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毒と健康は紙一重(8)


 ――昨日踏み入ったばかりの境界線がそこにあった。

 散乱するゴミがサベージ・ゾーンまで道しるべを作っているが、逆にそれを辿ってくる酔狂なやつもいたらしい。

 威圧的で大きな車だ。重たげな車体を強いエンジンで無理矢理動かしているのがひしひし伝わってくる。


「……あれはアサルトリムジン・X-9ね、ラーベ社のハイグレードな戦略車両よ。こんな素敵なものがやってくるなんて、仕事に対する情熱が感じられるわね?」


 装甲車と遜色ない姿を気にしてると、誰かさんの彼女がそう教えてくれた。

 そのふんわり伸びたブラウン・ヘアとドレスが目に付いたんだろう、豪華なお迎えがずっしり停まった。

 間近で見ると鉄鬼を横倒しにしたような長さで、装甲タイヤとリモート操作式機銃が物騒だ。


「ごきげんようお嬢さんがた。時間通りお迎えにきたぞ、全員揃ってるな?」


 開いた後部の扉からグレイの髪色をした戦闘服の男が手招きしてきた。

 緊張した気難しい顔はいかにもな『イワン・シェルギン』だ。俺たちはお誘いに乗った。


「よ……こんにちは、(わたくし)はシュウコと申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします」

「ぼくはニ……アリーだよ、よろしく」

「お~、なんかすっごい強そうなリムジンっすねえ。ロベリアさんっすよ」

「ブレアだ。くくく……貴様が我らを招待した者か? さあ、血沸き肉躍る宴を始めにゆこうではないか!」

「ヴェラよ。お誘いどうもありがとう、今日はよろしくね?」


 見た目のわりに広くて豪華な車内だが、そこに押しかけるのは個性が尖りちらかす美女たちである。

 獣耳つきのフードを深くかぶる不思議な少女に、黒いスーツで男装する緑髪のやつに、マントから帽子まで赤く揃えた変な姉ちゃんに、慎ましくドレスを着こなす唯一の人間の美女。見るだけで情報過多だ。


「お、おう……個性豊かな美女が勢ぞろいだな。まあくつろいでくれ、こいつはラーベ社の新製品なんだ。こんな見た目だが座り心地はだぞ?」


 イワン副司令はこんな美女どもに囲まれて続く話に迷ってるようだ。

 しょうがない、ちょうどいいことだし俺がどうにかしてやろう。


「まあ、素敵なお車ですね? 力強さがあってとても頼もしく感じますわ」

「そりゃよかったよ。まあラーベ社からの借りモンなんだけどな、こいつは勝手に退職祝いとしてバロールまで借りパクしてやるつもりだ」

「そうだったのですね。けれども勝手に持ち帰ってしまってよろしいのでしょうか?」

「いいんだ、クライアントからはとうの昔に嫌われてる。……なあ、ところでストレンジャーはどうした? 打ち合わせじゃ今頃俺と面と向かってるはずだが」

「うふふ。あの方でしたらこちらにいらっしゃいますよ」

「どこにいるっていうんだ? まさかそいつ幽霊だったりしないよな?」


 いい感じだ、目の前の男はまんまと騙されてる。

 メイドじゃない緑髪のやつがニヤニヤしてるしそろそろネタを明かすか。


「――いいや、俺だよ」


 副司令に黒と赤の和服をひらひらさせた。ついでに髪飾りつきの長髪も。

 今まで細く作っていた声も緩めると悪い霊にでも驚かされたような顔だ。


「うわっあんたがストレ……!? どういうことだ!? やつは男だったはずだが!?」

「こほん。あなた様がお話しされていた方が『私に女装をして潜入するように』と仰ったものですから、こうなってしまいました。けっしてそういう趣味はございません」

「ああそうだな、賞金首がニシズミのお嬢様のフリしてるなんて誰も考えんだろうさ……けっしてそういう趣味じゃないよな?」

「ふふ、作戦の成功率を上げるために徹夜で特訓をさせられましたの。さあ行きましょう、準備は出来ておりますわ」

「そりゃえらく気合入れてきたな。いやびっくりだ、あんたらがどんだけ本気なのかよく理解できたよ」

「それから女性の方がもう一人いらっしゃいますわ。こちらがミセリコルデ様でございます」

『こ、こんにちは……わたしがミセリコルデです……?』

「喋る短剣も一緒か……よし分かった、本人確認はもう十分だ。行くぞ」


 ストレンジャーもといシュウコまで揃ったのが知れ渡ると、物騒なリムジンは足取り重く加速しだした。

 俺は架空の美少女になりきりながらも、思う。

 ――なんで俺こんなことまたやらされてるんでしょう、ボス。


「うふふ……驚かせてしまい申し訳ございません。そちらのご準備はきちんと整っていらっしゃいますでしょうか?」

『ああっ! いいっ! 副司令の驚き方すごくいいっ! 私のプロデュースした初期型和風シューちゃんが今ここにっ!』

『ハハ、聞いてるか皆さん? 今回はオイラも特別にサポートだ、とりあえず荒ぶるヌイスは食い止めてやるから――ああ駄目だこいつ目がイってやがる』


 耳飾りからは元AI二人の万全なサポートが伝わってる。

 その上で『これから薬漬けにされる哀れな美女たち』という体で潜入しろとさ。

 それで選ばれたのはこのメンツと、下着までこだわった偽りの和服美女だ。


「それでストレン」

「今はシュウコと申します。どうかお間違えのないようお願いしますね」

「シュウコ、俺たちの計画に乗ってくれて感謝する。昨日あんたらが来てくれた時は渡りに船、いや、地獄に仏って感じだった。本気でやってくれるんだな?」

「もちろんです。ちなみに私の隣にいる方も男のコでございますの――ふふ、驚かれましたか?」

「ん、ぼくもオスだよ」

「……こりゃドミトリーも驚くだろうな、あんたのところの頭脳担当は変装も徹底させてるみたいだ」

「このシュウコ、あなた様のお力になれる覚悟は整っております。共に勝利を掴んで参りましょうね♡」

「それは頼もしいが、なあ、こいつ女装にハマってないか? ちょっと心配になってきたぞ」

『いちクン役にハマりすぎてない!? 大丈夫だよね!?』

「ご主人が女の子になっちゃってる……」

「イワン様ぁ、シュウコちゃんは本気っすよ、なんと勝負下着までつけてるそうっすから。あひひひっ♡」

「ふふん。いざ事が始まろうものなら、やつらの眼前に忌まわしきストレンジャーが現れるという小粋な演出というものなのだ。これはさぞ楽しい余興となるであろう?」

「えーと、私たちは騙されて連れてこられた人たちって設定でいいのよね? ちょっと個性が濃いけども大丈夫なのかしら」

「ドミトリーの馬鹿を驚かせてくれるだけでありがたいさ、もうなるようになれだ。それにあいつは物事の上辺しか見れない男だ、尻尾に火がつかん限りはバレんだろう」


 気疲れの多そうな副司令にまた一つストレスが重なったようだ。

 こいつこそがクソな上司に愛想が尽き、ずっと前から組織に不利な情報を流し、最後にカジノ強盗という退職の仕方を選んだご本人だ。

 とはいえまだ味方ではない。疲労が際立つグレイヘアから目は外さない。


『ねえ、あれってスティングに行く途中で襲ってきた乗り物かな……?』


 が、掌で転がしていたミコが外に何かを見だしたらしい。

 新品の窓ガラスの向こうで懐かしい姿がくっきり見えた。

 ごついバイクから二輪のアイデンティティを外して、車体の意味を損なうほどのエンジンを積んだみじめな何かが高く飛んでいる。


「あれは……かなり前にレイダーたちが乗っていた空飛ぶバイクですね。どうしてこんなところを飛んでいるのでしょうか?」

「ん……? ほんとだ、あの時のやつが飛んでる」

「今のはラーベ社の警察部隊だ。スカイ・オペレーションズってやつらでな、従来のパトカーより広く都市を警備するためにあんなのに乗ってるんだ」


 スティングに行く途中、レイダーが乗り回していた『ホバースキー』とかいうやつだったか。

 目に見えて有害な排煙が都市の環境悪化に一役買っており、またがった警察官は青黒の戦闘服をアピールしながら空を漂ってた。

 ロアベアやブレイムが「お~」と珍しがるそばで、イワンはあれが嫌そうだ。


「ふむ。あまり素行のよろしい方々ではないのかもしれませんね」

「乗ってるやつらがそもそも腐り切ってるし、サベージ・ゾーンが気になって遠くから出しゃばってやがる――ホバースキーは知ってるか?」

「知っていますわ。私、何度かあれを撃ち落としたことがありますから」

「さすがだな、撃墜済みか。もう知ってるかもしれんがあれはミリティアの贈り物だ、ラーベ社が製造方法を独占してああやって運用している」

「あの方々と裏で繋がっていることを示す立派な証拠となっているようですね」

「はっ、あんなの今や氷山の一角だ。ドミトリーのせいで企業にとって不利なものがどんどん掘りだされて、こっちの社長殿も泡を食ってるのさ。アリゾナ侵略の片棒担いでるなんてバレたら一巻の終わりだろ?」

「あなた様からいただいたメールでいろいろと分かりましたわ。ラーベ社も結構苦労なさっている部分があるようですね? それに、どこかの司令官が雇い主に対して誠実ではないところもあるようですし」


 あれも今では空飛ぶ悪行の証拠か。やる気なく飛んでいくバイクを見届けた。

 だいぶ景色も変わってきたが、件のカジノが見える前に副司令はいろいろと告げたいようだ。


「オーケー、分かったよシュウコ、お前の覚悟はよーーーく分かった。だから頼む、あんたとの円満なコミュニケーションのために口調を戻してくれ」

「まあ、もうよろしいのですか? せっかくこのお話し方にも自信がついてきたように感じますのに……」

「分かったからもうやめてくれ!? なんであんたノリノリでお嬢様みたいな話し方してるんだ!? 頭がおかしくなりそうだ!」

「なんだよノリ悪いな」

「これから人生で一番大層なことを始めるっていうのにクセの強いやつばっかで、しかも肝心のストレンジャーが女装してるんだぞ。俺がどんな気持ちなのか少し考えてくれ」

『ああっいい! すごくいい感じだよシューちゃん! 私の存在しない男性器が遺伝子を残そうとすっごい頑張ってる! その調子でどんどん染まってくれたまえ!』

『イチ、オイラはヌイスがこうなるたびになだめていたんだぜ……。たった今カジノにスカベンジャーたちが到着したようだ、業者を装って作業中だ』


 あら、このお方はシュウコがお嫌いなのでしょうか? ……なんて冗談はやめだ、荒ぶるヌイスを無視していつも通りにした。


「了解、副司令。ところであんたの手土産がデカすぎたもんでみんな驚いてたぞ。何かと思えばまさかのアリゾナの危機だ」

「あれ送ったせいでもう後には引けない状況だ。いいか、俺たちは前任のやつらとちょいと縁があってな、それで後釜として選ばれたんだが……」

「よりにもよってあの自分語り野郎がリーダーに就任しました、と」

「そう、不運だろ? あいつの癇癪のせいでラーベ社も俺たちもしっちゃかめっちゃかだ。やらかした本人はいい気になってて事の重大さになんにも気づいちゃいない。分かってるのはほんの一部なんだ」

「上司の命令無視した挙句に勝手に弱み探って脅迫文送ったくだりは好評だったよ。あんたが愚痴ってたところもな」

「あんな強気な交渉スタイルは前代未聞だろ? クライアントを脅して一触即発の状態を作り出すなんて、あの野郎ブルヘッドの歴史に新たな金字塔を打ち立てやがったぞ」

「企業に喧嘩売って動かすなんて優秀なやつだ。いい友達を持ったな」

「口先以外になんの取柄もないやつだ。だがあいつには良くも悪くも周りを扇動する才能だけは恵まれてたんだ。そしてこの世にいる神様は何をトチ狂ったのか、あいつにささやかな成功まで与えちまった」

「ブルヘッドを健康にするキャンペーンと相性が良かったみたいだな」

「あいつの上っ面だけ立派な言葉に惑わされる馬鹿どもがいっぱいだ、だからラーベの想定以上の働きをしたのさ」

「例のよそ様の土地に毒みたいな薬をばら撒く商法か」

「そいつで味を占めたんだよ。上からの「もう十分」というセーフワードも無視して大儲けだ。ところが調子に乗って他の傭兵連中を排除したり、ラーベの指示を無視して女さらいと臓器売買まで初めてあのザマだ」

「はっ、調子乗ってるうちに悪の親玉の才能でも開花したのか?」

「馬鹿言うな、あいつと取り巻きが勝手にはしゃいでるだけだ。伸び切った組織の活動を誰が支えてると思うんだ?」

「ちょうど苦労と不満を抱えてるやつがやってそうだ」

「ああ、好き放題やってる馬鹿どもの負担が俺たち兵站部隊に圧し掛かってる。武器弾薬の管理に車両や施設のメンテ、メシと寝床の手配に人事、お上との交渉もだ、全部ぶん投げられてるんだぞ?」


 カジノが近づくにつれて、件のイワン副司令の不満はだんだんと濃くなっていた。

 本気で裏切る気概として受け取ってやろう。多い愚痴を耳飾りにしっかり拾わせた。


「副司令っていうからあのクネクネ野郎の同類みたいなのを想像してたよ。こんなに裏切る気満々なやつだなんて思わなかった」

「聞こえはいいだろうが実際は下っ端同然だ。あいつの提案のカジノのセキュリティ強化だって仔細は全部こっち持ちだ、いわゆる縁の下の力持ちってやつだよ」

『……じゃあ、あなたたちも女性をさらったことに関わってるんですか?』


 愚痴を聞いてやってると手元の短剣から突き刺さるような質問が飛んだ。

 これにはイワンも苦い顔だが、すぐに後ろめたく目線が落ちたようで。


「あー……売春の件は残念に思う。バイソンズだってそうだ、あいつらとはうまくやれるって信じてたのにドミトリーのアホが感づきやがったんだ」

「俺からも物申してやろうと思ったけどいろいろ事情があるみたいだな」

「なあ、俺だって別にそこまで落ちちゃいないんだ。あの馬鹿を嫌々支えてきたのは認めるが、最近のやり方は一線を越えすぎてるんだよ」

「だとさミコ、こんだけ不満たらたらなんだから信じてもいいんじゃないか?」

「信じてくれ、俺たちはその辺の管轄じゃないんだ。あいつらが勝手に連れ去ってきた女の面倒を見るように全部ぶん投げられてるんだぞ? いきなりそんなの突き出されて『薬漬けにしろ』なんて言われたら困るだろ?」

「ついでに悪事にも不慣れみたいだ。ひでえ上司を持つと苦労するな」

「前々からやめてやるつもりだったが、円満に身を引くにはそいつらが死なないよう気を使わなくちゃならなくなったんだ」

「そうか、ちゃんと罪悪感があるならこれから償ってくれ」

「そのつもりだ。囚われのお姫様たちが今どんな具合か知りたいか?」

「あんまり良くないことは承知してる」

「正直言って芳しくない。だがこの日のためにできる限りケアはしてきたし、投薬量だってぎりぎり減らしてたんだぞ。なのにあの馬鹿の取り巻きがお遊びで薬を入れにくるもんだから……」


 レッド・プラトーンの愚痴の数々も『……そうですか』と冷えた声を最後に気まずく途絶えた。

 こいつの発言はこの作戦関係者に全て伝わってるし、ヌイスの計らいでニシズミにもリアルタイムにお届けされてるはずだ。

 間近で聞かされていた美女三名はこの面白い話に食い入ってるようで。


「くくく……! 『めーる』の文面にもあったが、ラーベ社の人間の忠告通りとなったわけだな。それが自らの補佐役だとは洒落のある真実ではないか」

「とても苦労しておられるんすねえ、今のうちに愚痴は絞り出した方がよろしいっすよ」

「あれが送られてきてあいつはどんな反応したと思う? それで自分を見つめ直してくれればいい方だがあいつは逆張りだ。裏切らないようにと念入りにお気持ち表現して終わりだ」

「……我、そんな人間見るの初めてだぞ。なにゆえそこまで増長できるのだ」

「たぶん病気かなんかだ。脳なのか心臓なのかしらんが、あそこまでひどくなる前に親友としてメンタルクリニックに連れていくべきだったと思う」

「おかしな人ね。でもその気質が独裁者としての才能に導いてくれたのかしら」

「あいつは何か気に食わないことがあるたびに不安のあまり自分の気持ちを高らかに表現するんだ、舞台俳優かっつーの。周りもそういうキャラだと認めてるよ」

「愛されてるわね、その人」

「周りが愛してるのはあいつじゃなく給料と待遇だ。もちろんそれができるのはラーベの支援あってこそだし、そもそもその辺のやりくりをしてるのは俺たちなんだがな」


 イワン副司令は愚痴をたっぷり聞いてくれる相手に恵まれたらしい。

 外では芸術的に散らばるゴミと薬中が民度を物語ってる、間もなくか。


「イワン、今カジノはどうなってる」

「バカ騒ぎだ。ストレンジャーを無様に追い込んだって触れ込みで宣伝したもんだから、各地から傭兵だのギャングだの集まって繁盛してる」

「あとで広告のギャラでも請求するか。あの演出上手なやつはどうした?」

「生きてるよ、吹っ飛んだ片腕をうちらのロゴつきの義手に置き換えてまだ現役だ」

「ゴキブリみたいにしぶといな」

『……まだ生きてたんだ、あの人』

「ゴキブリだってもうちょっと慎ましいだろう。あいつはあんたに勝ったと大喜びしてるが、実際は何も意味がないことは分かるよな?」


 ドミトリーとかいう馬鹿は変な才があるみたいだな。まだご存命な上に俺を勝手に宣伝材料にしてるわけか。


「……でもその人たちって、ご主人を逃がしちゃだめなんじゃないの?」

「くくく……! やつらを従える者たちからすれば、生け捕るなり殺すなりの機会をみすみす台無しにしただけのことであろう?」

「そうね。ストレンジャーを追い払ったと言えば聞こえはいいでしょうけど、実際はただしくじっただけじゃない」

「そういうことだ。ドミトリーたちが勝手に舞い上がってるだけで、ラーベ社から見れば大失態だ。カンカンだぞ」

「だから血相変えてうちらに泣きついてきたんすか~?」

「そりゃそうだが、あの馬鹿にいい加減痛い目見てもらいたいんだ。俺たちはその気だぞ、今頃仲間がカジノでいろいろ仕組んでるはずだ」


 愚痴をたっぷり受け止めてやってるうちにリムジンが停まった。

 外を覗けばカジノからやや離れた駐車場が見えた。

 何両かトラックが既に止まっていて、作業服を着た連中が裏口から荷物を忙しく運んでいるところだ。


「イワン、退職予定のやつは何人だ?」

「俺込みで全体の二割だ。残りは五割がドミトリーに従う馬鹿どもで、あまった三割が仕事熱心なやつらだ。俺たちが少数派ってことはどんな扱いを受けてるかは察してくれ」

「じゃあ八割が敵か。あんたら肩身が狭そうだな」

「それがいいんだよ。他のやつらは俺たちを底辺とみなしてるが、どんな仕事してようが気にも留めないさ。どうせ爆弾隠したって何やってんのか理解もできん」

「そんな意識で大丈夫なのかそいつら」

「だからいったろ、俺たちが保全に努めてるから成り立ってるんだ。それも今日でおしまいだがな」


 目の前の状況を確かめていると、とうとう副司令は肝が据わった様子だ。

 俺たちを一通り見てやる気を尋ねてる。もちろん頷き返した。


「オーケー、イワン。段取りを確認だ」

「プランはこうだな。今カジノには俺が外注したっていう体で料理が運ばれていて、運び込むやつらは変装したあんたらのお仲間だ。兵站部隊のやつらが手引きしてるから問題ないだろう」

「そして俺たちは正面から堂々と入店だな、さらわれた美女ってことで」

「しかしわざわざご馳走をたんまり作ってくれるなんてな、まさか毒入りか?」

「いや、ただのうまい飯だ。うちの料理人は健康志向でな」

「まさか最後の晩餐ってニュアンスか? バロールは気取ってるな」


 外ではカジノ強盗のための準備が滞りなく行われているのが分かった。

 その最もな例として作業帽を深くかぶったエミリオが小さく目配りしてる。

 運ばれているのはリム様のご馳走だ。人食いカルトの時と同じやり方である。


「女性たちは二階だったか。エスコートはあんたらに任せていいのか?」

「二階はちょっとした宿になってる。俺たちが普段清掃してるんだから行き来しても不自然じゃないだろう。地下はそっちの管轄でいいな?」

「スカベンジャーが綺麗に片づけてチップも盗み出して運んでくれるそうだ」

「チップは機械で地下に送られるからな、そいつをゴミ袋にでも詰めてゴミ収集車に放り込んでいただきって寸法だ」

「了解、機密情報とやらは俺たちが頂くぞ」

「こいつが一番厄介だな、保管場所が四階のドミトリーのプライベートルームだ。俺も同行する、少しは怪しまれなくなるだろう」

「セキュリティはどうなってる?」

「セキュリティを掌握してるのは俺たちじゃなくドミトリーの部下だ、偉そうに見下してやがるよ。あんたらのハッカーが細工してくれるんだろ?」

「派手にやってくれるそうだ。それから――」

「カジノにいるやつの皆殺しだな。あのメドゥーサ教団の毒に立ち会えるなんて最高の日だよまったく」


 お互い一通り「これから」に触れて、俺は着物の中をまさぐった。

 ペンほどの針無し注射器だ。親指を押し込むと化学反応で中身が注入される。

 囚われの女性を助け、チップを根こそぎ奪い、保管された情報を盗み、そして大量殺戮を始める、それが今回の任務だ。


『さて、今から君たちはニシズミから連れてこられた個性豊かなお嬢様だ。あちらは身分を偽るための市民用パスを提供してくれた、さっそく着けてくれたまえ』


 ヌイスの指示もきたか。俺たちは各々忍ばせていたパスを取り出した。

 桜の木の造形を背に、ひと振りの刀がささやかに添えられたロゴだ。


「今からニシズミの美女だ。そろそろやるか?」


 腕に着けてイワンにしっかり見せつけた。意気込みは伝わったようだ。


「もう少し待ってくれ。今あんたらのお仲間が料理や機材を運んで立食パーティーの準備中だとさ。入るのは完成してからだ」


 入場はもう少し先か。それなら少し周囲の状況でも調べておくか。


「朝飯抜いといてちょうどよかったな。ちょっとカジノの周りを見ていいか?」

「そうだな……これから派手にやるんだ、周りを知っておくのも大事だ。ただし俺たちから離れるなよ、お嬢さん?」

「ええ、分かりましたわ♡ それではよろしくお願いいたします」

「……あんたやっぱそういう趣味なんじゃないのか」


 ストレンジャーもといシュウコは車を後にそした――相変わらずひどい光景だ。

 ゴミが散らかり、悪臭が混ざり、カジノからの耳障りな音が五感に悪い。

 入り口の見張りは入場権のない客を追い払うのに必死だ。威嚇射撃が拍車をかけている。


「ん゛……すごく嫌な臭いだし、うるさくて落ち着かない」

「実際に降り立つとなんか汚さが三割増しに感じるっすね~……ところでうちもカジノで遊んでいいっすかね?」

「くく……! なんと汚らわしい光景よ、これから積み上がる屍でより際立つことだろうな!」

「来るんじゃなかったかもって後悔してるわ……。それよりエミリオたちは大丈夫なのかしら? 特に問題なく事が運んでるといいんだけど」


 そんなゴミと薬中で塗り固められた街並みに美女五人の足がつくと、カジノ周りの傭兵たちから視線が集まった。

 『商品』を値踏みするどころじゃないらしい、ニシズミのパスで飾られた女に驚いた目つきだ。

 試しにくすっと笑う仕草を作って手を振った――照れてやんの。


『こちらダネルだ、少し早いが配置についたぞ。今回はもっといいアングルからお前たちを見てやる、特別ゲストが俺のスポッターを務めているぞ』

『つってもバロール社の社長のことなんだがな! 現在、境界線を少し超えたとこでお前らを見てるからな。一番デカい廃ビルを意識しといてくれ』

『しかしなんだ少佐、ストレンジャーが麗しのお嬢様に化けるとは驚きだ。最近のプレッパーズは諜報活動のためにあのような訓練を施してるのか? おっかないボスも少しは洒落が分かったか』

『バカ言え、そんな茶目っ気ねえよ。あいつにそういう才能があってそれをコーディネートしてくれるやつがいただけだ』

『そういう趣味だったか。そうだいいことを思いついた、俺の息子にニシズミのお嬢様ということでやつの写真を見せてみよう、きっと騙されるぞ』

『趣味悪いな、変な性癖ついても知らねえぞ? ……アレクに見せるか』


 無線ではダネル少尉とデュオが好き勝手に言い始めたところだった。

 発生源はあれか。南側の例の工業地帯あたりにそれらしいビルがある。

 まさか敵の社長がラーベの縄張りに侵入してるなんて誰も思わないだろう。


『あっ……! いちクン、あそこにいるのってタロンさんだよね?』


 少し駐車場をうろついてると、着物に隠したミコが誰かに気づいたようだ。

 ここの住民に紛れて道路を練り歩くやつがそれだ。パーカー姿のタロンだった。


『こちらタロン上等兵、一足先にいたずら心を働かせてたところだぜ?』

「あら、タロン様。何をしていらっしゃるのですか?」

『その口調で語り掛けんな調子狂うだろ!? オメーそんな趣味あったのかよ!?』

「ふふ、勘違いなさらないでいただけます? あくまで縁起を担ぐために頑張っているのです」

『ちょっと楽しそうでなんか腹立つなオイ……まあいい、通りに爆弾仕掛けておいたぜ。ゴミ箱だの車だの隠せる場所にゃ事欠かないからな、増援が来てもまとめてドカンって寸法よ』

「それは楽しそうですわね、私も非常に楽しみにしております。あなた様はこれからどのようになさるおつもりですか?」

『准尉殿と一緒に客としてお邪魔するぜ。ちゃんとヌイスの姉ちゃんにコピーしてもらった入場用パスがあるから心配すんな』


 あいつはこっちには振り向かないが、頼もしい横顔はカジノをしっかり意識してる。


『こちらアクイロ准尉。タロン上等兵と共に準備中よ、いつでも来な』


 逞しい声も混ざった。革製の衣装でレイダーさながらのアクイロ准尉だった。

 筋肉をところどころ露にする姿はまさに悪者の貫禄だ。タロンも合わせると親玉と下っ端である。


「あなた様でしたか。大体予想はついていましたが、その格好は一体どうされたのですか?」

『ちょっとした勝負服さ。何人か傭兵を血祭りにあげるつもりよ、似合うでしょう?』

「失礼なことを申し上げるかもしれませんが、まるで屈強な戦士のような格好ですね。頼もしいですわ」

『あなたも似合っているわよ。奴らをたっぷり驚かせてやりな』


 気合が入ってるな。水を差さないように見つめないことにした。

 ……そうだ、今のうちにやりたいことでもやっておくか。


「イワン様、少しばかり私に付き合っていただけますか?」


 俺はそばの付き人にシュウコとしてわがままを問いかけた。

 イワンは面食らったようだが「まあいいか」程度に受けたらしい。


「なんだ、今ドミトリーに『商品』の受け入れ準備をさせてたところなんだが」

「ブラックマーケットを見て回ってもよろしいでしょうか?」

「そういう演技ってことだよな? 分かった――こちらイワンだ。ドミトリー、商品の準備は任せろ。そっちは馬鹿なお嬢さんどもに感づかれないように身だしなみでも整えておいてくれ」


 そろそろ退職しそうな副司令は仕方なさそうに先導してくれた。

 ニクも「ん」とさりげなくついてくると、途端に視線が集まってきた。

 それもそうか。ここの民度にお淑やかな女子とミステリアスな少女は刺激が強いらしい。


「なんだぁ……? ここらじゃ見ない顔だな、いや待て可愛すぎんだろ!?」

「ちっ、レッド・プラトーンのやつじゃねえか。あんな可愛い子侍らせていいご身分だな」

「ヒューッ! 見ろよ、あのニシズミっぽい姉ちゃんいい身体してるぜ! 胸がないのに下半身がこう……たまらねえぜ!」

「……なあシュウコ、俺はいつか可愛い子を連れて自慢して回りたいって思ってたがこれじゃない、絶対違う」

「ふふふ、照れていらっしゃいますの? ごきげんよう皆様、私どものことはお気になさらず~♡」

『いちクンほんとに大丈夫!? 声が進化してるよ!?』


 ……突き刺さる視線が楽しくなってきた。

 なんだか後ろ姿が複雑そうな副司令を盾に進むと、お目当てがすぐに見えた。

 昨日世話になったばかりの死ぬほど汚い屋台だ。店主が傭兵の姿に驚いてる。


「こんにちは、少々よろしいでしょうか?」


 踏み出すと入れ墨だらけの相手が更に戸惑ったようだ。

 けれども俺を見定めると複雑な思いのこもった目つきで。


「あー、いらっしゃい。きれいなお嬢さんだな、あんたもしかして……」

「ええ、傭兵の方々からお誘いを受けてきました。こうしてエスコートされていますの」

「……そ、そうか。なあ、まさかと思うが今からあのカジノに行くのか?」

「はい。おもてなしして頂けると聞いて私、とても楽しみです。ところでおいしそうなお肉ですね、二本頂いてもよろしいですか?」


 何か一言申したさそうだが「あいよ」と俺の注文を真に受けたらしい。

 最後の晩餐でも下すようなムードで串肉を渡された――支払いはイワンで。


『(また食べるんだ……)』

「香辛料がとても効いていますね。ぴりりとしていて、ほのかに残るお魚の香りが楽しいです」

「ん……? 鶏肉……お魚……? 変わった味がする」

「気のいいやつのアドバイスでカレー風味を強くしてみたんだ。これがけっこう好評なもんでな、あんたみたいな子に褒められるなんて嬉しいよ」


 あっという間に平らげた。カレーの風味が強いが相変わらず後味が魚だ。

 向こうは死者でも見送るように見ているが、俺はすかさず着物を探って。


「あの、これを受け取ってくれませんか? 私からの気持ちです」


 潜めておいた小包をそっと渡した。ちょっとしたサプライズだ。

 店主は訝しみながら中を探ったようだが、すぐに衝撃的な顔つきに変わった。


「――それからアドバイス聞いてくれてどうも。そいつは引っ越し用のバロールのパスだ、今からここが地獄になる前に店たたみな」


 仕上げにいつもの声で一言残すと、とてつもなく混乱した様子だ。

 固まるそいつを後に颯爽と去ることにした。ちょっと楽しい。


「おっおい!? その声まさか……ええ……」

「では失礼します……またお会いしましょうね♡」

「あんたいい趣味してるな。そりゃラーベが勝てないわけだよ」

『ああっ! いいっ! すごくいいよシューちゃん! まだちょっと声にオスが残ってるのがとっても滾る!』

『……あの、ヌイスさんが大変なことになってますけど大丈夫なんでしょうか』

『またか。そろそろゴミ収集車が到着するぜ、準備よろしくな』


 満足した俺は板についた女性らしい歩き方で戻っていった。

 やりたいことリストが一つ埋まると駐車場にも僅かな変化があった。

 トラックから二体のエグゾアーマーが見るに重たげなものを運んでいた――動きが滑らかすぎる。


『うっ、ふう……。そこにいるエグゾはガワだけ被せたまがいものさ、ちょうどうってつけな二人がいたから潜入してもらっているんだ。敵ではないからね?』

『フハハ、どうだイ……シュウコよ? これならば気づかれまい』

『イ……シュウコ殿、今回は私がついておりますのでご安心ください。フェルナーめこんなバカげたことを考えおってからに!』


 何考えてるんだろう、あの中にいるのは人外二人だ。

 無線によればノルベルトとなんか鎧着てたやつが変装してるようだ。ここはコスプレ会場かなんかか?


「イワンだ、そちらに空調の清掃に使うタンクを運んだぞ――よし、頃合いか」


 道路からゴミ収集車もやってくるとそれが合図だったかのようにイワンが動く。

 時間だ。美女たちを代表してカジノへ向かった。

 効果は抜群だ。ぞろぞろ近づくなり人だかりがざざざっと割れてしまった。


「よう、イワン――ってなんだなんだ!? すげえ美人連れてきたじゃねえか!」

「そいつらが今日の……いや、特別ゲストってやつか? 気合入れてきたなお前、見直したぜ」


 特別に作られた道を潜り抜けると傭兵たちもたじたじな様子だ。

 緊張してるのか肝心の副司令が「そうだな」と一声迷ってる、フォローだ。


「こんにちは、傭兵の皆様。私はニシズミから来たシュウコと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 一礼して腕飾りも明かすと、見張りの二人はためらいがちに招いてきた。 

 おっとカジノの入場パスもだ。着物からカードを見せつけてすたすた切り抜けた。


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