11 ファクトリー(1)
伝説のレシピの正体を暴き、テュマーも片付いた事実はすぐ広まった。
住民たちにとっては既に戦前の味を再現されてることよりも、最近気に障ってた邪魔者が消えた方が嬉しかったようだ。
町長殿はブラック企業の社長室に置かれた特等席を手に入れてご満悦である。
だがその見返りはやはりドーナツだ。あんなものと戦わせておいてだぞ?
本気でそれだけで済まそうとしてたので、流石のクリューサが物申した。
けっきょく町長は(とても嫌そうに)2000チップを提案、更にヌイスからの冷ややかな交渉によって3000へと値上がりだ。
本社から役に立ちそうなものも物色し、リム様の希望で食材やらもいただいてさっさとサムズ・タウンを発った。
――ちなみに武器商人のメルカバだが、既に売るもの売ってグレイブランドへ向かったらしい。
R19突撃銃の性能は大満足だ。俺の先輩達もきっと気に入ってくれるだろう。
「……なあ、今回もまた変な町だったな」
『うん、そうだね……でも今までよりずっとマシかも……』
補給を終えて再び走るツチグモの腹の中、俺はぼんやりと窓を見た。
町を超え、交差点を左折し、クロラド川を横断する北部の橋を渡る最中だ。
ここには大きく深いオレンジ色の谷がぱっくりと北南に続く光景がある。枯れ果てた川の名残だった。
その遠くで連なる山々の間に、ダムの壁が確かにあった――あれがゴールだ。
「まったくあのジャージ男め。ドーナツに酔うのは勝手だが、うつつを抜かしたまま俺たちに「ドーナツ払い」を提案するとはな。あれは深刻な脳の病気だろう」
デイビッド・ダムの断片的な姿を見てると、そばでお医者様が文句をこぼす。
ソファに腰かけた不健康そうな顔の先にあるのはドーナツだ。
どんと置かれた紙箱いっぱいの様々な甘味がまだあの町を引きずってる。
「これでしばらくおやつには困らないぞクリューサ。冷蔵庫にもドーナツがいっぱいだ」
「ドーナツを押し付けてくるあいつもそうだが、それを喜んで持ち帰るお前もどうかと思うぞこの馬鹿エルフが」
「ドーナツ嫌いなのか……?」
「後もう少しで嫌いになるところだ。お前のせいで俺たちはドーナツまみれなんだぞ」
こんなものを喜ぶのはもうクラウディアだけだ。
褐色の手がご機嫌に開いた冷蔵庫には紙箱がある。もちろんドーナツ入りの。
当面のおやつ事情には困らなさそうだ。痛む前に食べきれればの話だが。
「しかしびっくりしちゃいましたの、まさかあの本にそんな事実が隠されていたなんて……! これでフランメリアの食文化がまた一つ前進しましたわ!」
車が橋を抜けたあたり、エプロン姿の銀髪ロリがトレイを運んできた。
目に優しい木目の上に出来立てのサンドイッチが一個小隊分ほど並んでいた。
薄く焼かれたパンの間で、じっくり焼いたローストポークの分厚い切り身とブルヘッド産のレタスが緑と薄桃色を晒してる。
その周りにはカリっと焼かれたフライドポテト風のじゃがいもが強固な壁を作っていた。総じてこれはご馳走である。
「なるほど、そんな事情があったのですなあ。なんというか、かの町のドーナツが戦前の人々の業やら詰まった呪物か何かと思えてきましたぞ」
……そんな食事の場、今回はゲストも招いていた。
眼鏡エルフのアキだ。あの町の調査やらが終わったらしいので同乗させた。
「じゃあなんだ、あの町はドーナツの呪いにでもかかってるのか?」
「かもしれませんな。いやしかし、よもや秘伝の製法がああして既にばら撒かれていたとは……その過程のいざこざといい、大昔の人々も大胆なことをするものですな」
「最後はお互い銃を突き付けて決闘だぞ、社内制度に『早撃ち』でもあったのか?」
『しかもあれ、テュマー化が起きる寸前の出来事だよね……?』
「まあ約二名生ける屍にならずに済んで良かったんじゃないか?」
「その出来事がなければ皆様のお掃除に二手間ほど増えていたに違いありませんなあ。それにこうして150年前もの味を堪能できたのですから、大昔の方々には感謝しておりますよ」
アキはにっこり顔でレシピ本をちらつかせた。
持ち帰るつもりらしい。これで剣と魔法の世界にも戦前の味が伝授されると思う。
「――まあ、一番うれしいのはやはりこれですかな? あの料理ギルドの長が作るご馳走をこうも気軽に食べれるのですよ、人生一番の贅沢かもしれませんな」
ところが次の興味が向かう先はサンドイッチだ。
紙箱を押し退けておかれたいっぱいのトレイから一つ抜くと、肉でいっぱいのそれを美味しそうに食べ始めた。
「……おにく……!」
ニクも食いついた。尻尾をぶんぶんしながら久しぶりのリアルミートだ。
柔らかそうに焼かれた豚肉(魔物)にとてもうまそうにしてる。人工肉ばっかで飽きてたようだ。
「久々の本物の肉か、待ってたぞリム様」
「いっぱい作ったから皆さまお腹いっぱい食べてくださいね? あとじゃがいもも!」
クラウディアも自慢の機敏さでかすめ取ってきた。俺も一つ頂くことにした。
一口噛んで分かった、少し硬めのパンにじんわりと肉汁がしみ込んでる。
肉もさっくり歯で途切れるぐらい柔らかいし、レモンやらで味付けされたサラダ風のレタスと実に合う。
「フハハ、人工肉は確かに良いものだったが……やはり本物が一番だな?」
「あれって美味しいんすけどねえ、完璧すぎて逆に飽きちゃうっす」
みんなもどんどんがっついてる。あれほどあったサンドイッチの小隊はあっという間に戦力半減だ。
周りを築くカリカリのポテトすらも今ばかりはありがたい。あのクリューサですらもう三つも頬張ってるぐらいだ。
『……やっぱりおいしいよね、りむサマのごはん』
「久々の人工肉じゃない肉だからな。みんなクラウディアに感謝しろ」
「イっちゃん、ヌイスちゃんに持って行ってあげてくださいまし。お茶もセットで!」
ミコをブッ刺して味わってると、リム様が手ごろなお盆にひとまとめにしたサンドイッチセットを持ってきた。
ヌイス用のご飯だ。湯気を立てるこぼれづらい容器とサンドイッチとポテトが織りなす、飲食店に出しても恥ずかしくない顔ぶれをしてる。
受け取って運んだ。狭い道をたどって運転席までお届けに参ると。
「ストレンジャー宅配サービスだ、本日はサンドイッチと紅茶とポテト」
「ん、車内サービスかい? そこに置いてくれたまえ。またじゃがいもか」
白衣姿の金髪が相変わらずハンドルを握っている最中だ。
目は移らぬままだが、トレイを受け取るなり横の車内用テーブルへ乗せていた。
西へまっすぐと続く道を進む最中で、ヌイスの顔立ちの後ろではリゾート地の廃墟がぼんやりと見えた。
「やっとここまで来たって感じだな」
俺は助手席に座った。PDAを立ち上げれば地図に浮かぶ道のりはあとわずかだった。
やや曲がりくねった道路を北西へ辿った先、そこで二つの選択肢を選ぶことになる。
ままっすぐ進めば『ファクトリー』につくし、その途中で曲がればあの『デイビッド・ダム』へ北上していくルートに触れる頃だ。
「君たちは確か、ずっと長い遠回りをしてきたんだよね?」
「そうだな、ほんとはガーデンからまっすぐこのあたりに来るはずだった」
『そうだったね……確かここからずっと西のあたりがひどい放射能汚染地帯だ、ってベーカー将軍さんから教えてもらって……』
ずっと西を見るとやはり変哲のない険しい荒野と山の営みがあった。
このまま何も考えずに馬鹿正直に進めば、『ガーデン』にたどり着くはずだ。
そうだったな。本当はそうやって来るはずが、『ファクトリー』と繋がる西側の道は放射能のせいで塞がれてたんだ。
「もし汚染されてる地域がなければだけど、ガーデンとファクトリーとの距離はたった20kmさ。それをこうやって長い時間と戦いを経て遠く歩いてきたんだから、さぞ大変な旅路だったんだろうね」
ヌイスが言うには、その直線的な距離はたったの20㎞だそうだ。
それを俺たちは南へ向かって、更に東へ曲がり、橋を渡りまた北上して……と複雑な道のりでやってきた。
確かにひどい遠回りだ。おかげでろくでもない目に合えば、いい出会いもあった。
「近道が全部台無しになってたんだぞ? ガーデンの東は汚染されてて、スティングの北も然り、んでフォート・モハヴィは馬鹿騒ぎで塞がれてブルヘッドは傭兵が通せんぼだ」
『思えばわたしたちって、何度も行く手を阻まれてたよね……』
「君の旅路はどうしてそう過酷なんだい? いや、それを力づくで押し通ったのもすごいと思うけど」
その長く険しい迂回の合間にはいろいろな壁が立ちふさがったもんだ。
人食い族にライヒランド、テュマーに傭兵、そしてドーナツ。
だが俺たちはそれをぶち破ってきた。そう、みんなの力でだ。
「我々に小細工など効かんとこの世に証明してやっただけだ、そうだろう?」
いろいろ思い出してると、後ろからそっとブラックガンズのカップが伸びてきた。
見ればノルベルトがいい笑顔だった。あの太い腕が一杯持ってきてくれたらしい。
「ノルベルトの言う通り邪魔されたからぶっ飛ばしてやったのさ。単純だろ?」
「どうも」と一口すすった。意外なことに中身はコーヒーだ。
リム様が気を効かせてくれたんだろうか。少し酸味のある本物の味がする。
「君たちが通った後には今頃屍の山が出来上がってるんだろうね」
「後続の連中に「目印作ってやる」っていったからな、ちょうどよかったはずだ」
「なんというかイチ君、君もフランメリアにだいぶ染まってるね。いや決して野蛮人だとかバーサーカーとかそう言いたいわけじゃないよ?」
「否定できません」
「せめて否定しようよそこは」
『否定しないんだ……』
もう一口飲んだ。確かにうまいけど、あのおばあちゃんが淹れてくれた方が飲みやすい気がする。
けれどもリム様の気遣いがここにあった。思えば飯から何までいろいろ世話になってきたな。
「でもさ、遠回りできてよかったと思う」
俺は飲みかけのカップをホルダーに入れて、銃座の方へ向かった。
立ち上がれば二連の機銃が遠くを狙っていた。装填具合を確かめてからグリップを握る。
『そうだね。遠回りしたからこそ得られるものはたくさんあったはずだよ』
「ああ、確かに大変なことはその分あったけどな。近道で得られないものがいっぱい手に入ったんだから俺にとってはベストな選択肢だったのかもな」
『……わたしもそう思うよ。誰もがこんな姿を受け入れてくれたし、わたしの魔法で助かってくれた人がいっぱいいたんだから。ふふっ、誇らしいや』
『まったく、まるで悟ったような言い方だね?』
「まだ悟るには早い時期さ。これからだよ」
『うん、君の言う通り「これから」さ』
このずっと遠く、山を越えた先ではいろいろあったな。
キッドタウンでシド・レンジャーズと出会った。んで成り行きでついてくことになった。
悪者退治やらに付き合ってサーチタウンまでたどり着いて、そこから更にガーデンに向かった。
その時会ったチャールトンというオークに大切なことを教わった。今でもあの人の教えは俺の中で揺るぎない決意を作ってくれている。
「……ここまで繋げたんだな、俺」
そうだな、繋いできたんだ。
プレッパーズのいるニルソンからブルヘッドを超えた先まで、俺の道のりは人と人を繋いできた。
それがとうとう『ファクトリー』と『デイビッド・ダム』を間近にしてるのだ。
――見てるかフィーニスさん、アルゴ神父。うまくやってるし、いろいろとつないでやったぞ。
だからこそ誇らしかった。命がけで守ってくれた二人にこの光景を見せてやりたい。
「なあヌイス」
『どうしたんだい』
「けっこう前にな、恩人がこういってたんだ。お前は大変だろうけど良い隣人がこれからいっぱい現れるって」
『うん』
「その人の言う通りだった。俺が遠回りして生きてきたのも、このためだったんだろうな」
『いい人だね、その恩人というのは。その通りさ』
「ああ。ついでに過酷な旅を乗り越えて勝利を掴んで来い、ともいわれてな」
『ちょうど君は乗り越えようとしてるところだね、この長い旅路を』
「予言でも喰らった気分だよ。俺の未来でも見えてたのかな、あの人には」
背中から三連散弾銃を抜いた。
銃床に刻まれた『TRIUMUPH』はその言葉の意味通りに働こうとしてる。
『……おじいちゃんは、わたしたちに大切なことを教えてくれたよね』
肩の短剣にも見せてやった。この文字はそろそろ役目を果たす頃合いだ。
「生きる理由からくじけない理由まで至れり尽くせりで教えてくれたんだ。今度は俺が、誰かに教える番になるよ」
こういうことなんだな、アルゴ神父。
俺はあんたと同じ生き方をしてるんだろう。仲間にも恵まれて、いい縁を持って、長い旅をしてきた。
フィーニスさんが預けてくれた命もまだここにある。
足が止まらなかったのもあの「うまくやれよ」という言葉があるからこそだ。
そしていろいろな人から教わりながら生きてきたけど、次は俺が誰かに何かを教える番だ。
『っていっても君、誰に何を教えるんだい? 戦車の戦い方でも伝授するわけじゃないよね?』
「…………家事以外だな」
『ヌイスさん、今はそういうこと言わないで上げてください……』
『イチ様戦闘以外なんもできないっすからねえ、この前作ったパンケーキとか見事にクッキーだったっす~』
「ロアベアァ!!」
『いちクン、向こうに付いたら家事とか教えてあげよっか……?』
「お願いします……」
『君は生活能力と引き換えに戦闘能力を得たんだろうね。何事にも等しい価値を交換する法則は成り立ってるけど、ずいぶん大きなお買い物をしたみたいだ』
「パンケーキ一つも満足に焼けない代わりに戦車はこんがりか」
……ついでに生活能力も学ばないとだめかもしれない。
フランメリアが果たしてこんなストレンジャーという存在を必要とする世界かは定かではないが、何かしら役には立てるはずだ。
『……さてイチ君、見えてきたよ。あれが見えるかい?』
剣と魔法の世界での生き方にまた悩んでると、ヌイスが先に注意を促してきた。
銃座もろとも見れば大きな目印が二つある。
北への道路に『デイビッド・ダム・ロード』という錆びた標識、東へいざなう『ファクトリーはこちら』という手製の看板。
荒野から山へと曲がる道の先にはかのゴールがあるわけだが。
「二択だな。ダムかファクトリーか」
『うん、このまま曲がればゴールだね。どうする?』
「ファクトリーに立ち寄る約束をしたからまっすぐでいいか?」
『わたしもファクトリーかな。どんな場所なのかずっと気になってたし……』
無線での会話を思い出したが、そこのベーカー将軍の母さんとやらが会いたがってるそうだ。
そんな大層な人物がいるであろう場所はここからでも良く見えた。
道路を西へ進みつつ、少し南側に視線をそらせばその形があったからだ。
荒野の上に2㎞程離れた先からでも分かるほど、大きな工場とその周りを取り巻く町の様子が確かにある。
「……あれがファクトリーか?」
走る車の上で双眼鏡を覗いてみた――あちこちから煙が立ち上がってる。
戦前の倉庫や工場があるようで、その周りに人の営みができてるみたいだ。
その周りには武装した車両が取り囲み、視界の中に爆炎が立ち上がり……。
「おい待て、なんか様子がおかしいぞ」
すぐ分かった。攻撃されてる。
かなり離れた姿に確定的なものはないが、不健全な爆発と煙が立ったらそれは外部から火力をぶち込まれる証拠でしかない。
『何かあったのかい?』
「物騒な車に囲まれてそこら中が爆発してるっていったら分かるか?」
『……それって攻撃されてるってことだよね!?』
『あーうん、大いにありだね。なんてタイミングのひどさだ君は』
もう一度確かめるがまた煙が上がった。周囲の車両の輪郭が攻撃場所を探して彷徨ってる。
経験上、それは攻め込む側の姿だと判断した。つまり誰かさんが絶賛襲撃中ってわけだ。
「おいみんな、今俺たちの目の前に二択あるぞ。一つはゴールへの道、もう一つは襲撃されてるファクトリーだ。どうする?」
俺は五十口径の装填レバーを引きながら尋ねた。
ヌイスは大体察してるんだろう、既にハンドルを西に向けてるようだ。
『ん、敵襲……?』
『なんだと? ファクトリーが襲われている? ならば助けんとな』
『せっかくですし最後にひと暴れするのはどうっすかねえ、あひひひっ♡』
『行き先でまたトラブルか。後腐れのないように片づけてやれ、ファクトリーに恩も売れるしな』
『何かと私たちも世話になってる場所だろう、ならば助けるしかあるまい。行くぞ』
『よもやここまで来てまたひと悶着あるとは、何があるか分からないものですなあ。では私もお付き合いしましょうか、ごはんのお礼ですよ』
『まあ、ファクトリーが襲われているのですか!? それはいけません、助けないと!』
「だとさ、行けヌイス。さっさと片づけるぞ」
俺は機銃を前方に向けながら頼んだ。
ツチグモは道路を沿って猛スピードで進んだ。目指すはファクトリー、その周辺にたむろする不埒な誰かさんどもだ。
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