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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
剣と魔法の世界のストレンジャー
421/580

12 パン屋イチ

 この世界に来てからしばらく先の見えない不安を感じてた。

 うまくやれるのか、幼馴染の財布に頼りきりでいいのか、仕事どうしよう。

 世紀末世界なら「よしぶち殺す」で稼げるがこっちはそうもいかないのだ。


 ところがそんなしょうもない心配事もパン屋のおかげで片付いた。

 数十年もの歴史が詰まった老舗の一つ、その名もクルースニク・ベーカリーだ。

 毎日食べても飽きない素朴なパンと、スライム系女子が作るエキゾチック(日本的)な品が話題を呼んでいる。

 農業都市直送の小麦粉が自慢の地域密着型パン屋である。


 臨時の人手としてそこに駆けつけ、思いのほかハードな仕事をこなしてからどうも奥さんに気に入られたらしい。

 最近やたらと客が増えて一段と忙しくなったせいでパン屋の手伝いは延長だ。

 そういうわけで今ではスライムの先輩に業務を教わりながら接客を頑張ってます。

 ボス、なんかパン屋になりつつあるけど今日も元気にやってますよ。


「――いいか、まずは近頃のクラングルの情勢や冒険者ギルドの様子について話すことがあるが、まずは俺たちプレイヤーがこの世界でどんな立場にいるのか確かめるぞ」


 こうしてパン屋兼冒険者として過ごしつつ、この日は講習とやらを受けてた。

 ほぼ使われてなかった談話室でタケナカ先輩どもが新入りに向けてあれこれ説明を続けてる。

 周りに寄せ集まったいかにもな新米の顔ぶれがそれだ。

 俺やニクも混じったこの面々に冒険者の基礎が叩きこまれるらしい。


「あれから半年ほど経ったのはみんなも分かってるだろう。俺たちプレイヤーはもちろん、ゲームの人工知能が本物になってこの世界の降り立つっていう訳の分からない状況だ。だがあの混乱を乗り越えてこうして生きてるやつはまだ山ほどいる、俺たちみてえにな」


 タケナカ先輩の見た目の強さは紙が貼られた壁を「見ろ」と促した。

 理由様々にこの仕事を始めたやつらで見ればまとまった情報が見えるはずだ。

 スキルがどうこう、アーツがこうだ、装備をこうしろ、何も知らずに触れればRPGゲームの攻略情報にも見えるかもしれない。


「だが考えてみろ。俺たちみてえな普通の人間がいきなりこの世界にやってきて、なのにそれなりに暮らしていられるのはどうしてだと思う?」


 聞き入る新入りどもに質問を投げかけてきた。

 俺も気になってた事だ。そもそもこのフランメリアは俺たちに優しすぎる。

 転移があってはや半年、しかし意外なことに迷い込んだ人類は割と順応してる。

 元の世界がクソだってことは幾らでも認めるが、ここじゃ食うもの寝るところに困るやつがほぼいなかったというほどだ。


「――これは俺の思ったことなんだが聞いてくれ、先輩」


 そこへ誰かが手を上げる。

 ついこの前ハイスクールにでもいたような新しくて初々しい顔立ちだ。

 濃い茶髪をぼさっとさせて、クソ真面目そうな表情が黄色い石つきの『シート』で初心者だと触れ回ってる。


「なんというかだな、この世界は俺たちを受け入れる準備ができてたように思えるぞ。あれから半年経ってもクラングルは働き手が足りてないようだし、他の都市も人手を欲しがってると耳にしたんだが」


 そいつが言うには旅人歓迎なムードが前々からあった、だとさ。

 おかしい話だがタケナカ先輩たちは「まあそうだな」と頷いてる。


「新入り、お前は最近になってデビューしたクチか? 名前は?」

「うむ、俺はキリガヤ・ハルヤだ。先週なったばっかりだが、お世話になってる街の人の力になれればと思ってなったんだ」

「それは大層なことだな。そんな理由で始める奴なんて珍しいぞ」

「それにこうなる前はカラテも習ってたからな! 腕には自信がある」

「アドバイスだがキリガヤ、格闘技できますアピールしたところでどうにかなる世界じゃないぞここは。この前の騒ぎを見ただろ?」

「死ぬほど鍛えればいけるはずだ! 格闘スキルも毎日鍛えてるんだぞ!」

「……また濃いのが増えたな、うん。でだお前ら、この熱い新米が言うようにどこの馬の骨かもわからん余所者が入り込む余地が既にあったわけだ。気持ち悪いぐらいにな」


 熱血な格闘馬鹿はともかくこの場の先輩がこういうのだ。

 フランメリアは出所不明の余所者を快く受け入れてる。

 俺たちにとっては都合がいいだろうが、よく考えればおかしなことだ。

 ある日突然身元不明の人間が大量に現れたら不安になるのが当たり前だし、それをこの国は喜んで招いてるんだぞ?


「冒険者だってそうだろ。有事の際にはフランメリアを助けてもらいますっていう条件はあっても、余所者の身分を保証して「国の力になってくれ」なんて普通ありえるか?」

「そういう文化だとしても俺たちにとって都合が良すぎるんだよな……どうなってんだこの世界」


 ボード近くに立つ他の先輩がたもそういう心配があるみたいだ。

 つまりはなから転移者全員がこの地での暮らしを約束されてるようなものだ。

 手放しで喜ぶにはできすぎなのだ、ここは。


「はっきりした情報じゃないが……フランメリアはこうなる前は停滞、いや下手すりゃ衰退しかけてたそうだぞ。アバタールとか言う影響力強めな人間がまとめ上げてて、そいつが亡くなるまでこの国は日々発展するような忙しいトコだったらしいが」


 ところがタケナカ先輩が出る言葉はまさかの俺だ。

 未来の俺はこの国を導いてたそうが、その反動がこうして枷になったんだろうか。


「エナジードリンクきめて効果切れてぐったりって感じか?」


 そのご本人から一言冗談を込めてみた。

 表現はともかく「そうだろうな」って顔をされた。


「そいつが死ぬまでは各国からいろいろな人材がやってくる場所だったそうだが、国の勢いが削がれればそいつも滞って気が付けば「虚無」だとさ。言い方悪いが国民総出でぼんやりしてたらしいぞ」

「要するにアバタールロスだなタケナカ先輩」

「推しロスみたいに言うな馬鹿野郎」


 なんともしょうもない理由で国は衰え始めてたそうだ、悩ませてごめん先輩。


「俺なりに調べたんだがな。そのアバタールとか言うのが死ぬ前は、もっと外の人間を受け入れよう、だとかいうデカい目論見があったそうだ。まあそれが宿泊施設の多さや仕事の人手の要求量に繋がるかどうかは分からないが、本来ならそこからもっと人が増えるはずだったらしい」

「んでタケナカ先輩、俺たちが来たからちょうどよくなったって感じか?」

「かもな。もしそれがマジなら気持ちの悪い話だ」

「できすぎって感じについては同意する」

「つまり俺たち余所者がすっぽり収まる席がちょうど用意されてたわけだな。おかげでどうだ、飯も寝床にも困っちゃいねえ」

「まだ未開拓地域が山ほどあるのもそういう理由かもしれねえよなタケナカ」

「人間じゃないやつらが多いお国柄ってのも絡んできそうだな。お前らもそういう背景であることは少しは頭に叩き入れとけ、現地の人間とうまくやるためにな」


 先輩たちがまとめると「人増やそうとしてたけど台無しになった。で、ちょうどよく俺たちがきた」ってことか。

 それにしたって出来過ぎだが、おかげでどうにかやれてるのが癪な話だ。


「そう、お前ら新米に話してえところは()()が関わってくるんだ。お前らはどうして冒険者になった?」


 続くタケナカ先輩の言葉は俺たちの存在意義らしい。

 なんで冒険者になったかの質問は新米には少し深い話題だろうが。


「付け足しておくとこういう質問だぞ。俺たちは別に冒険者にならなくてもやってけるはずだ、半年たった今もまだ『シート』をぶら下げてない奴なんて当たり前にいるだろ?」


 先輩どもの一人が首飾りを見せつけてきた。

 ブロンズ相応の色がそこにあるが、そこから言いたいことはこうだろう。

 別にならなくても生きていけるのだ、半年経ってやっと冒険者暮らしを始めるやつがこうしてたくさんいるのだから。


「そいつの言う通り、素直にしてりゃうまい飯にも落ち着いた寝床にもどうにかありつける、それがフランメリアに迷い込んだ俺たちの現状だ。そこで質問だが、例えばそこのどえらい新人はどうだ? どうして冒険者になったか言えるか?」


 するとタケナカ先輩直々のご指名がきた。わん娘とご一緒の俺だ。


「俺の場合はちょっと特殊なんだけどな」

「その件については後々山ほど聞きたいが、別にならなくてもやってけるよな?」

「まあな、俺の場合はそこの熱血君と同じく世のため人のため、それから冒険者の恩恵目当て」


 確かに先輩の言うことはごもっともだが、ストレンジャーの場合はこうだ。

 アバタール絡みの案件のためのコネづくり、冒険者の身分を得て受けられる恩恵だ。

 総じて「金のため」がでかいし、武器と我が身で稼ぐなり振りが親しいのもある。


「そりゃ立派な意識だが、まあ他も似たようなもんだろう。冒険者になる=この国の力になりますって契約の元、もっといい生活やら金を目当てにやってくるやつも少なくはない。他は?」

「はい、俺はこの世界に慣れてきたっていう理由かな。生活が安定したからやってみようって感じだけど」

「こっちは【スキル】が上がってきたからなってみようかなと」

「生活には困らないけどみんなやってるからデビューしました」

「友達に誘われてなったんだけど……」


 まあ、この顔ぶれがあればあるほど理由は色々らしい。

 横の熱血新入り君みたいに本気で人のためという気持ちはあんまりなさそうだ。


「その通りなんだよな。別にならなくても生きていける優しい世界だぞ、ここは。だが最近は「そろそろ慣れてきたから」とか俺たちの持つ恩恵(スキル)をアテにやってみようとするやつが増えててな」


 話はいよいよ本番って感じの雰囲気だ。

 まさにそんな事情を抱えた俺たちに、タケナカ先輩はゆっくり見渡し。


「かくいう俺だってなったのは二か月ほど前だ。この頃は俺たちみてえな日本人冒険者も前より増えつつあるが、だからこそ問題が起きててな」


 新米どもの反応を確認するとなんとも悩ましい表情に変わった。

 気になったので手をあげてみた、どうぞと返された。


「どんな問題なんだ?」

「俺たちが【スキル】を使えるのは分かってるだろうが。この世界に慣れたせいで調子に乗るやつが増えてるのさ」

「なるほど、俺はなんて力を持ってるんだって気づいちゃったやつ?」

「そうだ、転移したやつが持ってるスキルシステムの恩恵だ。それでつけあがってトラブルを作っちまうやつが増えてやがる。こともあろうに俺たち冒険者にな」

「こうして話すってことはそうなるなって話か」

「よくわかったな。というか、ギルマスからも頼まれててな」


 転移者がMGOの【スキル】にあやかって馬鹿やるケースが起きてるらしい。

 このシステムがもたらすものは計り知れないがこの場を悩ませる程度には強そうだ。


「例えば俺は【刀剣】スキルが60ぐらいだ。ここまでくると剣を使ったアーツだっていろいろ使えるが、だからってお前らに向けることはしないし悪用もしない――これが普通だよな?」

「その話だと悪い例があるんだろうな」

「その通りだ。スキルがあるからとか等級が上だからとかそんな理由でマウント取ったりしょうもないことする馬鹿が増えてやがる」

「ここにもいないよな?」

「そうならないようにこうしてんだよ。そんなやつはすぐにペナルティがくるもんだが、にも関わらずやる馬鹿が必ずいるし、人目につかない場所でやる輩だっている」


 そういう事情だったか。プレイヤーすべてがお行儀がいいわけでもないか。

 タケナカ先輩は思い当たるフシがいくつかあるのかため息をついてる。


「ギルマスがせっかく冒険者ギルドが再び栄えてるのに悪い印象を増やすな、だとかお困りでな。だから頼みやすい俺にこうして新米にその点を伝えてくれだとさ」

「ずいぶん世知辛い基礎教育だな」

「いいかイチ、冒険者に慣れるってことはこういうことも任されちまう。暇なら後輩どもの面倒見ろとか頼まれるんだぞ」

「偉くなると仕事も選べなくなりそうだな。それでみんな、迷惑かけるつもりで冒険者始めたわけじゃないよな?」


 俺は周りの新米に尋ねてみた。たどたどしいが「YES」な頷きだ。


「それにな、俺たちプレイヤーはまだそんなに信用されてないのさ」


 続いた言葉はここにいる人種が頼られてないって事実だった。

 どういうことだとみんなも顔に浮かべるが。


「タケナカの言葉をまた補うけどよ、ヒロインの方が俺たちより強いよな?」


 仲間の一人が談話室の外を眺めた。真似してほしそうだ。

 長い廊下とそこから続くホールに忙しそうな受付のやりとりがある。

 問題はその情報量で、ヒロインたちの一癖強い人外の風貌がごった返してた。


「そうか、能力的にも出自的にもアドバンテージがあるからですね?」


 と、新入り冒険者の誰かがそういった通りらしい。

 ベースがゲームであれば、遊んでたヒロインたちからするとホームグラウンドみたいなもんだ。

 頭に叩き込んだ事前情報と、人間を軽々超える力があればなおさらだ。ぶっちゃ日本人の上位互換的な存在である。


「そうだ。あいつらの方が等級が上がるのも早いし、危険な仕事も楽々さばける。だが俺たち人間は地道に経験を積み重ねて死なないようにするのが関の山だ」

「俺はそれでも立派なもんだと思うけどな」

「ゴーレム殴り壊す新入りに言われたくない言葉だが、まあその通りだ。生きてなんぼなんだ俺たちは」

「じゃあカースト的に俺たちは一回り二回り下ってことか?」

「イチ、そうなれば俺たちの立場なんてどんなものか想像がつかないか?」

「ただ問題を起こすだけの厄介者手前」

「正解だ畜生め」


 まあなんとも世知辛い。俺たち人類の立場はそんなものらしい。


「もちろん人間だってうまくやるけどな、そういうやつに限って変な奴ばっかだ。こうして俺が話すぐらいに、等級上がって調子乗って問題起こす馬鹿も増えてんだぞ? 現地の人間とのトラブルも増える一方ときた」

「スキルと身分に溺れる奴が増えるなんて人間らしくていいじゃないか」


 あまりの世知辛さに皮肉も出てくるもんだ。先輩どもは冗談でもない顔だが。


「だから俺たちが教えるのは、冒険者として長続きしたかったら右見て左見て停まって進め。ここにいる奴らはせめてそれくらい守れる奴だと信じた上での講習だ」

「スキルやアーツ、魔法の使い方、武器の扱い方もある程度は教えられる。分からないことは何でも教えてやるし、金が必要だったら先輩どもの仕事に付き合わせてやる。だから行儀よくやってくれって話だよ」


 ということらしい。見た目の厳つい連中のくせして偉く親切なやつらだ。

 思い返せばこの人たちのアドバイスもあってこうしてパン屋に勤められたんだし、信頼してもいい連中には違いない。


「って言ってるけど、ここに調子乗って悪いことするつもりの奴はいるか? いたら今のうちに帰った方がいいぞ、誰か返事は?」


 先輩に代わって軽く言ってやったけど、お返しはちょっとした笑いだ。


「いや、堅実に稼ぎたいしそういうことはしたくない」

「えっと、お世話になります」

「俺はもちろんしないぞ! 街の人に恩を返したいからな!」

「まだスキルのこととかよくわからないけど、生きるために使えたらなって思う」


 少し雰囲気がほぐれたようだ。問題児予備軍は今のとこ見えない。

 タケナカ先輩はこっちを見て何か言いたげにくすっと笑ったようだ。


「聞き分けのいい奴らで助かる。とりあえず定期的にこうやってお前らに教えられることは教えるから、俺たちプレイヤーはギルドのために、ひいては自分たちの身分のために行儀よく勤めるぞ。いいな?」

「了解、先輩」

「分かりました」

「ああ、そのつもりだぞ」

「まあ、冒険者になった以上真面目にやりたいんで」


 ぞろぞろと返事が返って来れば、いろいろな顔ぶれにご満足した様子だ。

 こうして新米に向けた説明が始まるいい雰囲気になったものの。


「……ところでだ、そこのヒロインはなんなんだ?」


 しれっとタケナカ先輩が気にかけてきた。

 そばでじとっとする忠犬ニクのことだが、さも当然のように加わっていることにみんなが訝しんでる。。


「ん、見学」

「見学だってさ」


 まあ気にするなとわん娘のドヤ顔をアピールした。

 悩ましそうにされたがまあ別にいいらしい。


「……それでだ、イチ。お前に質問したいことがあるんだが」

「なんだ先輩」

「二つある。この前のゴーレム暴走事件は覚えてるな?」

「ああ」

「お前、銃使えたってマジか?」


 でも何より気になるのは、今俺が椅子に立てかけているこれにあったようだ。

 R19突撃銃だ。薬室に弾はなし、ゴーレムをぶち抜いた頼れる得物である。


「わけありっていったら怒る?」

「そのわけを知りたいんだが。いや別にな、銃使えるとかチートだ卑怯だぞとかそういう話じゃないんだ」

「しいて言うなら体質だ、なんか使えた」


 訝しむ先輩に突撃銃を手渡した。けっこうな重さに少し驚いてる。


「ロクヨンみてえだな」

「ロクヨン?」

「いや、なんでもない。先日の緊急依頼に加わったやつが、こいつを撃ちまくるお前を見たってスクリーンショットつきで言ってやがったぞ」

「一般住民には当ててないから心配するな」

「そうじゃなくてだな? いや、うん、他にもあのゴーレム棍棒でぶち壊したって点も気になるんだが」

「それ実銃かよ! ちょっと見せてくれ!」

「え? マジモンの銃?」

「銃だって? どんな感じなんだ?」

「いいけど壊さないでくれよ。こいつはR19突撃銃っていうやつだ、撃つときの音がやかましいけど殴ってもよしの頑丈さだぞ」


 他の連中もなんだなんだとやってきた。渡して見せてやった。

 実銃の重さに少しびっくりしてるようだ、銃とは無縁の日本人ならそうか。

 先輩どもはかなり複雑そうだが、まあ飲み込んでこっちをまた見やると。


「色々突っ込みたいところだがお前、そもそもその格好はなんだ」


 次に目についたのは今の格好だったらしい。

 ジャンプスーツの上にクルースニク・ベーカリーの頭巾とエプロンだ。

 何を隠そう午後の仕事を手伝う約束なので、こうしていつでも行けるようにしてる――もちろんニクも。


「なんだって見て分からないのか? 午後からパン屋の仕事があるんだよ」

「ん、ぼくも」

「どうしてお前らは冒険者じゃなくパン屋になりかけてんだ」

「なんか奥さんに気に入られたんだ。しばらく手伝ってくれってご指名されたから今日も出勤です」


 俺はバックパックから手書きの広告も取り出した。

 【テリヤキサンド新発売!】と美味しそうなイラストが200メルタほどで表現されてる。作者はスライムな先輩だ。

 ついでに近くの壁にぺたっと張り付けた、これでヨシ!


「おい、こんなところに照り焼きサンドの広告貼るな」

「照り焼きサンド嫌い?」

「そうじゃない、一応ここはギルマスに用意してもらった日本人用の講習スペースだからな? つーかんなもん公共の場に貼ろうとするな」

「受付のお姉ちゃんはいいって言ってたぞ」

「あのいつもパシらせてる姉ちゃんの言うことを律儀に聞くな、いやなんなんだお前は本当に。なんで信じて送り込んだらパン屋になって帰って来たんだ?」

「今日は仕込みと配達だけだぞ」

「もうほぼパン屋じゃねーかやることが」

「じゃあ廊下にも貼ってくる」

「……ギルマスに怒られても知らんからな」


 冒険者としてパン屋で働いてるが、稼ぎも順調で充実してるところだ。

 先輩に感謝しつつ廊下あたりにもテリヤキサンドの広告を張ろうとするも。


『……お前のせいでさあ、うちらの居心地悪いんだわ。分かる?』

『うわ気持ち悪っ! 一つ目だったのかよ! 奇形だろこんなの!』

『見てよこいつ、何のヒロインかと思ったら化け物じゃん。ちょっと顔見せてよ、友達に見せるからさ』


 そんな声がすぐに耳に届いた。

 あんまりよろしくない具合だとすぐに分かった。タケナカ先輩だって感づいたらしく。


「……あいつらか」


 何か触れるものがあったらしい。

 嫌そうな顔をしてるあたり大体は察する。


「このわいわい賑やかなのは知り合いか?」

「さっき俺が危惧してた人種だ。同期兼問題児っていったらどう思う?」

「なるほど、ああいう風になるなの典型例ってやつ? 見てて学べそうだな」

「ああいう馬鹿が本気でいるんだ、これで俺がああやってるのも頷けるだろ」


 関わるなって感じで先輩の手が止めに来たけど構わないことにした。

 けっきょくニクも連れて三人で向かえば、通路の奥、それも曲がり角を経た死角に人だかりがあって。


「あ、あのっ……ごめんなさい、あたし、もう抜けますから……」


 薄青色の髪をした小さな女の子が追い詰められてた。

 人気がないことをいい理由に取り囲む連中もセットだ。

 いい装備をした人間の男女がゲラゲラ楽し気にしていて。


「ほら撮れ! 何だよこのデカい目、お化けじゃねーか!」

「キモッ! え? 何? 君さ、こんなの黙って俺たちについてきたわけ?」

「ちょっと髪上げてやってよ、押さえてくれる? 撮れないじゃん」

「あのさあ、ヒロインっていうならこういうの黙っちゃ駄目だろ? こんな気持ち悪いの黙って俺たちについてきたわけ? 騙すとか最低だなお前」


 それらしい営み中だった、いい感じにいじめがおきてる。

 抑え込まれた子供の髪が無理やり引っ張られて――なんてこった一つ目だ。

 ひどく潤んだ大きな目を強引に開かせて、陽気な女性がでも撮影してるようだ。


「……おい、何やってんだお前たち!」


 さすがに見過ごせない事態だが、誰より動いたのはタケナカ先輩だ。

 厳つい顔相応の声がするも向こうは相変わらずゲラゲラ、何一つ気にしてない。


「あ、タケナカ先輩じゃないっすか。相変わらず新入り相手にご苦労っす」

「なんすか先輩、ちょっと今可愛がってるところなんだけど俺たち」

「見てよこいつ、でっかい目! キモくない?」

「先輩面かよタケナカさん、うちのリーダーもうあんたより上だぞ。お説教とかもういいからな?」


 こっちに被害者をグスグス泣いてる一つ目の女の子が突き飛ばされた。

 いかにもな連中のいかにもな奴、きらめかしい胸鎧を付けた黒髪男はこれでもかと得意げだ。


「うちら昇格したんすよ、んでヒロインの子連れてったらこんなお化けだったんすよね。いや気になって依頼に集中できなくて、失敗したのもしょうがないっすよね」

「うちらさあ、今まで無事故無違反だったのにこいつのせいでしくじったんすわ。いやこんなキモいの隠す側に問題あると思いません先輩?」

「せっかくみんなで昇格したのに台無しじゃん? え? 何先輩? なんか文句ありそうな顔でこわーい」

「あ? 何か言いたそうだな先輩? まさか俺たちがここの罰則にビビってると思ってんのか? どうぞチクってください、行った行った」


 本当にいたんだな、こういう人種。

 俺からすればウェイストランドのヒャッハーの方がよっぽどだ、愚直さでいえばあのまっすぐさで死ぬ覚悟も据わってる。

 タケナカ先輩はどういう心境なのやら。ギルマスに報告してやるとばかりに一瞥して去ろうとするも。


「どうも先輩がた、なんかあったん?」


 代わりに尋ねることにした。なんだお前という顔が一斉にきたが無視。

 「おいやめとけ」と浅く手をかけられるも、向こうは堂々近づいてきた。

 特にリーダー格と思しき奴の首元には銀色に光る『シート』があって、タケナカ先輩より上だとよく分かる。


「あ? 何お前?」

「一つ目にびびってるみたいだから気になったんだ、お悩みなら話聞こうか?」

「びびってるわけねえだろキモいんだよ純粋に、つーかなんだお前? ストーンの分際で」

「で、何があったか話してくれないか? このままじゃあんたら、揃いも揃って一つ目にびびった連中にしか見えないぞ」

「なんだてめえさっきから、誰に喧嘩売ってると思ってんだ。なんだそのだせえエプロンは、真面目に聞けやコラ」

「一つ目にびびった先輩が五人ほどか? ところでそのシート本物? 偽造とかしてない? ちょっと見せてくれよ初めて見るんだスチールとか」

「てめえ!」


 よくわからないけどやっちまうか、そういう規則らしいし問題ないだろう。

 掴みかかってきたが引いて回避。リーダー格の誰かを狙って間合いを作るも。


『――俺を見ろおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!』


 ……なんか聞き覚えのある声が猛ダッシュしてきた。

 もしやと思ってするっと避ければ、黒いスーツ姿が割り込んできて。


「ヒャッハアアアアアッ! 単眼だァァァァァッ」

「おっ――ぐあぁッ!?」


 黒髪薄髭な男に突然なドロップキックが炸裂した。

 急な一撃に吹っ飛んだようだ、悪い先輩どもをボーリングのごとく巻き込んだ。

 しかも背後からは奇声に引かれたギャラリーがぞろぞろだ。同業者からギルド職員も駆けつけての大騒ぎになってる。


「タカアキ、こうして蹴りお見舞いしたってことは状況分かってるんだろうな?」

「よく分からねえけど柄悪い奴と単眼娘がいるなら十分だ、助けにきたぜ」

「てっ――てめえ! 良くもうちのリーダーを!」

「調子のんじゃねえぞコラ! なんだテメエ、やんのかァ!」


 よほど腹が立ったみたいだ、そいつらは世紀末世界ほどじゃない威勢を向けてきた。

 体制を整えたタカアキがすたっと横に戻れば、素行のよろしくない連中は顔を真っ赤に俺たちを逃さない身の構え方だ。


「……おいテメエら! 一体何の騒ぎだコラァ!」


 そこへあのミノタウロスがのしのしやってきた。

 さすがにギルマスとなれば向こうも怯えたみたいだけど、血気盛んな牛顔はそれでも許さないとばかりだ。

 しかしタカアキは何考えてるのやら、タケナカ先輩にそっと何か吹き込んで。


「ああ、どうもギルマス。現状説明するんで聞いてくれません?」


 何やら変なたくらみがあるようだ、にやっとギルマスへと話を持ち掛けだした。


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[一言] 気づいたら映画にいそうなムキムキマッチョなホワイトハウスの料理長見たくなってそうだないちくん
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