表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
361/580

125 機械の終わりは危険の終わり

 ――ずいぶんとまあ、デカい壁が立ちふさがったもんだな。


 そう思いつつウォーカーを滑らせた。

 遠い街の景観で、十字路あたりにルツァリたちが動いていた。

 盾を構えつつ手にした機関銃や、肩のミサイルを撃ち込んで前進中だ。


『敵対的なウォーカーを検知、転換、転換!』

『市民の皆様ご安心ください、皆殺しにします!』


 矛先はすぐこっちへ向いた、バケツ頭武器を向けて左右に散っていく。

 左に一、右に二、左右から機関砲の嵐が機体を襲う。

 装甲ががんがん叩かれた。数体分のミサイルが斜めの軌道で放たれる。


【警告! ミサイル検知!】


 ご丁重にもそんな警告が必死の電子音声で伝わった。

 探ると右グリップに『フレア射出』のボタンがあった、これだ。


『ミサイル警報! ふ、フレア押せ早くッ!』


 ラザロに急かさつつ押した。機体の右肩でばばばっと銀色の煙が立つ。

 目前でミサイルが一斉に爆発した――散らばる銀色に数度の赤色が重なる。

 機体は無傷だ、衝撃で通りのガラスが粉々に舞ったぐらいだ。


「心配すんな、ちゃんと予習してあるぞ相棒」

『ど、どこで習ったんだよ……!?』

「マニュアルを読んだんだ」


 トリガを引く。継ぎ目のない音がラザロの『なんのだよ!?』を潰す。

 小さなビルに隠れようとしたバケツ頭の背面に命中、ふらつき転んだ。

 その隙に残った二体は建物のそばに隠れてしまった。ならこうする。


「ヌイス、北側のメインストリートで交戦中だ。炙りだしてくれ」


 無線にそう伝えてランディングローラーを解除、通常走行で距離を作った。

 やがて敵が待ち構える曲がり角がゆっくり迫る。次はヌイスが頼りだ。


『ちゃんと見てるよ。こういうのは気に入るかな?』


 と、実に軽い口調と共に何かが過ぎる――数台の商業用トラックだ。

 邪魔者に押し出された無人のルツァリたちがよろめきながら炙りだされた。

 あるいは、走り去るトラックを銃口で追いかけるのに夢中なようだったが。


「まさにそういうのだ、ご親切にどうも」


 実にいい援護だ、左腕を上げて照準をそこに重ねた。

 うっかり身を晒すそいつに短連射、高速回転する砲身がズタズタに裂く。

 続く残党も狙って探るが、次に見えたのはこっちに突き出される盾だ。


「……うおっ!?」

『ひぁぁっ……!?』


 機体が嫌に揺れた。百鬼よりもやや劣る体躯で殴りかかってきたのだ。

 だがこいつの出力やら重みやらを打ち負かすとまではいかなかったらしい。

 ウォーカーの目と鼻の先に飛び込んできた機体へ、右手の機関銃を当てつけた。


*VAVAVAVAVAVAVAVAVAVAVAVAVAVAVAKINK!*


 金属的な稼働音混じりの連射がそいつの頭をズタズタに削った。

 その背後から別のルツァリが撃ってきた。横歩きで射線を切る。両腕の火器で動く敵を追った。


「ラザロ! この武器いいな! オートキャノンより使いやすいぞ!」


 遮蔽を失った機体へ二つのトリガを絞る。

 銃身の回転と機関部のブローバックが異なるリズムで弾をぶちまけた。

 数体の合金製の巨人は真っ向から喰らったようだ。ぎこちなく踊り、重たげに転び、派手に仰け反り動かなくなった。


『右手に持ってるのは40㎜弾をぶっ放す機関銃だ! も、元々の50㎜より使いやすいと思って、ついでに手持ち式にしたんだけど、どうだ!?』

「直感的に使えて気持ちがいい! ニシズミのやつにそう伝えとけ!」


 照準を持ち直して進むと、東側から動く影を発見。無人戦車のミトラか。

 砲塔と視線があった。横歩きを入れつつ機関銃をそこへ持ち上げるが。


『よく来たなストレンジャー、ずいぶん気合を入れたおめかしで駆けつけてくれたものだな。そのままそいつらを追え、そこでうちらの部隊が苦戦している』


 だが突然の出会いはすぐに幕を閉じた。砲塔の根元から青い火花が立った。

 ヴァルハラ方面からの狙撃か。続くもう一撃でぼふっと車体が火柱を上げる。

 ダネル少尉のすらすらとした言葉通りにやってやろう、敵の後を追った。

 

「援護どうも、お返しは何がいい?」

『土産話になるぐらい派手なやつだ。どうせお前のことだ、味方を巻き込むヘマはせんだろう』

「信用してくれてどうもダネル少尉。敵の規模は?」

『無人エグゾのパレードだ、通りを埋め尽くして迷惑極まりないぞ』


 次に見えたのは狭まる道を南へ向かってずんずん行軍する無人兵器たちだ。

 人抜き外骨格がゾンビの軍隊さながらの足取りを響かせ、付き添う四脚のウォーカーが道路の幅を余すことなく活用している。

 まるでパレードだ。人一人もねじり込めない密度が俺に背を向けていた。


「……おい、まさかこいつを全部どうにかしろとか言わないよな?」

『ひっ……い、いっぱいすぎるよね!? 何この量……!?』

「こうしてみるとゾンビの群れだな。ミコ、お前の魔法で浄化できないか?」

『あんなの浄化できないよう……』


 思わずギアを停止まで引っ張りたくなる不気味さだが、そうもいかない。

 足音に気づいたエグゾが振り向く。つられてその奥も、そのまた奥も、まぎれていた無人ウォーカーすらも立ち止まり。


『――敵のウォーカーを発見!』『敵!?』『敵だ! 敵だ!』『想定外の戦力を検知! 応戦せよ!』『敵の潜水艦を発見!』『N36471v3!』『D4m3d4!』


 モニタの中で賑やかな皆様がこっちを向くの無理もなかった。

 もちろん手にした武器を構えたまま、迷わず砲身展開ボタンを押す。


「どうも機械の皆さん、バロール社からの伝言だ――くたばれ!」


 そのど真ん中にトリガを握るのと、向こうが一斉に火器を放つのが重なった。

 大小問わない口径がその数だけ百鬼をぶっ叩く。

 だがニシズミ社の派手な砲声は伊達じゃない、寄り集まる一団が大きく吹っ飛ぶ。

 胴体の機銃も撃つ、ガトリングも機関銃もばら撒く、エグゾたちの弾幕の応酬にありったけを投射だ。


『退避! 退避!』『データ外の戦力を検知、後退せよ!』『メーデー!』


 エグゾの謳う電子的な音声を乗せたガラクタが舞うが、その中を進んだ。

 四方八方から五十口径がかんかん叩いてくる、25mmのグレネード弾がどこかに当たって機体に振動が走る。

 敵陣ど真ん中だ。サブモニタには無人機が脚部にまとわりつく様子がある。


『い、いちクン!? なに考えてるの!? 敵に囲まれちゃってるよ!?』

「雑魚散らしだ、効率がいいだろ?」


 今だ。手元の【S-MINE】とあるトグルスイッチを全て動かす。


*zzZZZBBbaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaMMmm!*


 低い発射音がしてすぐ、あの甲高い爆音が頭上で響いた。

 さながら豪雨が注いだような光景が無人エグゾどもを激しくぶっ叩いた。

 濃い煙が晴れれば残りは屑鉄の山だ。近接散弾が道を綺麗にした。


『――警告! 当機に攻撃することは市の法律に』


 そこに後ずさる『パウーク』の四つ足を発見、機関銃を砲塔に叩き込んだ。

 金属音混じりの砲声に、間抜けな電子音の遺言を返してべったり倒れた。


『な、なんて無茶な使い方してんだ……!?』

「こういう武器じゃないのか!?」

『敵に突っ込んで散弾を浴びせる武器じゃないんだよ! 馬鹿かあんた!?』


 ラザロから文句が飛んだがそういうのは受け付けない、更に前進。

 百鬼が健気に街を駆ける先、照準がまた無人兵器御一行の後ろ姿を確認。

 測距計にして400mほど、ぽつぽつ見えるルツァリが街中に砲撃中だ。


『ヌイスだ。ウィルス感染した機械が南側へ向かっていく理由が分かったよ』


 そこへヌイスの落ち着いた声だ。高速移動装置のボタンを叩く。

 機体の姿勢制御に履帯の展開が重なった。ギアを前にペダルを踏んで加速。

 あっという間に敵との距離を詰めてくれた。バケツ頭がそこで振り向く。


「おい、まさか人類への嫌がらせとかしょうもない事情じゃないよな!?」


 振り向きざまの機体の輪郭をガトリングでなぞった。

 すさまじい銃身の回転率が野太い音を立てて人型の鉄くずを作った。

 そして装甲に着弾音、五十口径をぶっ放す無人エグゾだ。踏みつぶした。


『人類の嫌がらせになるのは間違いないだろうね、ウィルスを運ぼうとしてるんだ』


 判明した無人兵器大暴走のきっかけはなんてひどいものだ、配送中(・・・)だとさ。


「運ぶってどこにだ? フォート・モハヴィはもうウィルスで満員だろ?」


 ふざけるなという思いでウォーカーを走らせる。遠くでバリケード越しに戦う北部部隊の先輩どもを発見。


『そのもっと奥、つまりスティングだとかそのあたりだね。この街の破壊はそのおまけさ』

「おまけでこの有様か。んでまたウェイストランドにテュマーの危機がきてると」

『東側のゲートは知ってるよね? あそこに向かおうとするやつがいないって言ったら納得できるかい? 彼らは危険を顧みず、最短ルートで南へ旅立とうとしてるのさ』

「時には回り道も大切だって教えてやりたい気分だ、俺みたいにな」

『一体でも逃がしたら厄介なことになるだろうね、頑張ってくれたまえ』


 話のオチは「大変なことになる前に頑張れ」か、今日もふざけやがって。

 シド・レンジャーズの守りを突破しようとする一団にガトリングを持ち上げる、誤射しないように手前に撃つ。

 ぼろろろろ、と独特の音がタンパク質抜きのエグゾを派手に散らした。


*がちんっ*


 が、いいところで左手が特大の空打ちだ。開いた手で得物を投げ捨てた。

 落下したガトリングの向こうからミトラ・タンクがこそこそやってきた。

 どこか撃たれた、機体が揺らいだ、機関銃を撃ってぶち壊す。

 ビル裏にルツァリの銃が見えるも――がきっと弾切れだ、畜生。


『ひっ左手で予備弾倉を掴んで装填! 右グリップのリリースボタンで()()()! 動作は機体が補正してくれる!』


 両手でラザロのアドバイスを拾った。

 サブモニタを頼りに腰の弾倉を掴む、グリップ内側のボタンを握ると空弾倉がごごんっと落ちた。

 視界の中で下向きの装填口にそれを近づけると、補正された動きが滑らかに差し込んで装填された――構える。


*VAVAVAVAVAVAVAVAVAVAVAVAKINK!*


 向こうの銃口が覗いてくるのと同時に撃ち抜いた、引っ込んだ。

 代わりに仲間が後ろから続いてきた。ずばばばばっと撃って追う。

 また一体撃破、さっきの手負いが顔を出して撃ってくる、撃ち返す、またリロード――キリがない!


『おいしいブリトーはいかがですか? ブリトーはサンドイッチのようなものだと言われますが、実際は別の料理と我が国の法で――』


 と思いきや、足元のトラックがひとりでに宣伝を始めた。

 ヌイスのお茶目な遠隔操作だ。セールストークが敵へ突っ込む。

 道を陣取る四つ足の尻に命中だ。崩れた姿勢に北部部隊のエグゾが肉薄、押し付けた五十口径でぶち壊した。


『よおストレンジャー、お前またウォーカー盗んできたのか!?』


 目につくエグゾに胴体機銃を打ち込んでると、その向こうでタロンが見えた。

 硝煙漂うロケットポッドを背負ってこっちを見上げてた。機関銃を掲げた。


「三度目は正式に貸してもらったぞ! 羨ましいだろ!?」

『うん、そういえばいちクン、二回も奪ってたもんね……』

「俺だって好きで奪ったわけじゃないんだよ、できるならマイウォーカーが欲しいぐらいだ」

『マイウォーカー……!?』

『カフカよりカッコいいじゃねえかよ! 俺も乗りてェ!』

『楽しくやっているところ申し訳ないけど、この辺りは制圧したわ。そして近くの通りに例の悪趣味な大型ウォーカーが通過中よ、叩くなら今しかないわね』


 アクイロ准尉と思しきアーマーが前に出てきた。

 あの厳つい声が向かう先は西への道のりだ。

 先輩たちも切り替えが早いもので、百鬼の足元へと走り込んでくる。


「ならちょうどいいな。せっかくだしアクイロ准尉がぶちのめしてくれ」

『ふふ、戦果はあなたに譲ってやるさ。期待しているわよ、王子様』

「デカい王子様だろ? オーケー、みんな生きて帰るぞ!」


 冗談も通じたようだ。良く分かった、機体を反転させた。

 周囲から『ストレンジャーに続け!』『ウォーカーを援護しろ!』だのと力強い声が飛び交った。

 ランディングローラーを解除。ずんずんと機械の足取りがまた始まった。

 目標は数百メートル先、街の北西からはあの嫌な駆動音が響いてる。


「……あー、まて、北でなんか動いてるぞ」


 そんな時、画面が何か動くものを掴んだ。

 ズーム機能を起こすと、傭兵を乗せた戦闘用車両が多数向かってきていた。

 拡大された視界でぶんぶんと手を振られたような……。


『そいつらは撃つなよ、ストレンジャー。ついさっき北の傭兵どもから協力の申し出がきた、虫がいい感じで「共にブルヘッドを守ろう」だとさ』


 反射的に照準に収めたそれはデュオの言葉で理解できた、友軍らしい。


「そりゃ殊勝なこった。俺たちの背中を撃ったりはしないよな?」

『んなことしたらストレンジャーがぶっ殺しにくるぞって言っといた』

「釘差しといてくれたのか、どうも。それで向こうの反応は?」

『殺さないでくれだとさ、すげえシリアスな言い方で笑っちまったよ』

「冗談が通じないぐらい切羽詰まってるんだな、了解」

『……その人たち、なんでもっと早くそうしてくれなかったんだろう』

「まったくだ。これ終わったら嫌味言いに行くか」


 「今更か馬鹿野郎」と拡声器で伝えてやりたかったが我慢した。傭兵どもは途中で曲がってどこかに消えた。

 次に備えよう。歩きながら機関銃の弾倉を落として次弾を送ると。


『こちらスピロス! あの馬鹿みたいにでけえゴーレムどもが来ちまった! もう退くぞ!』

『どんだけ弾あるんだよあいつ!? 西寄りの方向から南下中だ、どうにかしろ!』


 今度はスピロスさんたちからの叫びだ。

 横合いから聞こえる連続した砲声がすぐにそれだと気づく。

 足音もすぐ近くだ――肩の砲を展開しつつ、街中を曲がり始める。


「相棒、あのキモいウォーカーの弱点をニシズミ的に教えてくれ」


 随伴するエグゾ部隊に気を使いつつ建物からそっと身を出す。

 百鬼のモニタ越しのブルヘッドの光景に、あの足がずずんと落ちた。


 それは周囲の建築物に負けないほどの体躯だった。

 突き出る四つ足の巨体がクモさながらに街を練り歩き、そこからぶら下がる砲塔が地上を遅いリズムできれいに掃いていた。

 上半身の人型は両腕のオートキャノンをどんどん奏でて、散歩の妨げになりそうなものを実に効率的に破壊しているようだ。


『ふ、二つある!』

「二つもあるのか。そりゃ人と蜘蛛が合体してんだからありそうだな」

『OSを管制する装置が上下に分かれてるんだ! 蜘蛛みたいな下半身の胴体中央、人型の上半身の胸元だ!』

「豪華だな。で、なんでそんなのが二つもあるんだ」

『し、試行錯誤でそうなったんだ! 一つじゃだめなら二つってやつだ! でもけっきょくダメだったけど、今こうしてウィルスが無理やり動かしてる! だから――』

「じゃあ両方ぶち壊せって話か。アドバイスどうも相棒」


 相棒曰く、あの悪趣味クソデカマシンに関する所見が「上も下も壊せ」だ。

 随伴する戦力なし、またとない頃合いだ。やるしかない。


「行くぞ! 援護しろ!」

『突っ込むんだなストレンジャー!? ったくオメーは命知らずだぜ!』


 迷いなんてない、ウォーカーを走らせた!

 サブモニタを見るにタロンたちが遅れてついてきたようだ。

 一蓮托生のレンジャーたちは左右に分かれて射線を取った、よくわかってる。


『こんにちは! 人間! 死ね! 死ね! 人類の愚かさと共に死ね!』


 いきなり横から駆け込む百鬼に向こうが気づいた。

 人型ボディの真っ赤なセンサーが、忌まわしそうにこっちを睨む。

 蜘蛛の身体つきから砲台がこっちを向く。どどどどんと細かい射撃が襲う。

 機体ががんがんと殴打された。足元の重心が途端にひどく不安定になった。

 モニタに【装甲剥離】に【駆動部損傷】と出てくるが知ったことか。


「くっそ……! 何積んでんだあのクソロボット!?」

『き、機体が……!』

『ダネルおじさんの援護はもちろん必要だろうな? 行け、ストレンジャー』


 そんな時だ、画面の光景にダネル少尉の声が重なった。

 砲弾をばら撒く砲塔に青い光が散って、ぼふっと火柱が吐き出された。

 タラントラが怯んだ。そこに右腕を持ち上げてエイム、トリガを引く。


*VAVAVAVAVAVAVAVAVAVAVAKINK!*


 至近距離からお見舞いする機関銃のフルオートだ。

 しかし弾切れ、がちんと虚しい音が残った。

 腹にぶち込んだ40㎜弾に敵は揺らいでいた。


『警告! 接近は許さない、実力行使を開始します、死ね、滅びろ、さようなら!』


 その瞬間だ、向こうが大きく動いた。

 四つ足の身体が「がこん」と唸って、側面から腕らしきものが浮かぶ。

 まるで油圧ショベルみたいなものだ。地面を掘るような無骨さはこっちにまっすぐ向かって。


 ――がぎんっ!


 とても嫌な音を立ててぶん殴られた。

 反射的に突き出した左腕からマニピュレータが削れ落ちた。

 続けざまのもう一撃がどこかに当たった。機体の揺れに身体がもってかれて、ごんと天井に頭をぶつける。


「うがっ……!?」

『きゃぁぁっ……!?』


 センサーをやられたのか? 画面に走るノイズが目の前を雑にする。

 ヘルメットの中でばちっと嫌な音が痛みもろも伝わった。耳たぶが熱い、デバイスをやられたか。

 唯一分かるのは続けざまのアームと、人型部分オートキャノンが迫る場面だったが。


『射線よしだ! やっちまえ!』


 ウォーカーの集音機能にそんな声がした。

 途端に目の前の光景で爆発のオレンジ色が膨らむ。

 タロン上の50㎜ロケットだ。横合いからの砲撃に人の半身が腕で身を守る。


『苦戦してるようだなイチよ! 今助けにきたぞ!』

『坊主を援護しろテメーら! ありったけぶち込め!』


 続く『スティレット』の発射音を機体が拾った。

 周囲でノルベルトたちがぶっ放してくれてる。かっとぶ擲弾に巨躯が揺らぐ。


「――そりゃどうも!」


 俺は笑った。ストレンジャーらしく。

 オートキャノンが至近距離でぶっ放された、頭上でばきっと破壊音が響く。

 だが進んだ。その距離『パンチが届くほど』だ!


『警告! これ以上の接近は許しません! 警告! 近づくな人類』


 次第に下半身から無数の機銃やらも襲ってくる、ミサイル警報もした。

 機体のあちこちがばきばき割れる感触が鋭く伝わった。

 爆発の衝撃がバランスを揺さぶり、とうとうその熱すら肌に感じた。

 カメラに映るのは遅い足取りで退くタラントラの巨躯だった。

 もっといえば、人間を模した上半身は必死にこっちを攻撃してるのだが。


『い、いまだっ! 左腕をそのまま突き出せ!』


 いきなりそんなどもり口調が割り込んで、俺はその通りにハンドトレースを突き出した。

 殴った拳が敵の装甲をひしゃげさせる感覚が伝わるその直後。


 ――じゃぎんっ!


 途方もなくデカい鎖を引きずるような、重たい金属音が走った。

 何が起きた? すぐに分かった、蜘蛛の半身に大きな穴が穿たれている。

 左腕の盾のような装甲の作りからは、伸び切った鋼の杭がその威力を物語っていた。


『よし、よしっ! そいつは工業用の杭打機を改造した武器だ、装甲をぶちぬける!』


 ラザロの奴めなんてもん装備させやがったんだ、ありがとう。


『効いてる! 効いてるぞ! ラーベ社のウォーカーを貫通した! 貴重なデータだ、しっかり記録するんだみんな!』


 エヴァックも実に嬉しそうだ。自社の製品が活躍して鼻が高いに違いない。

 俺はこじ開けられた大穴に怯むそいつめがけて、砲身展開スイッチを押した。


「あの世まで吹っ飛べ、クソウィルスが!」


 仕上げに入るぞ。小さく後退しつつ、タラントラに狙いを重ねた。

 ざらざらと不明瞭になったモニタに浮かんだ三つ目の照準(・・・・・・)だ。

 肩の120㎜砲の狙いが人型に重なる――


*zZVAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAMM!*


 トリガを握った。機体を突き動かす衝撃のあと、画面上で何かが砕ける。

 百鬼の目に映るのは胴から上を叩き割られたタラントラの上半身だ。


『GIGI……GYU、エラー、想定以上のダメージ、対応不可――』


 まだだ。左腕をひっこめた。

 なお動く無人のウォーカーのセンサーがぎょろりとこっちを見ていた。

 それでいて蜘蛛さながらの身体が横幅いっぱいにぎこちなく後退していくが。


 ――がぎんっ!


 機体のど真ん中に盾付きの腕を打ち込んだ。

 稼働した杭が鈍い音を立てて突き貫いたのは言うまでもない。


『……エラー、エラー、救援、救援を……あががががっ』


 そいつは機械的な内容物と情けない電子音声を散らして、だらっと地に伏せた。

 広げるように力を失った脚の上で、あの人型は死んだ人間さながらにうなだれた。

 やったぞ。後ろのエグゾ部隊や、街のどこかから明るい歓声が上がった。


*DO-DO-DO-DO-DO-DO-DO-DO-DOM!*


 そんな一瞬のあと、横からひどい衝撃が走った。

 機体のバランサーが壊れたとエラーが告げる。小刻みな砲声で察した。


『いちクン! も、もう一機来てる……!』


 相棒と一緒に見たそれは実に最悪なものだと思う。

 振り向けば三機目のタラントラの元気な姿だ、それもこっちに攻撃中ときた。

 急ぎの判断で機関銃を向けて撃つ。砲弾の威力がかすかに巨体を震わせた。


『も、もう一機きやがったァァァ!?』

『落ち着きなさい、これが最後よ! 持ってる火力を全てぶち込め!』

『イチ、いったん引け! お前のゴーレムは壊れかけているぞ!』


 機体に様々な声が集まった。周囲で対戦車火器や小火器の火力がウォーカーの化け物に集まるが、そこにミサイルアラート。

 フレアスイッチを叩き押すも発動しない。まさかぶっ壊れたのか――?


「……ミコ! 突っ込むぞ!」

『……うん、なんとなくそんな気がしてた!』


 だったら好都合だ、ニシズミ社のためにこいつの性能を使い倒してやる。

 少しおかしな挙動で向かうが、視界がミサイルの輪郭で覆い尽くされた。

 細かな爆発が俺をぐらぐら襲う。センサーがやられたのか前が真っ黒だ。

 動く足もぎりぎり嫌な音を立てて鈍り、相棒のサポートも届かない。


「…………ほんと、俺の人生って奇妙なもんだな」


 でも俺の中にある『イチ』は戦いにおいてはすこぶる冷静なんだぞ?


 サブモニタをいじってどうにか視界を確保した。

 頼りない小さな画面を頼りに歩く。腕を持ち上げてカンで機関銃を撃つ。

 集音器も潰れたのか着弾の音と機体の悲鳴しかもう残っちゃいない。

 それでもこの百鬼が戦えることは百も承知だ。


 ――120㎜砲のトリガを引いた。


*zzZVAAAAAAAAAAAAM!*


 ただでさえ不安定な機体に負荷がかかったらどうなるかは承知してた。

 立ちっぱなしだった機体が、ぐらっと転びそうになるのが良く分かる。

 それでもなお進む。こじ開けられた穴が操縦席に明るさをもたらしていた。


『警告! 警告! 降参せよ! 楽な死を約束します、死ね! 人類を根絶します!』


 そんなところに敵はこういうのだ。

 滅茶苦茶に撃たれたオート・キャノンが百鬼を破壊していく。

 座席の周りから重みが消えて、肩の砲が千切れ落ちる嫌な感触を共にした。

 機体が【致命的な損傷、危険です】とかわるがわるの赤と黒で警告してる。


『降参しなさい、降参しなさい、あなたに勝ち目はない、降参を推奨します』


 向こうの声が馬鹿馬鹿しいぐらいに拡大されて届いてくる。

 だからなんだ? まさかお前はこんなもの(・・・・・)がなければ俺が戦えないとでも?

 そうなんだろうな。普通の人間の思考だったらその通りだが。


「はっ、いやなこった」


 足元のレバーを引くが高速移動装置が動かない。でも俺はにやっと笑った。

 なんでかって? 手元にあるのは【オーバーライド】のスイッチだ。

 迷うことなく、それを拳で叩き押した。

 機体のあらゆる場所が不愉快極まりない悲鳴を上げて加速、予備モニタに敵の姿が迫っていく。


「――いっけえええええええええええええええええええええ!」

『ひゃ、っ……!? いちクン!? 絶対に死なないでね!? いい!?』


 前向きに傾けたペダルを踏んで、腕を必死にたぐる。

 そのままごぅんっ!と派手極まりない音が伝わった。

 真っ暗な操縦席の中で、あの巨体がぶつかったことが嫌でも感じ取れた。


「行くぞ、ミコ! トドメだ!」


 これが俺の正解だ。

 後ろにあった荷物を掴んで、ハッチ解放レバーを上げた。

 少し怪しい挙動でそれが開くと、電子機器が焦げた香りと硝煙の満ちた街並みと巡り合った。


『めっ……メーデー! メーデー! 救援を要請! 救援を』


 身を乗り出せば、さっそく見えたのが実に滑稽な様子だった。

 ボロボロの百鬼が蜘蛛の半身に縋りつき、敵の親玉への道筋をその背で作っている。

 その先に待ち構えるタラントラの姿といえば、自慢の火器を右往左往させて戸惑う人型の半身だ。


「……待たせたな! ストレンジャー参上!」


 俺は思いっきりふざけて名乗りあがった。

 バックパックに備え付けたスティレットを握りながらだ。

 突然走り出すストレンジャーがよっぽど珍しいんだろう、人間の半身の動きは必死に俺を追い。


『警告! 接近は禁じられている! 警告する! 接近は』


 どどどどっ、と胸部から機銃をぶっ放す。五十口径あたりか。

 最初の一射は幸い逸れた、だが狙いはすぐにこっちを追いかけてくる。


 ――がぎんっ!


 ところが、巨人の脳天に鈍い火花が立ち上がった。

 ダネル少尉か? いや、違った。


「イチ! 派手に決めろ! 遠慮はいらねえぜ!」


 側面の小さなオフィスビルからだ。屋上でエグゾが20㎜の砲を構えていた。

 デュオめ、またお膳立てをしてくれたみたいだな。

 向こうが急な一撃に戸惑うところに、俺は堂々とこの足で立って。


「よお、南からのお届け物だ。受け取れよ」


 握った『スティレット』発射器を展開、ストックを当てて照準を重ねる。

 狙いはぶち抜かれた首の下、その心臓部だ!


*bBasShmmmmmmm!*


 実にあっけのない一撃だったと思う。

 人型の胸元に、あの弾頭が指向性のある炸裂をもたらしていた。


『警告――当機は――』


 あっけなく機体が崩れていく。

 最後の一絞りだろう。背中のありったけの火器が威力を街へ散らす。

 力を失った要塞さながらのサイズ、もたれかかる百鬼ごと道路に沈む。

 帰り道を求めて振り向けば、背中を辿らせてくれた機体は倒れていた。


「……お帰りはアスファルトですってか、よし行くぞミコ!」

『に、逃げて! このままじゃ巻き込まれちゃうよ!?』


 後は野となれ山となれ、という言葉通りだ。

 迷惑な無人兵器の道連れになるぐらいならと、倒れ行く百鬼に飛ぶが。


『くくく……! 随分と大きな蜘蛛を狩ったようではないか?』


 足元から重力の制約が離れる矢先に、ずいぶん余裕そうな声が耳に触れた。

 黒い霧だ。女性の声をしたそれがふわりと先を越していく。


「よくやったぞイチよ、大活躍ではないか? しかし帰り道のことは頭に入れておくべきだったな?」

「……お迎えどうも、地面にハグせずに済んだよ」


 地上に実体化したホワイトブロンド髪の女性に抱っこされた。お姫様スタイルで。

 ブレイムのお迎えだった。ドヤ顔から浮かぶ吸血鬼の牙が頼もしい。


「さんざん暴れやがってこのクソロボット、ざまあ見ろ」


 無事に地面を踏むことができた俺はふと見上げた。

 頭を失い、胸を穿たれ、だらっと道路に伏せ落ちたウォーカーがいる。

 すさまじい存在感だった。見知った顔から住民たちまで集まって、その死に様に興味を引かれていた。


『――助けて、助けて』


 かと思えば、頭上で巨体がずずっと引きずり動く。

 あの接地面積の広い大きな足がしぶとく地面をひっかいた。

 死んだ人間の半身はそのままに、まだ生きた下半身が電子的に訴えている。

 そんな不気味な様子にどうするか見当たらないでいると。


「トドメはしっかりやらんかい、イチ。お前さんの獲物じゃぞ」

「まだ死んどらんぞ、その手で派手にキメたれ!」


 人混みをかきわけてドワーフの声がした。

 駆けつけた爺さんたちがスティレットの発射器をこれでもかと抱えていた。


「ま、まだだ! そいつの胴体にOSが残ってるんだ!」

『助けて、要救助、要救助。当機は致命的な損傷を負っています、メーデー』


 ラザロもだ。ひどく早口なのがこいつのしぶとさを証明してる。

 不気味な死にぞこないは何もできぬまま人工音声で気持ちを広げるだけだ。


「――こんなデカいのを独り占めか、贅沢だな」


 何本か分捕った。そいつを抱えて敵へ迫る。

 向こうは俺が見えてるんだろうか。ずず、とまた巨体が退く。


『……接近を許可しません、お願いします、人類よ』


 作り物の声が柔らかくなってきた。知ったことか、ヘルメットを脱いだ。

 肉眼越しのはっきりとしたブルヘッドがそこにあった。

 ばら撒かれた銃弾と砲弾、そしてガラクタと死体で彩られた戦場だった。


「知ったことかよ、俺からの返事はこうだ。くたばれ」


 まずは一本。発射器を展開して構えた。

 ばしゅっと発射。胴体ど真ん中が爆ぜて四つ足が重い足取りでばたつく。


『助けて、人間、助けて』


 本格的な命乞いに変わった。知るか、二本目もぶっ放す。

 がぎんと金属をぶち壊す音が響く。退く足がもつれて重たげに潰れる。


『こわい、こわい、こわい、わたしはしにたくない』


 最後に聞こえたのは人間の心に訴えるように作られた何かだ。

 都市の建造物を追い越すあの大きな身体は、火花と煙を上げてもう立てない。


「お前のおかげで刺激的な観光旅行最終日だったな、ありがとう」


 対物発射器の狙いを定めた。

 怯えるように身をひっこめようとするタラントラの姿と重なった。

 二発も食らってぼろぼろになったそこは、砲塔も剥がれ落ちて千切れた配線も溢れて、無様な姿を大きく晒している。


『やめろ、やめろ、たすけて』

「お礼にお前も観光させてやるよ――スクラップ場ってところだ」


 トリガを握った。空気を裂くような唸りと共に、擲弾が大穴を穿った。

 さんざん市内を荒らしまわった鋼鉄の化け物の最期はあっけのないものだ。

 倒れた身体がずしんと街を揺らして、二度と人類に害をなせなくなった。

 その証拠は視界に浮かんだ【LevelUp!】の通知だ。レベル14へようこそ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ