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110 魔王殺しの真相


 またしばらくが経ったが、世の中はすっかり大人しくなってしまった。

 街ごと消えたカジノはラーベ社に多大な損害を与えた、なんて話をよく聞く。

 実際その通りなんだろう。首にかかった60000チップを狙う傭兵たちがだいぶ遠ざかっているからだ。


 まだあきらめきれないやつが時折いるそうだが、それでも俺は人生の中で一番豊かな時間を過ごしていた。

 ぐうたら過ごしてゲームをして、買い物にいって好きなもの(と芋)を食べて、仲間と遊びに出かける日々だ。

 チップもたんまりとあるから全然困っちゃいない。これがラーベ社の恐れる賞金首である。


 とはいえ、まだ謎はある。

 ラーベ社の者と思しきあの無人で動いていたエグゾがそうだろう。

 あれからニシズミ社も俺たちにますます同調してくれたから、より詳しいことがそろそろ分かるとのことだ。

 なぜだか知らないが、あの無人エグゾは何かとんでもないことを隠している気がする――いやそんなことよりも。


「……なあミコ、変なこというかもしれないけど真面目に聞いてくれ」

『どっ、どうしたのいちクン……?』

「俺、向こうにたどり着いたらどうやって食っていこう」

『……ほんとにどうしたの?』


 俺は吹き抜けからヴァルハラの様子を見降ろしながら悩んでいた。

 余裕ができた今、フランメリアにたどり着いたらどうしよう、と考える時間が増えたからだ。

 しかし考えてみると問題があった。俺はどうやって金を稼げばいいんだろう。


「さっきナインクリエイターやってたら思ったんだ。あっちでお金を稼いで暮らしていくにはどうすればいいんだってな」

『なんでゲームしてる時にそれ思っちゃうの!? しかも昨日の夕方からずっとやってたよね!?』

「いやあの、なんか俺の家に勝手に村人住み着いて商売始めてたし、その時にふと……」

『せめてもっと別のきっかけにしようよ……』


 剣と魔法のファンタジー世界なんて聞こえはいいが、じゃあストレンジャーはそこでどんな稼ぎ方をする?

 まさか金を持ったレイダーがうろついていたり、金やるから誰かをぶっ殺してくれなんて頼むやつがいるだろうか。

 俺は戦うことしかできない男なんだ――こんなシチュエーションで使いたくなかった言葉だなこれ。


「なあ、あっちの世界じゃみんなどうやって金稼いでたんだ?」

『けっこう手段はあったよ。ギルドっていうのに入ればなんとか仕事にありつけたし、そういうのを介さずに直接雇ってくれる人もいっぱいいるから、困ってる人はそんなにいなかったみたい』

「求人率が元の世界より100倍良さそうだ。ギルドっていうのはどうなんだ?」

『いろいろ条件が課せられるけどお金を稼ぎやすい環境だよ。わたしたちも冒険者ギルドで働いてたし……』


 ミコから聞き出すと、なんとなく向こうの労働環境がイメージできた。

 簡単に仕事にありつけそうだ。その上で働く場所に困らないっていうのは元の世界よりもずっといい。

 ……タカアキは何してるんだろうか、料理ギルドという文字が似合いそうだ。


「冒険者ってのはいい響きだな、どんな仕事だったんだ?」

『いろいろ、かな? 最初はちょっと遠出したところにある植物を集めてきたり、近隣の村とかで畑を荒らす魔物を狩ったり、荷物の配達とかもあったよ。冒険者の人が増えてくるとだんだん競争率も激しくなってたなぁ……』

「それらしくて分かりやすいな、気に入った。そう言えばミコたちはなんかこう……すごい集まりだったんだろ? 普段はどういうことしてたんだ?」


 ミコが率いていたクランとやらの活動内容が今気になったが、なぜか『えっと』と悩まれた。

 一応ミコたちは有名だって話しだ、なのに悩むほどの何かがあるんだろうか。


『週休二日ぐらいで戦ったりしてました……』


 ――週休二日制で戦ってましたとさ。


「どういうことだ!?」

『あっちには魔獣っていう凶暴な生き物がいて、そういうのに対処する人は需要がるみたいなの。私たちが魔獣絡みの依頼をこなしてるうちに、いつの間にか指名されるようになっちゃって……』

「魔獣? あのでっかいシカとかか?」

『ううん、あれは魔物だよ。魔獣は国の利益を損ねるほど危険な生き物を示しているの。プレイヤーさんたちにはちょっと大変な相手だから、ほとんど受けてるのはヒロインのみんなだったよ』

「オーケー分かった、お前らはなんか知らんけどヤバいのと戦ってたんだな。どうなってんだよフランメリア」

『あ、でもね、かなり前のことだから今はどうか分からないけど……直接雇ってくれる人がけっこういたから、冒険者ギルドに入るプレイヤーさんはそんなにいなかったよ? そっちの方が安定して稼げるみたいだったし』

「じゃあギルドっていうのには無理に入らなくていいのか、てっきり入らないといけないみたいな風潮かと思ってた」

『うん。クラングルだと荷物運びのお仕事がいっぱいあるし、宿で住み込みとか、家のお手伝いさんも募集してたね。あ、そういえばお総菜屋とかパン屋さんもあったかも? だから接客ができるなら割と困らないって言われてるよ』

「ミコ――接客怖い」

『接客怖い!?』


 ギルドとやらに「入らなきゃいけない」だとかイメージがついてたが実際はそうでもないらしい。

 人間が苦戦するような化け物を相手どらないといけないのと、とりあえず命の危機に脅かされない安定した仕事ならみんな後者だろう。

 しかし接客をやれというのは酷だ。客との接し方を俺は知らない。


「接客できないから死ぬほど困りそうだな。どうしよう」

『い、今からでも練習しとこっか?』

「いや、いっそのこと接客要らない仕事につけば……」

『なんで逃げちゃうの……』


 ゴールが近づいた分、皮肉にも悩みの種は増えていく一方だ。

 今は亡きサベージ・ゾーンよりもずっと厄介だが、こんなことで悩めるほど状況に余裕があると受け取っておこう。

 バロールの風景に答えを探してると『ふふっ』と誰かが嬉しそうだった。


「なんだよ」

『ううん。あっちの世界でどうやって暮らそうかなーって考えてるのが、ちょっと嬉しいなって』

「……こういう考えができるぐらい落ち着いてきたからな、今のうちにやった方がいいだろ?」


 ミコはそんな俺が微笑ましいんだろうか。だけど、もっと奥には言えないような悩みがある。

 俺みたいな余所者が受け入れてもらえるとか、ミコの友達にどう謝るかとか、俺の中のアバタールをどうするか――色々だ。

 もっといえば、その後は? ミセリコルディアにミコが戻った後は?

 タカアキも探さないといけない。既に向こうには問題が山積みだ。


「ん……? どうしたのご主人、なやんでるの……?」


 まだ見ぬフランメリアに複雑になってると、ベッドでニクがのびのびしてた。

 昼寝が終わって気持ちよさそうだ。撫でてやった。


「人生設計について考えてたところだ。おはよう」

『あっ、おはようニクちゃん。えっと、いちクンと向こうの世界についたらどうするって話してたの』

「ご主人と一緒におさんぽができればそれでいいけど」

「俺もそれくらいシンプルでありたいよ。散歩行くか?」


 よし、気分転換だ。俺は「いく」とまだ眠たげなニクを連れて外に出た。



 人生がストレンジャーに傾くまでは、散歩なんてただの時間の浪費だった。

 歩き回った一時間はもっと有意義なことに使えるはずだと思っていた――ゲームとかな。


 人生がストレンジャーに傾くまでは、散歩なんてただの時間の浪費だった。

 歩き回った一時間は、もっと有意義なことに使えるはずだと思っていた――ゲームとかな。

 しかし今は違う。外を歩くと気持ちがいい。目の前の風景、空気の味、環境音、それらを五感で楽しめている。

 毎日歩かないと気が済まなくなったのは、きっとこの心地よさを忘れたくないからだ。


 そしてこれはボスから教わった生き方だ。

 俺が地べたを歩き続ければ、あの人が伝えてくれた人生はきっと長く続く。

 カジノチップと銃弾ですべてが動くウェイストランドを離れて、剣と魔法で華やかなフランメリアの地につこうと、俺は恩人を忘れずに済む。


 だけど、俺の中にはもう一つの気持ちの変化もあった。

 ただ憎たらしかっただけのこの世界が今ではどこか名残惜しい。

 ストレンジャーとして生きてきた時間が、仲間と歩んできた長い道のりが、心の奥で俺を支えている。


「…………フランメリアって、きっといいとこなんだろうな」


 気が付くとヴァルハラをうろついてから、部屋の前まで帰ってきていた。

 ここに留まってから、部屋を出るたびに吹き抜けの様子を眺めるのが日課だ。

 牛と熊の獣人がずんずん歩いて、白く大きな犬と人の子が続くユニークな光景が目立っていた。


『いちクン? 悩んでるみたいだけど、何かあった……?』


 異世界のことを考えていると肩の短剣に心配された。

 本当は相棒に一言こぼしたかったさ。吹き抜けを見下ろしながら『ちょっと寂しい』って。

 馬鹿を言うなよストレンジャー、お前はこの気の毒な相棒を友達の元に返さなきゃいけないんだ。

 俺の中にあるアバタールとしての生き方もどうにかしないといけないんだ。お前のゴールはもっと遠いんだよ。


「ああ、えーと……接客の仕方について考えてたところだ」

『まだ引きずってたの……!?』

「ああ、戦うしか能がないなんて駄目だなって思ってた。それだけさ」

『……ほんとに?』

「マジだよ。よし、後で練習しようか」


 ミコはきっとうっすらと感づいてしまったかもしれない。指で撫でてやった。

 散歩でご機嫌になったニクも心配そうに首をかしげてた。よく撫でてやった。

 俺のことだ、きっと顔に真実が出てるだろう。だから見せないように下を覗き込んだ。


『どうっすか皆さまぁ~! これほんとに首取れてるんすよ! さあさあどうぞお受け取りくださいっす!』

『う、うわっ、いや俺は職務中で……ひぃっ!? どうなってんだこれ!?』


 よく知るメイドがニヨつく顔をお勤め中の警備員に進呈していた。

 カジノの一件で味を占めたんだろう、デュラハンの持ち味を生かした手品で人々の目を引いてる。

 そんな光景を見てまた気持ちがしんみりした。


 アバタールの力を持った俺がフランメリアに渡ったとしよう。

 じゃあ、ストレンジャーとしての人生は果たしてどうなる?

 ミコはみんなの元に帰るだろう。きっと俺の肩は軽くなるはずだ。

 ノルベルトは? ロアベアは? クリューサは? クラウディアは? リム様は? ずっとそばにいるとは限らないだろう。


「ほんと、うまくやってけるのかな」

『いちクン……? 何か困ってるなら、わたし聞くからね?』


 俺は手元にあった犬の耳の間をまた撫でてやった。

 歩いて気分を切り替えるはずが、一体どうして考えることが増えてしまった。

 こんな調子でフランメリアでうまくやれるんだろうか、俺。


「――おや、何かお悩みのようですなあ。毎日気持ちよさそうに歩いておられるのに珍しい」


 ミコに「悩み過ぎて夜しか眠れなさそうだ」と軽口が出かけたところで、不意な声が横に挟まった。

 そこには眼鏡の方のエルフがいた。レジ袋を大切そうにしてる。


「アキか。ひょっとして横から見るとそんな感じに見えたか?」

『あ、こんにちはアキさん……うん、やっぱり悩んでたんだねいちクン』

「いやはや、横からというかもう全身がそう物語ってましたぞ? いかがなされましたかな?」


 アキは甘党らしく中身を見せてきた。

 お菓子だけだった。突き出る人工チョコレートをどうぞって感じだ。

 手に取って包みを開けてぱきっと齧った。偽りのチョコは甘くてうまい。


「接客スキルだ」

「なるほど、接客……ん? 接客スキル?」

「向こうで食うに困らない方法考え中、これでいいか?」

『えっと……いちクン、あっちでどういう風に暮らそうかって悩んでるんです。特にお金の稼ぎ方に悩んでるみたいで……』

「ご主人、戦うだけじゃだめだなって悩んでた」


 今を一通り伝えると、眼鏡で知的な顔は「ふむ」と少し考えたようだ。

 次第に品定めするような視線だ。きっと何かアイデアでもあるに違いない。


「なに、フランメリアはそこまで難しい国ではありませんよ。深く考えなければ生きてゆけないわけではないのです、イチ殿のお人柄をさらけ出してみれば、案外それが功を成すかもしれませんぞ?」

「つまり食べていきたかったら『見栄張るな』ってことか。ちゃんと覚えとく」


 まず素直になれ、これが最初のアドバイスか。

 このクソ重い人生じゃそういう気分になれそうもない。しかしアキは続いて。


「……しかしあなたは魔壊しを持っておられます。魔力で動く強大な敵も、魔術師も匙をなげるほどの呪物も、いとも簡単に壊せるでしょう。きっと国の有力者もすぐに目をつけて、あなたはそこにいるだけで食うに困らない生活を送れるかもしれませんなあ?」


 えらく流暢に、しかも穏やかな笑顔で俺の背後にあるものを絡めてきた。

 いや、わざと言ってるな。こいつは『どうせしないだろう』とばかりに信頼してる顔だ。

 こんな言い方にミコが口を挟まないのが何よりの証拠だ。

 こいつは『あなたなら大丈夫』って感じで軽口を引き出そうとしてる。ありがとう、アキ。


「どうしても困ったら宝物庫でも襲おうか、この前のカジノみたいにな。一緒にやるか?」

「はっはっは! しかし盗んだ宝物をお金に変えるには社会を知り、様々な知識を身に付けねばいけませんぞ。あちらに着いたらまずは世の中を学ぶことからですな」

「そうだな。じゃあお宝泥棒にならなくてもいいように勉強するか」


 軽口が絞り出せて少しマシになった。

 しかしすぐにアバタールのことが追いついてくる。俺は少しだけ間を置いた。


「なあアキ、俺は別に向こうで特別になりたいわけじゃないんだ。できればシンプルでいたい――ストレンジャーみたいにな」


 俺はずっとこう言いたかったんだろう。やっと言えた。

 周りから一目置かれるヒーローなんてごめんだ。幼馴染と軽口を言い合うぐらいの人生がいいんだ。これが俺だ。


「それでいいのですよ。それがあなたの望むこれからではないですか」

「ああ」

「その気持ちを大切にしましょう。しかし、あなたの力はまごうことなく特別な力です。フランメリアだけではなく、やがてそばにいる人々にも大きな影響を及ぼすものです。それだけは忘れずにいてください」


 次のアドバイスが伝わる頃には、アキは今までで一番真面目な顔つきだ。

 ちゃんとアバタールのことも理解しろ。そういう意味が込められてる。


「じゃあ責任の取り方も勉強しないとな」

「先も言いましたが、あなたらしい人柄を大事にするだけでよいのです。今までの旅路で感じた一期一会はあなたの人柄が引き寄せたものなのですから」

「分かった。ありがとう、アキ」


 けっきょく、魔壊しとうまく付き合いながら器用にやれってことか。

 ありのままの自分で過ごせばいいのは分かった、でも俺はアバタールのことを何も知らない。

 これから圧し掛かってくるんだろうな。そう考えると少し怖い気がした。


「そうですなあ。いろいろと考えて脳が凝ったでしょう、ここはひとつクイズでもして遊びませんか?」


 そうやってまた考えが続くと、今度はそんな提案をされた。

 頭の中をほぐせってことか。どんなものかと興味が湧くものだ。


「なんだ、リラックスできるなぞなぞか?」

「ええ、貴方に相応しいなぞかけが折よくここにありますな」

「分かった。どんな内容だ?」

「そうですな。アバタール殿についてです」


 眼鏡エルフは人の良さそうな笑みが言うにはアバタールだとさ。

 正直あまり触れてほしくないが、アキはそれでも続けて。


「先に言っておきますが、イチ殿。これはけっしてあなたに対する嫌がらせだとか、貴方を苦しめるためのものではありません。ですが必ず、このなぞなぞはその気持ちを晴らすカギとなるでしょう」


 妙にはっきりと、力のこもった声でそういってきたのだ。

 この心境に打ち勝つほどの何かがあるそうだが、妙に饒舌だ。


「……荒治療ってやつか?」

「ええ、まあ。チャレンジなさいますか?」

「聞くだけならタダか?」

「ええ、タダです。どうです?」


 なんだか聞くのも恐ろしい返答も帰ってきてしまった。

 ミコも『えっと……』と困るが信じた、アキが話したさそうにしてるからだ。


「……分かった、チャレンジだ」

「よろしいのですか?」

「親切心でやってるんだろ、やらせてくれ」


 だからそう答えた。するとアキは満足したような頷きを見せて。


「素晴らしい。では質問を始めましょう、まずはこの題をお耳に挟んでください――。アバタール様は『魔王殺し』と数多の者たちからそう呼ばれておりました、それは一体なぜでしょうか?」


 とてもクイズにすらならない、シンプル極まりない質問を投げかけてきたのだ。

 

「……これまた物騒なクイズだな」


 眼鏡エルフの人柄の良さから出てきたお題ってのはそんなものだ。

 「魔王殺し」とかいう力強い名前通りのことをしでかしてるんだろうか?


『ま、魔王殺し……ですか……?』

「ん、魔王をやっつけたの?」


 ミコとニクも続いて意味を知りたがってるが、アキはいい笑顔のままで。


「さて、クイズを始める前にお尋ねしますが――イチ殿はアバタール様が魔王とご結婚なされていたことはご存じでしょうか?」


 人工チョコをがさごそちつつだが、そんなことを尋ねてきた。

 リム様にテセウスの話をしてもらった時に耳にした気がする。数百歳は超えてる人外な女性と結ばれたとか。


「リム様から聞いた気がするな。何百歳もある魔王と結婚したとかなんとか?」

『……言ってたね、そういえば。最後の魔王、だっけ?』


 あの時一緒に耳にしていた仲でどうにか話の内容を思い出してると。


「ふむ、あのお方が話してくれたのですな。ご存じのようで安心しましたぞ」


 感心するようにうなずいていた。どうも未来の俺は魔王と結ばれたらしい。

 転生した挙句、そんな恐ろしい名詞を持つ女性を伴侶にするなんて壮大な人生だ。


「……で、それって今の話と関係あるのか?」

「大切なヒントですぞ。まあ私からの手加減ということで」

「今のがヒント? どういうことだ?」


 疑問を植えつけといて、エルフの悪そうな様子でニヤニヤしてきた。

 ここから答えを導きだせってことなのか? そう思ってた矢先に。


「それではお三方、たった今『アバタール殿は魔王殺しと呼ばれていた』と申しましたが、そこであなた方が質問してください。私はそれに対して「はい」「いいえ」「関係はありません」と答えるので、そこからどんな背景があるのか推理していだきたいのです」


 向こうは穏やかな口調でそういってきた。

 一つの題に質問をして答えに近づく――なんだったか、そんな形式のクイズが動画サイトに良く上がってた気がする。


『……あっ、もしかして水平思考クイズ……?』


 ミコも触れるものがあったようだ、その言葉にますます思い当たるものがある。

 そうだ、確かタカアキとゲームで遊んでるときにそんななぞなぞをされたような。


「水平思考クイズ……ってなんだ?」

『えっと、ウミガメのスープって知ってる?』

「ああ、ウミガメのスープか!」

『そう、それ! けっこう前にセアリさんたちとやったなぁ……』


 いや、ミコのおかげで分かった。これは()()()()()()()()だ。

 出題者出すほんのわずかな問題に少しずつ質問して真相を暴く遊びだ。

 アキは「ウミガメのスープ?」と首をかしげてるがそういうことだ、謎を解いてもらいたいんだろう。


「……それっておいしいの?」

「ニク、ご飯じゃないぞ。質問して問題を明かしていくんだ」

『えっと、アキさんにいろいろと尋ねて、その反応から答えをあてる遊びだよ。ご飯じゃないからよだれふこうね……?』


 ニクは理解できてないようだ。じゅるりしてたので拭いてやった。


「分かった、質問して答えにたどり着けばいいんだな?」

「ええ、その通りです! さすがイチ殿、理解がお早いですな」

「前に幼馴染がこういうクイズにハマっててひどい目に会ったからな」

「おや、なぞかけが好きな身内の御方がおられたのですか?」

「まあ理解できないせいへ……俺の知らないことを培ってくれたよ。オーケー、チャレンジだ」


 さっそく引き受けてやると、なんとまあアキの嬉しそうなことか。


「よろしい。ではイチ殿、今一度復唱いたします。『アバタール様は魔王殺しと数多の者たちからそう呼ばれておりました、それは一体なぜでしょうか?』」


 大人しい声がまた『魔王殺し』クイズの題材を読み上げた。

 例えばだが、参加者たる俺はこれからこう質問するのだ。


「えーと……そう呼ばれたのは誰かを殺したからか?」


 そう、こんな風にだ。

 未来の俺が魔王殺しなんてすごい名前をいただいてるのはさておき。


「いいえ、まったく関係ありません」

「魔王殺してないのかよ」

「ふふ、どうでしょうなあ」


 質問に対してそう返されるのだ。つまりこれで「魔王は殺してない」と分かった。

 ……いや、魔王を殺してないのに『魔王殺し』ってなんだ。何やってんだ未来の俺。


『……それっていちクンの『魔力壊し』と関係はありますか?』


 続く相棒の質問はこうだ。この力が関わってるかどうかだが。


「うーむ、お二人とも中々なところを突いてきますなあ。ですがここ「はい」と答えさせていただきます。関係がないとはいえませんからね」


 ニヤつく眼鏡エルフは関心気味に肯定した。関わってやがるのか。

 大層な名前がつく癖に魔王は殺してない、この力は関わってる、どういう背景だ?

 ミコと「うーん」と悩んでいると。


「……その魔王っていうのは、悪い人なの?」


 そんなところ、ニクがダウナーな声を上げる。

 きょとんとした様子相応に純粋な疑問だった。だが――


「そうですなあ、昔は悪い人だったかもしれませんな? ここは「はい」と答えましょうか」


 アキは少し嬉しそうにそう答えた。魔王は悪いやつだったそうだ。


「……誰も殺してない、魔力壊し関係あり、魔王は悪い奴か」

『これだけじゃわからないよね……』


 また悩んだ。いや待て「数多の者たちからそう呼ばれていた」だって?

 たくさんの人が知っていた? 知れ渡ってることだよな?


「アバタールはたくさんの人の目につくような活躍をした?」


 だから次の質問はこうだ。何をしたか見つけ出してやる。


「はい。その通りです」


 相手の「YES」でまた情報が一つ追加だ。たくさんの人がご存じのようだ。

 俺はミコの質問に期待した。きっとあいつなら切り込んでくれるはずだ。


『……魔王って、いっぱいいましたか?』


 相棒の質問が飛んだ――するとアキは「なるほど」と言いたそうにうなずき。


「はい、それはもういっぱいでした」


 まるでいい質問だったといわんばかりの良い声が返ってきた。

 魔王がいっぱいだとさ。その言葉通り世界の存続を脅かすやべーのがうじゃうじゃいた、という意味じゃないよな?


「どういうことなんだ……」

『いっぱいいる魔王ってなんなんだろう……』


 しかし逆に謎が深まった。山盛りの魔王がいる世界ってなんなんだろう。

 そんなところで『魔王殺し』とか本当に何をしたのやら、そう思ってたところ。


「魔王っていう人たちは、アバタールと仲良しだった……?」


 ニクがまた問いかけた。出題者の顔はというと「YES」だ。


「はい、とても仲良しでしたねえ」


 その結果、いい顔で「アバタールと魔王仲良し」という情報が生まれる。

 それなのに魔王殺しだぞ? つまり「魔王退治」だとか言う路線はもうない。

 でもたくさんの人が知っていて、俺の力も関わってる……どうなってるんだ?


『魔王っていう人たちは、侵略したり世界を征服しようとしてましたか?』


 と思えば、ミコの口からファンタジーらしい口ぶりが飛ぶ。

 悪い人かどうか見極めようという気も感じるが。


「はい! 征服しようと野心たっぷりでしたなぁ!」


 出題を台無しにするぐらい食いついてきやがったぞ、アキのやつめ。

 ということはマジモンの魔王だったのか。そんな奴らと接触したってことか?


「マジ魔王だったわけか……」

『本当にそれっぽい人たちなのかな……?』

「ん、じゃあアバタールと魔王は戦ったの?」


 質問に続いてくれたのは我がわん娘、ニクだ。


「いいえ、まったく」


 お返しは「NO」だ、だけど顔つきはいい感じのところを表しており。


「……アキ、お前も関わってるか?」


 なら搦め手だ。俺は出題者にそう尋ねた。

 本当の話を絡めてるのであれば、この眼鏡エルフに尋ねる権利はある。


「――はっはっは、あるんですなあこれが。答えは「はい」ですぞ」


 我ながら卑怯な質問だがクリティカルヒットだったようだ。

 おいおい、話がヤバくなってきたぞ。


『えっと――フランメリアが関わってますか?』

「はい、とても関わってますな」

「じゃあ、その魔王と結婚したことと何かつながりはあるのか?」

「うーむ、関係してるでしょうなあ。ここは「はい」で」

「ん……魔王って人たちは、アバタールの敵だった?」

「そうですなあ……「はい」「いいえ」のどちらでもありません」


 三人であれこれ尋ねるも、答えが浮かばない。

 うっすら感じるのは二つ名通りの悪人じゃないってことだ。

 魔王ってのは悪い奴らで、そんな名前相応の連中をアバタールは目の当たりにした……となれば。


「……さて、何か答えは思いつきましたかな?」


 さんざん質問を繰り返した挙句、アキはニヤニヤしながらそう尋ねてきた。

 俺は少し考えた。こいつは剣と魔法の世界で起きた事実に基づいた質問だ。

 そもそも今のフランメリアはどうなってる? スピロスさんやらノルベルトやら、いかにもヤバそうな見た目のやつが平和に暮らしてるそうじゃないか。

 なのに魔王殺し? じゃあ――


「答えいいか?」

「おや、分かりました?」

「どうだろうな、俺の答えはこうだ」


 俺は少し思いついて手を挙げた。

 こいつがだめならミコがいる。アキは嬉しそうに答えを待ってくれたので。


「ある日フランメリアに魔王が攻め込んできた、でもアバタールはその力でなんかこう……全員無力化して大人しくさせた。誰一人殺さないで平和になって『魔王殺し』って呼ばれたんじゃないか?」


 自分の力を絡めてそう答えた――のだが、


「うーん、違います、実に違いますなぁ! でも攻め込んできたのはいい線です」


 ものすごく嬉しそうに「違う」と否定された。腹立つなこいつ。


『……あの、もう一つ質問なんですけど』

「おや、なんでしょうか?」

『その魔王って、私たちのそばにいますか?』


 ……ところがなんて質問をするんだろう、ミコのやつは。

 いてほしくない人種なのは確かだ。だというのに、だというのにアキは。


「はい、おりますよ」


 すげえ笑顔で言ってきた。おい待て、魔王がいるのかこのヴァルハラに。


「……え? 魔王いんの? マジモンの?」

「はい、ヴァルハラ・ビルディングにちょうどおられますなぁ」

『え゛っ!? あ、あの……もしかしてアキさん、だとかしませんよね……?』

「答えられませんなあ」

「……魔王って人外?」

「人間じゃなくバケモンですなぁ」


 ミコの質問から次々とヤバイ実情が浮かんできた。

 俺はなんてもんを呼び出してしまったんだろう。比喩的な意味じゃなくマジモンのそれがそばにいるってことになるんだぞ。


「ん、わかった」


 ミコと考えてると、ニクがびっと犬の手を上げた。


「魔王っていう人たちがやってきて、その人たちと仲良くしたから何も起きなかった。だから魔王殺し……魔王たらし?」


 じとっと言うには「魔王たらし」だってさ。そんな子に育てた覚えはない。

 しかし魔王を誑し込んだ、という言葉のどこがおもしろかったんだろう?


「はっはっはっは! そうですなあ! いや外れなのですが実にいい、とても近い!」

「近いのか……!?」

『近いんだ……!?』


 笑顔だ。とうとう拍手すらしてしまった。答えに限りなく近いというのだ。

 アキはまたチョコを一枚空けながら答えを楽しみにしてる。


『……あっ! もしかして――』


 とうとう、ミコが閃いたらしい。

 期待一杯の眼鏡エルフの視線が「どうぞ」と送ってくると。


『……魔王っていう人たちがフランメリアに攻め込んできたんだけど、そもそもそうする必要がないぐらい理想的な場所だったから、かな? アバタールさんのおかげで戦う必要もなくて、もう魔王を名乗る必要もなくなっちゃったとか……』


 そんな答えを述べた。

 どうだったんろう。アキは無言のまま「ふむ」と少し考えて。


「ミコ殿、お見事ですな」


 まるで「良く気づいた」とばかりに満面の笑顔を浮かべた。

 相棒の言う通りのことがあったってことなのか? マジかよと顔を伺うと。


「その通りで良いでしょう。そうなのですよ」


 アキは降参したように笑った。全部マジだと物語ってる。


「……は? だったらなんだ、ミコが言ったことがそのまんま実際にあったっていうのか?」

「その通りなのですよ、イチ殿。その昔ですが、テセウスには『魔王』と呼ばれる者は山ほどいたのですよ」


 眼鏡の顔が懐かしんだのを見て、俺は思わず「それで?」と促してしまった。

 魔王がいっぱいいたのも事実だ。でもそれがどうアバタールに関わるんだ?


「そんな者たちはまあ、よくある人類を恨むような者ばかりでしたなあ。教科書通りの悪い者たちといいますか、一旗揚げる気概のある、血も涙もなく脳に筋力蓄えるような野心溢れる方々でして」

「もしかしてそれがフランメリアに関わってるのか?」

「ええ、そうですなあ。人間と人外が混じるかの国に「我が理想郷を作る」と意気込む者もおったのですよ、ところがフランメリアは豊かなものでしてな」


 モノホンの魔王とやらは存在してらしいぞ、あっちの世界は。

 そんな事情をどう知ってるのか、アキは懐かしむように外を見て。


「というか考えてみてください、お三方。攻め込んだ先が自分たちの理想通りの社会やら営みを育んでいて、しかも魔力が全然効かない御方が人ならざる者たちと仲良くしていたら、とんだ肩透かしだと思いませんかな?」


 そういった。言葉通りなら魔王とやらはひどく脱力したと思う。


「……まあそうだな、それでも「やってやるぜ」って気合入ってたらどうか分からんけど」

「かくいう私の知り合いもそうだったのですがね」

「おい、知り合いってなんだ。お友達が魔王とか言わない?」

「上司です」

「上司!?」

『上司……えっ!? じゃ、じゃあアキさん……』


 とんでもない事実がもたらされたが、アキは平然とチョコを平らげると。


「ぶっちゃけますと、私は魔王軍の幹部です。今はこうしてフランメリアに仕えておりますが、まあ初めてかの国を見た時は生きる気概を失うほどでしたなあ」


 とてもそうとは見えない振る舞いでまたチョコを開けた。

 「どうですか?」と差し出してきた。あまりに衝撃的すぎて手が迷った。


「おいおい……じゃあさっきの話に絡んでるのって」

「ええ、私の体験談ですが? それはもう私の上司もひどく落胆したものですが、結果的にフランメリアの一員として過ごすという選択肢がもたらされましたよ、ええ」


 けっきょく受け取った。今度はビターな風味だ。


「歴史の教科書に載るレベルの戦争とかがあったわけじゃなかったのか……」

「そんなものですよ。噂を聞きつけ駆けつければそこは人外の理想郷、しかもそこで他の魔王を称する者たちが好きなことに精を出していれば、もうやる気も失せるものでしょうなあ」

「で、魔王と結婚したことも関わってるっていったな」

「ええ、何を隠そう私が初めて見たのは、我々すら恐れる最強の魔王様が人目も知らずイチャイチャするとんでもない光景でしたからな。私の上司も心ぽっきりいっちゃったと思います」

「ぽっきり」

「ええ、ぽっきりです。だって意気込んで乗り込んだら、魔壊しの力を持つ殿方が魔王様に壁ドンされるプレイに興じていたんですぞ?」

「第一印象に困るな、うん」

『どんな状況なの……!?』

「困りましたよ、ええ……」


 ……アキはチョコをへし折ってる。こんな感じらしい。


「だからアバタール様は『魔王殺し』なのですよ。こぞってやって来る魔王を称する者たちをことごとく迎え入れたのですから、誰も損をしないままに勝利を収めたのです。ということでミコ殿、おめでとうございます」

『……喜んでいいのかな、これ』

「私としては答えに行きついてくれて嬉しいものですよ」


 ついでにチョコをまた渡された。ミコ用らしい。

『わ、わーい』と喜ぶのを身近に感じてると、質問してくれたアキはにっこりだ。


「しかしですな、私の上司の苦難を吹き飛ばしてくれたのですよ。寝ても覚めても復讐復讐と自らの境遇を呪うかの魔王様が、今や首都でお花屋さんを営んでおられるのですからね」


 ……その上司が健在で平和な職についてることを教えてくれた。

 魔王が営む花屋はどんな品揃えなんだろう、人間大の食虫植物とかか?


「魔王が花屋……?」

「良心の呵責によるものですよ。楽しくやっておりますからお気になさらずに」


 さんざん人を悩ませてくれた眼鏡エルフはとても穏やかだ。


「あ、ちなみに我々の中にも元々魔王だった方はおられますからね。例えばあの元気な竜のお兄さんとか」

「……なあ、まさかと思うけどフェルナー言われてるやつか?」


 しかし続く言葉は「魔王いらっしゃいますよ」だった。

 折よく扉の向こうから「フェルナアアアアアアアアアアアアアア!」とか聞こえてきた、あれがそうなのか。


「後で確かめてみるとよろしいですよ。きっと喜びますよ」

「いやだよめんどい」

「ひどいですなあ。……さて」


 ひどいのはこの事実の方だが、アキは晴れた顔で立ち上がった。


「どうですか? 多少気は晴れましたか?」


 そこから届く質問は――そうだな、未来の俺は愉快にやってたみたいだ。


「ああ、マシになった。ぶっとんだ話をどうもありがとう」

「でしょう。つまりこういうことですな、私たちが救われたのは貴方のおかげですよ、と」


 そいつは最後ににっこりした顔を見せてから荷物を整え始める。

 おかげで嫌な気持ちは少しはれた。なぞなぞが少し楽しかったからだ。


「そうか。そうだったんだな」

「ですので何かりましたら遠慮なく我々を頼って下さい。一人で無理をするのはいけませんよ、イチ殿」

「ああ、そうだな」

「あなたがいて喜ぶ人は現にこうしてたくさんおられるのですからね。フランメリアに着いても自らにとらわれず、どうか楽しく健やかであってください」


 残したのはいい笑顔と何枚かのチョコだ。「それでは」と去るアキを見送った。


「楽しそうなやつだな」

『……うん、そうだね』


 未来の俺はやっぱりすごいんだろうな。魔王殺しだってさ。

 ニクのいう「たらし」の方があってるかもしれないけれども、そんな複雑な奴らにフランメリアという居場所を作ってやったんだな。


「魔王と仲良くか。友達選びのセンスがないやつめ」


 こんな世界でも楽しくやってる奴らを見ると本当にそう思うばかりだ。

 俺の中にいる『魔王殺し』殿のために、今日は早く寝てゆっくり休もう。


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