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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
Journey's End(たびのおわり)
384/580

22 傑作剣鉈『侠客』(元三連散弾銃)

 その夜のこと。オヤカタから職人の男を通じて呼び出しを食らった。

 ただ一言の「来い」は条件付きみたいだ。

 同行していいのはミコとアキだけ。まるでこっそり来いと言わんばかりの誘い方というか、人選というか。


「待たせたなストレンジャー。とんでもない傑作ができちまったよ」


 お望み通り律儀にそうして工房に踏み入ると、あの職人が待ちわびていた。

 一体何を繰り広げたのやら。丸一日眠ってないようなひどい疲れようだった。

 入り口で厳しく目を見張らせる見張りも心配するほどで、そんな奴の案内を受けて進んだ。


「よっぽどとんでもないもの作ったんだろうな。そんな顔してるぞ」

『だ、大丈夫ですか? すごく疲れてるように見えますけど……』

「あれが鍛冶屋ってやつなんだろうな、動作の一つ一つが神の一手みたいな……いやとにかくすごいんだ、しかも丁重に教えてくれるもんだからご覧の通り疲れる暇もなかったよ」


 この男はオヤカタと一緒に励んでたみたいだ、疲労も忘れて興奮してる。

 そして最初に待ち構えていたのは、機械の鳴りが収まった工房に集まる住民の皆様だ。


「来てくれたみたいだね、坊や。オヤカタがあんたを呼んでるよ」


 神妙な様子で、しかもその先頭にマダムがいるとなれば期待が増すのは仕方ない話だと思う。


「いやはや、アメノ様は何を作ったのやら。これだけの雰囲気になりえるワザモノでも作ったんでしょうなぁ?」


 そんな完成品を見届けるつもりの眼鏡エルフもわくわくしてるところだ。

 寿命を全うしようとした散弾銃がどう生まれ変わったのか? 予想はつかないが「カタナになりました」以外だったらなんでもいい。


「まずあんたたちに一つお願いがあるんだ」


 最奥の鍛冶場へと足を運ぶと、途中でマダムが言ってきた。

 まっすぐとした目はオヤカタが籠っているであろう遠くを見てる。


「マダムが理不尽なお願いをするような人間じゃないことは百も承知だ。どうしたんだ?」

「別に大したことじゃないさ、できればオヤカタのことは誰にも話さないでくれるかい?」

「あの人のことをか?」

「あいつは人付き合いを選ぶ気質さ、名が広まったり、無駄に関りを持つことを避けててね。そうしないと腕が鈍るって話だ」


 向こうからは鉄を打つ音はしない。

 あの部屋の中に籠る一つ目の巨人をそっとしておいてくれ。そういう願いか。


「なるほど、彼なりの幸せがここにあるから水を差すなということですかな?」


 アキも向こうの様子を伺ってる。そうだとばかりにマダムが頷いて。


「勝手に居座りやがって勝手に仲良くなりやがった根っからの職人だからね。うちで好きにやってんだから、せめて野暮なことはせず気のゆくままやってもらいたいだけだよ」


 オヤカタの待つ仕事場へと導いてくれた。

 大勢の職人たちに見守られて進む先、あの姿が重く腰かけていた。


「なるほど、あなたたちなりの感謝の意ということですか。であれば国に報告するというのも無粋な真似になってしまいますなあ」

「アキだったかい? 別にそのことは構わないそうだよ、どうせ帰らないから」

「となると私が呼ばれた理由はこの場に立ち合えということでしょうな。分かりましたマダム、その通りにいたしましょう」

「そういう事情なんだな。オーケー、今のオヤカタを尊重するよ」

『ここがあの人の居場所なんですね。分かりました』

「ありがとう。面倒な友人を持っちまって悪いね」

「別にいいさ。それにオヤカタにはずいぶん前から世話になってたからな」


 マダムは「前から?」と顔に疑問を浮かべた。なので銃剣を見せてやった。

 あの人の技術が詰まったそれが目に付くと、納得して微笑んでくれたようだ。


「坊、出来上がりだ」


 炉の温かさがまだ残る部屋にたどり着いた。

 お決まりの席でこっちを見る一つ目の巨人が何かを手にしてた。

 それなりの長さを持つ革製の鞘と、そこから覗く柄の反りがナイフとも違う冷たい武器の質感を表してる。


「で、オヤカタ。俺の散弾銃はどんな風に化けたんだ? カタナ以外だよな?」


 さんざん世話になった得物が銃でもない何かになって不安でもあるが、期待もその分あった。

 ついでに「カタナは勘弁」と加えて尋ねると相手はニっと笑って。


「お前らしいものがここにあるぞ。傑作『侠客』だ」


 常人より長い腕でそれを差し渡してきた。

 スリングの付いた黒い革製の鞘、『肘から指あたりまで』のリーチを描いたそれなりに大きなものだ。

 剣か、いや鉈か? 鞘越しの形が厚い刀身の重量を乗せるつくりを訴えてる。


「けっこうデカいな……ナイフじゃなさそうだな、剣みたいだ」


 確かめてると「抜いてみろ」と促された。

 柄はなめらかな反りがあった。パラコードを巻かれて握りやすくしてある。

 ゆっくりと引き抜くとしゃっ、と鞘から金属の感触が鳴って……先端に鋭利さをまとった直刀がまっすぐに姿を現した。


「そいつは不思議な武器なんだ。ナイフや剣でもない、斧でもなければ刀でもない、より実戦的なマチェーテっていうべきか?」


 まず、この形を作るのに携わった男が説明してくれた。

 その一言通りにこれはマチェーテだ、それも極めて効率的に殺すための機能をもった。


「散弾銃が刃物に転生か。こいつはイメチェン成功と見ていいのか?」

『お、おっきいね……? ちょっとした剣みたい……』


 柄の上の根元にはバランスを取るためなのか、尖りを持った三角が片刃に沿って作られてた。

 そこから絞られた刀身は盛り上がり、鋭い研ぎを見せる先端まで『骨肉をぶった斬るため』のバランスとボリュームがある。

 突いて良し、叩き斬って良し。切り裂く作業を効率化するために本体にはいくつか小さな穴も開いていて。


「坊、根元をよく見てみろ。表も裏もだ」


 オヤカタの指摘でその表面に文字があることに気づく。

 漢字で『侠客』と恐らくこいつの名が刻まれてる。

 その裏側をくるっと見れば、『TRIUMPH』と白文字であの約束すらある。


「……TRIUMPH(勝利)か」

「俺からの気配りってやつさ。そっちに移しといたけど良かったよな?」

「気遣ってくれてどうも。大事な約束なんだ」

「なら良かった。そいつは肩にかけて背中に隠すような鞘になってるんだ、バックパックの間にも挟めるし、咄嗟の時に手を伸ばして引き抜けるだろ?」


 鞘にもこだわりがあるらしい。刀身をしまってスリングをひっかけた。

 ちょうど背から腰にかけて斜めに身につく感じだ。手を回せばすぐ握れるし、逆手で抜いても違和感がない。

 バックパックに忍ばせるにもいいサイズだ。まあ、冷たい武器に散弾銃ほどの火力は期待できないだろうけど……。


「お前、こいつを斬れ」


 そんな時だった、オヤカタが何かを取り出した。

 見覚えのある姿が握られていた。間違いようのない、それも恐らくどっかの元傭兵どもが使ってた『カタナ』だ。

 それをこいつで斬れというのだ、それも俺じゃなく。


「お、俺が……ですか、オヤカタ? こういうのは得意じゃないんですが……」


 またしても選ばれた職人の男だ。急なご指名に腰が引けてしまってる。

 だが一つ目のご老体はマジな目で、マチェーテをよこせと手が動いてた。


「職人なら最後まで付き合え。坊、そいつを貸してやってくれ」

「……俺の気のせいじゃなかったら、このマチェーテでカタナをぶった斬れって無茶ぶりに聞こえるぞ」


 しかも淡々とそれを「斬れ」というのだからお気の毒なことだ。

 人の言葉にも構わず、オヤカタは拾い物の刀を握ってまっすぐ掲げた。

 逃げ出しそうなぐらい不安そうな男に『侠客』をくれてやると、それはもう渋々に構えて。


「い、いくぞ……!」

「落ち着け小僧、しっかり握って振りに僅かな引きを加えて裂け」

「おいおいおいちょっと待て、そんなもんでカタナが斬れ……」


 初々しくぎこちない振り払う動作が始まった、事故りそうな勢いで。

 刀身同士が打ち合って弾かれるのが目に見える弱腰だ。二人が不運な事故になる前に食い止めるにも時すでに遅く。


 ――かきんっ。


 次に感じたのはえらく澄んだ音だった。

 すぐにからんという金属音も伝わった。根元から少し離れた部分が折れたカタナの姿を残して、だが。


「……てるな、うん。」

『か、カタナ斬っちゃった……!?』


 つまりやりやがったのだ、カタナぶった切りやがった。

 それも素人同然の振りでだぞ? なのにマチェーテは傷一つないのだ。

 そんな修理費が高くつきそうな姿に、周りは静かな驚きを浮かべていて。


「はっ、なんてこった。鉄を斬っちまうなんてコミックかなんかの話かと思ったよ、うちでとんでもないもん作りやがって」


 特にマダムはマチェーテの振る舞いにずやずやと感じ入ってしまってる。

 人の思い出を叩き伏せた得物は変わらぬ姿で平然としてるのだから、その頑丈さも嫌というほど分かる。


「す、すげえ……! 手触りが全然違うぞ!? 力がまっすぐこもるし、それに重みのバランスもいい、こんな武器初めてだ……!」


 職人の男だって感極まって手をぷるぷるさせつつ、それを渡してきた。

 再び手に重みが戻れば今度は俺の番だ。オヤカタが二本目を掲げる。


「そいつはお前の手首の動きや筋肉のくせ、身体の捻りに足さばきも考慮した上で釣り合いを取ってる。お前が使ってこその得物だ」


 今度は俺がやれってことらしい。軽く構えて確かめてみるか。

 利き手で握って横合いに打ち込もうとすると身体がすんなり働く。

 左から右への打ち払いをイメージしても「どう斬ればいいか」が自然と分かる。

 逆手に持ってもしっくりくる――なんだこれは、いつぞや誰かに習った「ナイフは腕の延長」どころじゃない馴染み具合だ。


「……こうか?」


 マチェーテを内側に引いた、片足の踏み込みを入れて――カタナめがけて払う。


 ――ぎんっ!


 がっしりと持ち上がるそれに当たった。

 金属の打ち合いの痺れと共に、刀身の半ばほどが()()()転がっていく。

 いや冗談にもほどがあるぞ。刃物が刃物を斬り落とすなんてふざけてやがる。


「どうだ坊、気に入ったか?」


 しかもそんなものを一つ目に収めて、自信ありげな口元でそう聞いてくるのだ。

 刃には傷一つないし、むしろ宿敵をへし折って強くなったようにも見える。


「ああ、こんなものがこの世にあっていいかって戸惑ってるぐらいだ」


 変な笑いが出てしまった。

 これがフランメリアの伝説の鍛冶屋ってやつなのか?

 今までいろいろな武器を手にしてきたが、これほどヤバイと思ったことはない。

 試し斬りが終われば周りの連中がわいわいやってきた。くるっと回して手渡すと、なんだこれはとみんなが調べ出す始末である。


「いやはや素晴らしいものですな……。ただの鋼でここまでの()()を生み出すとは、やはり国宝と呼ばれる身だけはありますな」


 アキはよっぽどいい記録がとれたのか感無量でいる。それだけのものなのだ。

 一仕事終えたオヤカタはそんな物言いに見向きもせず。


「ミスリルだのなんだの、そんなごまかしが効くもので得物を作るのが嫌いなだけだ。それにそいつを生み出したのは俺だけじゃない、坊の恩人とやらと、そこの小僧の手を借りたからこその逸品だ」


 すっかり冷えた鍛冶台にそういうだけだった。

 もう元の姿はない。でもこいつは散弾銃好きな神父の祝福がかかったとんでもない品だ。

 喜べよアルゴ神父。あんたは今、一足先に剣と魔法の世界と繋がってるんだ。


「良かったじゃないかいストレンジャー、あんたの形見はまだまだ現役だよ」


 マダムも満足するほどの出来栄えだ。良かったよ、また一緒に旅ができて。


「なあ、この銃剣はあんたが関わってるらしいな?」


 俺はマチェーテを収めて、代わりに銃剣に親指を向けた。

 この世を共にした仲間の一つだ。向こうは成すべきことを終えて目もくれないが。


「もしそうだったら、あんたはずっと前から俺を助けてくれてたんだな。ありがとうオヤカタ」


 思えばそうだな、ナガン爺さんと会った頃からオヤカタとは縁があったんだろう。

 こいつで命拾いした出来事が一体何度あったものか。だとしたらこの人も恩人だ。

 それだけ伝えると職人気質でいっぱいの巨体はどこかを見たままで。


「フランメリアで今頃飲んだくれてる鍛冶屋のドワーフがいる。そいつに見せてやってくれ、それが言伝だ」

「分かった、必ず伝えてくる」

「行け。勝利を掴んで来い」


 顔も見せずに対価を求めてきた。この()()が誰かへの伝言だ。

 もうお話は結構らしい。一礼してから全員でぞろぞろ出て行った。


『ふふっ。おじいちゃんとまた一緒に旅ができるんだね、良かった……』

「ああ、今度はカタナすらぶったぎるぞ。すげえもん作りやがってあの人」


 幾分軽くなったけど、積み重なった時間はまだここにある。

 あんたの生き方を見届けた俺とミコが証人だ。ついてきてくれ、アルゴ神父。


「坊や、あたしからもあんたにプレゼントってやつさ」


 そのまま工房を後にしようとするとマダムが立ち止まる。

 するとお連れの女性が近くのテーブルにジャンプスーツをどんと広げた。

 相変わらずの黒い格好だが、一目で分かるほどにその姿は変わり果ててる。


「もうできたのか?」

『わっ……!? 前と全然見た目が違う……!?』

「そりゃ誰かさんに脱いでもらった甲斐があったよ。『神が宿ったようなすさまじい裁縫』というほどの閃きが走ったんだからね」


 仕事をしてくれたご本人はマチェーテに感激した勢いを忘れない強い笑みだ。

 その下で大の字に広がった形は新品同様の黒い頑丈さを見せていた。

 サイズ感も今の身体よりもわずかに上回る余裕さを持たされてる気がする。

 ベルトで固定するポーチが幾つか、更にあちこちの側面にポケットが増設されていて。


「ひどくボロボロだったから修繕ついでに大部分を防弾機能のある生地に変えてやったよ。ポケットの位置も変えて使いやすくして、坊やのサイズにあわせて『あそび』も持たせた状態にしたから前より動きやすいはずだよ。ついでに抗菌機能とマダムの保証もつけといたからね、どっちも耐用年数無限さ」


 マダムは自信作に得意げな説明も入れてくれた。

 見てるだけで心強い衣装だ。擲弾兵の先輩どもに見せてやりたい気分だ。


「ありがとうマダム、こんなの着たら上官殿が羨ましがるだろうな」

「へへ、もしあたしがグレイブランドにこいつを売り込むって言ったらどうする坊や?」

「ストレンジャーがお先に着てますって言っとけば食指は湧くんじゃないか?」

「来週あたりあいつらの衣替えの季節になりそうだね。あいつらには今後のごひいきを考えて割引価格で提供しといてやるよ」


 お互い握った拳をぶつけていい顔で笑った。

 いろいろもらって嬉しいが、何より大きいのはマダムやグレイブランドの奴らにこれからの楽しみが増えたことだ。



 ダムにいる奴らをどうにかするのは後だ。マダムからの情報提供を待とう。

 そういう訳なので今夜はじっくり休むことにした。具体的にはベッドでだらだら。


「思えばナガン爺さんが来た時から、ずっとここと繋がってたんだろうな……」

『うん、そうだね……。私たちがニルソンを出た後からも、どこでもファクトリーの装備品が使われてたよね』

「……いや、よく考えたらお前と会う以前からだったかもな」

『わたしと会う前から?』

「アルテリーの奴らがホームガードスピア使ってたから分捕って持ち主に帰してやったりした」

『……そう考えると、ここに来てからずっとなのかな?』

「アキ風に言えば長いお付き合いですなあ、ってやつか」

『ふふっ、そうですなあ?』

「今のはアキには秘密だぞ?」


 うつ伏せで眺める物言う短剣もすっかりリラックスしてた。

 確かにファクトリーとは長い付き合いになってるだろうけど、この相棒の方が時間も濃さも上だ。


「……ん、ぼくも」


 それから隣でうとうと中のわん娘も。撫でてやると気持ちよさそうに目を細めた。


『わたしたち、今までいろいろな人たちと繋がってきたよね?』


 ニクのふわさら感を楽しんでると、横たわる相棒がそういった。

 だからいろいろ思い出してしまった。今までの旅で得た物とか、結んだ縁とか。


「最初はボスから始まったんだよな。そこからプレッパーズの連中と知り合って」

『うん。その次はノルベルト君に会ったし、シド・レンジャーズの人達と出会って、エンフォーサーのハヴォックさんにお世話になって』

「その次がガーデンの皆さんにフロレンツィア様とチャールトン少佐だ。今頃何してるんだろうなあの人たち」

『わたしはクリンの人達も気になるな。レミンさんたちもそうだけど、あの町大丈夫なのかなって心配だよ』

「あそこのせいで『カ』で始まる案件があると条件反射でクリン思い出すようになったからな、畜生」

『わたしもです……。あの時の傷、もう大丈夫? 最近落ち着いてるけど』

「最近ショックデカすぎて嫌でも治ったよ」

「む、無理しちゃだめだからね……?」

「まあ、クリンはブラックガンズがある限り大丈夫じゃないか? 周りもあいつらいれば飯には困らないはずだ」

『美味しかったよね、あそこのご飯。今頃コーヒーは届いてるかなぁ?』

「ちゃんと届いてびっくりしてもらわないと困る。そう言えばスティングはどうなんだろうな? オレクスの奴が人の交友関係に物申すぐらいの余裕はあるだろうけど」

『オレクスさん、ちゃんとお家建ててもらえたのかな……? あっ、それからママさんとビーン君も……』

「本人のリクエスト通り武器庫の隣以外で作ってもらえたはずだろうな。ママの宿屋も自警団の連中が守ってくれるって言ってたし大丈夫だろ」

『スティングもフランメリアの人達のおかげで早く復興できたっていってたよね、擲弾兵の人達と付き合い始めたって聞いたし』

「スティングは安泰だな。まったく、なんで駅前に槍ぶっさした戦車飾るんだか」

『いちクンの先輩たち、見たらびっくりしちゃうかも?』

「擲弾兵は槍で戦車を破壊できるって思い込んだらどうするんだよ。いや、まあ先輩どもならいけるか?」

『流石にあれができるのはいちクンかノルベルト君ぐらいだと思うよ……』

「俺もやっとノルベルトに手が届いたか、旅路と同じぐらい長かったな」


 こうしてゆったり話すのはどれだけ久々だったんだろう。

 気づくとああだこうだ、今までのことを二人で思い返してた。

 中には嫌な記憶も多数あれど、今ではどことなく笑ってやり過ごせる程度だ。


「……この旅も、そろそろ終わっちゃうんだよね?」


 ニクを撫でながら話してると、物言う相棒が寂しそうだった。

 世紀末世界の思い出はゴールと同時に終わる。

 そうして新たな一歩を進むわけだが、あいにく「いつもどおり」はそこで消える。


「みんな、それぞれにやることがあるからな」

『うん。ノルベルト君はご両親のところに帰らなくちゃいけないし、ロアベアさんは魔女様の場所に戻らないとって言ってたし』

「クリューサたちは旅するんだったよな」

『そうだね。リム様はたぶん、向こうに付いても一緒になると思うけど』

「そう言えばお前、料理ギルド誘われてたよな? 入るのか?」

『わたしね、入ろうと思うんだ』

「それがいいと思う。リム様ちょっとアレだし頭芋だけど、ほんといい人だ」

『……それもあるけど、わたしがみてないといちクンに何かしそうで不安なのもあるよ』

「見てても強行突破してくるだろあいつ」

『そうだったね……!』

「でもヌイスの奴はどうするんだろうな、調査するとか言ってたぞ」

『どうなんだろうね? いちクンと一緒にいた方がいいと思うんだけど』

「あいつがいてくれると助かるからな。それに俺、運転できないし……」


 またわんこを撫でた。柔らかい毛並みの動きに沿ってふにゃっとリラックスしていく。

 それからしばらく沈黙が続いた。だって次に浮かんだ考えが「相棒」とのその後だから。


『ねえ、いちクン?』

「ん」

『あっちの世界についたら、わたしはどうするの?』

「一緒にいれるように頑張る」

『クランのみんなに打ち明けてから、だよね?』

「俺なりの責任の取り方だよ。色々考えたけど、やっぱ謝罪しか浮かばない」

『……悪い人じゃないって、みんなに言うからね?』

「ありがとう、でもさ……だからって良い面だけ見せて「助けてやったぞ」なんてできない。そうしないと巻き込んだ人たちに申し訳が立たないからさ」

『ちゃんと向き合ってるんだから、もう十分だよ』

「分かってくれる奴がこうして目の前にいるんだ、俺はもう十分に幸せ者だ」

『……そんなのわたしは幸せじゃないよ』


 ところが俺に待ち受けるのは暗い暗い未来かもしれない。

 人生最大の二択が待ってるだろう。ミコの家族にすべてを打ち明けるか、隠して誤魔化すか。

 少なくとも今、相棒を曇らせるだけの答えがないほどだ。


「……ごめん、自分しか見てなかったな」

『……ちゃんと気づいて謝れるんだから、えらいよ』

「悪いと思ったらすぐ謝るのが俺の信条だからな」


 短剣を見た。元の身体も表情もない無機物だけど、俺以上の心が詰まってる。

 何も言えずにじっと見てると『いちクン』と呼ばれて。


『……あのね? 別に、わたしを幸せにしろとかは言わないけど』

「ああ」

『あなたと一緒に幸せになりたいだけだよ。いちクンを置いてけぼりにしたくない』

「俺とか」

『うん。だって、ずーっとわたしを独りにしなかったよね?』

「そりゃ、お前がいないと寂しいからな」

『相棒を寂しがらせるな。わたしもそうすることにしたよ』


 俺の相棒もずいぶん逞しくなったな、強くそう言われてしまった。

 負けた。ストレンジャーなんてただ戦う才能に恵まれただけの人間だ。


「だったら、こう考えるべきかな。一緒に幸せになる方法とか」

『うん、それでいいと思うよ。それならわたしも一緒に考えれるから』

「ごめんな、また置いてって」

『また拾ってくれたでしょ?』

「お前もだいぶこっちに染まってきて何よりだよ、ありがとう」

『ふふっ、わたしも擲弾兵に染まっちゃったかも?』

「頼もしいこった、本当に」

『……いちクン、泣いてる?』

「泣いてない」

『泣いてるよね?』

「泣いてないぞ」

『ふふっ、わたしと一緒の時は強がらなくていいんだよ?』

「分かった降参だ、嬉しくて涙が出るね」

『うん、よろしい』


 これからの課題もできた。二人で平等な幸せをどう手に入れるかだ。

 ミコの家族に再開させて、たぶんその時ボロクソ言われたとしよう。

 その後だ。その後俺は、地の底をぶち抜き地獄目前まで落ちた信頼をどう取り戻す?

 そうじゃないといけないのだ。俺がこいつの家族との仲を引き裂く原因になってはいけない。


「お前のクランメンバー、だっけ? そいつらともちゃんと仲良くやりたいな、お前だけと仲良くしたって駄目だと思うし」

『……うん、たぶんだけど、いちクンに強く言っちゃう人もいるから。でも、すごくいい人だからね?』

「お前が言うんだ、何言われたって信じてやるよ」

『でも、流石に言い過ぎたらちゃんと私からも言うからね?』

「そっちも言いすぎるなよ。せっかく元に戻って再会したのにギスギスして離れ離れに、なんて嫌だからな俺」

『……わたしもいやだよ。だって、ずっと一緒だった家族だから』

「うん、それでいいんだ。まずはお前のクランメンバーと仲良くしてやってくれ、そしたらどうにか後から追いつくから」

『ぜったい、見捨てないからね……?』

「知ってる。お互い支え合ってきた仲だろ?」


 こつんと拳の裏で物言う短剣をノックした。

 この世界で山ほど失って、その分だけいろいろなものを得たけれども、一番の収穫はこいつかもな。

 自分のことを分かってくれる相棒が手に入ったんだ。ストレンジャーとか言うやつの名声よりも、ずっと大事なものだ。


『……いちクン、そういえば、だけど』

「なんだ」

『えっ……とね? その、ロアベアさんとかりむサマとか、いろいろな人とあんなことシてたけど』

「待ってくれミコ、その話題はデリケートだ。慎重に扱え」

『律儀に初めてのキスだけは守ってるよね……?』

「律儀さを生かして死守してるだけだ」

『……ずっと楽しみにしてるんだからね? ふふっ♡』


 ミコからくすぐったさそうな笑いが出てきた。

 一つ不安もできた。こいつが元の姿に戻ったら、あの肉食系女子どもみたいになるんだろうか。

 いや、相棒のことだ、そんなド淫乱なわけない。ミコはそんなことしない。


 *がちゃんっ*


 そんなほのかな心配事の直後、案の定部屋のドアが揺れた。

 だが残念だったな、施錠済みだ。どうせ来るだろうと思って防御は万全だ。


『イチ様~、ミコ様~、ニク君~、暇っす!!』


 そしてあいつの声もした。しかしドアは開かない、勝ったな!


『……来ちゃったね』

「残念だったなロアベアァ! そう来ると思って鍵かけといたんだよ! 帰れオラッ!」


 少しの間『開けてっす~』と懇願されたが、すぐにドアの揺れは収まった。

 ベッドの上から通路を確認、もはや勝手に侵入しようとする輩はいない――守り切った。


 *かちゃっ*


 ……と思ったら、軽い音がした。

 見れば向こうで扉が開いてしまってる。

 もっと目を凝らすといつもと違う格好のメイドが鍵をちらつかせていた、どういうことだ。


「あひひひ~♡ そう来ると思ってマダムから合鍵もらってきたっす~♡」

「……嘘だろ……」

『突破されちゃってるよ……』


 ニヨニヨ顔は近づいてきた。それも自分の身体を見せびらかすように。

 いつもの黒と白のメイド服にしては布の面積が明らかに違った。

 スカートは膝上あたりまで少し短くなってるし、袖も切り詰められ、何より胸だ。

 白くて大きな胸元が見えるようになった仕事着にみっっちりと胸の形を押し上げて、更に戦闘用のリグをつけた『コンバットメイド』がいた。


「どうっすかイチ様ぁ、イメチェンっす!」

「そいつもマダムの仕業か?」

「男はこういうの効くって言ってたっすよ!!」

「何やってんだマダム……!?」

「で、どうっすかこれ」

「寝る前に見せる姿か?」

「今夜は寝かせないっす!」


 何か勘違いされてそうだ、違うんだマダム。

 緑髪のメイドさんはによっとしながら胸元を強調してる、だがロアベアだ。

 さっさとお帰りになってもらうか、さもなくば無視して寝ようとすると。


「いっちゃん、女王様はいかが!?」


 *がちゃっ*


 ほらやっぱり来た(二度目)、女王様だ。

 便乗してくると思ったが本当に来るとは――いやなんだあの格好。


「……女王様、その格好どしたん?」

『な、なんですかその……は、激しい服……?』


 メイドよりひどかった。

 白くて上質な布地だと分かるドレスを着ていた。どう見ても旅向けじゃないのは確かだろう。

 問題はその露出面積だ。大きな胸がぼんっと谷間を開けて、横からも溢れて柔らかそうな肌が部屋の照明に輝かされていた。

 下半身? 腰も丸見え、股間を隠す布地だけでなんなら下着すらつけてないのがとても分かる。

 きゅっと細くしなった腰に手をやりながら、そんな痴女は得意げにやってきて。


「マダムにいっちゃんのところに遊びに行くって言ったら一着貰っちゃった!!」

「マダム違うんだ!! 何勘違いしてんだあの人!?」

「そういうことなので勝負よいっちゃん! 私に負けたら(はずかし)めるぞ!」

「待ってくれ女王様! 勢いが早すぎる!」


 じりじり寄ってきた、肉食獣さながらの目で。


 *がちゃっ*


 また開きやがった! 大人のリム様だ!

 もう潔い姿でいらっしゃる。上も下もどうにか()()()()を守るぐらいのきわどい黒水着とハイソックスをつけた痴女その2だった。


「――祭り会場はここかしら?」

「――開演前に帰って下さい」

「オラッ!! ×××出せっ!」

「まっマダム! あんた俺のことなんだと思ってるんだ!?」


 すっごい格好した三人が迫ってきた。

 組手の構えをした女王様がでっかい胸と一緒にダイブしてきて――



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