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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
Journey's End(たびのおわり)
382/580

20 アリフ・スィーン

「マジかよ……生きてたのか」


 こんなジメジメした場所に誰がいるかと思えば、まさかの同郷だ。

 忘れるはずもない。人食いカルトに攻め込まれたハーバー・ダムが自爆する寸前、俺はこいつと共に逃げた。

 そして見捨てられた。間もなくすべてが跡形もなく吹っ飛ぶというところだ。

 ストレンジャーは訳ありの復活を遂げたが、人を見離した四輪バギーは延々と長いトンネルを一か八かで走っていった。


「……こういう時、なんて言えばいいのか」


 それがどうだ。その本人がこうして申し訳なさそうにしてるのだ。

 お互い格好こそ違えど、間違いなくあの時出会った仲なのはすぐ分かった。

 向こうは俺の表情に向けて()()()()をしてるし、こっちだってくぐもりのある声とマスクに驚いてる。


「とりあえず『お久しぶり』じゃないか?」

「……そんな気さくな挨拶ができる身じゃないよ、おれは」


 だが向こうはひどく不安がっていた。

 間違いなくあの時のことを引きずってる素振りだ。


『あの……この人は……?』


 そんな会話に肩の短剣の声が混じると、マスクの男がぎょっと驚いた。

 ブルヘッドの小男ほどじゃないがおどおどしてる。

 それによく見ると、袖から覗く腕に赤の滲んだ包帯が巻かれていた。怪我か。


「爆破処分されたハーバー・シェルターの生き残り、それも途中までご一緒してたぐらいの仲だ」

『ハーバー・シェルター……じゃ、じゃあ……いちクンだけじゃなかったんだ!』

「ああ、俺一人じゃなかったみたいだ」


 こうもいきなりの再会を遂げてしまって「まさか」だが、不思議と怒りはない。

 むしろ今は同郷の奴に合えた嬉しさの方が勝ってる。

 そうか、俺は最後の擲弾兵じゃなかったんだな。


「……すまない。あの時、あんたを見捨ててしまって……」


 そいつは続く言葉に「後悔」というワードが挟まりそうな調子だ。

 明るさのない部屋もあってそのどんより具合は()()()()というべきか。


 俺は思った。

 見捨てられたのは確かだ。かといってあの状況じゃ仕方ないと。

 条件つきで蘇る俺がいる一方でこいつの人生は一度きりだ。

 あんな状況で死にかけを乗せてのろのろ走ってたらこんな再会はなかったはずだ。


「気にするな。お前が生きててよかった理由が今いっぱいあるところだ」


 いいや、俺は笑った。

 アルテリー・カルトもライヒランドも馬鹿だな。最後の擲弾兵だって?

 まだここにいるじゃないか。あの最悪な事件の唯一の生き残りじゃなかったのだ、このストレンジャーは。


「……おれを恨んでないって言いたいのか?」

「まあそんな感じだ」

「どうしてだ。あの時あんたをはっきりと見殺しにしたんだぞ? 忘れたのか?」

「俺だって忘れもしないさ。まあ仕方がない気がする」

「仕方がないって?」

「俺はワケありで死ねないし、そっちはどうにか生き延びた。なら十分だ、それにちゃんと仕返しもしてやったからな」


 身ぶり手ぶりでいかにアルテリーをぶちのめしたかというところまで教えると。


「……ここまできてお礼をしにきたってわけじゃないんだな」


 ひどくストレスのありそうな様子で安堵していた。

 よっぽど神経質な生活が続いてたんだろう。だったらこの部屋の暗さも納得だ。


「たまたま寄っただけだ。俺が報復しに来た顔に見えるか?」

「残念だけど少しそう見える」

「次からはヘルメットでも被ってきてやるよ。それよりお前、その腕どうした?」


 こうして同郷と会えて光栄だが、次の話題に切り替えた。

 片腕から覗く傷を視線で触れると、そいつは痛そうにかばって。


「流れ弾を食らったんだ。81㎜の破片だ、咄嗟にかばったけどけっこう深くてな」


 腕を引っ込めながら険しい口調で教えてくれた。

 クリューサが適切な治療を施したおかげか。ようやく傷が落ち着いたらしいが。


「そうか。クリューサの処置済みか、頼むミコ」

『うん。ちょっと痛いけど我慢してくださいね?』


 肩の相棒にお願いした。

 何事なのかと身構えた男に【ヒール!】と詠唱が飛ぶと、マナの光が散った。

 びきっと傷が寄り合う嫌な音がした。流石の男も腕を抑えてうずくまるも。


「い゛っ……!? な、なにする……痛ぇ……!?」


 効いたらしい。マスクを伝った苦しそうな息遣いがすぐ収まった。

 包帯を巻いた腕もちゃんと動いてるみたいだ。手を握って開いて動きを確かめて、満足に動くことが分かれば。


「……なんだこれ、魔法か?」


 少し余裕の空いた声で尋ねてきた。


「まさに魔法だ。大丈夫か?」

『い、痛かったらごめんなさい? 腕、ちゃんと動きますか?』

「……動くよ。いや、うん、ありがとう。すごく楽になった」


 マスクがなかったらひどい汗でもかいてそうだが、もう一人の生き残りはこっちを見ると。


「……あのさ、正直なこというけど。あんたの噂を聞いて怯えてたよ」


 まだ後ろめたそうなまま告げていた。

 どんな噂を耳にしたかはともかく、今でも怯えてるのは確かだ。


「どの辺がおっかないのか教えてほしいかな」

「まだあんたが生きてたことだ。色々聞いたよ、人食いカルトを殺したとか、スティングを救ったとか、ブルヘッドで大暴れしたとか」

「俺の噂はよく届いてるみたいだな」

「そう、だからさ、段々とこっちに近づいてる気がしたんだ」

「お前に?」

「ああ。日がたつごとにおれのところにやってきて、いつか仕返ししにくるんじゃないかってな」

「そしてちょうど仕返ししにきそうな顔が今日こうして現れたと」

「悪かったよ。人を差別するときは心でするべきだっていうのがおれの信条なのにさ」

「奇遇だな、俺もだよ」


 不安な理由は「ストレンジャーのお礼参り」だったそうだが、その心配はないと顔で表現した。

 それで安心したのか、それとももっと落ち込んだか、マスクの男はため息をついて。


「でも正直今は安心してる。おれもひとりじゃなかったんだな」


 ようやく気持ちが落ち着いたらしい。

 さっきよりだいぶ余裕のある様子でこっちを見てくる。


「俺だって安心してるさ。何せ一人じゃなかったからな」

「そうか、あんたも同じ場所にいたよな」

「そういうことだ。ところで「どうしてマスクを着けてるのか」っていう質問はNGか?」


 どうせならその表情も確かめたかったが、この質問は嫌な部分に触れたんだろう。

 男は少し悩んだようにしてから。


「……脱出の時にひどいやけどを負ったんだ。それにこのマスクは故郷の形見みたいなもんだし、だったら都合がいいだろ?」


 手ぶりを込めて第二の顔をこんこんした。

 使い込まれてボロボロだが、今じゃ立派な表情らしい。


「また奇遇だな、お前にも形見があったんだな」

「あんたにもあるのか?」

「まあな。今はちょっとイメチェン中だ」


 手元にあれば三連散弾銃を見せてやりたかったが、第二の生き残りはこっちを見上げると。


「さっきセキュリティから連絡があったよ。あんたに役立ちそうなものをよこしてやれって」


 店らしい振る舞いを見せてきた。

 重荷ごちゃごちゃな台の上で陳列されたメモリスティックだ。

 ケースに守られてさぞお高そうなイメージのもと販売されてるらしい。


「なるほど、ここじゃレシピが売ってるってわけか」

「ここじゃいろいろなデバイスを売ってるんだけど、こういうのもけっこう需要があるんだ。しかるべき作り方を書いた青写真は懐の温かい新興のコミュニティとかに人気でね」

「へー、どういうのが売れてるんだ?」

「ファクトリーでは作るに値しない手製の武具の製法とか、ちょっとしたスタンガンやらの作り方、それから薬品の調合法とかだな。もちろん安くはないぞ」


 ガスマスクの男はお試しとばかりに一つ取った。

 ご丁重に値札つきだ。【ライフルグレネード】と名のあるものが6000チップ。


「あんたのPDAでも読み込めるはずだ。まずこいつをもってけ」


 そんなものをぽんと渡されてしまった。いいんだろうか?


「いいのか?」

「おれからの気持ちも込みだよ。やっと気楽になったんだ」


 そういうので受け取った。読み込ませるとレシピが増えた。

 続いて男は更に手元を漁ると。


「……あんたに聞いてほしいんだ、おれがどうしてここに来たのか」


 何本かメモリスティックを選びながらぼそっとつぶやいた。


「だったら聞かせてほしいところだ。話してくれよ」


 もちろん聞いてやるつもりだ。頷いて促すと「ありがとう」と始めた。


「あの後、おれはどうなったと思う?」

「やけどを負ったってことはトンネルを抜けた感じか?」

「そう。どうにか逃げきれたんだ」

「あれで間に合ったのか。びっくりだ」

「問題はその後だよ。アルテリーの奴らがボルダーでうろうろしててさ、逃げなきゃいけなかった」


 こいつは無事にトンネルから逃げきれたようだが、その後が面倒だったらしいな。

 アルテリーを見かけたってことはまだあいつらが南下してくる前の話か。


「なるほどな、まさかあいつらに追われながら逃げてきたとか?」

「いや、追わせないようにした」

「どういうことだ」


 すると男は「こいつだ」と顔を向けた。

 目で追う先には壁に飾られた――科学的な色を感じさせる黄色いスーツがあった。

 顔をすっぽり覆うマスクと小さなタンクもセットだ、あれは確か。


『……あれって放射能防護服、ですか?』


 ミコの問い掛けは正解だ、男は首で肯定して。


「外に残ってたシェルターの車両にこいつがあったんだ。急いで着替えて四輪バギーで南へ向かった、なんでか分かるか?」


 今度は壁にはめられた地図を親指で示した。

 使い込まれた紙質には戦後のウェイストランドがあった。

 『感覚』頼りに見れば、キッド・タウンやサーチ・タウンを通り過ぎて、そして次はガーデンに当たって……。


「もしかしてこういうことか?」


 ふと「まさか」と気づく。身体を伸ばして指を這わせた。

 ガーデンの東から続く放射能汚染地帯を進めば、あっという間にファクトリーだ。


「ご名答。おれはカルト集団にもレイダーにも追われないルートを選んだんだ、荒野を突っ走って一番まともと言われてる『ファクトリー』を目指した」


 こいつの旅路は細かくまでは分からないが、あまり快適なものじゃなかったらしい。

 だが選択としては正解だろう。

 この前まで不安定だったキッドからガーデン、人食いが隠れるクリン、陰謀うずまくスティング……いろいろだ。

 それをすっ飛ばして直接ファクトリーにきたわけだ。リスクを承知で。


「最短ルートでここまで逃げてきたのか、お前」

『……そっか、放射能汚染の中を進んできたんですね』

「ああ、それが最善かと思ったんだ。ファクトリー以外あんまりいい噂は聞いてなかったからな」

「いや、正解だと思うぞ。今はもう安全だけど、前はヤバイところだらけだったしな」

「あんたの旅の噂を聞いてつくづく実感してたよ。傭兵集団に人喰い家族にライヒランドだ、人生一回分の賭け事に勝った気分だ」


 男はかき集めたメモリ・スティックをからからさせてまとめた。

 厳選された手のひらに収まる数本の『レシピ』だ。


「その後、マダムが拾ってくれてさ。今はこうして店舗を譲ってもらって、電子機器を取り扱う唯一の店としてどうにか食ってるよ」

「ちゃんと食い扶持も見つかったんだな」

「趣味が生きたんだ」

「どんな趣味だ」

「ちょっとパソコンの組み立てとか、セットアップができるからな。そういう人材が少なかったから趣味に生かされた感じだ」

「だったら俺もマダムに雇ってくれるだろうな。ちょうど俺もそういうのが得意だ」

「できると思うぞ、おれがやっていけるぐらいだしな」


 それから、けっこうなチップ分の価値はある値札を剥がしたうえで渡してきた。


「手製の手榴弾の製法が幾つかと、一昔前のファクトリー規格の道具の作り方だ。本当だったらあれこれくれてやりたいけど、こっちも商売があるから許してくれ」


 ガスマスクの表面越しに中身の説明を付け足してくれた。

 確かに受け取ると、しかしまだ物足りないのか相手は更にあたりを探って。


「……それから、こいつだ。万能火薬の製法が入ってる」


 黒色のメモリスティックを渡してきた。

 出所はごちゃごちゃした棚の中だ。色褪せた見た目から雑に扱われた名残がある。


「おまけのプレゼントが火薬の作り方だって?」

「こいつは特別だよ。戦前の廃墟、それも軍の施設から回収した秘密のレシピだ」

「そんな大層なものもらっていいのかって話だ」

「万能火薬は材料と設備さえあればそこそこの労力で作れるけど、こっちはちょっと特殊でね。軍事規格の特殊な機械がないと作れないようになってる」


 男は本当に「どうしようもない」とばかりに押し付けてきたらしい。


「なおさらもらっていいのか疑問に思ってきたところだ」

「ファクトリーのコネをフル活用しても検討つかずだよ、解析してもブラックボックスだらけで分からないし、そうなったらただのゴミだったんだけど」

「ちょうどよく押し付ける先が来てくれたとか言わないよな」

「いや、あんたならもしかしてって希望さ」

「ストレンジャーを何でも屋と勘違いしてないか?」

「まあいいから持ってけよ、きっと役に立つ」


 おまけのレシピも貰った。もし値札通りに従えば結構な値段になるはずだ。

 さっそくPDAに読み込ませると情報の山が視界に浮かぶ。

 『手榴弾コンポーネント』『焼夷手榴弾』『フラッシュバン』『インジェクター』『工具』『万能火薬』などなど盛りだくさんな具合には。


「……あんた、これからどうするんだ?」


 クラフト画面を確かめてると男が尋ねてきた。

 どうにも俺の行く末が気になるらしい。


「ダムへいってフランメリアっていう場所までの道のりを作って来るつもりだ。剣と魔法の世界から来たファンタジーな連中の帰り道を作らないといけない」

「剣と魔法の異世界か」

「信じられないと思うけどそんな世界がもう一つあって、そこから来た奴を送り返す仕事があるんだ。その後は俺も向こうへ行っていろいろとやることがある」


 答えてやった。ガスマスクから悩ましそうな息が伝わった。

 何を考えてるのかさっぱりだ。けれども相手は少し悩んだようにして。


「そうか。大変そうだけど頑張ってくれ」


 それだけの間を作ってから言葉を向けてくれた。

 まだ後ろめたさがあるんだろうか。顔も合わせぬままだ。


「俺からも質問させてくれ、お前は?」

「おれか?」

「そう、ファクトリーに残るのか?」


 だからこそ気になった、こいつの今後はどうなるのかと。

 同じ故郷を持つ人間がいて嬉しいが、じゃあこのガスマスク男のこれからは?


「おれは…………」


 そんな疑問に向こうは深く、それも長い沈黙を始めた。


「……あんたと違ってこんな人間だ、もう今の生き方に満足してる。それにマダムやここの人達に恩があるから」


 けっきょく、どうにか絞り出したような言葉が返されただけだ。 

 それを耳にして少し残念だった。

 どうせ二人目の擲弾兵がいるなら「一緒にどうだ」ぐらい浮かんだのだが。


「そう卑下するなよ、お前もウェイストランドでうまくやってるだろ?」

「悪いけどおれはあんたみたいになれないよ。これが精いっぱいだ」


 返事はどうもネガティブだ。顔も合わせようとしない。

 さっきのセキュリティの誰かさんが言ったように人付き合いに難があるのはほんとらしい。


「……正直、同郷のよしみってことで一緒にどうだ、ぐらいは言おうと思ってたんだけどな」

「そりゃ嬉しいよ。でも、もういいんだ。あんたが本物だ」

「何が本物だって?」


 そいつは最後にそんなことを言って、すっかり黙ってしまった。

 何か気の利いた言葉で聞きだそうと思ったが、ほぼ初対面の人間にこれ以上突き詰めるのはひどい話か。


「レシピどうも。大事に使わせてもらうからな」


 俺はその場を離れることにした。

 そういえばだが、ニクがさっきから黙ってるようだ。

 わん娘の方を見るとそばでじっとしてた。小首をかしげながら俺たちを見てる。


「どうした、ニク?」

「……ん、なんでもない」

『イっちゃんどもどこですの~! ごはんできましたわよ~!』


 何かありそうだがリム様の声に耳がピンと立った。

 ニクは犬の足でとことこ外に出て行った。俺たちも続こうとするが。


「そうだ、お前の名前は?」


 最後に名前ぐらい尋ねていいだろうと思った。

 向こうは椅子の上でまた少し悩んでから。


「アリフ。アリフ・スィーンだ」

「アリフか。俺はイチだ、またな」


 かちゃかちゃと電子機器を器用にいじり始めた。

 アリフと別れた。背後に「またな」とかすかに声が聞こえた気がした。


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