表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
362/580

126 さようなら、ブルヘッド

 フライパンがじゅうじゅうと強く音を立てていた。

 覗けば面積いっぱいの何かが甘ったるい香りで焼けている最中だ。


「よし……!」


 そろそろか。フライ返しを底に捻じり込んでふわっと持ち上げる。

 手首の動きを加えてくるっと返せば、きつね色がこんがり広がっていた。

 叩けばこつこつ音がするほどだ、ふわふわな生地が行方不明になってる。


「……あれ? なんか思ってたんと違う……」

『……いちクン、これクッキーみたいになってない?』


 自分は何を作ってたのかと思い直すレベルの何かだった。

 そうこうしてる間にも生地は焼けていく、けれども生焼けが怖い。

 そもそも俺は一体何を作っていたんだろう。そうだ、パンケーキだ。


「できたぞ、ストレンジャー風パンケーキだ」


 しばらく裏面にも火を通して――完成だ。

 皿に移せばなんということだろう、丸盾のごとく防御力を振舞うカッチカチのパンケーキがそこにあった。


「…………なんか思ってたんと違う」


 でもこんなはずじゃなかった。一目見てそう思った。

 原材料は壁の外の小麦粉に卵と砂糖、人工牛乳とストレンジャーのスキル。

 総じてパンケーキじゃない何かだ。俺は何を生み出してしまったんだろう?


『火加減が少し強すぎたんだと思うよ。かりかりになっちゃってる……』

「生焼けが怖くて火力上げたのが駄目だったか……」

『あのねいちクン、途中で油足したり、中火にしちゃったら生地が硬く焼きあがっちゃうんだよ?』

「生焼けが怖かったんだ」

『気持ちは分かるけどレシピ通りに従おうね!?』


 あらためてフライ返しで叩くが、見事なきつね色がこんこんいってる。

 ためしにフォークを入れてみるとざっくり入った。ひとかけら口に運ぶと。


「クッキーだこれ!」


 ざくざくしてた。なんなら味わいは焼きたての甘いクッキーだ。


『なんでクッキーになっちゃうの!? ざくざくいってるよ!?』

「違うんだミコ、俺はただふわふわなパンケーキを作ろうとしてたんだ。なんでこうなったかは謎だ」

『……もしかしていちクン、生地に小麦粉とか足してなかった?』

「ちょっと足した。いやなんか生地がゆるくて不安だったから」

『足さなくていいからね!? あのままで良かったんだよ!?』

「嘘だろ、パンケーキってあんなどろどろから生まれたんか……?」


 オーガの口ですら難儀しそうなクッキーの原因は俺のひと手間にあったらしい。

 あんなとろとろの生地がふんわり焼けるなんて信じきれなかった俺の負けだ、結果がこのデカいクッキーである。


『いちクン? どうするの、これ?』

「食べるしかないよな、もったいないし――ニク、おいで!」

『ニクちゃんに押し付けようとしちゃだめだよ!?』


 一人で食うには困り果てるそれをどうするか悩んだ結果、愛犬を召喚した。


「……ん。なあに、ご主人」


 じとっとわん娘が律儀にやってくる、尻尾もゆるくぱたぱたしたままだ。

 すかさず皿一杯の幅広いパンケーキを突き出した。無言で。

 肝心のニクの反応といえば、虚空に向けて放り投げればフリスビーさながらに振舞えそうなそれを嗅いだあと。


「これ、クッキー?」

「パンケーキだ」


 きょとんと首をかしげてきた。嗅覚的にもクッキーだと証明された。

 ひとかけらへし折って放り投げた。相棒はぱくっとキャッチ、ぼりぼり噛んで。


「……クッキーじゃないの?」


 なんとも微妙な顔をされた。犬の精霊的にもこれはクッキーだそうだ。


「……パンケーキだった」

『ニクちゃんにもクッキーとして認識されてるね……』


 こうしてすさまじい面積を誇る焼き菓子を三人でどうしようと眺めてると。


「――あらイっちゃん! お料理してますの!?」

「Honk!」


 ドアが開いた、そして匂いでもかぎつけたのかリム様の幼声が割り込む。

 いつものちっちゃい魔女の背後で世に放たれた使い魔のガチョウもいた。


「ああ、パンケーキを」

「まあ! なんて大きなクッキーなのかしら!」

「パンケーキなんだ」

『いちクン、パンケーキ作ろうって頑張ってたんです……』


 さっそく見せびらかしたが第一声がクッキーだ、満面の笑顔で。

 「食べていいかしら」と見てきたので快諾してやるとぼりぼりいって。


「大味なクッキーですわね! 牛乳とあいそうですわ!」


 すげえ辛辣なことを言われた。

 料理ギルドのマスターに言われたらこれはもうクッキーなのかもしれない。

 めっちゃぼりぼり言ってるリム様の後ろでは、あのガチョウが物欲しそうに見上げてて。


「……いいかアイペス、こいつはパンケーキだったんだ」

「Honk!」


 一言加えてからクッキ……パンケーキだった何かを与えた。

 ガチョウの口はがりがり音を立ててクッキーさながらに貪った。

 もっとくれ、と見てきたのでおかわりをくれてやると。


「いっちゃん暇だ! なんかゲームやんね!?」

「あらフェルナーちゃん! お暇ですの?」

「ここもすっかり平和になっちまったからな! あとレイナスの後頭部にサッカーボールシュートして追われてる!」


 ばたんとドアが開いた。だらしない格好の赤髪のイケメンがやって来る。

 好奇心旺盛な爬虫類っぽい瞳は目ざとくパンケーキ(仮)に向かった。


「イっちゃんこれクッキー? 欲張りサイズだなオイ」

「パンケーキでした」

「ふわふわ感どこいったんだよ」

「俺のおせっかいで脱走した」

『……いちクンのパンケーキ、みんなにクッキーって言われてるよ』

「ああそうだな……レイナス! フェルナー来たぞ!」


 なんだか悔しいのであの名を呼んだ。するとガチャガチャ伝わってきて。


「フェルナアアアアアアアア! イチ殿の部屋で何をしてるかあぁぁぁッ!?」


 ドアが元気に開いた。こんなこともあろうかとパスに合いカギを設定させた。


「ちょっ、おまっ、なんでレイちゃん入ってきてんだよ図ったないっちゃん!?」

「うちのリーダーがお邪魔してごめんなさーい、今回収しますね」

「申し訳ございませんイチ様! 馬鹿大将め早く来い! お前はいつまでそう悪ガキみたいな……」


 ドラゴン回収業者の皆様(元魔王)が連れて帰った、さようならフェルナー。


「フェルナー様、今日も元気っすねえ」


 そんな入れ替わりでそそくさと入って来る姿を発見。ロアベアだ。


「お前は呼んでないぞロアベア」

「なんか面白そうなんで侵入しにきたっす」


 ガチョウにくれてやろうかと思ってる矢先、首ありメイドがによによ近づく。

 好奇心を満たすものはちょうどあった、俺の作ったパンケーキだ。


「なんすかこのでっかいクッキー」

「……パンケーキだったんだよ」

『ロアベアさん、一応これパンケーキ……なんだけど』


 トドメになった。こいつにすら認められたらもう後がない。

 もはや程よく冷えてしっとりしたクッキーだ。砕いてロアベアに突きつけた。

 あむっと食べたメイドの生首は「牛乳欲しいっす」とのことだった。


「なんでパンケーキがクッキーになるんすか」

『えっと、作ってる途中にいろいろ足しちゃったみたいなの……』

「ロアベア、俺今度からレシピには忠実に従おうと思う」

「ふふふ、ご安心なさい! ここにいるのは料理ギルドのマスター、飢渇の魔女リーリムですわ! 私が丁重に教えてさしあげます!」

「あとリム様の指導にも」

「ええ、あなたに美味しいクッキーのつくり方を伝授しましょう」

「パンケーキつってんだろ喧嘩うってんのかお前ら」


 孤立無援のままクッキークッキー言われてると、またドアが開いた。

 合鍵を通したノルベルトの巨体が入ってきた。続いてデュオの姿もあって。


「おお、何やら賑やかだなイチよ。その大きなクッキーはなんなのだ?」

「よう、社長が邪魔するぜ。ってなんだそれでけえクッキーだな」

「…………パンケーキ」


 第一声にものすごく失礼なことをぶちかまされた。

 二人の視線は人様のパンケーキを完全にクッキーとみなしてる。

 その後ろで開閉音。合鍵をかざすクリューサとクラウディアもずかずか入って。


「イチ、今回の件がようやくまとまったらしい。ところでなんでお前はエプロンなんてつけているんだ、それにその大味そうなクッキーはなんだ」

「む、甘い香りがすると思ったら料理してたのか。うまそうだなそのでっかいクッキー」

『……あの、二人とも……いちクン泣きそうだから何も言わないで上げてください』


 追撃された。もうこの世には俺のパンケーキを認めてくれる人間はいない。

 こんなパンケーキを騙る裏切者はいらん。アイペスにくれてやった。


「やっとか、それでけっきょくどんな風にオチがついたんだ?」


 足元でばりばり言ってるガチョウから目を離すと、デュオはおどけて。


「大したことはないさ、ただこの街の勢力図がまた書き換わるかもな」


 ついてこいよと大事な話に招いてきた。迷彩柄のエプロンを投げ捨てた。


「あーうん、そりゃあんな風になればな……」

『滅茶苦茶、だよね……これからどうするんだろうって気になってました』

「心配はいらねえよ、ブルヘッドはこれくらいで心折れる民度じゃねえぞ?」


 そのついでだ、ふと窓から外を眺める。

 ヴァルハラ・ビルディングから北向きに見る都市の姿があった。

 いつもの主張の激しいラーベ社のビルの元で、広い街並みが幾つも壊れていた。

 見下ろす通りにはまだ処分されてないバケツ頭が転がってる――行くか。



 あれから数日が経ってた。


 デカさだけは充実した『タラントラ』が全滅すると、後は残党狩りだ。

 しかし問題はそれまで受けた被害だった。

 街の三割はぶち壊され、治安組織もぐちゃぐちゃ、無法地帯が広がり放題。

 都市の混乱に乗じて火事場泥棒もろもろが起きたが、案外どうにかなった。


 職事にあぶれた傭兵がこぞって手のひらを返して(半ば強引に)協力してきた。

 そいつらの心中なんて知らないが、おかげで事態の鎮静化は捗ったんだと思う。


 最初の一日はまだ身構えてたが、壁の内側はすぐ安全なものに戻った。

 今や壁の中に残るのは大量の鉄くずと、荒れた街並みをバックに写真やら動画やらをとって思い出作りに励む市民ぐらいだ。

 襲ってくる傭兵もいなきゃ暴れる無人兵器もいない、それだけだ。

 デュオが企業と市の話し合いが進むまでちょっと待ってくれ、ということで思う存分にくつろがせてもらったわけだが。


 結局あれはなんだったのか? それはこの一言で済む話だ。

 焦ったラーベ社が巻き起こしたくだらない事件、ただそれだけなのだ。


 裏でこっそりと仲良くしてたライヒランドが誰かさんに潰された。

 巻き返そうとアホなスカベンジャーを雇っての目論見が誰かさんに崩された。

 その誰かさんどもに傭兵けしかけて報復しようとしたら返り討ちにあった。

 折り悪く都市の法すれすれをゆく『合法無人兵器』の開発が殺人マシンを作るウィルスをばら撒いたわけだ。


「……要約するとこの物語は都市全体を巻き込んでのラーベ社大自爆ってことだね」


 小奇麗なラウンジでヌイスが壁際のモニタを背にしていた。

 金髪と背丈の後ろいっぱいにブルヘッドの様子が放送されてるところだ。

 見知った街の様子の一部が暴走ウォーカーの残した傷跡に上書きされて、廃墟さながらの風景を映し出してしまってる。


「一企業が焦った結果が街の三割台無しにする大事か。明日には倒産してそうだな」


 番組はぶち壊された市街地に続いて、視聴者に刺激的な様子を振りまいた。

 モンスターどもが豪快に戦い、ウォーカーが走り、そして一人の黒い男だ。


「ハハ、ある意味お前さんが原因だろうがな。その黒い格好で向こうの社長を追い詰めたのは確かさ」


 流れるニュースの映像のそば、エルドリーチは軽く笑ってた。

 ちょうどジャンプスーツ姿の男が使い捨ての対物擲弾をぶっ放した場面だ。

 ぐったりした巨大な屑鉄を前に誰かさんは発射器を捨てて「あばよ」だ。


「んでデュオ、けっきょくこの話はどういう風に落ち着いたんじゃ?」


 市民に流すには物騒すぎる番組にドワーフの爺さんどもは釘付けだ。

 一緒に見ていたデュオは「それがな」と苦笑してから。


「事態が鎮静化した今、今度は「これからどうするか」さ。企業の代表者どもを集めて、市のお偉いさんも呼んでの大掛かりな会議が待ってるぜ。もちろん自殺未遂したジジイに鞭打ってな」


 それはもう面倒くさそうな様子だった。

 しかし社長のへらっとした顔は少しあたりを見渡せば。


「……そういやフランメリアの奴らが少ないな。他はどうした? 寝坊か?」


 そう疑問を浮かべていた。

 言われてみればこのラウンジにあの賑やかさがなかった。

 ここに見えるのは居残りを決めたドワーフ、子連れ獣人コンビ、それから元魔王の愉快な四人組ぐらいしかないようだが。


「あいつらか? 安心して先へ進めるって分かった途端に先いきやがったよ」

「十分ブルヘッドを堪能したみたいだ、エルフの連中は北へ旅立ったぜ」

「なんだ、もう行っちまったのか。ハーレーたちはどうしやがった?」

「会うたびになんか起こるから坊主どもとはもう付き合わねえってよ」

「貰うもんもってあいつらも北に帰ったってわけさ。つれねえなあ」


 スピロスさんとプラトンさんが説明してくれた、もう行ったらしい。

 「気の早い奴だぜ」とデュオは笑ってから。


「ま、これで旅の邪魔はされないってわけだ。お前らの行く手を自走するゴールキーパーみたいに妨げる奴はもういないぜ、おめでとう」


 ラウンジの窓越しに見える都市の様子もろとも告げてきた。

 その言葉が届いてやっとか、と思った。ずいぶん長く感じた。


「もうこれ以上付き合わなくていいのか? 会議とやらに顔出せとか言わない?」


 しかし念のためそう尋ねた。返ってきたのは面白そうに笑う表情だ。


「お前なんて連れてったらラーベ社の社長さんがショック死すんぞ」

「そんなやわなやつなのか、その社長って?」

「80超えたジジイだぜ? 死神が枕もとで見守るような頃合いだろ?」

「俺がいったらちょうど死神かなんかと勘違いされそうだな」

「そういうことだ、来るんじゃねえぞ。その格好でカマ持って寝室にいくのもNGだ」

「その仕事は俺じゃなくてエルドリーチが適任だろうな」

「ハハ、どう囁いてやろうか? こんばんは収穫のシーズンですってか?」

「死神のお仕事はもうちょっと後にしてくれよ、いいな?」


 どうも俺は不適切らしいな、みんなが軽く笑った。

 ところがデュオはこっちを軽く見てから。


「でもさんざん邪魔されて鬱憤も溜まってんだろ? 俺の口から嫌味混じりの伝言ぐらいは伝えてやろうか?」


 いつものプレッパーズらしいニヤっとした笑顔を見せてきた。

 ラーベ社に伝えたい言葉か、そう考えてポケットのものが脳裏に当たる。

 俺もニヤっとした。向こうもなんとなく察したのか「いいぜ」と頷いたので。


「じゃあこう伝えておいてくれ」


 ずっとしまっていたそれを渡した。

 折りたたまれた紙だ。開けばちょうど『60000チップ』相当の男がいる。


「お前らの悪行は60000チップで許してやるってな」


 ここぞとばかりにあの人相書きを突き返してやった。

 デュオは待ってましたと言いたげに笑ってくれた。


「それ、一番ぐっさりくるだろうな」

「だめ?」

「いいや! 言ってみてえな、ショック死するかもしんねえし?」

「じゃあやってくれ、俺の代わりにいい顔でやれよ」

「当り前だろ? すげえ得意げにいってやるよ、周りの奴らもドン引きだろうな」


 この世界に来てからずっと続く軽口混じりのやり取りだった。お互い笑顔だ。

 でも、壁を出て進めばこの楽しいコミュニケーションはもうできなくなる。

 あいつも分かってるんだろう。次第にいい形の口元が小さく曲がってた。


「これで堂々と街を出ていけるんだよな?」

「ああ、誰も止めはしねえし、誰も邪魔しねえよ」


 相手の顔は「さっさといっちまえ」という感じだ。

 デイビッド・ダムは間近だ。もうすぐゴールにたどり着く時が来る。

 そこについてしまえば――俺たちはもう二度と会うことはないだろう。


「なんだよ、やっぱ寂しいか?」


 にやっとされた。きっと今の気持ちは顔に出ていたに違いない。

 冗談や軽口で済ませようとしたがやめた。正直になってやろう。


「当り前だろ。お前とつるんでるとすげえ楽しかったからな」

『……わたしも寂しいです』

「俺もだよ、兄弟。じゃあお互い様だな?」


 黙って男らしく抱き合った。「へへ」とくすぐったさそうな笑い方だ。


「……いいか、どうせ死すらぶち殺すお前のことだから「命をお大事に」なんていわねえ。その代わりミコサンのこと大事にしてやれよ」


 それから、こつっと肩の短剣をノックされた。

 もちろんだ兄弟。強くうなずいて返した。


「――わしらはここに残るからの、気を付けていくんじゃぞ」

「なあに、生きてりゃまたいつか会えるじゃろ。ドワーフ冥利につきるのもお前さんのおかげじゃ、達者でやれよ」


 ドワーフの爺さんたちからもそんな言葉が届いた。

 実に楽しそうな表情が勢ぞろいだ。顔には明るい未来が映ってる。


「俺たちはあとから行くぜ! もうちょっと観光してーし!」


 そこへフェルナーの空気を読まない言葉が混じる。レイナスがどついた。


「こっちも遅れていくぜ、もう少し落ち着いて準備してから向かうつもりだ」

「けっこうな所帯になったもんだからな、先いって安全にしてくれよ」

「気を付けてね、お兄ちゃん」

「スティングの時から思っていたがやはりお前は異質な強さだな。ワタシのようなドッグマンよりも化け物じみているぞ、戦後の世も面白いものだ」


 スピロスさんとプラトンさんはそばの白いドッグマンや子供を示してる。もう少しだけここにいるらしい。


「……お前らは?」


 そこで、俺はエルドリーチとヌイスを見た。

 相変わらずだらだらとする骨と、じっと聞き入るクールな金髪姿があったが。


「以前話した通りさ、イチ。オイラはこっちに残って好き放題やらせてもらうぜ」


 骨だけの格好は実に軽かった。もうこっちに居つくつもり満々だ。


「本当にこっちに残るのか?」

「誰かが残らないといけないし、こっちの世界を楽しむとするさ」

「そうか。いろいろありがとな」

「オイラからも「ありがとう」さ。楽しい毎日だったぜ」

「俺もだよ。どのあたりがよかった?」

「全部だ。お前に会えた時から、こうして別れを惜しむところまでさ」

「そうか。俺とおんなじだな」

「ハハ、ダムについたらまた会いにいくさ。帰り道の準備やらをしなくちゃなんねえ」

「分かった、先いってるぞ」


 それに対してヌイスはというと――


「私は君たちに同行するよ、よろしく」

「お前はついてくるんだな」

「うん、やることがあるからね。そういうわけでちょっと準備をしてくるよ、南のゲートあたりで落ち合おうか」


 そうあっけなく言ってすたすたと出て行ってしまう。

 ついてくるのは嬉しいけど、ずいぶん気の早い奴だ。


「……寂しくなるねえ」


 デュオはそんな言葉を誰に向けたんだろうか。

 それでも俺たちに一際強く笑って。


「……世話になったな、イチ。ストレンジャーらしく強くやれよ」


 プレッパーズの強さのある、あの顔を向けてきた。

 返事は「何言ってんだ」だ、世話になったのはこっちだぞ?


()()()()()()()さ。こっちこそありがとな、いろいろ世話になった」

「じゃあお互い様だな。ご武運を、ストレンジャー」

「ああ、じゃあなツーショット。ボスのこと頼んだ」

「当り前だ、任せろよ。お前にゃ計り知れない何かが背中にあるこた分かってるけどよ、んなもんに潰されずにうまくやれよ? 俺の知ってるお前であれ、それがいい人生の秘訣さ」

「了解だ。お前も愉快で楽しいツーショットでいてくれ、ずっとな」

「ストレンジャーのおかげで俺は死ぬまで愉快な男さ、友よ」


 握手をした。握った拳もぶつけて、またハグもした。


「イージス、ヴェアヴォルフ、ブルートフォース、エクスキューショナー、クリューサ、クラウディア、お前らも元気でな。俺の人生が楽しくなったのはみんなのおかげさ」

『……わたしも、あなたのおかげでいっぱい成長できました。ありがとうございました、ツーショットさん』

「会えなくなるのは寂しいけど、ツーショットさまのことは忘れないよ。行ってきます」

「スティングの頃からの付き合いだが貴方ほど愉快な方は人生で初めてだったぞ、さらばだ戦友よ。また会おう」

「うちも寂しいっすねえ、イチ様がいなくてもどうかおばあちゃんと楽しく過ごしてくださいっす。お世話になりました」

「プレッパーズには振り回されっぱなしの人生だったが、ようやく縁が切れそうだな。まあせいぜい健康に過ごすといい、スティングからいろいろとつるんだお前には感謝してる」

「楽しかったぞ、社長。これからウェイストランドの姿は変わるかもしれないが、お前なら大丈夫だろう。壁の外の開拓を頑張ってくれ、外の世界は本当にいいものだからな」


 できる限りの挨拶を交わした後、俺たちは荷物をとりに戻っていった。



 街を出ればすぐに「ストレンジャー」だ。

 生身でウォーカーを壊した男だの、しまいにはラーベ社の悪き陰謀をぶち壊しただの好き放題に言われる。

 だから精一杯に応じた。いい顔で「ラーベ社をぶちのめした」ってな。

 この街に顔を見せたらさっさと壁の外へ向かうだけだ。


「やあストレンジャー、もう行っちゃうのかい?」


 そんなところ、街並みを南へ向かう途中で人だかりにぶつかる。

 エミリオたちだった。スカベンジャー諸々の姿が知った顔を揃えていた。


「あいにく哨戒任務中だ。撮影のためにサービスショットもな」


 俺は後ろで騒がしい住人たちを指した、親指で。

 すっかり有名になったらしい。こうしてる間もしつこくカメラが回ってる。


「ははっ、律儀に応じてやってるみたいだね」

「この街に世話になったからな。お前らも一緒に写るか?」

「ゆっくりしていけばいいのになんて言わないわよ? ただのお見送りだから」


 するとヴィラが笑顔でエミリオとくっついていた。少し寂しそうだが。


「生身であの馬鹿でかいウォーカーにトドメ刺す奴がどこにいるかって話だ。とんだ大物になりやがってお前は」

「街の歴史にとんでもないもん残したのは間違いないさ。じゃあなストレンジャー、俺たちほどとまでは言わんがしぶとくやれよ」

「その調子で悪者ぶちのめして突き進め。それがお前の生き方さ」

「あそこで助けてくれた恩は一生の宝物だ、あんたを習って俺も誰かを助けていくさ」

「あとで私たち、騒動の鎮静化に手を貸したからって表彰されるみたい。あなたと関わってから信じられない出来事がいっぱいよ」

「エミリオ、ヴィラ、ボレアス、サム。ありがとな、テュマーにやられるなよ」

『皆さん、ずっとわたしたちを支えてくれてありがとうございました。どうか元気で過ごしてくださいね?』

「いいや、君だってみんなを支えてくれたじゃないかミコ? 俺が思うに、君は元の姿に戻れたらきっと顔も心も清らかな美女なんだろうね――でもヴィラにはかなわないかな?」

「仲良くね、二人とも。苦難も喜びも共にしなさい、支え合うのよ」


 見ればボレアスやサムの他にも、フォート・モハヴィで見知った仲も並んでいた。

 一人ずつ握手した。「またな」とか「元気でな」とか言葉を添えられて。


「……す、ストレン……相棒(・・)!」


 意外なことに最後はラザロだ。相棒がしれっと混じってやがった。

 スカベンジャーに混じった作業服は、背をまっすぐに向き合ってきた。


「楽しかったよ、そ、それに、俺の力を生かせる仕事につけたのもあんたのおかげだ!」

「ホワイト・ウィークスの馬鹿どもと縁切って正解だったろ、相棒?」

「ああ、ああ! もちろんさ、に、ニシズミ社もウォーカーの宣伝になったって喜んでるし、開発予算も降りたし、いいことづくめだよ! だから」


 だからハグした。なんでこいつは泣いてやがるんだろう。

 北部にきて一番良かったことは、この相棒と巡り合えたことかもしれない。

 それに最後の最後にちゃんと面と向かって「相棒」だ、文句なしだよラザロ。


「……ありがとう、相棒。俺、真面目に頑張るよ。もっとすげえウォーカー作ってやるよ、だからまたブルヘッドに来てくれ」


 最後の一言は泣きながらだった。泣くなよ、と小突いてからかった。


「当り前だ、もっと強いの用意しとけよ? また会おうな相棒」

『ラザロさん、いちクンを助けてくれて本当にありがとうございました。あなたならきっと、いい生き方ができる人だって信じてますから』

「あんたらみたいにカッコよく生きるよ、本当にありがとう」

「やめろよラザロ、お前はもう十分カッコいいだろ?」


 百鬼のことを思い出しながらそう伝えた。

 こいつならきっと、もっとすごい機体でも作るだろう。

 泣いてしまった『相棒』はスカベンジャーたちに茶化されたみたいだ。そいつらに見送られた。


「あんたのおかげでクソみたいな幼馴染と絶交できて、しかも次の就職先もすんなり決まって、今度はバロールの傭兵か。良いことづくめで後が怖いほどだ」


 都市型迷彩に身を包んだ連中が待ち構えていた――イワンたちだ。

 バロールを捨てた傭兵たちといえば、すんなり見つかった新しい居場所にまだ不慣れそうだ。


「誰かさんに今まで苦労した分、やっと手元に返って来たんじゃないか?」


 この世にスピーチを残して消えたやつを思い出させてやった。全員苦笑いだ。


「そうだな、ドミトリーが消えた途端に世界がクリアになった気がする。今度はバロールの傭兵として真面目にやっていくさ」

「皆さん勢ぞろいでスッキリしてるな。そうだ、どうせならデュオの力になってやってくれ」

「もちろんだ。クネクネしながらお気持ち表明する奴がいないと、こんなにすがすがしいものなんだな」

「神様って残酷だな、お前をあんな幼馴染と引き合わせるなんて――あんな風になるなよ」

「絶対なるもんか畜生。じゃあな、英雄殿」

「英雄じゃないさ、ただの余所者だ。健康でいるんだぞ」

「薬も毒ももうこりごりだ。健康万歳、バロール万歳だ」


 すると顔立ちの変わった傭兵たちがびしっと整列した。

 それほど厳格じゃない、ちょうどいい敬礼が向けられた――それらしく返した。


「ふっ、またいい顔になったものだな?」


 挨拶を手向けられていると、ノルベルトが感心したような顔だ。


「なんだよ、次のセリフは『すがすがしい顔になったな』か?」

「いいや、憑き物が落ちたような良き顔だ。大きな徳を積んだ証拠よ」

「つまりすがすがしい顔だろ。まあ、タメになる観光旅行だったよ」


 こいつの言う通りだ、なんだか気分がスッキリしていた。

 俺は思う。きっと、これからを受け入れたからなんだろう。 

 アバタールも、ストレンジャーも、どっちも俺だ。

 だからこれからを受け入れて、嫌なやつをぶっ飛ばし、観光も満喫するという、なんとも俺らしい欲張りな生き方を表現できたと思う。


「ふふ……いっちゃんがいい顔でここを発てて、私とっても嬉しいです。立派に成長しましたね?」


 ブルヘッドの外へ歩いていると、リム様が穏やかに笑っていた。

 自分はきっとそんな顔なのかもな、だから「そうだな」と顔で表現した。


「ああ、ちょっと寂しいけどな」

「ツーちゃんだって寂しがってましたわ、あの子ちょっと泣きそうでしたもの。本当に、いいお友達ができたのですね?」


 何から何までリム様の言う通りだ。

 歳も境遇も違うけど、デュオは心の底から軽口を叩き合える立派な親友だ。

 この世界の真実を見て、クソ面倒なストレンジャーの背後も知って、それでもなお気兼ねなく接してくれたんだ。いい友達だ。

 くそっ、リム様め。そんなこと言うから本当に名残惜しくなったじゃないか。


「……俺もだよ」

「私もです。いっちゃん、もしこれから辛いことがあったら、ツーちゃんの言葉を思い出すのですよ? あの子と共にした時間は、きっとあなたを助けてくれますから」


 俺を寂しくさせてくれた張本人は、すぐそばでそんな微笑み方をしていた。

 そうだよな。この人もデュオと楽しそうにしてたんだ、俺一人だけじゃない。


「そうだな。誰かに『大企業の社長が親友なんだ』って得意げに自慢するときに使わせてもらうか」


 あいつはこんな寂しい時のために、ストレンジャーに楽しい皮肉と軽口の叩き方を教えてくれた。

 でもリム様は分かってる顔だ。優しく撫でてきて、俺は観念して頷いた。


『ふふっ。デュオさんもきっと、いちクンが親友なんだって言いふらしてると思うよ? あの人、そういう人だしね?』

「じゃあお互い様だ。あいつ、あることないこといって変な設定増やさないよな?」

「あひひひっ♡ ここに来る前より一段とお顔が磨かれてるっすねイチ様ぁ。まるでレベルが一つ上がったように爽やかっすよ」

「それはお前が強くなった証拠だ、誇らしくするとよい」

「褒めたってなにも出ないぞお前ら。そうだ、ドクタソーダでもおごろうか?」

「出てるじゃないっすか、あっうちはエナドリがいいっす」

「ぼくは本物のおにく食べたい」

「水分補給は大事だぞ! ちょっとコンビニに寄って買い込もうか。そうだついでにおやつも買っていこう!」

「ストレンジャーのおごりか。念のためだ、旅に備えてビタミン添加済みドリンクを買っておけ」

「ここぞとばかりに畳みかけてくるなよお前ら……」


 都市の出口にストレンジャーズらしい言葉が近づいたその時だ。


 ――ぶぉんっ。


 背後からずいぶんと野太いクラクションが響く。

 すぐにウォーカーを運ぶ車並みの重量が迫ってると耳で分かった。

 一体なんだ、とみんなで振り向いた先には。


「やあ、待たせたね。そんな大所帯じゃ足が必要だろう?」


 ……馬鹿でかいトラックのようなものがあった。

 ウォーカー用の車両を装甲で包んで、窓やらをちりばめた見てくれだ。

 そんな巨体の左側の運転席、ヌイスが済ました顔でこっちを招いている。


「……なんだそれ、どっから持ってきた?」

『お、おおきいキャンピングカーですね……!?』

「ニシズミ社からの贈り物さ、ウォーカー・キャリアーを改造したRV(・・)だよ。乗ってくよね?」


 するとがたっと側面の扉がスロープを下ろしながら開く。

 垣間見える内装はすさまじく、ベッドやシャワールーム、台所にソファと住むに事欠かないものが揃ってる。


「……ん、大きな車。こんなのが走るんだ……すごい」

「おお……なんということだ、オーガの俺様でも快適そうではないか!」

「キャンパーってやつっすねえ、それにしちゃ至れり尽くせりっす~」

「俺にはウェイストランドの高級宿が自走してるように見えるんだが。こんなものを本当に作り出す奴の顔が見たいものだ」

「ニシズミの奴らめ立派なものを送り付けてきたな! イチ、あいつらはお前らによほど感謝してるようだぞ!」

「まあ、素敵な『くるま』ですわね! お料理が捗りそうなキッチンがありますの!」


 マンションの一室を乗せて走るような車に流石の俺たちもびっくりだ。


『あなたのおかげでニシズミ社は実に(・・)報われました。我が社からの贈り物です』


 ……そしてテーブルの上に分かりやすい目印もろとも、そんな書き置きがあった。

 見て驚くな、重しになっていたのは高さ20㎝ほどの大きさに変わった『百鬼』だ。

 イカしたフィギュアはどこかに肩の滑空砲を向けているところだ。


()()いいお土産ができたな。誰が乗ってるんだか」

『ひゃ、百鬼のフィギュアだ……!?』


 みんなで少し顔を見合わせた後、予想外の贈り物に思わず笑いながら乗り込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ