112 お目覚めの一つ、四人の魔王
食べ物が焼ける音がじゅうじゅう届いて、うっすら目が覚める。
次第に鼻にも美味しそうな匂いが訴えてきた。甘みのある香りだ。
浅い視界の中には現代らしい白い天井、PDAは良い朝の時間を示している。
「……ん、おはよ」
隣でニクがむくりと起き上がる。犬っぽい温かさだ。
じとっとした顔を眠そうにふらふら。ベッドをもぞもぞしながら迫り。
「ご主人、朝だよ……」
寝間着姿のわん娘がもれなく寝ぼけたままに寄ってきた。
犬耳っ娘(男)の頬ずりが顔いっぱいに伝わる。とてももちもちだ。
まさぐると、次第にぺろぺろと生暖かい感触が――オーケーそれ以上はNGだ。
「……ああ、おはよう」
そこではっきり目覚めた。
眠そうにとろけたニクが舌を伸ばしてる場面だった。
顔がべとべとするが撫でてやった。経験上、犬っぽい耳の間のあたりが効く。
「んへ……♡ それ好き……♡」
何度か指先でなぞって、犬らしい毛並みを感じて気づく。
今度は良く休めたみたいだ。先日の悪夢は毛並みを整えてやった。
『んー、おはよう……?』
枕もとの短剣も起きたみたいだ、おはようミコ。
またニクが脱力してくうくう言い始めた、代わりに短剣を持ち上げると。
『あ、いちクン……ちゃんと眠れた……?』
とても眠そうな声が尋ねてきた。
調理の音はまだ聞こえてる。食器がかちゃかちゃというほどには。
「ごらんのとおりだ、すっきりした」
『……ふふっ、良かった……なら安心――って、ちょっと待って!?』
またまどろんでしまったわん娘をもちもちしてると、ミコの声が急に覚醒した。
胸の上で気持ちよさそうによだれをとろっとさせていたニクが「!?」と飛び起きるほどだ、つられて身体を起こすも。
「どうした、敵か……!?」
『敵襲じゃないよ!? そうじゃなくていちクン!? 身体のそれ……!』
持ち上げた短剣は『それ』に気が取られてるようだ。
言われて身体を確かめるが分からない。それならばと近くの鏡を手に覗いた。
一糸まとわぬストレンジャーの眠気の残る顔に可愛らしいキスマークが何個か、首元にも幾つか、胸や脇腹も負傷していて……。
「…………敵襲されたよ」
『敵襲!? あ、あの、もしかしてリム様……!?』
おかげで全て思い出した。何事もなかったかのように布団にもぐり直す。
ミコもこんなことをしでかしたやつに気づいてくれたらしい。
畜生、そうだよ、またやられたんだ。気づいた相棒は『ええ……』と引くも。
『あら、起きましたのー? そろそろ朝ごはんが出来上がりますわよ~♡』
いつもより色気を感じるリム様の呼び声が届いてきた。まだいやがったか。
そう、眠れなくてシャワーを浴びてたらストレンジャー襲撃事件があった。
仔細はもう思い出したくないが、大人姿のリム様の強さを身をもって知った。
「……ん、ごはん……?」
するとニクがむくっと起きた。
二度目のまどろみに勝ったわん娘はよろよろベッドから現世に戻っていく。
犬の相棒は睡眠欲に続いて食欲に移ったらしい。もう戻ってこなかった。
『イっちゃ~ん♡ 朝ごはんですわ~♡ それとも起こしてほしいのかしら? くすくす……♡』
くそっ、ここぞとばかりにご機嫌な声出しやがって!
刻み込まれた敗北を糧に起きた。鏡には謎の痕が奇病の如く浮かんでる。
『……とりあえず、服着よっか?』
「そうだな……」
『いちクン、大丈夫? 声がどんよりしてるよ?』
「畜生、よりによってリム様に力負けした」
『何があったのほんとに……!?』
リム様の長身に押しつぶされた記憶も蘇るが、とにかく飯だ。
ブルヘッドらしい格好を着込んで向かえばやっぱり件の人物がそこにいて。
「おはようございます、良く眠れましたか? ふふふ……♡」
キッチンでお料理中のリム様がいた。
テーブルにはニクが運んだ料理が並んでいて、甘そうなパンケーキが目立ってた。
繰り出すフライパンにはじゃがいもの香りだ――白い肌がこれでもかと揺れてた。
『りっりむサマ!? なんて格好してるの!?』
……ついでに言うと、それだけ肌の露出が激しい理由もあった。
ミコの指摘は何一つ間違っちゃいない、重たそうに実った身体をたった一枚のエプロンに押し込んでいるだけなのだから。
「……リム様、やけどするからちゃんと服着よう?」
『うんそうだけどね……!?』
油跳ねとか熱くないんだろうか。
エプロン上の谷間や、尻尾と揺れる下半身は調理の余波に無敵さを振りまいてる。
「――眠っている殿方が起きる頃、裸エプロンで出迎えるのは誰もが憧れません?」
ところがリム様は強い。強者の様子でジャガイモ料理をダイナミックに返す。
渾身のドヤ顔のもとカリっと焼かれたハッシュドブラウンが完成だ。次の犠牲者は人工ベーコンと卵の番だろう。
「ところで朝食の内容は?」
「じゃがいものパンケーキとベーコンエッグとハッシュドブラウンとマッシュポテトですわ~!」
「じゃがいもばっかじゃねーか」
『いちクンはなんで冷静にご飯に切り替えてるの!?』
「いや腹減ってるし……」
「もうすぐで出来上がりますから席についててくださいまし! あっイっちゃん良かったら一緒に朝のお風呂でも」
朝からひどい目にあったが、うまい飯にありつけるのは間違いない。
セクハラはガン無視して席についた。ニクが食べる気満々で待ち構えてる。
「……今日もブルヘッドは元気そうだな」
ふと食卓から外を覗けば、窓越しにブルヘッドの都市らしさが見えた。
相変わらずお高く振舞うラーベ社のビルが目立つのが頂けないが。
◇
いつものじゃがいも料理の数々を食らって何か起きないかと身構えていた。
ところが特に変化はなし。朝食の片づけを手伝って、身なりをしっかり整えて、それから無線に報告が届くのを待つことにしたわけだが。
「あれからどうなったんだろうな、進展が気になる」
炭水化物たっぷりの胃のまま、俺は部屋の外から吹き抜けを覗いていた。
ドワーフたちが自作したでっかい砲を自慢げに語ってる。みんな興味津々だ。
『……そうだね、でも連絡がないってことは良い方向に向かったのかな?』
「どうだろうな、嵐の前の何とやらじゃないといいんだけど」
「……ん。みんなくつろいでるし、悪いことは起きてなさそう?」
「しばらく何もなかったからな、この調子で終わってくれることを祈ろう」
相棒たちとあれこれ話し合ってると、なんだか気が抜けた。
ここにきて間もない時は連戦続きだったが、今はむしろ余裕がにじみ出てる。
やっぱり俺たちがさんざんやらかしたからだろうか? それならもう一日ぐらいはだらだらしてやりたいものの。
「――おっ、なにしてんのいっちゃん」
そんなところ、横からいい声がかけられる。
そこにいたのは赤い髪のイケメンだ。
元気そうに揺れる爬虫類っぽい尻尾は相応の心境に違いない。いい顔の青年が馴れ馴れしくやってきて。
「フェルナーだったっけ」
さんざん「フェルナー!」とか言われてるそいつに向き合った。
名前を憶えてくれたのが嬉しかったのか知らんけども距離を詰めてきた。
「おう、俺はフェルナー・アルトナーだぜ。なんかこうやって直々に話せるの初めてじゃね?」
人間じゃない姿に現代っぽい格好を重ねたそいつはにっこりだ。
確かに今まで何度もお目にはかかったが、こうやって言葉を交わすのは初めてか。
「そうだったな、まあお前のことは今まで何度も目にしたっていうか」
『うん、いつも叫ばれてたよね……』
「レイちゃんがやかましくして申し訳ねえ!」
「いや追われてるお前にもなんか問題あるだろ」
今はあの名を叫ぶ甲冑姿はない。よってかなり穏やかに話せてるわけだが。
そういえばこいつ魔王らしいな。アキの言葉が過って尋ねてみたくなった。
「アキっていうエルフから聞いたんだけど、お前って魔王だったらしいな?」
というか速攻で聞いた、するとまあフェルナーは不満さが漂う顔で。
「なんだよあの眼鏡エルフの兄ちゃん、ネタバレしやがったな!?」
それはもう悔しがった、人様に「俺魔王です」とでも告げようとしたのか。
きっと俺に魔王がどうこういって楽しもうとしていた魂胆が見え見えだ。
ありがとうアキ、お前のおかげで世から悪が一つ途絶えたぞ。
「残念だったな、いろいろあってアキが教えてくれた」
「くそー……直々に教えてどんな反応しようか楽しみにしてたってのに!」
『あ、あはは……楽しみにしてたんですね……?』
「フランメリアじゃ「魔王だ」っていってもつまんねえ反応ばっかなんだぜ? イっちゃんならきっと、何か新鮮なリアクション取ってくれるって信じてたのに……」
「まあ、こんな元気な魔王がいるんだなってぐらいには思ってる」
眼鏡エルフの功績で魔王対策はばっちりだ、気の毒なフェルナーめ。
ところがそいつはしばらくして「ふっ」と何かありそうに笑って。
「――オーケーちょっと待ってろよイっちゃん! もっと驚かせてやる!」
何がオーケーだ、フェルナーのやつは凄い勢いでどっかへいった。
言われた通りに待ってやるとして、何をしでかすのか楽しみにしてれば。
「お待たせイっちゃん! 俺のパーティーメンバーを連れて来た!」
「フェルナアアアアアアアアアアアアアアア! 一体何事だ馬鹿者がぁ!?」
とてつもなく面倒くさそうに追いかける顔ぶれを騒がしく連れて来た。
あの甲冑姿に、悪魔っぽいシスター服の姉ちゃん。そして『レプティリアン』ともいえる赤褐色の蜥蜴男がぞろぞろやってくると。
「って、イチ殿!? 失礼しました、フェルナーに何かされませんでしたか!?」
「あらこんにちは、私たちのリーダーがまた何かしちゃいましたー?」
「イチ様ではありませんか、我らが大将が一体どんな粗相を……」
召喚された三名は口々にフェルナーのことを疑ってきた。どういう関係だ。
「……ああどうも。で? このお前に対して辛口な奴らはなんなんだ?」
「聞いて驚くな、こいつらみんな元魔王だぜ!」
『え゛っ!?』
……。
ところが尋ねた内容に対する返答はこうだ、三人とも魔王だとさ。
今に至るまでの情報が全て間違ってなければ、ここに四人も魔王が揃ってるぞ。
「…………魔王が四人いらっしゃらない?」
一応確認した。フェルナーはドヤ顔だが、残った三名は気まずそうだ。
「フェルナー、お前は一体何を吹き込んだんだ……?」
「魔王という存在に気づいてるってことは、何かよからぬことでも口にしたんでしょうか?」
「大将、どういうことだ。まさか本当に魔王自慢を始めたわけじゃ」
「ちげーよ! 眼鏡エルフがバラしたんだよ! 驚かしてやろうと思ったのに!」
「やっぱりろくでもないことを考えていたなこの馬鹿ドラゴンが!?」
「魔王って黒歴史みたいなものですからね? どうして堂々と言い広めるんですかこのお馬鹿さん」
「堂々と誇れる事柄じゃないだろう! 申し訳ございませんイチ様! 彼に悪意などないのです、朝からどのようなことを告げられたのかはお察ししますが何卒お許しください!」
すぐに人数分だけ騒がしくなった。愉快な魔王もいたもんだな。
『み、みなさん魔王だったんですね……?』
ミコも疑わしそうだが、フェルナーはにっこりしてきて。
「おう、フランメリアに落ち着くまではガチ魔王だぜ俺たち。なあレイちゃん」
「誰がレイちゃんだ! 申し訳ありませんイチ殿、朝からこのようなことに付き合わせてしまい……」
魔王四人組は人外の顔ぶれを見せてきた、よくあるフランメリア人の面構えだ。
「申し遅れました。私はゴーレムのレイナスです。こうして話すのは初めてでしたね、フェルナーの馬鹿が何か妙なことを吹き込みませんでしたか?」
最初にお堅くデカいやつがフェルナーをぐりぐりしながら挨拶してくる。
名はレイナス、レイちゃんか。二メートルはある甲冑姿がミステリアス。
「私はデーモンのクレマですよ。何度かあなたをお見掛けしましたけど、この異世界に名が広まるほどにとてもお強いようですね――あっちなみにこの衣装は趣味ですので、けっして宗教を咎めたりしている意図はございません。中身はモノホンの悪魔ですので」
角と尻尾を生やしたシスター服の女性も名乗り出た。
悪魔に神聖なる服という矛盾するような格好はただのコスプレだ、安心しろ。
「こうして言葉を交わせる機会ができて光栄です、イチ様。それがしはリザード種のアストヴィント、こうして四人で旅をしつつ剣を振るうだけのしがない武人ではございますがどうかお見知りおきを」
リザードマンなデカい男もうやうやしく礼をしてきた。
いいトカゲの笑顔だが、脳裏にほんのりスティングの変態の顔がちらつく。
「――そして俺がドラゴン族のフェルナー・アルトナーだ。俺たちみんな、元々は世界各地でなんかこう……すげえ魔王だったんだぜ」
そして仕上げのフェルナーの言葉が入った。魔王の部分がふわふわだ。
「魔王あたりがいい加減なのはともかく個性豊かなチームだと思う」
「そりゃ今の世の中じゃ魔王なんて「馬鹿じゃねぇの」って蹴られるもんだからな、昔より今だぜ」
「そうだったのか」
「そうだぜ? 昔じゃ魔王っつったら人類に復讐、野心でいっぱい、破壊と殺戮がお仕事の三種類しかなかったんだからな!」
そんな顔ぶれとこうして向き合ってると、イケメンは手すりに近づいてきた。
爽やかでうざい男だが、その口にしてる通りの所業は到底見合わないと思う。
『……ぶ、物騒なんですね……』
「そういうもんだったんだけどさ、やることなくなったらもう意味ないんだわ」
「じゃあここの四人はやることなくなった集まりなのか?」
魔王である必要はなくなったんか、と全員の顔を伺った。
返事は「まあそうだな」って感じの頷きだ。かなりゆるい。
「そりゃあな、だってなんか部下連れて向かったら既に人間と人外が頑張って社会作ってるもの」
「まあ、なんといいますか……野心を抱いて向かったものもあきらめるほどに、その形が完成していたといえばいいのか」
「むしろ世界各地から魔女とか言うやばいのが集まってるせいで、発展途上にしてはいろいろと強すぎたって言えばいいんですかねえ」
「かつての世には諸々の事情を抱えた魔王という者が跋扈しておりましたが、そのような者たちからしても好ましい環境がこれでもかと揃っていたのですよ。生存圏しかり、政治然り、金子然り、一つの箱にとりあえず欲しいものを全て放り込んだような混沌具合というのか……」
フランメリアっていったい本当にどんな場所なんだろう。
四人がそれぞれの悩み方で過去を振り返ってるから、相当に情報量の多い場所なのは分かる。
「でもさあ、一番デカいのは原初の魔王だよな」
「あの御方か……。彼女がおられたのは確かに恐れ多かったが、あれはな……」
「ちなみにですけどー、原初の魔王というのはアバタール様と結ばれた方ですよ。魔王と呼ばれる者の中でも一際ヤバいというか、全世界から恐れられる存在だったんですけど……」
「今でも恐れれる伝説の御方なのは間違いないな。いや、人目が交う中、あれほど堂々と営む猛者はそれがしも流石に引いた」
……アバタール、何があったんだ。
四人は俺を見てなんだか複雑というか嫌な思いですら蘇ったらしい。
フェルナーが「知りたい?」と首をかしげてきたが、今のところは「NO」した。
「それで結局、お前ら全員フランメリアに住み着いたのか?」
「気づいたら住み着いてた。飯うまいし土地豊かだし面白いのいっぱいいるし」
『……ノリが軽いですよね!?』
「でな、俺は最初、魔王らしくどっか奪おうとしたけどむしろアバタールに『土地どうぞ』って任されて、それでも暇だったから魔王やめて未開の地だらけのフランメリア冒険してたら……なんかこう、同じ境遇の奴らが集まったみたいな?」
アバタールのおかげで『魔王』は四人殺されたのか。
その言葉はマジなのかと伺えば、人外三人はなんともいえないまま悩ましく。
「いえ、私は昔からこいつに振り回されてるだけですので」
「確かに暇でしたけどそこまでふわふわじゃありませんでしたねー。自分を見つめ直して旅をしていたら連れていかれたといいますか……」
「イチ様、我らが大将がこう言っておられますがそれがしは違いますので誤解なさらぬよう。武人として再出発したところをこうして引っ張られたのです」
「ひっでえなお前ら! 四人揃うまでいろいろあっただろ、物語が!」
「お前が勝手に連れて回してるだけだろう馬鹿者が!!!」
「末永く振り回されてますよねーわたしたち」
「まだまだこいつに引きずられそうだな……」
現在進行形で振り回されてるらしい。苦労なさってるようだ。
「なあ、魔王ってひょっとして暇な人種のこと示してなかった?」
「そりゃあ野心も自信もなくなったら暇じゃん。レイちゃんとか自信喪失してただの甲冑の置物みたいになってたんだぜ」
「誰が置物だ」
「今じゃ彷徨う甲冑だよな! スティングじゃ幽霊扱いされててくっそ笑った!」
「フェルナアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
話してたらフェルナーがまた追いかけられた。
巨大な甲冑がガシャガシャいって全力疾走する姿に通行人が腰を抜かしてる。
「……あの二人、なんていうか元気だな。仲がいいっていうか」
叫び声が遠ざかると残った二人は困ったように笑っていた。
「似た者同士で仲がいいんでしょうねえ、あの二人って」
「ええ、我らが大将もそうなのですが、それに律儀に付き合うレイナスのやつもそれ相応と申しますか……」
「ですのでどうかお気になさらないでくださいね、でもこうして接触した以上何かしら絡んでくると思いますけど気合で耐えてください」
「もし彼が何か仕掛けてきた場合は遠慮なくレイナスの名を呼んでくだされ、さすればとっ捕まえに駆けつけますので」
「変なやつに目付けられたみたいな言い方だなオイ」
『……うん、なんだか今からすごく絡んできそうな気がします』
困ったときの召喚ワードをリザードマンのアストヴィントから教わった。
もし奴が出てきたらこの退散の呪文を唱えよう。
「あのー、ところでイチ様。顔やらに何か赤い痕がついてますが……何かこの世界のご病気とか患ってます?」
そんなところ、シスター姿の悪魔が尋ねて来た。
彼女は人様のわん娘の頬をいつのまにかもちもちしていた。
気持ちよさそうにするニクの背で、どうも俺の顔を気にしてるようで……。
「芋」
すごく分かりやすく答えた。今頃人様の部屋でなんかしてる魔女だ。
『いちクン!? 説明したくないからってその略し方はどうなの!?』
「なるほどー、魔女リーリムに目を着けられちゃったんですね。お気の毒に」
「あの御方に狙われるとは、お労しや……」
『なんでそれで通じるんですかお二人とも!?』
分かってくれて嬉しいが、そこへ「呼びましたの?」と後ろでドアが開く。
リム様がこっちを見てた。手で否定したらそっと退散された。
「……その言い方からしてあんたらもリム様になんかされちゃったやつ?」
「直接的ではないんですけど、それでも致命的でしょうね……」
「我らが大将がその、あのお方と気が合う者でしてな。そうなればどのような地獄絵図が繰り広げられるかご想像がつくでしょう」
「大丈夫? ストレスとか溜まってない?」
『地獄絵図……』
あのテンション高いイケメンドラゴンとリム様が合わさったらどうなるんだ。
考えたくなくなった。二人が手を組んで俺のところに来た分地獄が訪れるはずだ。
しかしまあ、この二人は本当に親し気だ。
勝手に連れてこられたくせにチャールトン少佐や女王様みたいに今の境遇を爽やかに生きてるというか。
「なあ、こういう時俺は「巻き込んでごめん」ってあんたらに言うべきか迷ったけど……この様子だと大丈夫そうだな」
だからなんとなくそういった。お返しは悪魔風の美貌と、蜥蜴のいい顔だ。
「いえ、むしろまた四人で新たな旅路を踏めましたからね。心地がいいです」
「その昔、皆で冒険をしていた頃を思い出すものですからな。チャールトン殿のように年甲斐もなくはしゃいでしまうのもやむを得ないものです」
「そうか。正直どっかの女王様まで連れてきてやべえって思ってたけど、そう言ってくれると助かるよ」
ところがまあ、女王という単語に難色が浮かんでた。
「あの方はあんまり気にしない方がいいですよ。ていうか魔王が跋扈してた時代にいなくよかったですよね、あのヴィクトリア女王様」
「かのような紅茶の邪神の如き御方が君臨されたことは、それがしも遺憾に思います」
……すげえ嫌な顔された。
元魔王ですらこんな表情になるんだからどんだけヤバいんだろう、あの人。
「こうしてあんたらと話して思ったけど、あの人魔王になれるんじゃないのかな」
『それは流石に失礼だよ……うん、気持ちは分からなくもないけどね……?』
「言い得て妙なものですな……」
「フランメリアの混沌期にいなくて良かったと心の底から思います。時代をほんの少し間違えれば国土の大部分は茶畑になってましたね。あとじゃがいもの名産地」
「というか、実際にフランメリアの特産品といえば茶葉と穀物になっているような気が」
『……女王サマ、本当に何してるの……?』
次第にここの一同で「あの女王様め」と嫌な思い出を蘇らせる結果となった。
俺たちはもしかして女王様によってつながった集まりなんだろうか。
不法入国を繰り返す隣国の王女様とか言う力いっぱいのヤバい存在のおかげで、まあこうして心をかよわせる理由はあるっちゃあるが。
「――飲み物買ってきたぜ、みんなで飲もう!」
そこにフェルナーが戻った。両手と尻尾で全員分のカップを器用に掴んでる。
「おっ、お前は……本当に何をするか分からん……馬鹿者が……!」
レイナスもぜえぜえ言いながら戻ってきた。かなり振り回されてるようだ。
「ついでに買ってきた。ほらイっちゃんとわんこ、コーラとかいうやつやるよ。俺のお気に入りだ」
「ああ、ありがとう。そういえばコーラ飲むのも久々だな」
「……ん、いただきます」
俺たちにもカップが回ってきた。ジンジャーエールとは違う甘辛さだ。
「はいクレちゃん、コーヒー」
「ご親切にどうも。砂糖もミルクも抜きですよね?」
「おう、アストンにはなんだっけ、ただの炭酸水?」
「ああ、訓練の身に効くのでな。しかし安心したものだ、この世界でも炭酸水が飲めるとは」
「レイちゃんはグリーンティーな、砂糖抜き」
「この世界の茶はどうして砂糖を入れるのか……」
揃った四人は気だるく「いつもどおり」を見せてくれた。
飲み物が届けば吹き抜けにあれこれ話し始めて、こっちに馴れ馴れしく絡んでくる。
魔王と聞けば血も涙もないものを思い浮かべるだろうが、その人外な見た目はさておき俺たち人間と変わらない感じだ。
こんな奴を留めて迎え入れた未来の俺はどんな努力をしたのか。
「――フェルナアアアアアアアアアア! 何だこの茶は炭酸が入ってるぞ!?」
「よっしゃ引っかかったァァァァァ!」
コーラの甘くて痺れる味をすすってると、またなんか二人が騒ぎ始めた。
クソやかましい追跡劇がまた繰り広げられるわけだが、俺は元魔王の四人組にあやかって午前をのんびり過ごした。
◇




