11 Bakery Charge(パン屋突撃。ただし5.56㎜弾を添えて)
『――ワ゛オ゛ッ!?』
戦場と化した店内で、四つ足をカサカサしてる格好とご対面だ。
ようこそお客様! 入店直後の無防備な懐に飛び込んで顔面を棍棒で払う。
滑らかな頭部はごしゃっと潰れた。最後は変な断末魔と真っ青な断面だ。
魔法無効化の恩恵を遺憾なく発揮できたみたいだが、あのカサカサした動きからくる一撃は間違いなく致命的だ。
「タカアキ! こいつは何だ!? 客じゃないよな!?」
「こいつが俺たちの友達か客に見えるか!? 大体一つ目じゃねえ!」
四つん這いの姿がぷつりと止まる――クソ邪魔な特大の置物が完成だ。
正体はともかく戦いに慣れてない動きなのが幸いだ、仕方なく潜り抜けた。
「え、演劇用ゴーレムが暴走してる! 早く隠れろみんな!」
「持ち主は誰だ!? え、衛兵を呼べェェェッ!」
「またなの!? ティータイム中だったのに!」
「本屋行こうと思ってたのに困るわねえ、冒険者の皆さんがどうにかしてくれるまで避難しなきゃ」
「避難ならうちの店へどうぞ! お茶とお菓子もサービスしますよ!」
「まさか錬金術師ギルドの奴らがまーたなんかやらかしたのか……今日もクラングルは賑やかだねえ」
そこには逃げる人々がいた。
ただし緊張感はそんなになく、まるで「またかよ」と厄介そうに、或いは不満げに場を離れる姿ばかりだ。
クラングルの人間化け物問わずの住民たちは慣れたように逃げたり、そこらの店やらに隠れてうまくやり過ごしてる。
というか商魂たくましくこんな状況だからこそ客を招く猛者だっている。
『オホホホホホホホホホホホホホホホホホホォォォォォォ……』
肝の据わった市民の皆様に続いて、空から気味の悪い笑い声が聞こえた。
がさっとした不快で鈍く唸る音も連なれば、急に足元に大きな影が広がる。
通りに広がる黒色から見上げるとそこにいたのは――天使だ。
さっきの二メートル強の灰色な巨体、それに作り物の翼を生やした何かががさがさと羽ばたいていたのだ。
「なんか飛んでないか!? なんだあのキモい天使!? あれもうちの客か!?」
「ご主人、あれ何……!? 像が飛んでる……!?」
「こっちにご来店してねえかあれ!? おいやめろこっちくんな馬鹿!」
三人見上げたところでどうやって飛んでるのかは知らん、どうせ魔法だ。
分かるのは白い衣を着せられて天の使いっぽく着飾られてることぐらいだ。
「……パン屋ってこんなのも来るんか……?」
「入店拒否したいのは確かだな――オラッ! 落ちろッ!」
タカアキが短機関銃で出迎えた、羽を広げる姿めがけて対空スタイルの接客だ。
*papapapapapapapapapam!*
お出迎えの九ミリ弾、フルオート射撃が歓迎したようだ。
的のサイズも十分、しかも自ら当たりに降りてきたとなれば都合がいい。
細い四肢で支えられるぽっこりした胴体にかんかん着弾音が響くも。
『オホホホホホホホホホホホホホホッ、ホォォォッ……!』
僅かに身じろぐだけで平気だ、九ミリごときじゃ物足りないらしい。
おかげで灰色の頭がぎちっとこっちを向いて。
……ばぢっ!
まっすぐ狙われた。尖りのある腕先で青い光が弾けた。
誰かをぶち抜くには十分な、青色ゆらめく『雷』みたいなものがそこで作られる。
するとそいつは空中で急停止、出来立ての魔法を俺たちめがけて解き放つ――!
「ワーオ、近代兵器効いてねえや……やべえぞ魔法だ避けろォォ!」
「口径九ミリじゃ物足りないみたいだぞ。ニク、悪いけど頼む」
「ん、落としてくる」
なんだ魔法か。急いで逃げるタカアキに代わって堂々と身構えた、
*ぱちんっ*
どこかに当たれば大層な見てくれはせいぜい静電気程度の何かだ。
敵は通りにわざわざ高度を落としてまた『マナ』を組み立て始めたようだが。
「いまだ行け! ニク投下ッ!」
馬鹿め、こちとらウェイストランド育ちだ。
さっとしゃがんで背を貸せば、分かってくれたニクが踏み台にして飛んだ。
揺れる尻尾と白柄の下着を見せるわん娘が優雅に飛び立ち、ご丁重にキルゾーン入りしてくれた天使に向かって。
『オホホホホッ……オホォッ……!?』
じゃきっと展開した槍ごとその背に圧し掛かった。
羽をがさがさ暴れ回すが、あいつはピンポイントで首をぶち抜いたらしい。
それでも敵は動く。異物を払おうともがくもニクはそこら屋根にしたっと着地し。
『オ゛ホ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……!』
品のない女性的な笑いを保ったまま、天使モドキはとうとう落ちてきた。
堕落おめでとう。石畳を揺らすほどの重みと面積がずしっと目の前に広がる。
「うおおおおおらああああああああっ!」
まだぴくぴく動いてる。ぎょっとして見上げる頭をブーツでぶち抜く。
羽をV字に伸ばして機能停止だ、そこでパン屋の飾りでもやってろ。
「……これなに? テュマーでもないし、機械でもないみたいだけど」
とどめを刺すとニクが屋根を飛び壁を蹴り、ダウナー顔で戻ってくる。
俺だって理解不能だ、まあ客じゃなさそうだしいいか――わん娘を「えらい」と撫でてやった。
「パン買いに舞い降りた天使様じゃないのは確かだ。ぐっどぼーい」
「んへへ……♡ もっと撫でて……♡」
「天使みたいなヒロインならいるけどよ。俺に向かって雷属性の魔法打ち込んできて、しかも単眼じゃないならこいつは敵だぜ」
舞い降りた出来損ないの天使を拝んでるとタカアキが重たげに戻ってきた。
両手いっぱいに俺たちの装備を抱えて本当に重そうだ、受け取った。
「おお、やるやんかあ。なんなんこの灰色の、おっかないわあ……」
「いい仕事ぶりねあなたたち、やっぱり雇って正解だったわ」
まだ騒がしい通りにぬるりとスライムボディが覗きにきた、奥さんも一緒だ。
どうも黒髪のふくよかな身体は軽々とR19突撃銃を持ってきてくれたらしい。
ふんわり投げられたのでキャッチ、ハンドルを引いて初弾を込める。
「スカーレット先輩、これ客じゃないよな……?」
「いまどき空飛んでくる客なんてハーピーかドラゴンの子ぐらいしか知らんしなあ、わからへんわ。ごめんなあ?」
「そっかあ」
「なんでお前はまだ店の心配してんだよ」
パン屋姿に銃と棍棒、これでフルアーマーベーカリーだ。
街の風景にはさっきのぎこちない灰色が数体浮かんでる。
「まだ来やがるな。ちょっと行ってきます奥さん」
「ええ、気を付けるのよ」
「いや行くってまさか……」
「パン屋の仕事だ。奥さんの許可は取ったしぶち殺しに行くぞ!」
奥さんに見送られながら敵へと進んだ、パン屋のために!
木製の銃床を肩にあてつつ身を丸くし、前進しながら銃口をなぞらせる。
通りで住民をカサカサ追いかける人形を発見、照準器に的の面積を置いて。
*PAKINK!*
トリガを絞った。5.56㎜弾でも『魔壊し』が効くのか四足歩行が崩れる。
他の数体もこっちに気づいたようだ。
よろめく仲間を追い越して、床をがたがたいわせて迫ってくる。
「ニク、さっき槍でどこ狙った?」
「首。細いから効くかなって思ったけど、その通りだった」
「あんななりでも頭部がなきゃ困る生き方してるらしいな。タカアキ、お前の九ミリじゃ威力不足だ。どうしても撃つなら接近して首にぶち込め」
「お兄さんに無茶言いやがってこの野郎。ショットガンでも持ってくるべきだった」
弱点は分かったぞ、あの頭部を支える首か。
問題はその首が望遠鏡みたいに伸びてる点だった。
おかげでそいつの気持ち悪さはさることながら、被弾面積も搾られて狙いづらい。
「いつも通り適当にやるぞ。ゴー」
だがこちとら『不思議な力お断り』だ。
立ち止まってぎくしゃく身体を起こす人形をエイム、トリガを絞る。
*PAPAPAKINK!! PAPAPAPAKINK!*
周囲の仲間を巻き込むように銃口でなぞりながら数点連射。
金属音混じりの射撃にあわせて向こうの体幹が次々崩れた。
「いくよ、タカさま」
「いくって……ええい! 幼馴染なめんじゃねえぞ!」
そこにニクがすぐ突っ込めば、タカアキも短機関銃を掴んで流れた。
わん娘が怯んだ背中を踏みにじると首に一振り、がしゃっと力づくに潰した。
『アアアアアアッ! アハハハハハッ! アーアーアーアーッ!』
一体あれはなんなんだ? 掃射から立ち直って歌いだす人型も見えた。
平和だった通りに気味悪い音質が広がって悪夢のお祭りさながらだ。
「謳うのやめろ気持ち悪ィ!? 夢に出てきたらぶっ殺してやっからな!」
が、そいつが振るう腕を幼馴染がするりと抜け。
「――はっ、動きは派手だけどガバガバだぜぇ!」
*papapapapapapapam!*
頭を押さえてゼロ距離連射、首元に叩きこまれてそれはもう効いたらしい。
『あ、あ、あ』と調子を探るような声を断末魔に壊れた、後に続いて次を探す。
『La♪ La♪ La♪ La♪ La♪ La♪ La♪』
「うわっ、うわあああああなにこれ気持ち悪いいいいいい!」
「気持ち悪いものつくりおって錬金術師どもめ! 畜生ジジィなめんなァァ!」
今度は逃げ戸惑う人々セットで何かがやってきた。
クラングル一般市民のお姉さんとご老人が追いかけられてる。
そんな彼らを追い回す役目を司るのは、結婚式でも通用しそうなドレスを着せられた巨体だ。
「クラングルって懐が広いって聞いたけどさ、まさかあんなのも受け入れる余地があるのか?」
「んなわけあるか街の人達全力で逃げてんのが見えねえのか。単眼ならぎりぎりいけたんだが俺はパスだなありゃ」
「……なにあれ、気持ち悪い」
ただし腕は六本、足も四本あってこの世のものとは思えない退廃的な走法だ。
地面を戦車みたいに這って、潜望鏡のごとく立つ首が歌を聞かせる相手をぎょろぎょろ探ってる――総じてフルパワーでキモい。
『♪Laaaaaaaaaaaaaaaaaaa……AAAAAAAAAAAAAAAA……♪』
都市を這い歌を広げて追いかけ回す姿はもう二度と忘れないと思う。
そして迷惑な姿はなぜかこっちに来ている、というのも逃げる人々は俺たちを頼りに駆け込んでいるからだ。
「……パン屋ってほんと忙しいな!」
まあチャンスってやつだ、R19突撃銃を突き出して駆け寄った。
「正気かよお前」とタカアキの制止も振り切れば、逃げる顔ぶれと当たり。
「――どうもクルースニク・ベーカリーです!」
「な、なんかパン屋来てるぅぅっ!?」
「いやあいつを見ろできる男の顔だ! 頼んだぞ若きパン屋よ!」
頭巾とエプロンを堂々としたままに市民の皆さんをかき分けた。
そのせいで恐ろしい足取りでぐりぐり動く巨体と「ばったり」鉢合わせだが。
「こちら新商品の5.56㎜弾だ、召し上がれクソ野郎」
『La――――!?』
害虫を思わせる足取りの巨大人形とご対面だ、顔のない頭を銃口で突いた。
*PAPAPAPAPAPAPAPAPAKINK!!*
顔面にたっぷり5.56㎜弾を浴びせた。お前が何製だろうがこいつは効くだろう。
魔力ごとぶち壊したのか頭がばきばきに砕けた、でもまだ動いてる。
『Laaaaaaaaaaaaaaaaa♪ Laaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!』
物足りなかったようだ、滅茶苦茶な腕の振り回しがぶぉんと周囲を払う。
異様に長い両腕が鋭く襲い掛かってきた――そこにニクがするっと入り。
――かきんっ。
ちょうどよく槍の柄でキャッチ、押さえてくれたか。
ジト目が連携の合図だ。連続で迫るもう片腕を足で蹴って流す、便利な【レッグパリィ】で防御。
「なんだ、でかいくせして大したことねーな」
『LAッ……!?』
弾切れした突撃銃を捨てて、切り替えた棍棒でその横っ面に叩き込む。
殴りに特化した構造は破壊力抜群だ、頭の欠け具合を八割ほどに変えてくれた。
ずしんと全身が地面に落ちるとさっきの市民が駆け寄ってきて。
「す、すごい……!? こんな化け物をやっつけるなんて、やるわねあなた!」
「わしの思った通りだ! よくやったぞ、これご褒美な若いの!」
めっちゃ褒められた。元気なおじいちゃんから1000メルタほど貰った。
これでこの通りは安全だ、俺は「あっちいけ」と向こうを促した。
「あっちが安全だ、行け! パンは是非クルースニク・ベーカリーでどうぞ!」
「パン屋の宣伝!? あ、ありがとう……!」
「これじゃ、これじゃよクラングルは! こういう滅茶苦茶なやつがいるこその混沌都市なんじゃ! 懐かしくて涙が出るわ!」
ついでにパンの宣伝もしておこう、奥さんもこれで喜ぶはずだ。
無事に逃げたのを見届けるとタカアキが拾った突撃銃を投げ渡してきた。
「いやどこにお前、こんなデカいの倒してパン屋紹介する奴いるんだよ」
「だって勤務中だし……」
「お兄さんお前が律儀で嬉しくて泣きそう。よーし俺も本気出す」
「最初から出せそんなもん、次行くぞ」
「おう、こいつらでけえけど案外見掛け倒しだな」
「まだ向こうにいっぱいいるよ、気をつけていこ」
幼馴染もやっとこの空気に調子が馴染んだみたいだ。
弾倉を交換して次弾を込めてまた進む。すべてはパン屋のために。
『引け! 敵が多すぎるぞ!』
『なんなのあのゴーレム!? MGOにあんなのいなかったわよ!?』
『だ、誰かヒール! 助けて……!』
『服破れてるだけじゃないですかお馬鹿! 撤退、撤退です!』
パン屋に喧嘩を売った馬鹿を探すとひと騒ぎを感じ取った。
通りを辿った先にある丁字路あたりだ。
タカアキに「弾倉かえとけ」と注意しながら進んだ。
「あっ、【アイシクル・バレット】!」
「くっ! もう持ちこたえられない……! ダメ、撤退するわ!」
踏み込んだ先にいかにも冒険者な見てくれの連中が揃ってた。
盾で四つん這いゴーレムの腕を受け止めた鬼娘が下がり、代わりに後衛の男が杖から放った氷魔法で仕留める場面だ。
ただし敵の多さに状況はよくない。十名ほどがとうとう撤退に偏ってる。
「……って、なんだお前!? ここは危ないぞ!?」
我先にと逃げてきた男と目が合った。
傷もひどくて疲弊した鎧姿の背後でぞろぞろ蠢くゴーレムが迫ってる。
「ストレ――クルースニク・ベーカリーの店員だ!」
「お、おい待てそっち行くな危ないぞ!?」
「何なのこのパン屋のお兄さん!? プレイヤー!?」
「待ってよ君! 暴走したゴーレムだらけだよそっち!」
「おおおおおおい行くな行くな行くな死ぬぞぉぉぉ!?」
構わず割り込んで突撃銃を構えた。
驚く皆さんを押し退けかき分ければ、目視換算で数十の敵だ。
四つん這いだったり羽が生えたりと前衛的な化け物が押し寄せてきてる。
*PAPAPAPAPAPAPAPAPAPAKINK!*
が、ここぞとばかりにフルオートでぶちこんだ。
通りの狭さのおかげで的当てにうってつけだ、ばたばた動きが鈍る。
壁を這ってくるゴーレムを発見、撃つ、地面にじたばた転がる。
群れて迫る数体とご対面、大雑把に弾をぱきぱきばら撒いて散らす。
ニクとタカアキの九ミリ弾もぱぱぱっと混じって異形の群れが動きを迷わせる。
「おっ、おい!? なんだそれ!? 銃じゃねーか!?」
「じゅ、銃!? なんであなたそんなの使えるの!?」
「今のうちに態勢整えろ! ニク、タカアキ、やれなくてもいいから足止めしろ!」
「すごい数が来てる。ここはぼくたちに任せて」
「やっぱショットガンもってくりゃ良かったなぁオイ!?」
冒険者たちも足が止まってる。このまま散らしてこいつらに任せるか。
弾切れと同時に弾倉交換。犬の手がハンドルを引いてくれた、グッドボーイ。
もはや七面鳥撃ちだ。残弾を考えて狙える敵をぱきぱき撃ちなぞる。
『アアアアアアアアアアアアアアアッ! ジユウダアアアアアアアアアアア!』
敵を減らせば弾が切れた。その瞬間に群れから自由を謳歌したやつが現れる。
突撃銃を手放して踏み出す、つるした棍棒を掲げてヘッドオン。
やがてそいつは背を立てて、覆いかぶさりにくる気概を見せてくるも――
「ハッハァァッ! 隙ありぃ!」
そんな時に横から声がつんざく。
何かと思えばタカアキだ、不用心になった足へドロップキックをぶちかました。
いい角度で四つん這いの足にヒット、横合いの衝撃にぶるっと全身が崩れた。
「ん――ご主人、どいて」
すぐにニクが割り込む、ホルスターの機関拳銃を抜いたままだ。
*papapapapapapam!*
そして至近距離から九ミリ弾を連射、小柄を生かして顎下にねじ込んだか。
十分蹴られて撃たれたそいつはがくっと停まった――トドメをくれてやる。
「クルースニク・ベーカリーだオラァッ!」
ごしゃっ。
脳天にパン屋の一撃で機能停止だ。棍棒を召し上がれ。
気づけばあれだけ足踏み揃えた敵は散り散りだ、状況の悪さに反転してるやつもいる。
「な、なんなんだお前……!?」
「鈍器で殴り殺したぞこいつ!?」
「嘘でしょ……銃でやっつけちゃった……?」
「ね、ねえ君は一体……?」
ところが冒険者連中はこっちを見てたじろいでる、そんな場合か!
俺は弾倉を替えながら「あれ」と敵を見せて。
「よし行け! パン屋の仕事残ってるから俺!」
突っ込め馬鹿野郎と全身で表現した。
向こうもそれなりの人間だったらしい、混乱しつつだが態勢を取り戻した。
「た、助かった! おい行くぞ! 切り込め!」
「よくわからないけどありがとね! 行くわよ!」
「マナポーション今のうちに飲んでおきます!」
「いけいけ! 被害が広がる前に狩るぞ!」
「パン屋はクルースニク・ベーカリーでどうぞ先輩ども!」
「なんだあいつ!? パン屋の宣伝か!?」
これで勢いが戻った冒険者どもは弱った敵へ突っ込んでいった。
後は大丈夫か? そう思って周囲を探るも。
『ひゃああああああぁぁぁ……ッ!?』
女の子の甲高い悲鳴が少し遠く聞こえた。
どこだ? 周囲を探るもニクがくいっと引っ張ってきて。
「ご主人、あっち!」
匂いで気づいたか、グッドボーイ!
「嫌な類の声だな、急ぐぞお前ら」
「女の子の叫びには助けにいくのがセオリーだ、ひどくなる前にはせ参じようぜ」
パン屋前進だ、通りから路地へと潜っていく。
そこは日当たりの悪い狭さで、足で探ればすぐに灰の巨体が見えた。
「い、いやっ……! いやぁぁぁぁ……!」
「はっ……早く、逃げてください……!」
『遊ぼう! ねえ遊ぼう! 遊ぼう! 遊ぼう!』
なんて光景だ、羽の生えた出来損ないが両腕を今にも振り落とそうとしてる。
その相手は困ったことにヒロインたちだった。
片や尻もちをつく茶髪のハーピー、もう一人なんてリスティアナだ。
あの両手剣を横構えに落ちてくる連打をぎりぎり抑え込んでる。
「――クルースニク・ベーカリーだぁぁッ!」
「ヒャッハァァッ! パン屋だァァッ!」
「ご主人、早く助けないと……!」
迷わず吶喊した。いきなりの奇声に天使モドキがぎょっとこっちを見る。
だが遅かったな、真っ先に進んだニクが脚を払ってバランスを崩す。
叩きつけた両腕がぐらっと持ち上がれば、そこへタカアキのドロップキックPart2が炸裂、完全に転倒。
後は好きにどうぞ。顔面に棍棒の形を叩きつけて整形完了。
「い、イチ君!? どうしてあなたが……」
「オラッ! 出禁だッ! 死ねッ!」
「何してんだテメエ! パン屋舐めてんのかァ!」
ついでにタカアキと一緒に殴る蹴るの暴行を加えた。
もう二度と人様に迷惑をかけられないように念入りに脳天を叩き潰すと、
「……え、えっと……? イチ君、これは一体どういう状況なんでしょうか?」
リスティアナは助かったみたいだ。抱っこした茶色い鳥娘と共に戻ってきた。
ところが奥からまた騒ぎが聞こえてくる。畜生、休む暇ないなパン屋って!
「パン屋の仕事中だ!」
「よおリスティアナちゃん、その子よろしく。ちょっとうちらお仕事中だから」
「え、ええー……?」
「あ、あの……にーちゃん、ありがとね?」
「どういたしまして、クルースニク・ベーカリーをよろしく!」
説明がめんどいのでそれだけ残して立ち去った。俺たちはパン屋だ!
次は路地を抜けた先からだ、こうなりゃパン屋の恐ろしさを刻んでやる!
雰囲気に慣れてきた三人で潜り抜ければ、そこにいたのは――
「ミコ! 防御を頼む!」
トカゲの手足と尻尾を持つ女の子が今まさに戦っていた。
栗色の髪をなびかせつつ、広場の中央で巨体のお相手をしてたみたいだ。
リザードマンのエルフィーネだった。剣一本で機敏に動く先にはというと。
『ゴ、ゴゴッ、ゴオオオオオオオオオ――!!』
灰色の巨人がいた。
手足の細さはそれでも相変わらずだが、建物を追い越す体躯が暴れ回ってる。
噴水の装飾をへし折り、ご近所の外観をえぐり、トカゲ女子の動きを狙う。
手にした『戦斧』というべき相応の得物がそうだった。恐ろしい勢いで石畳をぶち破ってまでヒロインを追いかけ。
「下がってみんな! 【セイクリッド・プロテクション!】」
その光景にアイツがいる。
ミコだ。うまく距離を置きつつ味方に魔法をかけていた。
施された防御が、がきんっ……!と派手な音を立てて一撃を弾いたようだ。
上向きに揺らぐ巨体にトカゲ女子がすかさず足首を一閃――だが効いてない。
「もー、なんなのさこいつ! 団長こういうの苦手なんですけどー! ひっさーつ! 【ブレイジング・ランス】!」
そこへ横から槍を手にした赤いドラゴン系女子――『団長』が支援に入る。
呪文の詠唱でぼうっと現れた炎の槍が敵の懐のデカさへと飛ぶ。
腹に命中したみたいだ。鉄の身を溶かすほどの一撃によろめくがまだ止まらない。
「セアリさんだってこういうのは好きじゃないんですよ! おらぁっ!」
青い髪のワーウルフ――セアリとか言うやつがそこへつながった。
魔法の命中に割り込むと、コンビネーション良く巨人のふもとへ肉薄した。
そこへ巨大な得物が落ちるが回避、滑り込むような蹴りが細い足首を抉る。
『ゴ、ゴゴッ……オゴゴゴォォォォォッ!』
かなりいい攻撃だ、頼りない両足がぐらぐら後ろに踊った。
なのに無駄にでかいボスキャラさながらの振る舞いは止まらない一方だ。
むしろ悪化してるぞ、ぼろぼろになりつつ得物を滅茶苦茶に振り回してる。
「……ミコっ! 下がれっ!」
すると足のダメージが祟ったのか巨大な足取りがぐらっと変わる。
その弾みでさんざん破壊をもたらした得物が落ちていき。
「えっ、あっ、あっ――!」
不幸にも落下地点にはミコがいた。唖然と見上げて逃げ足が遅れてるが――
「変身しろ、相棒!」
あいつめ、やっぱ俺がいないと駄目だな?
そう叫ぶと咄嗟の判断が回ったらしい、ふっと光って短剣に化けた。
同時に斧の空振りが街中を叩いて瓦礫と揺れがそこらじゅうに舞った。
「――こんだけデカイなら遠慮はいらないな、召し上がれ」
特大サイズの攻撃を外してもたつく場面を俺はけっして逃さない。
デカい表情が「なんだ?」とこっちに気が向いた、腰からHE・クナイを抜く。
『オゴッ……ゴオオオオオオオオオッ!』
二階建てよりずっと大きなゴーレムが向かってきた。
ピンを抜いてくるっと一回し、持ち直したクナイを迫りくるデカさに構え。
「シッ!」
鉄の化け物の腹めがけてぶん投げた――【ピアシング・スロウ】だ!
俺めがけて戦斧を振り上げるその姿に「かんっ」と貫く金属音が響いて。
*BAAAAAAAAAAAAM!*
爆ぜた。マナ混じりの破片がボロボロ崩れて大ダメージだ。
作り物の巨人の足が地鳴りのような音を立ててぐらりぐらりと深くよろめく。
『い、いちクン!? どうしてここに!?』
「イチ!? お前か!? なんで――」
「うわあ、なんか爆発しちゃったよ……」
「なんかパン屋さん来てるんですけど何ですかあの人!?」
「よっしゃああああああああッ! 貰いイィィィ!」
「ん、足を狙うね」
びっくりするミコ一同をタカアキとニクがここぞとばかり追い越す。
短機関銃をばら撒きながら接近してからの派手な飛び蹴りが片足に一発。
穂先も足先を打ち据え、いい衝撃を加えられた巨大さがとうとう崩れて。
【ゴッ――!?】
根負けした鉄のゴーレムがずずんと不格好に倒れてくる、後ろ飛びに避けた。
そして大事な短剣がセアリに拾われたのをしっかり見届けてから。
「うおおおおおおおおおおらああああああああああああッ!」
棍棒を掲げた――ぎろっとこっちを見据える白い頭にめがけて。
俺はメイスを持ってるぞクソ野郎!
心なしかご尊顔が怯えてるようにも見えるが鈍器の重みを全身全霊で振り下ろす。
……ごぎんっ!
金属を殴るようないい音がした。
深いヒビが入ったようだがまだまだ、更に一発殴った。
傷が広がって中の青色が輝いた。長い暇まであともう少しだ。
「――クルースニク・ベーカリーだオラァッ!!!」
そこで棍棒の尖った先端の使い道がようやく分かった。
構え直した得物をまっすぐ突き出し、その鋭さを一気に捻じり込む!
【ゴ……ゴゴ……オオオオオオオオオオオオオオオオオオ……ッ!】
青い断面をごりっと抉った途端、とうとうゴーレムが大ぶりに震えた。
山のような大きさはぎくしゃく身じろぎながら崩れていった。
「……見たか、これがパン屋だ」
俺は二度と悪さができなくなったそいつに物申した。
まあ返事は無理か。棍棒を抜いて立ち去ることにした――パン屋が待ってる。
「いちクン……!」
すると、ぱっと短剣が元の姿に戻ってきた。
こんな形でまた会うとは思わなかったけど、桃色髪の美少女は俺を一目見てうれしそうだ。
「よお、久しぶりだな」
「……うん、お久しぶり。あ、ありがとね?」
「えーと、連絡もよこさずに悪かったな? やっと仕事につけたんだ」
「ん……ミコさま、怪我はない?」
「ニクちゃんも助けてくれてありがとう、わたしたちだけじゃ倒せなかったかも……」
「俺もいるぜミコちゃん、ったく今日は働きすぎだな」
「タカさんもしばらくぶりです……そっか、なんだか銃声が聞こえたと思ったらいちクンたちだったんだね」
まあ、正直ずっと距離を置いてたのもあって気まずさもあるが。
おかげさまでどうも話が進まないけど、あいつは安心して微笑んでる。
「……って、みんなのその格好どうしたのかな? パン屋さんみたいだけど……?」
ところがパン屋の香りが染み付くこの身なりに目をつけられたみたいだ。
「ああ、仕事中なんだ。三人でパン屋やってる」
「パン屋!?」
「パン屋って大変なんだな……こんなにハードとは思わなかった」
「待って何があったのいちクン!? ねえ!? 何か誤解してないかな!?」
でも、そうだな、ミコが元気で無事でよかった。こいつが大きな収穫だ。
いろいろ話したいが街は落ち着き始めてる。そろそろ店に帰らないと。
「悪いな、店が待ってるから戻る。奥さんが心配してる頃だ」
「いちクン本当にどうしちゃったの!? パン屋と何があったの一体!?」
「おいミコ!? あいつは何事なんだ!?」
「なんかパン屋が助けにきたんだけど……」
「なんで久々に会ったらパン屋になってるんですかあの人」
「あ、パンは是非クルースニク・ベーカリーで。じゃあ後よろしく」
「なんでパン屋になってるの!? 大丈夫だよねほんとに!?」
「仕込みの仕事残ってんだよ! また後でな!」
俺たちは残り全てをぶん投げて職場へと帰っていった。
最後に一度だけ振り返ったけど、困惑しつつもちょっと笑顔なミコがいた。
「おい、いいのかよちゃんと話さなくて」
「少し後ろめたくなくなったから十分、とかいったら怒るか?」
「まだ引きずってやがったのか。まあ、あの状況じゃまたごたごたしそうだからな? 面倒ごとは先輩どもに任せて帰るとするか」
「ん、ミコさまが無事でよかった。ご主人えらい」
「わんこも褒めてるんだ、いいだろ?」
あれこれいいながら後にすると"元"巨人に冒険者たちが集まってた。
そんな顔ぶれに「どうもパン屋です」とすんなり横を通って戻れば。
「……お前さんたち、こりゃ一体何の騒ぎだ」
「無事だったみたいよお父さん! みんな大丈夫なの!?」
宿の親父さんと娘さんがこの騒ぎを追いかけてきたらしい。
二人揃って状況説明を求めてるような顔だ。
「お仕事中」
なのでクソ手短に説明した。
「いやお前さんたち一体どんな仕事しとるんだ!? というかなんだその格好」
「ぱ、パン屋……」
「ええ……」
これで伝わったはずだ、仕込みが残ってるので構わず直進。
街の人々や駆けつけた冒険者たちをすり抜けると帰るべき店が見えてきて。
「あら、帰ってきたみたい」
「無事だったんかみんな、よかったわあ」
いた、外で奥さんとスカーレット先輩が心配そうにしてる。
もちろん棍棒を掲げていかに元気かアピールした。
「ただいま奥さんがた」
「ん、戻ったよ」
「ただいまー。なんてパン屋の一日だ、濃い思い出ができちまったぜ」
「お帰りなさい、よくやったわね」
「言われた通りに変なお客さんをぶちのめしてきたぞ」
「とってもえらいわ。うちもいい人材を拾っちゃったものね」
「そう言ってくれて光栄だ。んじゃ仕込みだな?」
「それに律儀に仕事もしにきてくれるんだから最高よ。さ、明日の仕込みを終わらせちゃいましょう?」
相変わらず外が騒がしいが知ったことか、奥さんの笑顔についていった。
◇
「――おい、戻ってきたぞ!」
冒険者ギルドに戻ると、騒がしさの中からタケナカ先輩たちが出迎えにきた。
そこらにはゴーレム騒動に駆り出された冒険者たちがいっぱいだ。
「ただいまタケナカ先輩、無事に仕事できたぞ」
「ただいま、ちゃんとお仕事できたよ」
「おーおーわいわいやってるねえ、緊急クエスト終わりって感じの空気じゃねえか」
「いや無事って……大丈夫か? 街がああだったんだぞ?」
「そう言えば騒がしかったな。どうしたんだ?」
「錬金術師を捕まえたやつがいたんだが、そいつが最後の抵抗で隠しもってたゴーレム暴れさせたんだとさ。それでこんな有様だ、俺たちもちょうど一戦交えてきた」
何事かと尋ねたがそういう事情だったそうだ。
また暴走した何かか。ブルヘッドで嫌になるほど堪能したのに、こっちでもそっくりを味わうなんてひどい人生だ。
「そうか。ほらこれお土産」
「ん、お土産だよタケナカさま」
まあいいか、俺はニクと一緒に紙袋を突き付けた。
先輩どもの顔は「なんだ?」って感じだが中身を見せてやった。
「……いや、お土産って、こりゃパンか?」
「おい、なんだこのパン。いやうまそうだけど」
「この紙袋いっぱいのパンはなんだ新入り」
「いい仕事ぶりだからって売れ残ったやつ貰ったんだ。食ってくれ」
奥さんから好意でもらった売れ残りだ。
こんな状況で喜ぶべきかどうか迷ったらしいが、けっきょく美味しそうなパンが向こうに渡った。
「あー、うん、巻き込まれてないか心配だったんだがな。うまくいったんだな?」
タケナカ先輩はあきらめたように笑ってた。
その通りだと頷くと、返事は困ったように「パンをどうも」だ。
「いい経験になった。みんなで仲良く分けてくれよ」
「ったくとんでもねえ新人が来たらしいな。お疲れさん」
「アドバイスどうも先輩ども。仕事の具合についてはあとで話すよ」
俺はパンを押し付けてから窓口に向かった。
あれこれ騒がしいが、あの牛の受付嬢がずっとパンを待ち遠しくしてる。
「報告だ、依頼を達成した。あとこれクロワッサンサンドと適当なやつ」
なので注文の品入りの紙袋と一緒に報告した。
牛っぽいお姉さんさっそく中を確かめて「じゅるり」だ。
「ふふふ~、なんだか大変なことになってますけれども、ちゃんとこなしてくれたんですね~?」
「まあな。あとこれ、ただで貰ったから返すよ」
満足げな表情に1000メルタ札も添えると、意外そうに目を真ん丸にされた。
「え~、いいんですか~? こういうのって貰ってもバレないんですよ~?」
「奥さんのご好意があるならそういう訳にもいかないだろ。またうちの商品をどうぞだってさ」
けっきょく使わずに済んだそれを受け取ったらしい、お姉さんはご機嫌に報酬の準備を始めた。
「……楽しいな」
それにしても妙に充実した一日だった、パン屋ってのも悪くないな。
「へへっ、そうだろ?」
「すごく楽しかった。またやりたい」
タカアキとニクだってそうらしい。
仕事も終えて「また来てほしい」なんて言われたのだ。
いかに大変な仕事なのか学べたし、冒険者としての自信もついていいことづくめだ。
「ご確認しました~、それでは今から報酬について説明しますので~」
「ああ、待ってたよ」
「それとまたパンをお願いします~」
「……またパシられるんか俺」
まあ、またパン買ってこいって言われそうだが。
◇




