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30 この広い世界で孤立した教会(3)


 この散弾銃大好き爺さん――アルゴ神父はいろいろ教えてくれた。

 ここは二つの街へと続く道路が交差する場所で、南へ行けばサーチタウン、東の道をたどればニルソンという場所があるそうだ。


「……それであんたは、なんでここに住んでるんだ?」


 俺は石のように硬くなった足をマッサージしながら尋ねた。


「ここから南東にあるニルソンのために、ヴェガスから賊どもが来ないか監視しておる。そこの東に続く道路があるだろう? あれを辿った先にあるところなのだが」


 ……つまりこの神父はここに陣取って、無差別に散弾の洗礼を浴びせていくヤバイやつじゃなかったってことか。


「南東って……どう見ても山しかないぞ?」


 足を軽く解したところで、二階の窓から外を見た。

 言われた方向にはどう見たって荒野と山しかない。


「山の中にあるのだ。あそこは素晴らしいところだ、かつてシド・レンジャーズで共に戦った戦友が立ち上げた場所なのだからな。それに自然豊かなところで実によいぞ」

「シド・レンジャーズ……ってなんだ?」

「レンジャーさ、悪魔を払う天使たちだ! まあ……そこらへんの盗賊よりちと過激だがな、やつらが通った後には死体と硝煙ぐらいしか残らんよ」


 またよく分からない単語が出たが、まだヤバい連中がいるみたいだ。

 それにしてもこの爺さん良くしゃべるな。


「ところで聖なる者よ、お前さんたちはどこからやってきた?」


 靴を履きなおそうとするとアルゴ神父が尋ねてきた。

 俺はテーブルの上に置いたミセリコルデと目を合わせて、


「ハーバー・シェルターだ。もうないけどな」


 自分のスタート地点を教えた。


「そうか、だからそのジャンプスーツを着ておったのか。どうりで苦難を乗り越えた強い面構えをしておる」


 すると相手は「やはりか」とでもいいたそうに硬い顔つきになった。

 ……どうやらこの人はあのシェルターのことを知ってるようだ。


「あんたなら知ってると思うけどあいつらにはさんざんやられた」

「心配するなお若いの。確かに過酷な運命はお前さんを襲ったが、苦難を経たその身と心は過酷な道のりをも乗り越える強さを得ただろう」

「……ああ、うまくやってるさ」


 不意に壁に飾られた散弾銃が目についた。

 シェルターで助けてくれた人が持っていたものと似ている銃がある。

 ……フィーニスさん、死んじゃったんだよな。


「そちらの聖剣は?」


 今度はミセリコルデに興味が向けられたみたいだ。


『えっと……わたし、フランメリアっていうところから来ました』

「ふむ……初めて聞くが、さぞよいところなのだろうな。お前さんは暖かい……青白い光に包まれておるからな」

『……おじいちゃんは魔力(マナ)が見えるんですか?』

「魔力? そう呼ぶのか? ああ、見えるとも。意識を凝らせばよく分かる」


 少なくとも俺には何も見えちゃいない。この二人には何が見えてるのやら。


「お前さんを覆うそれが良き力なのは分かっている。その青き力がこの荒れ果てた地を覆い始めているのだからな」

『覆い始めてる……って、どういうことですか?』

「お前さんのもつのと同じ青き輝きがこの地を少しずつ覆っているのだ。この地に緑が、豊かさが戻っている。これは紛れもなく精霊の加護だ、違う?」


 つまり、この神父が言うには魔力的なものがこの世界にあふれ出してるとかそういうことなんだろうか。

 ……そういえばちょっと前に荒野に緑が生えてたな、忘れてた。


「緑が戻ってるってどういうことだ? 何かあったのか?」

「大いにだ、お若いの。例えば外の――手押しポンプだ。長年使っておらんかったが、急にきれいな水が出るようになってな」

あれ(・・)が?」


 その影響か何か分からないが飲める水が出たらしい。

 そういえば喉が渇いてたんだった、使わせてくれるだろうか。


「ああ、ウソなどついておらん。興味があるなら使っても構わんぞ」

「それなら使わせてもらってもいいか? 死ぬほど喉が渇いてたんだ」

「お前さんたちはどこか向かうべき場所があって、そこへ旅をしているのだろう? 遠慮せずに持っていくとよい」


 話の内容について考える必要があるかもしれないがよし水だ。

 俺はぶら下げていた水筒を手に外へと向かった。


「そうだ、せっかくの来客なのだからもてなさないとな。茶でも淹れてやろう」

「ありがとう、神父さん。じゃあちょっと補給させてくれ」


 やばい奴かと思ったけどなんやかんやでいい人だ。

 ミセリコルデを納めて、教会を出てさっき見かけたポンプへ向かった。


「……で、どうやって使うんだこれ」


 確か取っ手を掴んで上下に動かす感じだったか。


『えーと……たしかレバーを動かせば出るはずだよ』

「こうやるんだったか?」


 レバーを掴んで何度かぎゅこぎゅこ上下させると手ごたえがあった。

 少し間を置いて透き通った水が溢れてきた――触るとひんやり冷たい。

 一口だけ飲んだ。味のほうも(しか)り、たぶん問題ない。


「マジで出たぞ……」


 空っぽの水筒に入れられるだけ入れた。

 冷たい水を注がれて満杯になった水筒をベルトに戻そうとすると、


『あっ……わたしにお水、かけてくれないかな?』


 いきなりミセリコルデがそんなことを言い出した。

 迷ったものの、黙ってその通りにすることにした。


「こうか?」


 短剣を引っこ抜いて、ポンプから出てくる水に当ててみると。


『ふぁぁ~……生き返るよょょ~……』


 なんて声出してるんだこいつは。

 ともあれ冷たい水をいっぱいに浴びて気持ちよさそうだ。


「……喉、乾いてたのか?」

『ううん。この姿だとお腹もすかないし喉もかわかないけど、味とか感触はするんだ』

「てことは久々に飲む水か。お味はいかが?」

『……うん、冷たくておいしい』


 しばらく水を飲ませて……いや浴びせながら、まわりの荒野を見た。

 日が落ちてきたが、乾いた茶色の広い世界(オープンワールド)だ。

 緑が戻っているとかいってたが、相変わらずつまらない色をしている。 


「……あの爺さん、どう思う?」


 俺はミセリコルデを鞘に戻した。


『わたしは……あのおじいちゃんの言ってることは本当だと思うよ』

「どうしてそう思うんだ」

『なんていえばいいんだろう、私のこと、すぐに気づいたのもあるけど。おじいちゃんの言う通り、魔力って青白い色だし……』

「でも俺には何も見えないぞ」

『どうしてだろう……? もっと魔力があったら、いちサンにも見えるかな?』


 荒野のど真ん中にぽつんと佇む教会の主は一体何者なんだろうか。

 まさかあれは本当に散弾銃の神か何かで……


「待たせたなお若いの。熱いから気を付けるのだぞ」


 そう考えていると神父が慌ただしくやってきた。

 手にあるのはステンレス製のマグカップだ、少し湯気が立っている。


「それは?」

「アルゴ神父特製のウェイストランド・ブラックベリーティーだ、元気が出るぞ」


 受け取って中を覗いた、濃い赤紫色をしている。

 湯気は強いフルーツ系の甘い匂い、不思議と嫌な感じは全くしない。 


「心配するなお若いの。毒など入っておらんよ。材料はニルソンで取れたブラックベリー、多めの砂糖と少量のハーブ、それからこの教会の聖なる井戸水だ!」

「……いただきます」


 本人がそういってるのだから構わず一口すすった。

 味はちゃんとしたお茶だ、酸味に続いて渋みもやってきた。

 いやそれにしたって砂糖でも加えてあるのか甘すぎる気が。疲れは吹っ飛ぶが。


「そういえば、お前さんたちはこれからどうするつもりだ?」

「とりあえず南へ向かおうと思ってたんだ、ボルターにアルテリーの連中が集まってるみたいで距離を置きたくて」

「アテもなくこの荒野を進んでいたというのか!? しかもそんな装備で挑むとは、よく生きておるわ!」


 事情を話すと相手は驚いていた。

 やっぱり俺の旅の仕方は無謀だったらしい、確かに死んでたかもしれない。


「まあ、そういうことになる」

「それならサーチタウンではなく南東にあるニルソンのほうがよいぞ。あそこの人々はみな親しく接してくれるだろう」

「そのニルソンってところはどうやって行くんだ?」

「ここから東へ道路が見えるだろう? あれをただなぞるだけだ、迷いはせんよ」


 アルゴ神父は教会のそばにある道路を指で教えてくれた。

 アレを辿ればいいらしい、南に行かないでそっちに行ってみるのもありか。


「だが今日はもう遅い、あの辺りは獣も多く夜に進むべき道ではない。今日はここで寝泊まりしていくとよい」

「いいのか? でも北じゃあいつらが……」

「構わん。この辺りはシド・レンジャーズやニルソンのテリトリーだ、そうやすやすと入ってこれんだろうし心配などいらんよ」


 態度というか表情が柔らかくなった神父はそういって教会の中へ戻っていった。

 あまりにも親切すぎて疑ってしまったが、考え過ぎなんだろうか。


「おおそうだ! せっかくだ、夕食を用意しておこう。ただの缶詰だが皆で食卓を囲めばさぞうまいことだろう!」


 遅れて教会の中からデカい声が届いた。

 どうしてこんなに色々してくれるのかといろいろ疑問が浮かんだものの、


『あのおじいちゃん、さみしかったのかも……』


 しばらくしてミセリコルデがそう声を漏らして、よく分かった。


「……ああ、そういうことか」


 もう一口お茶をすすった。甘酸っぱい。

 さらにもう一口、と思ったけれども、


「ミセリコルデ、お前も飲むか?」


 味が分かる短剣に飲まないかと聞いた。


『いいの?』


 もし顔があったら目を輝かせているような声の調子で返された。 


「ああ、疲れが吹っ飛ぶぐらい甘いぞ」

『じゃ、じゃあお願いします……』


 ちょうどよく冷めてきたお茶の中に短剣を差し込んだ。

 そういえばミセリコルデは十字架の形にそっくりだ、教会にぴったりか。


「どうだ?」

『あまずっぱい……。すごく甘いけど、好きな味だよ』


 そうだ、味とか分かるってことは――

 今になってやっとこいつが刺してあった場所を思い出してしまった。


「……もう少しこのままにするか?」

『……うん』


 しばらく、物言う短剣をお茶の中に突っ込んだままにしておいた。


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