最後に、誰かの後ろ姿
ファンタジー編の準備してます、そのついでで怪文書です
あと誤字報告やら本当にありがとうございます、細かな修正もぶっこみよりいい作品を残しますのでゆるくお付き合いください あと買ったロールケーキでかすぎた
デイビッド・ダム。
そこはかつて、遠い世界からやってきたミュータントどもが帰路を求めて集まったという。
曰く。その枯れた湖には『フランメリア』という御伽の国に通じる門があったそうだ。
化け物たちはウェイストランドの人々を門の中へ連れ去り、姿を消していった――そんな噂話があった。
だが、今はどうだろう。
目ぼしいものは空薬莢から車の残骸に至るまできれいにスカベンジャーたちに持っていかれ、しゃぶりつくされた骨のようになっていた。
ダムにはアスファルトに刻まれた黒い血の跡ぐらいしか残っていない。
そんな場所に留まっていた余所者も、その名だけを残して消えてしまった。
「ハハ。あいつらが行っちまってから、この世界はずいぶん静かになっちまったな?」
代わりにいたのは妙な顔ぶれだった。
厚めのパーカーを着込んだ骨だけの姿がそこにいた。
そばに停めたバイクに腰をかけて、駐車場から濃いオレンジの落ちたアリゾナの荒野を眺めていて。
「クスクス……♡ もしかしてキミ、寂しいのかい?」
同じく夕日を眺める赤いドレス姿もあった。
手すりに寄り掛かり、赤毛の尻尾をくねらせながら悪趣味に笑っている。
「残念だがニャル、オイラはそんな気持ちが持てない身だぜ」
「あれえ? どうしてかなあ? ヌイスの奴も行っちゃって、同郷がいなくなって寂しいんじゃないの~?」
「白々しいやつだな、分かってやがるくせに。お前さんはどっち側なんだ?」
「え~? なんのこと~? クスクス♡」
そんな趣味の悪さに、骨だらけの誰かはこれ以上構うことはなかった。
ただ黙って煙草に火を点けた。煙を骨身に染みさせて、夕焼けの色に濃い白さを吐き出すと。
「……なあお前さん、これでいいのかい?」
咥えた一本を咥えたまま、右の誰かにそう尋ねた。
左の髪も服も赤いニヤニヤとした顔とは正反対の誰かだった。
そこで青いジャンプスーツを着た男が、じっと遠い世の果てを見つめている。
「いいんだよ。もう」
返答はそれだけだった。
顔つきは誰にも分からないだろう。使い古したガスマスクが、今もなおずっとその表情を守っている。
「オイラは思うんだ。別にお前さんの正体を明かしたって、アイツは必ず受け止めてくれるような人柄じゃないかってな?」
それでもなお質問は続いた。無言だった。
「クスクス……♡ 厄介なスワンプマンも産まれたものだねえ?」
趣味の悪さが際立つ笑顔が挟まった。骨だけの表情が不愉快そうにしていた。
男は何も答えなかった。ただ、あきらめたように遠くを見るだけで。
「……あの時、見捨てたんだ」
きっとそれは答えを導き出すに必要な時間だったのかもしれない。
タバコの味がやがて切れるという頃合い、マスク越しの声が苦しく押し出され。
「あの時おれは、あろうことかあいつを見捨てたんだ。あそこで死んでしまえば、偽物が消えてもう安心できるって」
誰かにそうやって言い聞かせていた。
だが求められたのはその続きだ。骨だけの顔も、にやつく表情も聞き入っており。
「その結果がこれだ、エルドリーチ、ニャル。おれが見殺しにしたはずの奴が正しい道を進んでた。あいつがこの物語の主人公だったんだ」
そこまで答えを出す頃には、素性の分からぬ彼は震えていた。
マスクを通した過呼吸がはあはあと伝わってくると、骨ばかりの手が優しくその背中を摩ったようだ。
「こういうとき、オイラは「お前さんは悪くない」っていうべきなんだろうな? だがなアバタ――」
そこに挟まった言葉も、人間の男はそっと振り払った。
ひどくふさぎ込んでいた。これには骨の姿もお手上げだ、
「聞いてくれ、二人とも」
「ああ、ちゃんと聞いてるぜ。どうしたんだ」
「聞いてるよ? 何でも言ってごらん?」
「後悔してるんだ。あんなことをした分の何かがおれに回ってきたんだって」
男はそこでひどく後悔し続けていた。
「エルドリーチ。お前の言う通りだよ、あいつはいい人柄だ。きっとあの時、無茶してでも助けてやれば……また違う未来があったかもしれないって、あれからずっと思ってるよ」
「お前さん、そりゃこうして生きてるからこそ導き出せる答えだと思うぜ」
「だからこそだよ。思えばあの時、あいつみたいに堂々としてればあの最悪のスタートだって変えられたんじゃないか? もっといえば、あいつと一緒に生き残るって選択もできたんじゃないか? なのになんていったと思う?」
「そんだけ言うってことは、相当なお言葉を残したように見えるな? なんていったんだ?」
「くたばっちまえ、だよ。おれが本物だって吐き捨てた上でだ」
その気持ちは上がるところまで上がったのかもしれない。
マスクで隠れた顔はひどく震えつつ、空っぽのダムめがけて俯いた。
けれども誰も声はかけなかった。赤い猫のような女性はニヤニヤとするだけで、骨だけの姿もまだ言葉が続くと探ったんだろう。
「……あの時、逃げ出さないで向き合えばよかったと思う。確かにあんな状況だったけど、おれは自分のことしか見てなかったんだ」
「オイラからすりゃお前の身の上的に仕方がない話だとは思うけどな」
「それだけじゃないよ。ああして見捨てたせいで、あいつはひどく苦しんだんだよな? お前たちも見ただろ、あの傷だらけの姿を?」
「おいおい、まさかひどい目に合わせてしまったっていう後悔かい?」
「だって、あいつはおれなんだぞ? 自分があんな風になってるのを見て、気分がいいわけないだろ……」
ジャンプスーツ姿の男は言えるだけ言うと、また黙ってしまった。
その表情は神のみぞ知るものだ。マスクの向こうから聞こえる震えた声だけが、気持ちを伝える手段として残されてる。
「……アイツなら、事実を知ってもなんやかんやで手を差し伸べてくれると思うぜ。そう考えると、死の淵において勢い余って突き飛ばしたって選択肢は間違いかもしれんが」
そんな彼に、エルドリーチと呼ばれた骨だけの何かは寄り添った。
赤髪のニヤニヤとした顔がさぞ楽しそうに見るのを遮るように、そっと抱き寄せたようだ。
「そうやって誰かを思えるなら、お前さんだって本物さ。そうだろ? 加賀祝夜」
そして言った。とある人物の名前を。
それはきっと、この世に二つもあってはならないものかもしれない。
「……いいんだ。あいつの姿を見て、もうあきらめがついたから」
「念のためもう一度聞くぜ? 本当にそれでいいのか?」
「ああ。あいつがいろいろな縁に恵まれてたのも、本物だって証拠なんだろうしな」
「オイラからすりゃお前さんもそうなんだがな」
「あいつはもっといい本物だ。これで分かったよ、本当に必要とされてるのはあっちだったんだ」
「ならオイラがずっとそばにいてやるさ。というかそういう約束でな」
「ありがとう、エルドリーチ。一緒にいてほしい」
「ハハ、これでお前さんを独り占めだな。ヌイスのやつめ、悔しがるだろうさ」
彼はようやくガスマスクを脱いだ――さらっと、少し伸びた茶髪が踊った。
そんな二人の姿をどこかで「クスクス」と意地の悪いものが嘲笑っていた。
邪神を模した彼女からすれば一人の悲劇など、三流の笑劇に過ぎないのだ。
クスクスクス♡ ほら、言ったでしょ? ボクは嘘はついてないからねえ?
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