんだ」
「誰が言ったかポトフと揚げじゃががうまいだけの店から脱却できたわけだ、こうしてかつての冒険者の宿が戻ってるんだぞ」
「こういう時は俺のおかげだって威張った方がいい?」
「威張ってもいいが何も出んぞ」
「そうか。ところでタカアキは?」
「今日も仕事だ。あいつは勤勉なんだか不真面目なんだかよくわからんな」
「昔からそうだぞ。でもうまくやってるならいいんじゃないか?」
そういえばタカアキがいないが、あいつはこうして時々一人で仕事をする。
時々何してるんだか心配になるものの、ちゃんと稼いでるなら文句は言えない。
まあ、あいつも錬金術師の館のアレについてはけっこう堪えたそうだ。
「そうだ、今日も新しい客が一人来るぞ。これもまたお前さんのおかげだな」
「また増えるのか」
「冒険者ギルドのある区域の宿で暮らしてたそうだが、こっちの方が良さそうってことで引っ越すそうだ」
「宿変えるのか。しかもあの辺って部屋の取り合いが激しいとこだろ? なんでまた」
「この辺りは静かだし、近辺の店やらとのアクセスの良さがいいからな。向こうは飲食店も遠ければやかましいだろう?」
「確か冒険者ギルド周辺は問題ばっか起きるから酒やらの提供はなしになったって聞いたな」
「その通りだ。仕事にはありつきやすいだろうが、良く考えたら不便だろうしな」
「まさかそいつ、パン屋が近いことに気づいたのか……?」
「どうしてパン屋に行きつくんだお前さんは」
「今日も元気に出勤です」
「あんまり言いたくないが、それだけ強いのにパン屋に執着する狂人かなんかと思われとるそうだぞ」
「あんな見てくれしてあり得ない強さのロリどもの方がよっぽど狂ってると思うよ俺は」
でもこっちは安泰のパン屋だ。飲み干したグラスに代わって鞄を掲げた。
さてお勤めだ、親父さんと娘さんに「行ってきます」と席を立つと。
「こんにちはー! 今日からお世話になりますリスティアナです!」
がたん。
思い切りのある元気な声が宿の扉をこじ開ける。
なんならそこには――するっと薄い水色髪をなびかせたお姫様がいた。
大きな胸をどんと突き出し、さぞ重たそうな鞄を両手にしたドヤ顔入店である。
つまりリスティアナだ。どうしてお前がここにいるんだ?
「……なんであいつきてるん?」
「だから言ったろう、こっちの方が都合がいいんだとさ」
「まさかパン屋目当てか?」
「いやパン屋は近いがな? そんな理由で越してくる奴いるか馬鹿もん」
「俺だったらいける」
「何がだ!?」
「あっ、おはようございますイチ君! こっちの方が暮らしやすそうなので引っ越すことにしましたので、どうかよろしくお願いしますねー♪」
「……ということでイチ、新入りのリスティアナだ。面倒見てやってくれ」
「そうか――じゃあパン屋いってきます」
「おい逃げるな頼むから。わしだっていきなりすごいテンションで押しかけられて昨日から困っとるんだぞ」
「パン屋が俺を待ってるんだ!!!」
「お勤めですか? 頑張ってくださいねー!」
俺は「後よろしく」と娘さんに頼んでパン屋へ向かうことにした。
◇
クルースニク・ベーカリーはあれから繁盛に繁盛を重ねてる。
どれくらい潤ったかといえば、店の機材を一新してお釣りがでるほどだ。
「みんなお疲れ様。そろそろお客さんが来なくなる時間帯だし、今のうちに片づけちゃいましょうか」
「今日もすっごい売れたわあ。最近は忙しくて大変やなあ」
「予約の数多すぎないか……?」
「ん……パンの配達先がまた増えてる……」
おかげでやることは増える一方だ。儲かる=忙しいのはパン屋も同じである。
今日もたくさんのパンを見送り補充しまた見送り、そして気づけば昼を過ぎた。
陳列棚には商品もほんのわずか。残ってるのは――またお前かスコーン。
「やっぱりあなたが来るとお客さんでいっぱいになるわね。客寄せのおまじないでもかかってるのかしら?」
「今朝もうちの宿の親父さんにそんな感じのセリフを言われた気がする」
「ヴァルム亭の親父さんも助かってるでしょうねえ。窓から見るとけっこう賑わってるもの」
「ていうか知り合いの冒険者が引っ越してきたんだぞ。びっくりだ」
「あら、ひょっとして水色の髪の『ドール』な彼女?」
「見てたのか奥さん」
「ここらじゃちょっと有名な子よ。そんな子に好かれるなんてやるわねえ」
「誰かさん目当てで来たっていうのかあいつ」
「女の子がお近づきになるって言うのはそういうものよ、覚えておきなさい」
「いや、俺はてっきりパン屋目当てで……」
奥さんの冗談をBGMに店の片づけに入った。
今日はなんだかスムーズだ。相変わらず売れ残るスコーンはともかく、売れるものはどんどん売れて気持ちがいい。
つまりなんの気兼ねもなく休めて仕込みや掃除に移れるのだ。これほどいい具合はない。
「――おお、遅れてすまんな。予約してたいつものクソジジイだぞ」
そんなところにがらんと扉が開く。
やってくるのはうちの常連のあの爺ちゃんだ。
ゴーレム騒ぎの際に1000メルタをくれたいい人だけど、最近はこうしてよくパンを買い求める良い客になった。
名前はライオス。白い歯がきらっと浮かぶ笑顔眩しいご老人だ。
「どうも爺ちゃん、お待ちしておりましたいつものクソガキです」
「いうようになったなお前さん。聞いたぞ、また錬金術師どもの作った芸術品を仕上げてくれたそうだな」
「あれか? ぶち壊して完成させてやったよ」
「はっはっは! いいざまだ錬金術師ども! よくやったぞ若いの今日はとっておきを一本あけるとしよう!」
「なんか錬金術師が嫌いな喜び方だな」
「そりゃあ嫌いだあんなん。わしあいつらにさんざん苦い汁飲まされたからの」
「いい思い出もなさそうだ。いったい何があったんだか」
元気な爺ちゃんにいつもの紙袋を渡した。
対価は2000メルタ、ついでに「くれてやる」と1000メルタ紙幣が突き出る。
貰っても困ると言いかけるとポケットにねじ込まれた、オーケーいただくよ。
「あらライオスさん、相変わらずお元気そうね」
「聞いとくれジョルジャ、こやつがまた錬金術師相手にやってくれたそうだな?」
「やっちゃったらしいわねえ。あの大きなゴーレムに飛び乗って殴って壊して爆破したとか」
「新米のくせしてよくやるわ! おかげで飯も酒もうまいわ!」
ひょこっと現れた奥さんにも相当ご機嫌な振る舞い方だ。
どうも錬金術師が嫌いらしいけど、どんな因縁があるのやら。
「ライオスじいちゃん、錬金術師さんのこと嫌いなんやなあ。どしたん?」
暇ができたのか厨房からスカーレット先輩もぬるりとやってきた。
そんなふんわりな質問に「まさに」とうなずき。
「聞くがよいスライム娘、あやつらわしら賢者をあの塔から追い出したんじゃ」
窓の外からびしっと指を指した――時計塔が街並みの背を追い越してる。
この世界の時間を表す象徴だが、あれがどうしたんだろうか。
そもそも賢者ってなんだ。奥さん除く三名で「どゆこと」と首をかしげた。
「ライオスおじいちゃんはね、賢者さんなのよ。ここクラングルで魔術関係のお仕事をしておられるの」
「その通り! いやな、あの塔元々わしら賢者が使ってた『賢者の塔』でな。んであそこ元職場」
こうしてただのご老人じゃないことがわかった。それと羽振りの良い理由も。
賢者。大層な名前だがこの陽気さとどう結び付ければいいのか。
「じいちゃんが賢者で……いや、どういうこと?」
「お前さんでも分かりやすく言うなら魔力の絡む仕事をこなす連中さ。世に蔓延る魔法を解析したり、時には新たな魔道具を研究したり生み出したり、魔の付くものを担っとるのはわしらなんだ。ほれ、そこの魔力で動くパン用のミキサーみたいにな?」
「さらっととんでもないこといってる気がする」
「とんでもないぞ! まあただの金払いのいい客程度に思っとけ、仕事してなきゃただの暇なクソジジイだ」
明るい爺ちゃんはそれはもう儲かってます、とばかりにいい表情だ。
というか会う人間がたびたびこうしてとんでもない事実を抱えてる気がする、まあ慣れっこだけどな。
「……あの塔、どうかしたの?」
そんなすごかった爺ちゃんにニクが「あれ」と塔を指せば。
「あそこわしらみたいな賢者だとか精霊使いが集まって仕事する場所だったんだがの、錬金術師ギルドのイカれマッドサイエンティスト野郎どもの圧力に負けて明け渡すことになったんだよ……」
とてつもなく悔しそうな表情が返って来た。錬金術師に嫌な思いでしかないとばかりの様子でだ。
「何があったんだよじいちゃん」
「これからは機械が人類を導く、とかいいおってあれ丸ごと時計にしおったんだ。わしら優秀な人間にかわってでっかい歯車ぶっこんでそれが代わりだとさ!」
「つまりじいちゃんも機械に居場所を奪われた系の人間か、気の毒に」
「そうだ。まああれのおかげでこの都市はえらく進んだものだが、それにしたって横暴すぎて当時は魔術師たちが塔をぶち壊そうとばかりに怒り狂ったもんだ」
なんてこった、機械に仕事を奪われたのは何も元の世界だけじゃなかったか。
「だから錬金術師さんのこと嫌いなんやなあ、ひどい話やわあ」
「だがあいつらが窃盗団生み出すような連中に成り下がったと分かった時はマジ嬉しかったぞわし。ざまあみろ! しかもその象徴たるゴーレムをぶち壊してくれたからなこやつ!」
ライオスじいちゃんがやかましく喜ぶ理由は錬金術師嫌いが絡んでたようだ。
それはもう嬉しそうに背中を叩いてきた、あと五十年は生きそうな威力だ。
「俺で人生楽しめてるなら何よりだ」
「分かってくれるか若いの」
「それにあいつらのおかげで俺もひどい目あったからな。少なくともいい印象は残ってない」
「あっはっはっは! 分かってくれるかそうか! ヴァルム亭の親父もいい旅人を捕まえたもんだな、たまにはあそこに飲みに行ってやるか!」
「酒はほどほどになじいちゃん」
「なにをいう、酒は人生の友だよ。酒の場の節度と飲み干す量を守ればな!」
錬金術師大嫌いな笑顔は「またな!」と愉快に出て行こうとするところだ。
今日も元気に仕事頑張ります、程度に手を振って見送ろうとすれば。
がらん。
ドアが客が来たと訴えながら開いた。
この時間帯に来るとなると予約で駆けつけるような人種ぐらいだが。
「……あの、えっと……こんにちは……?」
反射的に「いらっしゃいませ」と言おうとした瞬間だった。
その姿が目に留まって思わず口がふさがった。というか声が詰まった。
薄桃色の髪にうっすら尖がった耳をした、おっとりとしたお姉さんが恐る恐るに入ってきたのだ。
人はそれをミコと呼ぶと思う、つまりあいつだ。
「……あー、ミコ?」
「ミコさまだ……!」
一応尋ねた、ご本人はというと店のいろいろな顔ぶれを前に躊躇いつつ。
「えっと、うん……お久しぶり……? 元気にしてた?」
遠慮気味に小首をかしげてそう尋ねてきたのだ。
まさか来るとは思わなかった、いや、そりゃ来るかパン屋続けてたら。
でも――続く言葉が見当たらなかった。相変わらず気まずさがあったし、なんだか元気がなかったからだ。




