119 ブルヘッドの戦い(2)
まったくひどい人生になったと思う。
思えばこの首にはそれなりの価値が付きまとってた、5000チップだったか。
それが巡り巡って、北へ這い上がるにつれて最終的に60000に値上がりだ。
おまけに知り合いはこんな俺をフリー素材感覚で賭け事の題材にするときた。
その一方で自分に付きまとう物語も知ってしまった。
未来の自分が死んで残したものが、こうして過去の自分たる俺に回ってきた。
たった一人で世界のバランスをぶち壊しもれなく創造主という肩書もある、そして手探りでそれをどうにかしなくなちゃならない。
更に、文明的な都市を観光しに来たら企業に恨まれて賞金首だ。
しかし奴らは一体何をしたのか、街のルールすれすれに無人兵器を開発したら、暴走と伝染まで引き起こす。
気づけばスティングさながらの戦場が目の前に一杯だ――やってられっか。
『どうしたのいちクン……? 笑ってる……?』
エグゾの足を頼りに駆けているとそんな声が耳元に届く。
生身より数段早いエグゾのペースの後ろで、仲間たちがついていた。
そこは戦場だ。俺たちは銃声飛び交うブルヘッドの南側を辿ってる。
あれから戦える奴らを幾つにも分けて、小回りの利く戦力のまま市街地に飛び込むことになった。
フランメリア人の非常識さと、スカベンジャーたちの支援と、そしてストレンジャーがいるからこそのやり方だ。
「いや、自分の人生の数奇さに呆れてるところだ」
だけど俺は笑っていた。
嫌な悩みはもはや底知れぬ深さを醸す一方だが、逃れる場所があったから。
戦場だ。ここに来てしまえばすべては吹っ切れる。自分を正直に表現できて、気持ちを晴らす相手にも恵まれた故郷だ。
「イチよ、お前はさぞ困難な道を歩んでいるようだが……笑えるほどの余裕が舞い戻ってきたようだな、俺様は嬉しいぞ!」
並走したノルベルトがいい笑みだった。
エグゾでやっと並んだ足並みは気持ちがいいし、ここが戦場ならなおさらだ。
「考えてみればスタートも戦場だったな。あのシェルターの出来事は人様の人生をよくもまあ変えてくれたもんだ」
通りから路地へ差し掛かった。ここを抜ければ別の通りが見えるはずだ。
段々と騒ぎも近づくころだ。無人兵器の無骨な稼働音も装甲越しに伝わる。
火薬の爆ぜる音に逃げ戸惑う声がかぶさっていた。きっとそこに敵がいる。
『こちらヌイス。君たちの行動を安全な場所で支援させてもらう、ご武運を』
『ら、ラザロだ。ラーベ社の保有する兵器に関する情報が必要なら伝えてくれ、可能な限りサポートするから』
だが残念だったな、ぽんこつども。
シェルターでエグゾ姿に助けられた新兵はもうここはいない、エグゾに乗ってぶち殺しにきた上等兵だぞ。
「お前の"ハーバー・シェルター脱出劇"には興味があるぜ、なんたってこんなやつを放ってくれた場所だからな?」
デュオのエグゾも追いついてきた。路地の終わりが見えてくる。
五十口径の重突撃銃をチェック、弾倉よし、腰の『スティレット』も万全だ。
「エグゾに乗ったやつが命懸けで助けてくれて、その命を台無しにしてやっと今に至ります、以上」
「なんてかみ砕いた説明しやがるんだお前は」
「当時の俺の心境込みなら一時間ぐらい使ってたっぷり話したいところだけど、話の邪魔になるやつが山ほどいるだろ?」
「へへ、片づけねえとな。でもお前だったら片手間でいけるんじゃねえか?」
「だったら今からアルテリーがいかにクソだったか語る必要があるな」
『うん君たち、この無線でふざけないでくれたまえ。私の意図せぬ使い方をこう何度もされてどれだけぷんすかしてるか想像してみないかい?』
しまった、無線がそのままだった。ヌイスが怒ってらっしゃる。
デュオと見合わせた。機械的な表情越しにはきっとあの顔があるはずだ。
お互いの得物を確かめる。ノルベルトが手持ちに改造した81㎜迫撃砲を抱えてるのもあって、俺たちの火力はなかなかだ。
「……あひひひっ♡ さっそくお見えになったっすねえ」
向こうに構える景色と首ありメイドの声が重なった。
何を攻撃してるんだろうか? こっちに背を向けるエグゾが数体いる。
例の無人機だ。どんどんと25㎜グレネードの発射音が街中に向けられてる。
「第一印象最高で行くぞ、ぶち壊せ!」
ストレンジャーズはすぐに変わった。
ロアベアが仕込み刀を抜いて、ニクがじゃきんと槍を展開して走る。
ノルベルトも戦槌を伸ばして突っ込む――俺も重突撃銃片手にペースを速めた。
『市民の皆様、落ち着いて行動してください。弾が当たりません』
『多数の危険因子を確認、撃て、殺せ、撃て、殺せ』
『優先目標は幼児と若年の女性、駆除します』
敵は数体だ。俺たちで処理しきれるな。
あちこちにグレネード弾の炸裂をお見舞いしてるようだが、まだ気づかない。
「ニク君、トドメお願いっす」
緑髪のメイドが最初だった。杖から一閃するなり見えない何かを飛ばす。
一瞬の青をちらつかせた【ゲイルブレイド】の一撃、真ん中で背中を晒すそいつの足がぎぎんと音を立てる。
『本日の任務は皆殺し――――ッ!?』
関節を狙ったか。膝下の上からがらんと倒れた。
仰向けに転んだ上半身めがけてニクが接近、跳躍した身体で圧し掛かり。
「――まずは一つ」
ダウナー声で穂先が刺さった。首元狙いの一撃が中身を潰す。
仲間が気づいたようだ。25㎜の砲身と目が合う、足を緩めて銃を持ち上げ。
*DODODODODODODODODODOM!*
五十口径をごちそうだ、しつこく撃たれた無人エグゾがぐらぐら震える。
近づきながら撃つ。仰向けに機能停止しようがさらに撃ち込んで中身を壊す。
残りが『危険を感知!』と急いで標的を変えようとしたようだが。
「前のようにはいかんぞ――うおおおおおおおおおおぉぉッ!」
ノルベルトが滑り込むように懐へ向かった。
いきなりの巨体に敵の得物がどんどんと遅いリズムを刻むが、当たらない。
外れたそれは後ろのどこかを派手に鳴らし――代わりに戦槌が頭をぶち破る。
『想定外、想定外……!』
機械がよろめくが更に一撃、頭を二度殴られてクリーンインストールだ。
「ハッハァァァッ! どこ見てんだい、機械クンよ!」
生き残りがまだいた、通りから伺いに来た一体にデュオがぶっ放す。
五十口径を浴びて無人の骨格が『てきしゅ』と怯んだが、そこに金属音が挟まる。
がきんという音だ。銃弾で踊るエグゾに太い矢のようなものが生えていた。
*Baaaaaaaaaaam!*
それは急に爆ぜた。骨格の「こ」すら残さぬ火力の具合だ。
「支援は任せろ! ドワーフどもが面白い矢を作ってくれたんだぞ!」
クラウディアの声がしたかと思えば建物の屋上からだ。
そこで丸みと鋭さを帯びた矢を見せびらかしてた、きっと爆発する矢だろう。
「強そうな相手にぶち込め! 判断は任せるぞ!」
「心得たぞリーダー!」
あいつは「とうっ」とか言って次の建物へ移ったようだ。
前菜さながらの無人エグゾを平らげた次も、やはり敵の姿だ。
なんてことない都市の通りが独り立ちした機械どもで遮られている。
「む、無理だっ!? 火力が違いすぎるんだよ!」
「だが俺たちしかどうにかできる戦力がねえんだよ! 顔出すな!」
「くそっ!? もしかしてテュマーに侵入されたのか!?」
ひっくり返った警察車両にかばわれつつの人間VS無人兵器の現場だった。
セキュリティチームが小火器をぶっ放してるが、効果的な一撃はまだ見当たらない。
せいぜい40㎜グレネードがどこかの無人のエグゾアーマーを弾けさせた程度だ。
『こんにちは、ブルヘッドの皆さま! 死ね!』
『清掃中! 清掃中! 血となり肉となりどにうでもなれ!』
『千匹の山羊を××ックした者どもは殺します!』
ひどい顔ぶれの中では一際デカいのが暴れ回ってた。
四足の足をがしがしと道路に刻んで、目につくものを吹き飛ばすウォーカーだ。
乗っ取られたOSは機関砲を建物に浴びせ、動くものを足で踏みつけようとする迷惑極まりない指示を送っているらしい。
「パウークがいたぞ! 弱点は!?」
俺は倒れた車両に滑り込みながら迫った。
どんどんどんと機関砲に追われれるが、爆音と熱は装甲が遮るから気楽だ。
「だ、誰かっ……助け……!」
そこで通りの端に民間人の姿が目に付いた。
作業用エグゾのアームが今にも頭を潰そうと――ニクとロアベアを走らせた。
パウークの砲塔はもちろん動く目標を優先だ。狙いを変える瞬間に姿を出す。
*DODODODODODODODOM!*
牽制射撃にかんかん叩かれてこっちに意識が向いたようだ。
その間に二人が進む。足をアーツで切り落とし、隙間を槍で抉って機能停止だ。
ここまでやれば流石に周囲の数機もぐるんと砲塔を向けてきたが。
『そのパウークはクモみたいに歩いて機関砲をばら撒く戦車だ、だから上部と底部の装甲が機動力のために薄くされてる! 12.7mm程度ならなんとか――』
『そうですか、では脳天ですね』
その光景の中で『がきっ』と気持ちのいい音が立った。
砲塔が太い矢にぶち抜かれていた。青い火花の名残が都市をささやかに彩った。
いきなりの乱入者に機体が不機嫌そうに向きなおれば、向かいの小さなビルの上に白エルフがいて。
*ZzBAAAAAAAAAAAAAAAAAM!*
……直後、砲塔が狙いを定めると同時に天高く弾け飛んだ。
頭に矢を食らっておかしくなって死んだ。漂う煙は万能火薬の白色だ。
奇襲でやられた仲間には混乱してる。砲塔が脅威を探って目移りしてるようだ。
「爆発するミスリル矢か! 贅沢な使い方をするものだな!」
合間をぬってノルベルトが関心しながら飛び出た。
手持ちの迫撃砲を腰だめに構えると、足さばきが止まるそれを狙った。
*BAM!*
81㎜の膨らむような砲声、そして先頭のウォーカーに派手な音が鳴る。
徹甲弾でもぶっこんだだろう。胴体に大穴を穿たれたそれはぎゅるぎゅる機械音を立てて、滅茶苦茶にあたりを撃ちまくる。
「――ノルベルト、突っ込むぞ!」
『……えっ!? いちクン!? 今なんて』
「フハハ! よかろう!」
救助者は助かった、敵は減った、なら俺たちのすることは?
突撃だ。敵の躊躇に付け込んでエグゾで走る。
『脅威の高い目標を検知! 変更! 変更!』
ビルに機関砲をぶっ放していた二体が胴体の機銃で出迎えてくる。
生身では受けたくない口径がそこで唸った。装甲厚ががんがん叩かれる。
撃たれながらも、そして砲塔が睨んでくるよりも早くそいつの懐に迫った。
「よお、こいつは効くか?」
滑り込んだ。エグゾをざりざり擦りながら潜った先はウォーカーの股間だ。
足が持ち上がって平たい底面がよく見えた。五十口径の銃身を近づけた。
*DODODODODODODODODODODODODOM!*
余すことなく重機関銃の火力を押し付けた。四つ足の巨体がかくかく痙攣する。
動く理由を失ったボディが落ちてくるのを潜って避けた。
ノルベルトも別の手負いの個体まで迫ってる。迫撃砲を捻じり込んでいた。
「フーッハッハッハ! 俺様からの親愛の印だ、飛ぶぞ?」
ばむっ!とゼロ距離の砲声がすぐそこにあった。
実体弾をぶち込まれたそいつは硬直したまま転がった――撃破だ。
そこへがんっと打撃が走る。エグゾの胸越しに突き飛ばすような圧迫感だ。
『ひゃっ!?』と悲鳴を上げたミコと後退、こいつは攻撃だ、どこだ?
「ストレンジャー! まだエグゾがきてやがるぞ!」
背後のセキュリティどもの声で気づいた、倒したウォーカーの後ろだ。
無人の外骨格が部隊を賑やかに作ってこっちに来ていた。
目前でグレネード弾がまた爆ぜて、踵裏から上の感触が衝撃にもっていかれる。
「うお……!?」
転んだ、物陰に隠れた敵がこっちを狙ってる――ならばこうする。
重突撃銃を捨てて地面を思い切り蹴った。背中でざらざらのコンクリートを滑る。
爆発から逃れて別の遮蔽物へ飛び込むと、丸まったセキュリティたちと合流だ。
「うわっ!? お、おいあんた……その声、確かあのストレンジャーだよな!?」
装甲越しに見るそいつは覚えがあった、変質者を捕まえた時のやつか。
俺は「そうだ」とばかりに腰から信管つきの迫撃砲弾を取り出した。
「あの時のやつか? 今日は変質者がいっぱいだな」
「そうだよ! 世話になったやつだ! こんな時に会えて光栄だよクソが!」
「そうか、耳塞いどけ」
そこで25㎜グレネードの爆音が止んだ、先端のピンを抜いて顔を出す。
ノルベルトも乗ってくれた。気づけば二人であの物騒な手榴弾を持ち上げる。
「行くぞ、フラグ投下!」
「ドワーフどもからのささやかな品だ、持って行け!」
向こうで隠れ撃つ姿に向かってほうり投げた。
駆動した機械からもたらされる出力は強力だ、砲弾が軽々に飛んでいき。
*zzZbbBAAAAAAAAAAAAAAAAAM!*
市街地では絶対に耳にしたくない大爆発が届いた。周囲のガラスも割れるほどだ。
隣の男が命乞いするかのようにふさぎ込んでるが、大丈夫だと背を叩いてやった。
「は、迫撃砲弾だぁぁぁっ!? 何考えてんだあんた!? イカれてるぞ!」
「ドワーフどもに伝えておいてやるよ。ノルベルト! 行くぞ!」
「おう! さあ、次の獲物はどこだぁ!」
『突っ走れお前ら! 援護するから次も頼むぜ!』
姿を出せば残りは少ない、そこへデュオの支援射撃が挟まった。
どどどどどっと細かい連射を繰り返して無人エグゾを釘付けにしてるようだ。
その間にまた滑り込んで、落ちていた重突撃銃を拾う――敵陣に進んだ。
『メーデー! 想定外の接敵! メーデー! メー』
倒れた車の裏で身構える外骨格を発見、銃口を突き出してトリガを絞った。
至近距離の連射で内蔵機器はぐちゃぐちゃだろう、細かく身悶えながら崩れた。
近くにまだいた。腕部のグレネードに弾倉を捻じり込んでる。
「フーッハッハッハ! また徳を積んでしまったなァ!」
慌てず引いた、弾倉を落とす、そこへあの豪快な声が関わる。
再装填中の姿にノルベルトが戦槌を掲げて詰めていく。
『撤退! てったたたたたたたた……』
機械は重要部分に戦槌を捻じり込まれると壊れるそうだ。
石突きで腹の中までトドメが刺されると、通りはだいぶ綺麗に片付いたらしい。
「ど、どうなってんだ……!? い、いや、とりあえず逃げるぞ! 今のうちだ!」
「オーガの兄ちゃんもいるぞ!? みんな、助かったぞ! 急げ!」
ここぞとばかりに近くの建物からぞろぞろ人がやってきた。
きっと中で伺ってたんだろうか。ブルヘッドの市民がこっちに逃げてくる。
「た、助かったわ! そのエグゾは……バロールの傭兵さん?」
「ウォーカーがぶっ壊されてやがる! えっと、どこ行きゃいいんだ……!?」
「ストレンジャーだ。南のヴァルハラを目指せ、あっちは天国だぞ」
「社長もいるぜ。早く逃げな、物好きなやつはついてきていいけどな?」
ひとまとめにすがってきた市民にヴァルハラの方へ「いけ」と教えた。
弾倉を交換してるうちに礼だけ残してすたすた逃げていったようだ。
「……どうなってんだあんたら、ウォーカーぶち壊しやがった」
「社長が前線に立つかな普通……おかげで助かりました、デュオ社長」
セキュリティの奴らもついてきた。棺桶がいりそうな奴はまだいない。
「デカいのとはよく戦ってるからな。そっちは大丈夫か?」
「ラーベが危険視する理由がよくわかったよ。ここらの市民は今のが最後だ、あんたらのおかげだ」
「そうか、他に敵は?」
「北から戦力が伸びてきてる感じだ、もうセキュリティじゃどうにもならねえ。一体何が起きてるのかさっぱりだ」
様子を尋ねたがここはクリア、敵はまだまだ奥にいるそうだ。
しかし横合いで響く戦闘の音はだいぶ収まってる。きっとフランメリア人どもがやってくれてるんだろう。
『――フェルナアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
『よっしゃああああああああああダブルキルだぜええええええええ!』
……ああうん、誰とは言わないが元気にやってるようだ。
「手短に説明するとだな、ラーベ社が業績不振でトチ狂ってウィルスまき散らしたらしい。無人兵器でパレード開催しやがってる」
「そして俺様たちはこの祭りに乗じているというわけだな。どうだ、共に来んか?」
「こっから面白くなるとこだぜ? お前らも参加しな、ボーナスだすぜ」
「……ご丁寧かつ手短で信じられない話をありがとう、どうか嘘だと言ってくれ」
「文句はあいつらに言ってくれ。このまま他の敵をぶち壊してくる」
何だ今の声、と不審がるセキュリティどもを無視して先へ進んだ。
「いいかセキュリティの諸君! 南からのお客様が大暴れしてるからどうにかなるだろう、もし戦いたかったらヴァルハラから武器受け取って来いよ!」
「おい、おい……!? デュオ社長! そんなナリしてまさか戦いに行くつもりか!?」
「いやまて、なんでこんなところにいんだよ!? 死ぬ気かあんた!?」
「ストレンジャーがいる限りは死にやしねえよ、それじゃ諸君、行ってくる!」
去り際のエグゾ越しの社長の声にみんな大騒ぎだ。
小さな路地を進んで次の通りへ向かうと、奥から大騒ぎが嫌というほど聞こえた。




