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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
剣と魔法の世界のストレンジャー
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Begin Again


 あの日、おれは知らない部屋で目覚めた。

 見たこともない天井があって、覚えのない家具が置かれて、息苦しい場所だった。

 最初は夢かと思ったよ。不慣れなベッドの感触が妙に生々しくて、二度寝もできずにただ呆気に取られていた。

 

 けれどもすぐにそんなことを考える時間も奪われた。

 見知らぬ部屋を確かめる前に、やたらと大きくて頑丈そうな扉がどんどん叩かれたからだ。

 開け方も分からぬそれに難儀しつつも開けば、そこで黒い作業着を着た男たちがずらっと並んでいて。


『起きろ新入り、大してうまくもない朝飯の時間だぞ』


 おれの記憶に何一つ触れることのない、名も顔も知らないやつらが親し気に招いてきたのだ。

 恐れる暇もなかった。それに、まだ夢だと疑う余地もあった。

 戸惑う自分が部屋を見渡して気づいたのは、鏡に映る誰かさんが同じ服装をしていたということだ。

 けっきょくその時のおれは、まだ回らない頭のままふらふらとそいつらについていった。



 ところが、これが夢だという考えはすぐに消えた。

 そこは自分と同じ黒い格好をした人々が行き交うところだ。

 配管の巡る天井が続き、コンクリートの冷たい壁に囲われ、ところどころ妙なポスターが『アメリカ再建のため、君の力が必要だ!』と訴えてた。

 よくできた夢だな。そう諦めたように笑ったはずだ。


 しかし黒い作業着姿たちの会話に巻かれながら、おれはどこかに連れてかれた。

 「人食いカルトが」「擲弾兵が」「エグゾシェルが」口々にする言葉の意味も分からず相槌を打ったものだ。

 その先にあったのは大きな食堂だった。

 長いテーブルと椅子の列が面白げもなく並んだ場所で、そこで黒い格好が軍隊さながらに食事を受け取っていた。


 おれだってそうなった。手に取ったトレイに料理を受け取るはめになった。

 記憶に残らないほどまずかったのはよく覚えてる。いや、味わう余裕すらなかったという方が正しいか。

 周りの話に溶け込めずにいると、隣の男がこう尋ねてきた。


 『そういえばお前の名前は?』と。


 よくわからぬまま律儀に答えると、変わった名前だなと感心された。

 けっきょくその時の食事は誰かに丸投げした。妙な人生が始まったのはそれからだった。

 だが何か思い出せない。しばらくおれは現状を受け入れた。



 すぐに自分は何かの訓練に参加させられた。


 おかしいと思うだろうが、しばらくぼんやりしていたおれはまだ夢だと疑ってたのかもしれない。

 ひんやりとした広大な屋内でいろいろやらされた。ストレッチをする。走り込む。腕支えをする。

 ここ最近まともな運動をしていなかった身には地獄だったのは確かだ。

 しかし人間というのは不思議だ。まだ意識がぼんやりしてるせいで、ひどく苦しみながらもこなせた。


 それから訓練が終わると、涼しい顔をした黒い作業服たちと話ができた。

 その時、かなり妙なことを口走ってしまった。ここはどこだとか、今年は何年だとか、おれたちは何をしてるんだとかいろいろだ。


 向こうは「息が上がった苦しさで支離滅裂になったんだろう」と面白がって教えてくれた。

 そこは2220年のアメリカで、ここは中にいる純粋な人類ごと150年も保たれてきた巨大なシェルター、そして我々は兵士として訓練してる、と。

 思えば最悪のタイミングで耳にできた情報だと思う。

 唐突なそれは、酸素不足でもうろうとする意識を刈りとるには十分だった。



 訓練でぶっ倒れた新米。そう笑われながらもシェルターでの生活が始まった。

 ここが日本じゃないということは確かだった。いわゆる、異世界とか言うやつだろうか。

 けれども皮肉が一つあった。

 その『ハーバー・シェルター』というよくわからない場所は軍隊さながらの生活を強いられていたが、それが心地よかったのだ。


 まともな社会経験のなさが功を成したというか、ただ従うだけの単調な生き方が身に合った。

 周りとコミュニケーションがうまくとれなくても衣食住が保証されるのだから、ある意味天職だった――何をしてるのか謎だが。

 つまり、むしろ生き生きとしている自分がいた。

 一週間ほどで慣れてしまった。そこからおれはこの世界のことを調べ出した。



 しばらくしないうち、自分が暮らす場所のことが分かってきた。

 そこは150年前に起きた大戦争を耐え抜いた巨大なシェルターだったのだ。

 そしてここはアメリカの南西部ということ。世界は終末戦争の影響で破壊され尽くして、もれなく故郷たる日本も消滅したらしい。


 訳が分からなかった。

 どうして自分はアメリカにいるのか、そもそもここは知っている世界なのか?

 訓練仲間から話を聞きだせば、自分たちはそんな荒廃した世界からやってくる外敵のために戦う術を学んでるという。

 擲弾兵とか言う役割がおれたちにあったそうだ。この黒い格好も、かつての恩人を模した姿だとか。


 もっと現状を知る必要があった。資料室に入るために、誰よりも勤勉なふりをした。

 その時にちょっと知り合ったフィーニスという男の力を借りて、おれはこの世が何なのか調べる機会をようやく得られた。


 ◇


 一か月以上が経った頃だった。

 そこでようやく理解できたのは、おれたちがいる場所が『世紀末世界』と呼ばれてることだった。

 自分の知りえる本来の歴史とは全く違うもの、いわゆるパラレルワールドだ。

 外では戦後から150年もの年月をかけて変貌した世界があって、そこは死と暴力で支配されてるという。


 おれたち『擲弾兵』のことも分かった。この世界で、かつて英雄的な活躍をした連中がいたらしい。

 そいつらは先の戦いでほぼ壊滅してしまったそうだが、そんな英雄の名残にすがるようにこのシェルターは成り立ってる。

 まあ、少しの訓練を共にした同僚は「それにしちゃ訓練がぬるいけどな」と笑ってたが。


 そのころには大分、シェルターでの暮らしに溶け込めていた。

 滅亡した日本人の末裔だ、と仲間に珍しがられたおかげでもあった。


 だがその時から妙な噂が流れてた。

 外で人食いカルト集団が怪しい動きをしてるとか。外部に送り込んだ偵察が殺されて、送られて来た大使がそいつの生首を土産にやってきたとか。

 気づくと訓練の種類が増えていた。銃を握らされた。



 射撃訓練にどうにか手が慣れた頃には、無駄に広いシェルターの構造も分かってきた。

 戦前の人間の持つ純粋な血を保つためにはや150年、ダムと山の間に設けられた『ハーバー・シェルター』は人類最後の希望と言われていた。

 こうしてあなぐらの中で健やかにいられるのも、莫大なエネルギーを生むリアクターが豊かな暮らしをもたらしてるからだそうだ。


 シェルターの暮らしも慣れてしまえば悪くなかった。食事の味はともかく、健康的にはなれるのだから。

 ……まあ、あんまりよろしくない噂も聞いたが。

 いざという時にはリアクターを暴走させて自爆する機能があるとか。

  

 そんなある日だった、ある出来事がこの人生を一層奇妙にした。

 教わった通りに律儀にベッドのシーツを整えて一休みしている時、おれはふと天井を指でなぞった。

 すると――目の前に何かが浮かんだのだ。

 ウィンドウだった。馬鹿みたいな話だと思うが、空中に画面が浮いていた。

 

 ひどく混乱したのは覚えてる。何せそこに、ゲームみたいなステータス画面があったのだから。

 本当にその通りだった。

 名前を見れば自分のフルネームが年齢と一緒に表示されていたし、スキルなんて項目もあった。

 剣術に棍棒術に防御技術だの、光魔法だとか回復魔法、料理とか木工なんて名前がそこで数値化されていた。

 

 気づけば現状を受け入れてしまった自分には気持ちの悪いものだった。

 ここはまるでゲームの世界みたいだ……待てよ、ゲーム?

 おれはあることをようやく思い出せた。



 世界を見る目が変わったまま、ウェイストランドで暮らしていた。

 目を覚めしてこんな身になってから二か月ほどが経った頃だった。


 そのころ無気力にぼんやり過ごしてたのは確かだ。色々な訓練があった。

 訓練生が仕上がったということで、適性試験だとかを受けてた。電子工作と機械工学に適性があるとか褒められたな。

 エグゾシェル。外では『エグゾアーマー』だとか呼ばれている外骨格の使い方を教わったりした。

 それからこの世界の通貨であるカジノチップと、PDAというのも支給された。

「おめでとう、これで晴れて正式な居住者だ」とコメントを添えられて――どうでもよかった、机の上にぶん投げた。



 その翌日だ、めでたい空気に包まれるハーバー・シェルターに不穏な噂が流れていた。

 外で人食いカルトが怪しい動きをしてるとか、スパイが紛れ込んでるとかよろしくないお話だ。

 前にも何度かあったような頼りない話だったが、気にしないことにした。


 ところがだ。

 その日も訓練を終えて飯を食って部屋に戻ると、奇妙なものが待っていた。

 男だった。茶髪で、鋭い目で、二十歳程の青年というべきか。

 もっと言ってしまえばおれが何度もその姿を見たはずだった。そう、鏡に立ち会うたびに見ていた奴だった。


 おれがいたのだ。

 念のため何度もお互いを確かめたが、間違いなくそっくりの男が眠ってた。

 顔も同じなら格好もそうだ。自分と寸分たがわずなものがそこで寝てるんだぞ?

 正直、気持ち悪かった。変な話だが自分が得体の知れない化け物に感じた。


 だが不幸はまだ続いた。緊急放送が入ったのだ。


【ハーバー・シェルター居住者に告ぐ! シェルター内にアルテリー・クランが侵入中! 全居住者は警備兵に従ってすみやかに退避せよ!】


 そう怒鳴りちらされて、誰もが避難訓練じゃないとすぐに分かったはずだ。

 すぐに外でシェルターの警備兵たちが慌ただしく避難誘導を始めてた。

 本当にいきなりだ。けっきょくおれは、目の前のそれをどうにもできずに逃げる支度を済ませた。

 部屋を引っ掻き回し、何をもっていけばいいかも定まらず、価値のありそうなものを一つでも多く持ち出そうとした。


 そして逃げた。廊下に出た先で少し見知った警備員が声をかけてきたが、適当に振り切った。

 確か「トイレに行ってくる」と誤魔化しておいてったものだ。

 必死に訓練生を逃がそうとするその人を置いて、おれは気味の悪い自分から全力で逃げた。



 人生最悪の脱出劇だったのは確かだ。

 人食いカルト、なんて噂にしちゃいたが、絵にかいたような粗暴なやつらが押し入っていた。

 おれが逃げ出す頃にはゆく先々でたくさんの人が死んでいた。訓練を共にした同期すらことごとくだ。


 その途中、杖を持った半裸のやつらと鉢合わせた。

 いきなりだった。その一人が「アイシクル・バレット!」と叫んで――何かを飛ばしてきた。

 青く輝く何かだった。咄嗟に逃げ道を変えたが、耳元が何かでごっそり削られた。

 傷がひどく冷たかったのはよく覚えてるし、それが何なのかもやがて検討はついた。あれはまるで魔法だと。


 たくさんの住人が殺される中、おれは逃げ道を求めた。

 適性試験で機械の整備やらを割り当てられていた身がその時生きた。外部へ通じる貨物用のエレベーターだ。

 その時、敏いやつは混乱の中でもかぎつけたに違いない。

 死体をかきわけながら、唯一の出口めがけて誰もが走ってた。


 そんな逃走劇に紛れる時、おれはふと不安に思った。

 もしもあの男が目覚めたら? と。

 すぐに答えは埋まった。銃声と悲鳴に震えながらも、そこらにある死体からガスマスクを拝借した。

 訓練の時も食事の際も何かと話してくれた知り合いのものだった。



 エレベーターを使って逃げ出そうとするやつはいっぱいいた。

 あの男もそうだった。自分と何も変わらない誰かが、警備兵と共に駆けつけてきたのだ。

 その時迷っていた。正体を明かして一緒に逃げればいいんじゃないかと。

 だがもう遅い。それに、自分が二人いるなんて気持ちが悪いだけだ。


 しかし悲劇はいつまでも続いた。

 シェルターが自爆する噂が本当だということと、上がった先に馬鹿なカルトどもが待ち構えてたという状況が重なったのだ。

 あの時見知った人がまた死んだし、仲間もその場で次々死んだ。

 それでも生きようと必死だった。頭の中ではどう脱出するかが、訓練のおかげでまだ働いていたのだから。


 外部へ渡るためのトンネルがあって、そこに車両があるはずだった。

 運転なんてしたことはないがやるしかない。そう思って走り出すうち、残った命はたった二つだ。


 またしても皮肉なことに、生きているのは加賀祝夜だけだった。

 自分が二人いて、しかも仲良く人食いどもに追われる奇妙な現実があった。

 偽物なんて死んじまえばいい。そんな気持ちはあったけれども、もう一人の自分が殺される様子をなぜだか見捨てられなかった。


 今思えば、自分だからこそだったんだろう。

 おれはそいつを一度は助けた。だが、二度目はもう手遅れだった。

 四輪バギーを見つけて、まだそこに鍵がついたままだと分かった瞬間だ――アイツが撃たれた。


 心臓に一発、誰でも死ぬ場所だ。願わずとも、偽物が死んだ瞬間になったのだ。

 死体にあの狂った連中が群がるのを後に、おれは長いトンネルをフルスロットルで走った。

 カウントが切れるのと同時に、外の光が眩く差し込んできたのは今でもよく覚えてる。



 その後だ。トンネルから噴き出す爆発に巻き込まれたと分かった。

 目を覚ますと明るい荒野が広がっていて、押し出された四輪バギーが横たわっているのもすぐ気づく。

 安心した。おれは無事に逃げられたのだと。


 だが、抜けた先に待っていたのは死体の山だった。

 黒いジャンプスーツを着た連中だ。そこにあの人食いカルトの死体や、壊された車両が残ってた。


 茶色く、不毛な荒野のど真ん中に炎と煙が立ち上がってた。

 煙をたどると砲塔を吹き飛ばされた戦車らしきものがこんがり焼かれてる。

 そして豪快な鉄の焚火の近くにおれがいた。

 ぼろぼろの銃を拾って、壊されたそれをしばらくぼうっと眺めてた気がする。


「クスクス♡ よく生きてたねえ?」


 次にそんな声がした。

 痛む身体で振り向くと、そこには赤いドレスを着た誰かがニヤニヤと宙に浮いていた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点]  誰が見たって死ぬものだ。願わずとも、偽物が死んだ瞬間になったのだ。 表現が気になったので一応
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