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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
剣と魔法の世界のストレンジャー
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8 冒険者イチ、前途多難に仕事を求めて

 「こちらです」と職員が案内してくれて、騒がしいホールから切り離された通路奥にあのミノタウロスがいた。


「……ったく、あいつが言ってたやつが本当に来やがるとはな」


 が、目が会うなりとてつもなく迷惑そうな顔つきだ。

 冒険者ギルドの偉いやつがこうも嫌な表情で出迎えてくれるということは。


「どうもさっきの新入りです。まさかアバタール絡みのお話か?」

「今だから言うが、テメエがこのクラングルに来た時点でかなり目をつけられてたからな。人柄から身辺関係まで大体は理解してるぜ」

「どうやって知ったかまでは聞かない方がいい?」

「暇を持て余したフランメリア人の結束力と冒険者ギルドの情報収集力をなめんな。ようこそこの『魔壊し』め、中に入れ」


 まさにその通りで、屈強な獣人は近くの部屋にのしのし入った。

 ついていくとそこは大柄な椅子と書類まみれの机が生み出す仕事の場だ。

 壁から天井まで雰囲気穏やかな色使いだが、肝心の牛の巨体は苛立ってる。


「――いやはや、またお会いできるとは。お久しぶりですなあ」


 そして部屋の隅っこで眼鏡のエルフが本棚を一冊一冊整頓していた。

 茶目っ気のある声といい、緑髪といい、俺の良く知ってるエルフだった。

 アキだ。世紀末世界からのスラックス姿そのままにのんびり落ち着き払ってる。


「アキ、お前か!」

「アキさまだ」

「イチ殿もニク殿も相変わらずお元気そうですな。フランメリアの生活には慣れた頃ですかな?」

「いや全然。慣れてないからこうしてこんな場所で会うんじゃないか?」

「はっはっは! 全然ですか、素直で好ましい返事ですな」

「え? なんなんガチエルフ? お前の知り合いなん?」

「あっちで旅を一緒にした程度の仲さ。アキ、こいつが俺の幼馴染のタカアキだ」

「おや、そちらがイチ殿の……? なんといいますか、ウェイストランドのような格好をしておりますなあ……私はエルフのアキですぞ、どうぞよろしくお願いいたします」

「本物のエルフのお友達かよ、顔広いなあお前。どうも幼馴染のタカアキです、それでこいつとはどういう仲なんだい?」

「少しばかり戦場を共にした戦友といったところですかな? いやはや……再びの賑わいを見せた冒険者ギルドがお忙しいであろう中、こうして押しかけてしまって申し訳ありませんなバサルト殿」


 少し戸惑うタカアキも含んで、向こうはこうして俺たちと会えて嬉しそうだ。

 テーブルには紙箱が甘い香りを漂わせてた。相変わらず甘味が好きだったか。


「申し訳ないと思うなら俺の執務室に甘味を持ち込むんじゃねえ。しかも受付のやつらに勝手に菓子配りやがって」

「いやあ、久々のクラングルは最高ですな。どこからかきた旅人たちが次々と見たことのないお菓子を生み出すこの混沌とした甘味事情……財布の紐が緩みに緩んで困ってしまいますぞ」

「テメエは仕事しにきたのか観光にしにきたのかどっちなんだ」

「いえいえ、観光なんてもってのほか。私は旅人の皆様の動向を探り、社会の情勢を確かめるためにこうしてまずはクラングルの台所事情から攻めているわけです――どうですこの『ナマドラヤキ』とかいうお菓子は、しっとりとろけて実に美味しいですぞ」


 眼鏡エルフはご機嫌だが、ギルドマスターとやらは胃がそろそろ悲鳴を上げてそうだ。

 とにかく。俺をご指名したミノタウロスはどっしり椅子に座って。


「テメエの身元はほぼ分かってるぞ、イチ。転移の原因でもあり、アバタールの力を継いだ生まれ変わりでもあり、『うぇいすとらんど』とやらに迷い込んだフランメリア人と共に戦い、イグレス王国とのつながりもあれば、行方不明だった冒険者ギルドお抱えのクラン『ミセリコルディア』のマスターを連れ帰り、この街におわす魔女様にお目付けされていて……一体なんなんだこの情報量は、ふざけやがって」


 まさに今口にした通りのことが書かれてそうな書類の束をばたんと落とした。

 どういう経緯でそこまで知ったのかは想像もつかないが、俺の人生が大体わかるぐらいの厚みがあるに違いない。


「ひょっとしてそのお悩みな表情は俺のせいなのか?」

「他に何があるんだこのお偉いさんが」

「そんなに偉くなった覚えはないぞ」

「隣にいるのがそのアバタールの幼馴染、そばでべったりしてやがるのが貴重な精霊薬で変異した向こうの世界の犬。しかもそこで菓子持ち込んで勝手に本棚整頓してる馬鹿との接点もあるわけか。どうだこの面倒ごとの塊め、えらいやつだお前は」

「どうも幼馴染です、趣味は単眼美少女」

「知ってるぞこの馬鹿野郎、一つ目族に問題起こしてる問題児め」

「ん、ニクだよ。お薬飲んでこうなったんだけど」

「アホみたいに貴重な精霊薬を使った結果がこれか、本当にどうなってる」

「いやはや、こうして他人に言われてみると大変な人生を歩んできたようでしみじみですなイチ殿」

「面倒くさくてごめんなさい」

「その面倒くささがまた厄介ごとを持ち込んでやがるんだ。テメエ、あの『魔壊し』があるんだよな?」


 向こうはいかに俺が(あるいは俺たちが)面倒なのか語りつつ、アキにくいっと手を示した。

 すると眼鏡エルフが「ええ」と何かを取り出す――ナイフだ。

 笑顔の下では青い刀身がきらめいてる。ミスリル製だろう。


「ちゃんと聖剣溶かして来たぞ、そいつも溶かした方がいいか?」

「クソ勇者どもの聖剣を台無しにしてやったのは褒めてやる。アキ、見せてみろ」

「そしてこちらが持ち帰られたミスリルで作ったナイフですな。それをこうして触れさせると……」


 やることは分かってる、タカアキが「なんだ」と見張るよりも早く触れた。

 ひんやりとした刀身がどろっと青く解ける――きもちわるーい!


「うわっ溶けてるキッモ! どうなってんだお前!?」

「こんな風に魔法つきは溶かしちゃうらしくてな。どろどろしてるぅ……」

「ちょっとそのままにしてろ! 面白いから撮影しとくわ!」

「ご主人がまたミスリル溶かしてる……」

「ほら、溶けちゃうでしょう? アバタールを受け継ぐものの証拠ですぞ」


 幼馴染に撮影してもらいながらこの有様をしっかり見せた。

 ぼとぼと落ちる青色がアキの手のひらで落ち着くと、次第に凍りつくように固まる――こぶし大のミスリル塊の出来上がりだ。

 そんなものがごろっと机に転がれば。


「もういい十分理解した。本題に入るぞ、俺は冒険者ギルドクラングル支部を取り仕切ってるバサルトだ。つい半年ほどまで配達の仕事ばっかりで【郵便ギルド】とか言われてたのが、テメエら旅人が現れたおかげで冒険者らしい業務が戻ってきちまって休む間もすっかりなくなった苦労人さ」


 そう名乗ったミノタウロスが人様の個人情報をしまって、また周囲を漁る。

 出てきたのはまたしても紙の束、それもごっそりだ。


「すっかりお忙しい毎日を過ごしてるようですなあ。ちなみに私の元同僚ですぞ」

「アキ、テメエまさか魔王云々の話しやがったな?」

「しちゃったんですなあ、これが」


 そこへアキが笑顔でぼそっと挟まってきた。

 ギルマスは「余計なこと話しやがって」という顔だ、なるほど魔王やらが絡む人柄だったか。


「ってことは元魔王の配下が冒険者ギルドのマスターか」

「あ? 文句あんのか?」

「いや、立派な仕事してるなって思っただけだ。皮肉じゃない素直な感想だ」

「皮肉じゃないならなおさらだ。その立派な仕事にどえらいもん持ち込んでくれたんだぞお前は」


 とん、とまとまった書類があからさまに人に見せようと向けられてきた。

 神妙な顔つきが語るにそこに面倒ごとがたんまり書かれているようだ。


「え? 魔王? どういうこと?」


 その前にタカアキは急な『魔王』という単語に説明が必要そうだな。


「簡単に言うと昔魔王がいっぱいいました、今じゃみんなフランメリアのいろいろなところで働いてます。そして目の前にいるのがその元部下って感じ」

「ガチで魔王いたのかよこの世界。まあ再就職先には恵まれてたみたいだな」

「そんな私は配下をやめてからというものの、国の役人として日々お勤めしておりますぞ。今日も仕事ついでに食べるお菓子が美味しいですなあ」

「ずいぶん簡単に言ってくれるがな、俺たちはこうした身分になるまで相当な苦労があったんだぞこの野郎め」


 魔王云々はさておき、冒険者ギルドのボスは苦労っぽいため息をつくと。


「さて、ストレートに言うがフランメリアはアバタールの復活やら『魔壊し』の再来の話題が広がりつつある。そのせいで世の中にどんな変化がもたらされたかテメエに分かるか?」


 とても嫌そうにたくさんの紙を突き出してきた。

 受け取ると「まあ座れ」と勧められたのでソファに腰かけた。


「魔法をぶち壊す力を欲しがる連中が来るぐらいは多少覚悟してた」

「そりゃそうだが、その力をクソ雑に扱えば世の中が滅茶苦茶になるだろうよ。フランメリアは剣と魔法の国と呼ばれるような場所だ、それも世界各国から流れてきたり亡命したりと様々な出自の魔女がわんさかいるんだぞ? テメエの持ってるそれはそういうやつらをさっくり殺せる力だってことを忘れんなよ」

「バランスをぶっ壊すのにはうってつけだな、今日から気を付けるよ」

「まあそれはいいんだ。もうこの国は滅茶苦茶だからな」

「いいのかよ」

「俺が物申したいことについてはそれを読めば分かるだろうよ」


 やっぱり『魔壊し』目当ての人間が俺の存在を聞きつけたみたいだな。

 すすめられるままに紙を一枚見れば。


【数十年ほど放置されてた魔法の落書きで困ってるので魔壊しの者を連れてきてください。報酬は――】


 手書きの切実な文面が【魔壊し】を要求していた。

 報酬額のついた内容的に冒険者ギルドにあてたものだ。


「ワオ、ほぼ俺をご指名してるような文面だ」

「その通りだ。いや、というかな? テメエがここに来る前から、けっこうな数の有力者たちから先約が来てるほどでな」

「どういうことだ」

「クラングルにたどり着いた頃からいろいろと目をつけられてたと思いやがれ。どうせテメエみたいなやつなら冒険者になるだろうと見越したやつもいてな、こうやっていろいろなご身分がさっさと連れてこいと投げかけてきてやがるんだ」

「なるほど、ここにたどり着く前から目付けられてたのか――ちょっと待った、まさかその面倒くさそうな書類って全部俺に向けたものだったりしない?」

「知りてえか? なら自分の目で確かめてみろよ」


 斜め読みしてみると【アバタール連れてこい】だらけだった、そりゃ面倒くさくなるわけだ。

 暴走したゴーレムなんとかして、魔壊し見せて、呪いの道具壊したいからタダでやって、と滅茶苦茶な内容が助けを求めてる。


「わーすっげえ、お仕事いっぱいあるー」

「全部ご主人宛てみたい。すごい量だね」

「仕事でいっぱいじゃねーか笑うわこんなん」

「あっはっは、もてもてですなあ。各地の魔女からもオファーがきておりますぞ」

「確かに仕事欲しいとか言ったけどここまでやれとは言ってねえよ。加減しろ馬鹿」


 内容のすさまじさにタカアキもアキも目を通して笑ってやがる。

 報酬払うからやって下さいならまだいい、ひどいと「タダでやって」と気軽に善意をアテにするものまである。


「……で、俺が今どんな気持ちか分かるか?」


 その上で相手は辛そうに頭を抱えている。気の毒だ。


「心中お察しします」

「そうか。じゃあ俺が「新入りなのに仕事に困らない特別扱いというイレギュラー」から「クソ依頼者が殺到してるこの現実」まで頭を抱えてる点も察してくれたか?」

「誠にごめんなさい」

「つまりテメエのせいでこの頃賑わってる冒険者ギルドがやばいってことだ。下手すりゃ経営がやばくなるどころか国を巻き込む大ごとだぞ」

「タカアキどうしよう、就職初日に大失敗してる」

「また無職かおめでとう」

「いいか、クソ面倒くさい上に馬鹿なテメエに分かりやすく言ってやるがな。この業界は一人だけ特別扱いしちゃいけないような場所だし、かといって多数の魔女のクソババァどもやら暇な貴族どもの機嫌を取らないとやばい、テメエのせいで問題が土砂崩れみてえに俺んところに流れてきてんだ」

「なので私がこうして助言しにきたのですが、いやはやお菓子が美味しいですな」

「テメエは菓子食ってる場合じゃねえだろある意味国の一大事なんだぞ。くそっ、ようやく郵便ギルド呼ばわりから抜け出せたと思った矢先にこれだ」


 次第に俺も同じ気持ちだ、どうしようこれ。

 確かに入ってすぐの奴が突然「お仕事いっぱいお金おいしい!」みたいに出しゃばればギルドの空気ぶち壊しである。

 しかも国の重要な存在からも目をつけられてる始末、つまりイレギュラーなのだ。

 おかげでギルマスは時限爆弾を送り込まれたような顔だ。


「……ん、ご主人」


 あれこれ目星を付けてるとニクが一枚の紙をすんすんしてた。

 アバタール向けのきれいな文字に犬の耳がピン立ちしてる。


「どうした」

「これ、女王様のにおいがする」


 女王様。

 そんな言葉を聞いてぞっとするのは分かるやつだけだろう。

 現に俺はそうだし、なんならギルマスやアキも「マジかよ」って顔だ。


【――という事情で以下の人材を探しております。茶髪、鋭い目、黒い服装、傷がいっぱいの屈強な男性を求む。期間は未定。ヴィクトリアちゃんより☆】


 読み上げて疑いの余地も消えて、思わずミノタウロス顔と目が合う。

 その瞬間俺たちの意思は一つになった。

 獣人のごつい手がくしゃくしゃにした。受け取って【分解】してさよならだ。


「これもう捜索願いじゃねーかどういう気持ちで書いたんだあの紅茶フェチ」

「海を越えた一国の女王すらテメエに目をつけてるんだ。もうおしまいだこの国」

「フランメリアは混沌国家と呼ばれておりましたがこの頃は著しいものですなぁ」


 俺は眼鏡エルフとミノタウロスと種族を超えて思い悩んだ。

 何やってんだよあの女王様、フランメリア滅ぼすつもりか。


「お前さ、あっちでもこんな感じでほぼ特定した求人来てたよな」

「そうだな、でも今度は最悪の勤め先だぞ」

「どゆこと?」

「ギルマス、言ってもいいか」

「もう好きにしろ、俺は知らん」

「お隣の国の女王様からのお誘いだ」

「ワーオ、出世できるね良かったね――は? 女王?」

「紅茶奴隷だけは絶対イヤだ……!」

「何があったんだよお前」


 ヴィクトリアという名前に対する恐ろしさはタカアキはまだ分からないだろう。

 だけど書類はバサルトさんがうんざりするほどまだまだあるぞ。


「あの紅茶の悪霊みてえなやつと何があったかまでは聞かんが、あんな奴に目をつけられるとは人生詰んだようなもんだぞ」

「すごく分かる」

「これなんて見てみろ、わざわざ紙数枚分の怪文書がお前を求めてる」

「うーわマジだ……えーと、全裸で透明化の魔法をかけた私をあなたが見たらどう見えるか気になります、手伝ってください――なんか嫌なことあったんかこの人」

「今朝なんて【依頼者も裸になってお互い一糸まとわずデッサン】とか言うわけわからん依頼まで届いてたぞ」

「俺のことなんだと思ってんだフランメリア人は」

「こんなのに目を通さないといけない俺と職員たちの気持ちを考えてくれ。テメエが来てからこんなのが毎日届いてんだぞ」


 ひどさはどこまでも続く。お次は怒りを書きなぐったような文書だ。


【お隣のクソむかつく魔女に嫌がらせしたいので魔壊し連れてきてください】

【お隣のアホの極みみたいな魔女が嫌がらせしようとしてる、魔壊しを呼べ】

【お隣のクソ魔女に家の扉を永久に石化されたので魔壊しを連れてきて】

【お隣の品性のかけらもない魔女が夜な夜な魔法で落書きしてくる、魔壊し呼べ】

【お隣の馬鹿にドロップキックぶちかましたので追撃を手伝ってくれる魔壊を】

【お隣の魔女の風下にもおけぬ輩に対して反撃を代行してくれる魔壊しの者を】


 誰かが間接的に喧嘩してやがる、ひょっとしてこの国は変人ばっかなのか?


「おい、なんで依頼書でバトルしてんだこいつら」

「クラングルに住んでる馬……魔女様だよ。しばらく穏やかだったのにお前が来たせいでまた喧嘩始めやがった」


 ストレンジャーのせいでこの国は賑やかになってるらしい。

 いやクソみたいな依頼が多すぎるだろ、だいたい今手にしてる依頼書なんて。


【アバタールの血を引く者よ聞くがよい! スライムの交尾は知っているか!? 奴らは濁りのない生き方をする一方で複雑な――】


 もう依頼の体すらないぞこれ、ただの怪文書じゃねーか。

 そりゃここのギルドマスターも重たい頭を抱えると思う。


「おいこれ半分ぐらい依頼書の体すらない怪文書じゃねーか。お兄さんの知らぬ間にフリー素材かなんかになったのかお前」

「否定できません……」


 タカアキも俺が便利な男に見えてるようだ。クソ怪文書を破り捨てた。


「イチ。これを見て仕事に困らないと喜ばないあたりテメエはまだまともだったんだな」

「そうだな、こんだけあれば仕事には困らないな――今の皮肉な」

「冒険者になりゃうちのギルドも安泰だな、俺の胃痛と引き換えに栄えるだろうよ」

「ギルマス聞いてくれ、俺はただまっとうに稼ぎに来ただけなんだ。それもこんなクソみたいな怪文書読み上げるために来たんじゃないんだぞ」

「まあ、そういうことでしてな。ギルドの健全な営みのためにもこういった依頼を規制するように働きかけますので、どうかイチ殿には普通に冒険者として歩んで頂こうかと」

「普通にしにきたんだよふざけんな揃いも揃ってクソみたいなお願いしてきやがって」


 アキがいる理由が良く分かった。面倒ごとを片付けにきてくれたのか。

 申し訳ない気分だ、お給料手に入れたらお菓子でも奢ってあげよう。


「……というわけでだ、テメエがいると冒険者ギルドがやばい。かといってこのクソみたいな頼みを無視すると経営面でもやばい、だから俺からの頼みはこうだ。これから冒険者として地道に実績を積んで、ギルドのバランスを崩さない体でどうにか馬……面倒な連中からの仕事をどうにかしてくれ、いやマジで頼む」


 そしてとうとうバサルトさんが頭を下げてきた。

 俺も反射的に下げてしまった。奇妙な人生は死ぬまで続きそうだ。


「ちゃんと責任持つんでやらせてください」

「ご安心ください、イチ殿は律儀ですからな。彼の身分については私からも保証いたしますよ」

「ならいいんだが……はぁ、一体どうしてこんなことになっちまったんだ」


 当面の目標ができた、冒険者としてうまくやっていくというものだ。

 そしてこの魔壊しを欲しがる人々に応えなきゃいけないし、そいつらに中指おっ立てるためにもここで認められる必要がある。

 舐めやがって畜生が、ストレンジャーなめんな。


「つまりこうだなギルマス? こいつがこのユニークな依頼を堂々と受けられるように、冒険者らしい身分をしっかり固めろ。ギルドの未来はお前にかかってるから頑張ってねってか」

「どうせ冒険者ギルドに行くんだろうって先見の明があるやつが目をつけてんだぞ、お前の幼馴染にそうしてもらわねえと困るんだ」


 この大惨事をまとめてくれた幼馴染の言葉で良く分かった、責任重大だ。

 俺からすれば宿代ぐらい自分で払いたい程度だったのにどうしてこうなった。


「入りたての新人がいきなり良い仕事に恵まれるなど全方面に向けてリスキーですからなあ。まずは信頼を得てコネを広げて、できる男だと認めてもらうのが大切でしょうな」

「なあアキ、俺なんでここに来たと思う?」

「お金を稼ぐためでしょうなあ」

「そう、宿屋は幼馴染払い、そして無職だ。それが嫌で来たのにこうなるとか前途多難でもう心折れそう」

「それを自分の意思で変えようとした気持ちこそが大切ですぞ。胸を張るべきです」


 過酷な旅路は終わったが、今度は過酷なフランメリア暮らしだ。


「よし、やるんだな? だったら今から俺はお前をアバタール扱いはしないぞ、新入りの冒険者だ」

「了解、ギルドマスター」

「ん、分かった」

「ここのルールは知ってるとは思うがトラブルは起こすな、仲良くやれとは言わんがテメエの周りにいるのは共に働く同業者だ、そういった行いも査定に響くから常に見られてると思え。いいな?」

「ちゃんと予習してきたぞ、サバイバルガイドにある程度書いてた」

「まったく、ご丁重にうちのことを書いてくれた奴がいたみたいで助かるな」


 こうして俺たちは今日から新米冒険者だ。

 話がまとまれば、実にいいタイミングで扉が開いて。


「失礼しまーす、お二人の身分証が出来上がりましたのでお持ちしましたー」


 そこから職員の装いをした金髪エルフの女性がやってきた。

 確かスティングで戦ってたツリ目の姉ちゃんだ、戦車の砲手をやってた気がする。

 「できたか」とバサルトさんが態度で促せばこっちに運ばれて。


「そいつが今日からテメエらの身分を示すものだ。等級を示す鉱石つきの首飾りの『シート』と冒険者手帳、その二つあってこその冒険者だ。盗難された場合の心配はするな、まあ不安ならその理由もしっかり話してやるが」


 少し安っぽい首飾りが二人分――『タグ』のように紐が硬く通った材質不明のプレートが渡った。

 四角い形状にうすら黄色い石がはめ込まれていて、表面に個人情報が記されてる。

 それと革製の手帳もセットだ。やっぱり歯車マークがある。


()()()と手帳か。これで晴れてお仕事につけるわけか」

「これを首から下げればいいの? タグみたいだね」

「言っとくがまだお前らは新米だ。危険な何かと派手に戦うなんて仕事は()()()がない限りまずないと思え」

「俺ってそのよほどが来やすいジンクス持ちなんだけどいいよな? その時は自分でどうにかするつもりだけど」

「大した自信だな。正直俺もウェイストランドとやらに行きたかったもんだ」

「あんたが世紀末世界に?」

「俺の知り合いが自慢してきてな。農業都市に帰ってお前のことを言い広めてやがる」

「旅行感覚で自慢するなよ……」


 さっそく新しい首飾りをちらつかせるとギルマスは納得したように頷いた。

 ついでに金髪エルフにも見せた。似合ってるのか良い目で微笑まれた。


「それではギルマス殿、新米冒険者イチ、これより仕事を探してきます」

「ん、今日からお仕事頑張るね」

「へっへっへ、これで三人揃って冒険者だな? んじゃ仕事と行きますか?」

「よろしい。では行け、分からないことがあったら同郷の者にでも聞け」

「めでたいですな。それではお気をつけて、気取られないようにお戻りください」


 タカアキも「やったな」と小突いてきた。

 これで三人仲良く冒険者だ、依頼書を眺めにさっそく部屋を出た。


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