14 ファクトリー(4)
『ファクトリー』はどんな場所か?
そこは戦前のリサイクル施設を丸々リノベーションした物件だ。
設備の大部分は武具を作るためのつくりに置き換えられ、廃材を置く巨大な倉庫は原材料と在庫を抱えるようになる。
そうして工場の煙突が煙を吐くようになれば、それを目印に荒野から人々が寄り集まってくる。
増えた人口がそこで営みはじめれば、今度は外敵から命と財産を守るためにコンクリートの壁が立つ。
そうやって生まれたのがこの武器工場だった。
「――あっはっは! たいした奴らだねぇ! 噂通りの人柄がそのまんま来ちまうなんて参っちまうよ!」
……そこで豪快と陽気さを織り交ぜたような笑いが飛んだ。
目の前にいるふくよかなおばちゃんからだ。面倒見の良さそうな身体からは新鮮な硝煙の香りが漂ってる。
「喜んでくれて何よりだ。どこまで噂通りだった?」
「うちの製品を使っていっぱいぶち殺してくれるところとか、変わった顔ぶれを引き連れてるあたりさ」
「俺たちでいい宣伝になったんじゃないかって最近思ってたところだ。ここまでこれたのはファクトリーの製品あってこそだ」
その人柄に突撃銃を見せると肝の据わった顔立ちはご機嫌だ。
「そいつをさっそく使ってるみたいだね。メルカバの奴はあんたに会ってから売れ行き好調だよ」
太い指が「こい」と周りを手繰り寄せた。ゲート近くにたむろしていたガードの連中がやってくる。
この場らしい品質の戦闘用アーマーに身を包んだファクトリーの警備員だ。
誰もがR19突撃銃を手にしていた。バイザーから見える親しみのある顔はきっといい顔してるに違いない。
「どうも、噂の誰かさんだ。全員無事か?」
「ストレンジャー、ようやくここまで来てくれたんだな! 俺たちは『ファクトリー・ガード』だ、よろしくな」
「ナガン爺さんとかメルカバとかからあんたの活躍はよく聞かされてたぞ、あのライヒランドをやっちまったって?」
「お前もR19突撃銃を使ってやがったか、俺たちとおそろいだな」
「あんたらが来てくれて助かったよ、あの野郎ども馬鹿みてえに戦力集めてうちの商品を奪いに来やがったんだ」
ヘルメットを外すと握手を求められた。一人ずつじっくり返してやった。
同じ得物を持った連中は挨拶を交わすとすぐに持ち場に戻ったらしい。
壊れた壁に外に転がる敵の死体、片づける課題は山ほどだ。
「ありがとよ、ストレンジャーズ。あたしゃ『マダム』っていうんだ、このファクトリーを仕切ってるただの太ったババァさ。親しみを込めてマダムって呼んでくれないかい?」
まだ慌ただしい中、ふくよかな女性は壁の中までやってきたツチグモの大きさを背に名乗ってきた。
俺たちの変わった顔ぶれには気にしないタイプの人間らしい。
むしろよく理解が回ってる様子だ。わん娘から女王様まで等しく見てる。
「分かったよマダム。俺はストレンジャー、聞いての通りプレッパーズ兼擲弾兵の面倒くさい男だ」
「面倒なこと抱えるのはいい男の証さ。生きてるうちにちゃんと両足が生えてる擲弾兵が拝めるなんてねえ」
そうしてマダムは握手を求めてきた。
度量のある手は確かに太いが、いざ手にするとかなりがっしりしてる。
コンバットグローブすら貫通するできるやつの手のつくりだ。顔だって強い人間なりの良い人格が浮かんでた。
「生憎死ねないもんでな。先輩どもも幽霊になり損ねたって言ってたぞ」
「坊やが暴れるからびっくりして起き上がったに違いないさ。うちの息子の力になってくれたね?」
「あんたの自慢の息子さんには世話になったよ。ガーデンで楽しくやってるらしいな」
「うちの子の人生を楽しくしてくれてありがとう、あの子も充実した生き方をしてるよ。変わった友達がいっぱい増えて賑やかそうじゃないかい」
今度は写真が突き出された。
どういうルートで届けられたのか、鮮明な一枚にたくさんの人が映ってる。
ガーデンの街並みを背にしたいろいろな人種だ。
真面目な顔をやっと崩したどっかの将軍に隣で優しく笑むエルフ。そばで武器を地面に立てる軍服のオークが三人、それから心当たりしかない狙撃銃を持った老人。
誰かさんの息子さんはこんなにも仲間に恵まれてるらしい。
「ほんとに賑やかそうだな。なんたって俺のボスも一緒だ」
「プレッパーズとのつながりができたんだよ。坊やのおかげで南は安泰だ、あの子の人生もね」
「そう言ってくれて何よりだ。ここまで来た甲斐があったよ」
「よく来てくれたとしか言いようがないね。見てごらん、みんなあんたが来てくれて喜んでるよ」
よっぽど嬉しいのかマダムはぽんぽん肩を叩いてきた。
周りの作業員たちもお仕事に勤しみながら耳を傾けてるみたいだ。外から運ばれる敵の車両が倉庫の中へ吸い込まれていく。
「しかし本当に変わった顔ぶれだね、こんなでかい車まで持ってきて……そりゃ目立つもんさ」
それから、俺たちの方を良く見てきた。
でかい車に多様性に富み過ぎた顔ぶれは流石に情報量が多かったらしい。
「喋る短剣の噂は聞いてるか?」
「もちろんさ。幸運を呼ぶ物言う短剣っていうのはその肩のブツかい?」
『ど、どうもはじめまして、マダムさん……? イージスです』
その興味が肩に向いたので鞘ごと見せてやった。少し驚いたようだ。
「本当に喋ってるんだね。こんにちはお嬢さん、あんたみたいないいナイフは歓迎するよ。てことはあんたら全員プレッパーズかい?」
「ん、ヴェアヴォルフだよ」
「俺様はブルートフォースだ、よろしく頼むぞマダム殿」
「エクスキューショナーっす~、以後よろしくっすよマダムさん」
「私は違うんだがな、旅に同行してるダークエルフのクラウディアだ」
「クリューサだ。そいつらの面倒を見てるだけの医者だ」
「料理ギルドを司る飢渇の魔女リーリムですわ! お芋はいりませんか?」
「旅をエンジョイしてるだけのヴィクトリアよ、ファクトリーっていう場所がずっと気になって見に来たの」
「エルフのアキと申します。たまたま同行しておりますが、いやはや素晴らしい場所ですな。これほど活気のある工場を見れるとは」
「ブルヘッドからきたヌイスだ。色濃い連中だけどどうか仲良くしてくれると嬉しいかな」
続けて面々が次々身を明かすと、マダムは驚くべき包容力で受け止めたらしい。
その恰幅に見合った理解力というか、訳ありだらけを見ても平然としていて。
「あっはっは! 歩くハロウィンだの自走する嵐だのといろいろな噂を聞いてたけど、それも間違いがなかったってことかい! そんなあんたらでも愛しい上客だ、このファクトリーで好きなだけくつろぎなさい」
誰一人差別しない人の好さがまたばんばんと肩を叩いてきた。
本当にいい顔だ。ベーカー将軍もいい母さんに恵まれてるようだ。
「悪いな、いきなりこんなぞろぞろ押し掛けて」
「そのぞろぞろのおかげでうちは大助かりだよ。悪者は片付いて、工場の材料もああしていっぱいやってきたんだからね」
マダムのいい笑顔の正体の一つは何も俺だけじゃなかったか。
外から回収車両が『原材料』を運んでいた。具体的には転がる敵の装備だ。
持ち主不在の車だって住民たちの手足によって運ばれてる最中である。
「おーい、回収の人手足りないぞ。誰か運転できる奴もっと回してくれ」
「俺、ちょっと南の迫撃砲陣地から砲拾って来るわ」
「壁の補修手伝ってくれ! 前より頑丈なやつにしてやろうぜ!」
「手つかずの車がいっぱいだぞ! 今日は忙しくて死んじまいそうだな!」
「失礼しますマダム、敵の装備はどうしましょうか? 材料にしますか?」
「マダム、スティングからハイド短機関銃の注文が多数来てますが……」
「そういうのはあとにしな! 今は上客をもてなすのが先だよ! こいつらに一番いい部屋用意してやりな!」
「はっ、失礼しました。すぐ手配します」
「ストレンジャー、お前のせいで仕事が増えまくりだ! おかげでファクトリーの稼ぎ時だ、ありがとよ!」
気づけば青いジャンプスーツ姿が沢山行き交っていた。
工場と倉庫に雑多な家屋が混ざる街並みが健全な騒がしさを広げてる。
身も心もふとましい女性はよほど信頼されてるのか、男女隔てなくいろいろな人間が集ってるぐらいだ。
「にしてもさっきの連中なんだったのかしらねえ、反射的にやっちゃったけど」
次第に金属加工の音や溶接機のスパークがここまで届いてくると、女王様が運ばれる車に考えを募らせていた。
あの連中の謎は、この血まみれのクォータースタッフが全部ぶち砕いたわけだが。
「あれかい? あれはブルヘッドからきた傭兵くずれさ」
そんな疑問にマダムが作業員を一人だけ食い止めた。
そいつが持ってた銃器に用があったらしい。近代的なフォルムをした自動小銃だ。
「マダム、あいつらブルヘッドの傭兵だったのか?」
「こいつを見りゃ大体分かるよ。ラーベ社の販売してる製品さ、良くも悪くもシンプルな銃じゃないか」
思わずその正体に「また賞金か」とでかけたが、そんな武器が手元にやってくる。
黒塗りの現代戦的な様子にはうっすらラーベ社のマークが刻んであった。ますます自分の首に心配を感じるも。
「どうもあの騒ぎで後ろめたい連中が逃げ出したみたいでね。北部部隊の奴らにびびって雇用主もブルヘッドも捨てた傭兵崩れさ」
「てことは、食い扶持を失った元傭兵ご一行か」
「まあそうなるだろうね。『下』で活動できなくなって、ずっと離れたこの地で組織的なならず者に転職した情けない奴らだよ、まったく」
「しぶとくやろうとした気概だけは認めてやるけどな、そんな奴らがどうしてファクトリーに攻め込んでたんだ?」
「南の廃墟に潜伏して、うちのトレーダーを襲いやがってね。だから追い払ってやったらあいつら本気になっちゃったのさ」
「そのしょうもなさはラーベ社の傭兵だな、いや、『元』か」
どうも落伍者たちによるやけくそだったようだ、別に大した中身じゃなかった。
まあそこまで追い詰めて人生の終わりまでの道のりをくれてやったのは紛れもなく俺だろうが。
「ところでそこの棒の姉ちゃん、うちの息子が言ってた『女王様』ってやつかい?」
しょうもなさに安心してると、マダムの興味はクォータースタッフに向かってた。
ご指名された本人はふふん、と待ちかねたように得意げで。
「ええ、そうよ。私はヴィクトリア、ガーデンであなたの息子さんに親切にしてもらったわ」
「はっ、女王ね。ここはアメリカだよ、そんな大層な身分なやつが歴史上いたもんかね? あいつと仲良くしてくれてありがとうね」
「そんな息子さんからお届け物があるの。ガーデンのリンゴとスティングの酒造所で作ったリンゴ酒よ」
鞄をごそごそして酒瓶を取り出した。
一目でそうだと分かるリンゴのイラスト入りのラベルが張られた一本だ。マダムはゆるく笑って。
「豊かになったものだね、スティングと繋がってこんなものまで作っちゃうなんて」
「伝言もあるわ。記念すべき我らの第一本、飲みすぎ注意ですって」
「誰にものいってんだいバカモン。まったく世の中面白くなりやがったねえ……後で一杯ご一緒しないかい?」
「あら、いいの?」
「ババァの肝臓には独り占めするにも多すぎるだけさ」
「大事に飲むよ」と贈り物を掲げてきた。
「ごたごたしてるけど本当に良く来てくれたね、ストレンジャーズ。ここはウェイストランドで一番の装備が手に入る場所さ、お買い物だったら入り口近くの二番倉庫にいきな。あんたらには割引しとくにように伝えておくから」
ついでにファクトリーに良かったら金を落としていけ、とばかりに向こうを案内された。
どうも倉庫の一つがその大きさを生かして商売の場所として活用されてるらしい。スティングみたいなもんか。
「マダム、私たちの足はこのままでいいのかい? 大きすぎて邪魔だろう?」
「いいのさ、今じゃ守り神みたいなもんだよ。整備とかもしてやるからそこに置いときな」
「ありがとう。私たちはそういうのに疎いからね、お言葉に甘えさせていただこうかな」
「見た感じニシズミのウォーカー・キャリアみたいじゃないか、ブルヘッドの連中は相変わらず変わったもん作るもんだね」
そこにヌイスがツチグモの方を示したが、マダムの包容力は底知れずだ。
みんなはようやく一息つける感じだ。俺だってその言葉で緊張がほぐれた。
「そうだマダム、ここで装備を見てくれる奴はいないか?」
そのついでだ、ふと背中の散弾銃を思い出す。
「おや坊や、メンテナンスをご希望かい?」
「ああ、大事にしてる武器が不発起こした。ファクトリー製じゃないんだけど」
ずっと旅を共にしてきた相棒を見せた。ついさっき弾が出なかったところだ。
銃身を折れば不発のままの散弾がある――妙だ、雷管が破裂していない。
不発弾であれば弾の最後尾に穴があいてるはずだが、そのままなのだ。
弾を抜いて銃を渡すとマダムは実に興味深そうな様子で。
「……ずいぶん古い銃じゃないかい、戦前のスポーツ用品じゃないのは確かだね」
「恩人からもらったんだ。12ゲージが二発、45-70弾も撃てる三連式だ」
「45-70! はっ、こんなぎゅっと詰まった銃身で大層なもん撃つじゃないか。ちゃんと整備はしてるんだよね?」
「もちろんだ。それに腕のいいやつに見てもらったばっかりだぞ」
「じゃあ弾に問題があったんじゃないかい?」
「今取り出した弾を見たけどそうでもなさそうだ、そもそも弾薬自体発火してない」
銃身の中からトリガ周りまで軽く見て触れて、ちゃんと整備したことを確かめたらしい。
さすがはファクトリーの長だけはあると思う。手早く細かな部分まで調べると。
「……妙だね、撃針は破損してないみたいだよ。そうなるとトリガ周りの異常かもしれないけれど……」
マダムは不思議がってた。やはりどこかしら不調があるかもしれないらしい。
銃身をかちっと小気味よく戻せば、太めの腕が散弾銃を返しにきて。
「ま、こうして頼むってことは坊やの不備じゃないみたいだね。ならついでおいで、うちの工房に案内してやるよ」
頼もしい背中を見せてのしのしと招いてきた。
向かう先は倉庫の一つだった。中からは深い金属音がずっと響いている。
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