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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
Journey's End(たびのおわり)
394/580

32 良きメイド、ロアベアへ

 その翌朝、俺はまた帰還者を待った。

 去っていったノルベルトが『ストレンジャーズ』を一体どれだけ明るくしてくれたか、三人を見送ってからずっと考えてた。


 以前の俺も、よもやあんなバケモンと旅を共にするなんて思わなかっただろうな。

 最初は「やかましい怪物」で、次は「デカい十七歳」、続いて「頼れるオーガ」ときて最後は「気の合う友人」と次第に見る目が変わっていった。


 正直な話、ガーデンで一仕事共にする前まではビビってたよ。

 そもそもあいつは人間じゃない。一言でいえば化け物だ。

 あの怪力と背丈をもってすればその気次第で、この世で気軽に傲慢になれたはずだ。

 でもあいつは誰一人としてそんな振る舞いはしなかったし、別れるその時まで気のいいオーガとしてあり続けていた――たぶんこれからも。


 育ちがいいんだろう。きっとご両親はそうあって欲しいと願ってたに違いない。

 だからこそだ。ストレンジャーが立つこの舞台よりも、良い家族の元で共にあったほうがずっといいのだ。

 あいつが帰って俺たちはすっかり大人しい集まりになったけれども、気の良いオーガが見せてくれたあの笑顔はいつまでも焼き付いてる。


「……なあ、やっぱりあいつがいないと寂しいよな。俺たち、あいつにどんだけ助けられてたんだろうな?」


 だからこれくらい言ったっていいよな? デカい相棒。

 ダムの道路から南の世界を眺めながら、俺はどこかに言葉を向けた。


『……わたしもすごく寂しいよ。だって今までの旅を一番楽しんでたの、ノルベルト君だったもん。おかげでわたしたちも一緒に楽しい気分でいられたよね』

「うん。あいつが馬鹿みたい明るいもんだからさ、俺たちは強くいられたよ」

『わたしね、最初はノルベルト君が怖かったよ?』

「良かったな、俺もだ」

『でも、そばにいると全然違ったんだ。見た目も、力も、生き物としての種も違うけど……誰よりも気遣いができて、誰にでも親しくしてくれる立派な人だった』

「ああ、ストレンジャーより立派さ。だからこそ追いかけがいがあったんだ」

『……ふふっ。わたしには二人とも立派に見えたよ? いちクンとノルベルト君がいつも楽しそうにしてて、一緒にいろいろな人を助けてたのを良く覚えてるんだから』


 こうしてミコもお前のことを寂しがってるし、こうして良く見てくれてたんだ。

 誰が何と言おうとお前はいいオーガだ。アルゴ神父が言った通りの良き隣人だ。

 ウェイストランドにいる沢山の人達はお前のことを忘れないさ。気さくなデカいアイツとして覚えてくれるに違いない。


「ノルベルトさまはずっとぼくと遊んでくれたよ。この姿になってもおんなじだった」


 ニクがぴとっとくっついてきた。

 こいつが心身健やかでいられたのもノルベルトのおかげか――撫でてやった。


「そう言えばお前、あいつと良く遊んでたよな」

「高いところからいろいろな景色を見せてもらったり、とってこいって遊んでもらったりもしたよ」

『ノルベルト君も楽しそうだったよね。すごく無邪気で』

「……だからぼくも楽しかった。いつも明るい気持ちにしてくれたいい人だよ」


 人食いカルトから逃げたあの時から一緒の愛犬は、耳も尻尾もしょんぼりだ。

 まだジャーマンシェパードだった頃から、精霊の薬で化けてからもノルベルトは一貫して「グッドボーイ」として扱ってたな。

 裏表のないまっすぐとした心があったんだろうな、お前のデカい身体には。


「ノルベルトちゃん、無事にご両親の元へたどり着けているのでしょうか? 私心配ですの……」


 リム様なんて心配してるところだ。

 あいつの戦闘力からしてそろそろ戦車の主砲ぐらいじゃないとぶち殺せない気がするが、その甲斐あって帰路は無事なはずだ。

 でも時々立ち止まっていいんだ。休憩がてらぼーっと俺たちのことを思い出してくれ、焦らずゆっくり帰ってくれ。


「俺と違って身も脳みそも健やかなんだ、迷子になったりしないだろうし変なやつに絡まれてもぶっ飛ばせるさ」

「もちろんですわ、だって強いオーガの子ですもの。でも……」

「ああ、でも?」

「あの子が寂しがってないか心配なのです。門を通る前に泣いてましたもの」

「……別にいいだろ、俺だって泣いたよ。それにそんなので立ち止まるほどヤワじゃないぞ、あいつは誰もが認める強いオーガだ」

「……ええ、そうでしたわね」


 でもあんなまっすぐ突き進むようなやつのことだ、後ろにいる俺たちを思い出して泣きそうなのがなんとなく思い浮かぶ。

 あんなナリでも小さな魔女に心配されるような十七歳だ。でも大丈夫、四つ上の俺も泣いたんだからお互い様だぞ。


「ノル様、いつもうちに合わせてくれるノリの良い御方でしたっす。一緒に気になるものを見たり、何か面白いものはないか探したり、その甲斐あって退屈とは無縁な日々を過ごせたっすよ」


 あのロアベアに至ってはしんみりだ。ニヨニヨのない顔が朝の荒野を見渡していた。

 こいつもこんな顔するんだな。思えばオーガとメイドの二人でこの世の気がかりなものを目ざとく見つけて楽しんでたな。


「スティングからだったよな。俺たちに加わったの」

「そっすねえ、イチ様との縁もその時からっす。ミコ様とニク君とノル様、クリューサ様にクラウディア様……中々に濃い面子で、うちわくわくしてたっす」

「そう言われて思い返すと個性の欲張りセットだな、異彩を放つ奴ばっかだ」

『待って!? わたしとクリューサ先生も入ってるよねその言い方!?』

「ミコ様も中々に色濃い方じゃないっすか~、ヒロインたちの間で太ももの精霊って言われてるんすから」

『ねえ、わたしって他の子たちにどう見られてたのかな……』

「心配ご無用っすよミコ様ぁ、イチ様マゾっすからぶっとい太もも効くはずっすよ」

『ロアベアさんはわたしのことをなんだと思ってるの!? というかいちクンをそんな風に巻き込まないで!?』

「お前、実は太ももの精霊だったんか……?」

『ちがうよ!?』

「ふふ、殿方は太ももが大好きですわ♡ 心置きなく振舞うのですよ、こう、ぎゅっと!」

『ぎゅっと!? ねえりむサマ!? わたしになにをさせようとしてるの!?』


 太ももの精れ……物言う短剣は今日もダメイドに振り回されてた。

 どう思い出しても俺の相棒はメイド姿による奇行に苦労してた気がする。

 そんな彼女に動じず受け止めるノルベルトは、一体どれだけ自我が強かったんだろう。


「こんなダメなメイド煮詰めたような奴に平然と接したあいつはやっぱりすごいと思う」

「誰のことっすかそれ」

「ちょっと客観的になってみろ」

「メイドなんてうちしかいないっすねえ」

「そうだ、つまりお前だ」

「そんな~」

『ノルベルト君、ロアベアさんが何しても笑顔で受け入れてたよね。わたしもすごいと思うよ、うん』

「ボスですら終始引いてたのにな。俺もあいつを見習おうと思う」

「えっ何しても受け入れてくれるんすか? じゃあうちの首をどうぞっす」

「んもーほんと空気読まないこのメイド……」


 あいつがいなくなったおかげで生首がパスされた。によっとしてる。

 仕方がないのでコンクリート柵に飾った。首無しメイドもメインカメラなしで景色を眺めはじめたようだが。


「……ノル様もそうっすけど、イチ様もニク君もミコ様も、リム様もいい人っすよね」


 遠いどこかを見る生首が、今だけは珍しく真面目な声だった。

 そっと吹いた風に緑髪がサラサラ揺れていて、そのせいか妙にお淑やかにみえた。


「急になんだ」

「いやあ、別に大した話じゃないっすよ?」

「そんな風に振られて「大したことない」なんて一度もなかったぞ」

『うん、何かある言い方だよね。どうしたのかな?』


 さすがに何か含みも感じて何事かと二人で尋ねると、ロアベアは少し黙った。

 ニクが首をかしげて、リム様がメイド姿にそっと近づいた頃。


「うちってほら、首がとれるんすよね」


 あいつはどうにか絞り出すような感じで、ぽつっとそう言い出した。

 んなこたーとっくの昔に知ってる。緑髪の隣に立った。


「まあ、ちょうどいま取れてるな」

「そういうのってやっぱり、普通の人からするとどーしても気持ちを損ねちゃうんすよ」

「気持ち悪いってか?」

「そっすね。人間さんの感覚からすれば死を強く思わせる姿っす、ヒロインの方々からしても醜いものに捉えられるのも仕方がないことっす。怖がられるし、気味の悪いものだと思われるのが当たり前なんすよ」


 ロアベアは遠くを見たまま話してくれた。

 正直、俺は驚いてる。あの喉が踊るような声の調子じゃなかったから。

 一口一口がはっきりとしたきれいな声だった。その分だけの重みがあった。


「まだAIとしてMGOの中にいる頃は楽しめたんすけど、()()になってからはそうもいかなかったっす。まあうちは開き直ったんすけどね、いっそ驚かしてにやにやするって」


 続く言葉なんてどうだろう、あいつらしからぬ重たいものだった。

 普段の態度から想像なんてできないものだ。あのニヨニヨ顔の裏に、こんなに深い物言いがあったなんて誰も思えなかったはずだ。


「……お前、そんなに悩んでたんだな?」


 つい尋ねてしまった。

 困ったことに『MGO』を生み出したのは俺だ。つまり生首取れるヒロインなんてニッチなものを編み出した責任はここにあるわけだ。


「別に、けっして、どうして首がとれるんだろうとか普通のヒロインの方々が羨ましいとか思ったことはないっすよ」

「未来の俺のせいでそうなったと言っても?」

「あの時うちが言った、イチ様創造主説は当たってたんすよね」

「残念なことにな。今すまないって言葉が口から出かけてる」


 ロアベアはまた少し黙った。

 どんな言葉を選んでるんだろう。首なしの身体がそっと柵に寄りそって。


「でも、そんなイチ様と旅をしていいことがあったっすよ」

「いいことか。どんなのだ」

「皆さまは誠実で平等な人たちばかりだったっす。今までお会いした方々はうちを避けずに受け止めてくれる人柄で、それはきっとイチ様がもたらしたものなんだと思ってるっす」


 メイドボディが生首を戻して見せてきた。

 ほんのりとした優しい笑みだ。穏やかな表情がそこにあった。


「首がとれても悪くないものっすね――ストレンジャーズにうちを気持ち悪がって距離を置くお方は一人もおりませんでしたし、逆にお気を使われることもありませんでした。思えばあの時から良き方々と巡り合えて、とても幸せな気持ちでございます」


 まったくなんて顔してんだか。

 首ありメイドはそのまま流れるようにスカートを持ち上げた。カーテシーだ。

 今まで見せられてきたあのニヨニヨが嘘だと思うような、そんなお淑やかなものが確かにここにあった。


「俺はただ他の奴を見た目じゃなく中身で差別してるだけだ、全力でな。だから首が取れるぐらいじゃお前なんてただのお馬鹿なメイドぐらいにしか思ってなかったぞ」


 だから笑った。ノルベルトみたいに頼もしいやつを想って笑った。

 今はもういないクリューサの言葉遣いを真似てそう答えた。

 ロアベアは一瞬、満足したように頬を緩めたような気がしたが。


「……あひひひっ♡ 普通、こんなのドン引き確定なのにまっすぐ見てくれるなんて流石イチ様、変わったお方っす♡ うち、デュラハンで良かったかもしれないっすね~♡」


 いつものニヨニヨに戻った。少しだけ、どこか無理してる感じを残しつつだが。


「プレッパーズに「デュラハンお断り」っていう風潮はないし、擲弾兵にも「首が取れる奴は蔑むものだ」なんてルールもないだろうからな。物申したいなら俺の上司にルールの不備を訴えてくれ」

『ふふっ、わたしは平気だよ? わたしも首がとれちゃうことよりもあなたの愛嬌の良さとか、気遣いができるところとか、そういうところの方が強く見えてたから』

「ぼくはロアベア様がみんなを元気づけていたのをよく知ってるよ。いい人だってずっと前から分かってたから、大丈夫」

「ロアベアちゃんはいい子ですわ。この飢渇の魔女がそう保証して差し上げます、あなたの人の好さに助けられた方を私も見てきたのですからね?」


 俺たちは良く分かってた。このメイドはそういうやつだって。

 確かに普段の奇行は止めようがないものだけど、その姿らしい振る舞いはストレンジャーズを気遣う形で浮き出ていた。

 きっと根はそういうやつなんだろう。みんなが気づいてた事だ。


「……ロアベア、次はお前の番か?」


 ()()()だった。なんとなくこいつの言いたいことが分かる。

 俺は銀の門がある方向を見た。朝日の落ちるそこは、人によっては帰り時にちょうどいい時間があるのかもしれない。

 でも、正直なところ俺の心境は「まさか」だ。寂しいのもある。


「イチ様」


 ロアベアからその言葉が返って来るまでけっこうかかった。

 しばらくの沈黙の後、あのメイド姿はこっちにくるっと向いて。


「皆さまとご一緒して気づいたんすけど、この格好がけっこう誇らしいっす。うちって駄目なメイドっすけど、この世界で誰かに喜んでもらえたっすから」


 あいつの生首は名残惜しそうに微笑んでくれた。

 そこに今までの思い出が重なった。ママを手伝ってくれたこと、飲み物を運んでくれたこと、マッサージしてくれたこと、あとついでに部屋に多々侵入したことも。

 その格好なりの振る舞いに助かったやつはいっぱいいたはずだ。これからもそうだろう。


「ああ、俺も助かった」

「それは何よりっす。だからうち、向こうでちょっと真面目にやってみようと思うっすよ。先輩とかにだいぶ今まで迷惑かけてきたんで」

「ああ」

「うち、イチ様のお力になれたっすよね?」

「あたり前だ。みんなお前がいてこそだ」


 ロアベアは「そっすか」と頷いてる。

 帰るんだな、フランメリアに。それもメイドらしい気持ちを持って。


「皆さま、うちもフランメリアに行くっす。突然かもしれないっすけど」


 そしてあいつはハッキリと伝えてきた。

 門の方向を見ながら、落ち込んだニヨニヨ顔がそうやって別れを告げてた。


「そうか。準備はできてるのか?」

「実はもう済ませてるっす。それに」


 ……いや、ニヨニヨなんてしてなかった。

 だからこそちょっとぎょっとしてしまった。何せロアベアが急に顔をきゅっと引き締めていて。


「……これ以上いたら、寂しくて寂しくて、行けなくなっちゃうっす」


 信じられないだろうが、静かに泣いていたのだ。

 とても穏やかな泣き方だった。そうだよな、お前は根は真面目なやつなんだ。


「ロアベア、無理しなくていいんだぞ。俺たちと残ったっていい」

「ダメっす。今のうちの気持ち、大事にしてくださいっす」

「分かった、じゃあ見送るぞ。俺もこれ以上いられたら、寂しくて引き留めちゃいそうだからな」

「はいっす……! うち、幸せ者っすね……」

「うん、俺たちだってそうだよ」


 泣くなよ、と笑った。ああだめだ、グスグス泣き始めた。

 女の子を泣かせるのは悪いことだと誰かに言われたけど、それができないなんてストレンジャーもまだまだだな?



 例え青空がきれいだろうが、銀の門の前にひとたび近づけばよどんだ白があるだけだ。

 俺は今日、この剣と魔法の世界に続く入り口で四人目の別れをしなくちゃならない。

 クリューサ、クラウディア、ノルベルトと続いてロアベアだ。この仲間が減っていく感じが、段々と門の形を嫌なものに感じにさせてる。


「……君も行っちゃうのか、ロアベア君」


 それはヌイスも同じなんだろう。少し意外そうに見送りにきていた。

 当のメイド本人はあの大きな鞄を手にして、まっすぐ銀色の世界の前で背筋を伸ばしていて。


「あひひひっ♡ ヌイス様も寂しいっすか?」


 無理が残ったあの顔がどうにかいつものロアベアを振舞ってた。

 だがクールな金髪姿は冗談も混ぜれないという感じで頷いてる。


「泣いたあとみたいな顔でそう言われても困るよ君。寂しいという他ないじゃないか」


 そうも言われれば、あの緑髪のメイドはまた少し悲し気になった。

 けれども泣かなかった。ノルベルトみたいに胸を張って、クリューサのごとく澄ました様子でストレンジャーズらしくこっちを見てた。


「イチ様に纏わるお話、とても大変そうっすけど……でもどうか、事の終わりまでたどり着くその日までお諦めにならないでくださいっす」

「もちろんさ。まずは向こうについたら地盤を固めて、それから世界を調べることにするよ」

「もし御入用であればうちをお呼びくださいっす、たとえ地の中海の中、あの世さえもはせ参じるっすから」

「死後の世界だけはごめん被りたいところだけど、君はある程度雑用もできるし腕も立つからね。覚えておくよ」

「雑談相手からその日の用心棒までこなすっすよ」

「頼もしいね。エルドリーチも見習ってほしいものさ」


 賑やかなメイドの別れにあのヌイスも割と応えたらしい。

 ゆっくりとした次の足取りは寂し気にする銀髪ロリに向かっていった。


「リム様、ごはん美味しかったっす。今度食べに行っていいっすか?」

「もちろん! お姉さまのお屋敷のお台所を占拠しますからどうぞお友達と一緒にいらしてくださいね!」

「うちの先輩とかすごく食いつきそうっすねえ。楽しみにしてるっすよ」

「私もあっちの世界でまた会えることを楽しみにしておりますわ。行ってらっしゃい、ロアベアちゃん」

「ちょっとはリーゼル様にできるメイドだって分からせてくるっす。今までありがとうっす、リム様」

「こちらこそありがとうですわ。あなたも成長しましたのね、立派な姿になって私はとても嬉しいです」

「そう言われたら頑張るしかないっすねえ、あひひひっ♡」


 リム様はとにかく明るく振舞おうと頑張ってるように見えた。

 そりゃそうだ、もう四人目だ。死ぬほどつらいに決まってるさ。


「……ニク君、イチ様のために頑張ってたっすよね」

「……ん、これからも頑張る」

「うん、えらいえらいっす。君はわんこの時からずーっと一緒にしてたっすけど、姿は変わってもイチ様を思う気持ちはいっぱいっすよ」

「だってご主人が大好きだから」

「うちもっす。でも、そんなニク君の姿を見て心動かされたっす。誰かに仕えて喜んでもらえるって、いいものなんすね」

「ぼくも、ううん、みんなロアベア様のおかげで喜んでた。ありがとう」

「うちからもありがとうっす。また会いましょうね」


 メイドはわん娘を撫でてやってた。ゆるく振られる犬の尻尾はそれだけあいつを信用してる証に違いない。

 それからすっかり減った顔ぶれを求めて、ロアベアが少し重そうな足取りでこっちに来ると。


「お二人とはこれでお別れっす。どうかフランメリアについたら、元のお姿に戻ったミコ様と一緒に会いに来てほしいっす」


 別れの挨拶を手向けてきた。

 また泣きそうな顔してやがる。良くうなずいてやった。


「リーゼル様とやらに「アバタール復活」とかいって押しかけてやるよ。待ってろよ」

『もちろんだよ。いちクンと一緒に会いに行くから、元気でね?』

「はいっす。うち、皆が認めるダメなメイドっすけど、隅にはできる子だって思われるほどにはちょっと頑張ってみるっすよ」


 もうニヨニヨ顔はなかった。あいつらしからぬ形で優しく微笑んでる。

 お前もこの旅で変わったんだなロアベア。でも俺たちは知ってる。

 絶妙にダメで面白おかしくやってくれる頼れるメイド、それがお前だ。


「ダメなメイドでいいんだよ、ロアベア。俺もみんなもそんなお前が好きだから」


 だから伝えてやった。するとまあ、眉の形が少し険しくなった。

 それから全力でこくこく首を振ってきた。きつく閉じた口はきっとこらえてるに違いない。


『わたしは今まで通りのロアベアさんが大好きだよ。あなたらしくして、待っててほしいな』


 相棒もこういってる。お前らしさはもうあるんだぞ、メイドの相棒。


「それにうまくやりすぎなメイドなんて見たら、クリューサの奴が不気味がるに違いないさ。あいつの精神衛生のために今の君であってくれってな」


 らしくないやつめ。俺は一言余計にしてやった。

 すると――ロアベアは荷物を置いてすたすたこっちにやってきて。


「……イチ様?」


 むにゅっ。

 抱き着いてきた。メイドのデカい胸が当たってやわっこい。

 あいつはぎゅっと背中に手を回してきて、それからくっついたままの首でこっちを見ると。


「うちのこと、あなたの愛人にしてくれませんか?」


 ついばむような口遣いで、そっと耳元に囁いてきた。

 抱きしめる両腕はその気になれば解けそうだけど、人の身体を配慮して優しく絡みついてる。


『ろ、ロアベアさん……!?』

「――チェンジで」

『いちクンはいちクンでなんてこといってるのこのタイミングで!?』


 でも愛人は恐ろしいってツーショットが言ってた、よって断った。

 お返しは「そんな~」だった。嫌だよこんな愛人。


「ここは普通、しょうがないなあ……いいよ?とかいうんすよイチ様」

「そんな渋々引き受けていいんか愛人って」

「そんなもんっすよ」

「そうか――チェンジで」

「そんな~」

『二度もチェンジいった……!』

「まあ冗談っすよ♡ でもうちがクビになったら責任取って欲しいっす!」

「もちろんだ。雇ってやるから安心していってこい、メイドの相棒」


 万が一の場合の勤め先も用意してやった。

 ストレンジャーに『メイド雇う余裕の確保』という任務ができたが仕方ない。

 ロアベアは「よっしゃ~」とかいって銀の門へと戻っていって。


「――それではごきげんよう。フランメリアにお先にお暇させていただきますが、どうか良き人生が皆さまにあらんことを。お世話になりました」


 びしっとキマったメイドらしい挨拶でスカートを持って、綺麗に回って入っていく。

 明るいあいつは銀色に飲まれて、剣と魔法の異世界へ向かったのが良く分かった。


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