13 ファクトリー(3)
ファクトリーを攻め込むご一行の様子は、さっきと真逆をゆく有様だ。
取り囲んでいた集団が文字通り散り散りになり、その増援に駆けつけた連中が南側で立ち往生を食らってる。
工場の佇まいからはコンクリート壁の間で閉じていたゲートが左右に開き。
『あの野郎、迫撃砲奪いやがったな! とんでもねえことしやがる!』
『一体何が起きてるんだ!? ストレンジャーの次は馬乗った美人だぞ!?』
『どうだっていい、形勢逆転だ! ゲート前の生き残りを片付けろ!』
『適当に狙うな! 良く狙って殺せ!』
そこから重みのある金属製の防具で身を包むご立派な連中が駆けだした。
お堅いヘルメットとバイザーで顔と身分を隠す人種は、R19突撃銃を向けてお客様に対応しに行ったようだ。
砲弾であの世まで乗り上げた残党に、ぱきぱきとあの銃声が聞こえ始め――
「なにやってんだお前ら!? こんな棒持った女一人に手間取ってんじゃ……!」
「ダメだ身動きが取れねえ! 車両を放棄しろ! 早く!」
「急に止まるな畜生!? 降りろ! 全員車から降りるんだ!」
その様子を傍らに押し進めば、『ファクトリー』の南に縫い留められた集団がひどく乱れてる。
勢いを削がれた車列が荒野のど真ん中で玉突き事故を起こしたようだ。
一体誰のせいか、スタックしまくった車のせいで迷路さながらの模様だ。
不意の『何か』によって衝突した車が仲間同士の結びつきごと複雑にこじれさせており。
「勢いは認めるけどこんな美人一人で台無しになるなんて……まだまだね!」
車両の墓場さながらの大事故の現場で、その原因が暴れ回ってた。
ぶつかり壊れて車検も効かない車の上を駆け巡り、戸惑う人間のそばを抜けて引っかき回す金髪の女性だ。
降車せざる得なくなった敵を相手に、彼女は今日も自由奔放に振舞っており。
「こ、こっち来たぞ!? どうなってんだ弾があたらね……ッ!?」
身動きの取れない車の陰で、誰かにとうとう不幸が舞い降りる――棒を持った王女様が降ってきた。
跳躍ついでに叩き落とされた先端がばぢんっ、とくぐもった破裂音を立てる。
結果は頭部の激しい損壊。クォータースタッフの一撃で骨ごとやりやがったのだ。
「こ、こっち来やがった……! 何してる撃て! あんな棒女に付き合うな!」
「や、やめろ! 撃つな! 味方に当たるだろ!?」
「もう当たってんだよクソが! 知ったことか撃てェ!」
気の毒な襲撃者たちはもちろんどこぞの女王様を追いかけるが、この状況だ。
団子状態みたいに逃げ場なく密集させられた挙句、滅茶苦茶な軌道で駆けまわる女性に狙いが定まらない。
機関銃が追いかけるも、車や射線上にいた同僚をぶち抜いて誤射を重ねるだけだ。
「こっ、のっ、ふざけやがってええええええぇッ!」
擱座した軍用車から機銃ががらりと向かうが、女王様は笑顔だ。
ついでに言うとその表情のままクォータースタッフで敵の死体を投げ飛ばし、銃座の射線を塞いだのだが。
いきなりの肉の障害物がばすばす嫌な音を立てて損壊する中、銃撃を逸れた金髪姿はくるっと棒を翻し。
「いっちゃん! 早く来ないと平らげちゃうわよ!」
「ひ、ひぃぃぃぃっ!? こ、こいつっ、なか、なかま……うわぁぁぁ!?」
車から身を乗り出す男に石突をぶち込んでいた。
石突をとがらせてるんだろう。その口を黙らせたみたいだ――後頭部からにょきっと突き出てくるほどには。
引き抜いたかと思えば敵を追って背中を打ち据え、更に手近な足を払って転ばせ……。
「もうあいつだけでいいんじゃないかな」
『ひ、独りで手玉に取ってるね……』
「いやはや……あのお方はどこまで強くなられるんでしょうなあ。ヴィクトリア様を見ていると人間の底知れぬ恐ろしさを感じますね』
棒と女王様で台無しになった増援部隊に、なんだかもう全部ぶん投げてしまってもいいんじゃないかと思った。
アキと一緒に遠目にその姿を見ていたが、このまま借りを一つ作って紅茶で絡まれる方がよっぽど深刻だ。
「よーいドンだ、行くぞお前ら」
R19突撃銃に銃剣を装着した。より固まる車の群れに銃口を向ける。
「ん、後は散らばった敵だけ」
「フハハ、ヴィクトリア殿に負けておれんからな」
「敵の皆さま、完全に女王様に乗せられてるっすねえ……あひひひっ」
「昔からああやって戦場を引っ掻き回す戦い方らしいぞ、イグレス王国の女王というのは」
「クォータースタッフで重装歩兵を叩き潰した実績がありますからなあ、では我々もゆきましょうか」
全員配置についたみたいだ。三方向に分かれて敵を囲む動きだ。
女王様に気を取られて背を向ける連中を見つけた、そこに照準を挟み。
「行け! 取り囲んで確実に始末しろ!」
*――PAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAkink!*
フルオートで撃った。指を短く切ってぱきぱき連射を繰り返す。
棒の脅威から逃げようとする敵に重なった。着弾に気づいて慌てふためく。
「こっちからも来やがった! くそっ、ファクトリーの奴らこんな切り札持ってやがったのか!?」
「ストレンジャーがいるなんて聞いちゃいねえ!? お、応戦しろ……!?」
女王様から避難する奴らを発見、短連射でぱぱぱぱきんと弾を浴びせた。
戸惑う姿の片割れが転んで、前後の脅威に足が止まった……突撃だ!
「AAAAAAAAAAAAAAGHHHHHHHHHHHHH!」
身体を落として被弾面積を下げて、腰だめに構えた突撃銃ごと走る。
いきなり走って叫ぶストレンジャーにさぞ驚いたんだろう。そいつは武器を落として背を向けた。
敵の密集する混沌地帯に踏み込んだ直後、逃げる敵の後ろ姿に追いつき。
「く、くるな、助けあああああああああああああああああああっ!?」
銃の重みを乗せて刺突を食らわせた。背中にずぐりと刃が食い込む。
骨をかする感覚もろとも深々とはまると、敵の悲鳴がいっぱいに響き渡る。
「いっぎゃっ、あああっおおお……ああああああああああああああッ!?」
痛々しい声をあげるそれを持ちあげた。
串刺しになった敵をその場で掲げると、頑丈な突撃銃の上で人がじたばた悶えた。
目の前にいた敵がぎょっと振り返った。あれはなんだ、と驚愕いっぱいの顔ぶれだ。
「……ひっ……」
「うわっ……あっ……」
「ふ、ふざけんなよ……ば、ばけもんが……!?」
そいつらの心に良く届いたに違いない。思い切り払って叩き落とす。
そんなところだ。ニクが槍を振るって突っ込んだのは。
「――邪魔、どいて」
ビビり散らかす場面に実にいいフォローを挟んでくれたと思う。
ジト声もろとも敵にぶつかれば、戸惑う一人の胸元を飛ぶように突き刺す。
そして引き抜き振り払う、腰が引けてた男の首が血を散弾のごとくぶっ放した。
「や、やりやがったな……!? し、死ねー―」
「あなたも中々にえげつないもの……ですなぁッ!」
そんな愛犬に散弾銃を突き出す姿があったが、アキがぬるりと這い寄った。
そして――得物を払うと同時に手のひらが顎を急激に突き上げる。
ごきっと何かが外れて首の可動範囲が死ぬほど広がったらしい、施術成功だ。
「ファクトリーの連中びびってるだろうな」
横目でちらっと見れば、壁の上で「なんだあれ」と驚く姿があった。
構わず車の間を抜けた。大渋滞の迷路で戸惑う一団がそこにいる。
「か、固まれ! 固まるんだ! あいつらそこらじゅうから……!」
目が合った。手前の男が短機関銃を急いで構えた。
この間合いなら十分だ。銃剣を下に構えて突っ走る。
*papapapapapapapam!*
九ミリの連射が襲ってきた。だが射線が足りない、アーマーをべちっと掠る。
屈んだままそいつの懐に迫った。突撃銃を下から上へと払って利き手を叩く。
厚いプラスチックを折るような鈍い感触。銃剣が腕をざっくり切り落としていた。
「うっあっ腕っ腕っぎゃあああああああああああぁぁぁッ!?」
「お、お前、腕……こ、こないで……! 助け……!」
転がったそれが足元で残弾をぱらぱら絞り出す中、群れに突っ込む。
腕を抑えて逃げるやつを背中から切った。ざぐっと深い感触が人体をはっ倒す。
続けて後ずさりする首元を短く薙ぎ払う。筋肉を裂く手触りが濃い血を吐かせた。
「白兵戦だ! 銃は諦めろ!」
その時、大渋滞の現場でそんな声が上がった。
誰かの言葉に従ってとうとう周りは原始的な戦い方を選んだらしい。
ナイフを持つ、銃を鈍器代わりにする、工具を手にする、どこから持ってきたのかカタナを握る。
今更かって感じだ。銃剣と突撃銃に感謝だ。
「て、てめえのせいで……俺たちはこんな目にあってんだ!」
そこへ車の陰から人がやってきた。傭兵らしい姿の男だ。
握ったナイフの突きが迫る。一歩避けて回避、かと思えば片手で掴みかかってきた。
突撃銃を反転させて銃床でかち上げた。上がった腕の内側、むき出しの懐に重みを叩きつけた。
鈍器がわりの一撃に「おぼっ」と怯む。首を弾倉部分で突いて黙らせると。
「死にやがれ! お前だけでもやってやる……!」
えらくリーチのある刃物を掲げる男が走ってきたー―『カタナ』だ!
振り落とされた刀身にあわせて横にずれた。すると機敏な動きで切り払いが飛ぶ。
掠った。顎下にひゅっと熱さが伝わる。
だが相手はがら空きだ。広げるように構えた上半身に体重を乗せて刺突。
「ぐぼぉ……!?」「こっちだ! 死ねストレンジャー!」
心臓あたりをぐっさり貫けば、すかさず別の敵が――また『カタナ』かよ!!
刃先に背骨を感じてると、世紀末世界に相応しくない日本刀の姿がまた掲げられた。
しかも銃剣が抜けない。ささったままの突撃銃をあきらめて大きく引いた。
「何なんだこいつら!? もうカタナはうんざりだ!」
『な、なんでカタナ使ってるの、この人たち……!?』
だが敵もしつこい。ここぞとばかりに勢いをつけて袈裟斬りを放ってきた。
想像以上に間合いがあった。胸のアーマーにぢっと刃が触れた気がした。
「おい誰かヘルプ! カタナ野郎が――」
助けを求めた、と見せかけてクナイを抜いた。
後ろに踏みつつ手早く投射。得物を振り上げるサムライ気取りの首下にヒット。
「おっ……! あ……死ねぇぇぇ……!」
ところが勢いが止まらない。息苦しそうにしたまま追いかけてくる。
だが隙は作れた、散弾銃を抜いて腰だめにそいつの顔面を狙い。
「カタナなんて大嫌いだ、クソ野郎!」
トリガを引いた。
――がちん。
いつものように散弾が片付けてくれると思ってたが、伝わったのは空打ちだ。
撃鉄が何も作用してないことがすぐ分かった。不発しやがった!
「……おい嘘だろッ!?」
『ふ、不発しちゃった……!?』
虚しさを伝えた三連散弾銃に敵が迫る。なので迷わずぶん投げた。
捻りを加えて投擲した得物を顔面に受けて「おがっ」と仰け反る。すかさず腰から拳銃を抜いて緊急射撃。
*Babababam!*
真っ向から胸元にたっぷり食らった敵が崩れた。からんとカタナが転がった。
拳銃片手に大嫌いなそれを拾い上げると。
「もらったああああああああああッ!」
別の男が疾走してきた! そこには白い刀身を輝かせるサムライの象徴が――いい加減にしろ!!
「ふざけやがって! なんでこうどいつもこいつでカタナもってチャンバラやってやがるんだ!」
さすがにキレた。咄嗟に落とし物をぶん投げる。
攻撃的な顔立ちに重みいっぱいに回転した刀身が食い込んだ。前衛的な芸術と化した。
「大丈夫か、いっちゃん! ピンチみたいね!」
「助けてくれ女王様! あとカタナ大嫌い!」
そんなところに来てくれたのは女王様だ。もっと早く来てほしかったが。
刺さった突撃銃を抜くと、また傭兵崩れがカタナを振るう相手を探し求めていて。
「おしまいだ! もうおしまいだ! お前ら一人でも多く巻き添えにしてやらぁぁ!」
この世の終わりを嘆きながら襲い掛かる。だが女王様がすっと割り込む。
両手で構えたクォータースタッフで勢いづいた相手を迎え入れる姿だ。
ところが切り上げられた。受け止めるはずが、すこっといい音を立てて棒が飛ぶ。
「おっと……!」
だが笑顔だ。それもそのはず「仕留めた」とばかりの様子の男から数歩下がる。
そこはちょうど、空を舞う棒がくるくる回転しながら落ちてくる場所だった。
見事にキャッチすると同時に鋭く踏み込み、油断した相手の顔面目掛けて――
「あぎょっっっ」
その「してやった」ような表情筋をぶち抜いた。
踏み込みを乗せた石突の鋭さが眉間をぐっさりやったのだ。
そいつは幸せだろう、得意げなまま死ねたんだから。
『す、すげえぞあの姉ちゃん! まるで映画みてえだ!』
『やるじゃないか! まさか噂のフランメリアの連中か!?』
ファクトリーからはすっかり呑気な声援が上がってるほどだ。
人間を叩き潰した得物をくるくる回して応じる女王様を尻目に弾倉を交換、ハンドルを引いて装填。
「さっきまで攻め込まれてたくせに呑気にやってやがるな!」
南の荒野に逃げ去ろうとする数名を発見、先読みして背中の上に短連射。
金属音混じりの射撃を数回繰り返せば野垂れ死にが出来上がった。他に敵はいないかと銃身を移すも。
「うっっおおおあああああああああああああああああ!?」
ごしゃーん、と車の構造に人間が叩きつけられた。
空から降ってきた生身の人間が織りなす交通事故さながらの様子だ。
「十分こらしめただろうな! 敵は散り散りだぞ!」
向こうで犯人のノルベルトが返り血だらけのまま応じてきた。
その言葉通りに敵の勢いはないも同然だ。抵抗をあきらめて逃げ戸惑うばかりで。
「た、助け……!」
『いたぞ! 殺せ! ファクトリーに喧嘩売ったことをあの世で後悔させてやれ!』
『いいぞ! 傭兵くずれはいい的だ! 逃げる傭兵崩れはもっといい的だ!』
『ストレンジャー! 生け捕りはいらないぞ! 全員ぶち殺せ!』
逃げ出す姿にはもれなくファクトリーからの銃弾が直送されてる。
捕虜を取るつもりなんて一切ないらしい。それだけの相手らしいが。
「す、ストレンジャー、助けてくれ……! 降参っ」
武器を捨てた奴がのろのろこっちに命乞いしてきたが、最後まで叶わずだ。
ごろっと首が落ちた。その後ろではニタリとしてるメイドさんが血しぶき越しに得意げである。
「イチ様ぁ、捕虜いらないらしいっすねえ」
「いっぱい切りなさい。あと人前で首狩るな馬鹿野郎」
『ひえっ……!?』
「よっしゃ~」
おかげで真っ赤なシャワーを浴びる羽目になったが、クソメイドは構わず残党を駆逐しにいった。
残りはもはや『作業』だ。ファクトリーのあちこちから試し撃ちとばかりの銃声がばらばら響き渡る。
「む、もう終わったのか。それでこいつらは何者だったんだ?」
残された大量の鉄くずと死体の中、クラウディアも戻ってきた。
ついでに心臓を一突きした人間をぶん投げながらだが。
「生け捕りにする価値がない連中らしい」
「そうか、しかしこの装備……ブルヘッドで見た連中と同じだな」
「ああ、傭兵連中が同じもん使ってた。しかもまた『カタナ』だ」
「カタナ?」
「いや、なんでもない。畜生カタナなんて大嫌いだ」
俺は足元のカタナを蹴り飛ばしながら周りを確かめた。
傷だらけの工場をバックに、たくさんの姿が勝利の歓声を響かせてる。
壁の上では目一杯手を振る連中がこっちを歓迎してるところだ。
「――勝負ありね。今日も紅茶が楽しみだわ」
「どうも女王様、おかげで助かったよ」
「ふっ、お礼は紅茶でいいわ」
「まーた紅茶言ってるよこの人……」
「これはこれは女王様、相変わらずお元気そうですな」
「あらアキちゃん、元気してた?」
「若い方たちには負けておりませんよ、にしてもファクトリーの方々はよく喜んでおりますなあ。よほど我々の助けが好ましかったようで」
女王様がすたすた歩いてきた。やっぱりその第一声は紅茶だった。
全員がその場に集まると、次第に頭上の歓声が収まってきて。
『――あんたがストレンジャーかい! 坊や!』
中々の恰幅が人混みをかきわけてきた。
ふとま……ふっくらした身体に防具と弾帯を重ねた、重戦車さながらの奥様だ。
気品さのある髪のおかげでただのデ……ふくよかで物騒なだけの女性じゃないとどうにか分かるような奴で。
「ああ、ストレンジャー坊やだ! だったらベーカー坊やってフレーズに心当たりはあるか!」
もしやと思ってあの名前を出せば、向こうは肉のついた顔ですさまじく笑んだ。
人を飛ばせそうなほどの豪快な笑顔で両手を広げると。
『合いたかったよ、ストレンジャー坊や! 私は『マダム』さ! 南でうちの息子を助けてくれたみたいだね!』
まさしく「あてはまる」といった具合で、その人はゲートの方を示してきた。
あれがベーカー将軍のお母さんらしい。あの人も中々に肝っ玉のデカい親をお持ちなようで。
「あんたがあの人の母さんか! あえて光栄だ!」
『私もさ、坊や! さあこっちにおいで恩人ども! ファクトリーは上客に最大限のもてなしをするしきたりさ!」
『マダム』を名乗る女性は太い腕で手招いてる。
後ろに控えるツチグモの方を確かめれば、銃座のお医者様が「また濃いやつと繋がったな」と言いたげな様子だ。
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