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毒と健康は紙一重(10)


 一階に戻ると、最初に見た頃よりも場の空気が激しく盛り上がっていた。

 ごった返す客や、傭兵たちですら運ばれた酒と料理に感激しているらしい。

 賭け事や余興のペースもかなり勢いづいてる――本日の目玉は緑髪の美少女の生首が取れる手品だ。


「どうっすか皆様ぁ? さあさあ、触ってみてほしいっす。これほんとに取れてるんすよ~?」

「うわあ……マジかよ姉ちゃん!? どうなってんだこれ!?」 

「はぁ!? マジで首取れてねえか!? どういうトリックだよ!?」

「いいぞ姉ちゃん! 胸についてるでっかいのも取れたりすんのか? おじさんが持ち帰ってやるぜ!」

「それより切断面を見せてくれっ! 怖くてたまらねえ!」

「ニシズミのお嬢さんは手品もたしなんでんのか? お洒落だねえ、ほらチップ持ってけよ!」

「へへっ、俺からもたっぷりくれてやるから胸開きな! 尻でもいいぞ!」


 何やってんだあいつめ。生首とのふれあい体験してやがる。

 しかしその盛況ぶりで注意を引きつけているのは確かだ。傭兵たちもチップをロアベアに落とすのに夢中である。


『見事に傭兵たちの警戒が緩んでるね。とはいえもうひと押しってところか……シューちゃん、悪いけどもう少しだけ注目を稼いでくれるかい?』


 隙だらけに見えるが、ヌイスが言うにはこれでもまだ物足りないそうだ。

 言われてみれば、奥でご機嫌そうなドミトリーと腰巾着の傭兵たちはまだ油断が抜けてない。


「了解。それならドミトリーとかどうだ?」

『いいね、君のえっっっろいボイスで取り巻きごと誘惑してくれたまえ。ついでにもっと激しい音楽も流して、照明も気を効かせてめちゃくちゃ盛り上げてやろうか』


 服の中に隠れた『えっっっろい……!?』という声と共に向かった。

 イワンも恐る恐るについてきたようだ、横顔が緊張していた。


「なんかいってたのか?」

「ドミトリーたちの気を引けってさ。そろそろスタートだ」

「そうか、なら都合がいいな。別れの挨拶でもしてやろうと思っていたんだ」

「あいつの無駄にデカくて長いセリフを利用してや……させていただきましょうか、うふふ♡」


 身なりを整えて近づくと、気づいた向こうもびしっと背を正した。

 そう言えばクラウディアがいつの間にかいない……と思ったらフードをかぶった本人が横を過ぎった。


『イ……シュウコ、ここに来るついでにちょっと屋上に寄り道してきたぞ。これで監視塔は静かだぞ』

「了解、クラウディア。今からご挨拶だ、良かったら付き合え」

『へへっ、懐があったかいぜ。もうちょい騒いで引き付けてやらぁ』

『腹ごしらえは済んだわ。食後の運動はまだかい?』


 褐色エルフが人混みに紛れた。タロンやアクイロ准尉も距離が近い。

 合図とばかりにフロアを包む音楽が一層激しく愉快なものに変わった。


『総員、今からカジノの注意を乱すから動いてくれ。チップを運ぶチームが先行して、それに続くようにブレイム君が押しかけて突破してくれ』

『こちらボレアス、エレベーターが到着次第脱出する――だがこういうのはレディファーストってやつじゃねのか?』

『石橋は叩いて渡りたいだろう? 意味わかるかい?』

『そうか先いって囮になれってんだなクソが。全力でサポートしろよ』


 酒と料理と薬でご機嫌な人混みの向こうで、エレベーターが開くのが見えた。

 ゴミ袋やダッフルバッグを重たげにした作業員たちがよろよろ出て行くところだ。ボレアスの目配りを一瞬感じた。


 「シュウコ!」


 だが、そんな様子よりもずっとインパクトのある呼びかけが飛んでくる。

 まさしくソファー席でふんぞり返っていたドミトリーからだ。

 俺は得意げに笑ってやりたいのをこらえて接待することにした。


「うふふ……シュウコ、ただいま戻りましたわ。この場所はやはり、とても楽しい空間でございますね?」

「そ……そうか、気に入ってくれたみたいで何よりだ。なあ、えっと、なんかされなかったか?」

「ドミトリー、俺はただ四階のゲストルームに案内してやっただけだ。そしたらお前に会いたいとかいうから連れてきたんだぞ、なんにもしてないさ」


 イワンの後押しも混ざると、傭兵のリーダーは目を輝かせて安堵したようだ。

 周りの傭兵たちは雇い主に半ば呆れたような視線だ。畳みかけてやる。


「おっ俺に!? マジでかよ!?」

「はい♡ 先ほどのお別れの際、あなた様が私にお言葉を交わしたいとお見受けいたしましたのでこうして戻ってまいりました。ご迷惑でしたか?」

「い、いやいや、俺もあんたと話す機会をずっと待っていたんだ! まるで運命がシュウコを俺に導いてくれたみてえに感じるよ、まさに奇跡ってやつだ! 俺が傭兵として名を上げたのもあんたと出会うためだったかもしれないってずっと思ってたよ、こんなに魅力的な女の子が突然現れるなんて偶然にしちゃできすぎだ、何か特別なものがあるんじゃないかって感じがしないか?」

「あなた様に魅力的だなどとおっしゃっていただけるなんて、誠にうれしく存じます。けれども、私のどのようなところがお気に召してくださったのでしょうか? ふふっ♡」

「あー、うん、シュウコのどこが魅力的かっていうと、その髪飾り、とか? 黒くてさらさらした髪を美しく飾っててそそるっていうか……」

「あら、この髪飾りは特別なものではございませんよ? でも、あなた様にお褒めいただきましたので……今まさに特別なものに変わってしまいましたわね?」

『あ゛あ゛ッ゛!゛ い゛い゛!゛ シューちゃんか゛わ゛い゛い゛!』

『イチ……お前やっぱシューちゃんだ、まごうことなきシューちゃんだ、その調子で配信者とかやればレジェンドになれると思うぜオイラ』

『へっ、レッド・プラトーンのリーダーは口説き方がブルヘッド史上最低だな。それにしてもストレンジャー、お前やっぱそういう趣味だよな? ボスに今録音したやつ聞かせてみっかな……』


 お隣に腰かけてまでこうも話すと、傭兵たちは困ったように顔を見合わせるようなムードだ。

 その隙にスカベンジャーたちが次々抜けたようだし、付き添う兵站部隊にすら誰も気づいてない。

 すると余興を終えたロアベアが「どうぞっす~」と酒のボトルを持ってきた、ついでやった。


「……イワン! よくやった! カジノが未だかつてないほど繁盛して、しかもいい女まで連れてくるなんて最高かよ! 俺は今とっても幸せだぜ! 今までぱっとしねえやつだったがこれで挽回したな!」


 それから適当に話しつつアルコールもしみこませるとすっかり上機嫌だ。

 立ったまま話に付き合わされているイワンはそろそろ辞職届でも叩きつけそうだが、もう少しだ。

 階段からブレイムが傭兵たちを侍らせて降りてくるのが見えた。流石に周りも少し驚いてる。


「これほどカジノを盛り上げるとは実に見事な手腕でいらっしゃいますね。心から憧れてしまいますわ」

「ん、よくわからないけどすごいとおもう」

「そっすね~、憧れちゃうっすね~」

「いいや、こんだけ部下がいると給料が大変だぜ。カジノの管理も大変なもんで今日だって二時間しか寝てないんだ、うまくいきすぎて寝る暇もなしだ。最近なんてさあ、ラーベの連中が色々と注文をつけてくるからそっちを捌かないといけねえし……ひでえよあいつらケチなんだぜ、カッコいいウォーカーよこすって約束だったのに古いやつよこしやがって」

『こちらエミリオ、裏口から一気に行く。うるさい場所からやっとおさらばだ』

『待って、なんで見張りがいるの? まずいわね、チップを運んだのがバレたかしら……』

『構わず進んでくれ。どの道カジノの管理システムがチップの空き状況を報告するから時間の問題だ。本当なら黙らせてやりたいんだけどまったく変なところにプロテクトをかけてくれるね……』

『はーっはっはっは! では押しとおるぞ! 行け、我が眷属ども!』


 始まったみたいだ。耳に伝わった状況に俺は目配せをした。

 受け取ったイワンは自前の無線機に小さく語りかけたようだ。それから「いいぞ」と目が訴え返してくる。


『……女たちは全て逃げたようだな。お前たち、赤色の注射器を打て。俺の毒に巻き込まれて凄惨な死を遂げたくなければ今すぐにだ』


 このタイミングにクリューサの声がぴたりと重なった。

 いつもの皮肉を軽々と出す声じゃない、本気で人を殺す時の鈍いものだ。

 巻きこんだら困るやつらが消えた今、ようやくカジノに仕掛けたあるものを起動できるのだ。


『例の装置を起動するよ。空調も出力全開だ、巻き込まれる前に逃げるんだ』

『いいか、薬の効果は十分ほどだ。それだけあれば事足りるだろう』


 俺は着物から注射器を取り出して首に打ち込んだ。

 ニクも戸惑いつつ、ロアベアもすぐに真似して、この場に残っていた関係者が一斉にぷしゅぷしゅ薬をキメたようだ。

 突然のこれには流石のドミトリーもうっすら不審がった。


「ど、ドミトリー司令! カジノの設備からチップが空になったとエラーが出ています!」

「無線も繋がらねえ! しかも地下と四階から定時連絡が……」

「大変だ! 第三部隊がいきなり襲い掛かって来やがった!? あの馬鹿どもバックヤードで暴れてがる!」


 異変に感づいた傭兵たちが駆けつけて、ついにそいつの幸福が崩れた。

 カジノの汚らわしい光景にも新たな変化があった。どこからか立ち込める赤い霧があたりをぼやけさせていく。


「……ドミトリー! お前にはもううんざりだ! 本日をもって一足先に退職させてもらうぞ、地獄で待ってろクソッタレ!」


 イワンもこの場に便乗だ、カジノの喧騒と音楽に負けないぐらい吠えた。

 あいつはまだ残っていた部下とまとまって急ぎ足で去っていく――ドミトリーといえば素敵な捨て台詞に呆然だ。


「おい! いったい何が起きてるんだ!? 待てイワン! お前まさか――」


 いい気分を剥がされて、ようやくしらふに戻ったドミトリーが立ち上がる。

 その頃にはもう、鼻の奥にはタバスコと洗剤を混ぜたような辛くて苦い空気の味が広がっていた。

 これがクリューサのいう毒だ。急にカジノの客たちの足がぐらりと踊った。


「ああそうだ、招待してくれてどうも。ところでうちの社長から伝言だ」


 リーダーの動揺が仲間に伝わった瞬間をスト――シュウコは逃しません。

 テーブルの灰皿を鷲掴みに立ち上がった。すくむドミトリーが死神にばったり会ったような怯えた顔だ。


「は? え? その声……えっ、なに、うそだっそんなっ」

『へへっ――女とチップは頂いたってね!』

「ははっ――女とチップは頂いたってな!」


 すかさず腕のしなりを込めてそいつの黒髪に叩きつける。

 ノーガードの脳天をカチ割った、間髪入れず蹴りで追い詰めて客の群れへとぶちこんだ。


「なぁぁぁ!? て、てめえ!? まさかストレンジャーか!?」

「う、うわっ、ドミトリーさん!? ど、どういうことだこりゃ!?」


 いきなり本性を現したお嬢様とリタイアした司令官に取り巻きたちは騒然だ。

 そばを守っていた二人が狼狽えながら構えるが、そいつらの背をあの筋肉質な女性が追い越した。


「こういうことさ」


 アクイロ准尉の両手が頭二つを捕らえた。気づいた二人の「はっ!?」な顔が打ち合わされる。

 ワオ、不本意かつ不幸な形のキスはごじゃっと嫌な音色を奏でたようだ。

 飛び出た目が死の方角を見つめるほどのサプライズだ、ぶっ潰れた傭兵を合図に俺たちはいっせいに動く。


「すっ……ストレンジャーだァァァッ!? こいつ化けてやがったのかっ!?」

「げほっ……! な、なんだこれ、まさか毒……おっ……ごふっ……」


 目に見えて分かる赤い毒が回って敵は苦し気だ。大勢の戦闘服姿が苦しむ薬中たちに揉まれて塞がってる。

 胸を抑えてせき込むやつをややすく捕まえた。ぎりっと締めて盾にすると、すぐそこでいくつもの銃口がにらんでくるも。


 ――かちっ、かちっ、かちっ。


 ところがむなしい音がばらけたリズムを打った。不発だ。


「はぁ!? 弾が出ねぇ!?」

「くそっなんか仕込まれ――」

「兵站おろそかにすんなってママに教わんなかったか!? 馬鹿がよ!」


 イワンの仕業か――そこへ横からタロンが馬鹿でかい散弾銃を突き出し。


*ZVOM!*


 12ゲージよりも強烈であろうそれを豪快に浴びせた。

 なんて威力だ、傭兵たちが小躍りしながら小さく吹っ飛んだ。

 続けざまに二発撃ち込んで人ごみごと傭兵を薙ぎ払うと、負けじと向こうも混乱の中突っ込んできたようだ。


「しっ、死ねぇぇぇ!? こ、殺す! 殺す! 殺す! 腹減ったぁぁぁ!?」


 ……だが何かおかしい。 

 銃を逆さに持った兵士がひどく興奮した様子で触れあいにきた。

 フロア中から「うう」だの「ああ」だの強い呻きが響いてた――人間盾を突き出して死ぬほどキスさせた。

 また一人駆け寄ってきた、今度はナイフをかざした客だ。

 

「クリューサ! これは何事だ!? とんでもないことになっているぞ!?」


 そいつはすれ違うクラウディアが刺し伏せたが、やはり妙だった。

 死に様は目が血走っているし口をぱくぱく物欲しそうなままだ、そいつの得物が投げ渡される。


「いひぃいぃいぃいぃいぃいぃいぃっ! 熱いっ! 熱くてたぎるぜっ! お前ら全員ぶっころ! ぶっころ!!!!」


 またおかしいやつがおいでだ。半狂乱の兵士が撃てない銃をカチカチしながら迫ってくる。

 あと二メートルというところまで奇行を続けるそいつを投げナイフで接待した、目の間にあるツボに効いたようだ。

 二人、三人と俺たちめがけておかわりがくるが、ロアベアの抜刀が斬って転ばせたものの――


「イチ様ぁ、なんかすんごいことになってないっすか~?」


 メイドじゃないあいつは倒れた背中をざくざくしながら「すんごいこと」に少し驚いてた。

 俺たちはひとまとまりに場を進むも、横では苦しんでいた客たちが元気にひしめき合う異様な沸き立ちようで。


「ああああああああっ! 死ね! 死ね! 今俺を馬鹿にしやがったな死ね!」

「腹減ったあああっ! 食わせろてめえをストロガニーナにしてやる!」

「ぎゃああああああああああっ……! いでえ! 殺す! やり返す!」

「なんて空気がうまいんだ! 最高の酒を飲んでる気分だ!」

「俺が最強だぁぁぁぁぁっ! 雑魚どもがあぁぁぁっ!」


 薄汚いカジノに地獄のような光景がみっちりと広がっていた。

 薬中も傭兵も隔てなく、狂気の据わった表情を揃えてお互いに暴力をぶつけあっていたからだ。

 どいつもこいつも目玉が溢れそうなほどに血走って、支離滅裂な暴言を口に無差別な攻撃を振りまいている。


「お……おいおい……こういう催し物じゃないよな……?」

『ひぃぃぃっ!? ま、待って!? あの人たち、いったいなにしてるの!? た、食べ合って……いやぁぁぁぁぁぁぁ!?』


 不意に横目にしただけでも、そのゆきすぎた暴力が分かってしまった。


 一人の客が別の誰かを殴りつけ、腕を掴まれて噛みつき返され、負けじと目に親指を突き立てている。

 傭兵たちもナイフで切り合う。取っ組んで血をすするように噛み合う。皮ごと髪を引きちぎる。狂った笑いには友情や連帯感はもはやない。

 極まったやつはもはや人間かどうか怪しい。腕が折れようが笑って噛みつき、押し倒した傭兵の腹を探って飢えを満たす。

 そしてこのイカれきった光景はどんどん広がりつつあるのだ。

 倒れた人々の血に誘われるように客も傭兵も乱暴に混ざり合い、互いを殺して喰らうだけの生ける暴力の塊が完成していた。


『これが我が教団の傑作だ。バッカス・パラドックスの味は堪能できたか? まさに想像を超えた()()()だろう。そのまま死ぬまで延々と喰らい合うがいい』


 俺の人生の中で一番最悪になるであろう地獄絵図に、無線越しの医者は淡々と満足していた。

 これがデュオが恐れていたあいつの『秘策』ってやつだ。

 お手製の猛毒を空調機でカジノに充満させ、俺たちは解毒剤を事前に打って混乱の最中を突破するというやり方である。


「……流石にやりすぎだぞ!? なんだこの、残酷極まりない有様は!? こいつらまさかゾンビにでもなったのか!?」


 だが効き過ぎだ。あのいつも余裕そうなクラウディアが本気で戸惑うほどにグロテスクで、俺から見たって行き過ぎている。

 毒の回ったやつらは周りに襲い掛かりながら血踊る殺し合いにまっしぐらだ、急いでかき分けた。


『うわあ…………これがあの教団が産んだっていう猛毒か。人がまるで蛇のように絡まっているね、この映像はラーベ社への脅迫用に残しておくかい?』

「これ考えた奴馬鹿か天才か!? クリューサ! こんなにヤバい毒だなんて聞いてないぞ!?」

『その毒はただ暴力性を引きずり出して、食欲と性欲を極限まで増長させるだけのものだ。あの"交尾玉"を見ても気が乗らんなら解毒剤が効いている証拠だ、安心して抜け出せ』

「ああそうかよ! 帰ったらしっかりうがいだな!」


 あの馬鹿野郎はそんな猛毒の中を切り抜けろとさ、帰ったら覚えてろ!

 極力この空気を吸わないようにしながら人の群れに突っ込んだ。

 椅子を掲げた薬中が横槍を入れてくるが、ニクの足払いにからかわれてロアベアの仕込み刀で首が落ちた。

 人の手が俺を背を掴んだ、身体を捻って肘で返した、タロンの大口径散弾銃が後ろを蹴散らすと――


『フッ……なんと恐ろしい毒よ! これほど人を狂わせるものはフランメリアにもないだろうな!』


 すぐ近くを妨げていた人の集まりがごしゃごしゃとなぎ倒された。

 エグゾの装甲を着たノルベルトの突進だ。手土産の短機関銃も投げ渡される。

 ラーベの突撃銃をとことん切り詰めてグリップに弾倉を差したようなゲテモノだ。横から迫る敵を斜め構えに迎える。


*Papapam! Papapam! Papapam! Papapam!*


 客とも傭兵ともつかないこまごまな群れに三点連射をちりばめた。

 目の前まで肉薄した薬中の手から自動拳銃が落ちた、タロンにパス。


「おいマジか!? とっておきってこういうことか!? 何考えてんだよオメーの医者はよぉ!?」

「さぞいい印象がなさそうだなタロン!」

「バッカスっていやメドゥーサ教団の一番やべえ毒だよ! あいつやっぱ俺たちの命狙ってたのかよ!? そうだろ殺す気だ!」

「だったら俺も死んでるだろ!? それより捕まんなよ!」


 二人であちこちから襲い掛かる敵を撃ってちらした。

 それでもかき分けてきたやつがアクイロ准尉に投げ捨てられた。投棄されたご馳走に狂人たちが群がる。

 たたたんっと小銃の連射も過ぎった。ノルベルトが盾になって、すり抜けたクラウディアが仕留めにかかる。


「うぅぅぅぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 ようやく裏口の扉が見えてきたが、そこから大きな図体が人の群れを軽々と弾き飛ばしてきた。

 オーガと同じくエグゾを装う羽目になったフランメリアのやつだ。おかげで盛大な帰り道ができてる。


「イチ殿! さあこちらです! バックヤードは制圧してあります!」

「どうも、不健康にならずに済みそうだ。いけいけ!」


 追ってくる奴を振り向きざまに迎え撃ちながら裏口へ向かった。

 改めてカジノを見返すとまるでこの世の終わりみたいだ。血と肉と内臓が飛び散る素敵な内装である。

 誰かが両開きドアを開けるとそんな光景を振り切れた。毒で満ちたバックヤードに健全な死体が転がってた。


「聞くまでもないだろうけどこいつらはどうした!?」

「ブレイム殿とノルベルト殿が仕留めました! 女性たちを乗せたトラックは無事にここを発っています!」

「フハハ! 逃がすことなく全て相手取ってやったぞ、帰りもさぞ楽だろう?」

「おかげで快適だ。あとは俺たちだけだな!」


 薬の効力があるうちにぞろぞろとバックヤードを抜けた。

 扉を蹴り飛ばすとようやく頭上に青い空だ。サベージ・ゾーンの悪臭が辛くて苦い空気よりずっとありがたかった。

 目と鼻の先には軍事規格のごついトラックが『早く乗れ!』と促してる。中でサムが必死に手招いてた。

 クリューサの毒は勢いあまってカジノの周りにまで溢れているようだ。気のせいかそこら中が騒がしい。


『こちらヴェラ、トラブル発生よ! 私たちの帰路が封鎖されてるわ!』

『クソが!? サツの連中がお近づきになってやがるぞ! どっから来やがったんだこいつら!?』


 しかし、耳に届くのはヴェラとボレアスのよくない知らせだ。

 途端に嫌な知らせは増えたもので、今度はすぐ上空を何個ものエンジン音が過ぎっていった――ホバースキーの群れだった。

 上目遣いで数えてもトラブルが2ダースは飛んでるってわけだ。


「おい、なんか嫌なもの飛んでるぞ。どうか今の不穏な報告と関係してるとか言わないでくれ」

『スカイオペレーションズ……!? いちクン、今向かった方向ってもしかして……』

「たぶんそういうことだろうな。おい、知りたくないけど今どんな感じだ?」

『まずいことになった……! ラーベ社の警察部隊が一斉に動き出した。狙いは運ばれているチップと女性たちだ、どうやら輸送車が標的らしい!』

「警察だって!? このタイミングで職務を全うするなんてあの馬鹿ども真面目すぎるだろ!?」

『あの騒ぎで境界線を見張ってた連中が増えたんだろうさ! それにラーベ社が気づいた可能性も高い! しかもスカイオペレーションズが次々に飛び立ってる!』

「よくわかった、穏やかには終わらないみたいだな!? もうこれ以上クソみたいな情報は聞きたくないぞ!?」

『カジノの騒ぎを察知してパトカーが大量に向かってる! どうだいこれで私からの悪い知らせはおしまいだ!』

「聞きたくなかった情報どうもありがとう! くそっどうなってんだ!?」


 焦ったヌイスの言葉遣いで状況のまずさはよく分かった。

 なんていったって北からサイレンの音がうっすら聞こえてるからな。間違いなく俺たちに向けられてる。


『ダネルだ、輸送車両の援護は任せろ。まったくなんて数だ!』

『そりゃ上納するはずのチップと後ろめたいお嬢様がたんまりだからなぁ……畜生、あいつらの変なところで敏いところが嫌になっちまうぜ!』

「オーケー逃げてる連中が死ぬほど忙しいんだな! あいつらは大丈夫なのか!?」

『今はどうにかだ、でもこれからひどくなるところだよ! そっちに向かってる警察の一部はそのまま追跡に流れるつもりだ!』

「ああそうか、じゃあ――」


 なるほど、今聞こえるあれはハーレーたちが目当てな増援も含んでるのか。

 運転席のサムが『どうする?』と慌てふためいてるが、俺はこの状況を無理矢理単純に考えた。


「よく聞け。全部こっちに引き付ける」


 答えは実にシンプルだ、ここには警察の好物である賞金首がいる。

 タロンとノルベルトがニヤリと笑っていた。いい選択肢かもしれない。 


『何言ってるんだい君!?』

「賞金首と囚われのお嬢さんがた、どっちが魅力的だと思う?」

『いちクン絶対そういうと思ってたよ……うん……』

「そりゃいいアイデアだぜ、じゃあ俺も参加な! どの道俺のお茶目ないたずらも使うつもりだったし?」

「あら、楽しそうね。私もやらせてもらおうか」

「俺様もだな、まだ暴れたりん」


 アクイロ准尉も乗り気になって、ずいぶん頼もしいしんがりが五人も揃ってしまったみたいだ。

 空で警察官を乗せたホバースキーがまた通り過ぎていた。俺はサムのいるトラックを促す。


「ニク、クラウディア、あとでっかいの。サムを守りながらあいつらを後ろから助けてやってくれ、ぶっ潰しながらすぐ追いつく」


 そう伝えると頼み込んだ三人はあっさりと受け入れたようだ、頼んだぞ。


「ん、わかった。必ず助けてくる」

「分かりました。ご武運を」

「ふっ、思う存分暴れてくるといいぞ!」

『相変わらずぶっ飛んでるなあんた。了解だストレンジャー、止めはしないさ』

「決まりだな、そういうわけでやってやろうぜお前ら」

『あのねえ!? 敵陣に取り残されるとか何考えてるんだい!?』

『はははっ! マジかよ、イカれてやがるなお前! とことんやっちまえ!』


 デュオの許可もちゃんと下りたんだ、これで堂々とやれるな。

 次の目標は警察の応援を食い止めることだ。さてどうおちょくってやるか。


「へへっ、いいこと思いついちまった! なあ、お巡りさんに喧嘩売りてえんだよな? 俺に案があるぜ?」


 背でサムのトラックが走るのを感じると、タロンがくだらないひらめきでも迎えたような笑みだ。

 あいつの目はカジノの裏口にある。何を企んでるのやら。


「自信満々だな、面白いなら歓迎だ」

「よっしゃ、薬が切れちまう前にさくっとやっちまうぞ!」


 俺はでっかいやつを二人残して急いでカジノに戻った。

 お目当ては途中にあるセキュリティールームのようだ。蹴ってお邪魔した。


「ああ……うめえ……これはたぶん牛肉……うめえ、うめえ……」


 そこには傭兵が倒れた同志に覆いかぶさって、腹をかきむしってくちゃくちゃと――


*Pam!*


 邪魔なのでタロンの自動拳銃であの世送りだ。向こうでごゆっくり!


「で? お前のいい案ってなんだ?」

「まずはご挨拶ってやつよ!」


 部屋の中は横にいっぱいのモニタの数々にパソコンとありきたりだ。

 タロンの悪戯心は放送用マイクにあった。少し機器を弄ってそれを掴むと。


『よぅ皆さん! 聞こえてるかサベージ・ゾーンの薬中のクソども! 今日はストレンジャーがてめえらをぶっ殺しにきたぜ! このクソカジノはもうおしまいだ! チップは全部俺のもんだ! 閉店記念に死をくれてやるからかかってきやがれ! 死ぬ勇気のねえダッセえ坊やはラーベの社長の〇〇〇でも吸ってるんだな! イィィィィィィィハァァァァァァァッ!』


 カジノの外に向けた流暢なマイク・パフォーマンスがとてもよく響いた。

 このエリアの遠くまで染み渡る口上だ。おかげで耳に障るサイレンのやかましさが濃くなった気がする。


「今の素晴らしいスピーチがいい案か?」

「お前の代わりにイイ感じに一文句つけてやったぜ どうだ?」

「ああ最高だ。感動したやつらが殺す気で握手しにきたみたいだ」

「俺にも分かるぜ、すげえ来てやがる! このスリルたまんねえ!」

『あー……報告だよ、今のタロン君のパフォーマンスで警察の連中が全部そっちへ向かってる。本当にやるんだね?』


 こっちの警察は60000チップの方がそそるらしい。さっそく出迎えに道路へ向かった。


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