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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
Journey's End(たびのおわり)
395/580

33 丘の向こう遠く、そこは緑あふれる土地

 あれから辛抱強く帰還者を待ち続けた。

 エルドリーチのラジオや自動放送は果たして効果があったんだろうか?

 まだ門にたどり着くやつはいなかった。おかげでダムは時間が止まったように静まり返ってる。


「……誰も来ないな」

『……うん、まだ誰も来てないよね。何かあったのかな……?』


 ツチグモの中から外の様子をまた確かめた。

 駐車場が見えた。傭兵崩れどもの車の名残がまだ残ってる。

 そこから一つ離れた道路を何度見たって、帰路につくやつは誰一人としていなかった。

 PDAを見れば時刻は午後の一時。離れていくメイドを見送ってしばらくだ。


「その何かがトラブルじゃなくて、ただの寄り道だといいんだけどな」


 剣と魔法の住人のことだ、邪魔者がいたところで楽々ぶっ飛ばしてるに違いない。

 信じて待つことにした。けれども時間を潰そうにもあまりにも静かすぎた。


「――私たちも静かになったものだね。いや、今までが騒がしすぎたというべきかな」


 あの和気あいあいとした空気によく呆れてたヌイスが、こうして口にするほどだ。

 ロアベアもいなくなってからデイビッド・ダムは寂しい場所になってた。 

 時々外に出たり、銃座から見張ったり、いろいろな形で誰かが来ないかと見れど「ただいま」の姿はない。


「イチ君、気になってしまうのは共感できるけどね? 放送を伝えてからまださほど経っていないし、それに彼らは敏くて律儀な人たちさ。君が心配しなくたって必ず来てくれるはずだよ」


 でもそんなクールな白衣姿の言う通りなのかもしれない。

 だって俺はスティングを去る時にフランメリアの奴らに見送られた身だ。

 あいつらは俺に帰路の確保を託してきたし、それを引き受けてここまで来たのだ。種を超えた戦友として。


「そうだな。フランメリア人は俺が心配したってどうしようもない、そんな奴らだ」

「うん。だから少し気を抜きなよ、今までずっと、ましてブルヘッドの頃から気疲れしてるようじゃないか? たまにはストレンジャーらしからぬ休息も必須だと私は思うよ」


 あの時からの過酷な旅はこうしてヌイスに心配されるほどに落ち着いたわけだ。

 人食いカルトに報復したその時からの戦いの日々は、帰りを望む者たちへの道しるべを作ってきた。

 今考えると思い返すだけで疲れる情報量だ。だからこそこのゴールはあった。


「……いまさら俺らしくない休息か」

「そう、君らしくないお休みが必要さ。そのお堅いアーマーと武器も外して軽い身なりでじっくりと疲れを取るべきだよ」

「でももし敵が来たら――」

「その時はたたき起こすし、わんこもいるからね。リラックスしたまえよ」


 けっきょく強く言われたのもあってそうすることにした。

 いつもの装備を脱ぎ捨てて身軽になれば、妙に気持ちが楽に感じる。

 まず背筋をじっくり伸ばすと背中の硬さがごりっと解れてくのを感じた。こういうときロアベアがいたらと思う。


「じゃあそうさせてもらうか、だらしなくやらせてもらう」

「ん、ぼくもいく」

「うん。せっかくいい寝床があるんだからさ、今日はゆっくり羽を伸ばすといいよ」


 ヌイスの提案通りに車体後部の寝床に向かった。

 そこに小奇麗なベッドが鎮座していて、左右から見える窓越しの景色が特別感を漂わせているところだ。

 ちょっとずれた掛け布団が最後に使った奴の名残を残してる。犯人は誰なのやら。


「……ふう」


 靴を脱いでぼふっと転がった。ついてきたわん娘もこてっと倒れてる。

 二つ並びの枕のそばに物言う短剣を横にすると、俺はまた窓を見た。


「俺たちってさ、ずっとうまくやってたよな。あんなバラバラの面子なのに」

『うん、そうだね。今思うと年も、種族も、生い立ちも離れ離れなのに……みんな一つになってたよね、わたしたち』

「なんでだろうな。共通する点なんてあったか?」


 そして思った。今はもういない四人の仲間を。

 正真正銘のオーガに、デュラハンメイドに、ダークエルフ、それから生ける屍と間違えそうなほど顔色悪い人間。

 スティングで固まってから一体どんな旅が待ってるのかとあの時は思っていたけれども、当時の想像以上にいいチームになれた。

 リム様もいれば飯にも困らない理想の環境の出来上がりだ。満ち足りた旅だった。


『……ふふっ。みんな、いちクンがまとめてたんだよ?』


 だが短剣の相棒はくすっと言うのだ。

 個性の強すぎる面々を一つにまとめ上げたのはまさに俺、だとさ。

 あいつらのまとめ役になった覚えなんてない。脳裏にあるのはみんなの個性にブン回された思い出だけだが。


「俺が?」

『うん。だってみんな、あなたのこと信じてたから』


 ……どいつもこいつも信じてくれてたんだろうな、こんな面倒なやつを。

 勝手にリーダーって呼ばれたり、俺の勢いに付き添ってくれたり、何も言わずとも動きを合わせてくれたり。

 それも全部、このストレンジャーを信用してくれたからなんだろうか。


「……そうか、あいつらこぞって信じてくれてたんだな」


 俺にはそんな大層な役柄なんて得意じゃないけど、みんなの信頼がここにあるなら話は別だ。

 だったら誇らしいよ。お前らと楽しくやれた証拠なんだから。

 思わず短剣に手を触れた。きっと今情けない顔をしてるだろうけど、相棒は黙って受け入れてくれている。


「俺さ、リーダーって言われた時、正直いうと面食らってた。いきなりだぞ?」

『ふふっ、そうだったんだ。みんな、次第にいちクンのことをリーダーって言ってたもんね』

「誰かの上に立つなんて人生で一度もなかったからな。最初聞いた時はどう振舞えばいいかって頭が一杯だった」

『でも、ずっとみんなのこと大事にしてたよね。あの時からずーっと』

「それが俺の精一杯さ。この旅で色々考えて出てきたのが「とにかく全員無事にゴールする」だぞ?」

『わたし、すごいと思うよ。そう思ったことをちゃんと守ってきたんだから』


 リーダーなんて言われても、自分は社会経験もなければ誰かの下につく程度がいいと思ってたような人間だ。

 だけど自分なりに頑張ってきた、いや、頑張るしかなかった。

 誰一人欠けることなく旅をする。ただそれだけの目的のためにできることはした。

 その結果はうまくいったんだろう。こうしてミコが褒めてくれるあたり。


「ボスの気持ちが分かったからだよ」

『……おばあちゃんが?』


 そして幸いなことにその模範となる人物が目上にいた。

 今の俺を形作ってくれたプレッパーズの『ボス』だ。

 いつもぶっきらぼうだったけど、あんたはこの世の誰よりも誠実で義理を通す人だ。

 きっとあんたに心の底から憧れちゃったんだろうな、このストレンジャーは。


「あの人はさ、気のいい仲間を失わないためにいつも最善を尽くしてたんだと思う。それがあの人の言う()()だったんだろうな」


 俺が戦場で見たボスの振る舞いはまさに『適当』だった。

 持てる自分の経験や技術を無駄なく使いこなして、ぶちあたる問題を華麗にさばいていく。

 そして静かに「してやった」と敵に誇るのだ。すべては隣の仲間のために。


『おばあちゃん、いちクンやわたしたちのこと、それにニクちゃんのことだって大事にしてくれたもんね』

「ああ、すげえ大事にしてくれた。だから今度は、俺が誰かを大事にする番に回っただけだ」


 それは俺も例外じゃなかった。どこから来たか分からない得体のしれない余所者(ストレンジャー)をあの人は大切にしてくれた。

 だったら持てる全てで()()にやるだけだ。

 ボスからもらった親切を誰かに回した。それだけの話なのだ。


「でもやっぱ嬉しいよな。あんなクセの強い奴らにリーダーって言われたんだ、今じゃ誇らしいよ」


 もしかしたら、そうだな、みんなと巡り合えたのはボスのおかげかもしれない。

 あんたは言ってたよな? もう一人じゃないって。

 その通りになったよ。こうして遠く離れても俺たちの縁はまだ結ばれてるから。


『……いちクン、あれからすっかり成長したよね』

「いつぐらいからだ」

『半年ぐらい前、初めて会った頃から、かな?』

「まだ脳みそがご健康だった頃か」

『ねえ。わたしたち、いろいろな人たちにあってきたよね?』

「酸いも甘いもって感じにいっぱいな」

『うん。困ってる人にもいっぱい出会ったりしたよね?』

「よく覚えてるぐらいだ」

『いちクンはそんな人たちにずっと手を差し伸べてくれて、ずっとあなたに助けられた姿を一緒に見てきたよ。それがなんだか、とっても嬉しかったの』

「なにいってんだ、俺とお前の共同作業だ」

『ううん、わたしなんてほとんど見てるだけだったよ』

「ただそばにいてくれるだけでいいんだ」

『……うん』


 更に言えば、こんなリーダーを補ってくれたのは短剣の相棒だ。 

 今も辛いに決まってる。伸ばしたい手も伸ばせなければ、食べたいものも食べられない、生きてる実感すらしないだろう。

 最近思うんだ、そんな辛い目にあわせ続けた報いは必ず回ってくるはずだって。


『そんないちクンを見て思ったの、わたしも頑張らなきゃって』


 けれども相棒は健気だ。こんな姿なのにミコはミコでいる。

 うれしいさ。でもどう転んだって残酷な仕打ちだ。

 例え彼女が許したって、俺はこのことを家族に告げて償わなきゃいけないのだ。


「あっちの世界でか?」

『元の姿に戻ったら、もっと堂々と困ってる人を助けようと思うんだ。前はずっとおどおどしてて、みんなに任せてばっかりだったから……』

「そういえばお前、クランのリーダーだったっけ」

『無理矢理クランマスターにされちゃったんだよね。でも、今度は責任をもってやってみるつもりだよ。仕方がなくじゃなくて、わたしの本心で』

「できるさ。お前もプレッパーズだ」

『うん、わたしもみんなと同じプレッパーズ』

「そうだ。戦友ってやつだな」


 だからせめて、今だけは今まで通りの戦友でいさせてくれ。

 お前に都合のいい不実を働くようなストレンジャーにはなりたくないんだ、相棒。

 指で刀身を小突いてやった。くすぐったさそうな声がした。


『……向こうの世界で、またストレンジャーズのみんなと会えるよね?』


 それから、どこかに向けてそう言っていた。

 できることなら叶えてやろう。こんな俺だけど、せめてみんなに元の姿に戻ったミコを見せてやりたい。


「もちろんだ。いつかみんな集めて連れてきてやるよ」

『ふふっ、楽しみだなあ? クランのみんな、友達いっぱい連れてきたら驚いちゃうかも?』

「ノルベルトとか特に驚きそうだな」

『ぜったいびっくりしちゃうだろうね……どんな反応するのかちょっと楽しみだったり』

「ぼくもいるよ」

「わん娘もいるぞ」

『ニクちゃんも! ……そういえばうちにセアリルさんっていう、ワーウルフの子がいたりするんだよね。ニクちゃんみたいな感じの』

「ニクみたいな……男の子がいるんか……?」

『そっちじゃないからね!? 犬っていうか、狼の手足を持った女の子なんだけど……ワイルドだよ、お肉は骨ごとばりばり食べちゃうし』

「ニクと気が合いそうだな」

「ん、らいばる」

『なんでもうライバル視してるの!?』


 そうやってミコとニクとでごろんとしていると。


「イっちゃん、おくつろぎ中にごめんなさい。外をご覧くださいまし」


 ベッドにふかふかと埋まってたところにリム様がぺたぺた駆け込んできた。

 悪いニュースかと思わず身構えてしまうのはこの際に仕方ないとしよう。

 でもその顔は明るかった。声だって嬉しそうだ。


「どうしたリム様」

『ど、どうかしたんですか……?』

「ふふふ、見てのお楽しみですわ!」


 なんならその答えが既に垣間見えるほどのものだった。

 俺たちは「まさか」と思ったのは言うまでもない。

 慌てて銃座まで移動して、けれども武器も持たずに顔を出せば――


「……ははっ、マジかよ」


 思わず笑ってしまった。

 ミコも気づいたらしく、『あれって……!』と驚いていた。

 遅れて隙間にニクがにょきっと生えてくれば。


「……いっぱい来てる」


 信じられない光景にダウナーな声も驚かざるを得なかったらしい。

 遠い遠い向こうだが、南からダムへと続く道路に列があった。

 肉眼でも分かるほどの何かの集まりがぞろぞろとこっちに向かっていて、なぜだかその足取りは軽く見えた。


『いちクン、もしかして……』


 ミコに「そのもしかしてだ」と伝えて双眼鏡を覗いた。

 かつて通ったあの道に焦点を合わせれば、その事細かな姿をはっきりと感じた。


 たくさんの誰かがいた。それも人間ではない誰かが。

 先頭にいるのはあの白エルフか、途中を歩くのはあの吸血鬼か、人間じゃない連中の群れがいい足取りで行進していた。

 そこに車両やら、どこぞの改造された戦車がペースを合わせて走っているのだ。

 数えきれないほどの帰還者が確かにいた。それも想像を上回るほどの規模が。


『なんだか……想像よりも多いね、あれは全部フランメリアの人たちなのかい?』

「こっちに向かってるってことはそうなんだろうな。ちょっと行ってくるぞヌイス」


 俺は銃座から飛び出して、ツチグモの元へと降り立った。

 遠くからでも分かる百鬼夜行のごとき光景は段々とこっちに近づいていた。

 リム様も連れて道路をこっちから辿っていけば、すぐにその先頭が見えてきた。


「……おい、あれってまさか」


 そしてもう一度双眼鏡を持ち上げれば、嬉しい知らせがそこにあった。

 一団の中で特に意気揚々と帰る集まりがいたからだ。

 大きな得物と荷物を担いだ牛と熊の大きな姿が、一人の子供と白いドッグマンを連れて『門』へ向かってる途中だ。


「――おーい! スピロスさん! プラトンさん!」


 嬉しくてつい駆け寄ってしまった。あの名を呼んで走った。

 すると向こうも気づいた。ああだこうだと話していた獣人二人は早足になって。


「坊主! 坊主じゃねえか! 元気でいやがって畜生め!」

「見ろよ! アイツがいるぞ! オスカー、白いの! イチだ!」


 俺たちはダムで再会した。牛熊コンビのバケモンボディが親し気に抱き着いてきた。


「やっと来てくれたんだな!?」

『スピロスさん、プラトンさん! それにオスカー君に白狼サマも! よかった、ちゃんと届いてたんだ……!』

「おう、ちょいと寄り道しちまったけどな。成し遂げたんだな、坊主?」

「ちょいとスピロスの奴がもっと土産欲しいっていうからな。おかげでいい作物の種が手に入ったぞ、フランメリアに持ち帰ったら育てるんだ」

「しょうがねえだろ、あっちにゃ絶対にねえ果物なんだからよ」

「みんなびっくりするだろうな? お前のカミさんもな」


 二人はどんな旅路をしてきたんだろう、二人仲良くにっこりだ。

 それからそのそばにいるオスカーもだ。屈んで視線を合わせてやった。


「待ってたぞ、オスカー。元気だったか?」

「うん! 楽しかった!」

「楽しかったか! ははっ、すっかり明るくなったなお前」

『ふふっ、前と全然違うよね。本当に良かった』


 オスカーはもう大丈夫だ。こうしていい顔を自然と浮かべられるぐらいには。

 それは子供として当たり前のことだったんだろうけど、それができぬ環境が付きまとってた。


「もう大丈夫だよ、お兄ちゃん、お姉ちゃん。だっていいお父さんがいるから」


 でもその通りだ。今度はいい親がいる。

 一体どこにそんな満面の笑みを隠してたのやら。牛の獣人に足にぎゅっとしがみついて、いかに幸せかを伝えてくれてた。


「ったくよお、誰だよ人間の子を養子にするとかいったのは? 本気でこうなっちまったじゃねえか?」


 まあ、スピロスさんはちょっと照れ臭そうだったが。


「いいじゃねえか、これぞいい土産だろ?」

「オメーはこのデカい犬もそうだってのか?」

「普通の犬よか便利だぜ、別にいいだろスピロス」


 熊の相棒は「こいつもな」とそばの白いドッグマンも土産扱いしてるようだ。

 白狼様。犬大好きなクソカルトがかつてあがめてた特殊なミュータントだ。

 もっとも今では人間さながらにバックパックを背負って、バンダナをクビに巻いてすっかりお洒落さをアピールしており。


「お前か。見ての通りワタシはこの二人に世話になるつもりだ」


 あの時の威厳はすっかり薄れて、ただのデカい犬みたいになってる。

 こんなのを家犬とみなせるのは剣と魔法の世界の住人ならではの感性だと思う。


「良かったな、せいぜいマイホームの防犯役として頑張ってくれ」

『ほ、ほんとに行っちゃうんですね……』

「そこらの犬よりも役に立って見せよう。それと()()()もな」


 ついでにオスカーとも仲良しなみたいだ。

 よく見るとあの真っ白な手は、ミノタウロスの子供と手を繋いでた。

 こいつらが誇らしげに先頭を歩く理由も良く分かった。良い土産がいっぱいか。


「お帰りはあっちだぞ、皆さん。霧の中に門があるからそこを通ってくれ」


 そんないい顔ぶれに「あっちだ」と道を示した。

 四人はさっそく向かおうとしたようだが。


「坊主、ありがとな」


 牛の巨体が屈んで、砕けた笑みを見せてくれた。

 つきものが落ちたような爽やかなものだ。とても深い安心感がそこにある。


「こんな世界にいきなり連れてこられてよ、まあ最初は驚いたけどな。俺たちは得るものがこんなにあったぜ?」


 そしてスピロスさんはその「得るもの」を良く見せてくれた。

 足元にいた人間の子供をひょいと持って、肩に担いで誇らしげにだ。

 オスカーだってそうだ。今の自分がどれだけ幸せなのか胸を張ってるのだから。


「子供に犬に作物の種だ! おっと、それから害獣駆除の武器もな?」


 そこにプラトンさんもニっと笑いつつ、けっきょくついてきた白狼様を示してた。

 ついでに担いだ五十口径の突撃銃も。畑仕事が捗る道具らしい。


「ワタシも次にいるべき場所ができたぞ。緑あふれる土地が待っているそうだ、そこで新たな生き方を探すとしよう」


 ただの喋る白いドッグマンも器用に握手を求めてきた、してやった。


「こっちこそいろいろとありがとう、みんな。おかげで助かったよ」

『皆さん、その節はありがとうございました。お気をつけて帰って下さいね?』

「俺たちは農業都市に帰るからな、坊主。もし来る機会があったら俺たちの名前で聞きまわって見ろよ」

「たまには退屈な日々ってのも恋しくなったもんだからな。あばよイチ、勝利の凱旋ってやつだ」

「さようならお兄ちゃん、また会おうね? 本当にありがとう」

「さらばだ、お前たち。そこの犬の精霊もご主人を大切にするといい」

「ん、任せて」

「スピちゃんプラちゃん! お芋植えにいきますからね、待っててくださいまし!」

「行くぞプラトン! さっそくあの芋の悪霊きやがった!」

「畜生台無しにしやがってあの魔女め! おい急ぐぞ! 呪われちまう!」


 ……せっかくのお別れは芋で台無しになった。

 逃げるように去ってくのを見送ると、お次は見慣れた白いエルフどもがきて。


「おや、ご苦労様です。フランメリア行きの帰路はあちらですか?」


 そのリーダーたるクソデカ弓を背負った奴がまさにそうだった。

 すん、と落ち着いた顔はずっとオークやら金髪エルフどもを連れ回してたらしい。


「さっきいった連中の向かった場所だ。門をくぐればオーケー」

「そうですか。ではさようならですね」

「ずいぶん時間がかかったみたいだな」

「ええ、ちょっと北まで冒険してみましたから」

「聞いてよイチ、そいつ奴隷商人ギルドとか言う連中に喧嘩売ったのよ!?」

「おかげで三日三晩戦い続ける羽目になったぞ。これだから古い思想を持つエルフは苦手だ。まあ街一つぶち壊してやったが」

「あーうん、大冒険だったようで」


 一体何してたんだろうこいつらは。でもやりきってさっぱりした顔だ。

 それにしても後続の連中はまだまだ続いてる。フランメリア人はこんなに転移してたんだろうか?


「後ろの連中は後続か? ずいぶんいるな」

「ええ、まあそうなのですが」


 どんな事情なのか知りたいところだが、いざ聞いてみれば白エルフのシロは少し説明に困ったらしい。

 まあ、その理由もすぐ知ることになるわけだが。


「おい、あれストレンジャーか!?」

「ほんとだ、ストレンジャーだ! 本物がいやがるぞ!」

「よおストレンジャー! 初めましてだな!」


 その後ろから続いた連中、トラックに乗ったやつらがいた。

 問題はそれがどう見たってこの世界らしい格好と顔の人間だって点だが。

 バケモンじゃないやつらがこの行列に紛れてるのだ――どういうことだ。


「おい、あれもフランメリア人なのか? ファンタジーって感じがしないぞ」

「いいえ、違います。あちらに見えるのはウェイストランドの住人ですよ」


 ところがだ、まさにその通りらしい。


「は? なんでそんなのが混じってんだ?」

『……え? ど、どうしてここの人達がダムに来てるんですか……!?』

 

 今だって世紀末らしい格好をした男女がトラックで運ばれてるところだ。

 そんな人種を乗せた車両はのろのろと見せびらかすように過ぎていき、


「心配はいらんぞ! そいつらは()()()()()じゃ!」


 ごろごろという履帯の音に負けないドワーフの声が混じって、けっきょく見逃してしまった。

 『ハックソウ』に乗った爺さんがいた。見ればその荷台にもこの世界の人間が座っていて。


「移住希望者? どういうことだ」

「おうまた会ったな、後続組のドワーフの爺ちゃんじゃよ。いやあ、なんか向こうの世界に興味あるっていっとってな?」

「よおストレンジャー、俺を覚えてるかい?」


 そこにいた顔を見て驚いてしまった。

 スティングのマーケットにいた弾薬商人だ。一体何してんだと口から出かけた。


「あの時のおっさんかよ!? いや、あんた何で……」

「緑でいっぱいの新天地があるって聞いてな、んで、フランメリアの奴らが人間をたくさん必要としてるって聞いたんだ」

「人間が必要? どういうことだ」

「いやね、フランメリアって純粋な人間の数が年々減少しとんの。んでうちらで話し合った結果、希望する奴を連れ帰ることになってな」


 おいおい、どうなってんだ。

 世紀末世界から剣と魔法の世界に移住する人間が来るなんて聞いてないぞ?

 しかしこの雰囲気はどうもマジらしい。和気あいあいとしたバケモンどもに混じって、仲良く伴った人間の姿が次々と門へ向かってしまってる。


「……その、イチ君? 実はだね」


 霧の待つ場所へ向かう姿を見届けてると、ヌイスが「なんとも」言い難い顔で来た。

 また何か訳ありのようだが――いいよもう、話してくれ。


「まさか隠し事か?」

「エルドリーチのやつが、えーっと、もし移住を希望する人間がいたら喜んで見送ってやれって言っててね。最初は何か悪い冗談かと思ったんだけど」

「今のところ冗談じゃなくなってるな」

『いっぱい来ちゃってますよ……?』

「うん……あいつはお酒で上機嫌になって饒舌に語ってたから適当なものかなと思ったけれど、こうも本気だったらしいね。どうしようかこれ……」


 お前の仕業か骨野郎め。

 でもドワーフの爺さんは当然の権利のごとくいい表情で。


「そゆこと、エルドリーチがみんなにそう言っとったんじゃ。フランメリアの活性化のために希望者は遠慮なく連れてけってな」

「心配すんなよストレンジャー、フランメリア人のいいところは知ってるつもりだ。俺たちなら仲良くやれるさ」


 そうこうしてる間にも今度はいつぞやのライヒランドの戦車が走ってきた。

 かつて誰かさんが乗り込んで爆破したやつだ。

 今じゃ背面に荷物をいっぱいに背負って、搭乗したドワーフどもと人間が一緒に手を振っており。


「よっしゃあ! 人間の働き手と青写真と合金持ち帰れたぞわしら!」

「これで里も栄えるな! ついてこいよ人間! 一緒に工場建てんぞ!」

「いつまで車長やらされればいいんだ畜生! もうどうにでもなれだ!」


 物々しい姿はご機嫌な動きで行ってしまった。戦車でGOだ。

 「いいのかこれ」とこの状況に唯一どうにかできそうなリム様を見るも。


()()()()()()でしたのね、でしたら問題はありませんわ! あちらも年々人間の人口が減っておりましたし、それに多様性も失われておりましたからね? エルドリーチちゃんったらやりますわね!」


 ダメだ、喜んでしまってる。

 もう誰にも止められないことが良く分かった。ようこそ剣と魔法の異世界へ。


「……まあそういうわけですので、フランメリアが栄えると思って目を瞑ってあげましょうね。また会いましょう、イチ」

「まあ、あの国なら大丈夫よ。むしろ人間が増えて喜んでくれる状況だし? じゃあまたね、元気でやりなさいよ」

「国中大混乱になると思うがいつものことだ。さらばだイチ、楽しい日々だったぞ」


 エルフとオークのパーティーも行ってしまった。気さくな挨拶を残して。

 気づけばデイビッド・ダム・ロードはやかましいまでに明るい帰路だ。

 果てには駐車場に停まって帰りの行列から外れる奴、キャンピングカーでフランメリアに向かう奴、一休みと言わんばかりにダムのどこかで野営を始める奴、個人の自由が尊重され過ぎてた。


「おお久しぶりだな! スティングで共にした以来だなアバタール!」

「聞いてくれアバタール! 人間の花嫁ができてしまったぞ!」

「旅の終わりの記念だ! 酒樽開けるぞ! スティング産の地酒だ!」

「今が稼ぎ時ですよ! 帰還者に向けて目ぼしいもの売っちゃいましょう!」

「……どーしよ」

『……大変なことになっちゃったね』


 瞬く間にあたりは人間とバケモンが共存する魔境だ。

 周囲に集い始めた人たちを見て、俺は肩の短剣とどうしようもなく見送るしかできなかった。


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