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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
Journey's End(たびのおわり)
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たびのおわり

「……え、えへへへへへっ……♡ 気持ちよすぎて、立てないや……♡」


 ふと気づく。横を見れば可愛い薄桃色の髪がベッドの上ではらりと流れていた。

 涙目で、それでいてもちっと恵まれた頬がとても緩んでる。

 耳先まで真っ赤な女の子がうっとりした顔でこっちを見ており、乱れた服に余韻を残しながらくたっと横になっていて。


「……みんな俺のこと、なんだと思ってるん……?」


 ファクトリー製の服を強姦未遂のごとく崩されたストレンジャーもセットだ。

 腰が動かない。神経引っこ抜かれたんか、と思うほどに疲れてしまった。

 そしてなぜだかひどい喪失感に襲われた――()()だよ畜生。


「……♡ つ、疲れちゃった……♡」


 もれなくわんこなパーカーをめくり上げられたまま、ぺろっと白いお腹を見せて恥ずかしそうにするニクもついてくる。

 気を失いそうなほど上ずったジト顔のまま、もうずっと腕を放してくれない。

 何があったとはけっして口にすることはないだろうが全滅だ。

 俺たちはミコのことを何も知らなかった、性欲とかフィジカルとか。


「ふぅ……っ♡ これで一緒に、ファーストキスできちゃったね……?」


 しばらくして最初に立ち上がったのはミコだった。立てないとかいったくせに。

 むっちり肉を蓄えた太ももを見せつけるように服を整えてた。

 なんなら、まだやれるぞとばかりの目でこっちを見下ろしてる。もう勘弁してくれ。


「それどころじゃ済んでない気がする」

「……ふふっ♡ いちクン、あんなにかわいい顔でとろけてたのに?」

「忘れてください……」


 もう一週間ぐらい経過したと思ったが、PDAを見てもたったの二時間ほどだ。

 俺の相棒は時間を圧縮する超技術でも持ってたんだろうか? どうであれ事実は一つ、ストレンジャーは獣のごとく捕食された。

 それとごめんミセリコルディアのみんな。なんかこう、いろいろと。


「くすっ……♡ いちクンって、キス上手なんだね? 本当に初めてなのかなぁ?」

「やめてくれ」

「でもほんとに首が弱いんだ、顔真っ赤にしてくすぐったさそうにしたよね?♡」

「やめてください」

「ロアベアさんも、りむサマも、女王サマも……わたしを差し置いてこんなことしてたんだ? 妬けちゃうなあ……♡」

「俺が何をしたんだノルテレイヤ……!?」


 わん娘とぐったりしてると、ミコはすっかり元気な様子で(あるいは人様から元気を奪ったように)身なりを直してた。

 ベッドに引っかかってた白い紐の――いや、()()()もそっとはき直すと。


「……えいっ♡」


 ずっしり。

 白い服に浮かんだ大きな胸を生かして、こっちにダイブしてきた。

 犯し尽くされたような格好のまま潰された。オーバーキルという言葉がぴったりだ。


「おっふ……!? ス、ストップ……! 彷徨う、生死の境彷徨う……!」


 サンディほどじゃないがぐにゅっとした重みでぺしゃんこにされながら、またプレスされてしまうも。


「……いちクン?」


 両手をついて顔を覗かれてしまった。

 見なきゃよかった。緑の瞳が獲物にありつけたようなそれで見つめてる。

 そこから、まだまだ物欲しそうな唇をふんわり笑ませて。


「あなたのことが大好き。これからも、よろしくね?」


 ちゅむっ……♡

 また唇を奪われてしまった。食むように重ねられて、うっとりした顔が離れていった。

 状況はさておき、そんなことを面と向かって言われて――正直恥ずかしい。


「……俺もだよ。よろしくなミコ」


 だからそう答えた。胸で潰されながらだが。

 嬉しかったに違いない。ミコはおっとり笑顔を浮かべて、ふにゃっと力を抜いて抱き着いてきて。 


「きっとりむサマたちに、()()()()()されちゃうんだろうけど……。その分いーっぱいシちゃうからね……?♡ ふふっ♡」


 色気のある声で囁いてきた。台無しだ。

 短剣の精霊じゃなくて色欲の精霊だこれ。

 あいつはまだ物足りなさそうにもじもじしながら体を起こすと。


「……そろそろ戻るね? 一階でみんなが待ってるから、運んでくれるかな?」


 ずっと尻にひかれてた鞘を拾い上げた。お帰りのようだ。


「分かった。気を付けて帰れよ」

「うん、大丈夫。みんながいるから」

「そうだったな。いい奴らがいてくれてよかったよ」


 相棒のために気合で起き上がった。

 するとミコはふっ、と呼吸を整えて目を瞑り――青白い輝きの後、いつもの短剣の姿に戻っていく。

 鞘の上に重なったそれを手にすると、世紀末世界から変わらぬあの感触がした。


『いちクン……? だ、大丈夫? 足ががくがくしてるけど』

「ちょっと疲れただけだ。うん……」

『ご、ごめんなさい……!? わ、わたし重かったよね……?』

「こうならないように鍛えとくよ」

「……ん、ぼくもいく」

『ニクちゃんもほんとにごめんね……!? 二人とも、無理しないでね……?』


 相棒を鞘に納めて、ふらつくわん娘と一緒に起き上がった。

 初日早々に汚してしまったシーツはどうしよう。親父さんに誠意をもってごめんなさいすれば許してくれるか。

 ドアを開けて暖かな木材が浮かぶ通路を渡り、階段を下りれば――


「おっと、戻って来たみたいだな」


 知らない客やらで少し賑わう宿の様子が見えた。

 おいしそうな香ばしい香りが立つ中、カウンターでタカアキが何かをつまんでるところだ。


「……ん、貴様か」


 その隣でまるで待ってましたとばかりに見てくるエルフィーネがいた。

 初めて見た時よりもずっと緊張の解れた顔をしてる。声だってそうだ。


「むっ、おかえ……こんばんは。元気してたー?」


 更にその横で揚げ物を食らう赤い竜の姉ちゃんも手を振っていて。


「あの、なんだかあの人やつれて……あっ」


 嗅覚的に何か察したらしい青髪のワーウルフが気まずそうな顔になってる。

 親父さんと娘さんは客を捌くことに夢中らしい。この宿の「いつもの」がそこにあったが。


「……忘れ物を届けにきたよ」


 どうにか平静を装いながらもリザードマンなヒロインに鞘を突き出した。

 だいぶ穏やかさを取り戻した表情は「そうか」と受け取ったが、すぐに人様の顔に気づいたらしく。


「……おい貴様、どうした? 顔色が悪い上になんだか膝が笑っているようだが」


 心配してくれた。セアリという子が後もう少しで止めに入ろうとしてるところだ。

 駄目だ、このまま真実を伝えたら何が起きるか分からない。

 それに「そっちのヒロインに襲われました」なんて言おうものならこの宿が混沌と化してしまうだろう。


「――生きててごめんなさい」


 少し考えた末に導きだした答えは誠意を込めた謝罪だった。


「いや、なんだいきなり。何か嫌なことでもあったのか」

「生きててごめんなさい」

「だっ大丈夫なのか貴様!?」

「あのエルさん、その人長旅で疲れてるだけですから大丈夫ですよ!」

「そ、そうなのか? それはそれで大丈夫ではない気がするんだが……」


 滅茶苦茶心配されてるものの悟られないようにそっと鞘を返した。

 その合間だが、カウンターでタカアキが見守ってることに気づいた。まるで「良かったな」と言いたそうな顔だ。


「……私たちにまたいつもの日常が戻ってきたのは貴様のおかげだ。困ったことが会ったらミセリコルディアを尋ねてくれ、必ず力になろう」

「そっちもお困りならストレンジャーを呼んでくれ」

「ストレンジャー?」

「俺の二つ名だ。ちなみにミコはイージス、こっちのわん娘はヴェアヴォルフだ。二人とも俺よりカッコいいから困ってる」


 そこで首のタグを見せつけた。そばにいるニクのもだ。

 ボスからもらったもう一つの名前があった。世界は変われど、コードは俺たちを繋ぎとめてくれている。


「そうか。それは共にあった証なんだな」


 エルフィーネは今だけは静かな短剣をぎゅっと抱きしめてた。

 「そうだ」と得意げに掲げてやった。トカゲのヒロインは一際安心したように小さく笑んだ気がする。


「あいつは俺の代わりにたくさんの命を救ってくれたんだ。ストレンジャーなんかよりもすごいさ」

「ミコも強くなったんだな」

「ああ、頼もしい相棒だ。俺が言えたセリフじゃないと思うけど、また仲良くやってくれ」

「もちろんだ、ありがとう――ところで貴様本当に大丈夫か? さっきから汗が出ているし腰も引けてるようだが」

「さてクランハウスに帰りましょう行きますよエルさん! ごちそうさまでした親父さん!」

「えっどうかしたのセアリ? そんないきなり」

「ほら帰りますよフランさん! そっと休ませてあげましょう、いいですね!?」


 ワーウルフのヒロインに引っ張られる形で四人はお帰りになった。空っぽの木皿をテーブルに残して。

 俺はようやく席に着いた。ニクもろともカウンターに向き合えば。


「なんだ、もう向き合ったのか? 早いなオイ」


 タカアキがニっと笑ってた。

 ついでに皿が差し出された。カリっと上がったきつね色のじゃがいもがある。


「俺もびっくりだ。ところでなにこれ」

「この宿の名物の揚げじゃがだ。うまいぞ」

「……ん、じゃがいもだ」

「また芋か。まだしばらく長い付き合いになりそうだな」


 俺もつられた。ニクもほんのりと口が笑ってた。

 揚げじゃがとやらは要はフライドポテトだ。塩味が少し強めでカリっとしてる。


「タカアキ」

「どうした」

「カッコいいって言われたよ、俺」

「うん、とりあえずそんな満身創痍の様相で言うようなことじゃねえと思う。なんかあったん?」

「襲われた」

「えっ誰に?」

「何も言わなくていい?」

「ええ……。まあ、うん、良かったな、クラングルの宿屋は防音対策ばっちりじゃないといけない決まりがあるからさ、騒音公害の原因にならずに済んだな」

「ついでにシーツ汚しちゃったんだけどどうすればいいんだろう」

「んもーなにやってんのこの子……お赤飯炊く?」

「こんな祝われ方嫌だ」


 三人でカリカリやってるとあっという間に空だ。

 揚げたてのじゃがいもを駆逐すると奥から親父さんがやってきて。


「良かったじゃないかお前さん。やっといい顔するようになったな」


 きっとさっきのやり取りを見てたんだろう。安心した様子でそう言ってくれた。


「もっといい顔をする奴をいっぱい知ってるぞ。まだまだだ」

「そうか、まだまだか。しかしさっきの娘さんたちはあのミセリコルディアのやつらか?」

「知ってるのか親父さん」

「あいつらにはたくさんの人が助けられてるからな。そんな有名人がどうしてここに来たんだか」

「俺も助けられた身でね」

「まあちょっと訳ありなんだよほんと。あっ、揚げじゃが三人分頼むわ」

「最近思うんだが、旅人どもが来てからここは揚げじゃがの美味しい店か何かと勘違いされてる気がするぞ」

「違うのか!?」

「量減らすぞコラ」

「ごめんなさい」


 俺だって安心した。知らない世界に来たけれども、ストレンジャーには生きる術が備わってる。

 まだまだこれからなのだ。大変な日々が来るだろうが、支えてくれる人がこんなにいるんだ。


「……明日からどうしようか」

「そうだなあ、まずはクラングルを歩き回って見ないか?」

「いいな、どんな街か実際に歩いて覚えるところからか」

「ん、散歩……?」

「へっへっへ、散歩だぜニク君。ついでだしさ、食べ歩きもしようぜ?」

「お前にはおごられてばっかだな」

「出世払いでいいぜ」

「でも実は金になりそうなものを向こうで集めてきたんだ。アーツアーカイブとかメモリピースとか」

「なら売る方法も教えてやるよ。買い取ってくれる奴も知ってるからな」

「じゃあ換金したら今度は俺が奢る番だな」

「えっいいの? だったら食いたいもんあるんだけど」

「どんなのだ」

「寿司」

「寿司あるのかよ!?」

「あるぜ、しかも元の世界より安い」

「よし行くか!」

「よっしゃ、寿司が待ってるぞ!」

「寿司ってなに……?」


 それと、馬鹿な幼馴染に頼れるわん娘も。

 アルゴ神父、見てるか? 俺は確かに勝利したよ。


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