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魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー  作者: ウィル・テネブリス
Journey's End(たびのおわり)
380/580

18 またお前かディアンジェロ

 ひん剥かれた挙句にあれこれ測られ、知らない服を着せられてしばらく。


「こんな真昼間からそのような催し物をするとは、ストレンジャー様は多芸に尽きるな」


 一体どこで見てたのやら、立ち尽くす俺にクリューサが近寄ってきた。

 白髪白肌の不健康そうな見た目は呆れてるように見える。


「そのストレンジャーから助けを求める声が上がってなかったか?」

「断末魔みたいだったからな、心肺停止した時に備えて医者らしく待ってたぞ」

「畜生、覚えてろよ」

『……いちクン、みんなの前で裸にされちゃったよ……』

「しかもなんでここの連中は平然としてるんだって話だ、まさかここじゃこういうの日常茶飯事なのか?」


 ちょっとした(不本意な)ストリップショーが終わると、近くの倉庫からマダムがのしのしやってくる。

 今頃中の工房では女性どもの採寸が行われてるはずだ。

 そういえばニクは――あいつはメスとカウントされた上で一緒に連れてかれたらしい。


「まったく驚いたね、あんたのその傷。よくもまあそれだけ身体中欠けさせといて生きてるもんだよ」


 するとどっしり重みを蓄えた身体が紙切れを渡してきた。

 内容は斜め読みする限り『報酬』だの『感謝』だのそういう文面だ。


「死ねなくて困ってるだけさ」

「そりゃあんたを敵に回したやつも困っただろうね、何せ死ねないんだ」

「そうだろうな。で、この紙は?」

「さっきの馬鹿どもをぶちのめした感謝の気持ちってやつさ。セキュリティチームの本部へ行って報奨金を受け取ってきな」


 マダムは気前よく「あっちだよ」と居住区近くの建物を指した。

 装備を見てもらい、寝床も用意され、人前で脱がされ服を補修してくれると手厚い歓迎がまた一枚厚くなってる。


「いいのか? 俺たちはたまたま通りかかってたまたま殺しただけだぞ」

「いいのさ、その代わりうちで使ってくれれば文句はないからね」


 それで、そのお礼のチップは是非ともここで使ってくださいって話らしい。

 財布を緩めるに事欠かないファクトリーの賑わいに「どうぞ」という顔だ。


「なるほど、使い道がありそうな場所だからな」

「それに。そこのお医者さんが怪我人の治療をやってくれたんだ、その感謝の気持ちも込めての上さ」

「そうか、では遠慮なくいただこうか。お前のところの負傷者どもは全員軽傷だ、ここの守りが良くできていた証拠だろう」

「昔からうちらの商品を狙う連中は尽きないもんだからね、こんなの慣れっこだよ」

『あの、もし回復魔法が必要な方がいたらわたしが治しますからね? 必要だったら教えてくれませんか?』

「心配はいらないよ嬢ちゃん、うちのもんはそんなやわな育て方してないからね。まったく、あんたらがいると健康になれそうだね?」


 マダムは口角に笑みを浮かべたまま、「完成するまでくつろいでな」と背中を叩いてきた。

 最後に見たのは倉庫に戻って一仕事しようと意気込んだ背中だ。

 ベーカー将軍のお母さんというのは言動も姿も頼もしい人だな。ホームガードの強さの源なのかもしれない。


「ありがとよオーガ、これで予定より早く仕事は終わりそうだ」

「うちじゃ力仕事ができるやつは何時だって歓迎だからな。お前の人生にファクトリーで勤めるっていう選択肢を進めてやりたい気分だ」

「フハハ。その言葉はオーガ冥利に尽きるが、あいにく帰るところがあるものでな」


 その足で報酬を受け取りにいこうとすると、ちょうどノルベルトが戻った。

 瓦礫を運んだり骨組みを設置したりと重労働だったらしい、ひと汗かいてすっきりな様子だ。


「おお、イチもクリューサ先生も用が済んだようだな」

「ここにきて早々にお仕事とはご苦労なことで。マダムが俺たちに宿をくれたぞ、それと今から悪者退治の報酬受け取りに行く」

「こっちは負傷者の治療が済んだところだ。ここの連中は攻め込まれることに慣れてるのかダメージコントロールが上手なものだな」

「実は俺様も対価を受け取るところでな。マダム殿は実に度量のある御方ではないか」

「それだけここが儲かってる証拠なんだろうな」

『至れり尽くせりだよね……なんだか申し訳なくなっちゃうよ』

「向こうがそう振舞いたいのであれば真っ向から受け止めてやるのが礼儀よ。して他の者たちはどうした?」

「マダムに服作ってもらってるからお先にどうぞだとさ」


 俺は戻ってきたオーガにさっき示された場所を教えた。

 落ち着きを取り戻したファクトリーからは、元々の賑わいと工場の環境音が混ざり合っていた。



 どこかで拾ったコンテナを溶接してくっつけただけの建物があった。

 二階建てまでに及ぶ合理性の塊の中には、簡素な内装の傍らでデスクワーク中の警備員たちがいた。


「来てくれたかあんたら、来客だってのにいろいろやってもらって悪いな?」


 それなりの身分らしい男が紙を受け取ると、こっちに報酬を運んできた。

 5000チップが三枚だ。その処遇はあとにするとして、警備員が視線を落とし。


「まったくシド・レンジャーズめ。ブルヘッドから傭兵どもを追い出すのはいいんだが、それがこっちまで逃げてきたんだぞ? おかげでうちの本部に迫撃砲が落っこちるところだったぜ」


 テーブルに広げていた地図に目がいったらしい。

 今どきのウェイストランドを記した一枚だ。ブルヘッドあたりからあの傭兵崩れがやってきたように見える。


「北部部隊の連中がなんかやったのか?」

「自分たちに仇成す行為とやらでラーベ社に責任を追及したらしい、銃と弾薬とエグゾを持ってぐいぐいとな」

「たぶんそりゃフォボス中尉って人だな、ブルヘッドの問題に首を突っ込めるって喜んでたぞ」

「あのイカれ中尉殿と知り合いとはけっこうなご身分だな。そいつのせいでこっちまで逃げてきてんだよ、あいつらは」

「イカれてたって部分に関しては同意するよ。あの人の楽しい尋問に付き合わされた」

「そりゃ気の毒に、変なことやらされたみたいだな」


 こいつはフォボス中尉の人柄をご存じらしい。

 しかしあの一件でラーベ社の傭兵どもがここまで逃げてきてるのか。

 ファクトリーをこうして襲うほどの頭数が揃ったらしいが、そうなるとこの地域は安全じゃなさそうだ。


「傭兵どもがここまで落ちぶれてるということは、この辺りではそういう類の輩が賊さながらに振舞ってる具合か?」


 そんな疑問が同じだったのか、お医者様も地図に釘付けだ。

 視線はどうにも『デイビッド・ダム』である。つまり俺たちの行く先にもいないかという心配か。


「そういえばあんたら、デイビッド・ダムを目指してるんだってな?」

「厳密にいえばそこのリーダー殿がそう決めてるだけだが」

「ああ、わけあってそこを目指してるんだ。まさか先回りされてるとか言わない?」


 心配が重なったところで、俺は「ダムにクソどもはいらっしゃいませんか?」と首を傾げた。

 しかしお返しのリアクションは悩ましい形だ。はい、とも、いいえ、ともどっちつかず。


「どうだろうなあ……あんな何もない場所に居座る価値はないだろうが、そいつは状況次第だ」

「状況次第?」

「籠城して身を守るならうってつけな場所なんだ。こいつを見てくれ」


 警備員は地図のある部分を注目させてきた。

 デイビッド・ダムの大まかな形だ。枯れたダムは山に囲まれ、侵入できる場所は今や一つしかない。

 ずっと東の放射能汚染地域からの道は使えず、代わりに道中見た北上するルートだけだ。


「ご覧の通りあそこは山の中にある地形だ、おまけにたどり着くにはハイウェイの道中にある道路を進むしかない。そうなると一方通行になるよな?」

「ああ、ダムが最後の要塞になりそうな感じだな」

「そういうことだ、もし誰かが必死こいて逃げ込んで、そこでアラモ砦やるってならちょうどいい場所だろうな。特に後のない傭兵連中には相性抜群だぞ」

「……そうなると、逃げてきた傭兵連中がいるかもしれないってか?」

「追い詰められたっていうのがふさわしいかもな。まあ、いればの話だが」


 そいつが言う通りだ。このダムを上ってしまうと後がないのだ。

 仮に登り切ったとしてそのまま東へ進もうにも、しばらくしないうちに放射能汚染地域の警告が重なる。

 つまり150年前の人類せいでデイビッド・ダムはただの一方通行だ。

 それも隣接した山と交わる地形のせいで『誰かが居座れば厄介な陣地になる』ような。


「むーん、この場合は……その傭兵崩れとやらが潜んでいると思った方が良いだろう、これほど守りに適した場所はないのだからな」


 しかし「いないだろう」という答えに行きつかないのが俺たちだ。

 ノルベルトも経験的にそこがいい拠点になってしまうことが分かってるらしい。

 特にそう、高さだ。ダムの高さから地上を見下ろせるのがでかい。


「このダムは高い場所にあるみたいだな?」

「あんたの心配ごとはこうか? 敵からすれば見渡しやすい場所にありやがる、と」

「正解。それに山もあるならそこに陣地を隠して「こんにちは、奇襲です」も心配だ」

「困ったことにその通りなんだよな。そういうのに都合のいい待ち伏せポイントでもあるんだ、もちろんこれは平時だったら何の価値もないダムにそこまでするかって話だが」


 警備の男と考えるうちに段々と雲行きが変わってくるのを感じた。

 いるだろうな、これは。

 ファクトリーに馬鹿正直に突っ込む奴らがいるんだ、もっと北に逃げ込んだ傭兵どもが潜んでたっておかしくはない。


「ちょうどその平時が崩れた頃合いだな、逃げた傭兵が行きつく先としては十分だ」


 お医者様の口からもとうとうそんな診断結果だ、ということは間違いなくいるだろう。


「決まりだな、ここまで条件が揃ってるんだ。ダムに敵がいると思って行動するべきか」

『……うん、わたしもタダじゃすまないと思う。もし敵がいたら、攻撃しやすい場所だし』


 ミコの意見すらも合うのだからそういうことなのだ、ここに敵がいる。

 いなかったとしてもここはウェイストランドだ、警戒して損することは一度もなかった。


「……いや、うん、流石だなアンタ。伊達にメルカバのやつが褒めてただけあるよ」


 地図から待ち伏せしやすそうな場所を確かめてると、警備のやつが褒めてきた。

 メルカバのやつはここで何を言いふらしてたんだか。


「あいつなんていってた?」

「戦神みたいな手をしてるとか偉そうに言ってたよ、まあその時酔ってたんだが」

「そういうのは素面の時に言えって伝えといてくれ」

「ああ、伝えとこう。いやしかし、すぐそんな判断ができるあたりやっぱプレッパーズらしいな」

「プレッパーズじゃ山岳地帯の戦い方を覚えさせられたからな、後はこうして当てはめるだけだ」

「確かあんたら山の中で暮らしてるらしいな。なるほどな、だったらこういう地形はお手の物か」


 どうもニルソンで暮らした時の経験が生きたらしい。

 訓練や偵察で危険な山をアホみたいに歩かされ、地図の読み方から監視ポイントの作り方までボスに叩き込まれたもんだ。

 だからこそだ。ダムに敵がいたとしても対処する手段は山ほどある。


「ここに対戦車火器とかはうってるか?」

「もちろんだ。用途については尋ねなくてもいいな?」

「たぶんあんたの想像通りだ」

「いい返事だ、是非マーケットエリアで使ってくれよ」


 男はさっきのチップで「お買い物」をしてくれと街の方を指してる。

 まったく商売根性逞しい場所だ。ありがたく使わせてもらおうと思うと。


「……おい、警備の者よ。この人相書きはなんなのだ?」


 珍しくノルベルトがシリアスな声を上げていた。

 何か嫌なものでも見てしまった感じのやつだ。どうしたのかと向けば。


【名前-エイダム。このサイコ野郎を見つけ、生死問わず連れてきた者には報酬を与える】


 オフィスの壁に何か張られていた――人のお顔が書かれてらっしゃる。

 よほど上手なやつが手で書いたのか、はっきりとした人相がいい笑顔を作っていた。

 爽やかな顔をむかつくぐらい浮かべる黒髪の……おい待て、お前はまさか!


「……ミコ、この顔なんか覚えないか?」

『いやなものと一緒に思い出しちゃったよ……。ていうか、これどう見ても……!』

「そいつか? そいつはこのファクトリーを騒がせたクソ野郎さ」


 どこかスピリット・タウンの出来事に結びつくような顔だが、警備の男はそいつを剥がし。


「エイダム。見た目も良ければ勤務態度もいい、女性にモテる憎たらしい奴だが……その裏でとんでもないことしやがったド変態だ」


 それはもいや~~~~~~~な顔をしてきた。

 よっぽどひどい何かをされたようだが、あいにく心当たりが重なった。


「……イチ、こいつの顔はおそらく俺たちの思い出の中に共通認識としてあるだろうな」

「良くない方の思い出?」

「それ以外に何がある、こいつはどう見てもアレだぞ」


 クリューサも気づいてしまったか、全力のしかめっ面だ。

 仕方ない話だ。モノクロで描かれてるとはいえ、この笑顔や黒髪の並びはどう見たって――


「こいつはディアンジェロではないか? 俺様そうとしか思えんのだが」

「やっぱりそうだよな……」

『あの人だよね……?』

「憎たらしいほどに元気な顔だからすぐ分かったぞ。こいつは紛れもなくヤツだ」


 満場一致だ、こいつはディアンジェロのクソ野郎だ。略して『ディ』としよう。


「おいおい、あんたらこのクソ男に面識があるのか?」


 そんな俺たちを見て警備員はなんともな表情だ。

 あわよくばぶっ殺しておいてくれれば助かる、みたいな魂胆がある。


「それっぽいのをスピリット・タウンってところで見つけたぞ。ディアンジェロって名乗ってた気がする」

「――ディアンジェロですって!?」


 そんな顔をとっつ構えてひらひらさせてると、ばたんと扉が開いた。

 棒を背負った女王様だ。あの忌まわしい名前に釣られたらしい。


「おかえり女王様、ほらあいつの顔」

「うっっっわアイツじゃない、しかも賞金かかってるけど……どしたのこれ? ゾンビになって蘇ったん?」

「おいおい、その棒の姉ちゃんも知ってるのかよ……」


 更に証人が増えたことにより男は頭が痛そうだ。

 しかし本人と決まったわけじゃない。まずは事情を聞こうか。


「とりあえずこいつがどういうやつなのか教えてくれないか?」


 しかしお尋ねした先に浮かんだのは実に言葉にしづらそうな表情だ。

 この様子だとテュマー調教事件に引けを取らない何かがあったんだろう。


「聞いても後悔しないでくれ、それが条件だ」

「もうし終えた後だろうな」

「じゃあ話すが。半年前のことだ、あの野郎はここの住人をさらって家具にしてやがったんだ」

「……家具?」


 家具っていう言葉は人間に当てはめるべきじゃないと思う。

 しかし冗談でもなく、まして比喩でもなさそうな感じで男は頷いて。


「そうだよ、家具だ。エイダムの野郎はな、いい顔しておいて気に食わないお隣さんを一人ずつぶち殺して家具に加工してやがったんだよ」


 とうとう震えあがってしまった。

 よっぽどひどい思い出らしいが、人間を家具にするっていうのはどういう意味なのやら。


「どういうこと? 人間椅子でも作ったのかしら?」

「そっちからも詳しい話を聞きたいところだが、こっちにはあいつの作った家具が証拠として保管してあるぞ。見た方が分かりやすいだろうな」


 女王様の疑問にも口にしたくもない感じでどこかを示してる。

 オフィスの奥、看板で『押収品倉庫』と乱暴に書かれた部屋だ。


「いいか、あいつが捕まるかくたばるまでずっとあそこに閉じ込めてあるんだ。俺としてはエイダムのクソ野郎が死んだことを早く知って処分したいんだが、どうもあんたらは何か知ってるらしいな?」

「人相書きそっくりなやつがフォート・モハヴィ南にある街でハンターを営んでたんだ。んで、あろうことかテュマー飼って目撃者殺してお騒がせしてやがった」


 ひとまずどんな人物か伝えてやると、何か思い当たる節があったのか悩み始めた。

 しかしだ、女王様は鞄をごそごそすると。


「機械仕掛けのゾンビを秘密の場所で可愛がってたのよ、おかげで私たちは大変な目に会ったわ」


 写真を取り出した。横からひらっと見えた一枚には、どうにも裸の黒髪男とテュマーが――


「おい女王様、それもしかして」

『ひっ……!? ま、まさかあの時撮影された……!? なんでそんなの……!?』

「証拠の「しゃしん」よ! 旅の土産としてもらったわ!」

「う、うわっ……!? なんだそのクソみてえなツーショット写真は!? い、いやそれより……」


 あの最悪の思い出があった。

 女王様め、ディ(略)の変態的な営みを国に持ち帰るつもりだったらしい。

 そんなものをいきなり見せられた男はがたっと椅子を蹴とばす勢いで引いていた。それだけそっくりさんってことか。


「え、エイダムじゃないか!? あの野郎、まだ生きてやがったのか!?」

「心配いらないわ、ストレンジャーがやっつけてくれたわよ」

「あっちで生計立ててたけど廃業させてやった。今頃地獄の底あたりで服役中だ」


 俺からも見せた。PDAで撮影した『西部劇セットに突っ込んだ戦車』と『誰かの墓』だ。

 ひどく取り乱した男は信じられなさそうに何度も確かめて。


「……な、なんてことだ……あいつ、そんな場所に潜伏してやがったのか?」

「そいつの死因はストレンジャーによる散弾銃だ。医者の目で見ても即死だから心配はいらんぞ」

「んで、あんたがやったってか? おいおい……こいつは大事だぞ」


 そいつは混乱少々、でも嬉しさがある表情でこっちを見てきた。


「テュマーと愛を紡ぐド変態野郎だったぞ。こっちでもそうだったのか?」

「……そいつは大した慈愛の精神の持ち主だと思うが、こっちはもっとひどいぞ」

「そんなにか?」

「おすすめはしないが、あいつのひどさを確かめるならちょうどいいと思う」


 ディ……いやエイダムがくたばって少し安心したようだが、びくびくしながら押収品だらけの部屋に目を使わせてる。

 そこに相当の何かがあるらしいが、しかしそう言われると気になるもんだ。


「確かめていいか?」

『……え゛っ、いちクン? やめよう……?』

「大した心臓の持ち主だ、俺は忠告したからな?」

「俺様も気になるな、見てみようではないか」

「構うものか、あれよりひどいものは知らんからな」

「私も気になるから行くわ!」


 総員の意志は固まった。無遠慮に扉を開いた。

 開けた先は埃っぽい場所だ。相応のものが詰まって灰色で、手元を探って照明をつけると。


「……家具ってこいつのことか?」


 それらしいものがあった。ごく普通のテーブルだ。

 意識の高そうなお洒落な構えが、ガラス張りに埃を積もらせ……いや、待て。


「なるほどな、家具とはこういうことか。ふざけやがってあのクソド変態め」


 クリューサも気づいたらしい。そのテーブルのおかしさについてだ。

 よく見ると、M字開脚した誰かが両ひざと両手首でガラス板を支えていた。

 匠の手によって無理に作られた笑顔が使用者に愛想を振舞いてるが、固められた身体は必死に重量を支えたまま微動だにせず、だ。


『……ひっ……!?』

「おい、ここ人食いでもいやがるのか!?」

「なんということだ……悪趣味極まりないぞ、これは」


 ノルベルトも引くようなものが他にもあったらしい。

 そんな頑張るお姿の隣、子供サイズの小さな椅子が二つあった。

 問題はその材料が相応の大きさの人間でできてるってことだ。

 背もたれのごとく起きた半身は四つの手足で立ったまま、縫い合わされた表情で着席者を待ってる。


「これは……流石にあっちの世界でもないわね、うん」


 女王様なんて言葉を失うレベルの何かを目の当たりにしてた。

 太った女性が「お前に顔なんていらん」とばかりに潰された上で、上等なリクライニングチェアに生まれ変わってる。

 肉のある足は重量負荷に強いだろうし、詰め物で満杯の腹は背の心地がいいはずだ。


『……クリン思い出しちゃうよ……! 早く出よう……!?』

「もうクリン思い出した」


 よく理解した。速攻で出て行った。

 ばたんと扉を閉じれば、さも顔色の悪い男が待っていて。


「言っておくがストレンジャー、ここには人食い族はいないから安心してくれ。だがまあ、お前の言うクソド変態野郎がいたのは確かだ」

「ディアンジェロがやったってなら納得するレベルだ。間違いなくあいつだと思う」

「あいつはここの工房で家具を作ってたんだよ。その意欲が人間に向いてこのザマだ」

「そりゃあんなことするでしょうね、この世界に来て一番ひどいものを見た気分だわ……」


 不愉快極まりなさそうな女王様に「そうだろう」と深いうなずきだ。

 彼はどうにかこらえて、それでいてディ(略)の死に安心したまま。


「……ここまで説得力のある話と証拠の提示、それにあんなこの世の終わりみたいなもんわざわざ見てくれたんだ。あいつが死んだってのはマジなんだろうな、礼として報酬を支払わせてくれ」


 手元を漁ってチップを取り出そうとしていた。

 やっとあの最低な置物とお別れができるのが嬉しいのか急ぎ足だが。


「気持ちだけでいいぞ、うん」


 俺は報酬を突っぱねた。

 見れば周りもだ。あんな不名誉なものの縁がかかったチップなんて貰いたくないんだろう。


「俺様はただ周りに迷惑をかける愚か者をこらしめただけだ、礼などいらん」

「アレのことを向こうまで引きずりたくないからな。あのド変態野郎め、嫌な思い出を作りやがって」

「あんな奴にそれほどの価値があるとは思えないわ、とっておきなさい」


 吐き気を催してるミコも含んで全員「いらないです」となると、流石の男も困ったらしい。

 しかしどうにか飲み込んだのか強くうなずいて。


「……分かった、ありがとうあんたら。これでファクトリーも少しは爽やかになるだろうさ」

「その代わりスピリット・タウンのやつと仲良くしてやってくれ。あのド変態野郎を根深く恨んでるらしいからな」

「はは、気が合うかもな」


 そろそろ昼食前に吐き出しそうな男と別れようとすると。


「ストレンジャー、もしよければ買い物通りにある電子機器店に向かってくれ」


 出ていく前にそう言われた。電子機器には今のところ用はないのだが。


「なんでだ、とか聞かない方がいいか?」

「そこで武器やら道具やらの作り方がメモリスティックで売っててな。そこにいる俺の知り合いに「何か役立つもんでもくれてやれ」って言っとくから、気が向いたら寄ってくれ」

「分かった、ちょうど今からお買い物だからな」

「良い一日を。よし、これであのクソ家具を片付けられるぞ」



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