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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
剣と魔法の世界のストレンジャー
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時計塔の魔女リーゼル

 立派なお屋敷の中で俺はメイドさんどもに囲われていた。

 二メートルをゆうに超える長身の小脇に抱えられながら、だが。

 おかげで内実共に一癖二癖尖らせたヒロインたちの顔ぶれが良く見える。


「あ? なめてんじゃねーぞ? あたしらに対して総チェンジとか何様だコラ、今すぐお前の価値観変えてやろうか物理的に?」


 角の生えたオーガみたいな美少女がドス強めの声と鋭い眼光で迫ってきた。


「本当に申し訳ない」

「噂通りに面白い人ですね、気に入りました。その度胸に免じてさっきの冗談は許してあげますね?」


 白い蜘蛛みたいな半身を持つブロンド髪メイドも笑顔の怖さで圧をかけてくる。


「正直悪かったと思う」

「ふふ、怖がらなくていいよお客様。そこの有象無象な野暮ったいメイドではなくこの美しい私だけを見たまえ、ところで君良かったらフレンド登録とかどうかな? 大丈夫、変なことはしないから……♡」


 どこぞの白狼様を彷彿させる真っ白つやつやな毛並みのワーウルフ系メイドも追加だ。くいっと顎を持ち上げられた。


「生きててごめんなさい」

「会っていきなりチェンジとか言われるとは思わんかったわ。なんなんお客様、ここどこだと思ってるわけ? え? なんかいってみ?」


 膝下が蹄なメイドさんもヤンキーさながらの接し方だ。黒毛から生える羊の角とダウナー系の顔が狙いを定めてきた。


「――まことにごめんなさい」

「本人は反省の色を見せているようですしこれでよしとしましょう。ロアベア、これがあなたの言っていたお方なのですね」

「そっすよクロナ先輩、その軽々抱えてらっしゃるのがうちの言ってたあの人っす」


 そして黒髪ショートな巨女に抱えられながら世にも恐ろしいメイドたちとの邂逅は終わった。

 でも放してくれない。見上げれば冷ややかな女性が帰さんとばかりに脇を締めてくる。


「そうですか。噂を耳にするに一体どれほど危険な人物かと身構えておりましたが、これほど頼りない殿方だったとは。逆に安心しました」


 更に締められた。攻撃力高めな顔はそのままどこかへ連れ去る気満々だ。


「ロアベア、このでっかいメイドのお姉ちゃん何者?」


 俺はぶらっと抱えられながらロアベアに尋ねた。

 するとあいつは癖の強いメイドの面々を背後にニヨっとしたまま。


「先輩メイドのクロナ様っすよ。『スレンダー』っていう背がたかーい種族のヒロインっす、怖がらなくても大丈夫っすよイチ様ぁ」


 ストレンジャー拉致犯となりかけてる巨女を紹介してくれた。

 なるほど、腰回りだけがスレンダーな豊かなメイドさんだ。

 ニク以上の無表情さは当たり前のように人を抱えて放そうともしないが。


「そうか。で、なんで俺連れ去られようとしてんの?」

「男の人と面と向かったことないんすよその人、だから照れ隠しみたいなもんすねえ。あひひひっ♡」

「黙りなさいロアベア。こちらの不審者はこのままリーゼル様のもとへ私が運びます、皆は下がりなさい」

「おい不審者言われたぞこのまま委ねて大丈夫なのかこいつ。ていうかなんなのこの怖いメイドたち、そういうプレイなん?」

「みんな暇だったんでイチ様に興味津々なだけっすよ、心配ご無用っす」

「メイドが暇ってなんだよ、大丈夫かこの屋敷」

「……ぼくのご主人、どこに連れくつもりなの?」

「おいでっかい姉ちゃん、そいつ俺の幼馴染なんだけどちゃんと後で返してくれよ?」

「ご心配なく、身の程をわきまえたらすぐお返ししますので。おらっついてこい」


 しまいにずずんと歩き出してしまった。心なしか足取りがご機嫌だ。

 どうしよう。色々考えた末にもう面倒くさいのでこのまま押し通ることにした。

 が、黒髪クソデカメイドに運ばれ始めると。


「……くひひひっ♡ ようやくきおったか、アバタールを名乗る者よ」


 メイドだまりの奥から子供の声がした。

 意地の悪そうなか細い声はさぞ邪悪に笑う顔とお似合いな調子だ。

 姿はまだ見えないがアバタールという呼び名を使う時点で大体の人柄は察せる。

 リーゼル。今まで何度か耳にしたリム様の姉妹とか言う魔女か。


「このフランメリアの騒動はどうもお主が関わってるようじゃな? 会いたかったぞ、どんな面をしておるのか一度拝みたかったものでなぁ? くひひ……♡」


 そんな声の持ち主は、声の質とは不釣り合いな口調で近づいてきている。

 次第にたむろしてたメイドの波が左右に割れた。

 濃い面々が何も言わず素早く道を開けるとそこには――銀髪の女の子だ。


 魔女とかいう癖にはちんまりとした姿だった。

 けれどもとんがり帽子をかぶって、スリットの入った黒いドレスを着飾ってすたすた歩く姿はリム様に近いものがある。


「儂はクラングルの支配者、時計塔の魔女リーゼルじゃ。首を長くして――」


 悪だくみが好きそうな碧眼とギザギザした歯が意地の悪い顔を作ってた。

 威厳を振りまくように勿体ぶった様子でそいつはこっちを見るのだが。


「いや、なんじゃその有様は。なにしとるんじゃお主ら」


 そんなご挨拶もこのアバタールモドキの体たらくはデータになかったらしい。

 肝心の黒髪メイドは放してくれそうにないのでこのまま行こう。

 

「あ、どうもアバタール兼イチです。ここじゃお客さんを運んでくれるサービスでもあるの?」

「ええ……なんじゃこやつ……これがあのアバタールの化身というのか……?」


 気さくさをアピールするべく手も上げるととてつもなく困ったようだ。


「リーゼル様ぁ、この人がそうっすよ~♡ イチ様っす~♡」

「リーゼル様、こちらの不審者がそのようですが。いかがなさいましょうか?」


 緑髪&黒髪メイドの物言いも挟まってその深刻さはますますひどくなった。

 ギザ歯の顔つきは脇に抱えられた客人とダメなメイドにお悩みらしいが。


「おいっす! 俺タカアキ! そいつの幼馴染、趣味は単眼美少女、好物も単眼美少女!」

「……ん、ニクだよ。あなたがリムさまのいってたリーゼルさま?」

「それからこちらのお二人がなんかついてきたイチ様のお仲間さんっす、なんかついてきちゃったけどいいっすよね」


 おまけの二人も紹介されて魔女様とやらは呆れの絶頂期みたいな表情だ。


「……ロアベアよ、儂はなんといったか覚えとるか?」

「アバタールの名を持つお方を連れてこいってやつっすねえ」

「うむ。して、余計なものまで連れてこいとまで言ったかこのダメイドが」

「いやあ、余計なお方は連れて来るなとか言われてなかったんで……」


 どうもロアベアのフリーダム具合に翻弄されてるご様子だった。

 魔女リーゼルとやらは諦観したような溜息を一つ挟んでから。


「お主があのアバタールを継ぐものか」


 小さな体で見上げてきた。

 状況はともかく、青い瞳は段々と懐かしいものを見るような形になっていた。

 この人がアバタール――つまり未来の俺と深いかかわりのある人物か。

 現にそいつの小さな手がそっと頬に触れてきたのだからその通りだと思う。


「リム様からあんたの話は聞いてたよ。こういう時は初めましてか?」


 脇に抱えられながらだが、俺はそんな小さな魔女と向き合った。

 だから分かってしまった。顔立ちにうっすらとリム様に近いものがある。


「……クロナよ、客室に案内してやれ。そやつと少し話がしたい」


 そんな懐かしむような手はすぐに止まる。

 顔も逸らされて、魔女リーゼルはすたすたと階段を上っていく。

 けれどもその途中少しだけ振り返ってきた。心配するような顔だ。


「イチ様ぁ、言っときますけどリーゼル様の心境は複雑だと思うっす。死んだ息子さん同然のお方がまたこうして姿を見せたんすからねえ」


 ロアベアの言う通りだ。とんがり帽子の下にはアバタールという人間を可愛がった時間が今もこうして残ってるのだから。

 そうなんだろうな。彼女からしてみれば死んだ我が子が蘇ったようなものだ。


「リーゼル様はあなたがここクラングルにたどり着いたと耳にした時からずっと、会うか会わないかと悩んでおられました。その結果があなたとこうして相まみえるという選択肢です、どうかあのお方の気持ちを埋めて差し上げてください」


 ずっと俺を抱えていた黒髪メイドも淡々と付け足してくれた。

 そうか、魔女いえども『二度目の我が子』なんて恐ろしい話だよな。

 けれどもこうして向き合ってくれたんだ。それに今までの出会いでもこう約束しただろ?

 寂しがってるから会ってやれって。こういうことだったんだな。


「そうしにきたんだ。約束してるもんでな――ところで降ろしてくんない?」


 いつか交わした約束を果たすべく、魔女の待つ部屋へと運んでもらった。



 魔女の屋敷と聞いて何を想像する?

 恐ろしい拷問器具? 怪しいお薬に大鍋? 謎生物の干物と魔法陣?

 そんなものはない。あるのは必要最低限に物を飾った程度の振る舞いだけだ。


「お主のことはそこの駄目なメイドや帰還者どもからいろいろと耳にしておるぞ? なんでもこの世の異変を引き起こしたとな?」


 落ち着いた調度品が揃う客室の中、テーブルの向かいで魔女がにやっとしてた。

 その言い方からして俺のことはだいぶ伝わってるらしい。

 このクソ面倒くさい背景からこうしてはせ参じてきた身の上も知ってそうだ。


「そうだな、まず自己紹介からでいいか? 俺はイチだ、もっと言えば――」

「二度目のアバタールか」


 まずは自分が何なのかというところにギザ歯の魔女様は言葉をかぶせてきた。

 それから部屋の隅へ目配りをした。じっと立っている黒髪メイドがそれだ。

 人の身体を運んでくれた長身がぺこりと一礼すると話の場から一人減って。


「先に言っておくぞ。あやつはこの世ならざる者だったということぐらい分かっとる」


 こっちを見てきた。懐かしむような目つきのままだ。

 魔女リーゼル。アバタールを息子のようにかわいがった誰かで、リム様の姉でもある人物だった。


「それはどういう意味だ? 別の世界から来たような奴ってニュアンスか?」

「あの馬鹿は若さに見合わぬ思慮があったからの。複雑な出自のもとこの世におるものだといどことなく察しとったわ」

「ってことは、アバタールが転生して二度目の人生を歩んでたところから、三度目のリスタートに失敗してこうなってるところまで話す必要はないな?」


 こうして話す限りどうにもこの魔女は大体の事情を察してるらしい。

 実際、俺のことをわかり切ったような顔で堂々としてるのだから。


「で、俺はそんな面倒くさいやつの幼馴染さ。名前はタカアキだ」


 そこへタカアキが隣でアピールすれば、あの碧眼が俺たちを確かめる。

 そばに立つロアベアからじっと座るニクまで達するとため息をそっとついて。


「タカアキとやら」

「はいなんでしょう」

「時々口にしていた幼馴染とやらはお主のことか」

「そりゃ俺ぐらいしかいないからな、なんか言ってたのか?」

「別に。ただ女々しく亡くなった友のことを悔やんでおっただけじゃ」


 幼馴染の姿にしんみりとしていた。

 未来の俺はどんな人生を歩んでたんだろう、リーゼルという魔女はどこか安心したようだ。


「して、そこの犬の精霊は何者か」


 今度はその関心がニクへ向いた。

 くっついていたわん娘は耳をピクっと立てて。


「ニクだよ。ご主人と一緒に旅をしてきた」


 ダウナーな声で自分を表した。

 それだけ聞いて「そうか」と軽くうなずくと、碧眼が俺を見つめてきた。


「あの芋馬鹿からもお主の話は聞いたぞ、聞けるものすべてをな」


 その口からリム様の話を出して、だが。

 きっといろいろ伝えてくれたに違いない。目の前のとんがり帽子姿はストレンジャーを分かり切ったように接してるのだから。


「リム様には世話になったよ。こうしてあんたと会えるのもあの人のおかげだ」

「あの芋に毒された奴がアバタールの奴とそっくりな者を見つけたと騒いだものじゃからな、まったくとうとう脳にまででんぷん質が回ったかと思えば、あの馬鹿者の化身みたいなのがこうしてフランメリアの世に舞い戻ったんじゃぞ?」

「お騒がせしてすみません」

「儂に謝ってどうする、馬鹿者」


 ああそうか。リム様がそうだったのと同じなんだな。

 まるで久々に会う家族と接するような顔をされていた。思えばあの人だってそうだったはずだ。


「……すまんがロアベア、こやつと二人きりにさせてくれんか?」


 次に出たのは弱弱しさすら感じる声だった。

 ロアベアを動かすには十分だったに違いない。あいつはメイドらしく一礼を挟んで部外者を連れていった。

 それから、俺はリーゼル様を見た。


「ケヒトって爺ちゃんから頼みごとがあってさ。あんたに会ってやってくれって言われてた」


 向き合った。段々と目の前の魔女の顔が悲しそうになってきた。

 あの人の言う通りだった。ふるふる震えて、意地の悪そうな碧眼がひどく潤んだ。


「寂しがってるだろうから会いに来た。ごめん、ちょっと遅れたか?」


 お前の代わりだぞ、アバタール。

 俺は両手を広げた。俺はこの人を何も知らないけれども、それでも大切な縁だ。

 リム様やフランメリアの勇敢なやつらと巡り合ったのもこの人のおかげだ。


「……馬鹿者が」


 二人きりになった途端、リーゼル様は静かに泣き出してしまった。

 抱き着いてきた。受け止めてやると胸の中でグスグスし始めた。


「今の俺、あんたのことなんて全く知らないし、この世界のことも全然だけどさ。リム様と仲良くして分かったよ、ちゃんと寂しがるような家族ができたんだな?」


 不思議だった。リム様を抱っこした時と変わらない感触がしたからだ。

 本当に姉妹なんだろうな。この手触りも、この泣き方も、あの人そっくりだ。


「どうして儂を置いて死ぬんだ馬鹿者、この馬鹿者、それがこうしてまた儂の前に馬鹿律儀に帰ってくるじゃと? なんて親不孝者じゃお前は……!」

「今度は親不孝者にならないように生きるよ。もう別人かもしれないけど」


 撫でてやった。肩に顔を埋めたまま、ぎゅっと抱きしめてきた。


「俺のこと、分かる?」

「……あの馬鹿息子になり損ねた生まれ変わりじゃろう」

「うん。もう本人じゃない。でも、アバタールが作ってくれたつながりで俺は生きてる。だからその礼をしにきたんだ」

「なり損ないが、あやつの代わりになるとでも言うのか?」

「別にあいつの名前を借りて偉そうにしにきたんじゃない。ただ俺なりにこの世界で生きていきたいだけなんだ。イチっていう人間としてな」


 少し抱きしめてると、ギザ歯の魔女はこっちに顔を向けてきた。

 涙でぐちゃぐちゃだ。鼻水だって出て台無しである。

 だから笑ってしまった。なんだ、リム様とそっくりじゃないかって。


「……何笑をっとる、大馬鹿者」

「良かった。リム様と一緒だ」

「あんな芋と一緒にするでない」

「前の俺、っていったら変だろうけど。姉妹揃って俺のこと大事にしてくれたんだな」


 アバタールは無残な最期だったらしい。

 魔壊しのせいだったか? そいつが極まって自分を跡形もなく消したそうだ。

 それがこうして怖い顔して戻ってくるのは残酷な話だろうけど、リーゼル様は涙いっぱいで抱き着いてくれている。

 いいやつだったんだな、未来の俺っていうのは。


「聞いてくれ。まあご覧の通り訳ありの身なんだけどさ、ここに来るまでフランメリアの人達にかなり世話になったんだ。だからまず、その礼を返しに来た」


 少し落ち着いただろうか? ギザ歯の魔女から両手を放そうとするが。


「……ん」


 ぐすぐすしながら頑なに話してくれないし、そのまま続けろと睨んでる。

 分かったそのままでいい。また抱き返してやった。


あいつ(アバタール)に代わって言わせてくれ。ありがとうリーゼル様、恩を返しに来た」


 それから言いたかったことの一つを伝えた。未来の俺が世話になったお礼だ。

 とんがり帽子も落としてしまった魔女は銀髪をぐりぐりしたまま頷いてる。


「……ふん、こんな馬鹿律儀なやつはあやつしかおらんわ」


 ようやく出てきた言葉がそれだ。

 しばらく抱き合った。こうして名残惜しくすり寄ってくるのを感じると、やっぱりリム様と血のつながりがあると嫌でも分かる。


「もう大丈夫か?」


 また少しして手放した。

 リム様そっくりな銀髪ロリな姿が離れた。涙の止んだ表情は名残惜しそうだ。


「……調子に乗るでない、モドキが」


 けれどもすぐ寂しそうな表情で強がってた。いいんだよ、それで。

 ところがまた頬に触れてきた。ひんやりとした白い手がずっと人の形を探ってる。


「ああ、調子に乗って悪かった」


 最後に、背をにゅっと伸ばしてきた。

 一際寂し気な顔を浮かべたかと思えば、頬にちゅっ、と小さく口づけをされた。

 それで十分だったようだ。リーゼル様はあの強気な顔をごしごし無理に作り。


「して、アバタールを継ぐ者よ。お主はこの地でどうするつもりじゃ?」


 続く質問は「フランメリアに何しにきた」って話だ。


「どうするって?」

「決まっとるじゃろう? お主ならその名を広めてこのフランメリアで好き放題にできるぞ」

「そうか、やりたい放題できる身分か」

「くひひ。あやつの名を使えば多くの民は従うじゃろうな?」

「じゃあ好き放題にやらせてもらおうか。まずあいつの墓参りにいきたい」


 しかし答えは決まってる。1から生きていくだけだ。


「……墓参りじゃと?」

「フロレンツィアって人と約束しててな。あるんだろ、アバタールの墓」


 そのためには――いつぞや交わした約束が必要だ。

 未来の俺のために作られた墓に会いに行く。それがスタートだ。


「お主は何をいっとるか分かっとるのか? よもや己の墓に参りたいとは酔狂なやつじゃ」

「んでお願いがある。俺のことはイチってよんでくれないか?」


 そしてお願いした。アバタールではない今の自分の名を呼べと。

 いろいろな人が呼んでくれたものだ。相棒からリム様まで、そういったいろいろな人たちとのつながりがある誇らしい名前だ。


「あいつの名前を借りてこの世界で調子乗るために来たんじゃない。まずはフランメリアの一員としてやってく第一歩ってやつだ、俺の人生はそれからなんだ」


 そういって自分を親指で示した。

 リーゼル様はしばらくじっと見てからため息をついて。


「まったく。律儀な奴め」


 諦めたらしい。ふっ、と小さく笑ってくれた。


「俺ってそういう生き物らしいでさ――イチだ、よろしくリーゼル様」


 俺はここぞとばかりに手を差し出した。握手ってやつだ。

 ところが相手はわざわざ背伸びして指でぴしっと額をはじいてきた。痛い。


「いてっ」

「クラングルの支配者に図が高いぞ、馬鹿者」


 リーゼル様は涙で腫れた顔のままだったが、構わず部屋の外へ向かっていく。

 見れば「こい」と手で招いてる。心なしか雰囲気は少し穏やかだ。


「……墓なら庭の中じゃ。ついてこい、イチ」


 魔女の小さな背中と穏やかな声についていくことにした。


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