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31 この広い世界で孤立した教会(4)

 すっかりあたりが暗くなったころ、俺たちはテーブルを囲んでいた。

 アルゴ神父は嬉しそうに温かい食事を出してくれた。

 まあ、すっかり見慣れた牛肉とニンジンのシチューを温めただけだが。


 それでも不思議とうまい。しばらく冷たくない食事なんて食べていなかったせいか。

 いや、誰かと一緒に食べること自体が久々だったからかもしれない。


「――つまり、あの薬莢は感謝そのものなのだ。神聖なるこの地と良き隣人を守るために神はともに戦ってくださる、わしやその同志を不当に扱うものを裁いてくださる。ここにのこのことやってきた徳のない賊どもはそうして散弾の洗礼を受けて浄化されたわけだ」


 ……ちょっと話はぶっ飛んでいるけれども。


「この教会は汚れた世界を浄化する神がおられるのだ。そばにはアリゾナの地を愛するニルソンの良き隣人たちもいる。天はわしにここで使命を全うしろと言っておられるに違いない。ならばわしは喜んでこの命を神とアリゾナの荒野に捧げよう」

「ああうん……つまりこの教会のおかげで変われたってことだよな?」

「正しくは主のおかげだ、すごいだろう?」


 イカれた神父はにぃっと笑った。

 ちなみに俺は無神論者だ、都合の悪いときを除いて。


「そうだな……俺の故郷にもすごい神様がいるぞ」

「ほう? どのようなお方なのだ? 良かったら教えてくれんか?」

「トラックに轢かれたり、通り魔に刺されて死んだら最強の力を与えて別の世界に転生させる神様がたくさんいるんだ」

『あのいちサン、それって』

「なに、転生させるだと?」

「本当だ。中には人間じゃなく無機物や動物に生まれ変わらせるやつもいる。それで転生した先で英雄として活躍させて、美しい少女をはべらせて、そこで死ぬまで戦わせるのさ」

「お前さんの故郷とやらは死んだらみなヴァルハラにでも迎えられるのか?」

「大丈夫、みんな強いからな。大体はそっちで幸せになってる」

「はっ! みな良き戦士なのだな、どうりでお前さんも強い顔をしているわけだ!」

「俺の顔はちょっと……レアケースなだけだ」

『……おじいちゃんに変なこと教えちゃだめだよ……』


 話の内容はともかく、温かい食事をじっくり味わうことができた。

 この世界に来てから一体どれだけ余裕がなかったんだろう。


 最初のころはたった一人で生き抜いてやろうと覚悟していた。

 もしかしたらあの廃墟で、肉を食らい血を啜り、ひたすら狂信者を殺し続ける殺人機械になれたのかもしれない。 


 でもこの物言う短剣や、散弾銃(ショットガン)と神を信仰する神父と接して分かった。

 人間がその一生をたった一人で過ごすなんて到底難しい話だと。

 理論上はできるかもしれないが、人間の心はそう都合よくできちゃいない。


 信仰する神なんていないけども、せめて感謝の気持ちをこの神父に向けよう。温かく迎えてもらったこと、大事なことに気づかせてくれたことに感謝を。

 食事を終えたあとは寝床を貸してもらって、明日に備えて寝ることにした。



 ◇ 



『――て! 大変――』

「――さん、まずいことに――」


 意識がふらふらする。目を開くと見慣れない天井がある。

 部屋の中はろうそくで温かく照らされていた。窓からはうっすら明るい空が――ほんのり寒い、まだ明け方か?


『いちサン、起きて! 大変なことになってるよ!』

「……お前さん、気持ちよく寝てるところで申し訳ないが起きるのだ!」


 いつものくせで周囲の状況を感じ取ろうとしたところで、やっと気づいた。

 誰かに呼ばれている、それもかなり慌てた感じだ。


「……どうした?」


 俺はがばっと起きた。口からこぼれていた涎をふき取りながらだが。


「まずいぞ、やつらが来おった」


 目を覚まして最初に見たのは散弾銃を持ったアルゴ神父だった。

 外套の内側から12ゲージの散弾を差したベルトが見える。


「……アルテリー(あいつら)か? なんてこった……」

「ああ、偵察部隊だろう。アリのように群がっておるわ」


 そういって窓から外を見ながら、銃の側面から手際よく弾を込めている。

 外からエンジン音が聞こえてくる――ボルダーシティで聞いたものと同じか。


「一体どうなっておる? やつらがこっち側に来るなんてありえないはずだが」

「くそっ、まさか俺をつけてきたのか?」

『なんだか、いっぱい来てるみたいだよ……!』


 急いで靴を履きなおした。水筒も一口だけ飲んだ。

 バックパックを回収してミセリコルデも鞘に戻した。

 続いてホルスターから9㎜口径のリボルバーを抜こうとしたが。


「お前さん、こいつを使え」


 アルゴ神父が壁から適当な散弾銃を引っこ抜いて、こっちに投げてきた。

 反射的につかむと『カードボード』と銃の名前が視界の中に浮かんだ。

 ストックが木製のポンプアクション式のもので、意外と軽い。


「使い方は分かるな?」


 続いて紙箱入りの散弾も投げられてきた。難なくキャッチ。

 そこから一つずつつまんでローディングゲートに七発分詰め込んだ。


「ああ、だいたいは。アルゴ神父、今どうなってる?」


 フォアエンドを前後させた――これで撃てる。


「入口の前に固まっとる。こりゃただの略奪に来た感じだな」

「……悪い、俺が連れて来たのかもしれない」

「いいや、お前さんは悪くない。よく耳を澄ますのだ」


 アルゴ神父がろうそくの火を消した。

 言われたままに暗くなった部屋の中で耳を傾ける―ドアを叩く音、それと何人かの話し声が耳に入り始めた。


『おーい! 開けろや! ちょっとお話しようぜぇ!』

『こんなとこほっとこうぜ? 抜け駆けなんてやってるってバレたらやべえぞ』

『おい、俺たちの仕事はボルターの南を偵察して帰ってくるだけだろ?』

『ほかのやつらはあっちでクソほどおいしい思いしてるってのに、おれたちゃ何にもありつけないんだぞ!? このままただで帰れねえだろ!』

『おっ! 水が出てきたぞ! 飲めるかなこれ』


 『感覚』はそいつらがドアの前に固まってることを感じ取った。

 それからエンジン音、外で中型の車が停車している。

 話の内容からして運悪くこいつらが略奪をしに来てしまったということか。


「……幸運のステータスにもうちょっと振っとけば良かったな、ツイてない」

「イチ、見ろ。やつらはまだまだいるようだぞ」


 続いてアルゴ神父が「窓の外を見ろ」と促してきた。

 姿勢を低くして外を見てみると明け方の空が広がっていた。

 さらに十人ほど、いかにもアルテリーだと分かる連中がうろついている。


「……あの格好、なんか今までと違うな」


 だけど身なりが違う。

 相変わらず汚らしい身なりだがしっかり防具で身を固めている。


「どうであれ大人しく帰るつもりなどないみたいだぞ。あの姿からして分かるだろう」


 それだけじゃない、武器もボルターで見たものよりワンランク上だ。

 特に銃とかだ、ライフルやクロスボウを持っているやつが多い。


「じゃあどうするんだ?」


 どうするべきか相手の顔を見ると、自称神父は愉快そうに笑っていた。


「洗礼をしにいこうではないか」


 手にしていた散弾銃の伸縮式ストックを伸ばして、ボルトを作動させて。


「よいか、これからご挨拶に向かうぞ。お前さんもついてこい」


 さぞ楽しそうに階段を下りて行った。マジかこの爺さん。


「……了解」


 だけどここまで来てしまったらもうやるしかない。 

 紙箱に残っていた弾をポケットにねじり込んで、ついていった。


「ハッハッハ! 今日は楽しい夜明けになりそうだ!」


 階段を下りた先では扉がどんどんと殴られ続けている。

 扉の向こうではあのカルト信者どもがうじゃうじゃいるに違いない。


「お客様、何用ですかな!」


 にもかかわらずアルゴ神父は扉の方に向かっていく。

 鍵に手を付けて「歓迎する準備はできたな?」とこっちに視線を送ってきた。


『おお、悪ぃんだけどよぉ、食い物とか水とか、あと弾とかくれねぇかな!』

『お代は出世払いで! そのころには忘れてるかもしれねぇけどな!』

『それかてめえの命をいただくかだ、さあどっちがいいよ!』

「おお、そうでしたか。それならば使っていない弾がたくさんありますぞ! ぜひぜひ持って行ってくだされ!」

『なぁんだ、話が分かるじゃねーか爺さん。じゃあくれよ、殺すけど』

「ええ、ええ、今鍵を開けますからお待ちを……」


 ポストアポカリプス流のやり取りが繰り広げられている。

 俺は講壇の裏に隠れて、いつでも入り口を撃てるように備えた。

 なんてことはない。今まで通りにやるだけだ。


『あ、あの……お願いがあるんだけど、いいかな?』


 そこへミセリコルデの声が挟まった。


「なんだ?」

『できれば、だけど……私を、使わないでほしいかなって』

「使わないでって……」


 ……そういうことか。何かあっても自分で人を殺すなってことらしい。


「……約束する。その代わり騒ぐなよ」

『……うん、ごめんね』


 仕方がない、物言う短剣と約束した。

 すると向こう側で鍵の開く音がして、


「さあ、どうぞ皆様――」

「へっへっへ、お邪魔しまー……」


 ドアノブの音が聞こえたと同時に。


*ダァン!*


 ドアごと何かをぶち抜くような派手な銃声が響いた。

 扉の向こう側で悲鳴が上がった。


「ようこそ、異教徒(アルテリー)ども! 鉛弾なら好きなだけもっていけ!」

『おっ……! て、てめえぇぇ……!』


 だがまだ終わらない、続けざまに散弾銃が何発もぶっ放された。

 きっと扉の向こうはひどいことになってるに違いない。

 頃合いだ、行こう。


「ハッハァー! 汝らが地獄の業火で焼かれ、裁かれんことを!」

「ようこそ、また会ったな! 世話になったお礼だ!」


 身を乗り出した。

 アルゴ神父が弾を込めながら移動していくのが見える。

 散弾を食らいまくって破壊された扉の向こうで、逃げ出すやつが一人。

 背中に合わせて――トリガを引いた。


*ダァン!*


 308口径よりきつい反動がくる。

 銃口の先にいた一人が顔面から勢いよく地べたにダイブ、誓いのキスだ。


「ぼっ……ボルターの怪がいやがるぞォォォォ!」


 覚えててくれたのか。さあこい悪魔ども、ぶち殺してやる。

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